2017年01月01日

2017年、明けましておめでとうございます!

久しぶりのブログ‥‥
今年もよろしくお願いします。
どうやってアップするのかも一瞬分からなかった(-.-;)
画像アップの仕方も忘れている。 今年はもう少し書いていくぞ。
twitterに馴れすぎて、長い文が書けなくなっている!
2017年賀状図4


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2016年06月22日

「さくらの終わらない一日」本日再放送

これまた久しぶりの更新。
NHKBSプレミアムで再放送中のアニメ『カードキャプターさくら』、今日(6/22)は僕の脚本担当回「さくらの終わらない一日」だ。
これは18年前に書いたが良く憶えている。
かなり自由に書けたし楽しかった。
最初僕が付けたタイトルは「時をかけるさくら」。
主人公のさくらがクロウカードの力で同じ日を何度も繰り返すはめになると言う物語。
このアイデアはビル・マーレー主演の『恋はデ・ジャヴ』から頂いた。あの頃この映画がお気に入りで何人かの仲間に勧めたら皆気に入ってくれて、それぞれインスパイヤされた作品を残している。
僕のデビュー作『ハッピーエンドの物語』も『ケータイ捜査官 遠い夏の空と』『ギャルバサラ〜戦国時代は圏外です』もタイムスリップもの。
小学1年の国語の時間、初めて書いた作文も少年たちがタイムスリップする物語だった。
タイムスリップって作品それぞれで考え方が違うので面白い。
過去の出来事を変えると未来にその影響が出たり、違う未来が発生したり、誰かに叱られたり抹殺されたり。
タイムスリップの仕方も、タイムマシンだったり、時空の歪みだったり、あらかじめ予定されていたことだったり。
色んなタイムスリップモノがあるけど、その殆どがその特殊な経験を経て登場人物たちの人としての成長を描こうとしている。
はたして、今日のさくらちゃんはどんな成長を遂げるのか?
そして僕はこの18年で何か成長したのだろうか?


>NHK公式サイト
(12)「さくらの終わらない一日」
BSプレミアム6月22日(水) 午後6時30分
第12話は「さくらの終わらない一日」。音楽の時間、笛のテストで失敗してしまったさくら。ところが次の日学校に行ってみると、また同じ笛のテストがあるという。同じ一日をくりかえしているようだが、そのことに気づいているのはさくらと小狼だけらしい。やはり、クロウカードのしわざなのか?


2016年04月23日

バイオニックジローvsカードキャプターさくら

明日、3年ぶりに入院する。
今度は肩腱板損傷のために肩を手術するのだ。
去年の春、重い物を持ち上げようとした時に左肩に激痛が走った。
しかしその後はなんとなく肩が痛いなと思いながらも普通に日常生活を送っていた。
夏には市民水泳大会にも出場した。
秋くらいから痛みが増してきたが年齢的にも五十肩だろうと思っていた。
年末になっても良くならないので整形外科に行ってもやはり五十肩だと診断されて、痛み止めとマッサージ治療を施された。
それでも痛みは増す一方でうまく泳げなくなってきたのだ。バタフライはおろかビート板を持ってキックも出来なくなってきたので、整骨院にも行った。
電気でビリビリやられたりしたけど、ちっとも良くならない。
プールの水泳仲間から「MRI撮ってもらいなさい」と言われたので、総合病院への紹介状を書いてもらって撮ってもらった。
そしたら肩腱板の一部が切れていて水が溜まっていると。
関節鏡で手術しないとどんどん動かなくなるのだと。
え〜〜〜〜手術ぅ〜〜〜〜!?
医師の話を聞くと、切開する事なく切れた筋肉と骨を繋ぐのだそうだ。
まるでバイオニック手術じゃないか!

と言うわけでバイオニック手術を受けることにした。
術後、装具を付けて暫くリハビリをしなくてはならないが、これもちょっとプロ野球選手みたいでちょっとワクワクしている。
どんなスーパーパワーを身に付けることができるか、乞うご期待なのだ!

あと、NHKBSプレミアムで『カードキャプターさくら』が再放送中。
初回オンエア1998年だから18年前。
27日水曜日18:30〜放送の第4話『さくらのくたくた日曜日』は僕の脚本回。
初めてのアニメシナリオだった。
ウッド「木」とレイン「雨」の2枚のカードが出てきて、さくら家大混乱という話だった、はず。
こっちも乞うご期待!
bionicJiro



2016年03月28日

シネマノヴェチェント、夫婦で出ます

正月の挨拶以来の更新だ。
え〜と、ワタクシゴトであるが今月7日に入籍した。
相手は何年も前にここで「インドから来た女」として紹介した料理研究家で高校の同級生でもある香取薫さん。
お互い五十過ぎで(-.-;)
そんな新婚と言う言葉が相応しくない二人で人前に出ることになった。
横浜西区にある小さな映画館シネマノヴェチェント『ハリウッドをぶっ飛ばせ!ボリウッド祭』4月10日(日)〜15日(金)のオープニングイベントとして初日(4/10)に「あなたがいてこそ」上映後、インド映画とインド料理の魅力について二人で登壇する。
その後、薫さんプロデュースのインド料理で懇親会と言うイベント。
一緒に人前に出るのは初めてなので、今からかなり恥ずかしい。
僕はインドに行ったことも無いし熱烈なインド映画のファンでもないので、今回はインド映画、インド料理に関して薫さんからいろいろ話を聞きだすと言う役割だ。夫婦漫才を期待されてもできない。
値段は前売6000円 当日7000円(フード+指定ドリンク3杯付)
手前みそになるが彼女の料理だけでもそれ以上の価値はあると思う。インド料理研究家と一緒に暮らしているかと言っても、そう滅多に食べられるわけではないので僕も多いに楽しみなのだ。
ボリウッド映画祭と称しているが、厳密な事を言うとボリウッド映画と呼べるのはラインナップのうち1本だけだそうだ。
あとの2本はテルグ映画。ボリウッドとはムンバイで作られるヒンディー語の映画での総称で、映画大国インドではテルグ語やタミル語など他の言語の映画もたくさん作られている。と、薫さんから教えてもらった。
ここに載せるのが遅くなってしまったが、まだ若干席があるそうなので是非。
詳細とお申し込みは
シネマノヴェチェント(http://cinema1900.wix.com/home#!blank/g74fz)から。

上映作品は

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「あなたがいてこそ」MARYADA RAMANNA(2010 インド 125分 BD カラー)
監督・脚本:S・S・ラージャマウリ
主演:スニール サローニ ナジニードゥ
あらすじ:幼少時代にラームの父親は、家族間の抗争によって殺害されてしまう。そんな深刻な過去を背負いながらも大都市ハイデラバードで明るく働いていたラームだったが、荷物配達の仕事を辞めさせられてしまう。そんなとき、広大な土地をラームが相続したと連絡が入る。故郷へ向かう列車の中でアパルナという娘と意気投合するが、彼女の素性は……。
公式HP:http://www.u-picc.com/anataga/


「ダパング 大胆不敵」DABANGG(2010 インド 126分 BD カラー)
監督:アビナフ・シン・カシュヤップ
脚本:ディリープ・シュクラー 
主演:サルマーン・カーン アルバーズ・カーン ソーナークシー・シンハー 
あらすじ:悪党から大金をせしめる警官だが、その真の姿はロビンフッド・パンデーの異名を持った弱者を守る正義の男というチュルブル。ある日、ラッジョーという美女に心を奪われて結婚してほしいと猛アタックを開始するが、彼女はアルコール中毒の父親を放って誰かと一緒にはなれないと固く心に誓っていた。そんな中、権力を得ようとするもチュルブルに阻まれ続けてきた青年政治家チェーディー・スィンが、彼を倒そうと動きだす。
公式HP:http://www.u-picc.com/Dabangg/


「バードシャー テルグの皇帝」BAADSHAH(2013 164分 BD カラー)
監督・脚本:シュリーヌ・ヴァイトラ
主演:N・T・R・ラオ・ジュニア カージャル・アグルワール ケリー・ドルジー
あらすじ:カジノ経営者を父に持ち、バードシャー(王の中の王)と呼ばれるラーマ・ラオ。ラオは子供時代から警官になりたいと考えていたが、父がマフィアのボス、サードゥ・バーイの手下であるため、警官になる夢はかなわなかった。そんなある日、サードゥ・バーイが主導した爆弾テロ事件で兄が殺されてしまう。ラオは父と一緒に、サードゥ・バーイへのリベンジを誓う。
公式HP:http://www.u-picc.com/Baadshah/


2016年01月02日

2016明けましておめでとうございます

久しぶりのブログが新年のあいさつです。
昨年は仕事の面ではイマイチの年でしたが人生で最大の転機となる出会いがあり生活が激変。
今年は仕掛けている仕事も動き出しそうで、近いうちに嬉しい報告が出来そうだ。
しかし政治やとりまく環境はけっして良い方に向かっているとは思えないので、浮かれてばかりはいられない。
画像はヒンドゥー教の神様ガネーシャのきり絵。
ガネーシャは新しい事を始める際に災いを取り除いてくれる。
皆さんにも健康でいい年になりますよう!
2016WEB


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2015年09月07日

父のゼッケンつけてみた

前回のブログで「次回行く機会があれば、父が着けていた「地球から核兵器をなくそう まもれ憲法、やめろ軍拡」と言うゼッケンを着けて行こう」なんて書いてしまったので、さっそく9月6日新宿伊勢丹前のSEALDsと学者の会のデモに父のゼッケンをつけていくことにした。
父徳好のゼッケンは大きく分けて2種類ある。ベトナム戦争に反対して8年間着けた「ベトナムゼッケン」と1980年頃から核兵器廃絶を願って着けたり着けなかったりいていた「反核ゼッケン」だ。
「ベトナムゼッケン」は父の代名詞にもなったし我が家全員で応援していたが、「反核ゼッケン」は僕を含めた家族の賛同を得なかった。
僕も「お父さん、頑張って!」と言う歳ではなかったし、どこか「過去の栄光よもう一度」みたいに思えたのだ。
それに「地球から核兵器をなくそう」のスローガンはターゲットが大き過ぎてとらえどころがないとも思った。ベトナムの時のように毎日着けて通勤するわけでも無い。
「お父さん、反核ゼッケンはいつまでつづけるの?」
僕はそう聞いた時、父は即答できずに「いつまでやろうかなあ」などと言っていたのを憶えている。
父は著作の中で、僕はさらにこう続けたと書いている。
「反戦とか、反核とか、平和とか、お父さんはすぐに夢中になるんだね」
「当たり前だ。おれの目の黒いうちは、日本にはぜったい戦争をさせないんだ」

確かに父が生きている間に日本は戦争をしなかった。
しかし死んでからだって絶対に戦争はさせたくはないはずだ。
その思いを僅かでも伝えようと、反核ゼッケンをつけてデモに行ってみた。
自宅から着けていこうかと思ったが、無理だった。徳好さん、こんなことやってたの、すごいぜ。
デモの一団に入ってからこっそりと着けた。
まわりの人はそれぞれのプラカードやパネルを持っているので、こんな古めかしいゼッケンを着けていてもさほど目立たない。
下の写真はこの「反核ゼッケン」を着けて東京夢の島から広島まで歩いた平和行進の時のもの。父は還暦だった。
そんな風雨にさらされたゼッケンを着けた夜、僕は生前の徳好さんが憑依したかのようによく飲んでよく話した。

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2015年08月31日

デモに行った

8月30日、国会前のデモに行った。
前から気にはなっていたのだがデモに参加することに少しだけ抵抗感があった。
実は30年ほど前僕はデモを動員する側にいたのだ。
労働組合の書記として組合員を日比谷公園等に集めて国会前まで誘導したりする。書記局の僕は休日出勤手当てをもらいながらやっていたのである。その様子を機関紙に載せるための写真を撮ったり、組合員さんに腕章や幟旗を渡したりしていた。
参加した組合員さんや家族の方の名簿をチェックは重要な仕事だ。なぜなら活動費を組合が支払うからだ。封筒に入れた現金を参加者に渡した。
組合や地域のための運動だと言う名分は分からないでも無かったが、手弁当で参加している人も少なからずいるのに抵抗感を感じていた。
あとはシュプレヒコール。
左手を腰に当てて右コブシを高く上げて叫ぶアレである。
「さいごまでええ、たたかいぬくぞお〜〜」
みたいなアレだ。
30年前だってダサかった。
余談だがみんなで歌うロシア民謡も好きじゃない。
子供の頃、両親がサヨクの友人たちとロシア民謡を歌いだしてなぜか寂しくなったことがある。
デモと言えば僕の中ではそんな感じだったので、安全保障法関連法案には一言も二言もあったがデモに行く気にはならなかった。
しかし国会前に10万人集めようと言うSEALDSを中心とした呼びかけに「10万分の1くらいにはなろう」と思うに至り、友人数人とオニギリと水を持って国会前に出かけた。
桜田門の駅を下りた瞬間、僕が思っていたデモとは違うと感じた。
組合や政党が動員した人たちではなく各々が勝手にやってきている。
シュプレヒコールもない。
ドラムに合わせた気持ちのいいコールだ。
お年寄りにはテンポが早過ぎるかもしれないが、昔の「サヨク節」コールよりソウルフルだ。
なんと言っても2拍3連のコールはカッコイイ。(これを全て「ラップ調」と評するのはどうなんだろう)
プラカードやゼッケンも皆手作りで個性がにじみ出ている。
涙が出てきた。
こんなデモの風景を父や母に見せたかった。二人ともホントはこんな風にしたかったんだろうって。
火炎瓶も投石も流血も無い。
平和を求めているんだから音楽と笑顔のデモだ。
ウソだと思うんだったら参加しなくてもいい「見物」がてら見に行くことをすすめる。
僕もそんな気分だったが、気が付けば一緒に叫んでいた。
何十万人、何万人だったかは僕には見当もつかないが今まで見たことがない国会前の風景だった。
次回行く機会があれば、父が着けていた「地球から核兵器をなくそう まもれ憲法、やめろ軍拡」と言うゼッケンを着けて行こう。
かなりボロボロだけど。
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2015年08月22日

一人でストーンズ(唾石と胆石)

僕はどうやら石を作りやすい体質らしい。
2年前総胆管結石で計21日も入院し腹腔鏡手術で胆嚢を取り出したので、もう石に苦しめられることは無いと思っていたのに。
今度は唾石だ。
6月の終わり頃、風邪を引いた。
ただ咳が出ると言うくらいの症状だったが次第に微熱が出て顎下のリンパ腺が腫れてきた。
何週間も続くのでかかりつけのクリニックに行くと夏風邪対応の処方をしてくれた。
しかし治るどころか、顎下リンパの腫れはどんどんひどくなり痛みも伴うようになってきた。
ネットで調べると顎下腺炎らしい。
これは内科ではなく耳鼻咽喉科だと分かり、さっそく診てもらう。
口の中の唾液腺にとがった金属を突っ込まれると、その痛みで涙が出る。
すると唾液腺の中に石が出来ていて、それが炎症を起こしているのだとの診断。
武蔵野赤十字病院に紹介状を書いてもらい、CTで検査すると担当医もびっくりの大きな石があることが判明。
「ここで取っちゃいましょう」
担当医は若くて小柄な女医さん。ちょっと嬉しそう。
担当医はその場でメスとピンセットを取り出して、口の中にある石を取りにかかった。
歯科で使うような局所麻酔はかけてもらったが、これがまた痛い。
ええい、泣くもんかと我慢したが、涙が目に溜まる。
「ううん、やっぱりここじゃ無理ですね。後日、手術しましょう」
ええーーーっ!?
血塗れになりながら、傷痕をチリチリと焼いて止血してから帰された。
それから約2週間後の8月20日、2年前胆嚢を取り出した時と同じ手術室に向かった。
胆嚢摘出の時は全身麻酔だったので手術の最中のことはさっぱり憶えていないが、こんどは局所麻酔。
口以外の部分は覆われたが、先生や看護師たちの会話、かかっている音楽まではっきりだ。
今度も痛い。
目が覆われているので泣いても誰にも分からない。
予定は30分だったが、45分かかり石を取り出してもらった。
「大きいですね、これ持って帰りますか?」と先生。
「はい。僕の石コレクションに入れたいので」と僕。
翌8月21日、石を取ってもらってすっきりした状態で53度目の誕生日を迎えることができたとさ。
めでたし、めでたし。
僕のコレクション。写真の左が今回の唾石。左のが2年前の胆石たち。
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2015年08月15日

七十年目の敗戦記念日

「敗戦記念日」と言う人と「終戦記念日」と言う人がいる。
僕もこのブログでも何度か「終戦」と記述している。
先日ラジオでこの違いを簡単に説明してくれていた。
「敗戦」の言葉には「誰かが戦争をしかけて負けた」と言う意味が含まれているが、「終戦」となるとまるで自然災害のように「自然に終わった」ように受け取れる。
敢えて「終戦記念日」としている方が、戦後政策には都合が良かったのだ。
その都合のいい戦後政策の中で僕はぬくぬくと育ってきた。
直接戦争に参加することも無く、音楽や映画を愛してのんびりとね。
そんな平和な状態がずっと続くと思っていたが、ここのところ物凄くきな臭い。
こんな状況を反戦・平和運動をしていた両親だったらなんて言うだろうか、何をするだろうか、今の僕にどんな言葉をかけるだろうか。
二人ともこの世にはいないので、生前に二人が残した文章や絵を今年もここに載せさせてもらうことにする。

千鳥ケ淵

 東京で一番美しい風景はとこだろうか。この答えは十人十色で数時間話しあっても結論はでない
でしょうが、やはり皇居の周辺はさすがだと思います。
 千鳥ケ淵公園の桜並木から、堀越えに彼方を眺めると静かな歌でも歌いたくなります。近代美術
館別館の塔も見えます。その昔は近衛師団の司令部だった所で、百年以上を経た煉瓦造りです。そ
の左うしろが靖国神社だから、皇居は靖国神社と近衛師団に囲まれていたわけです。
 私は四人兄弟の末子で、戦争中は全員が軍隊へゆき、上の二人が戦死しました。二人とも靖国神
社に祀られているはずですが、参拝したことはありません。むしろ千鳥ケ淵の戦没者墓苑の方がふ
さわしいと思っていました。外国の首相などが訪日した場合に花束を捧げる。無名戦士の墓4とし
て造られたものですが、広島、長崎をはじめ全土の空襲による一般の犠牲者は祀られていないので
す。無名はとこまでも無名にされるのでしょうか。
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きりえ画文集「東京わが町」より きり絵 金子静枝/文 金子徳好 


2015年08月14日

夏休みの工作2

100均の紙粘土で作ったカエルが、カエルに見えないと言われて、もっとカエルらしくしようとこねてみた。
前回作った時より粘土が乾いていたため、出来上がりがパサパサになってしまった。
煙草を吸わせてみた。
二つ並べるとおっさんくさい。
「お前、カエルに見えないな」
「うーん、おいらカエルと言うよりガマクジラだな」
「それなら全身に真珠をあしらってもらえ」
「それも100均にありそうだ」
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2015年08月12日

夏休みの工作

小学校の夏休み。ご多分に漏れず僕も宿題は最後、或いは新学期始まってからやっていた。
それでも間に合わない時は最初の授業の日に持ってくるのを忘れたことにして、次の授業まで提出を待ってもらっていた。
しかし工作や自由研究はちゃんと期日に間に合わせていた。
タミヤのギヤーセットを利用して電池とモーターで走る車を何度も作った。ベースは板の歯切れで、ボディは段ボールを着色した。教室の前に展示されると、上級生が手に取って「これすごい」と言っていたのを誇らしく感じた。
夏休みの宿題は何年も作っていないが、100円ショップで見つけた「軽い紙粘土」が気になり何か作りたくなったので行き当たりばったりでこねてみた。
粘土をこねるなんて何年ぶりだろう。
緑と白の紙粘土だったので、だんだんカエルの形になってきた。
ネットにあった「腕組みするカエル」の写真を参考に少し偉そうなカエルになった。
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2015年07月10日

MAD宣言

評判があまりに良いので、かなり期待して『マッドマックス 怒りのデスロード』を観てきた。
「オー、イエィ。オー、マイ、ゴッド! ファッキン、ファビュラス!」
とよく意味が分からない英語を思わず叫びたくなった。評判以上!!
映画を観倒していた20代前半の気持ちを思いだした。
そこで『マッドマックス2』を観た当時の「映画ノート」を引っ張り出してみる。
1983年11月28日(月)三鷹オスカーで「マッドマックス特集」で見ていた。
以下21歳の自分から引用。
『マッドマックス』これは公開当時スタントマンが死んだと言うことで話題になり、バイク少年、モータースポーツマンたちの間で大ヒットした。当時の僕はモタースポーツに全く興味が無かったし、暴走族が好きな映画なんて自分には関係ないと決めつけていたのであった(あー、なんとおろかなコトヨ)そのおかげでこれほど面白い映画を何年も観なかったと言う損をしていたのである。
今年('83)になって2度もテレビで放映して、僕も面白いと思ったのだが、兄もAくんもYくんも大絶賛。そしてようやくスクリーンで観たのだが、迫力、スピードに大満足。しかしYが言う「2」観ちゃうともう「1」はつまらなく感じる、が信じられない。
『マッドマックス2』Yの言葉は本当だった。メル・ギブソンがV8インターセプターを乗っていると言うこと以外、ストーリーは全く違う。馬をエンジン付きにした西部劇になっていた。
建物と言えば小さな石油コンビナートしか出てこない。あとは砂漠、車、バイク、ヘリコプターだけ。ここでのマックスは復讐鬼ではなく用心棒であり天才的なドライブテクニックで次々と襲いかかるインディアン(モヒカン男達)を払いのけていくのである。ラブシーンなんか無い。ちゃんとコミカルなシーンもあるし、これぞエンターテイメントなのだ。
体中怪我して用心棒では無くおとりを買って出て徒労に終わったマックスであるが、ヒーローとして人々の記憶にだけ残り、荒野に一人で戻っていくのが本当にカッコイイー。
僕はマッドマックスが大好きだ!!

と熱い思いを書いている。
公開中の『マッドマックス 怒りのデスロード』も『2』に負けていない、いや、以上か。
52歳になって再びこんな気持ちにしてくれたジョージ・ミラー、ありがとう!
タイトルの「MAD宣言」とは24才の頃に作った曲。カセットテープのMTR、TEAC244を使って録音した。ドラムマシンは友人のRoland TR-606を打ちこんだ。「まっど、まっど」とコーラスで参加しているのはYくんこと俳優の壇鼓太郎。音も演奏もヒドイがマッドな感じは出ていると思う。




2015年07月04日

久しぶりの旅

三鷹に結界でも貼られてんじゃないかと思うくらい、あまり出かけない。
両親を介護して以来行く場所と言ったら老人介護施設、病院、スーパー‥‥殆ど市内の施設ばかりだった。
今は自由にどこにだって行っていいのに、やっぱり映画館くらいにしか出かけない。
そんな僕が久しぶりに旅行した。
今から四半世紀前、一人でアメリカ旅行して以来かもしれない。
その時つけていた旅の日記には「〜南米、東南アジア、ヨーロッパ、中近東が待っている」なんて書いてあるのに、日本から殆ど出なくなってしまった。
ゆうばり映画祭やシナリオハンティングで何度か出かけていたが、フラッと知らないところに行くと言う感覚をすっかり忘れていた。
南米、東南アジアでは無かったが、今回行った石垣島は僕にとって未知の場所だったので、本当に「旅」の感覚を思い出させてくれた。
5日ほどの旅行だったが、またどこかに行こうと言う気持ちが湧いてきている。
25年前の旅の日記の終わりには「江ぐちが食べたい」と書いてあった。
石垣から三鷹に帰ってきた翌日、僕が向かったのはやはり「中華そば みたか(旧江ぐち)」であった。
結界の中心は間違いなくここだ。

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石垣島米原のサンゴ礁

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石垣島最北端、平久保崎。左が東シナ海、右が太平洋。

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中華そば「みたか」のラーメン。450円。昼は11:00〜14:00、夜は17:30〜20:00、月曜定休。


2015年06月12日

中古レコード屋にて

小説執筆に時間と思考を取られてたので、今年に入って映画をあまり観ていなかった。
それだけで映画が少し遠い存在になっているような気がしている。
先月から以前と同じようなペースで映画館に足を運ぶようにしているが、まだまだ映画との距離が詰められない。
たまたま好みの映画に当たっていないだけのハナシかもしれないが、そもそも自分の好みの映画がなんだったか、もはやはっきりしない。
そこで最近「映画モード」に戻るために、自分が好きだった映画をレンタルで見直している。
どうやら僕は「笑える映画」が好きだったらしい。
レンタル屋に並んでいるタイトルを眺めて、ついつい手に取るのは大笑いした記憶があるものばかりだ。
昨日、猛烈に見たくなったのが『殺したい女(Ruthless People)』(1986)だった。
しかしどのレンタル屋にも置いていない。
調べてみたらDVD化されていないのだ。
そうなるとレーザーディスクやVHSででも見たくなったので、近所のパレードと言う中古レコード屋さんを「ダメモト」で探してみた。
中古レコード屋は求める物を探す場所では無い。
たまたま手にした中古ソフトにピンとくればラッキーと言う場所である。
もちろん求める『殺したい女』があるはずも無く、顔なじみの店主と雑談していると七十歳手前くらいの男性が店に入ってきた。
「シャレードない?」
店主は申しわけなさそうに、
「すみません‥‥」
そうだよ、おじさん。中古レコード屋さんは求める物を探す場所では無いんだよ、と僕がそう思っていると、おじさんはそそくさと店を出ようとした。
ふと僕が目の前の棚に目を落とすと『シャレード』のタイトルが目に入ってきた。
僕はそのDVDを手にしてそのオジサンを呼び止めた。
「シャレードって、このオードリー・ヘップバーンのやつですよね」
「そう! それそれ!」
店主も驚いた様子。
僕も少し嬉しくなり、
「ヘンリー・マンシーニのテーマソングがいいですよね」
なんてこの映画知ってるよアピール。
「いやね、仲間と話していて、この映画に出てくる切手がなんだったかってことになったんだ」
「ああ、財産がすごい高額な古切手になっていたってところですね」
「そうそう。ああ、これで分かるぞ」
オジサン、そう言って嬉しそうにお買い上げ。
もともと廉価版DVDだったとはいえ250円!
オジサンも安さにびっくり。
仲間と盛り上がってくれたかな。
あのスタンリー・ドーネン監督の演出もお洒落でよかったなと思い出し、例の切手が何だった僕も気になって観たくなってきたぞ。
でも今の僕が観たいのは『殺したい女』だった。
ツタヤの発掘良品で出してくれないかな。
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2015年06月10日

小説家デビュー、ならず

5ヶ月ぶりの更新だ。
この5ヶ月何をしていたかと言うと、小説執筆に挑んでいたのだ。
しかし表題にある通り、出版どころか完成にも至らなかった。
小説と言っても、とある企業の社長さんが「私の半生を小説に出来ないか」と出版社に持ちかけて、その出版社から僕が依頼されて執筆することになったのだ。
脚本は何本も書いてきたが、小説となると「ボツネタアーカイブ」で短編めいたものを書いたことしかないので自信は無かったが、とにかくチャレンジしてみることにしたのだ。
4月までに10万字以上書かなくてはいけない。
あいにく別件で週に3日以上出かけなくてはならなかったので、執筆時間はかなり制限される。
それでも必死に時間を作って「1日5千字以上」のノルマを課して書いていたのだ。
その社長の口実筆記による自伝をもとに、出版社側から提示された構成案に従ってひたすら書いた。
これまでに10万字も書いたことがない。
長編映画の脚本でもせいぜい3万字くらいだ。
途中、何度も「無理!」と思ったが、5万字を過ぎると不思議に「いけるんじゃないか」と思うようになってきた。
予定してた3月末校了は無理だったが、この時点で約8万字まで書けた。あと数日で完成させられると思った矢先、担当編集者から電話がかかってきた。
「ストップして下さい」
出版社が提出した構成案に社長さんがNGを出したのだと。
え? え? この構成案って社長さんの承諾を得てるんじゃなかったの?
社長さんは「自分の半生を小説」ではなく「自分をモデルにした主人公の小説」を求めていたのだ。
出版社側は自らのミスを認め、僕に対してのギャランティは払ってくれたが、作品が表に出ることは無くなってしまった。
書いた物は内容的に「ボツネタアーカイブ」にも出せない。
と言うわけで通常業務に戻っています。
脚本、シナリオ、オカルトに否定的な物理学者‥‥なんでもやりますので、今後ともよろしくお願いします。

写真は本文とは関係ない。三鷹の裏側。
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2015年01月30日

2年目の授業修了

昨年度から千葉商科大学情報政策学部で「シナリオライティング」と言う授業を持たせてもらっている。
学生に「シナリオの書き方」を90分、15回の授業で教えなくてはならない。
昨年度は幾つかの「シナリオの書き方」的な本を参考にさせていただいた。諸先輩方の書き方に「なるほど」と思う部分と、シナリオなんか書いた事はおろか読んだことすら無い学生に伝わるのかと思う部分もあった。
僕自身、誰かに付いてシナリオを勉強したわけでは無いので「シナリオとはかくあるべき」みたいなものがないのである。
昨年秋から今期の授業がスタートした時、前回自分が作ったレジュメを手直ししながら授業を組み立てていった。
そんな時、古い資料を整理していたら昔のノートが出てきた。ペラペラとめくったら三十年前、三鷹市が無料で社会人教育でやっていた「シナリオ入門講座」を受けた時のノートだった。
このノートが実に分かり易い。三十年前の自分だが、思考の仕方は殆ど変わっていないようだ。
講師は後藤千津子先生。
全10回の授業だったが、とても楽しかった記憶がある。
誰にも師事しなかったと書いたが、僕の師匠は後藤千津子先生だったのだ!
ああ、僕は後藤先生みたいに教えられただろうか?
昨年度も学生たちの習作を作品集にまとめたのだが、これも三鷹市でやってくれたことを真似たにすぎない。
今年はなんだかんだで25人が作品を書いて、大学のコピー機と製本機を使って写真のような「作品集」を作り上げた。昨年度は僕一人でやったために学生全員に配布する事が出来ずにPDFファイルで我慢してもらったが、今年度は熱心な学生の助けもあり受講者全員に手渡す事が出来た。
パチパチパチ!
最終授業でこれを一人一人手渡したら、ホッとしてちょっとハメを外してしまったよ。(^o^)
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2015年01月01日

2015 謹賀新年

2015年賀状web

2014年の主な活動
NHKEテレ『Let’s天才てれびくん』ドラマパート脚本
NHK BSプレミアム『音で怪獣を描いた男』ドラマパート脚本
『戦慄怪奇ファイル コワすぎ史上最恐の劇場版』に映画初出演。
千葉商科大学非常勤講師
三鷹市民水泳大会 100M個人メドレー(男子45歳以上)1位(出場者3人中)
父金子徳好著『ゼッケン8年』電子書籍化!

今年はもっといろんな事にチャレンジしていきたいと思っています。
なんでもやるので、よろしくお願いします!!!!


jirocker_guitar at 10:42|この記事のURLComments(0)TrackBack(0)雑記 

2014年12月07日

忘年会で「投票に行こう」を話題に

忘年会シーズンだ。
あっちこっちで飲んでいる。僕も週末昨日活動休止中のバンドのメンバーと飲んできた。
今年初の集まりが忘年会。
そして来週末は衆議院選挙である。
去年から千葉商科大学で「シナリオライティング」なる授業を担当させてもらっているのだが、そこで「来週は選挙だから皆行くようにね」と話してみたが、学生の反応はイマイチだった。
中にはこっそりと「学生の間で政治のハナシとかすると煙たがられたりします」なんて話してきてくれた学生もいる。
その昔僕も煙たがられた。
「こういう場でこそ話すべきだ」
なんて意気になって話したりして場を白けさせたりした。
歳を取ってもその辺りは変わっていないようで、よく「空気を読め」なんて叱られたりもする。
「空気を読む」
いやなフレーズだ。
皆が「今年の憂さを忘れちまえ」と飲み食いしている時に「来週の選挙、どうする?」なんて話しだすのはまさに空気を読まない行為かもしれない。
でも、なんだか理由の分からない解散して、低投票率の間に議席数伸ばして、向こう4年でやりたいことやっちまおう、としているのが明白なのに「誰も言わないから」なんて空気など読んではいられない。
ちょっとくらい場の空気を悪くしても「誰にどこに投票しようか」と忘年会の席で話しあうべきなのだ。
どんどん「空気を読め」と叱れてしまおうじゃないか。
今週、忘年会がある方、是非「政治と選挙」を話題に盛り上がって!


空気なんか読んでいたら父はゼッケンなんかしなかったんだろうな。

父・金子徳好の本『ゼッケン8年』を電子書籍化しました。
「ベトナム戦争に反対して一人で始めた爛▲瓮螢はベトナムから手をひけ瓮璽奪吋鵐妊發錬固も続けることに」
1974年朝日新聞社から出版されましたが、40年が経ちすでに絶版。手に入りにくい、是非読んでみたいとの声を聞き、写真やイラストも奇麗にご覧いただけるようAmazonから出してみました。
キンドルをお持ちでなくても、スマートフォン、タブレット、PCから無料のアプリをダウンロードすればお読み頂けます。
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2014年11月30日

『ゼッケン8年』金子徳好著 電子書籍化!

1997年洋泉社、活字秘宝『この本は怪しい!!!』で父金子徳好の『ゼッケン8年』が紹介された。
身内としてはどこがそんなに怪しいのかと思って買って読んでみると、すごく褒めてくれていた。
「これは名作である。内容はタイトルそのまま。著者の金子徳好氏の『ゼッケン』とともに歩んだ8年間の苦闘が綴られている〜」
この本を父がどう読んだかついに聞くことはできなかった。
これを機会に再販なんてことにもならなかった。
ネットで調べるとわざわざ国会図書館で取り寄せて読んでくれた人もいるみたい。
2007年に父が他界してから世の中はずいぶん変わった。
民主党政権、3.11東日本大震災、機密保護法、集団的自衛権‥‥。
オヤジなら何と言うだろう、何をしただろう、と考えさせられる。
反原発運動で「生まれて始めてデモに参加してみた」と言う声を聞いたりした。
そんな人たちに、一人で8年もデモをし続けたひとがいたと知ってもらっても良いんじゃないかと思い、コツコツと電子書籍化してみた。
当時の写真、母のきり絵も1974年の初版本より奇麗に掲載。
当時のイラストレーターの方と連絡がつかなかったので、表紙は僕が新たにデザインした。
AmazonのKindleを持っていなくても、お手持ちのスマホやタブレットでも無料アプリをインストールすれば読めるので、是非!

表紙05



2014年11月26日

クイーンの爆音上映

昨日(11/25)シネマシティ立川で『クィーン・ロック・モントリオール1981 4Kリマスター版』極上音響上映を体験してきた。
見てきたと言うより、体験してきたと言う方がしっくり来る。
どうせブルーレイを発売するための宣伝活動だろうと高をくくっていたが、twitterでの観てきた人たちの評判を読んでいるうちにこれは行っておいた方が良いかもしれないと思い雨の中出かけた。
このイベント上映は特別料金の2000円だ。映画は割引料金で見るべし、と思っている僕は一瞬ためらった。
結果、ちっとも高くなかった。
1981年に撮られたものなのに「4Kリマスター版」がどういうワケだと思っていたが、なんと本作はほとんど35ミリフィルムで撮られている感じだ。80年代特有のビデオ映像なんかではない。ノリに乗った頃のクイーンのメンバーが活き活きと映し出されているではないか。
そして何よりも爆音上映だ。
これはいい。
爆音と言うより極上音だった。
実際にコンサート会場で聞くより良い音で聞ける。このまんまライブアルバムとして聞いてもいいくらい。
映画館は必ずしも映画だけを見るところではないのだと僕にとっては目から鱗だった。
これでフー、ストーンズ、ツェッペリンやってくれないかな。
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写真は1979年日本武道舘公演のクイーン。一緒に行ったKくんが撮ってくれた。カメラチェックあったよね?