陣 汰朗のブログ

陣汰朗の”人生の心得”を綴る。

新しく。

今、私が製作する劇場公開映画が2作品動いている。
やっぱり何か作品を生み出せる過程はワクワクする。
最近は梅雨で体の調子が悪い日もあるんだが、色々忙しく、気持ちはとても前向きだ。
ブログの存在も忘れてしまっていたほどだ…。

一つは時代劇、忍者。
もう一つは大好評だった舞台を映画化するもの。

魂を入れて製作していきたい。

そういえば。
愛犬のビリーは、今日もバテ気味だ。

たかのり、その後。

力道山のボディガードを最後まで務めたたかのりだが、力道山が亡くなった後は、ヤンキーの奥さんをもらい、子どもが生まれる。
川崎で暮らし始めた。
たかのりは必死で、自分でダンプを買い、砂を運ぶ運送業に勤めた。
しかし…
ヤンキーの母ちゃんは子どもを置いて突然いなくなっちゃったんだよ。
仲良かったんだけどな…。
その後、たかのりは更に必至で働いていたんだけど、事件があった。
俺たちの仲間、八城っていうボクシングの強い奴が、たかのりと二人で京浜蒲田の線路近くを歩いていた時、向かいから相撲上がりのヤクザがきた。
二人が挨拶するとその男は、
「チンピラなんかに挨拶されることはねえよ!」
ときたもんだから、八城が拳をあげた。
この事件は実写の通り。
その八城の一発で大男は死んでしまたのだ。
一緒にいたたかのりも、留置所に一週間くらい入ることになってしまった。
八城は10年の刑。だが、中でトラブルを起こして11年になってしまったのだ…。
この時代はなあ、ホント、今の時代じゃ考えられないことがいっぱいあったんだよなあ。
それこそ映画だよ。
あ、映画で思い出した。
任侠物の作品では、派手にドンパチするが、実際はそんなことありゃしない。
一発宙に向けて撃っただけで大事だ。
俺も昔、事務所に窓割りに来た奴と遭遇したが、
何してるんだって言ったら、
窓だけ割るように言われてきましたと言ってそいつはさっさと逃げていった。
俺はぼーっと割れた所を見てたもんだから、やったのが俺じゃないかと疑われた。
逃げ足速いもんだよなあ。まいった。
実際ってそんなもんじゃないか。

小説発売間近

表紙
『覇道 昭和を駆け抜けた男』角川学芸出版より今月2月26日発売予定。
表紙、とても気に入っています。
いかがですか?
皆さまのお手元に届くことを楽しみにしております!

覇道2、第3章。

2月に入りましたね。
実は今月末に、私の自伝小説『覇道 昭和を駆け抜けた男』(角川学芸出版刊)が発売予定だ。やっと。
表紙がとても気に入りました。
今日は、Gyaoのシネマ&ドラマステーションで配信中の「覇道2」第3章についてお話しします。

前回は第二章の割烹事件のことだったが、第三章は全体を通して俺の親友「木村たかのり」についてになっている。
なので、たかのりの説明になってしまうかもしれないが、面白いから読んでください。(笑)
たかのりとの出会いは、羽田にある三条鉄工という会社に俺がたまたま何か手伝いに行った際に出会った。(たまたま、という言い方で申しわけないが、だって何十年も前のことだし思い出せないからしょうがない。)
三条鉄工の社長の息子(けいちゃん)が東声会にいて、俺はその弟(ようちゃん)と仲が良かった。
たかのりはその会社でトラック運転手をしていたが、よくサボって出てこなかったのを俺が代わりに出たりしていて、年も近かったせいもあり、いつの間にか仲良くなった。
仲は良かったが、喧嘩もした。
たかのりはホンット大酒飲みで、作品中にも出てくるが、喧嘩最中にも飲みに出掛けてしまったことがある。
それは、川崎大師の小松製作所前で、俺が運転して4人乗ってた車が衝突事故になった時の事。
事故といっても、前の車が右に方向指示出してたのに左に曲がってきたから、左追い越ししようとしてた俺の車は見事にぶつかっちゃったって事故だが、そんな経緯だ。相手の車と喧嘩になった。
110番したのはいいが、警察が3時間くらいこなかったんだよ。
警察が他の事故を調べている際に、警察官が車に引かれてしまったのが原因だった。
その間喧嘩になっていた俺たちだが、木村は用事があって先に蒲田に帰った。
が!
俺たちが蒲田に帰ると木村が飲み屋で飲んでいたのを発見。
俺はカンカンだ。
そんな感じの喧嘩もあり、森ヶ崎の方にあった柔道道場の先生(俺が少し教わっていた先生で、柔道5段!)と俺がいない所で喧嘩になって投げ飛ばしたり。
まあとにかく、パワフルな奴だったよ。
そして木村は何と、あの力道山のボディガードを、力道山が亡くなるまで務めることになる。
長くなってしまったので、この続きは次回。



謹賀新年。

随分また間が空いてしまった。
いつの間にか、年は明け、明日は私の誕生日。
誕生日、110番なんだよな。

今は不景気真っ只中だが、こういう時が頑張り時だ。
100年に一度の大不景気みたいな言い方をされているが、戦後の食べ物もなかった時代を思い出すと、何言ってやがると思う。
ご飯なんて当然なかったから、イモ食ったりさ。
今はどうだ?
物が溢れている。
仕事がないと言っている方、そろそろ必死になってもいいんじゃないかな。
探せばあるものだ。
実際、うちも従業員が足りなくて。
前向きに頑張る人が欲しい。
ただね、頑張ればいいんだ。
俺は普段から会社の者に話している。
勉強はできなくてもさ、一生懸命がむしゃらに頑張ればいいんだ。
こんな時代だからこそ、何でも屋にならないと。
何でも屋って、フリーターみたいな事じゃなくて、その会社の為に何でもやること。
自分が出来ることを探してやること。これは自分の仕事じゃないとか、そういう事は考えないようにして。
俺もまだまだ頑張らないとな!

2009年、皆さんのご健康とご活躍、お祈り申し上げます。


割烹事件、その後。

随分間があいてしまいましたが、「割烹料理事件。」のその後。

香代をさらったヤクザ達が、俺を傷害罪で訴えたのだ。
三ノ輪の俺の店から10分くらい離れた、浅草竜泉にあるスナックに、用事があって出かけた時のことだ。
その店は、どこかの組の親分の娘さんが(劇中では女親分だが)ママをやっていた店だった。
店にはいった瞬間、警察2人に声を掛けられた。
ヤクザ達が、傷害で俺のことを訴えているというのだ。
障害も何も、話し合いで解決したのだから何もしていない。全く迷惑な話だ。
店のママが口を挟んでくれた。5対1だったと聞いているし、おかしいんじゃないかと強い口調で突っ込んでくれたので、警察はすぐに引き返してくれた。
劇中ではうちのプロダクションのNANATOが女親分として演じてくれているのだが、格好はあんな格好じゃないよ。普通の女の人、という雰囲気のママだった。

この後、そのママが俺の店に阿部定さんを連れて来てくれたんだ。
色が白くて、言っちゃ悪いのだが、何だか気味の悪い女の人だなと思ったものだ。
阿部定さんは、ママの店に勤めていた。
阿部定事件はご存じでしょうか?
それが、その定さんだったんだ。

振り返ると、本当に色々な人物に逢わせてもらっている。
ホント、人との出会いは運命だよな。




アニメ化。

「覇道」のアニメ化が決定致しました。
只今製作真っ最中。
今ご協力いただいているアニメ制作会社社長は、私は10年くらいの付き合いなのだが、その中でしゃべったことは一度もなかった。
東映の映画現場で顔を合わせていたのだが、一度だけ挨拶をしたことがあった程度だった。
今になって縁ができて仕事をできるというのは嬉しいことだ。
言葉なくして信頼関係もできるものなのだろう。

アニメの中には、実写で描けなかった、子供時代のエピソードを細かく描こうと思っている。
私は渋谷区の代官山で、渋谷の町が戦争で燃えるのを見た。
東京大空襲。
その時代を、アニメで描き、伝えようと思っている。
かといって、戦争が主な内容ではない。
やんちゃをしてきた少年時代の話だ。
頑張っていい作品に仕上げ、一人でも多くの方にご覧いただきたい。

割烹事件。

「覇道2」第二章の最後に出てくるエピソード。
女の子「香代」がヤクザにさらわれるシーンがあります。
これはこのまま内容が本当で、女の子は昨日話した私の最初の店「スナック弘美」の従業員だった。
その日その子は、
「知り合いに呼ばれたのでちょっと会いに行ってくる。すぐ帰ってくるから。」
と言って、行先を教えて出て行った。
ところが、すぐ帰ってくると言ったのに、いつまでたっても帰って来ない。
私が今でも普段からうちの者に言っているのだが、物事には基本的な時間がある。
例えば、新宿から六本木に帰ってくるまで、電車ならどのくらい・車で渋滞したとしてもどれくらい、といった事だ。
それを過ぎると私はすぐに連絡する。
何もなかったらいいんだが、何かあって遅い対応では取り返しつかなくなる場合だってあるのだ。
口うるさいかもしれないが、うるさいくらいにアンテナを張っている事が仕事だと思っている。
私は女の子が教えて言ったスナックに向かった。
すると女の子はそこにはいず、「覇道2」映像の通り割烹料理屋にさらわれたのだった。
結局、私は乗り込んでいったような形になってしまった。
数名のヤクザが刺青を見せて脅してくる。夏だったのだ。薄着だったし、堂々としている。
そのうち周りに人が集まってきてしまう。
私はヤクザ達とそのまま普通に話をし、女の子を引き取ってきた。
何か内情があったのだろうが、多分、その何かの話になる前に乗り込んでしまったのだろう。
なので何故さらわれたのかも知らないし、女の子にも聞かなかった。
その後、これも映像通り。
この時のヤクザ達が、私を傷害罪で訴えたのだ。

この続きは、また次回。
そうそう、覇道Tシャツとジャケットが出来ました。
お気に召していただけたら、是非着てくださいね〜!
http://e-mmw.net/

初めての店。

今日は暑かったなあ。
昼間は弱めにクーラーを入れてしまった。
「覇道2」第2章別エピソードを話しします。

スナック「ひろみ」という店が出てくるのだが、これは実際の名前だ。
まあ実際は漢字だった記憶があるが…これは当時付き合っていた女の子の名前。
場所は三ノ輪で、私の初めての店だ。
一軒家で、一階が店、二階は住まいにしていた。
客は土方やヤクザが多かったなあ。
従業員の女の子は2人くらいしか入れていなかった。
「覇道」に何度も出ているが、私は酒が飲めない。
よく初めての人には絶対に日本酒が好きそうだとか言われる事が多々あるのだが、友達や従業員と飲みにに行ってもコーラだった。
あまりかっこいいことではないのだが、ウイスキーボンボンでは本当に酔っぱらってしまう。美味しいので好きなのだが。
まあ、私は飲めないので、逆に飲み屋の経営には向いていたのかもしれない。
飲み屋の雰囲気は好きだし、みんなが楽しく騒いでいる場も好きだ。
客の話を一人一人よく聞いていた。
ここを原点に、店はどんどん大きくなっていき、数も増えていった。
結局2年ほどで売ってしまったのだが、もっといい立地条件の物件があったのだ。
この後の店の事は、またの機会を持ってお話ししようと思う。

次は、「覇道2」第2章に出てくる最後のエピソード、女親分の件の実話を話しましょう。


豚。

今日は、「覇道2」第2部の中に出てくるエピソード、豚と私の関わり合いについて話しますね。

私は動物が大好きだ。
勿論その中でも犬は大好きなのだが、猫も飼っていたし、豚も飼っていたのだ。
「覇道」の一部、二部に出てくる「崔美姫」という娘がいるが、豚を飼うことになったのは、元々崔の親父が養豚場をやっていたというきっかけだ。
「金儲けをしたいのなら、人のやらないことをしろ。」と、豚を飼うことを教えてくれた。崔は韓国人で、とても厳しく、あの頃の私にとってはうるさい存在だった。
私は本当の両親と暮らすことはなかったし、養子先の家族ともあまり慣れ合えなかった。崔と付き合い始めてから、私は崔の家に住んでいた。
私が任せてもらった養豚場には100頭くらいの豚がいて、そこを崔の親父が譲ってくれた。
あの頃は若すぎてあまり感じられなかったんだが、今でこそ、素晴らしい機会を与えていただけたと思う。
皆さんが飼う機会はまずないかもしれませんが、豚ってとても可愛いのだ。
それにキレイ好きだから、掃除だけでも毎日一苦労だった。
餌には学校給食の余りもあげていた。
一人でドラム缶5個をハイエースの小さい車に乗せ、給食の時間が過ぎるとすぐに回収にまわった。
豚100頭だ。食う、食う。
今回映像に出した通り、豚の匂いはキツかった。
正し、「人のやらないことをやれ」という教え通り、養豚場は面白いように儲かった。
豚との思い出は、私の教訓になっている。
身を持って実感しているので、是非皆さんの頭の隅にでも入れていただけたら嬉しい
と思う!
…とはいっても中々難しいものだ。
映画やドラマ、TV番組等だって、いつでも人のやらないこと、見たことないような作品をという気持ちでやっているが、本当に難しい。
変に意識しすぎず、自分の信じた事には自信を持ってぶつかっていけばいいんじゃないかな。
人生一度きりだ。
楽しもう!
  • ライブドアブログ