2020年06月22日

退職して有給も40日くらい残したまま、次の月からもう働き始めている。
別にふつうのコトだと思う。

では、いったいいつまで働くのだろう。

理想的には現役のまま倒れて死ぬことです。リタイア=死ということです。
現役であることを選択したのだから、死ぬまで現役。

あと10年は間違いなくIBM i は亡くならないと思う。
20年となると、PowerというサーバーをIBMが今と同じように製造・販売しているかどうかは微妙だけど、稼働環境としては何らかの形で残ると思う。

同期で社内にいるごくごく親しい友人が、生ける化石として集約していくしかないのではみたいなコメントをくれた。
また、後輩の営業さんが、最先端の現場ではないかもしれないが、間違いなく確実にビジネスとして存在する環境という言い方をしていた。

そういう現状と今後の見通しを踏まえて、若い技術者の育成をどうしていけばよいのか。
続きます
jingo2010 at 00:23コメント(0)日記独り言 
5月31日付で会社を退職しました。
1985年4月1日入社なので、35年2ヶ月在籍したことになる。
早かった気もするけれど、六本木事業所に配属されたときの記憶は本当に断片的。

まあ、それは置いといて、退職金がまだ支払われない。
どうなるんだろうと思っていたが、とりあえず昨日会社から郵送されてきて、
退職金の支払い予定がわかった。

退職金ですが、年金というのも選択できたのだが、いろいろ考えて、一時金にした。
その前に、グループ年金という名の積立型の年金というものを一時金で受け取ったのだが、
ふりこまれた当日に、銀行から電話があった。まあ当然だろうね。

おもったよりも多い金額をいただけたのだが。。。
もっとも、銀行の金融商品なんて、自分にとっては価値ないと思っているけど。
とりあえずまだ最低でも2026年8月まではこのまま。できれば多少下がってでも2031年まではこのまま働きたい。

これはまた別記事に書きます。
jingo2010 at 00:19コメント(0)日記独り言 

2020年06月21日

今日はいろいろとハードな一日

朝から関内店の行列に並びたかったのだが、今日の教室のレシピが終わってないとかで、直前まで追加させられ、そのままレシピを修正し、印刷し、妻を送り出し、洗濯物を干して、実家に子供たちとGO。

実家では昼食後にしばし仮眠を取り、夕方起きて子供たちの宿題を監修。
合間に土橋の某公園周辺を犬と散歩。

夕飯後、帰宅前に妻に電話。夜は友人宅で宅飲み(w/子供たち)だそうで、
娘を送り届けて息子、犬と帰宅。洗濯物を取り込み、風呂を入れて、ランニングに出ようとしたところ、妻から電話。自由が丘の調理室に荷物を
置いてきたそうで、これから取りに行くので、娘を連れて帰ってほしい由。

これは、自由が丘まで車で送迎が必要と判断し、車で友人宅に向かい、妻と娘を乗せて一旦帰宅。娘をおろして車で自由が丘に向かう。途中娘から電話があって、明日ボンドが必要とのことで、妻を待つ間にセブンで木工ボンドを購入。帰宅後、荷物を搬入してイマココ。

これから明日の準備するか。
まあ、毎日こんな感じですわ

jingo2010 at 23:31コメント(0)独り言家族 

2020年06月08日

重大発表すると言いつつ、こちらでは何も触れていなかったので、書きます。
5月末で会社を退職しました。勤続35年2ヶ月。長いよね。

昔からその兆候はあった。学生時代も大学合格後に、とりあえずアルバイトというものを始めようと思って鷺沼のロッテリアで始めたものを、結局卒業の年までやっていた。並行して江田のモーツアルトでも卒業間近までやっていた。

何というのだろう、人間関係で自分を縛ってしまうのか、みたいな。
家庭教師のバイトでも増やした方がお金は良かったんだろうけどね。

就職先の社長は元上司。実際に上司だったのは90−93年だから、それこそ30年前。
会社では上司には恵まれたと思っているけど、その中でもとびきりで、SE的にも人間的にもすごい人で、ぜったいもう一度あの人の下で働きたいと思っていた。

今回それが叶ったので幸せです。
もっとも、雇ってくれさえすればよいわけではなかったので、それなりに雇用条件はお願いしましたが。

一番重要だったのは定年。今度の会社の定年は65歳。IBMは60歳定年で、再雇用後は1年更新。
別に毎年更新してもらえる自信はあったけど、給与は1/3になるし、生活できない。
それを考えると、この選択肢しかなかったと思っています。

転職活動は実はもう2年前から。自分からコンタクトして、自分のおかれた状況や、自分の価値など、色々とお話していた。元上司からは、いつ来るんだ?と何度も声をかけていただいた。

本当は、転職コンサルタントにすすめていただいたガチ外資企業に転職するという選択肢もあったのだろうと思う。チャンスがあれば海外!ってずっと思ってきたし、前の会社への就職動機は外資で海外勤務もあるかというのがあったのだけど、実際には最大1ヶ月の海外出張しかなかったし、海外出張は、2012年某大銀行様の海外店のRJE更改で上海と無錫に1週間出張したのが最後だった。新幹線にも乗った笑

でも、いま優先すべきは家族の生活。とにかくこどもたちが独り立ちできるまで頑張らねばとの思いが強い。
65歳まで働ければ息子は18歳。娘は14歳。そこからはIBMiができる個人事業主として粛々と更改とか技術支援とか70歳までやれば良い。

十分な給与をもらえるのなら、さらなる転職もありですけどね。
最近はインドの転職エージェントがやたら活発だよね。LinkedInとかでも声かけてくるのはインドのエージェントばかり。。。

ちなみに、ずっと懇意にしているNYの転職エージェントからは、CVや履歴書で正面突破でなく、貴方の価値をわかっている人に引っ張ってもらうのが最強。よかったね、と言ってもらってます。2003年札幌転勤が決まった頃からのお付き合い。当時彼女を頼って渡米していたら全然違う人生になっていたのだろうな。それなりにやれていただろうという自負はあるけどね。

明日も仕事なので、そろそろ休みます。
jingo2010 at 01:33コメント(0)日記独り言 

2020年04月25日

北の将軍様が逝去との噂が、何日か前から流れている。

どうでもいいけど、脂肪吸引手術に失敗して、挙句の果てに脂肪が冠動脈に入ってしまいい植物状態とかって、どんだけだめな死に様?

暗殺者の手にかかって壮絶な死を迎えるとかだったらまだしも
あ、いや、別に暗殺を肯定する意図はありません。

将軍様はまだ健在に違いない!とか思う方は、こちらからどうぞ。
https://shinohara.cd-pf.net/pre/
jingo2010 at 22:52コメント(0)独り言日記 
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