
九月に一大音楽祭をやった。
ともに高野山大学で培ったイキムラの夢、僕の夢。
四月に高野山でイキムラにばったり会ったとき、彼は開口一番こう言った。
「今、どんな音楽聴いてる?」
僕は、答えに詰まった。
イキムラをその夢から解放してやろうと思った。
企画から実行まで懸かりっきり、イベントは大成功を収めた。
その後、無理がたたり、体を壊し、それから三ヶ月寝たきりになった。
「今、どんな音楽聴いてる?」
僕は、答えに詰まった。
イキムラをその夢から解放してやろうと思った。
企画から実行まで懸かりっきり、イベントは大成功を収めた。
その後、無理がたたり、体を壊し、それから三ヶ月寝たきりになった。
今までの苦労が一気に押し寄せたようだった。
皮膚がボロボロに崩れ、赤剥け、浸出液をにじませ、酷い痛みに身動きひとつとることができなかった。
夜も満足に眠れず、苦痛に呻き、悲鳴をあげ、まんじりともせず苦しみ抜いて夜を明かし、精神的にも限界をみた。
「死」をすぐそこに感じた。
体中の掻き傷からくる発熱にうなされながら、論文を書き上げ、その足で病院へ行き、2週間入院した。
今も通院が続いて、クスリが欠かせない状態だが、僕はまた生きながらえた。
大病を挟んで、大きく人生がシフトしたように感じる。
今まで、強くなって初めて人に優しくなれると信じていた。それはそうかもしれない。しかしまた、己の弱さを思い知ることによっても、優しくなれるのだと知った。
自分のいい加減さや功名心、自分の弱さや汚さ、同じく他人を許せるだろうか。
また旅を始めようと思えば、始められるかもしれない。
しかし、周り巡ってまたここに戻ってくることがわかっている。
その行程が蜃気楼のようであることも。
そこまでわかっていながら、再び虚しい旅路へ歩みだすことも、もうないだろう。
そこまでわかっていながら、再び虚しい旅路へ歩みだすことも、もうないだろう。
夢も通り越してしまった。
未来に希望があるわけでもなく、生きる意味すら見出せないが、僕はまだ生きている。
もう無理はできないし、衝動のまま突っ走ることもできない。
幸いというか、生憎、僕の体はその厳しい旅に堪えられそうもない。
肉体という器は、無限である魂に限界を与え、成長を促してくれるのだ。
たくさんの人や景色が僕の人生に立ち寄り、去っていった。
そして今、たった一人で荒漠な砂漠を見つめているようで、寂しくて仕方ない。
29歳の誕生日を二日後に控えた日、ふと思い立って友人のザキスと鳥取砂丘へ行った。
彼は先週、7年前に婚約指輪を渡し損ねた彼女と決別した。
「昨日、彼女の家に泊まったんだ。その時、今まで感じたことのない違和感を感じた。わかったんだ。俺はもう過去の人なんだって。そんな過去の人間が彼女の現在にウロウロしているのはおかしい。
そして、俺が好きだった彼女も、もうここには居ないんだ。世界中どこにも。
それで、朝になってアパートを出たんだ。靴紐を結んだ時、これが金輪際の別れなんだって分かったよ。
『さよなら。体大事にせえよ』って言ったんだ。あいつは意味がわからなかったと思うけど。
帰り道、涙が溢れて止まらなかった。それで、『俺はこの人のこと、ずっと好きだったんやなぁ』ってようやくわかったよ。わかりたくなかったけど、わかってしまった。彼女が他の男とよろしくやってるときも俺はずっと忘れてなかった。彼女が俺の全てだった。彼女を幸せにすることが俺の人生で、それが全てだった。別れてからもずっと彼女のこと想ってた。
それを失くして今はどうして生きたらいいのかわからない。ただ、彼女の幸せを心から願うんだ」と、彼は言った。
「彼女のこと、恨んだり、謝って欲しいなんて思わないの?」
「無いね。強いて言えば、ただ『勝手にすれば』と思うだけ。どうこうして欲しいって気持ちもないよ」
「そうか」
帰り道、涙が溢れて止まらなかった。それで、『俺はこの人のこと、ずっと好きだったんやなぁ』ってようやくわかったよ。わかりたくなかったけど、わかってしまった。彼女が他の男とよろしくやってるときも俺はずっと忘れてなかった。彼女が俺の全てだった。彼女を幸せにすることが俺の人生で、それが全てだった。別れてからもずっと彼女のこと想ってた。
それを失くして今はどうして生きたらいいのかわからない。ただ、彼女の幸せを心から願うんだ」と、彼は言った。
「彼女のこと、恨んだり、謝って欲しいなんて思わないの?」
「無いね。強いて言えば、ただ『勝手にすれば』と思うだけ。どうこうして欲しいって気持ちもないよ」
「そうか」
僕は、渡米前に日本に残してきた彼女のことを考えていた。
4年前、僕は彼女を残してアメリカへ行った。
その間、彼女のことは一度も忘れたことはなかったが、道々の恋にうつつを抜かして機嫌よく過ごしていたのも事実だ。
僕は、彼女に「待っていてほしい」とは言わなかった。
新しい土地で新しい恋をしたかったし、無限の未来へのワクワクするような希望に胸を高鳴らせていた。
その間、彼女は僕を待っていた。
3年が過ぎ、僕が日本に戻った時、彼女は何度も僕に連絡をくれた。
僕は、僕を傷つけた人たちへの憎悪やら、今後の身の振りやらで頭がいっぱいだった。
何より、こんな混乱した状態で彼女に会いたくなかった。
そして彼女を避けた。
1年もの間、彼女は僕を追いかけ、僕は彼女の気持ちに気づきながらも、あえて放ったらかしにしていた。
4月になり大学院に復学、遅れを取り戻すため必死で勉強し、論文を書き、ライブに奔走し、病魔に倒れた。
退院し、修士課程を卒業、博士課程に進学を果たし、ようやく落ち着きを取り戻したとき、彼女はもうそこに居なかった。
僕は焦り、なんとか彼女の気を引こうと懸命の虚しい努力をした。
恋というのはうまくいかないものだ。
一転して、冷淡になってしまった彼女への想いに身を焦がす毎日。
そんな恋路の相談をした友人はこう言った。
「結局、俺もおまえもそういう人間なのよ。どんどん成長していきたいし、一箇所に留まっていられない。
恋だってそう。そんな俺たちとつきあって、彼女たちがどれだけ辛かったか、また、俺たちのことを忘れるために彼女らがどれだけ苦しんだか、俺たちは馬鹿だから知らないときてる」
重い言葉だった。
俺(俺たち)への評価は的を得ていたし、彼の言葉がまるで、彼女から発せられたかのように思えた。
その友人と彼女はアメリカで知り合い、彼女はその後日本に帰国。それから3年間、アメリカでいる彼のことを忘れずにいた。
去年の11月、彼女はシアトルに遊びに来て、彼と一週間を過ごした。
帰国後、彼女は彼にメールを送った。
「シンは変わってしまった。私の知ってたシンはもう居ない」
4年前、僕は彼女を残してアメリカへ行った。
その間、彼女のことは一度も忘れたことはなかったが、道々の恋にうつつを抜かして機嫌よく過ごしていたのも事実だ。
僕は、彼女に「待っていてほしい」とは言わなかった。
新しい土地で新しい恋をしたかったし、無限の未来へのワクワクするような希望に胸を高鳴らせていた。
その間、彼女は僕を待っていた。
3年が過ぎ、僕が日本に戻った時、彼女は何度も僕に連絡をくれた。
僕は、僕を傷つけた人たちへの憎悪やら、今後の身の振りやらで頭がいっぱいだった。
何より、こんな混乱した状態で彼女に会いたくなかった。
そして彼女を避けた。
1年もの間、彼女は僕を追いかけ、僕は彼女の気持ちに気づきながらも、あえて放ったらかしにしていた。
4月になり大学院に復学、遅れを取り戻すため必死で勉強し、論文を書き、ライブに奔走し、病魔に倒れた。
退院し、修士課程を卒業、博士課程に進学を果たし、ようやく落ち着きを取り戻したとき、彼女はもうそこに居なかった。
僕は焦り、なんとか彼女の気を引こうと懸命の虚しい努力をした。
恋というのはうまくいかないものだ。
一転して、冷淡になってしまった彼女への想いに身を焦がす毎日。
そんな恋路の相談をした友人はこう言った。
「結局、俺もおまえもそういう人間なのよ。どんどん成長していきたいし、一箇所に留まっていられない。
恋だってそう。そんな俺たちとつきあって、彼女たちがどれだけ辛かったか、また、俺たちのことを忘れるために彼女らがどれだけ苦しんだか、俺たちは馬鹿だから知らないときてる」
重い言葉だった。
俺(俺たち)への評価は的を得ていたし、彼の言葉がまるで、彼女から発せられたかのように思えた。
その友人と彼女はアメリカで知り合い、彼女はその後日本に帰国。それから3年間、アメリカでいる彼のことを忘れずにいた。
去年の11月、彼女はシアトルに遊びに来て、彼と一週間を過ごした。
帰国後、彼女は彼にメールを送った。
「シンは変わってしまった。私の知ってたシンはもう居ない」
彼は冷静にその言葉を受け入れた。
「俺自身、俺は変わったと思う。
何事にも動じなくなったし、冷静になった。
それは、俺がこの3年苦労して身につけたスキルだし、『変わった。熱い男がクールになってしまった』って残念がられても、『ああ、俺は変わったよ』と答えるしかないと思う。
俺に言わせれば、『おまえも変わったよ』だし、『もっと変われよ』と思う。
俺たちは、もう前の二人じゃない。
遠恋のカップルがヨリを戻すのは、お互いのそうした変わったことを受け入れられた二人のみなんだよ」
そうだ、3年もの間、僕らの間には、千キロの海が横たわっていて、まったく違う景色を見てきたんだものな。
俺の見てきたもの、強烈な体験は、俺をすっかり変えてしまった。
照りつけるカリフォルニアの太陽やサンタモニカのビーチ、ラスベガスまで延々と伸びる砂漠の道、フェニックスの荒野、ネバダでの灼熱の護摩、シアトルの坂道、いつまでも暮れない夏、寺の復興と活気、遅くまで語り明かした夜、西海岸の夕焼け。
あの季節、あの海岸に彼女が居れば、全ての記憶は貴女によって慰められたでしょう。
全ては僕のせい。過ちは痛みをもって裁かれる。
僕の心が伝心したのか、助手席のザキスが「死にたい」とつぶやいて、窓の外に向かって吼えた。
朝のうちに高野山を発って、砂丘についたのは夕暮れ時だった。
砂丘の数十メートル先が急傾斜になっていて、その先が見えなかった。
二人とも奇声をあげながら、そこに向かって走った。
僕は足が縺れて、勢い良く斜面を転がった。
前を走っていたザキスが吹っ切れたように笑った。
砂丘の数十メートル先が急傾斜になっていて、その先が見えなかった。
二人とも奇声をあげながら、そこに向かって走った。
僕は足が縺れて、勢い良く斜面を転がった。
前を走っていたザキスが吹っ切れたように笑った。
そうして砂の上に転がって何時間も波の音を聞いていた。
ザキスがどこかへ歩き去った後も、独り砂の上に寝転んで海の息遣いを聞いていた。
彼女(俺)たちはまた他の誰かに恋するだろう。
それは、その時は受け入れるのが辛いことかもしれないけど、多分彼女たちは、その恋が実ったら、また次の恋をすると思う。
それは、彼女たちが幻想に恋してるからなんだと思う。
恋に恋焦がれ、憧れに邁進していくんだと思う。
両想いの絶頂にある時でも、違和感と不信感がぬぐい切れなかったのもそのせいだったと思う。
そういう人はきっとこの先もそうして恋を繰り返していくんだと思う。
そして、俺は多分そっち側やないと思う。
そんな簡単に好きになった人を忘れたり、傷つけたりできないし、もっと確かな信頼を築きたいと、そう思えるようになったから。
「恋」は、「愛」に昇華させないと虚しい。
愛を知った俺らは、新しい恋に夢中になって、すっかり様変わりしてしまった人たちに対しては、「またまた。勝手にすれば」と思うしかないと思う。
僕は起き上がって、砂地に足跡をつけないように歩いてみた。
しかし、無様な足跡はどうしてもどこまでも続き、消すことはできなかった。
最後に、僕は確かに彼女を愛していたと思う。
僕(彼女たち)はそう伝え続けてたけど、結局わかってもらえなかったし、欲しいものは得られなかった。
流した涙はかなしいほどに透明だった。
その透明な涙は、頬を伝い、心まで綺麗に洗い流してくれただろうか。
いつしか月明かりの寂しく照らす穏やかな丘の上から、寄せては返す波の音を聞いていた。
宙を舞う光の粒子たちが、限りない祝福と永遠の惜別を贈る。
さよなら。
さよなら。
ゆっくりと目を閉じた時、全ての記憶と存在を運び去るかのような風が、ゴウと体の中を吹きぬけ、砂山を走り抜けていった。
風が過ぎ去った後、そこには誰の人影も見受けられなかった。
ただ畢竟の星露だけが静かに砂の丘を濡らしていた。
Fin
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