2014年10月23日

★『プロジェクトX 挑戦者たち 名古屋城再建 金のシャチホコ [DVD]』
プロジェクトX 挑戦者たち 名古屋城再建 金のシャチホコ [DVD]

昭和20年、【B29】の【標的】になり、【名古屋城】は【無残に焼け落ちた】、【シャチホコ】も【溶けた】、【残った】のは【石垣】だけだった

○{【名古屋城】の復活に動き出した}のは{【味噌カツ屋】に【ウナギ屋】といった【地元の商店主達】だった}、{【一途な思い】があった、【奇想天外な方法】で【資金】を集めた、【お祭り<神部>が<工事>を買って出た、そして<200人>を率いた】、【その前に<巨大な石垣>が立ちはだかった】、【<工事を始める>と<崩れ落ちた>】、【更に<シャチホコ>の復元、<うろこ>に<金>を被せると<破れた>】}。

○昭和20年5月、名古屋城の脇に【漬物屋<いづ籐(とう)>】があった、{【主人の伊藤秋政】は不安げに【そびえる国宝名古屋城】を見ていた、【<軍需工場>が建ち並ぶ名古屋】は【空襲】に襲われていた}、{【名古屋城】では【市の職員】が【狩野探幽の<襖絵>や<屏風>の疎開作業】に追われていた、そして【<名古屋城の象徴>である<金のシャチホコ>は絶対に守らねばならなかった、<使われていた金>は<慶長大判1,940枚>に及んだ、<空襲>に備え地中に埋めようと足場を組み、<雄>と<雌>を屋根から降ろそうとしていた】}、{その時【西の方角】から【B29】が現れた、【名古屋城】に【焼夷弾】が落され【炎上】し、【2体の金のシャチホコ】も【炎に包まれた】、【漬物屋<いづ籐>も<燃えた>】}、{主人の【伊藤秋政】と息子の【伊藤鑛一】}は{【燃える城】を見た、【名古屋城】は【全焼】、【石垣】だけが残った}。

○9年が経った昭和29年、{【名古屋テレビ塔】や【100メートル道路】の建設が始まり、【復興】へと歩んでいた}、{【市民】からは【名古屋城再建はまだか】という声が高まっていた}、{【名古屋市】は【再建の試算】をしたが、どうしても【1億円】が足らなかった}、その時{【俺達が集めて見せる】と声を上げたのは【地元の商店主達】だった、【味噌カツ屋;ウナギ屋;寿司屋等の計23人】だった、その中心に【漬物屋<いづ籐>の伊藤秋政】もいた、【息子の伊藤鑛一】は【1億円は<むちゃ>だと思った】}、{【商店主達】は【頑固者】を意味する【いっこく会】を作った、そこに一刻も早い【再建】への【決意】を込めた}。

○しかし、市民に【募金】を呼びかけたが【小銭】しか集まらなかった、【伊藤秋政達】は【あるアイデア】を考えた、{【名古屋城再建】と書いた【傘】だった、【戦国武士】に扮して【小学校】を回り、【子供達に1,000本の<傘>】を配った、季節は梅雨、【市民】は【その傘】に【釘付けになった】}、{間も無く【大きなうねり】となり、ついに【目標の1億円】を突破した}。

○{【市役所の一角】では【名古屋城再建】の【準備】が動き出した}、{【プロジェクトの一員】となった【建設局の早瀬元次郎】は【市民の期待の大きさ】を思った}、{【早瀬元次郎達】は【設計】に取りかかった、【城】は【建築基準法】で【コンクリート造り】が義務付けられた、【木造】よりはるかに重い【8,000t】になる、それを支えるのは【焼け残った石垣】、【<石垣>の調査】に乗り出した}、{【天守閣の石垣】は【高さ最大20m;周囲は200m】もあった、【<土木の神様>と呼ばれた<加藤清正>が築いた、<巨大な石>や<小さな石>を<バランス良く配列する技>、更に<敵の侵入を防ぐために[急勾配の反り]>がつけられた見事なものだった】}、{だが【衝撃の事実】に気付いた、【石の表面】が【空襲】で【焼けただれて黒ずんでいた】、【手を触れる】と【簡単に割れた】、【城の重さ8,000t】に【耐えられる筈が無かった】}。

○【別のチーム】は{【金のシャチホコ】の【復元調査】を始めていた、【思わぬ難題】が浮かび上がって来た、【340年前、当時の職人達が<うろこ>や<顔の複雑な凹凸>の上に<金>を被せて作った、<鎚(つい)金(きん)>と呼ぶ<高度な技>が使われていたが、今では<その技法>は廃れ、<職人>は見つからなかった】、【名古屋城再建】の道のりは険しかった}。

○{【神部満之助】は【16歳】で【間組】に入社、叩き上げで【社長】になった、【あだ名】は【お祭り神部】、【いつも作業着で、<男気>を大事にした】}、{【名古屋市民の熱気】に【何としても<工事受注>を勝ち取りたかった】、【間組】は【他社】を【5,000万円】も引き離して【落札】した}。

○{社員の中に【その知らせ】を飛び切り喜んだ若者がいた、【佐藤 昭:当時27歳】だった、【地元名古屋に生まれ、<名古屋城>の側で育った、幼い頃に<家族>に連れられて<名古屋城>に何度も行った、<大工の祖父:佐藤安太郎>は<この石垣は凄いぞ>と言った、<佐藤 昭>は<幼心に見とれた>】}。

○{【プロジェクト】に【知らせ】が入った、【土木学の権威の吉田徳次郎】が【あるアイデア】を語った、それは【石垣の負担を減らす方法があるぞ、<ケーソン>と呼ばれる<コンクリートの巨大な箱(支柱)>を石垣の中に入れ、その上に<城>を載せる】というものだった}、{【建築局の加藤眞昭】は唸った}。

昭和32年、【起工式】が行われ、【1,000人を超える市民】が参加した、その頃{【城の一角】で【シャチホコ】の型枠が出来上がっていた、【高さ2m60cmの型】だった、【鋳物職人の大谷隆義が<青銅>を流し込み作り上げた】、【<残る問題>はここに金を被せる<鎚金>だった】、【それが出来る男が<大阪の造幣局>にいた】、【勲章を作る職人の奥野茂一:当時41歳】だった}。

○間も無く、{【大阪造幣局】に【シャチホコの鋳型】が運び込まれた、【防犯】を考えて【作業場】は【地下の巨大金庫の中】となった、【奥野茂一】は【ある事実】に驚かされた、【焼失前のシャチホコの<金の量は320kg>】、だが新たに許された<金の量は88kg>、わずかに1/4だった、<仕上げる>には<金を薄く引き延ばすしかない>}、すると{【はがき】よりも薄い【0.15mm】になった、【金槌】で叩けば【破れる】のは明らか、ならばと【ヘラ】で【金を延ばした】、だが何度やっても【破れた】}。

○その頃、{【石垣の工事現場】では【28mの巨大な<ケーソン>の<埋め込み>】が始まった、そしてある日【<ケーソン>が<17.5mの所>で<沈まなくなった>】、【脇に<水>を入れて<5日後>に<ケーソン>が沈み始めた、だがその直後<石垣の中心部>が<内側>へ大きく<歪み始めた>】}、{【<水>を流し込んだ結果】、【<内部の土>が溶け過ぎた】、ありこちに【ひび】も入った、【崩壊の危機】だった}。

○{【石を取り外し】、積み直す}しか手が無かった、【無理だ】と声が上がった、その時【俺がやる】と声を上げたのは【佐藤 昭】だった、【とにかに<入魂工事>、<魂を入れてやれ>と気合を入れた】、【<積み直す石の数>は<200個>、<工事前の石垣写真>を睨んだ】、{【元の位置】に戻すために、【石の一つひとつ】に【番号や置き直す向き】を【書き込んだ】、【10日間かけ、200個すべてを取り外した】、そこへ一升瓶を持った【神部満之助】が来て言った、【<微粒結集>だ、1人の力は小さくても皆があつまればやがて大成を導く】と}。

○{【石垣の積み直し】が始まった、【佐藤 昭と15人の石工達】、わずかでも狂えば他も崩れ落ちる、【巨石の隙間を小さな石で埋め、下から石垣の上へと向かって行った、<30日間>作業に没頭した、<完成した時>は<借金を払い終えた時のような気持ちで、ホッとした>】、【<石垣>は見事に<元の姿>に戻った】}。

○一方、{【限られた金】で被せる【シャチホコ】は【何度やっても破れた】、【奥野茂一】は【鎚金師時代のある技】に懸けようと思った、それは【<共(とも)付(づ)け>の技】だった}、それは{【破れた部分】を【火で溶かし一つにする】}というものだった、{【鎚金】の世界でも【高度な技】とされ、【火を離すタイミング】を間違えると、【継ぎ目】が出来てしまう、【バーナーのタイミング】を【探り続けた】、【うろこ1枚】に【2週間】を費やしかたどった、そして【最後の仕上げ】はその【うろこの固定】だった、そして昭和34年7月、【238枚のうろこ】の貼り付けを終えた}。

安土桃山時代から続く【左官屋の米本平一】達が、【命綱】も付けずに【名古屋城の屋根】に登り】、{【固いコンクリート】を【目にも止まらぬ早さで一気に塗り上げた】}、そして{【金のシャチホコ】の吊り上げが昭和34年8月に始まった、【市民】から【大歓声】が沸き起こった}。


評価:☆☆☆☆☆
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名古屋城再建 金のシャチホコ[DVD]
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