ミリ子に敬礼!

愛国女子が自虐史観を粉砕するイラストエッセイ。 時事問題、歴史、ミリタリー、映画、関連書籍等々について 私の思いを書き連ねたい、と思います。

戦争映画賛美「日本のいちばん長い日」その3


本土決戦、一億玉砕か
それとも降伏か

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ポツダム宣言受諾の可否を巡って
最高戦争指導会議が開かれる。



主なメンバーは


笠智衆演じる 鈴木貫太郎首相

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都合の悪いところは聞こえないふり
肝心なところは聞き耳を立てる.....
なかなか喰えないキャラクター。

しかし、そのとぼけた性格とは裏腹に
彼の人生は波瀾万丈。

慶應生まれで日露戦争に海軍軍人として従軍
駆逐隊司令として猛訓練を行い、
部下からは「鬼貫」と呼ばれ
日本海海戦の勝利に貢献している。

連合艦隊司令長官も経験

2.26事件では危うく難を逃れた。

昭和天皇の御信任厚く
終戦間際のこの難局で首相に指名された。
77歳での組閣は今日でも最高齢の記録である。

ある意味、日本の近現代史でこれほど国を救った政治家も
珍しいのでは、と思わざるを得ない。






外務大臣 東郷茂徳

海軍大臣 米内光政

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宮口精二演ずる東郷茂徳 外務大臣


終戦工作を念頭に置く鈴木内閣の外相
彼の提唱でこの最高戦争指導会議が開かれている。
ソ連に仲介をさせて終戦の道を探る中、ポツダム宣言に直面。
事態の収拾のため宣言の受諾を主張、陸軍大臣の阿南と対立する。

結局、ポツダム宣言受諾で終戦となるも
東京裁判ではA級戦犯の判決を受け、失意のうちに
心臓病の悪化で病死している。

実は、皮肉にも東郷は日米開戦時の外相だったのである....。



山村聡演じる米内光政
映画では日本の終戦を強く主張する海軍リベラル派で
本土決戦を主張する阿南陸相と対立する。





そして
陸軍大臣 阿南惟幾(あなみ これちか)


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演じるのが
三船敏郎!!!


もう、三船なくして、この映画は成立しないほど
阿南陸軍大臣がピッタリの配役。

それにしても
陸軍といい
海軍といい

こんなに軍服の似合う役者はいないだろう。

直立姿勢で、「ガッチッ」と軍靴の踵を鳴らす音がキマッていた。

さすが戦中派。







次回は
もっと三船阿南にこだわってみたいと思います。



つづく




最後までお読み頂き有難うございます。



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戦争映画賛美「日本のいちばん長い日」その2


大日本帝国憲法下

日本の陸海軍は
戦争を遂行するための軍令(作戦立案・実行)において
政府から独立し、天皇に直隷していた。

天皇は(実質的には報告を受け、承認するだけですが)
軍隊を統率するという建前上、統帥権を持つ、とされていました。



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一方、政府も天皇陛下に対して責任を負うという立場で
直属しており

由来、
報告を受けて承認しか権限の無かった天皇陛下の下で
政府と統帥部が併存する仕組みが生まれたのです。


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併存ということは
意志決定の優劣がないので
意見が分かれた場合
国策が決まらないことを意味します。

特に外交と軍事の併存は
国策の分裂を生み出し
事態は重大かつ深刻です。



明治期
武士階級出身の元老達は
統帥権と外交を統合して
日清日露戦争を乗り切ったけれど

元老が引退したあとの大正、昭和期
日本の議会政治では
統帥権と外交は分離して捻れ現象を引き起こしてしまいます。


統合できる者がいなくなったからなのです。


支那大陸で満蒙問題を解決できず
最終的に関東軍をして
満州事変を起こさせたのも
こうした外交と軍事の捻れが原因の一つです。




外交は戦争の開始を決められず
軍事は戦争の収拾を決められなくなってしまった。


これでは国策を誤る、ということで
遅まきながら
大本営政府連絡会議というものができて
それをさらに強化したものが
最高戦争指導会議です。

しかし、統帥権の前には法的拘束力が無く
戦時中の日本の方向性はブレにブレてしまいます。

結局、日本は対米戦で国力を破断させて
降伏による戦争の収拾しか選択肢がなくなってしまうのです。


しかも、建国以来の初めての敗戦となれば
軍部の反発は必至

戦争終結の舵取りは
これ以上ないほど困難を極めてきます。


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そして
軍部でも大兵力を温存している陸軍と
連合艦隊を失った海軍とでは全く立場が異なり

陸軍の徹底抗戦の意志は当然ながら先鋭化しています。

(とは言え、簡単に陸軍悪玉とは言えません)



昭和20年8月14日
政府は天皇陛下に御裁可を仰ぎ
ようやくポツダム宣言受諾を決定

最高戦争指導会議の焦点は
陸軍がいかようにして
この決定を受け入れるか
という点に絞られてきます。


この過程を24時間として描いた映画が
「日本のいちばん長い日」ということになるのです。




昭和20年8月14日
首相官邸 閣議室

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依然として
アジア各地に300万人の兵力を配している帝国陸軍が
話し合いひとつで武装解除する.....



そもそも、夢のようなはなしだったのです。





次回につづく







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戦争映画賛美「日本のいちばん長い日」その1

8月15日
今年もまた、この日がやってきました。

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73年前もこんなに暑かったのだろうか。


昭和20年8月14日

この日の御前会議で
日本のポツダム宣言受諾

翌15日は日本国民に終戦を伝えるためにラジオで玉音放送が流されることが決定。

則ち、大東亜戦争は日本の敗北で幕を閉じることになった。

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映画「日本のいちばん長い日」
1967年(昭和42年)公開 東宝 モノクロ
監督 岡本喜八
脚本 橋本忍

日本のポツダム宣言受諾を決めた御前会議8月14日正午から
玉音放送の8月15日正午までの24時間を描き、陸軍のクーデター未遂事件(宮城事件)を扱った作品。

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この映画を観るのは何回目でしょうか。
でも不思議と何度観ても飽きない映画なのです。

自分が歳を重ねて
あの戦争のことを知れば知るほど
新たな発見があるのです。

そして、今回も新しいことに気がつきました。


それは「終戦の風景」です。


終戦に初めて接したとき
日本人の心にどう映ったのでしょうか。

この映画で
さりげなく描かれています。







昭和20年8月14日
東京 市ヶ谷 大本営陸軍部のシーン。

NP3 CkZs6X2WkAEkqSz陸軍省

前庭では、連合軍の進駐に備えて
軍の機密書類の処分が早々に始まっていた。


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「フン、今更大臣の訓示など聞いて何になる。
万事は終わったよ。
我々市ヶ谷台の将校は潔く、全員が揃って切腹をするのだ。
大東亜戦争は無意味に終わったのだ....」

日本のポツダム宣言受諾の決定を知らされて
半ばやけっぱちになった
高橋悦史演じる井田中佐が
むさ苦しそうに詰め襟のホックを外す。

軍服は汗で濡れて
モノクロ映画では黒いシミになって映る。


汗が強調されて夏の暑さをが引き立てている。


燃える書類からは
煙りが虚しく舞い上がる
なんという空虚感....

本来なら
徹底抗戦、本土決戦、一億玉砕
この戦争の決着は戦いの砲煙の中でつけられるハズだった。

それが、書類の燃える煙りとは....
なんという虚脱感......


予想外の終戦の風景

このシーンを観ると
三島由紀夫の「終戦の風景」を思い出さずにはいられない。



終戦の風景とは....



昭和20年8月15日を20歳で迎えた三島由紀夫は当時のことを
次のように回想する。


(以下、引用)
「終戦の詔勅については、
私は不思議な感動を通り越したような
空白感しかありませんでした。
それは必ずしも予期されたものではありませんでしたが、
今までの自分が生きていた世界が、
このままどこに向かって変わっていくのか、
それが不思議でたまらなかった。

そして戦争が済んだら、
或いは戦争が負けたら
この世界は崩壊するはずなのに、
まだ周りの木々が緑が濃い夏の光を浴びている。

.....周りに家族の顔もあり、
普通のちゃぶ台もあり、
日常生活がある。
それが実に不思議でならなかったのであります」
(引用以上)



戦争が終わって
一気に日常が蘇ってきた。

戦争に負けたのに
日本は崩壊していない、
戦った意味はあったのかという疑問に見舞われる。


それは、映画の井田中佐が感じた虚脱感に通じるのではないでしょうか。


しかし、井田中佐は畑中少佐の熱意に充てられ
気を取り直してクーデター計画への参画を決意する。
あの虚脱感は一瞬の気の迷い
やはり日本は何か大切なモノを失う危機に瀕しているのだ。

結局は企ては失敗し、宮城事件は鎮圧されて
天皇の終戦の詔勅はラジオ放送されて日本は終戦へとなだれ込む。





25年後、
三島由紀夫は
奇しくもこの映画の舞台となった市ヶ谷の大本営陸軍部で
憲法破棄、自衛隊決起を訴えた後
陸軍大臣室で衝撃的な割腹自殺を遂げている。


「このままでは日本が無くなって、
代わりに透明で空虚でニュートラルな経済大国が
極東に残るだけだ」
といって日本に対する絶望感を自決前に公にしている。








昭和20年 終戦 
瞬間的に蘇ってきた「日常」に多くの日本人が戸惑ったに違いない...。
それは、戦いの気概に満ちた日本人を脱力感、空虚感の世界にへ突き落とした。


恐ろしいことに73年前の「終戦の風景」は、今でも日本全体を覆っている。





つづく




拙文、最後までお読み頂き有難うございます。


















以上




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プロフィール

こんにちは、バッタと申します。
東京隅田川が心の故郷です。
日本のことを想い、イラスト混じりのブログをアップしていきます。

最近は海を眺めながら、麦酒飲んでマッタリが大好きです。