man in the man ~中の人~ (完)

ジョセフは彼女を威嚇するようにアームソードを振りながら近づく。彼女も警戒しながら後ずさりするが、いつどこで飛びかかってこられてもおかしくないぐらいに隙がない。もともとアームソードで刺しても彼女はびくともしないはずなので、別のことを警戒しているのだろうことはジョセフにもわかっていた。おそらく彼女はジョセフがアームソードを威嚇だけに使うつもりではないことは気づいているはずだ。

彼女の身体は外からどんなに力を加えたり衝撃を与えても剥がすことはできないが、小さな傷ぐらいは付けることができた。ジョセフがまだ彼女の中に入りたての頃に、ジョセフは暴漢に襲われたことがあった。身をかわすことはできたのだが、まだ彼女の身体に慣れていなかったため抵抗して逆に相手を殺傷しはしないかと躊躇したため背中の右肩甲骨の下あたりをナイフで刺されたのだ。幸い周りには他に人がいなかったので暴漢を適切に処理することはできたが、傷口は塞がるのに半日ほどかかった。その間は何が入ってくるかわからないので滅菌室の代わりに精肉工場の冷凍庫に身を隠したことを思い出していた。

膠着状態がしばらく続いたが、彼女の方が先に動いた。彼女はジョセフを掴みかかろうと飛びかかった。ジョセフは勢い良くジャンプして彼女の背後に回ったところで、ある一点めがけてアームソードを突き出した。アームソードは背中の右肩甲骨の下あたりに突き刺さったがすぐに跳ね返された。彼女はまったく動じることなくジョセフの方に向き直しジョセフの腰に手を回し羽交い締めにした。彼女の腕はジョセフをどんどん締め付けていく。それは息もできないぐらいの腕力だった。ジョセフは藻掻きながら左手に握られた3Dレーザーマップを操作する。中央のボタンを5秒長押しすると横からハリのような突起物が出てきた。ジョセフはその突起物を先ほどアームソードで切りつけた部分に刺し込んだ。

とたん彼女の力は緩み動きが止まった。そしてジョセフに抱きかかえられたまま動かなかくなった。彼女の身体からは中身が融解しているかのようにきな臭い煙が噴出し始め、瞳からは涙のように液体が滴り落ちた。昔の古傷が役に立ったのは好都合だったが、最後の一撃は明らかに彼女に隙があった。というよりも彼女が隙を作ったとしか思えなかった。そう思うと先程からの彼女との戦い自体が茶番に思えてきた。もしくは彼女が躊躇していたとでも言うのか・・・。

「ミッションコンプリートだよ。ジョセフ。」

ドクター山下が笑みを浮かべながらこちらに近づいてきた。ジョセフは意味もわからず彼女を抱きかかえているしかなかった。

「どういうことだ?」
「どうもこうもない。すべては予定通りだよ。」
「予定通り?娘が死んでもか?」
「その通り。ジョセフ、きみが娘を倒したことで時間はまた動き出すのだよ。さあ、次のミッションに移ろう。」

ドクター山下は彼女を抱えたまま跪くジョセフの前に赤いマトリョーシカを置いた。そしてふくんだような笑みのまま部屋を出て行った。ジョセフは戦いの疲れがいまになって一気に押し寄せたかのようにその場を動けなかった。ドクター山下を追って行くべきなのか・・・それさえもはばかられるほど、いまのジョセフは脱力感でいっぱいだった。

ジョセフはかろうじて残った気力で彼女をその場に横にさせ、彼女の瞳から流れ出た液体を戦闘服の袖で拭ってやった。なぜそんなことをしようと思ったのかわからないが、そうしてあげたい衝動にかられたのが素直な気持ちだった。それが涙であればどれだけ救われるだろうと思っていたのかもしれない。

しばらくの沈黙を赤いマトリョーシカが遮った。マトリョーシカは勝手に動き出すと自ら体を開き、中から一回り小さいマトリョーシカが出てきた。そうして3回目のマトリョーシカが自らの体を開いた刹那、ジョセフは自分の背中にありえない違和感を感じた。それは内部から自分の身体を切り裂こうとするような違和感だった。

しかしそれは文字通りだった。ジョセフの身体は背中から切り裂かれたのだ。そして内部から別の何かが這い出してくるのを意識が薄れる中で感じていた。薄れる意識の中でジョセフはつぶやいた。

「入れ子・・・ネスト・・・そうか、そういうことか・・・」

【完】

3Dレーダーマップを頼りに病院内を移動する。増床を繰り返したであろうこの病院の中身はまるで香港の九龍城を想像させた。陰鬱な通路を警戒しながら歩くが方向感覚が麻痺されまともに歩けているのか自分でもわからなくなっていた。このステファンの贈り物だけが頼りなのかと思うと感慨深い気がした。

目的地に近づくにつれレーダーマップの赤い点滅は早くなっていったが、危険を伴うような感覚は今のところ感じない。廊下は枝分かれがなくなり曲線のような一本道がずっと先まで続いていた。そしておそらくこの廊下の突き当りに目的のモノが待っている。そう彼女だ。危険や殺意などという感覚がないと同時に、逆に親近感が湧いている自分に苦笑いをした。10年も一緒だとそんな感覚も宿るものなのだな、とジョセフは変な感覚に陥っていた。

目的の部屋の扉の前に立つと3Dレーダーマップの赤い点滅は点灯に変わった。間違いなくここが目的地である。ジョセフは警戒しながらドアに手をやった。ドアはなんのためらいもなく開いた。まるでジョセフの侵入を待っているかのような具合にだ。念のためステルスモードで侵入したが、室内はなんにもないただの大広間で一番奥に椅子に座る女性がいるだけだった。

「ジョセフ、きみがステルスモードで侵入していることはわかっているし、あれもわかっているだろうよ。あれはきみのすべてを理解するのだからね。」

室内に据え付けられたスピーカーからドクター山下の声が響いた。おそらくどこかでモニタリングしてるのだろう。ジョセフは慎重に彼女へと近づいてく。もちろん彼女を破壊するためにだ。

ジョセフが彼女との距離を5m切ったところで、俯いていた彼女の頭が起き上がりジョセフを直視した。やはりステルスモードでもジョセフの存在は認識しているようだった。ジョセフはいったん動きを止め攻撃の準備を整え始めた。すると途端に彼女は椅子から起き上がり一直線にジョセフに向かってきた。ジョセフは寸でのところで身をかわし、彼女の背後に回った。ジョセフは彼女の背中から羽交い締めにしようと飛びついたが、一瞬早く彼女の足が顔面を捉えていた。ジョセフは思わず両腕でカバーして受け流したが身体はそのまま10mほど飛ばされてしまった。

「ジョセフ、驚いたかな。娘はすでに培養されスーツの中で動けるまでに成長しているのだよ、この短時間でね。」

ジョセフが戦闘態勢に戻る間際にすでに彼女はジョセフの目の前まで迫ってきていた。すぐに後方にジャンプしたがそれでも間に合わないぐらに彼女のスピードは速かった。後方が壁になっているのを利用して床面と平行に壁に足をつき、床に両手をついてバックで飛び上がった。なんとか彼女の頭の上を飛び越える格好にはなったが、彼女は両手を上げ飛び越えようとするジョセフの脇腹を掴むと勢いよく床に叩きつけた。そしてすぐにジョセフの腕を掴むとグルグルと回して逆方向に投げ飛ばしたのだった。

恐ろしい身体能力である。ジョセフと同等などではない。それ以上である。ジョセフはこのまま肉弾戦を続けても拉致があかないことはわかっていたが、武器によって彼女を傷つけることにためらいの感覚がずっとつきまとっていた。

「ジョセフ、きみが娘に勝つのは不可能たよ。なぜなら娘の力はきみと互角かそれ以上であるだけでなく、人間的な感情さえないのだからね。きみのように10年そこらの関係で人形ごときに情に流されて感情移入して手を抜いてるようではとうてい無理な話だよ。」

ドクター山下はジョセフに図星の言葉を投げかけ、さらに動揺を誘おうとしているようだった。ジョセフは仕方なく近距離用のアームソードを装備し次の攻撃に備えた。

マッドサイエンティストというのはこんなものかもしれない。というよりも力を持ったものというのは結果的にその力に溺れ自らの欲望に突き動かされていくのかもしれない。権力者というのは常にそういうものだったと歴史は伝えている。キューブリックが描いたピーター・セラーズのドクターストレンジラブも同様で、自分の欲望で人類が滅んでもいたしかたないと思っている科学者や権力者はこの世にいくらだっているのだ。

ジョセフはまさか身内に身売りされていたとは思っても見なかったので呆れて物が言えなかった。ドクター山下はジョセフが諦めたのだと思いコールドスリープの作業に入るため別室に移るようだった。するとドクター山下と入れ替わりで誰かが改造手術室に入ってきた。助手にしては白衣ではなく戦闘服を身につけていた。その顔がライトの逆光から逃れたときジョセフは絶句した。それはステファンだったのだ。身内だけでなく親友からも裏切られるとは自分の人生はなんだったんだと惨めさが涙となって滲んできた。それは悔し涙だったかもしれない。

「さあコールドスリープはぼくが担当するよ。」ステファンはいつもよりも高めの大きな声で威圧的に喋った。「まずは注射を一本打たせてもらおう。」ステファンはジョセフのベッドに近づいていく。ジョセフは顔も見たくないとそっぽを向いていた。その真上に向けられたジョセフの右耳にステファンは囁いた。「すぐにロックが外れる。そしたらすぐに身を隠し2時の方向のドアを注視しろ。隙間から灯りが漏れたらダッシュだ。」ステファンはジョセフの左手になにかを握りらした。

ドクター山下はガラス越しにステファンの作業を見守っていた。ステファンはドクター山下からジョセフが隠れるように操作台を移動させるとロックを解除した。その瞬間、大きな警告音とともに室内に赤色灯が点滅し始めた。ドクター山下が慌てて改造手術室に戻ろうとしたがドアは意図的にロックされていて開かなかった。その隙にジョセフはステファンから指示のあったドアに滑りこんでいた。ジョセフはステファンもこちらに来ると思っていたが、事態はそう易易とはいかないようだった。ステファンはその場で立ち尽くしたまま微動だにしなかった。ただ満面の笑顔でジョセフを見送っていた。その刹那、ステファンの身体は体内からの爆発によって周囲に飛び散ったのだった。おそらく裏切行為への粛清であろう。ガラス越しに微かに見えるドクター山下の影に睨みをつけたが、感傷に浸っている余裕はなかった。

ジョセフは左手を開いてステファンに握らされていたモノを見た。それは3Dレーダーマップだった。真ん中のボタンを押すと3Dで映写されたマップが現れ1ヶ所が赤く点滅している。おそらくそこに行けというステファンの指示なのだろう。ジョセフはドクター山下のことを気にしながらもとにかくその場所に急ぐことにした。

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