2019年06月15日

第4話 ふたりの翠玉(エメラルド) (4-9)ふたりはひとつ

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写真は、筆者辻直之撮影。

完成した帯留めは、後日、宝生仁から伊藤岳に桐箱のケースに入れられ納品された。
帯留めの地金部分の裏に、
「30th anniversary of marriage」「from Takeshi to Sawako」が刻印されている。

仁は、伊藤岳と佐和子の結婚30周年記念パーティーを、沖縄&南国料理「CHATASO」を貸し切って企画した。

仁や岳が共に属した豊島小学校少年野球チームの面々、佐和子の幼なじみ、「なつめ美容室」の常連さんもパーティーに加わった。途中、マスターの三線を弾きながら、沖縄音楽を演奏する即興パフォーマンスもあり、伊藤岳と佐和子の結婚30周年記念パーティーは大いに盛り上がった。

パーティーの中締めとして、パーティーの企画と司会進行を担当していた仁が、岳の佐和子の一人娘の紗絵から花束の贈呈があることをマイクで告げた。

店の奥に急ごしらえのスポットライトを設置、仁に促されて、伊藤岳と佐和子のふたりは、そこに並んだ。

紗絵は、花束で顔が隠れてしまいそうな大きな花束を抱え、両親である岳と佐和子に近づいていった。歳をとると共に涙線が緩くなった岳は、もうその時点で泣いていた。紗絵は、ふたりを代表して母に花束を贈呈し、結婚30周年を祝い、パブルや阪神大震災を共に乗り越えてきた両親の苦労をねぎらった。

「最後に、岳から佐和子さんにサプライズのプレゼントがあります」と仁がマイクで告げると、あらかじめ用意してあった桐箱のケースに入ったエメラルドの帯留めをヒカルが岳に渡した。

一人娘の紗絵からもらった花束と感謝のコメントで、感極まり、涙がとまらなかった岳は、なんとか気を取り直し、エメラルドの帯留めを佐和子に渡して、こう言った。

「おまえの好きなエメラルドをなつめのデザインであしらった帯留めを結婚30周年を記念してオレからプレゼントします。30年間、本当にありがとう。これからもよろしくな。」と。

「ふたりの翠玉(エメラルド)」

おわり。





2018年11月21日

第4話 ふたりの翠玉(エメラルド) (4-8)帯留め製作

宝生ヒカルと佐々木真一のふたりは、ジェムクラフトのミーティングルームで黙りこんでいる。テーブルには、エメラルドの帯留めのデザイン画とCAD、ワックス原型、四角のベースとなる黒漆器につがいのトンボを蒔絵で施したもの、カボションエメラルド、そして、マーキースカットのルビーと同じくマーキースカットのガーネットが置かれている。

トントン、ミーティングルームのドアがなった。

「ごめん、ちょっと遅れちゃたね。」
北条理恵がそう言って部屋に入ってきた。 

ヒカルは、帯留めのアクセントとして使用するために、材料モノのマーキースカットのルビーとガーネットを用意したのだが、ヒカルと真一は、どちらにするか決めかねていた。そこで、未生流の師範で美的センスがある理恵に相談することにし、理恵に連絡をとって意見を聞くことにしたのだ。

「遅れたお詫びに、豊中駅近くのチーズケーキ専門店でケーキ買ってきたから、まず、コーヒータイムにしようか。ヒカルちゃん、コーヒーみっつ淹れてくれる?私は、ブラックでいいわ。」

考えや意見がまとまらないときは、コーヒーでも飲んでリラックスしたほうがいい。 

さて、今回のオーダーメードの帯留めだが、ベースになる黒漆器につがいのトンボを蒔絵で描いたものは、理恵が用意した。外枠は、真一がCADで作り、中央のS字カーブにナツメの葉とつぼみを描いたデザイン部分は、ジェムクラフトの社長である浅見透がワックスで作った。カボションエメラルドは、ヒカルと真一が東京で買い付けたものである。長さ6ミリのマーキースカットのルビ、ーとガーネットは、ヒカルが色石の材料モノ専門業者からロット委託で借りてきている。

ルビーかガーネットどちらかに早く決めて、必要な6ピースを仕入れて、残りを業者に 返さなけれならないのだが、ヒカルと真一の意見が一致することがなく、時間だけが過ぎていった。そこで、ふたりは、理恵に相談することにしたわけである。

理恵は、彩色された帯留めのデザイン画をテーブルに広げ、カボションカットのエメラルド2ピースをデザイン画のエメラルドの位置に置き、マーキースカットのルビーをデザインのオレンジレッドに彩色されたデザイン画の位置の上に置いてみた。ルビーの高品質のものの色を例えて「ピジョンブラッド」と業界ではいう。しかし、鳩の血の色など見たことがある人などほんのひとかけらのひとしかいないはずだ。想像するに、ピジョンブラッドは人の血よりも鮮やかな色調なんだろう、という印象を持つ。ヒカルが取り寄せたマーキースカットのルビーは、レッドに少しブラックが咬んだ色をしていた。

理恵は、ヒカルと真一に向かってこう言った。

「 エメラルドがルビーに負けちゃってる感じね。」

理恵は、ピンセットでマーキースカットルビーをチンボックスに戻し、今度は、同じくマーキースカットのパイロープ ガーネットをデザイン画のマーキースの形状のオレンジレッドの上に乗せた。

ところで、ガーネットは、大きく次の6種類に分類される。

アルマンディンーガーネット
パイロープガーネット
スペサルティンガーネット 
アンドラライトガーネット
ウバロバイトガーネット
グロシュラーライトガーネット

ちなみにガーネットの和名は、柘榴石(ざくろいし)。 

ガーネットといえば、和名、柘榴石の名から連想して、赤色が一般的であるが、グリーン系ガーネットに、ウバロバイト、グロシュラーライトがある。

専門的な解説は、これぐらいにしておく。

ヒカルが色石業者から取り寄せた、パイロープガーネットは、オレンジがかったレッドである。

「ルビーより、こっちのパイロープのほうが、カボションエメラルドとの相性がいいみたいだけどね」
理恵は、そう言った。

「でしょう、理恵さん、やっぱパイロープだよね。佐々木さんが、エメラルドには、同じ貴石の仲間ルビーがいいに決まっていると言い張るのよ。」
ヒカルは、理恵の同意がよほど嬉しかったのか、上気して顔を赤らめていた。

翌日、ジェムクラフトの浅見社長をはじめとした全スタッフによる制作会議が招集された。なんとか、カボションエメラルドふたつをメインストーンとした帯留めの地金部分の鋳造工程に入る。帯留めは、紳士物のバックルほど場面が大きくはないが、鋳造するにあたって「鋳造 巣」がでないよう配慮が必要である。また、ゴム型ワックスを鋳造する場合、ワックスサイズからの縮みを計算しないといけない。

ゴム型ワックスで鋳造する方法を「ロストワックスキャスティング」という。その工程は、原型 → ゴム型 → ワックスパターン → ワックスツリー → 埋没 → 脱泡 → 乾燥 → 脱ろう → 焼成 → 鋳込み → 鋳型ばらし → 切り取り → 製品研磨 、と意外に複雑である。

今回ジェムクラフトから、鋳造業者に発注するのは、ワックスパターンを数十個作ってキャストする量産品ではなく、一点物であるので、量産品をキャストする中に入れ込んでもらう方法を取る。

地金部分が出来上がったのち、パーツを組み上げロー付けし、石留め工程に入る。その工程で一番注意するのは、カボションエメラルドの石留めである。エメラルドの硬度は、モース硬度で「⒎5」であり、モース硬度「10」のダイヤモンドや「9」のルビー、サファイアに比べて引っかき傷や石欠けができやすいので、石留めには細心の注意が必要だ。しかも、エメラルドは、オイル処理をしているので、熱によるオイル抜けがないように取り扱いに対しても慎重を喫する。

石留めが終わると、最終磨きを経て製品が完成する。カボションエメラルドの調達に始まり、黒漆器につがいのトンボの蒔絵、CADとロストワックスによる原型作り、マーキースカットのパイロープガーネットの石合わせ等、ジェムクラフト全員の力を結集した素晴らしい帯留めが出来上がった。


 

2018年05月11日

第4話 ふたりの翠玉(エメラルド)(4-7)エメラルドのキセキ

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豊中市曽根南町にある「南国 cafe&bar CHATASO」
撮影は、筆者 辻 直之

仁は、「エメラルドおもしろ講座」のシナリオのメインテーマを「エメラルドのキセキ」とし、エメラルド原石が地球の奥深くで生成し、それが、どのような環境の鉱山で採掘され、さらにエメラルドの原石が職人の手によって緻密に研磨され、緑の輝ける宝石となる過程の「軌跡」。そして、地球の奥深くで鉱物として偶然とも言える化学反応、信じがたい地中の圧力による「奇跡」によって、いわゆるエメラルドグリーンの宝石が生成される偶然にスポットを当てることにした。

エメラルドの鉱山は、どういう場所で、エメラルド原石が現地でどのように採掘されているのか、それをどうプレゼンするか、それが今回の講座のキモである。仁は、たまたまGIA の親睦団体の集まりで知り合った、佐野 忍氏の書籍「エルドラドの緑の火 コロンビア エメラルドの旅」のことを知り、いち早くアマゾンで手に入れていた。この書籍は、残念ながらすでに絶版になっているからである。しかも、今となっては、アマゾンでも手に入らなくなっている、貴重な本。

著者 佐野忍氏の紹介を簡単にしておく。

書籍の著者紹介から、以下抜粋。
1942年 名古屋市に生まれる。
1965年 青山学院大学経済学部卒業。
1972年 アメリカ宝石学会(G.I.A)卒業
1973年 株式会社エスメラルダを創立 代表取締役社長

仁は、親睦会で佐野氏と知り合ってから、今もSNSで情報交換をしているのだが、それによると、佐野氏は、2017年4月に会社を締めて、今は悠々自適の暮らしをされてる様子である。

書籍の内容は、こちらから。

「エルドラドの緑の火 コロンビア エメラルドの旅」の帯付より。
「夢多き宝石商の手記。徒手空拳この未知の国に渡り、緑の石を商って成功を収めた著者が、感謝と愛情を込めて綴るコロンビアの美しい風土と人々。エメラルド取引の知られざる内実を伝えて南米を知るに必読の一冊」

「エメラルドおもしろ講座〜エメラルドのキセキ〜」の企画書を仁はまとめ、ジェムクラフトのオーナー社長浅見透に連絡をとり、最近オープンした「南国 cafe&bar CHATASO」で会食しながら、企画の概要、講座の進め方について説明することにした。

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ゴーヤチャンプルとマスターのおまかせサラダ定食

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CHATASO 特製「激旨スペアリブ」
上記の2点 商品撮影 筆者 辻 直之

仁は、今日はいつものノンアルビールをやめて、ゴーヤチャンプル定食にした。透は、仁イチ推し料理「激旨スペアリブ」にオリオンビールにした。仁の妻麗子が近くのスーパーでパートを始めてから、シフトの関係で妻の帰宅が遅くなり、仁は晩御飯を自分で作るか外食に頼ることになった。娘のヒカルもエメラルドの帯留めのオーダーやらお客様からのリフォーム対応で夜遅くまでお店にいることが多くなっている。

そういうことで、1週間に2、3度、仁は、一人で晩御飯を食べる羽目になった。ちょうどそんな時に、運良く近くに本格的な沖縄料理を中心としたお店が開店したのであった。仁は、これ幸いとお店に通うようになり、お店の常連さんとなって、次第に沖縄出身のマスターと親しく話すようになった。

「透、スペアリブ、シェアしようぜ、ハイどうぞ」
仁は、骨の付いたスペアリブを1本透の取り分け皿に置いた。

「透、見てろよ、ここのスペアリブは、箸で肉が離れるんや」
透は、自分の取り分け皿にも1本スペアリブを置き、箸でスルリと肉を剥がした。

「え〜、そんなアホな!スペアリブが箸で肉が剥がれるなんか、見たことないわ」
「そうやろ、びっくりやろ」
仁は、お店の店員でもなんでもないのに、えらく御満悦な顔でそう言った。

「びっくり、と言えば、お前が企画したあのブライダル企画が大ヒットしている。それでヒカルちゃんや佐々木がその対応で連日残業になってる」
透は、お店が繁盛してうれしい反面、仁の娘が残業続きになっていることに申し訳ない気持ちにもなっていて複雑な表情だ。

「ええんちゃう、そういう時期もある。お店が忙しく、儲けられるときにガッツリやっとけばええねん。暇なときもあるからな。この商売」

「ポイントは、広告のコピーと媒体の選択やったね。キラーキャッチコピーは、人の心を動かすことができる、というのはほんまやね」
透は、そういいながら、甘辛いスペアリブの肉をうまそうにほうばった。

仁は、手提げ袋から一冊のブックレットを取り出しテーブルの上に置いた。
「ジュニア学習ブックレット 鉱物と宝石 でき方や性質をさぐろう!」
松原 聡監修、株式会社PHP研究所 発行。小学生から読めるように 漢字には全てルビがふってある。

「透、ザックリこの本読んでみ。面白い本やで」
そう言いながら仁は、ゴーヤチャンプルをバクバク食べ始めた。仁は、学生時代からついた早食いのクセが還暦を過ぎた今もなおらないようだ。ゴーヤチャンプルを咀嚼するというより、飲み込むようなスピードであっという間に平らげた。そして、さんぴん茶で口に残ったゴーヤチャンプルとごはんを流しこんでいる。

ブックレットの表紙には、
「鉱物、宝石、岩石・・・何がちがうの?
化石も鉱物になるってホント?
4300種におよぶともいわれる鉱物について
基本的な知識やふしぎな性質、さまざまな利用法を紹介!」
と書いてある。

表紙を開くとすぐに、
Q1 鉱物はなぜ決まった形になるの?→ 答えは10ページ
Q2 宝石はどうしてきれいにかがやくの?→ 答えは、18ページ
Q3 ダイヤモンドはどんなところでできるの?→ 答えは、22ページ
Q4 化石も鉱物になるってほんとう?→ 答えは、30ページ
Q5 えんぴつのしんは何からつくられるの?→ 答えは、44ページ

というQ&Aが目をひく。

透は、そのQ&Aにそって読み始めている。

「仁、うまくできてるな、この本。写真やイラストがふんだんに取り入れってあって、我々業界人でも興味深く読める」

「そうやろ」

「エメラルドおもしろ講座 、エメラルドのキセキ」のふたつのテーマは、佐野忍著、『エルドラドの緑の火』とこのブックレット、『鉱物と宝石』の2冊でほぼ語ることができる」

仁は、すでに、エメラルド講座のことから、スペシャルオーダーのエメラルドの帯留めをどう完成させるかに頭を切り替えている。









 

ギャラリー
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