人性補欠 桑原田日記

3月18日。
大阪の寝屋川VINTAGEというライブハウスで初めてライブをした。
大阪の街に比べ寝屋川はだいぶ田舎だった。
リハーサルが終わり商店街をぶらぶら歩いてみたんだけどやけに理髪店が多かった。理髪店だけで10店舗はあった。この街の人は綺麗好きが多いのかな、なんて思いながらすれ違う人を横目でチラチラ見ながら歩いた。

ライブハウスへ戻るとユタ州のロングさんが「寝屋川VINTAGEにRAMONESのドラムの人来たことあるんだよ。壁にサインもあるし。」と教えてくれた。
「マジっすかぁーーーーーー!!!!!ヤバイっすねーーーー!!!!!連れてってーーー!!!」
ロングさんの後を歩きながら、RAMONESのドラムの人って誰だろう。まさかTOMMYじゃないよな、MARKYだよな!RICHIEなわけないもんな笑。とニヤニヤニヤニヤしながら階段を登って2階へ行くとそこにサインはあった。
「MARKYだ!!!!!スゲーー!!!!ここに来たんだーーー!!!」と感動。
「お客さん10人くらいしかいなかったけどメチャクチャみんな一緒に歌って暴れまわってたらしいよ。」と聞いてさらに感動。
ミーハーな僕は写真をパシャ。ミーハー全開でMEEHER RAMONEになった。

対バンの子で高校生のバンドがいた。
「俺パンクロック大好きっす!!!」って。「俺やってやるっス!!!!」って。

彼らと喋ってて思ったよ。

ライブハウスにはみえない血が流れていて代々受け継がれていくんだ。みえない血はいつしか別のみえない血と結合して音となり、誰かの元へ運ばれていくんだ。
ホントにそう思った。


あの商店街にあった理髪店のオヤジもきっとそういう血が流れてるんだよな。誰にもみることができない血が。

血は争えない。よく言ったもんだ。

夜明け前、よねとライブに遊びに来てくれた暗闇ひとりぼっちと行った銭湯が気持ち良かった。
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3月10日の夜から3月20日の香川県で行われたSANUKI ROCK COLOSSEUM2日目のことまで、順不同だがいくつか書き記していこうと思う。
TwitterやFacebookみたいに流れて消えてなくなったりはしないからのーんびり読んでやって欲しい。バスや電車の移動中の暇な時や寝る前ベッドに寝っ転がりながらのーんびり読んでやって欲しい。

3月16日木曜日。ガガガSPのレコーディングへ遊びに行ってきた。いや、遊びに行ったというとポップすぎるから勉強しに行ってきたと言う方が良いかもしれない。

その日の夕方「今、ガガガのレコーディングに来てますよ。」とメンバーから連絡がきた。「歌入れ参加してもらえるらしいから早くおいでー。」と。
早くおいでー。ってなんじゃそりゃ。行くなら行くって早めに教えてくれよとぶつくさ言いながらも天王寺近くにいたので急いで準備をしてレコーディングスタジオを目指した。

スタジオに着くとじゃあ始めますか。と早速歌入れに取りかかった。
ギターの山もっちゃんが全体をまとめる総指揮的ポジションで、ベースの桑ちゃんはずっと何もせずお菓子を食べていた。
「ガガガSP20周年オールタイムベスト」というベストアルバムに収録される曲のコーラスを何曲か歌録りした。
歌詞カードも準備されていたがそんなものは僕らには必要なかった。全曲聴きまくってガガガのライブで歌いまくった歌だからだ。
曲名はまだ言えないが、高校生の頃、俺は孤独なんだと悲しみに暮れ何度も何度も聴きまくって今でも僕にとって大切な歌がある。その歌も少しだけ歌わせてもらった。その歌を歌っている時はなんだか不思議でヘンテコな気分になった。
今のお前はどうだ?と問いただされているような、優しく諭してくれるような。
「歌」というのは時間を経ても色褪せずにあの頃にタイムスリップ出来ちゃうものがある。
それとは逆であの頃とは違う、初めて聴いた感覚に陥るものもある。新しい発見をさせてくれる歌。そして時々あの頃を思い出させてくれる歌。
歌わせてもらった歌はまさに後者だった。


レコーディングでもコザック前田節は強烈すぎてマジで震えた。コザック前田がコザック前田である所以がここにあった。
本当に何度も会っても初めて会うような気持ちになれる。初恋の人ではないけれど初恋の人ような。師であり師でないような。前田さんはそんな人だ。こんな素敵な人に巡り会えて俺はもう幸せなのだ。

やっぱりガガガSPと会うときは遊びという言葉より勉強という言葉が合う。

素敵な経験させてもらって勉強になりました。
『ガガガSP20周年オールタイムベスト』楽しみにしています。

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昨日はSR FACTORY店長の加藤さんの結婚式の二次会へ。
10年前。僕が19歳のとき僕はスタッフ、ドリンカーを募集していたSR FACTORYでバイトを始めた。当時の店長は吉村さん(現WALK INN STUDIO)だった。加藤さんは副店長。

初めて加藤さんと連絡先を交換した時に凄く親近感が湧いたのを覚えている。
今でこそ電話番号さえ分かればLINEで相手先も出てくるが、当時は連絡先を交換する時に赤外線でメールアドレスを教え合うというちょっとこっぱずかしい行為をしなければならなかった。
加藤さんのアドレスにはmarquee moonという文字が書かれていた。
「もしかしてこれTELEVISIONですか?TELEVISION好きなんですか?僕も大好きです!」
CBGB被れの僕は高校時代にRAMONESを筆頭にあの時のシーンで活躍していたバンドを聴き漁っていたのでTELEVISIONを知っているってだけで加藤さんに凄く親近感を覚えたのだ。

あれは20歳くらいだったか。ザ・クロマニヨンズが鹿児島CAPARVO HALLに来た時。興奮していた僕は加藤さんに会うなり「ヒロトどこいる?」と僕はおはようございますも言わなかったことを今でもネタにされたりする。

夜中天文館ですれ違った時もなんか嬉しくなって「おぉーーー、カトゥーーー!飲んでるかーー?」とタメ口をきくガキンチョな僕を怒ってくれたり、お前っぽいなと言ってくれたり。

朝の8時くらいまで話に付き合ってもらったり。バス停のベンチに座って。
本当に嬉しかった。


結婚式二次会。ドラムはテスラは泣かない。のサネ、ギターは未来のSR FACTORY店長良介、水中ブランコ井上さん、ベースは最近誰に影響を受けたのかパーマをかけたよね、ボーカルはモーターパーカーのトモヤングとTHE 南高スタイルのアニーさんも加わりTELEVISIONの「SEE NO EVIL」とGOING STEADYの「BABY BABY」を歌った。
soddopやLUBIC CABE HOUSEが懐かしい歌を歌っていて良かった。

人性補欠の歌もやろうと思ったが僕は現役なんでやるのをやめた。

まだまだバリバリでよろしくってことだ。
思い出を語るにゃまだまだ足りないってことだ。
「カトゥーーー、これからもよろしく。」

お幸せに。
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