義経は、一体いつまで「御曹司」というこそばゆい名前で呼ばれるつもりなんだろーなどと云う疑問、どうでもいいですよ〜
また、とってつけたような熊野水軍との出会いなども
どうでもいいですよ〜


「頼朝非情なり」というより、源氏の棟梁として、決断するまでの頼朝の葛藤を、比較的ていねいに描いたストーリでした。

「非情」といえば、重衡と三種の神器交換の提案を一蹴した宗盛クンも非情ですよね。何しろ女性達の情に訴える涙も顧みず、毅然として

「輔子殿、是非もなき事じゃ」

この辺り、宗盛クンも平家の棟梁として苦悩してるはずだけど、ほとんど悩んでるようにも見えませんでした。「頼朝の苦悩」と扱い、違いすぎます。

でも、棟梁として悩み葛藤する宗盛クン、似合いません!


ところで、義経クンの思考回路いまいちよく分かりません。
鎌倉へ送られる重衡を前にして

「重衡殿は私をお恨みですか」
「うらむ?」
「私にお声をかけて下さることもなくここまできたので」

私に声かけることなくって、重衡は鎌倉へ護送される人質ですよ。その護送責任者は義経あんたでしょ。
その人質重衡が護送責任者の義経に

「おい、牛若、鎌倉へ着くまでいっぺん飲みにイコか?どや?」
「しかしおまえ、内クンみたいに未成年ちゃうやろな?」

なんて云えますか。

「恨む」とかいうの関係ないでしょーが。
どうも義経クンは、平家の女性達と同じ「情」という思考回路が優先されるようです。


さて、鎌倉へ運ばれた重衡に頼朝面会し、人物を鑑定します。

「南都焼き討ちは、それがしの一存でござる」
「吾が首、はねられよ!」
見事です、大将としてのお覚悟も貫禄十分です。

「命をとるには惜しい」
頼朝冷静に見ています。



いよいよです、いよいよ来ました今週の悲劇!

義高は何で逃げたのでしょうか。逃がした大姫が桜の木の下で祈る姿がなんとも痛々しい。涙なくしては語れません。

義高を捕らえた後、頼朝の苦悩が始まります。
義高に何か言おうとして、言葉が出ない頼朝。言葉に窮するというか、何時も冷静な頼朝も混乱してるようです。不覚にもワタクシ、このシーンだけで泣きそうになってしまいました。

頼朝、義高の処遇に悩みます。ひとり悩みます。辛いところです。
「義高殿のお命なにとぞ。姫のためにもなにとぞ!!」
という政子さまの懇願にも、義経の嘆願にも、決して情を絡ませず悩みます。ひとり黙して語りません。辛いです。天下統一の大力量のひとは凡人のように情に流されません。


そして、ついに今日のその時が来ました。(松平さん風に)


頼朝、眼を見開いて決断します!

「義高が首、はねよ」

つつらいっす。命令した後の頼朝の目も泳いでいます。辛い辛い決断だったことをうかがわせます。

義高、目の前の刀に動揺するも、武士(もののふ)として、立派に最期をまっとうします。あんな子供が・・・健気さが哀れです。


つらい決断をした頼朝。今日ばかりはこの胸の内、誰かに分かってほしかったのです。だから義経を召します。弟ならばこの胸の内分かってくれる、いや分かってほしいという気持ちだったことは容易に理解できます。

「今の義高、かっての吾らと同じであったのじゃ」
「いま義高を許せば、いつ清盛の平家を討つ吾らになるやもしれぬ」

義高を斬首した理由を切々と訴える頼朝。
しかし、義経、「おなじ源氏ではありませぬか」と「情」を前面に反論します。

「長い目で見れば非情もまた情ということもある」
「新しき国は源氏の国と云うことではない」
「新しきもののふの国じゃ」

頼朝切々と話します。

しかし

義経クン理解できません!

頼朝の云うことわかってません。

さっき、重衡に新しき国の話をしたくせに、壮大な頼朝構想が理解できません。そういえば大江広元を呼んだ理由を「武家の政(まつりごと)をつくるため」と聞かされてもぽかんとしてたからなぁ。

結局、義経にはわからなかったのです、頼朝の考え方が。考えの大きさが。

これがもし、もう少し義経賢明であったなら、頼朝の考えが理解出来たなら、義経も悲劇的な最期を迎えなかったかも知れません。

頼朝の寂しさを、辛さを、もうちょっと分かってやってほしかったです。それだけの器量が義経にあったならと悔やまれます。

悲しくも辛い今回のお話でした。



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