jiromiuragalleryのblog

引き続き「新宅和音/雪下まゆ二人展」に展示されている新宅和音さんの作品をご紹介します。
 
KazuneShintaku_HoldtheLips「唇を押へて」
中井英夫の「弔歌第三番―われを弔ふうた」にインスピレーションを受けて描いた作品。カラヴァッジオのメデューサを彷彿とさせます。







KazuneShintaku_Madonna
「マドンナ」
聖母子のイメージで描かれた作品です。少女の表情に惹き込まれます。お乳を飲んでいるのは新宅さん自身を投影した架空の動物だそうです。









KazuneShintaku_YukikosMap
「有紀子の地図」
コンパスで自分の手に文字を書いていた高校の友人をイメージして描いた作品。新宅さんが中学校で教えていた時の生徒にもいたそうですが、自傷というよりタトゥー感覚だったようです。ちなみに手には「死」と書かれています。
周囲に描かれたデタラメの地図は、自分だけの世界を表しています。




KazuneShintaku_MermaidHunting
「人魚狩りに行こう」
テクノバンド「P-MODEL」の「サイボーグ」という歌の歌詞「人魚の信者の船で」をイメージして描いた作品。新宅さんのインスピレーションの素は文章や言葉のようですが、その多様さには驚かされます。








KazuneShintaku_Princess
「プリンセス」
描いて楽しいものを、と思ったらプリンセスになったそうです。耳は、シンガーソングライターでモデルのペティート・メラーのコスプレを参考にしました。背景はオーストラリアのイメージです。








KazuneShintaku_SantaLucia
「サンタルチア」
この作品も楽しい絵を描こうとして描いたものです。口から出ている楽譜は「サンタルチア」になっています。ボッティチェッリの影響が見て取れます。








KazuneShintaku_Haru
「春」
新宅家の犬「ジュリ」の肖像画です。その生命力に感動し、まるで体の中に入っている春が飛び出してきているように描いています。









KazuneShintaku_Konohanahime
「この花姫」
シャルル・ペローの「ロバと王女」のような被り物をしたヌードを描こうと思った。口ではなくて脇の下から花が出てきたら面白いかと。









KazuneShintaku_Babbulkund
「バブルクンド」
稲垣足穂の「黄漠奇聞」に出てくる架空の都市「バブルクンド」のお姫様(実際には小説に出てこない)をイメージして描いた作品。










新宅和音/雪下まゆ二人展
2017年1月6日(金)~22日(日)
 

新宅和音/雪下まゆ二人展」に展示されている新宅和音さんの作品をご紹介します。
 
「わたしは若い女の子を描いています。それはわたしが他の何よりも、彼らの新しさとその生命力を賛美し尊敬する者だからです。命の春であり、同時に痛みを伴う受難の季節でもある思春期を描いていきたいと思います。」 新宅和音
中世の宗教画では、文字の読めない人にも分かりやすく「受難」を表現するために、「血」を大げさに描いてあります。新宅さんの作品には、思春期の痛みを「受難」と重ね合わせて表現するために、「血」がたびたび描かれているのです。
 
KazuneShintaku_AppearaceInako
「伊奈子登場」
新宅さんが好きな作家である夢野久作の短編小説「鉄鎚」に登場する少女・伊奈子を描いた作品。主人公の叔父を翻弄する悪女的な存在で、小説では着物姿という設定ですが、新宅さんのイメージではこうなりました。
ヘアピンに凝っていたときにこの作品を描いたため、このようにたくさんの髪飾りが描き込まれているのだそうです。また、指には恋人の目を描いてもらって作るという「ラバーズ・アイ」という指輪を嵌めているところなど、見どころの多い作品です。頭から出ているオーラの表現も独特です。

KazuneShintaku_Dream
「夢」
昨年のクリスマスの時期に描かれた今回の展示作品の中で最も新しい作品です。描かれた少女は、新宅さんが幼稚園の学芸会で天使役を演じた時に着たケープを纏っています。写真館で撮られた古い写真をイメージした構図になっており、右下の「Tokyo」という文字も、それに倣ったものです。
 



KazuneShintaku_Souvenir

「夏休みのスーヴェニール」
新宅さんはあまりモデルを使わないのですが、この作品は中学教師をしていた時の教え子がモデルになっています(名前が絵の中に書いてあります)。平成26年に行った小豆島や平戸の思い出を描いた作品で、背景は瀬戸内海、髪には小豆島で拾った漂流物が付けてあります。
 



KazuneShintaku_ThreeArrows
「三本の矢」
この作品にもモデルがいて、やはり中学校での教え子で、面白い作品を作る子でしたが、ちょっと他の子どもとうまく付き合えないというところがあり、気を使わなければならない存在でした。その子を「受難の子」と考えることで優しく接することが出来たという経験から生まれた作品で、殉教者のセバスティアヌス(セバスチャン)に重ねて描かれています。この記事をアップした1月20日がちょうどカトリックでセバスティアヌスの記念日になっています。ひじょうに印象的な表情をしています。
 


KazuneShintaku_AikoinSpring
「愛子の春」
「春」はキリスト教の復活祭の前の受難の季節。いばらの冠は思春期の痛みの象徴です。周囲の様々な形に折られた紙は、中学、高校時代に手紙を教室内で回す時にこのように折っていたそうで、必ずしも良い内容ばかりではなかったようです。



新宅和音/雪下まゆ二人展
2017年1月6日(金)~22日(日)
 

パンドラの箱 〜 井村一巴

25日まで開催中の「パンドラの箱」より、井村一巴さんの作品をご紹介いたします。 
井村さんがご自分で作品について解説を書いてくださいましたので、以下それをご覧いただきましょう。

「パンドラの箱」はギリシャ神話の中でも、私にとって興味深い説話です。
開け放たれた「箱」の中に残ったElpis(予兆・期待・希望)は、人間が「その希望により絶望せずに生きる」という説や「その希望ゆえ諦められず叶わぬ苦悩を味わねばならなくなってしまった」という説、「箱の中にしまわれたままなので機能していない」という説まで様々なとらえ方があるのだそうです。

01_elpis_a
「Elpis α」
2016年
ラムダプリントにピンスクラッチ
21.0x28.0cm





02_elpis_b
「Elpis β」
2016年
ラムダプリントにピンスクラッチ
21.0x28.0cm





今回の出品作品は、以前から取り組んでおりますセルフポートレイトを撮影・現像し、その印画紙の表面をピンで引っかき描画を加えた写真作品ですが、今までモノクロプリントだった写真を初めてカラーのラムダプリントにて制作いたしました。
通常のプリントをした写真とその左右反転の写真(鏡像)とが対になったタイプの作品で、自らがピンによって自然と描き出したイメージから、解釈の両面性や、自己イメージと客観性の共存、自然と人工物の結びつきのあり方などを読みこみ、再びそれらに思いを馳せながら加筆し・・・と、自分の像や描いた点や線と対話を繰り返すかのように制作いたしました。
そして、今回の作品の中で一番初めに完成しました作品は「パンドラの箱」に残った「Elpis」をそのままタイトルとしました。
他の作品は「Thought」(思考)、「Material」(素材)、「Past」(過去)と、神話の世界とたった今自分が生きている世界とを結びつけるワードを、制作中に浮かんできたままにタイトルとしています。

03_thought_a
「Thought α」
2016年
ラムダプリントにピンスクラッチ
28.0x21.0cm











04_thought_b
「Thought β」
2016年
ラムダプリントにピンスクラッチ
28.0x21.0cm











05_material_a
「Material α」
2016年
ラムダプリントにピンスクラッチ
28.0x21.0cm











06_material_b_02
「Material β」
2016年
ラムダプリントにピンスクラッチ
28.0x21.0cm











07_past_b 
「Past β」
2016年
ラムダプリントにピンスクラッチ
28.0x21.0cm











08_past_a
「Past α」
2016年
ラムダプリントにピンスクラッチ
28.0x21.0cm











そういえば、先日最終回だったドラマ「逃げ恥」でも「面倒を避け続けていると最後には息をすることまで面倒になってそれって死に近いことなのかも?」というようなくだりがありました。
煩わしさを以てこそが人間の姿であり、それゆえ苦しみや悲しみとともに喜びや幸せ、そして美しさをもこの世界に見出せるのもまた人間なのかも知れません。(井村一巴)


「パンドラの箱」
2016年12月10日(土)〜25日(日) 12時〜 19時  月曜・火曜休
出品作家: 伊藤知世、井村一巴、大寺史紗、菅野麻衣子、平野実穂、松本潮里 

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