マッドサイエンティストというのはこんなものかもしれない。というよりも力を持ったものというのは結果的にその力に溺れ自らの欲望に突き動かされていくのかもしれない。権力者というのは常にそういうものだったと歴史は伝えている。キューブリックが描いたピーター・セラーズのドクターストレンジラブも同様で、自分の欲望で人類が滅んでもいたしかたないと思っている科学者や権力者はこの世にいくらだっているのだ。

ジョセフはまさか身内に身売りされていたとは思っても見なかったので呆れて物が言えなかった。ドクターYはジョセフが諦めたのだと思いコールドスリープの作業に入るため別室に移るようだった。するとドクターYと入れ替わりで誰かが改造手術室に入ってきた。助手にしては白衣ではなく戦闘服を身につけていた。その顔がライトの逆光から逃れたときジョセフは絶句した。それはステファンだったのだ。身内だけでなく親友からも裏切られるとは自分の人生はなんだったんだと惨めさが涙となって滲んできた。それは悔し涙だったかもしれない。

「さあコールドスリープはぼくが担当するよ。」ステファンはいつもよりも高めの大きな声で威圧的に喋った。「まずは注射を一本打たせてもらおう。」ステファンはジョセフのベッドに近づいていく。ジョセフは顔も見たくないとそっぽを向いていた。その真上に向けられたジョセフの右耳にステファンは囁いた。「すぐにロックが外れる。そしたらすぐに身を隠し2時の方向のドアを注視しろ。隙間から灯りが漏れたらダッシュだ。」ステファンはジョセフの左手になにかを握らせた。

ドクターYはガラス越しにステファンの作業を見守っていた。ステファンはドクターYからジョセフが目隠しになるように操作台を移動させるとロックを解除した。その瞬間、大きな警告音とともに室内に赤色灯が点滅し始めた。ドクターYが慌てて改造手術室に戻ろうとしたがドアは意図的にロックされていて開かなかった。その隙にジョセフはステファンから指示のあったドアに滑りこんでいた。ジョセフはステファンもこちらに来ると思っていたが、事態はそう易易とはいかないようだった。ステファンはその場で立ち尽くしたまま微動だにしなかった。ただ満面の笑顔でジョセフを見送っていた。その刹那、ステファンの身体は体内からの爆発によって周囲に飛び散ったのだった。おそらく裏切行為への粛清であろう。ガラス越しに微かに見えるドクターYの影に睨みをつけたが、感傷に浸っている余裕はなかった。

ジョセフは左手を開いてステファンに握らされていたモノを見た。それは3Dレーダーマップだった。真ん中のボタンを押すと3Dで映写されたマップが現れ1ヶ所が赤く点滅している。おそらくそこに行けというステファンの指示なのだろう。ジョセフはドクターYのことを気にしながらもとにかくその場所に急ぐことにした。