君の御稜威

「王道」の名前から 「君の御稜威」に変更します。 其れは 私のHPである「君」の趣旨に合す為のものです。 「君」 http://jite-jyu.main.jp/

天津日嗣の復活

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    天津日嗣の復活
                         31・3・24

今朝のメッセージの映像は、先ず、自然豊かな山間に昔の王都が存在する場面が映し出されて来て、其の場面を背景として、政(まつりごと)に関わる人間の人脈・組織図・配置図が映し出されて来て、其の組織図が、十数回変わる場面が映し出されて来た。

そして「たけのうち」との言葉が告げられて来たので、其れは「武内宿禰」と関係が有るのだと思っていた。

次に、宮廷の食卓の様子が映し出されて来て、「ベジタリ」との言葉が一言告げられて来た。
そして、其れは「天武天皇」と関係が有る事が理解されて来た。

其処で意識が目覚めたので、照明を点けて時計を見ると時刻は「4時25分」であった。

其れから再び眠ると、今度は大きな錠前に鍵が差し込まれている場面が映し出されて来て、其の鍵には「磯部 石」と書かれた木札が付いているのが判った。

其処で意識が目覚めたので、起きて時計を見ると「8時3分」であり、立ち上がって寝室の戸を開けて、床の間に「天照坐皇大御神」の掛け軸が掛けられており、「白髪様・御祖神」の神棚が有る部屋に入ると、「自適よ頼む」との声が一言聞こえて来た。

其れからPCを立ち上げ、先ず起された時刻「4時25分」と「8時3分」の数字から、昨年の4月25日と8月3日の文章を見てみると、次の様に書いて有る。

2018/4/25昨夜11時過ぎに床に就いてから、今朝7時半に起きる迄、4回起こされた。其の間、様々な事が映し出されて来たので、全ての場面を思い出す事は出来ない。
 今朝、最初に映し出されて来た映像は、屋久島の知り合いであるクリーニング店経営の「時さん」が映し出されて来た後に、木材を紙原料のチップにする木材工場経営の「東さん」が登場して、其れ等の人々は、現場で働いて居る人達なので、私が口出し出来る人達では無かった。
 だが、次からの映像は、基本的に、私が各分野のトップに対して、直接指導すると謂うか、話をする場面であった。
其れは、是までのメッセージには映し出されて来た事が無いモノであり、人間社会全体に対する指導者の在り方を、是正するモノの様である。
 今朝は、文章の題を何にするかが判らないので、摂り合えず「キリスト意識 8」とした。
其れは、今朝登場した各分野の指導者が、自分が就いている立場の役割名の意味を理解されていない・咀嚼されていない様なので、イエスキリストの謂う「神よ この者達を許してください。此の者達は 自分が何をしているのかを理解できていないのですから。」との言葉を、思ったからである。
 今朝のメッセージの映像を、簡単に幾つか書き出すと、次の様な場面である。
・東京都知事の「小池百合子」氏が、自然の状況を能く知らないまま行動を起こすので、事故を起こし意識不明に成る場面。
・各寺院の長が、自分の寺のご本尊である「阿弥陀・アミターパー・アミターユー(人間には計り知れない光・寿命)」や、「大日如来・マハーヴァイローチャナ(宇宙の真実の本体)」の働き・名前の意味を能く理解していない。
・神社の宮司や神主が、神の存在や働きに付いて、真の理解が無い。
・高学歴の政治家が、政治の意味や、国民に対する礼儀を知らない。
・農協長が、農家の出身ではなく、ホワイトカラー族なので、農業に対して能く理解していない。
 今朝のメッセージは、其れ等の事に対して、直接、現場の様子が映し出されて来たのだが、其れ等の場面を逐一説明すると長く成るし、大した意味が無いと思われるので、詳しく説明する事は止める。
 今朝のメッセージの映像から、私が考えるのは、今朝のメッセージの映像は、何者が、私の意識(脳細胞)を使って、映像場面を創作しているのかと謂う事である。
 今朝の映像で、最初に登場したクリーニング店の「時さん」と、木材チップ工場の「東さん」の存在は、時さんは「トキ・時間・時節」と関係が有り、東さんは昨日のメッセージ「西東」と関係が有るのではないだろうか。
其れは「洗濯の時(禊ぎ祓い)」と、「森林破壊(自然環境)」の世界を示唆しているのかも知れない。
 『そうではなく 貴方の是からの行動に付いて 示唆しているのです』
此の、いま告げられれ来た女神の言葉からすると、今朝のメッセージは、私が是から、何を考えて行けば良いのかを、示して来ている事に成る。
 「キリスト意識」に付いては、2016年6月16日の「私は正式なユダヤの王(キリスト意識7)」に次の様な文章が有る。・・
 此の「私は正式なユダヤの王2016/6/15」の文章の内容から考えると、今朝のメッセージの内容と符号すると謂うか関連性が有る様なので、今朝のメッセージは、昨日の「西東に別れていた」とのメッセージと関係が有り、「東の地」からクリーニング(禊ぎ祓い)が始まる「時が来た」と謂う事に成り、其れが現在・いまの日本国の政治に有り様に、関連が有ると謂う事なのではないだろうか。
其の様に考えると「救いは東方から」との予言が、現実と成ると謂う事なのかも知れない。・・
 今朝のメッセージは、現在・いま日本国の高級官僚である東京大学法学部出身の男性が、人間社会のルールを踏み外して辞職する様な事が発生している事と関係が有り、此の日本国から人間社会のカルマ・業の膿(うみ)が噴出している事に成り、人間の意識の切り替えが、現実として始まっている事に成り、2000年前にイエスキリストが予言した「そのとき」が始まっている事に成るのであろう。
「キリスト意識8」https://green.ap.teacup.com/20060818/4599.html

2018/8/3本日8月3日は、私の両親が屋久島に渡って丸72年と成る日である。
 今朝のメッセージの映像は、先ず、姿や刃物の存在は全く見えないのだが、竹の子が伸び始めている竹林が、地面を基準として縦横・十字にスパッと切り裂かれる場面が映し出されて来た。
其れで、地面に伸びていた竹や竹の子は全て枯れてしまう事に成り、地中に蔓延っている竹根も左右に二分された事に成った。
其処で意識が目覚めたので、照明を点けて時計を見ると時刻は「2時25分」であった。
 其れから再び眠ると、今度は私の意識が山岳の頂に在って、其の頂から麓に下りる急峻な小道が続いている映像が映し出されて来た。
そして、神霊を意味する40歳位の男性二人が登場して、麓に下りる為に何百メートルもある長い細紐を、山頂から麓まで、ザイルの様に張り始めた。
すると、途中でスコールの様な降雨があり、其の道を雨水が川の様に流れ下ったので、其の細紐は流されて一箇所に固まってしまい、解く事が出来なく成った。
其れで、其の二人の男性は、麓まで人間を導く細紐・ザイルを張りに下りる事が出来なく成った。
 私は、其の二人の様子を見て、先人が道を開いて標識を立てて遣らなければ、人々が山岳に登る事が出来ないのだと思った。そして、私は子供の頃より、他人が通った安全な道を歩く事よりも、他人が通った事の無い道を、自分一人で歩く事が好きであり、其れは山に登る事だけではなく、人生も其の様であった事を考えて居た。
 其処で意識が目覚めたので、照明を点けて時計を見ると時刻は「5時10分」であった。
私は、其の5時10分の時刻は昨日と同じであるので、1997年5月10日の日付は、私の命が宿った日であるとの事を考え、私の人生と謂うか命のプログラムは、其の時から始まったモノであり、私は意識は、他人が創造した道ではなく、自分自身が築き上げて来た道・ルートを、歩いて来ている理・ことが理解されて来た。
其れは、私の両親が神仏に頼る事なく、自分達の道を歩いて居る姿を見て育ったと謂うか、他人の意識に汚される事の無い家庭環境を作って居たので、私は其の環境の中に在ったと謂う事である。
 今朝は、其れ等の事に付いて暫く考え居て、起きて時計を見ると6時4分前であった。
其れから、PCを立ち上げて、先ず初めに起された時刻2時25分から、今年の2月25日の文章を見て見ると、次の様に書いて有る。・・
私に何故1997年5月10日に、太陽から「写真を撮れ」と告げられて来たのか、其れは「南」の漢字の意味「⑥君主。南面の君。」と関係が有り、四日前(30日)に告げられて来た「柄しっかりとしめつけろ」「草との競争」との言葉と関係が有り、今朝の映像で地面に生えている竹が全て切断された場面は、全ての人間がゼロ点から遣り直しをさせられるとの事ではないだろうか。
何故なら「竹」は「艸・草」の親分と謂うか、代表だからである。
 其れに、大地が左右に切り裂かれるとの事は、竹根が全て繋がっているので、其れが切断されるとの事は、現代社会に築き上げられている、経済や宗教などのネットが切断されて、一度「御破算・ごわさん」に成るとの理・ことなのではないだろうか。・・
 本日8月3日は、屋久島では以前、山岳の頂に祭祈されている神様に参拝する「岳参り」の行事が行われていた日との事である。
其れを考えると、今朝のメッセージの映像で、山岳の頂から麓に向けて、細紐がザイルの様に張られる場面は関係が有りそうである。
だが、其のザイルが降雨で流され、絡んで使用できなく成るとの事は、山神に参拝する者は「雨・水」に感謝の念を抱く事から始めなければ、「山神・大山祇神」の許しが出ないと言う理・ことなのかも知れない。・・
 今朝のメッセージの映像から、私に考えられる事は、宇宙自体には時間は存在しないが、万物の流転には巡り(めぐり)があるので、其れが節目と成ると謂う事であり、其れが時節・節目との言葉と成っており、其の理の説明に竹の存在が利用されていると謂う事である。
 それに、其の竹が育つ生命の成長過程や、地中の根の伸びが、地上の蔓植物とも関係が有り、太陽の光を求めて真直ぐに伸びて行く事が、人間の行動の原点に有るので、其の事で人間が通った跡が道に成るとの理・ことなのであろう。
そして、其の人間の行動の基本に太陽の存在があるからこそ、太陽の存在が天照神とされて来たのである。
 そして、其の寿命が来て燃え尽きる太陽の背景にある、暗黒宇宙に存在する情報・意識こそが「調読界・冥府」とされているのである。
其の「天照神」「調読命」の接点が、山岳の頂であるとの理・ことなのであろう。
「節と道」https://green.ap.teacup.com/20060818/4700.html
  
今朝の最初の映像に、昔の王都が映し出されて来て、其の政(まつりごと)に関する人脈図が十数回映し出されて来てから「たけのうち・武内」との名前が告げられて来たのは、第15代の「応神天皇」が「神武天皇」の子孫ではなく、「神宮皇后」と「武内宿禰」の子供である事と関係が有り、正統な皇統が継続されていない理・ことが示されて来ているのであろう。

2012/10/29今朝のメッセージの映像には、何回も繰り返す様に、蚕を育てる桑の枝の様な植物が、刈り取られる場面が続いていて、何だろうと思っていると、突然顔は見えない、身体の大きな男性の姿が、身震いする様に起き上がって、「復権 発揚」との言葉が告げられて来た。
「復権 発揚」は辞書に次の様に載っている。
【復権】1 一度失った権利などを回復すること。
2 恩赦の一。有罪の言い渡しによって喪失し、または停止された資格を回復させること。
【発揚】1精神や気分が高まること。意気を奮い立たせること。「民族意識が―する」「士気を―する」2 威光・勢威などを盛んにすること。
 其れから、仕事をしている人の作業姿が映し出されて来て、最後に、算盤を持っている男性が現れ、私の方に算盤を見せて、玉を弾く仕草を見せた。
其の男性は、50歳位の色白の長顔で、上品な雰囲気であった。
其の映像の意味は、是から、私に、幾つもの職業の人(部)の接触が起きて、算盤勘定(財務・会計)の役割をする男性が、登場するとの事ではないだろうか。
 今朝のメッセージの映像に、男性が、起き上がる・立ち上がる姿が現れて、「復権 発揚」との言葉が告げられて来たのは、一昨日のメッセージに看板が現れ、其の看板に「日本」の文字が有った事と、昨日、日本最古の神社とされている「大和神社・おおやまとじんじゃ」に参拝した事に、関係が有るのではないだろうか。と言うのは、大和神社の主祭神が「日本大国魂大神・やまとおおくにたまのおおかみ」であり、「復活」の言葉を前に持って来ると、「復活 日本大国魂大神発揚」と成る。
 其れに、大和神社の境内には、「天照皇大神・あまてらすすめおおかみ」が「伊勢の五十鈴川の川上に鎮座する まもなく大和に御遷遊ばされる」と書いてある。其の事からすると、磯部町の「伊雑宮・いざわのみや(磯部の宮)」の事が、繋がりを持って来る。
其れに、大和神社の、左右の神社の祭神は「八千矛神・大国主命(おおくにぬしのみこと)」と「大歳神」なので、大歳神は、食べ物に関係が有る神・はたらきである。
昨日は、大和神社から「石上神宮」に参拝した。そして、帰りに参道を歩いていると、燈籠と街灯の所で四度カモ・(神の電気信号)の反応が有った。
其れは、私に世の中を明るくする、燈明の役割が有る理・ことを、示しているのかも知れない。
 其れから、奈良の「春日大社」に向かったが、閉門の時間が迫っているとの事だったので、平城宮の朱雀門に向かった。だが其処も、駐車場に入る事が出来ないので、直ぐ近くの「くら寿司」で夕食をする事にした。
其れから、法隆寺が有る斑鳩に向かい、キャンプが出来る山の方に向かって走っていると、雷が鳴って大雨が降って来たので、「道の駅 平群」に引き返して宿泊した。
 今朝のメッセージが変わっているので、PCで「平群・へぐり」を検索すると、次の様に載っている。
・・平群氏(へぐりし)は、武内宿禰の後裔と伝えられ、大和国平群郡平群郷(奈良県生駒郡平群町)を本拠地とした古代在地豪族の一つ。姓は臣(おみ)、後に朝臣。
『日本書紀』の所伝によると、応神朝から軍事氏族としての活躍が見え、履中朝に平群木菟宿禰(へぐりのつくのすくね)が国政に携わるようになった。葛城氏没落後の雄略朝以降、木菟の子の真鳥(まとり)が「大臣」を歴任して一族の興隆を極めた。しかし、仁賢天皇の崩後、真鳥大臣は日本国王になろうと専横を極めて、国政をほしいままにしたため、天皇家をも凌ぐその勢力を怖れられ、稚鷦鷯太子(後の武烈天皇)の命を受けた大伴金村により、真鳥とその子の鮪(しび)は誅殺されたという(498年)。
 これ以後、平群氏の氏人はしばらく『書紀』から姿を消すが、用明天皇2年(587年)の物部討伐将軍として神手(かみて)の名が見え、この頃までに大夫選任氏族としての地位を得ていた。同13年(684年)10月の八色の姓施行に伴い、改めて朝臣姓を賜る。奈良時代には広成などの官人を輩出したが、その後は没落した。     ウィキペディアフリー百科辞典 
 此の説明の「・・武内宿禰の後裔と伝えられ・・応神朝から軍事氏族としての活躍が見え、履中朝に平群木菟宿禰(へぐりのつくのすくね)が国政に携わるようになった。」と有るので、やはり応神天皇は、神功皇后と武内宿禰の子供なのであろう。
 神功皇后は、仲哀天皇の息子「籠坂王(かごさかおう)と忍熊王(おしくまおう)」の二人殺して、自分の子供を天皇にしているので、其処で天皇家の血筋は、入れ替わっている事に成る。
其れを考えると、今朝のメッセージの映像で、男性が勢い良く立ち上がって「復権・発揚」と、告げて来た事の意味も理解されて来る。
 今日は、法隆寺の受付が始まる9時を待って、夢殿を見学した。すると、出口の所の塀に、聖徳太子の肖像が使われているお札が、並べられた額が飾られていた。
私は、其のお札の種類を見ていて、今朝の映像で、算盤を持っていた男性は「聖徳太子」ではなかったのだろうかと想った。
其の様に考えると、其の男性の顔は、百済の仏像の雰囲気に合う様な気がする。
「復権 日本大国魂大神発揚」https://green.ap.teacup.com/20060818/2484.html
2017/3/14「魂魄のルーツ」https://green.ap.teacup.com/20060818/4175.html
2018/6/17「何も無い所から始める」https://wave.ap.teacup.com/20060106/828.html

次の、宮廷の食卓の様子が映し出されて来て、「ベジタリ」との言葉が一言告げられて来たのは、「天武天皇」が政(まつりごと)に関わる人間が肉食をする事を禁止して、其れが明治維新で西洋文化が導入される迄、継続されていた事と関係が有るのだろう。

【ベジタリアン・vegetarian】
動物性食品を避け、野菜、果物、いも類、豆類などの植物性食品を中心にとる人々のこと。菜食主義者と訳されるが、ベジタリアンということばは、単に「野菜を食べる人、野菜を信奉する人」の意味にとどまらない。英語のvegetarianの語源であるラテン語のvegetusには「活発な、力強い」という意味があり、それが英語のvegetalに「生長する」という意味を与えている。つまり、ベジタリアンとは「健康で生き生きとして力強い人」のことである。1847年にイギリスで発足したイギリス・ベジタリアン協会が使い始めてから一般化した。ベジタリアンという語ができる前には、肉食をしない人々はピタゴラス派とよばれていた。紀元前6世紀に哲学者ピタゴラスが、神祭における動物供犠への批判から菜食を唱え、肉食を減らすことが自然で健康的な食事法だと説いた。そのためピタゴラスがベジタリアンの祖とされている。それがソクラテスやプラトンに引き継がれ、18世紀以降、ルソー、トルストイといった作家、思想家が平和主義的観点から菜食主義を唱えた。実際にはベジタリアンにはさまざまなタイプがあり、どの程度動物性食品を避けるかによって、いくつかに分けることができる。・・・ ウィキペディアフリー百科辞典 2019/3/24現在

2007/5/29・・其れは、肉食をすれば、安定や調和を失い、争い事が起き易く成るので、争いや、戦いに繋がるとの事ではないだろうか。
考えて見れば、戦争を仕掛けるのは、どちらかと言えば、穀物菜食文化の人達ではなく、肉食文化の人達の方である。
 私でさえ、自分が好んで、肉を食べたのにも関わらず、此の気分の悪さは、何処か、他の人間の、責任の様な気分に成っている。其れは、殺された動物の意識が、肉に情報として残っているからかも知れない。
やはり、肉食をすると、血液が酸化し、波動が落ちて、良い世界には繋がれなく成るのである。
其れを知って居た、天武天皇が肉食を禁止してから、明治維新で西洋文化が導入され、肉食が始まるまで、日本では1200年も、肉食は卑しい食べ物のされていたのである。・・・
「肉食の弊害2」https://white.ap.teacup.com/miitu1223/784.html

2008/2/18・・私は、自分の脳裏に映り出されて来る情報が、美しい物で、未来型でない場合は、一日前に食べた食品を思い出して、其の原因を探る事にしている。
其れは、體に良くない食物を食べると、其の日ではなく、次の日の霊夢に、其の影響が現れるからである。
人間の、精神的な基本には、潜在意識が絡んでいるので、其の潜在意識が曇ると、全体的に影響が現れるのである。
特に、顕在意識の使用が止まっている時には、潜在意識が表に立ち上って来るので、諸に其の影響を受け易い。
何故かと言えば、人間の意識は、脳で生産されるが、其の脳は「細胞」で出来ており、其の細胞は「血液」が材料で生まれ、其の血液は「食物」から生まれ、其の食べ物は「土」から生まれ、其の土は「微生物」の活動から生まれ、其の微生物は「ミネラルバランス」に左右されているからである。
だから意識の元には、食物と微生物(細胞活動)が絡んでいるのである。
人間が口にした食物が、胃の酸で溶かされてから小腸に送られ、小腸で胆汁や膵液で分解されて消化吸収され易く成り、其の栄養が、小腸の繊毛突起から吸収されて、血液の中に取り込まれる。
其の血液から、脳細胞も作られ、栄養補給を受けているのである。だから、食物の質が良くないと、脳細胞の活動もレベルが下がるのである。
レベルが下がった脳が考える事は、過去のデータが多くなり、未来を創造する事が出来なく成るのである。
だから、私は、未来の事が映し出されて来ないで、過去の悪い思い出や、地震や津波等の、災害の映像が現れる時は、一日前に食べた、食物の事を考える事にしているのである。
何故、一日前の食物かと言うと、消化吸収されたモノが、脳細胞に回って来るまで、一日掛かるからである。
つまり、其の日の夢(潜在意識)は、前日に食べた物の、影響を受けている事に成るのである。
其の理が解かっていたので、日本は天武天皇の頃より、明治維新で西洋文化が取り入れられるまで、指導的立場に立つ者は、肉食をする事が禁止されていたのである。
其れは、仏教の「精進・しょうじん」の訓えが、影響を与えている事も有るだろうが、肉食をする者が暴力的であったり、戦争が好きであったりするからであろう。
其の理の現れとして、現在まで残っている遺跡が、中国の万里の長城である。万里の長城は、肉食文化の蒙古人が、穀物菜食文化である南の国に、食べ物や、絹織物や、若い女性を盗みに来るのを防ぐ為に、造られた物である。
其れだけ、住む土地や食べ物の如何に因って、文化や考えが変るのである。・・・
「肉食の弊害3」https://star.ap.teacup.com/2006413/204.html
2005/11/9「肉食の弊害1」https://star.ap.teacup.com/170606/632.html

次の映像の、錠前に鍵が差し込まれている場面が映し出されて来て「磯部 石」と書かれた木札が付いていた場面は、「天照坐皇大御神御魂 ・あまてらしますすめおおみかみのみたま」が祭祈されている「伊雑宮・いざわのみや(磯部の宮)」の存在や、奈良の「物部初代」を祭祈する「石上神宮」の存在と関係が有るのだろう。

2008/6/3・・私が、1984年11月21日の早朝、初めて伊勢神宮外宮に参拝してから、大王岬を回り、三重県志摩市阿児鵜方字西ノ河内の電電公社の電波塔の近くの広場で、車中に一泊した時の未明に、伊雑宮・いざわのみや(磯部の宮)の祭神である「天照坐皇大御神御魂 ・あまてらしますすめおおみかみのみたま」の上半身の姿が、夢枕に現われた。
 そして22日の朝、車を運転して磯部町を走って居ると、道路の右側に在る「正傳寺」の階段が気に成り、道路の横に車を止めて、階段を上がって行った。
すると境内に、神懸りに成った車椅子に乗ったお爺さんが居て、其の傍らでは、お婆さんが「朝から お爺さんの気が狂った」と云って、激しく泣いて居るのである。
其のお爺さんは、寺の住職に向かって「地球が危ない」と叫んで居るのである。
其のお爺さんは、私が階段を上がって境内に入ると、私の気配を感じたらしく、後ろを振り向いて、「ああ お前だ。此処の坊主では 何にも解らん。」と云った。
そして、私に「是まで 8回トンネル潜りに失敗して 今回が9回目で 最後のチャンスである」と云い、更に「早稲田や 慶応に 沢山孫が居るので 助けてくれ。」と、云うのである。
 私は、其の状況から、大体の様子が飲み込めたので、其のお爺さんに「解ったから 此のノートに 名前と住所を書いてくれ。」と云って、ノートと鉛筆を渡すと、「青州00村000」と昔の言葉使いの住所を書いて、私に其のノートを返した。
そして、私が其のノートを受け取ると、其のお爺さんは、フト正気に返った様子で、周囲を見回し、回りの状況に違和感を覚えたのか、お婆さんに「婆さん 帰るぞ。」と云って、突然自宅の方に帰って行った。
 其の正傳寺の住職は、ホッとした様子で、私に「お茶でも いかがですか。」と云うので、私は縁側に腰掛けて、暫くお茶を飲みながら景色を眺め、又旅路へと着いたのである。
其の現象に遭遇してから、既に24年が経過しようとしている。・・・
「定着した画像」https://green.ap.teacup.com/20060818/770.html

2014/4/30・・伊勢神宮の土地は、倭姫命に当時其の地を治めていた「磯部族」が提供した物であり、「度会家(渡部家)」は磯部の民の子孫である。
其の事を考えると、昨日昭和天皇の誕生日に、全ての「神霊の思頼・みたまのふゆ」が終了したと言うか、完成したのかも知れない。
 其の様に考えると、大喪の日に「吾が身 すでに遠く 良き世を 願い奉る」と告げて来た昭和天皇の念いや、天智天皇の「神籬の代々の乱れを盃に菊一輪と輪廻飲み」との言葉も、解決の目途が立ったと言う事ではないだろうか。
【度会神道・外宮神道】
伊勢神道(いせしんとう)とは、伊勢神宮で生まれた神道の説。外宮の神職(度会氏)の間で唱えられるようになった。このため、度会神道・外宮神道ともいう。・・・
「度会家の文書」https://star.ap.teacup.com/20060505/95.html

是等の文章の内容から考えると、今朝、床の間に「天照坐皇大御神」の掛け軸が掛けられており、「白髪様・御祖神」の神棚が有る部屋に入ると、「自適よ頼む」との声が一言聞こえて来た事・現象は、「ひふみ・霊文神示・日月神示・天津日嗣神事」に有る、「日本から神一厘の仕組みが発動する」「148(石屋)の救世主が現れる」との事が、愈々始まると言う事が示されて来ているのではないだろうか。

2015/12/24・・今朝起きて、文章を打ち始めると、今朝の世界地図の中心線は、私が是まで関わりを持って来た、東経130度30分の「御稜威ライン」である事が理解出来てきた。
今朝のメッセージは、其の縦のラインを中心にして、世界(地球の事象)が、何等かの変化を始めると言う事なのであろう。
 其れは、「日月神示・天津日嗣神事」に有る「日本から 神一厘の仕組みが発動する」と言う事と関係が有り、今朝の女神の言葉からすると、其の御稜威ラインの事が世間に知れると言うか、認められる事に成ると言う事なのかも知れない。・・・
「大きな世界地図」https://green.ap.teacup.com/20060818/3699.html

2016/12/29・・其れは、生きて居る人間の肉体(空だ・空蝉)には、其の者のカルマ・業に合った霊魂が憑依する理が示されて来ており、聖霊が宿った人間は「チャクラ-ヴルティーン・転輪聖王」に成れる可能性が有るが、悪い行いを続ける・外道を歩く人間には、同じ望みを有する霊魂が憑依して、増々その人間は悪い行動を続ける事になり、無間地獄に落ちて行くとの理が、示されて来ているのではないだろうか。
 其の様に考えると、煩悩に満ちた此の現代社会で生きて居る人々は、邪悪な道に引き込まれている事になり、其処から逃げ出すには、本格的な禊ぎ祓いを自分自身で行うしか、助かる方法は無いと言う事であり、日本の伝統である古神道の世界を復活するしか、人類の未来世界は無いと言う事なのではないだろうか。
 其の様に考えると、岡本天命の「日月神示・天津日嗣神事」の、「此の日本から 神一厘の仕組みが発動する。148の救世主の現れる」との事が、どの様なモノであるかも、能く理解できる事になる。・・・
「因縁解除のソフト」https://green.ap.teacup.com/20060818/4099.html
2006/7/20「148・石屋」  http://star.ap.teacup.com/170606/979.html
2014/10/8「善良な人々の暮らし」http://green.ap.teacup.com/20060818/3222.html

今朝の文章の題は「天津日嗣の復活」とした、其れは私が世界自然遺産に登録される様な自然豊かな屋久島で産まれ育った事と関係が有り、私が「土肥無庵」に捜し出されて「マクロビオティック ・Macrobiotic」の食生活を3月5日から6月4日まで三ヶ月間実行し、安房川の岸辺で禊ぎ祓いを行った時に「神武天皇」を初めとする4311体の「神霊の思頼・みたまのふゆ」が起きた事と関係が有り、其のプログラムは、昭和21年8月3日に私の両親が屋久島に上陸した事から、開始されていたと謂う事に成るのであろう。

天皇霊其の一「天智天皇」 http://star.ap.teacup.com/20060505/67.html
天皇霊其の二「昭和天皇」 http://star.ap.teacup.com/20060505/69.html
天皇霊其の三「後醍醐天皇」http://star.ap.teacup.com/20060505/91.html
天皇霊其の四「神武天皇」 http://moon.ap.teacup.com/20061108/567.html

                      平成31年3月24日

                            礒邉自適

くいあらためさせる


      くいあらためさせる
                         31・3・23

今朝のメッセージの映像には、大きな建物に住む、髭を生やしている40歳位の男性の姿が映し出されて来て、私の意識が、其の男性の生き方・暮らしを、食事のあり方を初めとして、全て遣り変える・改めさせる場面が、映し出されて来た。

そして、其の事に関連する物事に付いて、様々な場面が映し出されて来てから意識が目覚めたので、照明を点けて時計を見ると時刻は「3時14分」であった。

其れから再び眠ると、今度は、縦書きの小さな二文字漢字の単語・熟語が、縦横に等間隔で画面一杯に無数に並んでいる場面が映し出されて来た。

そして、其の二文字漢字は、人間が生きて行く為の様々な事柄を表しており、其れが縦書きであるのは、「地球の重力」や「DNA・遺伝子」の配列や仕組みと関係が有る事が理解されて来た。

今朝は起きた・起された時刻は「7時54分・8時6分前であった。

今朝は先ず、起された時刻「3時14分」と「8時6分前」から、昨年の3月14日と8月6日の文章を見てみると次の様に書いて有る。

2018/3/14今朝のメッセージの映像は、先ず、広がったアコーディオンが閉じられる様に、長い竹の節間が無く成って、縮められる場面が映し出されて来て、其れは人間の是までの歴史が濃縮される様な意味が有り、時間軸が圧縮されて一箇所に纏められる理・ことを意味している様であった。
 次に、何も無い空間に、固めの水飴の様な塊が浮かんでおり、其の塊が、左側の方から、下方に垂れ下がっている場面が映し出されて来た。
次に、真っ白い箪笥が映し出されて来て、其の引き出しの中には、様々な色の布が詰まっている事が判った。
次に、季節に合わせた正食料理が出される宿泊施設の存在が映し出されて来た。
 其れ等の映像に付いて考えて居て、自我意識が目覚めたので照明を点けて時計を見ると時刻は「5時3分」であった。
其処で、眠れなく成ったので、起きてPCを立ち上げ、昨年の5月3日の文章を見ると、次の様に書いて有る。・・
 5月3日の日付は、私の息子「嵩靖・しゅうせい」の誕生日(1989年)であり、母方の祖母「加藤キイ」の命日1999年5月3日(103歳4ヶ月)でもある。
其れに、私は、2001年5月3日の憲法記念日に「地球憲法を引き受けてくれるか」との神のメッセージが有り、其のシンボルと謂うか、象徴として、シールの様な物が映し出されて来た事が有る。
 今朝の映像の、人間の歴史が縮められている場面から、私に考えられる事は、666年置きに日本の天皇の目立った動きが起きている事である。・・
 次の映像の、何も無い空間に、固めの水飴の様な塊が浮かんでおり、其の塊が、左側の方から、下方に垂れ下がっている場面が映し出されて来たのは、時空が歪む事を示しており、我々が存在する世界も、固定された物ではない理・ことを示して来ているのであろう。(メビウスの環)
 次の、白い箪笥の引き出しの中に、様々な色の布が詰まっていた場面は、布が人間の意識(織物)を示唆しており、真っ白い神の世界に、様々な個性の人間が詰められて居る理・ことが、示されて来ているのであろう。
 次の、季節に合わせた正しい料理が出される宿泊施設の存在が映し出されて来たのは、次の様な事が考えられる。
・人類は他の動物と同じく、自然環境に因る季節の移り変わりに合わせて、体温調節が行われる躰を有し、季節の変化に合わせて変わる食べ物を食べて、進化して来ているので、其の生体リズムから外れてはいけない事。
・其の変化に対応する事で、五感が発達し、人間には第六感と呼ばれる、意識の世界も身に付いている事。(其れが神と呼ばれる世界)
・地球環境は様々な地域で、独特の環境が有り、其れに合わせて様々な異なる民族が存在し、価値観も異なっている事。
・其れ等の、異なる価値観を有した世界中の民族が、平和に生活して行く為には、お互いの文化を理解する場を設ける必要が有る事。
・正しい食事とは、「身土不二・しんどふじ」の言葉や、「産土神・うぶすなかみ」との言葉と関係が有り、自分が生まれ育った土地の環境条件に合った食生活の伝統を護る事で、自分達の先祖の霊魂である「御祖神・みおやかみ」を継続できる事。(直合・なおらい)
 是等の事を考えると、今朝のメッセージは、私が2001年5月3日の憲法記念日に「地球憲法を引き受けてくれるか」と告げられて来た事と関係が有り、70億人にも達している人類が共有できる地球憲法(人間の生き方の基本)を制定する必要が有り、其れは、老子の謂う「道・タオ」や、釈迦の謂う「ダルマ・法」、其れにイエスキリストの謂う「永遠の命に入る為」の言葉に、添うモノでなければ成らないと言う事に成るのであろう。
 其れは、権力者の都合に合わせたモノではなく、全ての民族が納得でき、平和な暮らしが送れるモノでなければ成らない。
「未来創造」https://green.ap.teacup.com/20060818/4555.html

2018/8/6本日8月6日は、人類にとって初と成る原爆が広島に投下されて、多くの人命が失われた日である。
其れに、1987年8月6日の未明、私に依り憑いて来た霊魂の数が4311体であった事が判明し、倭姫命の御魂であった井上佳子の二階の寝室の窓の外に、数え切れない程の白い小鳥が現れた日でもある。・・
 今朝のメッセージの映像は、四角の黒い座布団の様な物が一枚映し出されて来て、其れが何であるかが判る様に、目の前で拡大されて来た。
其れは、人間が関わっている世界が物の世界で説明されている物であり、中央には眼鏡を掛けた40歳代の男性の顔頭が有って、コンピュータに拠るホログラフィー(透過型ホログラム)の様に動いていた。
 そして、其の座布団の様な物は、縦が四段階に成っており、一番上の段は、横に五枠程に中身が分かれており、縫い目を境にして折り曲げる事が出来、夫々が異なる世界の働きを秘めている事が解った。
そして、一番下の段は、箱形に成っている物が三個程横に並んでおり、其れは外して持ち運ぶ事が出来る事が示されて来た。
二段目と、三段目の中央には男性の顔頭が有って動いているので、左右は完全に離れている事は分かるが、どの様な形や仕組みであるかは、確かめられなかった。
 次に、其の中のどの部分が開かれたのかは判らないのだが、広い空間が映し出されて来て、其の空間の右隅には、花吹雪に使用出来る様な、銀紙が小さく切りきざまれている物が盛られている事が示されて来た。
 次に、農地の存在が映し出されて来て、自然栽培による野菜が育てられている様子が映し出されて来た。
 其れに、他の場面も映し出されて来たのだが、其れがどう言う場面であったのかは、今は思い出せない。そして、意識が目覚めたので照明を点けて時計を見ると時刻は「4時1分」であった。
起された4時1分から、今年の4月1日の文章を見てみると、次の様な事が書いてある。・・
 此の文章の内容からすると、今朝の映像に映し出されて来た座布団の様な物は、古代で亀の甲羅や鹿の大腿骨を焼いて、其のひび割れの状態から、人間が何を行えば良いかを判断・検討していた事と関係が有り、其の人間の行為と言うか儀式が、新しいモノ・世界に成る理・ことが示されて来ているのかも知れない。
 今朝のメッセージの映像から、私に考えられる事は、昨日のメッセージの映像に花が満開に成っている道・ロードが、映し出されて来た事と関係が有るのではないかと言うことである。
草木の花が満開に成る現象は、植物の「受粉・受精」の働き・現象であるので、生物の「生殖・繁殖・性」の世界を意味し、昨日私の意識が長い時間、花が満開の道を走っていたのは、地球生物全体の世界と謂うか、未来世界を示唆していたのかも知れない。
 其れを考えると、「・・遠神笑美給(遠つ御祖の神、笑(ほほえ)み給え)といった意味であるともいわれています。もともと、占いに用いられた言葉なので、「神様の御心があきらかになりますように」という意味であったのではないかと思われます。・・・」との世界が示されて来ているとの事であり、今朝の映像で四角い座布団の様な物の中に存在した、男性の顔頭は、神(はたらき)の存在を示して来ているのではないだろうか。
 そして其の男性の顔頭の存在が、コンピュータのホログラフィー(透過型ホログラム)の様に動いていた事は、現在のAI(人工知能)の存在と関係が有り、人間が使用している電磁気信号とは別に、神(はたらき)がAIに便乗している周波数が存在して、あらゆる情報を管理しているとの事なのであろう。・・
 今朝のメッセージの内容から、私が感じた事は、今朝映し出されて来た四角い座布団の様な物は、現象化している「物質全体の座」を意味しており、「万物の母」との名前で表現されている世界の事であり、其の座布団の中心に存在した、コンピュータのホログラフィーの様に動いていた眼鏡を掛けた40歳代の男性の存在は、情報を積み上げる役割を意味しており、其れが人類全体の意識の中心であるので「潜在意識の主」と関係が有るのではないかと謂う事である。
 其れで、本日の文章の題は「万物の母と潜在意識の主」とした。
「万物の母と潜在意識の主」https://green.ap.teacup.com/20060818/4703.html

此の3月14日の「未来創造」の文章には「・・時間軸が圧縮されて一箇所に纏められる・・」と書いて有るので、昨日の「事象の特異点」と関係が有り、食事を初めとする生活に付いても書いて有るので、今朝のメッセージと関係が有る。

其れに、8月6日の文章「万物の母と潜在意識の主」には、「・・中央には眼鏡を掛けた40歳代の男性の顔頭が有って、コンピュータに拠るホログラフィー(透過型ホログラム)の様に動いていた。・・」と書いて有るので、今朝の映像に登場した40歳位の男性と共通点が有るし、昨日の文章に書いた、
「・・私の背景に、情報が満ちている宇宙空間が存在する事が示されて来て、其の中心部分に横線が引かれており、其の中央にPCのデーターをインストールする時の様な、緑色のバー・印が有り、其の印は私の行動と連動している事が理解されて来た。・・」との事とも、関連している事に成る。

其れを考えると、私は「土肥無庵」から受けた事を、誰かに継承しなければ成らないと言う事であり、私が武冨勝彦氏に案内されて「マクロビオティック ・Macrobiotic」の創始者である故「桜澤如一」の事務所「オオサワジャパン」に行った時に、扁額から「此処がお前の仕事場だ」と告げられて来た事が、必要不可欠であると謂う事に成るのであろう。

そして、其れこそが「天津日嗣・あまつひつぎ」の世界であり、「宇摩志麻遅命・うましまじのみこと」の役割であった「申食国政太夫・おすくにのまつりごともうすのまえつきみ」の世界なのであろう。

2006/12/15・・まだまだ、此の世界の奥は深い。
昨日の、「ファイナル‐ファンタジー」は、私の旅が、昨日で終ったとの意味かと考えていたら、是から「ファイナル‐ファンタジー」が始まるとの意味だったらしい。是から始まる私の役割は、人間の生活文化の構築を図る為の、シンクタンクの頭を務める事であろうか。
 其れは、私が1992年8月25日に、今ではスローフードで時の人に成った、佐賀県の武富勝彦氏に案内されて、初めて東京の「オーサワジャパン株式会社」に行き、桜沢如一氏の御影が飾られている応接間に入った時に「此処が お前の仕事場だ」と声が聞こえた事が有る。桜沢如一氏の霊魂は、私に起きた4311体の「神霊の思頼・みたまのふゆ」でも、一番始めに存在を現した霊である。だから、今回の神のプログラムでは、一番大事である霊魂だと言うことに成る。
現在、世界に日本の自然食が拡がったのは、此の桜沢如一氏の功績に拠るものであると云っても過言ではない。・・・・全文は
「シンクタンクトップ」http://green.ap.teacup.com/20060818/126.html

2015/3/25・・今朝のメッセージの映像には、先ず未明に「マクロビオティック」の創始者である「桜澤如一」の教室が映し出されて来て、仲間と言うか弟子の様な男性が十数人、其の教室の中に居た。
 其の教室は、ガラス張りの丸いドームの様な造りで、何も無い広い空間の床に、皆が座って寛いで居た。そして、円形の天上の外には銀河星雲が見えており、其の施設は、宇宙空間に浮かんでいる物である事が判った。
 私が、其の部屋の中に入って行くと、桜澤如一が私に「話をしろ」と言うので、私が一人立ったまま話を始めると、桜澤如一は釈迦の涅槃像の様に、横に成って其の様子を眺めて居るのである。
私の話は、集まって居る人達のレベルが高いので、マクロビオティックの主題である「玄米正食」のテーマに付いて話すのではなく、天の時間や質量などに付いてや、其の事に、人間の存在がどの様な関わりが有るか等の内容であった。
話しをしていると、40歳代の男性が一人、私に反論をして来たので、「今は 私の持ち時間だから 貴方は聴くだけにしなさい」と制して、話を続けて居た。
其れから、明け方の映像には、私に、男性からのメールが届いており、其の男性が住んでいる近くに用事が有って出掛けた時に、其の出先の関係者に其の男性の事を話すと、女性の方が其の男性の自宅まで案内をしてくれて、玄関のブザーを押すと、40歳代の一人暮らしの男性が玄関口に出て来た。・・
 最初の映像で、私がマクロビオティックの創始者である「桜澤如一」の教室で講義をするのは、私に起きた4311体の「神霊の思頼・みたまのふゆ」で、最初に姿を見せたのが其の桜澤如一の存在であり、私が武富勝彦氏に案内されて、東京の「オオサワジャパン」の事務所に行くと、「此処が お前の仕事場だ」と告げられた事が有るので、其の事の延長線のメッセージであるのだろう。・・・
「桜澤如一の教室」https://green.ap.teacup.com/20060818/3405.html

今朝の映像に、縦書きの二文字漢字無数に映し出されて来て、其れが「地球の重力」や「DNA・遺伝子」の配列や仕組みと関係が有るとの理・ことは、「土肥無庵」が私に謂った「三ヶ月間私の指導を守って生活をすれば 自適さんの本来の命が表に現れる」と謂った事と関係が有り、人間の細胞は地球の重力(磁気・磁場)の世界を舞台として活動している理を示しているのであろう。

其れは、3月19日のニュースで「人間の体内で磁気を感知するタンパク質が働いている理・ことが確認された。」と、報道されている事とも関係が有るのだろう。
【人間の「第六感」 磁気を感じる能力発見 東大など】3/19(火) 10:58配信
 地図なしで長い旅ができる渡り鳥のように、人間も地球の磁気を感じる能力を持っていることを発見したと、東京大と米カリフォルニア工科大などの共同研究チームが19日、米専門誌に発表した。「第六感」とも呼べる無意識の潜在的な能力で、何らかの利用法が見つかる可能性があるという。・・・
 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190319-00000518-san-sctch

今朝のメッセージの内容は、私が実行したと謂うか、私に起きた出来事と関係が有り、河川の清水に拠る「禊ぎ祓い」の儀式の前に、三ヶ月間の肉体の浄化である食事「食い改め」が、必要不可欠である理・ことが示されて来ており、其れは食事の事だけではなく、精神にも関係が有る事なので「悔い改める」との言葉とも関係が有るので、敢て平仮名で「くいあらためさせる」とした。

今朝の由香のビジョンには、広い木の板が映し出されて来て、其の板に一本の釘が打ち込まれており、其の釘から何か判らない生き物が、一匹生まれて来る場面が映し出されて来たとの事である。

其の由香のビジョンは、私に告げられて来ている「事象の特異点」「新しい神の座標軸」との言葉と関係が有り、男性の立場は「宇宙プログラム・四次元世界」に関係が有り、女性の立場は「地球の命・三次元・現実世界」に関係が有る理・ことを示唆しており、男女には夫々違う「立場・世界・役割」が有る理が示されて来ているのであろう。
2000/11/1「女性と男性の違い」https://moon.ap.teacup.com/20061108/425.html
2001/3/14「男は心をつなぎ、女は身をつなぐ」https://moon.ap.teacup.com/20061108/89.html

                      平成31年3月23日

                            礒邉自適

事象の特異点

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     事象の特異点
                         31・3・22

今朝のメッセージは、先ず、私の弟「正也」が登場して、乗り物(車?)の購入に対して手違いが有り、損害を弁済する為に一人7000円ずつ出す事にしたと謂うので、私も7000円を支払う事に成った。
そして、其れは三人での割り勘であるので合計が「21000円」である事が判った。

其処で、赤家蚊の羽根音が耳元で聞こえるので意識が目覚め、照明を点けて時計を見ると時刻は「3時45分・4時15分前」であった。

其れから再び眠ると、今度は、私の背景に、情報が満ちている宇宙空間が存在する事が示されて来て、其の中心部分に横線が引かれており、其の中央にPCのデーターをインストールする時の様な、緑色のバー・印が有り、其の印は私の行動と連動している事が理解されて来た。

今朝は、起きた・起された時刻は7時14分であったので、先ず起された時刻4時15分前と、7時14分の数字から、昨年の4月15日と7月14日の文章を見てみると次の様な事が書いて有る。

2018/4/15今朝のメッセージの映像は、先ず、何処かの山中の景色が映し出されて来て、其の中に、太陽の光が射している場所が有り、其処に「ジャガイモ」と「ダリヤ」を合わせた様な植物が、日の光を浴びて群生している場面が映し出されて来た。そして、私の意識が、其の根元を掘り出して見ると、食用と成る大きな白い芋が付いていた。
そして、其の植物の茎を使って、笛を作って吹く事が出来ることが、示されて来た。
 私は、其れが、天神が人間に与えた新しい植物・食物であると思ったので、仲間を呼んで其れを全て掘り起こして、食べる物と、種芋として植え替える物を、分ける作業を始めた。
 次に、木々が茂る大きな山を背景とした場所に、広い農地が造成されている場面が映し出されて来て、其の農地は、近代的な土木工事が行われており、土手は立派なコンクリート造りで、農地の中には、山岳の川から水がパイプで配管されていて、作物に水遣りが簡単に出来る事が判った。
 私は其の様子を見て、天神が与えた種芋を、其処で増産できると考え、天神が人類の未来を祝福(言祝ぐ)している事を理解した。そして、天神に感謝の気持ちを表す為には、笛を吹いて喜びを表現すれば良いと言う事が理解されて来た。
 次に、花崗岩を材料として建築された、大きな議事堂の様な建物が映し出されて来て、其の建物の左端の庭に、一つのモニュメントが設置されているのが映し出されて来た。
其れは、花崗岩製の土台から、チタンの様に錆びない鉄で造った雷の「稲光」の様な形の物が、上に伸びており、其の造形物の先が突き刺さった様に、花崗岩の板が上に乗っている物である。
其のモニュメントは、此の地球上の出来事と、天界の出来事は、永遠の「雷・電気」で繋がっており、天界と地上は、花崗岩の物質・性質で結び合っている理・ことを、表現している物である事が理解されて来た。
 今朝は、起きてPCを立ち上げると「貴方は 無理する必要は」との言葉が告げられて来たので、女神のブログを開くと続きの言葉が告げられて来た。
「貴方は 無理する必要は何も無いのよ。
何故なら 無理に物事を考える事は
自我意識そのモノと成るからです。
貴方の動きが スムーズに運んでいるのは
貴方が 自分自身で物事を考え 
行動を 起こさなかったからなのです。
ですが より良き未来世界を想う事は
とても大事なことなのです。
何故なら 人間社会は 誰かの意いや
言動に因って動いているからです。
其れを 正しい方向に進める為には
誰かが 真理の道を説く必要が 不可欠なのです。
其の事の為にも 貴方が新しき世界を
想う必要があるのです。
そして 其の行為の原点に ブッダやキリストの
「祷り・帰命・ナーム・リリジョン・religion」
が 必要不可欠なのですよ。
良いですか 貴方が其の禱りを止めてしまえば
此の世界は 再び 暗闇の中に落ちてしまうのですよ。
いいですか 貴方が 永遠の命の中に
自分の想いを 拡げなければ 
全ての事が 水の泡になるのですよ。
其の為にも 貴方の禱りが重要なのです。
ですから 貴方は 氣を抜いては成らないのです。   」
 其れに、日付を打つと、「4月15日」の月日が気に成って来たので、「4月15日」で調べると、次の文章が出て来た。
「神が望む事」https://green.ap.teacup.com/20060818/4588.html

2018/7/14・・其れから、宇宙空間の映像が映し出されて来て、其の空間を背景にし左側から右側へ「宇宙に甚大な影響を与える座標軸」とのテロップが流れて行く映像が映し出されて来たので、起きて時計を見ると時刻は6時29分であった。・・
此の文章の内容から考えると、私の意識と肉体の存在は、私個人の物ではなく、宇宙の森羅万象の流転と直接関係していると謂うか、繋がっている事に成り、私は誰よりも自分の肉体を守る必要が有るようである。
『まことにそうです。
貴方は 物事・出来事を 斜め読みにするのではなく 
真正面から 見据えなければ成らないのです。
其の態度がなければ「御嚴・みいつ」の役割は 果せないのです。
良いですか そして其の為に 最も必要な条件が
マクロビオティック (正食・精進)に有るのですよ。』
 此の女神の言葉からすると、6月29日に男性の声で「1.8インチ」と「90センチメートル」との言葉が、砂糖キビ畑の中から告げられて来た事の意味も理解されて来る。
砂糖キビは、砂糖の原料であり、化学調味料の「味の素」の原料でもある。
そして、砂糖キビは竹の様に節が有る植物なので、物の尺度(物差し)の意味も兼ねており、食べ物摂取の節度を示唆していたのであろう。
 此処で、左手の薬指にカモ(神の電気信号)の現象が起き、丁度からくり時計の8時のチャイムが鳴った。
此の現象も、森羅万象の流転と人間の手指(手印)が関連している事の証であり、釈迦ブッダが説法の時に、両手の指の反応を見ながら話して居た事の理由・謎も理解されて来る。
 今朝のメッセージは、昨日の「人体と宇宙」と「榮養」との言葉その儘の内容が、継続されて来ている事に成り、昨日の猛暑(天候)も神(はたらき)の悪戯であると謂う事に成りそうである。・・
 今朝宇宙空間を背景して、「宇宙に甚大な影響を与える座標軸」とのテロップが左側から右方向に流れる映像が映し出されて来たのは、私が1984年6月4日に、私の役割が「事象の特異点」であり、別な言い方をすれば「神の新しい座標軸」であると告げられて来た事と関係が有り、其れが本番を迎えるので、私に自覚を求めて来たのではないだろうか。
 其の様に考えると、私は自分の気を引き締めて、事(森羅万象の動き)に当たらなければ成らないと謂う事に成って来る。
何故かと謂うと、私の行動・行為が「道・タオ」から外れれば、甚大な影響が生じてしまうと謂う事の様だからである。
「座標軸」https://green.ap.teacup.com/20060818/4680.html

此の「神が望む事」の文章(4月15日)の中に有る「花崗岩のモニュメント」と、「座標軸」の文章(7月14日)の中に有る「宇宙に甚大な影響を与える座標軸」との言葉が、今朝のメッセージと関係が有り、私が此の世界に飛び込んだ時に、私の役割が「事象の特異点」であり、別な言い方をすれば「新しい神の座標軸」であると告げられて来た事が、今朝映像にて映し出されて来た事に成りそうである。

キー「事象の特異点 座標軸」

2016/2/24今朝のメッセージの映像には、先ず室内の壁に、音響機器がセットされた、情報システムの幅広い装置が取り付けられており、音楽家の坂本龍一氏の様な働きをする、50歳代の聖者の様な男性が登場して、MD(ミニディスク)の様な物を五枚取り出して、一枚を機械の中にセットしてから、残りの四枚を私に手渡した。
 私は、其の四枚のディスクを左胸のポケットに入れて、音響機器から流れ出る音楽を聴きながら、建物の外を見ると、先程の男性が、洗濯を干す紐の様に、立木と立木との間に紐を張っており、其の紐は音楽の五線譜の様に成った。
其の紐をよく見ると、其れは、天界と建物内の情報機器を繋ぐ電線が束ねられた、一本の長いコードを、折り返し木に巻いている物である事が判った。
 其れから、一枚目のディスクから流れ出る音楽・放送が終わった様なので、私は二枚目のディスクを挿入しようと意い、機械に触ると、押すスイッチを間違った様で、其のシステムの電源が落ちて、設備は機能しなく成った。
 次の映像は、「たかはしこう・高橋功」と言う名前の人物が登場して、其の人物が横書きの日本語の文章を書き始めると、周囲に雨の様に水が落ちて来て、其の雨水の様な物は、地面・床に落ちると、黄金の様にキラキラと輝き始めた。・・
 今朝のメッセージの映像は、天界に存在するとされている「アカシックレコード・記憶盤」と、三次元世界である人間界を繋ぐ、情報システムの存在が示されて来ており、其の情報システムは「音」と「文字」の世界が、基盤と成っている様である。
 そして、「たかはしこう・高橋功」との名前は、古事記の物語にある「伊邪那岐命・いざなぎのみこと」と「伊邪那美命・いざなみのみこと」が地上に降りて来た「天の橋」と関係が有り、其の物語の意味が、近代科学に基づいたシステムとして「功」された事が、示されて来ているのではないだろうか。
「功・コウ・ク」【解字】「工+力」音符の工は、工作するの意味。しごと、いさおの意味を表す。
【字義】① いさお。てがら。「功績」②仕事。わざ。はたらき。=工。③できあがり。仕事の結果。④たくみ。(功)「精巧」。また、堅牢。⑤ききめ。しるし。=効。⑥喪服の名。また、喪期の名。「大功」「小功」  漢語林より
 しかし、其の情報システムの取扱いに付いては、私も未熟であると言うか、取扱い方法を知らないと言う事であり、是から神(はたらき)に従って、学ばなければ成らないと言う事なのであろう。・・
 其の様に考えると、今朝電源が落ちてしまった情報システムを、早く立ち上げて、新しい情報を構築して行かなければ成らないと言う事に成るのであろう。
其れを考えると、私が32年前に此の世界に入った時に、私の役割が「事象の特異点」であり、別な言い方をすれば「新しい神の座標軸」であると告げられた事が、愈々本格的に開始されると言う事ではないだろうか。・・・
「天地間を結ぶ情報システム」https://green.ap.teacup.com/20060818/3767.html

2014/12/17「銀河の中を流れる穐」https://green.ap.teacup.com/20060818/3299.html
2016/2/5「麒麟の発信装置」https://green.ap.teacup.com/20060818/3748.html
2016/4/26「事象の背景」https://green.ap.teacup.com/20060818/3830.html
2016/6/7「未来へのサポート」https://green.ap.teacup.com/20060818/3878.html
2018/1/26「統尊はマイクロプロセッサの役割」https://green.ap.teacup.com/20060818/4508.html

キー「花崗岩 アカシックレコード」

2008/7/16・・私が、荒野で修行をして居る時は、屋久島の花崗岩を走っている石英の道筋の上で瞑想をして、第三の目である松果体(珪素・シリコン)と、其の石英の道の周波数・波動が共鳴した時に、岩が弾け飛んだり、其の石英の道筋に生えている草が焼け焦げたり、天気が急激に変わったりしたのである。
其れは、100円ライターに火が着く事で、科学的に理論は証明されている。石英に電子を送り込むと、何万倍にも増幅するので火が着くのである。其の理で考えれば、人間の生体電気で、額の松果体から磁気を発すれば、花崗岩を走る石英の線上で増幅され、島中の花崗岩に影響を与えて、島の磁気波動が変り、天気に影響が出るのは不可思議な事ではないのである。・・・
「蜂鳥の左足・ウィツィロポチトリ」http://moon.ap.teacup.com/20061108/393.html

2018/6/19今朝のメッセージの映像は、先ず、背のスラリとした50歳位の男性が、円柱を横向きにして丸めた様な、磁器陶器を製作する白い粘土を、台の上にて刃物で輪切りにしている姿が映し出されて来て、其の輪切りにした物を私の方に渡す場面が映し出されて来た。
どうやら、其れは、私が行っている事に関係が有り、是からも其れを使用して、何らかの事を続けて行かなければ成らない事を示していた。
 次に「IBM」と「マイクロプロセッサ(英: Microprocessor)」の名前が示されて来て、其れに付いて考え始めると意識が目覚めたので、照明を点けて時計を見ると時刻は「4時59分・5時1分前」であった。
 私は、其の数字を「459・しごく・至極」と記憶して再び眠った。
すると、成長を始めたばかりの木が一本切られて、押し花の様に乾燥されて、壁に貼られている様な形のシルエットが映し出されて来た。
其れから、「上手く隠したわね」との女神の言葉が一言告げられて来たのが、6時19分であり、其の数字は本日の日付である。・・
 是等の内容からすると、今朝のメッセージは、昨日の「石見・いしみ」と関係が有り、今朝の映像に映し出されて来た、陶磁器を製作する為の粘土のスライスは、「第三の目」と呼ばれている「松果体」と関係が有りそうである。
何故かと謂うと、松果体は、純粋な珪素・シリカ・シリコンの結晶体が松傘状態に成っている物だからである。
 其れを考えると「石見」との言葉は、第三の目で岩石を見詰める事を意味し、私が毎日行っている作業は、「視覚(両目)」で見るモノや、「聴覚(両耳)」で聴いているモノではなく、「第三の目・松果体・純粋なシリコン」の形態・チャンネルで、入発信されているモノ・世界・次元であると謂う事に成りそうである。・・・
「第三の目」https://moon.ap.teacup.com/20060615/321.html

2002/9/5・・人間の体も、ほとんどが水で出来ている。
体の水が、超伝導状態に成れば、全宇宙と繋がる事に成る。
そうなれば、動物と植物の間に、境界は無い事になる。その状態を、釈迦は体験し、皆に説明をしようとしたのである。しかし体験が無い者には、この事は、現実感を伴わないので、中々理解が難しい。
 それで、手っ取り早く理解させようと考え出されたのが、「第三の目」と言う額の奥に位置する目である。額に、目が有る訳ではなく、映像がマブタに浮かぶので、額に意識の目が存在するとされているのである。
これは、エジプトでも、ユダヤ(イスラエル)でも同じである。
 其の第三の目の位置に、何が有るかと言うと、珪素・シリコンの結晶が「松毬・まつかさ状」に成っているので、松果体と名付けられているのだ。
珪素とはシリコン・Siで、高純度なものは典型的な半導体として、ダイオードやトランジスターに使用され、コンピューターにとっても、無くてはならない物である。
 何故、第三の目と呼ばれる位置の、珪素・シリコンが大事とされるのか。
それは、水素の情報も、集積回路の役目の物が無ければ、意識上に乗せられないからである。逆に言えば、珪素に因って、生命現象は管理されて来たと言えるだろう。
 珪素は、磁性を帯びやすく、又失い易いという。
人間の頭脳が、情報を得易く、又失い易いのも、珪素の特性と一致していて面白いではないか。シリコンは、現在、最先端の技術で、超伝導の材料として利用されようとしている。シリコンの磁性の働きが、利用されようとしているのである。
 宇宙の情報は、アカシックレコードとの名でも呼ばれている。その宇宙のレコードを、読み取る為の針は珪素であり、波がヘリウムの振動であれば、今朝の夢は、宇宙の仕組みの一部分を、現して来たものと言えよう。・・・
「ヘリウムの定板」https://star.ap.teacup.com/170606/494.html?rev=1
2003/3/1「光りを超える信号」https://moon.ap.teacup.com/20061108/5.html
2012/12/25「深い森・ピラミッド・スウェット‐ロッジ」https://green.ap.teacup.com/20060818/2542.html

今朝のメッセージの映像には、私の弟「正也」が乗り物の契約に関して、三人で7000円を弁済する事に成ったと知らせて来た。
其れは、三人分合計すると「21000円」である。

其れは「7×3=21」の数式なので、カレンダーで考えれば「7日×3=21日」の事にも成るが、7000回・円×3回であれば、何かが「21000回・円」回転する事にも成る。
21000日を365日で割ると「57・53」に成るので、57年と53日の日付と成る。
其れに、一人分の7000を365日で割ると「19年と17日」に成る。

一人の人間が、19年と17日の弁済をしなければ成らないとの事に考えると、人間一人のカルマ・業の返済には約19年掛かるとの理・ことにも考えられるが、私は既に此の世界に35年間取り組んでいるので、16年間がオーバー・過ぎている事にも成る。

今朝の「乗り物」が車ではなく、自分の意識の乗り物である身体(脳)の事を考えると、現在の教育制度である「小6+中3+高3+大4=16年」が関係有り、私は「19年と17日」掛かって、「6+3+3+4=16年」の学問・求学を果たした事に成るのかも知れない。

其れを考えると、私と同じシステム・プログラムの中で、違う生き方をして来た人間・人材を二人探し出さなければ、此の神(はたらき)のプログラムは、動き出さないと謂う理・ことなのかも知れない。

其れは、鳳の両翼と関係が有り、飛翔・フライする為の「左大臣」と「右大臣」の役割であるとの事なのかも知れない。

                      平成31年3月22日

                            礒邉自適

人事

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    人事
                         31・3・21

本日3月21日は、弘法大師空海の1184回目の命日であるが、「春分の日」旧暦2月15日。春分・彼岸。月齢 14・5。満月である。

今朝のメッセージの映像は、一晩中人間社会の人事・仕組みに付いての映像が映し出されて来たが、登場して来た人間・人物・人材は、全て私の知らない人達ばかりであり、映し出されて来た場所も、何処なのか全く判らない物であった。

そして、顔は見えないのだが、私の二学年先輩であると言う男性が登場して、私は其の男性に「同級生の男性の中で 誰が一番優秀であったか」との事を訊いて居たが、其の応答が無いまま其の場面は終わった。

そして、「ジャーナリスト」との言葉が一言告げられて来てので、起きて時計を見ると時刻は「7時4分」であった。

其れからPCを立ち上げて、先ず「ジャーナリスト」を調べると、次の様に載っている。

【ジャーナリスト(英: Journalist)】とは、新聞、雑誌など、あらゆるメディアに報道用の記事や素材を提供する人、または職業である。明治時代には「操觚者(そうこしゃ)」と訳された。
発祥
19世紀はじめごろはチャールズ・ディケンズのような、ジャーナル (journal) に記事を書く人を指した。
これが転じて新聞やジャーナルの記事を書く人を指すようになった。ジャーナリストとは、新聞社やテレビ局など報道機関に所属して取材活動を行う者もいれば、特定の報道機関に所属しないでフリーランスとして取材活動を行う者もいる。前者に関しては、報道機関に所属しているという点で、ジャーナリストとしての一定の資質や能力が推定される。フリーランスのジャーナリストにおける資質や能力に関しては下記を参照のこと。
定義
マスメディアに報道記事を寄稿する人のことを指す。ただし写真、動画を専門にメディアに提供する人や職業は通常、カメラマンと呼び、ジャーナリストとは呼ばれない。また報道以外(小説、漫画、宣伝広告、読者欄など)へ寄稿する人もジャーナリストとは呼ばれない。類似の活動として野次馬があるが、ジャーナリストとの違いは報道記事として寄稿しない、本人の興味や利害に影響されることである。
欧米諸国では大学ないし大学院におけるジャーナリズム教育が盛んに行われていて、オンブズマン制度が浸透しており、政府機関が記者会見に参加するためのメディアパスを発行の基準が存在している。フリーのジャーナリストは新聞社、テレビ局(まれに専門出版社)でジャーナリズムの実務経験を積んだ後で転身するケースがほとんどである。
いっぽうで日本の法律においては「ジャーナリスト」と自称する際の特別な基準は存在していないが、日本自動車ジャーナリスト協会のように業界独自の基準を定めている場合もある。ジャーナリストとなるために教育システムや制度は整備されていない。このため教育は報道機関の社員教育、経験者に教えてもらう、独学で覚えるなどを行う必要がある。だれでも「ジャーナリスト」と自称することが可能であり、ジャーナリストとしての資質や実績がまったくない者が「ジャーナリスト」と自称しても法的に詐称にはならない。また、より専門的な分野を得意としていることを示すために、「**ジャーナリスト[注釈 1]」を自称することもある。ただし日本における「ジャーナリスト」は文章を採用するメディアが取捨選択する過程で自然淘汰されることに任せている状態であり、資質や能力に問題がある者がジャーナリストにふさわしくないとして強制的に排除されるシステムは存在しない。そのため、文章作成を初めとする能力、資質、倫理観などが欠如している者でも何らかのメディアに寄稿さえしていれば「ジャーナリスト」と自称してもまちがいとまでは言えないが、ジャーナリストと呼ぶに値するかの点では議論の対象になる[注釈 2]。
ジャーナリストは事実に対する現状や意義、展望を報道する専門家であるとされるが[2]、ジャーナリストの倫理観や政治的態度にもとづいて左右され、ジャーナリスト自身の経済的基盤、個人的利害関係が記事の内容に大きく影響を与えるケースもある[注釈 3]。特定の団体に所属していないジャーナリストのなかには「フリージャーナリスト」と自称する者も多いが、出稿媒体や取材対象、ジャーナリストの取材対象及びその隣接分野を研究している研究者との利害関係がないことを示すものではない。日本では政治活動家が「ジャーナリスト」と自称する者が少なくはないが、個々のジャーナリストもしくは政治活動家の活動領域にもよるが、ジャーナリストと政治活動家との活動領域は非常に密接に重なりあうこともある。
ジャーナリストとして社会的に高い評価を受けるには、報道の正確性・客観性のみならず、報道対象の選定も重要となる。たとえば犯罪や社会的不祥事とはまったく無関係の無名の私人について報道したところで、いかに内容が正確であっても単なるプライバシーの侵害にしかならないとも解釈できる。適切な報道対象の選定を行う能力、正確かつ客観的な報道を行う能力を兼ね備えなければジャーナリストとして評価を受けることはできないのである。社会的評価を受けているジャーナリストの書いた記事や報道(ジャーナリズム)は影響が大きい。フリージャーナリストの草分けである黒田清のように「ジャーナリズムの基本は伝えることではなく弱者の訴えを代弁すること」を信念とするものもいるように、日本独自に発展したジャーナリズム観も生まれている。
ニュース雑誌の巻頭を飾るような記事を、雑誌社に売り込むことを仕事にしているフリージャーナリストのことを「トップ屋」と呼ばれる。・・・
分業制
ジャーナリストのなかでも、特に記事執筆のために必要なデータ収集を専門とする人間を「データマン」、そしてデータマンの集めてきたデータを元に記事を執筆する人間を「アンカーマン」と呼ぶ。
いわばデータマンはアンカーマンのアシスタント的な役割を果たしており、多くのジャーナリストはまずデータマンとして経歴をスタートし、経験を積んだ上でアンカーマンとなるのが一般的である。テレビのニュース番組の司会者(ニュースキャスター)のことを「アンカーマン」と呼ぶのは、この用法が転じたものである。
研究や評価
社会に広く情報を提供する役割を担っているため、ジャーナリスト自身がしばしば研究の対象ともなる。 ジャーナリストという呼称自体が人物に対する社会的評価であるという見方もある。 ・・・
    ウィキペディアフリー百科辞典 2019/3/21

そうこ‐しゃ サウコ‥【操觚者】    日本国語大辞典の解説
〘名〙 文筆に従事する人。著述者、編集者、新聞・雑誌の記者など。操觚家。
※鳥追阿松海上新話(1878)〈久保田彦作〉序「喝采の声価を得たる操觚者(サウコシャ)の歓喜の余りに思はず筆を走(はせ)たるなり」

「操・ソウ・みさお・あやつる」【解字】形声。「扌(手)+喿」音符の喿・ソウは、巣に通じ、巣を作るの意味を表す。鳥が巣をつくるように手をたくみに動かす、あやつるの意味を表す。また、手にしっかり持つの意味を表し、転じて、みさおの意味をも表す。
【字儀】(一)①とる。㋐もつ(持)。握る。㋑かたくとり守る「操業」。①あやつる。うまく扱う。「操車」③せまる。あわてる。=躁。④演習する。練習する。「操練」(二)①みさお。心身をけがれなく保つこと。「士操」「志操」「節操」②おもむき。風情。「風操」     大漢語林より

「觚・コ」【解字】形声。「角+瓜」音符の瓜・コは、ひさごの意味。ひさご形の角製のさかずきの意味を表す。
【字儀】①さかずき。儀式に用いるさかずき。中国の二升(約0・38ℓ)を入れる。②かど。とがったところ。③しかく(四角)。方形。④ふだ(札)。昔、文字をしるすのに用いた木のふだ。⑤のり(法)。きまり。⑥ひとり。=孤。
            漢語林より

此の「操觚・そうこ」の漢字の意味からすると、「しっかりと手に盃きを持つ」との意味に成るので、今朝のメッセージは天智天皇が昭和61年(1986)1月10日に告げて来た「神籬の 代々の乱れを 盃に 菊一輪と 輪廻飲み」との事と関係が有り、私は自分成りの巣作りを、始めなければ成らないのかも知れない。

2001/2/8昭和61年(1986)1月10日、京都府亀岡市に有る湯の花温泉「憩いの家」の仙人こと「杉岡伴太夫政房氏」に連れられて、私は京都に出掛けた。
その時、私は何も知らず、ただ彼の後から付いて行った。
京都市を通過して、再び山中に入り、琵琶湖の方へ下って行く途中の山中で、私の頭に和歌が一句出て来たので、私は何時も持っているレポート用紙に、其の歌を記した。
 ひもろぎの よよのみだれを さかづきに
     きくいちりんと まわしのみ
 (神籬の 代々の乱れを 盃に 菊一輪と 輪廻飲み)
此の歌が出てからしばらく進むと、神社に着いた。
其の神社は「天智天皇」を祭神とする「近江神宮・おうみじんぐう」である。
 この日は、近江神宮の大祭の日で、全国から大勢の参拝者が集まって居た。
到着して直ぐに、大祭の儀式が始まり、私は、杉岡夫妻の後ろの一番後列に立っていた。儀式が進行し、皆が頭を下げている時でも、私は一向に頭を下げる気がしないので、直立したままであった。
儀式は続いて、白いマスクを着けた人が、短刀で鯛を切っていた。
素手で触れてはいけない様子で、鯛を箸で押さえながら切っている。
切る作業が終わると、別の人がその鯛を持って、奥の神殿の階段を登って行く。
そして、階段の上の社の前に待機して居た人が、奥の神殿の扉に手を触れて、「オー」と声を出しながら扉を開いた。
そして、鯛は、その神殿の中に納められたのである。
 その瞬間、拝殿の列の一番後ろに立って居る私の口に、鯛の生臭い匂いが広がったのである。其れは、鯛の「気」を、天皇霊ではなく、私が食べてしまった事に成る。
儀式が無事に終わり、中庭に降りて行くと、杉岡氏が、私に「神社の人に 怒られた」と云うのである。
神社の人に、「何故 頭も下げない人間を 連れて来たのか」と云われたらしい。
 処が、其の時、私の口を突いて出たのは、「何を云うか 貴方達がお願いをするから 聞いてやっているのに」と、言う言葉であった。
其れは、近江神宮の御祭神である「天智天皇」の御霊が、私の体を借りて儀式に参加し、鯛の「気」を食べ、言葉を発した事に成る。
 杉岡氏は、直会の会場で、横井宮司の右前に私の席を取り、宮司に私を紹介して下さった。横井宮司は、「ああ そうですか。屋久島もモリブデンが多いから 神様に近い人が育つのでしょう」と応え、さらには「近江神宮の裏山にも 神に近いエネルギーが有る」と、謂っていた。
 私は、その場では変わった事を云う人だと思って聞いていたが、後になって、其の横井宮司と、九州阿蘇の「日の宮幣立神宮」の「春木宮司」は、神社庁の宮司の集まりでも、風変わりな人物として、一目置かれている人だと言う事を聞いた。・・・
天皇霊其の一「天智天皇」http://star.ap.teacup.com/20060505/67.html

其れに、今朝起きた・起こされた時刻「7時4分」の数字から、昨年の7月4日の文章を見てみると、次の様に書いて有る。

2018/7/4昨夜は、一眠りすると意識が目覚めたので、何時だろうと意い、照明を点けて時計を見ると、時刻は「1時55分・2時5分前」であった。
其れで再び眠ると、今度は左足甲の薬指の付け根の部分にカモ(神の電気信号)が起きたので、照明を点けて時計を見ると時刻は「2時5分」であった。
 其れから、再び眠ると、今度は「123456789」の数字が、字の大きさや順番・組み合わせが変化しながら、何度も繰り返し、舞台で乱舞する様に映し出されて来て、其れは「時間(とき)、事象」に関係している理・ことが示されて来た。
そして「絶対・ぜったい」との言葉が一言告げられて来た。
 次の映像は、一千ヘクタールも有る広大な土地を所有している60歳位の紳士が登場して、敷地内に存在する墓地の設備や墓石を撤去して、鉱山にする準備をしている様子が映し出されて来た。
そして、其の墓地の撤去は、親戚の叔父さん達の了解を得ての事であることが示されて来た。
 其れから、其の男性が私に茶色の粉末が入っている透明な袋を渡して、是は人体に対して、とても重要な「貴重鉱物・ミネラル」であるので、是から本格的な生産を始めるとの事であった。
そして、其の男性の所有物である、近くに有る喫茶店に案内されると、其の喫茶店では其の粉末が、台所の機械に付いているタンクに入れられており、様々な飲食物に使用されている事が示されて来た。
 今朝は、6時13分に起きてPCを立ち上げて2月5日の文章を見ると、貼り付けも無く短い文章である。・・
 此の文章の内容からすると、私は、自分自身で思考を始めなければ成らない時節が来ているのが理解できる。其れに、此の七五三の文字の事を考えると、今朝の映像に映し出されて来た数字の世界も関係が有り、言葉よりも、数字の方が「絶対的」な力を持っている理・ことが示されて来ている。
 昨日は、メッセージの文章を書き終えて、写真の整理を始めると、睡魔が襲って来たので床に就いた。すると、釈迦牟尼世尊の意識が介入して来て、私に新しい次元で、説法をしなければ成らない事が繰り返し映し出されて来ると謂うか、感覚が襲って来て、2時間程起きられない状態が続いた。
 其れは、「獅子吼・師子吼・ししく」の事と関係が有り、私が相手の御魂・御霊に対して話をしなければ、不特定多数の人間に対して、パソコンで打っている文章・言葉では、新次元に通じる御魂・意識が開かないと謂う理・ことが示されて来ており、説法の力・効果が何であるかを考えなければ成らないとの事なのであろう。
其れは、文章を視覚で追い掛けるだけでは、不立文字(ふりゅうもんじ)の世界で終わり、真理が波動的(バイブレーション)に肉体に直接響かないと謂う理・ことなのであろう。
 其れ等の事を考えると、私の人生は、学校で勉強する事や、書物を読み漁る事ではなく、年配の人達に直接接触する事で築いて来ている事に成るし、現在付き合いの有る人々も、私をインターネットを通じて知り合ったのではなく、直接出会った人々である事も、其の事の証明である事に成るであろう。
 其れを考えると、何故昨日午後、睡魔が襲って来たかの原因・要因も理解されて来る。其れは、私が33年前の1985年7月2日に宿泊した木津館の御主人「井上昌一氏」に、3日の朝「龍献寺」に案内され、住職の「安井桂造禅師」に紹介された事で、私に新しい人脈が繋がった事と関係が有り、其の出来事の基礎に釈迦ブッダの意識・霊魂が存在する謂う事に成るからである。・・
 其の33年前の7月3日と、昨日7月3日の日付が直接関連している事を考えると、確かに日付・年月日が「絶対的」な力(ちから)を有している事に成り、人間の相対的な「思考・理屈」は、絶対的世界(四次元)に対して邪魔には成っても、役には立たないと謂う理・ことである。
 今朝告げられて来た「絶対」との言葉は、数字の世界が「宇宙・森羅万象」の世界で、絶対的なモノである理・ことが示されて来ているのであろう。
其れは、私を捜し出して此の世界に送り込んだ「土肥無庵」が、私に「自適さんに教えたい事は色々有るが、最も重要な言葉を三つだけ覚え(判断基準)てくれ」と謂って『絶対と相対』『陰と陽』『マクロとミクロ』との言葉を教えてくれた事の一つである。・・
 其の様に考えると、中央に位置する「鳳・鳥神」は、生命樹の幹と頂であり、男性の御魂の存在は、其の生命樹の四方に広がる枝の働き・役割になると言う事ではないだろうか。
其の考えが当たっていれば、「鳳・鳥神・母神」は「翁・長老」が研鑽した智慧を自分の物として収穫し、躰に内蔵・蓄積しているのかも知れない。
 其の様に考えると、私に「いのちの名を探せ」と告げて来た女神の言葉の意味も理解できるし、男性の本来の役割・本質が、何処に有るのかも理解されて来ると謂うものである。
「絶・対」の漢字を調べると、漢語林に次の様に載っている。
*「絶・ゼツ・たえる・たやす・たつ」【解字】会意。「糸+刀+卩、」卩、は、人がひざを折る形にかたどる。刃物で糸を切り、人がひざを折るさまから、中断する・たつの意味を表す。常用漢字は、刀+卩、の部分を色に変化させた。甲骨文は、糸糸に横に三線を入れて、糸を切る形にかたどる。
【字儀】①たつ。㋐断ち切る。中断する。「中絶」㋑さえぎる。とめる。とどめる。「絶食」㋒こばむ。ことわる。「謝絶」「拒絶」㋓たやす。なくす。滅ぼす。「根絶」㋔殺す。②たえる。㋐切れる。たち切れる。㋑とぎれる。「断絶」㋒ほろびる。㋓死ぬ。③かけはなれる。㋐へだてる。はなれている「隔絶」㋑とおい。中央から遠い。「絶海」㋒すぐれている。まさる。「卓絶」㋓きわまる。「絶頂」④わたる。㋐横ぎる。まっすぐに渡る。㋑よぎる。通過する。⑤けわしい。(険)。きりたっている。「絶壁」⑥たえて。㋐全く。決して。「絶無」㋑はなはだ。きわめて。「絶好」⑦絶句の略。「五絶」
*「対・タイ・ツイ」【解字】会意。篆文は、「?+口+又」?は、上がのこぎりの歯ような形の、のみの象形。又は、手の象形。のみを手にして、天子の命令である言葉にこたえる、目上の人の問いに答えるの意味を表す。常用漢字の対は、省略体による。 
【字儀】①こたえる。また、こたえ。㋐返答する。多く、目上の人に対して答えるのに用いる。「応対」㋑報いる。向かう。むく。向き合う。「対面」③あたる。相手になる。また、つりあう。ひとしい。④あいて。つれあい。また、敵対する者。⑤ツイ。そろい。二つで一組のもの。「対句」⑥上奏文の一体。天下の下問に対して意見を申し述べるもの。「対策」国語 たい。対等であること。「同等」   漢語林より
此の「絶・対」の漢字の意味からすると、私は34年前に人間社会を「絶」して、34年間に亘り「女神・母神・鳳」に「対」して来たと謂う事に成りそうである。
「絶対」https://green.ap.teacup.com/20060818/4670.html

今朝の「操觚」や「絶対」の二文字単語の事を考えると、今朝のメッセージは昨日のメッセージと関連が有り、何事を始めるのにも「熟語」に付いて明確な理解・判断が必要不可欠であると言う理・ことなのではないだろうか。

じゅく‐ご【熟語】   精選版 日本国語大辞典の解説
〘名〙 二つ以上の単語または単語の要素が結合し、単語としての慣用が固定しているもの。単語の結合したものは合成語または複合語ともいう。また、特定の意味に慣用される語句もいう。成句。
※足利本人天眼目抄(1471‐73)中「塩梅━私云梅の字はすの閉処也塩梅は熟語也」
※文明論之概略(1875)〈福沢諭吉〉三「智徳の二字を熟語に用ひ」

【和製漢語・わせいかんご】は、日本で日本人によりつくられた漢語。
古典中国語・近代北方中国語の語彙・語法・文法を基盤として参照しつつ、ときに日本語の語彙・語法・文法の影響(和臭)を交えて造語された。古くから例があるが、特に幕末以降、西欧由来の新概念などを表すために翻訳借用として盛んに造られるようになった。日本製漢語ともいう。
「和製漢語」の意味する範囲は論者によって様々であり、統一見解はない[1]。 「共和」[2]のように、古典中国語に用例があっても、新たに日本人が近代的概念・意味を加えて使用するようになった場合も和製漢語に含めることがある[3]。たとえ純漢語であっても日本で何らかの意味変化をしているため、意味の拡張だけで和製漢語に認定することには慎重な立場もある[1]。
幕末以前
日本語では古来、中国から大量の漢語、すなわち中国語の単語を借用してきた。漢語の造語法に習熟するにしたがい、独自の和製漢語を造るようになった。その造語法をみると、まず漢字で表記した大和言葉を音読したものがある。例えば、「火のこと」を「火事」、「おほね」を「大根」、「腹を立てる」を「立腹」とする類である。また、中国語にない日本特有の概念や制度、物を表すために漢語の造語法を用いたものがある。「介錯」「芸者」などがその例である。
幕末以後
19世紀後半には、西洋の文物・概念を漢語によって翻訳した和製漢語が多く作られた。これらを「新漢語」と呼ぶことがある。ただし、新漢語の割合は漢語全体から見れば必ずしも多いわけではない。第二次世界大戦後の調査によれば、新聞・雑誌の二字漢語の上位1000語のうち、902語は幕末までに存在したものである[4]。
新漢語は2種に分けられる。1つは、「科学」、「哲学」、「郵便」、「野球」など、新しく漢字を組み合わせて作った、文字通り新しい語である。もう1つは、「自由」、「観念」、「福祉」、「革命」など、古くからある漢語に新しい意味を与えて転用・再生した語である。後者を狭義の和製漢語には含まないこともある。近代以降は、「 - 性」、「 - 制」、「 - 的」、「 - 法」、「 - 力」や「超 - 」などの接辞による造語も盛んになり、今日でもなお新しい語を生産している。
和製漢語は特に近代以降、中国に逆輸出されたものも少なくない。中国が近代化を遂げる過程で、特に日清・日露戦争前後に、中国人留学生によって日本語の書物が多く翻訳されたことが大きいともされる。中国語になった和製漢語の例として、「意識」、「右翼」、「運動」、「階級」、「共産主義」、「共和」、「左翼」、「失恋」、「進化」、「接吻」、「唯物論」など種々の語がある。中国でも自ら西洋語の翻訳を試み、華製新漢語(中国語版)なるものを作り出していた。しばしば和製漢語と競合するようになることもあった[5]。
「中華人民共和国」の「人民」「共和国」も和製漢語であり、国名だけでなく中国の体制に必要不可欠な概念までも和製漢語には含まれている[6]。また、同じく漢字文化圏である台湾、大韓民国、ベトナムでもこうした和製漢語を自国語漢字音で取り入れている。これには日本では和製漢語とは見なされない漢字書きの訓読み和語(割引など)も含まれている。
      ウィキペディアフリー百科辞典 2019/3/21現在

此の様に文章を綴って行くと、今朝のメッセージにはやはり「書の達人」であり、真言宗を興し「真言・マントラ」の世界に取り組んだ「弘法大師空海」の御魂が背景に在りそうである。
2013/8/22「我が弟子未だ我を超えず」http://green.ap.teacup.com/20060818/2786.html
2017/11/20「あすなろの樹」https://wave.ap.teacup.com/20060106/793.html

だが今朝のメッセージの映像では、新しい人間社会のシステム・仕組みは、全く機能していなかったので、全くの空・ゼロから、新システム(社会構造)を組み上げなければ成らないと言う事であり、其の事に「ジャーナリスト」「操觚者」的人間が必要であるとの事なのかもしれない。

                      平成31年3月21日

                            礒邉自適

天地鳴動

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   天地鳴動
                         31・3・20

明日3月21日は「弘法大師空海」の命日である。
其の事と関係が有り、今朝のメッセージは「空海」と「禊ぎ祓い」がテーマである。

今朝のメッセージの映像は、先ず、人々が動き廻っている映像が映し出されて来て、「てんちめいどう・天地鳴動」との言葉が一言告げられて来た。

其処で意識が目覚めたので、照明を点けて時計を見ると時刻は「3時21分」であったので、私は弘法大師空海の命日の事を思った。

其れから再び眠ると、今度は30~40歳代の人々が集まる集会場の様な、日本建築の施設が映し出されて来て、私が座敷から外に出ると、誰かが、私の履物が間違っている事を指摘するので、上がり口を見ると、私の履いているサンダルの様な履物とそっくりの物が一足有って、私が自分の履物と間違って、他人の履物を履いている事が判った。

そして、何故間違ったのかを確かめると、形が同じ物であり、足底の部分の色が、私と同じ茜色をしている為である事が判った。

次の映像は、白い画面に書式の様な物が映し出されて来て、左側に、二文字が書ける縦線が引かれており、其の枠内には、青色文字で「真実・確認・精神・健康・改革・」等の様な二文字単語・漢字が縦に、下方が見えない程も記されており、右側の方は真っ白の儘であった。

其れは、左側に記されている二文字漢字・単語を、正しく解釈しなければ成らないモノである事が理解されて来た。

私は其の事で、「弘法大師空海」や「マントラ・真言」「大日如来・マハーヴァイローチャナ」の事を考え始め、起きた・起された時刻は「6時46分・7時14分前」であったので、私は其の7時14分の数字は7月14日の「夏禊ぎ日」と関係していると意った。

今朝は、PCを立ち上げて先ず「鳴動」を調べると次の様に載っている。

めい‐どう【鳴動】デジタル大辞泉の解説
[名](スル)大きな音をたてて揺れ動くこと。また特に、地震のときに起こる土地の震動と音響。「大山(たいざん)鳴動して鼠(ねずみ)一匹」

此の鳴動の意味からすると、「天地鳴動」とは、「天と地が同時に大きく揺れ動く事」が、告げられて来た事に成る。

其れを考えると、本日が「弘法大師空海」の1184年目「宵宮祭」である事や、弘法大師空海が興した真言宗と関係が有り、其の祭神が「大日如来・マハーヴァイローチャナ(宇宙の真実の本体の意味)」である事と、関係が有るのだろう。

今朝のメッセージの映像には、人々が動き出して、集会場に集まる場面が映し出されて来て、其の人達の中に、私と同じ暁色をしたサンダルを履いている人物・男性が居る事が示されて来た。
其れは、暁色が新しい御世の夜明けを意味しており、人々が集まる事の目的を示しているのであろう。

其の意味を考えると、72歳と成った私は、其の人物を捜し出して、自分の後継者としなければ成らないのかも知れない。

其れは、弘法大師空海が中国の師匠「恵果」に密教の秘法を全部伝えられた後、「大日如来は 汝の腹中に在り、直ぐ日本に帰れ。今度は 私が汝の弟子と成って、日本に産れる」と謂われた事と関係が有り、此の私も其のプログラムを誰かに継ぐ必要があるとの事なのではないだろうか。

2002/9/4今日は、「慈悲は 神の心に近づく階段」との題名で文章を書いて、転寝・うたたねをして居ると、「あじのさと」との言葉が聴こえて目が覚めた。
「あじのさと」とは「味のさと」ではなく、仏教の言葉の「阿字観」の「阿字の里」である。
「阿字」を、辞典で調べると、「仏教の用語で、梵語の12の母音の第1。事物の始まり。根本を象徴する文字。特に密教では空を象徴するものと考え、阿字の形、音、意味を観ずる阿字観により、真理を体得できるとする」と 載っている。    辞典 言泉
 日本の神社に行くと、鳥居の所に「あ・阿」と「うん・吽」の高麗獅子の像が置かれている。この「あ」の像も、同じ意味を持っている。
右側の方の、口が開いている方が「あ・阿」の像であり、始まりの意味を表し、左側の口が閉じている方が「うん・吽」の像で、終了の意味を表している。
参道を歩くのも、階段を上がるのも、「あ」の右側から中に入って、左の「うん」の像の方から出て来るのが、作法として決められている。
「あ」は、森羅万象の始まりとされている。
その「阿字」が、私に今日出て来たのは、何故であろうか。
今までに、此の様な事は無かった。
 今日は、文章を書いている時、屋久島に先月来た事の有る人から電話があり、「今朝 自適さんが夢に現れて 空中に光って浮いていた」と云う。
私の姿を使って、また神が何かを行っている様である。
私の姿は、時、所を構わず、世界中に、夢を通じて現れている様である。
 18年前に、4311体の霊界人が、私に体を貸せと言って来た。其の霊界人達は、私の現象界の身心だけではなく、私の姿を、夢の世界にまで使っている様である。
 森羅万象全ての源が「あ」であって、屋久島が「阿字の郷」であれば、私の姿は屋久島の化身として、使用されている事になるのではあるまいか。
私には、人の夢に出て行こうなどとの気持ちは、一切無いのであるから、夢に現れる私は、実際の私ではなく、霊界・神界で役者にされている、神の世界での礒邉自適の姿である。
 顔や、姿は礒邉自適なのだが、出て行く人によって、私の役割は異なっている様である。夢の世界では、私は千両役者を遣っている様なのである。
 インドのお釈迦さんは、生前に32相81種類の顔をしていたという。釈迦仏陀は、説法をする時、相手に合わせて、生命現象を変化させていたのだろう。
私も、表情は変化しているみたいなのだが、釈迦の様に、自由自在では無いようだ。しかし、他人の夢に出て行く時は、お釈迦さん以上なのかも知れない。
 若しかしたら、私の姿を利用して、釈迦自体が動いているのかも知れないのである。釈迦自身が、自分の姿で出て行っても、釈迦を見た事のある人は、この世には存在しないので、誰も、釈迦だとは気付かないだろう。
それよりも、現在の世に生きている礒邉自適の姿を使用して、自適に自分の言いたい事を言わせたり、書かせたりすれば、その方が効果的である。それも、屋久島を「阿字の地」として使用すれば、理想的である。
 何故なら、屋久島とは「鹿の島」の事であり、釈迦が悟りを開いて、初めて説法をしたのは、「鹿野苑・ろくやおん」である。「鹿野苑」とは、「中インド波羅奈国にあった林園。今のベナレス市の北郊のサールナートに当たる。」と 載っている。   辞典言泉
漢字では、「鹿」は「ロク」となっているが、古代では「ヤク」であったらしい。   
現在、屋久島は、到る所に鹿が出て来て、農家は、野菜も栽培できない状態にある。いっその事、島中を楽園にしてしまい、現代の鹿野苑にしたらと想うぐらいである。そうなれば「阿字の郷」としても、似つかわしいではないか。
 私の姿が、其処に、似つかわしいかどうかは分からないが、この広い地球に其れらしき所が有っても、良いのではないだろうか。屋久島は、世界自然遺産に選ばれた島である。此れこそ、人間の幸福の手本と言われる様な、環境の島に成る事は夢ではない。
 皆が知っている弘法大師空海は、「阿字の子は、阿字の地に帰る」と詠っている。空海が、中国の師匠「恵果」に、密教の秘法を全部伝えられた後、恵果は空海に告げたという。
「大日如来は 汝の腹中に在り、直ぐ日本に帰れ。今度は 私が汝の弟子と成って、日本に産れる」と、それを聞いた空海は、約束の年数に至っていないのに、日本に直ちに帰国したのである。そして、朝廷の許しが出る迄、福岡の地で待ったと云う。
 空海は、次の大日如来の現れる地を求めて、全国を巡った末、現在の高野山を定めたとの事である。私が、旅の最中に、高野山の奥の院に入ろうとすると、山門の所で「今は 汚れているから入るな」と告げられ、そのまま下山し、未だに高野山には上がっていない。
空海は、生前に、恵果より受けた密教の秘法を、授ける者が現れなかったので、生きながら、魂しいを肉体から引き剥がして、霊界にて1167年間、自分の後継者の育成に力を注いでいるのだ。
 私は、四国の地が、新しい「阿の地」かと想って、二年間暮らしたが、どうも四国ではなく、屋久島なのかも知れないと思い始めている。
仏教では、世界の中心に「須弥山・しゅみせん」なる高山が大海中に在り、四方に四大洲があり、衆生は其処に住むと言い伝えられている。
 私は、神に「人類最後のチャンスを、お前に授ける。チャンスは一度で、失敗は許されない。」と告げられて、ここまで遣って来た。
私の頭は地球であり、地球の物事は皆、私の頭を通じていると、諭されたのである。そして、其れは屋久島が、私の頭と、地球の中間に位置していて、私の頭→ 屋久島→ 地球となる。
 其の様な事は、荒唐無稽な事であることは、私が一番良く知っている。
しかし、私が、自分自身で体験した事であるのも、また事実である。
私自身が信じられない事が、現に起こっているのである。
 その力が、何なのか、私には、正確に話す事は、未だ自信が無いが、其の内に万人に理解される様になるだろう。何故なら「阿字の郷」とは、私が自分で言うのではなく、「大日如来(ビルシャナ)」自身が告げて来る事だからである。
「阿字の郷」https://wave.ap.teacup.com/20060106/102.html

2006/3/21・・私が、最初の旅で高野山に登ると、高野山寺の入り口で「穢れているので入るな」と告げられ、其の後、私は高野山には登ってはいない。そして、旅の途中京都の嵐山に有る「法輪寺」に立ち寄ると、其処で弘法大師空海が「我が弟子 未だ我を超えず」と伝えて来た事が有る。其れで、弘法大師空海は恵果和尚から受け継いだ密教を、弟子に引き継ぐ事が出来ないので、脳が老化して御魂が痩せる前に断食して、肉体から意識を切り離して、弟子が現れるまで待っていた事が理解出来た。・・・
「ト部」http://star.ap.teacup.com/170606/819.html

2007/12/11・・其の弘法大師空海は、京都の嵐山に有る法輪寺で出て来て、「未だ 我が弟子 我を超えず。」と云って来た。
其れは、弘法大師空海が中国の恵果和尚から引き継いだ密儀が、未だ誰にも正しく伝わっていない事を意味している。
私が、出雲の安部忠宏氏の所で初めてセミナーを始めたのは1997年3月21日である。其の日は、弘法大師空海の1212回目の命日であり、其れからも毎月の21日の月命日は空海が重点的に私の身体を使っている様である。
 しかし其の弘法大師空海も、此処から先の未知の世界には、踏み込めないとの事であろうか。若しそうであれば、此処から前は、未だ世界が出来ていないとの事なのかも知れない。若し有るのなら、彼等が先に調査をして、道案内をすれば良い事だからである。
そう考えると、もう此処から先は、道祖神の猿田彦も道案内が出来ない事に成る。其の様に考えると、身体を貸してさえいれば良いと、気楽に考えて居て私の考えは、今後通用しない事に成る。
(此処で 左手親指の指紋の所にカモ(神の電気信号)が起きて来た)・・・
「 和歌(こたうるうた)」http://green.ap.teacup.com/20060818/571.html

2018/4/22・・此の文章は、今朝のメッセージの映像で、私の満面の笑顔の写真が「卒業証明」である事が示されて来た事と関係が有る。
 そして、全く同じ竹棒が二本映し出されて来て、其れが、私ともう一人の人物の成長過程を意味していたのは、本日4月22日(835年4月22日)が弘法大師空海の太陽暦での1183年目の命日である事と関係が有り、「わが弟子 未だわれを超えず」と告げて来た弘法大師空海が、私と「同行二人」の修行旅を34年間続けて来た事が示されて来ており、其の時節因縁の様子が、節の有る竹として映し出されて来たのではないだろうか。
 其の様に考えると、今朝の映像で、私が山から引いて来た水を池に溜めて、鯉などの魚を飼っていた場面が、満濃池を造った弘法大師空海の行為を、示唆している事に成りそうである。
其の弘法大師空海は、私の行動を34年間見守って来た存在であるので、私が此の世界を卒業すると謂う事は、弘法大師空海の意識(おもい)が叶ったと謂うか、晴れた事が、示されて来ているのではないだろうか。・・・
「卒業証明」https://green.ap.teacup.com/20060818/4596.html
2002/12/5「時節因縁・一大事因縁」http://wave.ap.teacup.com/20060106/96.html

今朝のメッセージの映像に、青色の漢字二文字の単語が、左枠(左サイド)の中に、下方が見えない程も澤山記されていて、画面全体に全く文字等が一切記されていない場面が映し出されて来たのは、単語・文字の意味を正確に把握する必要が有る理・ことが示されて来たのであろう。

そして、文字が青色であった事は、中国の四神の考え方で、智慧と水を司る神が「青龍(せいりゅう)」である事と関係が有り、正しい言葉(意識)は、清い水の波動から齎されるモノ・世界であるので、清水に拠る禊ぎ祓いの儀式が欠かせないと謂う理・ことなのであろう。

其れは、インド(ヒンズー教)の考え方で「弁財天・サラスヴァティー」が、水(河川・湖池)の世界を司る神(はたらき)であるとされている事とも関連している。

キー「言葉・禊ぎ祓い」

2001/3/10「斎り慎み・ゆまわりつつしみ」とは、古代の禊ぎの事である。
湯を浴び、自分の「己(蛇の知識)」を、包み込むと言う意味を伝えているのである。
春の禊ぎは、3月の最初の巳の日、夏の禊ぎは7月14日で、お盆の中の日である。お盆は、日本の夏の禊ぎの日が、仏教の行事に、取って代わられた日であるようだ。だから、故郷に帰り、先祖の霊魂を大事にするのである。
天皇家の、大嘗祭・新嘗祭の儀式も、是を伝えているものだ。
 奈良の「ナラ」と言う音霊や、太秦の「ウズマサ」という音霊は朝鮮語である。日本の天皇家は、中国から、朝鮮を通過して日本へ渡って来た、儀式を司る一族のようだ。天皇家の、様々な儀式のルーツは、ユダヤの風習に有る。
 旧約聖書に有るように、蛇の知識を食べた者は、神の国から追放される。
したがって、絶えず、自分の所有と、自我心を禊ぎ祓って居なければならない。
ユダヤ人のイエスキリストが、ヨハネに受けた洗礼の儀式(パプテスマ)も、この水の拠る禊ぎ祓いの作法である。
 日本の花嫁が、「角隠し」と呼ばれる白い布を頭に被るのも、自分のエゴ(角)を出さない慎みを意味しており、無垢な気持ちを「白無垢・しろむく」に託して、先方の家に嫁ぐのである。
「犠牲」とは、真っ白な自分を、神に捧げる理・ことを意味しているのである。
 今日は、これ等の理を知らされ、自分で湯を浴び、英語の「ユー(you)」、「ミー(me)」が理解できた。「ユー」とは、相手を斎る事であり、「ミー」とは自分の自我意識の事なのである。
「斎り慎み」https://wave.ap.teacup.com/20060106/207.html

2002/3/25今月18日(日曜日)と、昨日24日(日曜日)の夜9時からの、テレビ番組「知ってるつもり」を観て、不思議に思った事が有る。
18日は「人間、釈迦」の題で、一時間半に渡る特別番組であり、昨夜は12年間続いた「知ってるつもり」の最終記念番組で、「イエスキリストの生涯」で、これも一時間半の番組だった。
 私が、其の二本の番組で感じた事は、釈迦の放送の時に、釈迦が「沐浴・もくよく」をしてから、スジャータのミルクを受け取って飲んだ事になっているのに、「沐浴」の場面が無く、「? 一番大事な沐浴が抜けた」と思っていたら、昨夜のイエスの場面も、「パプテスマ(水を頭から掛けて貰う儀式)」をヨハネに受ける瞬間の様子が、省かれていた。
「釈迦牟尼仏」も「イエスキリスト」も、沐浴の行を済ませた事で、悟りの段階に進む事が出来たのである。
日本でも「禊ぎ祓い」と言って、霊的な世界に入る為には、沐浴は欠かせないモノ・儀式とされている。
 其の事が語られないのなら、真実が伝わらない事になってしまう。
旧約聖書でも「神は始めに 水を天と地に別けた」と有る様に、水の霊気は、神の世界には欠かせない物なのである。
インドでは、今でもガンジス川で多くの人達が沐浴を行っている。
日本でも、神道ばかりではなく、仏教でも、悟りたい人は、瀧に打たれたり、水を頭から被ったりして修行をしている。
 日本の国体である、神道の原点には「伊邪那岐命・いざなぎのみこと」の小戸のあわぎ原での、水の禊ぎ祓いが有る。沐浴をしたからと言って、誰でも悟れる訳ではないが、釈迦やイエスが沐浴を済ませた直後に、悟りの瞬間が訪れた事は間違いない。其の事が、番組の中で放送されなかった事は問題であり、是から悟りを目指す者にとっては、最も大事な情報が、一つ欠けたと言わなければならないだろう。私も、聖霊に満たされ、荒野に導かれる事になったのは、無庵師匠に見守られて、沐浴の儀式を済ませた直後からであった。
私の体験から言っても、その事は間違いのない事実である。
「水の秘密」https://moon.ap.teacup.com/20061108/174.html

2011/2/28・・考えて見れば、日本の禊ぎ祓いの伝統儀式こそが、仏教の原点であり、釈迦の様に説法をする事は、他人の意識を汚す事に成るので、止めろとの事なのかも知れない。
 何故なら、釈迦は、他人の説法を聞いて悟った譯・わけではなく、池で水浴びをして、木に寄り掛かった時に悟っている。
其れに、イエスキリストが聖霊に満たされたのも、ヨルダン川で水浴びをした時であり、「伊邪那岐命・いざなぎのみこと」も水浴びをした時に、神々を生み出しているのである。
 其れを考えると、日本の神道だけではなく、仏教も、キリスト教も、祓い戸の神の力で、神の世界に入れると言う事に成るのだ。
だから、私も、釈迦やイエスやイザナギと同じ世界に、存在すると言う事に成るだろう。・・・
「禊ぎ祓いの神・はたらき」https://green.ap.teacup.com/20060818/1850.html
2002/10/30「紫雲 勲賞」https://wave.ap.teacup.com/20060106/100.html

何れにしても、一昨日から新しい天界のプログラムが始まっている事は間違い無いようであるし、明日が弘法大師空海の1184回忌である事と関係が有り、「大日如来・マハーヴァイローチャナ」の神(はたらき)が本格的に動き出すと言う事なのであろう。

其れを考えると、今朝告げられて来た「天地鳴動」との言葉も、何を意味しているのかが理解されて来る。

                      平成31年3月20日

                            礒邉自適

白い服を着ていても

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     白い服を着て居ても
                         31・3・19

今朝のメッセージは、本日3月19日が私が「土肥無庵」に捜し出されてから37年目の初めの日である事や、昨日錠前が外される音がして、私の頭・意識が真っ白・空白に成った事と関係が有り、新しい世界が映し出されて来た。

今朝のメッセージの映像は、先ず、白い服装をした神社の神職の様な男性三人が登場したが、其の男性達は精神が真っ白・純粋ではない理・ことが示されて来た。

次に、新しい漢字を含む横書きの日本語文章が、画面一杯に書かれている映像が次々に打ち出されて来た。
そして、其の中に有る漢字で記憶に残っているのは「此+目」の組み合わせの「眥」の一文字である。

其の文章は、小説の様に筋が通った物語の様な物ではなく、新しく創られる漢字混じりで、物事の意味が説かれている短編の文章である事が理解されて来た。

今朝は、起された・起きた時刻は「6時35分・7時25分前」であったので、PCを立ち上げ、先ず、昨年の7月25日の文章を見てみると、次の様に書いて有る。

2018/7/25今朝のメッセージは、本日7月25日がマヤの暦で「時間を外した日」とされている事が、どう言う事であるかが示されて来た。
其れは、「解き放たれた時間の日」との意味であると謂う事である。
 其れは、映画「スターウォーズ」の監督である「ジョージ・ルーカス」が「フォースと共に在らん事を」と表現しているのは、キリスト教でいう「主と共に在らん事を」で、日本の「惟神・かんながら」の意味と同じであり、神(はたき)は「時間・とき」であり、「時空・事象」の中での自分の自覚の世界であり、其のフォースの世界に目覚める事が「解脱・覚醒・三昧」の世界である。
 今朝のメッセージの映像で、私に「紀(とき)の祭りを行え」と告げられて来た言葉の意味が理解できるし、マヤ・アステカの神である「ククルカン・ケツァルコアトル」が「約束は守られる」と告げて来た事や、時間の操縦士の存在と、生きた人間の心臓を捧げる儀式が、どう言う意味を持つ世界であるかも理解されて来る。
 今朝のメッセージの映像は、先ず、50歳位の男性の存在が映し出されて来て、私が屋久島で自然破壊(山草採り・魚釣り・別荘地造成など)をして居た事(罪)が、全て許されると謂うか、私の34年間の奉仕で帳消しに成る場面が、映し出されて来た。
 そして、其の男性の背後には、「伊邪那岐命・いざなぎのみこと」と「伊耶那美命・いざなみのみこと」との神(はたらき)を意味する、黒い人影が二体存在している事が示されて来た。
 其処で意識が目覚めたので、照明を点けて時計を見ると時刻は、4時14分から15分に成る所であった。
 其れから再び眠ると、今度は会議が開かれている様子が映し出されて来て、私も其の会場に居て、開催者側の人間に「証拠を上げて理論を述べる人間でなければ 話をさせても時間の無駄である」との事を謂って居た。
すると、其れを聞いて居た、男性の弟子を一人伴った60歳代の男性が、私の所に遣って来て「いまは 変な事 楽しい事が許されていない」との事を謂った。
其処で意識が目覚めたので、照明を点けて時計を見ると時刻は「5時45分・6時15分前」であった。
 其れから再び眠ると、今度は二枚重ねの竹製の笊(ざる)が映し出されて来て、其の笊の中に飲料に使用する角氷が山盛り投入された。
すると、其の氷は、直ぐに溶けて水に成って滴り落ち、其の笊の中には何も残らなかった。
そして、其の溶け消えて行く氷の存在は、男性の意識(考え)を意味している理・ことが示されて来た。
 次に、地面に大きな根深葱が一本だけ植っている場面が、映し出されて来た。私は、其の根深葱の存在は、昨日のメッセージの映像で、由香に贈られて来た「鴨肉」と関係が有るのだと思った。
其処で意識が目覚めたので、起きて時計を見ると時刻は「6時8分」であった。
 今朝は先ず、起された時刻から「4月14日・15日」「6月8日」「6月15日」の日付の文章を見ると、次の様に記して有る。・・
 此の文章のを貼り付けてから、行間を詰め始めると、此の文章は今年の物ではなく、4年前の文章である。
何故か、2018年の文章を調べる事にしたのが、何時の間にか2014年の日付の文章に切り替わってしまっている。
此の文章の内容が、今朝のメッセージに符合している事を考えると、私の脳細胞・神経を神が操作しての出来事の様なので、此の儘作業を続ける事にする。
 今朝は、起きて由香に何かビジョンを見たかを尋ねると、運動能力で大学に合格したという男性が、自分の息子達や其の子育てをしている妻を「神の試験」に自信満々で差し出すのだが、全員が不合格になり、其の一家全員が「神の試験」に落ち、引っ越して行くという場面であったとの事である。
其の不合格の説明として、「自分や身内を実力よりも過大評価する」「通常、1回聞けば判ることを、10回目にしてやっと理解する」と知らされたとの事である。
 私は、其の由香のビジョンから、今朝の映像に映し出されて来た二重の竹笊に入れられて角氷が、直ぐに溶けて無く成った場面の意味が理解されて来た。
其れは、男性は自分自身が、何らかの文化の創造に貢献しなければ、何も残らないし、女性も子供を産んで、創造に貢献するような男性に育て上げなければ、不十分であると謂う理・ことであろう。
 だが、人間が造った物は必ず何時かは消えて行く物であるし、残る物は岩石で造ったピラミッドの形や、其の奥室に記されている「絵文字」や、書き換え続けられて行く「老子」の5000字の「道徳経」の様な文字の世界である。
 其れは、イエスキリストや釈迦牟尼世尊の言葉は、本人が傳えたかった理とは、反対の世界に変えられて、悪事を生み出しているし、言葉の力に因る嘘偽に拠って、人間社会は天神の意思とは、真逆の方向に進んでいる。
其れは、イエスキリストや釈迦牟尼世尊が、自分で文字を書き残す事が出来なかったからである。
 其れを考えると、岡本天明に降ろされた「ひふみ・霊文神示・日月神示・天津日嗣神事」に「老子(道院殿老祖様)だけを中に祀り 他の神は外に祀れ」と有る事の理由が理解されて来る。
 何故かと謂うと、本人が書いた文章が其の儘保存され続けて行けば、誰でもが本人の傳えたかった理・ことに、直接触れる事が出来るので、真意が傳って行くからである。
其の点に措いては、イエスや釈迦だけではなく、儒教も孔子が自分で書いた物ではなく、「師曰く」とある様に弟子(書き手)が聞いて自分成りに解釈した物であるので、仏教の「舎利弗(しゃりほつ)よ・・云々」と同じく、師が相手のレベルに合わせた「方便・例え話し」であって、本人自身が自分の考えを、其の儘を記した物ではないのである。
 其れ等の事を考えると、昨日のメッセージに示されて来た竹笊は、年月が経過しても溶け消えない確かな物でなければ、収納する必要が無いと言う理・ことが示されて来ている事に成る。
 改めて、私に告げられて来た「事象の特異点」「新しい神の座標軸」「紀(とき)の祭りを行え」「約束は守られる」「風 麥東 陶・ふうれんとう」「讜逓聖・とうていせい」等の言葉は、「時間・時空・事象・万物の流転」の事と関係が有り、私に「天津日嗣・あまつひつぎ」の真実を、深く洞察する必要が有るとの事なのであろう。
『そうではなく 何も推察する必要は無く 
自分の意いを空にして トキの中に静かに在ると いう事なのです。
其れが 統尊の極意であり「みいつ」の働きなのです。』
 是は 意識のからくりであり、言葉が無ければなければ、事象・現象を認識できないし、意いを残す事も出来ない。
 考えて見れば、私は仏教経典や聖書、其れに老子の道徳経や、桜澤如一の本を読んだ譯でもないのに、此の世界に飛び込んで、現在の意識状態に達している。
其れを考えると、竹笊から漏れない物とは何であろうか。
そして、竹笊の存在自体が、何を意味しているのであろうか。
 今朝のメッセージの映像には、地面に大きな根深葱が一本だけ植えられている場面が映し出されて来た。
其れは、昨日由香に鴨肉が一羽分贈られて来た事と関係が有り、私は、其の神から由香に贈られて来た鴨肉に合う、根深葱の様に成らなければ成らないと謂う事であり、葉だけを日の当たる地上に出して、呼吸はしなければ成らないが、心身は地中に深く根を降ろしていなければ成らないと言う事なのかも知れない。
 其の様に考えると、今朝、弟子を連れた60歳代の男性が、私の所に来て「いまは 変なこと 楽しい事が許されていない」と謂った事は、私が34年前に数ヶ月間荒野を彷徨い、裸で安房川の石の上で座禅をして居た事などは、現在の社会では許されないとの事が、示されて来ているのかも知れない。
 其れは、釈迦やイエスと同じ事が、現在の世の中では出来ないと謂う事であり、其の過程を踏めない状態では、フォースの世界に繋がる修行が出来ないと謂う事であり、時間の操縦士の体験は不可能であるとの理・ことが、示されて来ているのではないだろうか。
 其の様に考えると、私は屋久島の大自然の中で優れた両親に育てられ、「土肥無庵」に捜し出されて此の世界に飛び込む事が出来たのは、奇跡的な出来事で有り、其の背景に「イザナギ・凪・時間」と「イザナミ・波・空間」の神(はたらき)が存在したと謂う事に成るのであろう。・・
 今日は、起きた時間の数字から今年の文章を調べる為に2018年を出したつもりだったのに、コピーしてから行間を詰める作業作業を始めると、2014年の文章であった。
先ほど、試しに今年の日付の文章を確認すると、内容は今朝の様な文章の繋がりには成らない事が判った。
其の出来事を考えても、私は惟神の道を外れずに生きている事に成る様である。
 今朝の文章の題は、摂り合えず「フォースは時間」としたが、其れは、此の森羅万象の流転の瞬間に、自分が今立ち合って居ると謂う理・ことである。
「フォースは時間」https://green.ap.teacup.com/20060818/4691.html

此の文章の内容から考えると、私は森羅万象の「時間・とき」に仕えるモノ・存在であり、自分・個人の「思い(過去)・意い(現在)・想い(未来)」に、おもいを馳せるのではなく、唯今の「フォース・時間」に常時チャンネルしていなければ成らないと言う事になるのであろう。

今朝映し出されて来た、澤山の文章や漢字の中で記憶に残っていた「眥」の漢字を調べると、漢語林に次の様に載っている。

【眥・眦】セイ・ザイ・シ・ジ・サイ・ジャ。【解字】形声。「目+此」音符の此・シは、わずかにひらくの意味。目のわずかにひらきはじめた部分、まなじりの意味を表す。
【字儀】(一)まなじり。めじり。(二)みる。=視。(三)にらむ。目をいからす。「睚眥・がいざい」     漢語林より

此の「眥・眦」の意味からすると、今朝のメッセージは、全てを見通す目の意味である「ラビリンスの目」が開き始めたと謂う事であり、森羅万象の中に新しい次元の「真言・マントラ」が紡がれ始めた事が、示されて来ている事に成りそうである。

其れは「大日如来・マハーヴァイローチャナ」の意味である「宇宙の真実の本体」が新しい次元に突入した事にも成り、宇宙意識の進化が始まった事にも成る。

キー「ラビリンスの目」

2019/1/1・・次の映像は、私が高黍畑の中で、柄の長い鍬で後ろ向きに除草をしながら進んで居ると、背中に何かが接触したので後ろ振り返って見ると、私を捜し出して此の世界に送り込んだ「土肥無庵」が、同じ様に反対側から肥料を播きながら、進んで来て居た。
 次の映像には、私のブログに、私が書いた物ではない文章がアップされる場面が映し出されて来て、其れは風雅な世界ではなく、反対側の滅びの世界のスケジュール・日程・出来事が記されている物であり、人間世界の立て分けが始まる事が記されている物であった。
 其れは、私は風雅堂に住む様な心境での暮らしを始めなければ成らないが、此の人間社会に是から起きる出来事は、善悪の枠を超えて、認識する事を続けて行かなければ成らないからであろう。
何故なら、新しい世界を創造する為には、古い物を整理しなければ成らないし、関わる人間の入れ替えもしなければ成らないからである。
 今朝のメッセージの映像で、私が高黍畑で、私を捜し出して此の世界に送り込んだ「土肥無庵」と、逆方向から背中合わせで出会った場面は、作物を育てる為には「除草」と「施肥」の両方が欠かせない理・ことを示唆しており、是から人間社会でも同じ様な作業工程が始まる理・ことが、示されて来ているのであろう。
 其れに「土肥無庵」は彼の世の人間であるので、其の人間が同じ畝・溝・道で後ろ向きで出会う事は、三次元世界と四次元世界が背中合わせに存在する理・ことを示して来ている理・ことにも成るであろう。
何れにしても、今朝のメッセージは、私が「善=悪」「裏=表」「三次元世界=四次元世界」「人間界=神界」等の相対世界を、両方とも分け隔てなく監視・把握して措かなければ成らない理・ことが示されて来ているのであろう。
 其れは人間世界を超えた次元で、全ての事象を視て行かなければ成らないと言う事の様なので、石工・メイソンの世界である「ラビリンスの目・全てを見通す目」を、自分の中に留め置く事を、意識しなければ成らないと言う事にも成るのだろう。・・・
「風雅堂・ふうがどう」https://green.ap.teacup.com/20060818/4855.html

2018/8/15本日8月15日は「終戦記念日」であり、天皇陛下の玉音放送の直後に、奈良市の「矢追日聖法主」に天神の御告げが有った日である。
 今朝のメッセージの映像は、先ず、若葉が繁茂する美しい自然の風景・様子が映し出されて来て、其の自然の中に地面が見える広い空間が存在し、其の中には箱庭の様に、粘土作りのミニチュアの生き物の姿が澤山置かれており、其の中心に紅色の様な色合いの服を来た、小さな女神の存在が在って、其の女神が全ての物を創り出している事が示されて来た。
 そして、其の箱庭や女神の様子を見下ろしている「一つ眼」の人形が、左側に存在する事が示されて来た。
そして「全ての前後は辻褄が合う」との言葉が告げられて来た。
其処で意識が目覚めたので、照明を点けて時計を見ると時刻は「3時36分」であった。
其れから再び眠ると、夜明け前の空の様な色合いで、青色と紅色がサンドイッチの様に重なっている映像が映し出されて来た。
 今朝のメッセージは、是までには無い物であり、「全ての前後は辻褄が合う」との言葉は、是まで、私が書かされて来た全ての事柄の辻褄が、合う時節が来たとの事が示されて来ている様である。
そして、其の大筋は、自然の移ろいの中心で動いている神(はたらき)は「女神(母性)」であり、其れ等の事を視ている「一つ眼」が存在するとの事である。
其の「一つ眼」の存在こそ、「万物を見通す眼」とされている「ラビリンスの眼」であり、天意(宇宙意識)であるとの事なのではないだろうか。・・・
「全ての前後は辻褄が合う」https://green.ap.teacup.com/20060818/4712.html

2017/1/21・・其の様に考えると、今朝のメッセージの映像で、白い紙の上に、青色のインクが流された様な染みが有る場面が映し出されて来たのは、水の存在と智慧を司る「青龍・せいりゅう」の働きと関係が有り、其の青龍の智慧が「スキル・リンク」されている物として、映し出されて来たのが、HP・ブログの画像だったのではないだろうか。
 其の様に考えると、新しい漢字として、偏が「水」で、旁の上に「口」が冠の様に横に三個並んでおり、其の冠の下に、何等かの文字を、書き込まなければ成らない事が示されて来たのは、其の「青龍の智慧の働き」を意味する漢字を、新しく作成する必要が有る事が、示されて来ている様である。
「口」が三個並んでいるのは、「品」の漢字や、霊の元字である「靈」に使用されており、品は品物と使われる様に、物を入れる器の意味である。
其れに「靈・レイ」の「口口口」は「禱りの言葉を並べる」の意味であり、言の「辛+口」の「口・祈りの言葉を書いた札を入れる器」と通じている。
 其れを考えると、今朝のメッセージの新しい漢字は、「水+禱りの言葉+?」であり、其の?の部分に「人間」の姿の象形か、「社・屋形(天御臥間・ あめのおふすま)」の文字を、組み合わせる必要が有る事が示されて来ているのであろう。
 其れと、青色・水色の11の数字の様な印は水壷を手に持つ「十一面観音菩薩」の働きでも、示しているのであろうか。
其のブログの「ヘッダー・頭」の左隅に、女性の右目がハッキリと存在したのは、万物を見通す「ラビリンスの眼」か、エジプトの「ホルスの眼」、「イシス女神」の眼等に関係が有るのではないだろうか。・・・
「ラーの眼」https://angel.ap.teacup.com/20071208/805.html

是等の文章の内容から考えると、今朝のメッセージの映像に映し出されて来た、白装束の神社の神職の様な男性達の存在が、着る物が白いだけで、精神・こころが穢れの無い「純白・純真・直心・順道」でないと言うのは、祝詞を扱う資格が無い者達である事が示されて来ている様である。


キー「大日如来・マハーヴァイローチャナ・真実の本体」

2008/12/15・・其の意味は、五色の色球は、宇宙の存在の働きを意味しており、其れが三組に分かれていたのは、密教で言う処の「三密」を意味しているのであろう。
其の三密とは、此の宇宙のあらゆる物質は「ビルシャナ・大日如来」の「身体・一」であり、其の物質には「意志・二」が存在し、其の物質の一部である人間には「言葉・真言・マントラ・三」が、備わっていると言うものである。
 其の意味からすると、私の右側の手元に、其の五色球の「待ち針」の置物が置かれていたのは、私に、大日如来の「マントラ・真言」が任されている事を意味しているのであろう。
其れは、昨日のメッセージに有った「ロゴス・logos」が、私の責任として、渡された事を意味しているのではないだろうか。
 其れは、夢で視たモノではなく、眠る前に、瞼を閉じて居て、映り出されて来た映像だから、霊夢よりも、確かな物なのかも知れない。
「ビルシャナ」とは「宇宙の真理の本体」との意味で、弘法大師空海は、其れを「大日如来」とし、其の教えを「真言」としている。
「真言」とは「マントラ」の意味で、真言は、ビルシャナの意志を代理する物である。其の理・ことを考えると、ビルシャナの形が消えた世界に、新たな現象を起すのは、人間の「マントラ・真言」であると言う事に成るのである。
今朝のビジョンには、其のマントラ・真言に付いての、世界が映し出されて来た様である。
 今朝は、鮮やかな色合いの、現象世界が映し出されて来て、其の現象を生み出すのは、私の思考である事が理解された。しかし、其の現象世界は、私の言葉の背景が確実ではないので、消えたり、現れたりするのである。
其れは、「般若波羅蜜多心(プラジュニャーパーラミターフリダヤ)経」の中に書かれている「色即是空・空即是色」の意味を理解出来るものである。・・・
「「ロゴス・logos」を自分の物として」https://green.ap.teacup.com/20060818/983.html
 
2013/8/30・・其れを考えると、一番マントラから遠いのが、裁判所の裁判官の言葉なのかも知れない。何故なら、裁判官は個人の感情を挿し込んでは成らない事に成っているからである。
しかし、法治国家の裁判所での裁判官の言葉は、現実社会で一番パワー・力の有る物とされている。
 其れと反対の世界に、暴力団が他人を脅す時に使うヤクザ言葉が有る。其れは、相手に死ぬ程の恐怖を与えるパワー・力が有る。
しかし、其れは力が有っても「マントラ・真言」ではない。
 其れと反対の処に、教会の神父や、寺院の坊主の言葉がなければ成らないのだが、現代社会に其れ等の力が有る者が現存するとの噂は聞かない。
反対に、現在存在する宗教界の殆どがまやかしであり、金儲けが目的に成っており、殆どが有るより無い方が善い存在と言えるであろう。
 今朝のメッセージの内容から考えると、一番重要なのは、多額なお金を掛けて武蔵野御陵にお墓を造る天皇陛下の存在である。其れは、古代から続いている神人・聖者を山や岡の上に祭祀する事の延長線に有るので、今朝のメッセージの内容には一番近い存在であろう。
其れに、天皇陛下の口から発せられる言葉は「詔・みことのり」とされ、日本の国体の中では一番力を持つと言うか最上の言葉である。
其の様に考えると、最大のマントラ・真言とは天皇陛下の口から発せられる「詔勅」であると言えるだろう。
「マントラ・真言」https://green.ap.teacup.com/20060818/2794.html

2017/3/17今朝のメッセージは、本日が「彼岸の入り」である事と関係が有りそうである。
今朝の映像は、先ず、広い水田か沼地の様な黒い泥濘の地面の中に、昔の人が埋めた金貨を、数人の男性が手探りで捜している場面が映し出されて来て、他の人達が諦めて去った後で、私が其れを、手探りで捜し出す場面が映し出されて来た。
其の金貨は、十数枚有り、私が其れを手にして、沼地から出て水洗いして居ると、三体の金色の仏の様な人型が、私の方に向かって歩いて来る様子が示されて来た。
そして、森に生えている、広葉樹の大きな御神木の姿が一本映し出されて来てから、「累縁」との文字が示されて来た。
私は、其れ等の映像から、私が地面の中から探り出した金貨は、佛像彫刻師が、山から切り出した原木から、仏の像(イメージ)を彫り出す事と、同じ意味である事を感じていた。
次に、葉が内側に巻き込まれるキャベツの様な野菜が、変化して、日の光を浴びながら白い木蓮の花の様に、六弁程の花弁が地面から開いて、伸び上がる場面が映し出されて来た。
そして、其の白い花の様な野菜を見て居ると、男性の声で「個別に 驚く事が始まる」との言葉が告げられて来たので、照明を点けて時計を見ると、時刻は5時14分であったので、私は其の数字を「514・ごいし・碁石」と記憶した。
そして、再び電気を消して目を閉じていると、優しく力のある女性の声で「追いついて」「相手にしないで」との言葉が告げられて来た。
私は、其の声の主が「大日如来・マハーヴァイローチャナ」の声であると思ったので、今朝の文章の題は「大日如来の声」とした。
今朝のメッセージは、其の「大日如来・マハーヴァイローチャナ」との名前の意味が「宇宙の真実の本体」との意味なので、宇宙の真実の本体とは「女神・女性性」であり、地球・大地の女神だけではなく、宇宙全体の「神(はたらき)」も女性性である理・ことが、明確に成ったと言う事に成る。
そして、「追いついて」「相手にしないで」との言葉は、私の意識よりも、宇宙意識の方が「先・前」に進んでいる事を意味しており、其の宇宙意志に追い付く為には、此の世の人間の相手をして居ては、自分が、先方に向いて進化する事が出来ないと言う理・ことが、示されて来ているのであろう。
其れは、人間以外の生物が、他の生き物の事を考えずに、自分自身が環境の変化に合わせて、進化して来ている理と照らし合わせて考えると、人間は大脳が発達した為に、余計な情報を取り込んでしまい、意識が、自分の躰の内側の細胞(DNA)に向かなく成っている為に、進化が止まってしまっている理・ことが考えられる。
そして、本日が「彼岸の入り」である事を考えると、其の「彼岸・ひがん」との言葉の概念も、再検討する必要が有るのだろう。
彼岸との言葉は、辞典に次の様に載っている。
ひ‐がん【彼岸】《〈梵〉pāramitā(パーラミター)の訳「到彼岸」から》
1 仏語。生死の迷いを河・海にたとえた、その向こう岸。悟りの境地をいう。⇔此岸(しがん)。
2 「彼岸会(ひがんえ)」の略。《季 春》
3 雑節の一。春分の日と秋分の日をそれぞれ中日とする各7日間。春の彼岸と秋の彼岸。4 向こうがわの岸。  小学館より
此の「彼岸・pāramitā・波羅蜜」の意味からも、今朝のメッセージの映像には「彼岸・河川」は出て来ていないので、「川を渡る」とのイメージは合っていない事に成る。
今朝のメッセージに映し出されて来た映像場面は、「金貨」は水分を含んだ泥の中に埋められており、其れを手探りで捜し出して洗って居る処に、三体の「光体・佛・ほとけ」が道路を此方に向かって歩いて来た。
そして、キャベツの様な内側に多くの葉を巻き込んでいる物が変質して、六弁程の白木蓮の様に、花弁が上向きに開いて、日の光を浴びて輝いている場面が映し出されて来た。
其れは、仏像の台座が複雑な八重咲きの「蓮華台」に成っている事は、間違いであり、六弁程の単純な構造で良いとの事が、示されて来ているのであろう。
(摩訶般若波羅蜜経は九十一波羅蜜を列挙するが、全体としての徳目は六波羅蜜)
何故なら、覚醒する為には、自分の意識を被っている殻を剥いで行く事が、一番重要であり、キャベツの様な構造の意識を持って居ては、絶対に「覚醒・解脱・成仏(柵をほどく)」事は不可能だからである。
そして、黒い泥の中に金貨が埋められていたのは、悟るべき物は、美しい純白の世界や、豪華に飾られた寺院・宮殿に有るモノではなく、太陽の光の当たらない単純な地中・闇の中に潜んでいるとの理・ことが、示されて来ているのであろう。
其の様に考えると、蓮の華が、泥の中に埋まっている蓮根から、花茎が地上に伸びて来て美しい花を咲かすイメージの方が、「成仏」の姿形の説明に付いて、正しいと言う事に成り、成仏(さとり)を目指す人間は、自分自身の意識を「蓮根・はすね」の所に置かなければ成らないと言う理・ことに成る。
其れは、現代の仏教界には無い価値観であり、其の様な立場に、自分から身を置く・処す御仁は、現代の宗教界には見当たらないのが現状である。
現在の、日本に傳えられている仏教経典は、中国の「鳩摩羅什」「玄奘三蔵」などが訳した物とされている。
其れを考えると、是までの仏教経典もインドのサンスクリット語の原本から、再度、訳し直す必要が有るのだろう。
其れは、有名な「摩訶般若波羅蜜経」の「色即是空 空即是色」の「色・シキ」の言葉が本来は「色・いろ」の意味ではなく、サンスクリット語では「rūpa・ルーパ」で、宇宙に存在するすべての形ある物質や現象の意味である事からも、伺える事である。・・
 此の「rūpa・ルーパ」の意味からすると、今朝「大日如来・マハーヴァイローチャナ」が告げて来た「追いついて」「相手にしないで。」とのメッセージは、「大日如来・マハーヴァイローチャナ」其の物の存在が、その「色・rūpa・ルーパ」であり、全ての縁起の源であると言う理・ことに成り、其の「ルーパ・縁起」が、次のステップに踏み出す事が、示されて来ている事に成る。・・・
「大日如来の声」https://green.ap.teacup.com/20060818/4178.html

2018/5/20昨夜は床に就いて目を閉じて居ると、大地に様々な植物・野草の若葉が伸びて来ている映像が映し出されて来た。そして、眠ってからのメッセージには「四緒条件」との言葉が告げられて来て、高い山岳の森林から、清い水が流れ下って来る、一筋の小川の存在が映し出されて来た。
そして、夜が明ける頃に「いじょうぶ・偉丈夫」との言葉が一言告げられて来た。
 其れから、6時30分頃起きて縁側を開けると、雀達が餌を待って居るので、庭に餌を撒いてから、穀物コーヒーを入れて飲みながら、パソコンを立ち上げると「投下価値」と「夢分析」との言葉が告げられて来た。
「投下価値 夢分析
是は 貴方だけの問題ではなく 
人間社会全体の要件なのです。
いまに解ると思いますが 人間社会には
外せない 絶対条件が有るのです。
其れが 認識できなければ 
全ての理は 本筋から外れてしまうので
未来設定が できないと言う事に成るのです。
貴方にとっても 其の理が意識に固定できなければ 
理論の組み立てが 出来ないでしょう。
何事にも 原理原則が 絶対に必要なのです。
其処のところを能く考えて、行動しなさいね。
其処に 真実の世界が 現出して来るのですから。  」
         平成30年5月20日7時4分
「投下価値 夢分析」https://moon.ap.teacup.com/20060103/909.html
2018/10/4「四個のメダル」https://green.ap.teacup.com/20060818/4765.html
今年の元旦の文章「風雅堂」には、私を捜し出して此の神世界に送り込んだ「土肥無庵」が、高黍畑の中で背中合わせに出会った事が書いてある。

其れを考えると、本年は元旦から「土肥無庵」の御魂が関わりを持って来ていた事に成る。
そうであれば、今朝のメッセージには「図書館の本は全て読んだ」と謂って居た「土肥無庵」の意識が関わって来ており、私に新時代・新次元の文化を組み上げる事を迫って来ている事に成り、「土肥無庵」の御魂が本日から自分の世界を私の脳味噌を使って始めると言う事なのかも知れない。
2013/12/28「無庵師匠の御魂」https://green.ap.teacup.com/20060818/2915.html

因みに「眥・眦・まなじり」の言葉は、「佛・ほとけ」の「慈悲の眼」と関係が有る。
じ‐がん【慈眼】の意味
1 ⇒じげん(慈眼)
2 いつくしみのこもった目。慈悲のまなこ。〈日葡〉

「半眼・はんがん」
・菩薩の眼。・座禅を行う時の眼。

                      平成31年3月19日

                            礒邉自適

私は私ではない

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     私は私ではない
                         31・3・18

本日3月18日は、私が「土肥無庵」に1983年3月18日に捜し出されてから、丸36年(12干支×3回)の日である。

今朝のメッセージは、其の出来事が関係が有るのか、「わたしは わたしではない」との言葉と、「夫々の暮らし」との言葉が告げられて来た。

今朝のメッセージは、先ず、日記の様な物が映し出されて来て、其の日記は現在・いまから、過去に向かって開かれ、自分が小学校に初登校した朝にまで遡って行き、其の中に「10月10日」の日付が有る事が示されて来た。

そして「わたしは わたしではない」との言葉が意識の中に浮かんで来た。

次の映像は、私の意識が昔から存在する街中の市場の中を、自分が今日食べたい食品を探して歩いて居る場面が映し出されて来た。

そして「夫々の暮らし」との言葉が告げられて来た。

次に、「大学芋」の様な雰囲気で、同じ形をしたチョコレートの様な物が、大きな平皿全体に目一杯並べられている場面が映し出されて来た。

次に、錠前が外される様な音が、ガチャッと一回だけ聞こえて来て、何だろうかと思った所で、自分の意識・脳・瞼が真っ白・空白に成ってしまった。

其処で意識が目覚めたので、照明を点けて時計を見ると時刻は「5時45分・6時15分前」であった。

其れから、再び電気を消して今朝のメッセージに付いて考えを巡らして居て、起きた時刻は「6時38分・7時22分前」であった。

今朝は先ず、起された時刻「6時15分前」から、昨年の6月15日の文章を見てみると、次の様な事が書いて有る。

2018/6/15・・其れ等のメッセージから、私は人間の意識の有り方・構造の両面性に付いて考え始め、自分の人生は36歳までと、「土肥無庵」に捜し出されてから禊ぎ祓いをして、此の神(はたらき)の世界に入った37歳からの人生の違いを思った。
 其れは、私は「土肥無庵」に捜し出されなければ、普通の人生と謂うか、一般的な人々と同じ三次元の世界を行き続けて居るか、躰を壊して死んで居たかの、どちらかであるので、人間の人生は、本人がその気に成りさえすれば、多様な可能性を秘めていると謂う理・ことに成る。
 其れ等の事に付いて考えて居ると、「くろうたい・苦労鯛」との言葉が一言告げられて来たので、私は「めでたい・目出鯛」との同じ類いの言葉であると考え始めた所で、意識が目覚めたので、起きて時計を見ると、5時41分であったので、其の儘起きてパソコンを立ち上げ、先ず示されて来た2008年4月14日の文章に目を通すと次の様に書いて有る。・・
 今朝のメッセージに映し出されて来た、郵便の封筒に入れられた、私が認識した情報を入力した二部構成の二枚のDVDの存在は、天神(てんのはたらき)の存在を人々に理解する為に、何らかの方法・手段を図る必要が有る理・ことが示されて来ているのであろう。
今朝のメッセージには、「苦労鯛」と「競争」との言葉が告げられて来た。
 競争との言葉は、「帝釈天の網」との文章と関係性が有る事が示されて来ているので、個人個人が自分の能力・ちからで解決しなければ成らないとの理・ことなのであろう。
そして「苦労鯛」との言葉は、「目出鯛」との言葉と関係が有り、競争を勝ち抜かなければ「くたびれ儲け」に成ってしまうので、そう成らない為に、私が34年間に亘って認識した事を、DVDに収録して郵便局から発送しなければ成らないとの事なのであろうか。
だが能く考えて見れば、私は是まで、自分が考えた事や、起きた出来事は、殆どブログで公開しているので、改めてDVDに収録する必要はなさそうである。
其れを考えると、其のDVD(情報ソース)は、私に2000年7月22日に告げられて来た、「讜逓聖」との言葉と関係が有るのではないかと思える。・・
 そして、其の生き方を貫けば「苦労鯛」が、「目出鯛」と成ると謂う理・ことなのであろう。
其れに、今朝の映像で、DVDが二枚郵便封筒に入っていた事は、私が此の世界に飛び込んだ時に、「四次元プログラム」と「水素原子管理」の二つのアンテナ・世界が必要である理・ことが示されて来た事と関係が有り、「四次元世界・神の世界」と「三次元世界・人間の現実社会」の事は、分けて取り扱う必要が有る事が示されて来ているのではないだろうか。
「よしあしは表裏」https://green.ap.teacup.com/20060818/4651.html

此の文章には、「・・其のDVD(情報ソース)は、私に2000年7月22日に告げられて来た、讜逓聖との言葉と関係が有るのではないかと思える。・・」
と書いて有り、今朝起きた「6時39分・7時22分前」の数字と合致している。

2000/7/292000年7月22日の霊夢に、昔の文字の札が映って来た。
其れは、黒い文字と、赤い文字と、座っている人物の姿の、三つの横並びの物である。
一番目の黒い文字は、「ただしい」の意味である事が判ったが、二番目の赤い文字は、全然理解できなかった。
三番目は、聖者が座椅子に座っている姿なので、其の儘、人物である事は理解できる。
 朝起きて、早速漢語林で調べて見ると、一番目の黒い文字は「讜・トウ」の篆文である事が判った。
讜は「言+黨」の組み合わせで、「言」は言葉の意味。「黨」は「尚+黒」の組み合わせで、尚は「八+向」の組み合わせで、「八」は神の気配が下るさまを示し、「向」はこいねがうの意味になる。
「黒」は、炎を燃やして上に煤が着くのさまで、黒いの意味で玄に通じ、北方を表し、暗い闇の意味でもある。
 其の文字の意味を、繋いで考えると、暗い夜の北方(北・北極星)に向かって希う。神の言葉が下る。との意味になる。
それは、今朝示されて来た「讜」の文字が、「ただしい」との意味である事に黨・当たっており、字義の「ただしい」に使用されている事が理解できる。
「讜・トウ」【解字】形声「言+黨」音符の黨は、當に通じ、当たるの意味。理に当たる言葉の意味を表す。
【字義】ただしい。また正しい言葉、良い言葉。直言。   漢語林
二番目の「遞」の字は、赤い文字であり、何の文字だか判らないで困っていると、「テイ」と読むと脳裏に浮かんで来ので、「テイ」の漢字を漢語林で探して見ると、160文字が並んでおり、どれか全く判らないでいると、「さみだれ」と頭に出て来たので、今度は辞典言泉で「さみだれ」を調べて見ると、さみだれとは「次々に続く・伝える」の意味だと判明した。
 其れで、今度は、漢語林で其の「次々に続く・伝える」意味のテイを探したら、逓・テイの文字が有り、調べると旧字は「遞」で、①かわるがわる。たがいに。②かわる。いれかわる。③つたえる(伝)。つぎつぎに伝え送る。
篆文を見ると「彳+止+虎」の組み合わせで、虎は易に通じるとある。
「遞・逓・テイ」【解字】形声。「辵+乕(虎)」音符の虎は、易に通じ、かわるの意味。かわりながらすすむの意味を表す。
【字義】①かわるがわる。たがいに。②かわる。いれかわる。③つたえる(伝)。つぎつぎに伝え送る。④宿場(宿場)。宿駅。伝駅。⑤宿場にいる車馬。⑥めぐる。囲む。  漢語林
 昔し郵便局を「逓信省・テイシンショウ」と言っていた様に、代わる 伝えるの 意味で、変りながら進む、つぎつぎに伝え送るの 意味である。
其れに、二番目の「遞」の文字が、赤文字であったのは、郵便局のポストや、郵便配達の自転車や車が、赤色である事と、関係が有るのだろう。
三番目の座する人物は、聖なる者の意味で、東洋の王は「座忘」の人と傳えられ、北を背にして座り己を忘れ、無為の人物の存在を現している。
宗教的に謂えば、「樹下石上」の仙人・聖者と言う事に成るであろうか。
「聖・セイ」の漢字は、「耳(聴く)+口(神の言葉)+王(首を伸ばした人の姿)」の組み合わせで、「首を伸ばして 耳を澄まし 神の言葉を受け取る」の意味になる。
其れを考えると、「遞」は意味を、「聖」は姿を現していると、考えて良いだろう。
「聖・セイ」【解字】「耳+口+王(壬)」の組み合わせ。口はいのりのことばの意味。音符の「王・壬・テイ」はせのびした人の象形。耳をそばだてて神意に耳を傾け、よくきくことのできる人の意味を表す。
【字義】①ひじり。㋐知徳にすぐれ道理に明るい人。㋑一芸一道の奥義をきわめた人。「詩聖」②さとい。かしこい。知徳にすぐれている。③天子の尊称。また、天子に関する事物の上にそえる語。「聖恩」   漢語林
 今朝の、三つの文字の現出を総合的に判断すれば、「神の言葉を正しく受け取る事を 次々に傳える人と言う事になり、仏教で言うところの「チャクラヴァルティン・転輪聖王(てんりんじょうおう)」の事であり、日本に傳えられているスメール文化の、「天津靈継ぎのすめらみこと」の事に成る。
其れは、インドの釈迦を「ブッダ」と呼ぶ事や、日本の「天皇・すめみま・すめらのみこと」、中国では「天子・極尊」として現している。
極の漢字の「亟・キョク」は、「問いつめる」の意味で、一番の智慧、天の法則・道・ダルマに、速やかに至った人物の事である。
「極・ゴク」は、「木+亟」の組み合わせであり、「亟・キョク」は、「二(檻)+人+又(枝)+口」の組み合わせで、「人を檻に閉じ込めて 鞭打って答えを出さす」との意味であり、「きわまり」の日本語に当てられている。
「亟・キョク」の漢字は「人+口+又+二」の組みわせで、「又」は手の象形。「二」は上下のわくの象形。人を一定のわくの中に閉じ込めて、口や手でせめたて問いつめせきたてるのさまから、すみやかの意味を表す。亟を音符に含む形声文字に、極・殛 などがあり、これらの漢字は「問いつめる」の意味を共有している。
【字義】一、①すみやか。はやい。②いそがしい。あわただしい。③つつしむ。「敬」④いつくしむ。⑤うける。(受)二、しばしば。たびたび。
          漢語林より
「極・キョク・ゴク・きわめる・きわまる」【解字】形声。「木+亟」。音符の亟・キョクは、問いつめるの意味。木を付して、家屋の最高のところにある、「むね」の意味を表す。きわみ・きわめるの意味を表す。
【字義】①きわまる。㋐つきる「尽」。おわる。やむ。㋑つまる。なすすべが無くなる。②きわめる。㋐つくす。㋑最後まで至る。③きわみ。かぎり。果て。おわり。物事の最高・最上・最終。「極限」④きわめて。この上なく。はなはだ。⑤最高の位。天子の位。「登極」⑥根本。天地宇宙の根源。本体。「大極」⑦北極星。⑧地軸の両極。「北極」「磁極」⑨陰陽両電気の出入りする所。「電極」⑩むね。棟木。
国語①きわめ。書画・刀剣・道具類などの目きき。鑑定。②きめる。とり定める。③きめ。きまり。決定。約束。「月極」   漢語林
 此の説明からすると、天地の間(空間)に存在する者が、神の言葉を前方から受け取りながら、神の守護を後から受けて、神の問いに答えを出すの意味になる。
神の問いとは、エジプトの「スフィンクス」の謎掛けと同じで、遞の「虎・とら」はライオンと同じ猫科の動物で、エジプトには虎が居ないので、ライオンが印章と成っており、其れは、日本に鳥居や鏡と一緒に「高麗獅子」として、渡って来ている。
遞は、「辵+乕(虎)」の組み合わせで音符の虎は、易に通じているとの事である。
「辶」は「辵」の略であり、辵は「彳+止」の組み合わせであり、「行くか 止まる」かを決める、占うの意味であり、易は「日(太陽)+勿(蜥蜴)」の組み合わせである。
 其の「日(太陽)+勿(蜥蜴)」の組み合わせは、マヤ文化の時間の操縦士の臍から伸びる生命樹の梢に、風見鶏が止まって居り、其の下の枝には、左右に太陽と蜥蜴がぶら下げられている。
其の風見鶏は、日本で神輿の上に止まっているが、中国で皇帝の守り神である「鳳凰」とされ、皇帝が政・まつりごとを行う、大極殿は「鳳凰殿」とも呼ばれている。
 其れ等の事柄を考えると、人間の根本的な潜在意識には、共通したモノ・世界が潜んでいるのであろう。其の人類共通の意識の場に、何を提示すれば、人間の無明が晴れて、人民は真理に目覚め、幸福な社会生活を営む事が、出来る様に成るのであろうか。
 其の事の為に、私に「讜逓聖・とうていせい」とのメッセージが、示されて来たのであろう。
「讜逓聖・とうていせい」https://moon.ap.teacup.com/20061108/628.html

此の「讜逓聖」の文章の内容から考えると、今朝示されて来た「わたしはわたしではない」「小学校まで遡る日記」「10月10日の日付」「夫々の暮らし」との件は、自分の人生をどの様に考えるか・判断すれば良いかに付いて、示されて来ているのではないだろうか。

*「わたしはわたしではない」「小学校まで遡る日記」の言葉は、現代社会の人間は学校に毎日の様に通学して、教育を受けて情報を詰め込まれ、また精神や肉体の訓練を受ける事で、本来の自分ではないモノ(生命)に成ってしまって居る理・ことが示されて来ているのであろう。

*其れに、日記の中の文章に「10月10日」の日付が存在する事が示されて来たのは、2000年までは10月10日が体育の日であった事と関係があり、人間の身体を鍛える事・身体を作る水や食べ物の重要性に付いて、示されて来ているのではないだろうか。

其れを考えると、人間の一生の日記には、本人が文字を覚えて日記を記録できる前の世界である、小学校に通学する前の幼児教育や、身体を鍛える事や食事の大切さ等を考える必要が有ると謂う事になる。

其れを考えると、今朝のメッセージの映像で、私の意識が昔から存在する街中の市場で、今日食べる物を物色して居た場面は、私個人の事だけではなく、子供を産み育てるのに、最も大事な世界が映し出されて来ていた事に成り、其れが「讜逓聖・とうていせい」の言葉・世界には、一番重要なテーマであるとの事なのではないだろうか。

其れを考えると、今朝の映像に映し出されて来た大きな平皿の上に目一杯並べられていたチョコレートの様な甘い菓子の存在は、讜逓聖のテーマから外れているモノ・世界が、示されて来ているのではないだろうか。

何故なら、現在日本で流行している「バレンタインデー」は、日本の菓子メーカーがチョコレートを販売する為に考え出した仕掛け・商法であり、正統な文化・伝統の行事ではないからである。

其れに、「身土不二・しんどふじ」の原則で考えると、薩摩芋で作る「大学芋」や「干し柿」の方が身体や環境に合っている理・ことに成る。

今朝のメッセージは最後に、錠前が外される様な音が、ガチャッと一回だけ聞こえて来て、何だろうかと思った所で、自分の意識・脳・瞼が真っ白・空白に成ってしまった。

其れは、一昨日の「紀(とき)を司る者」の文章に書いた、時間に関する「錠前」の事と関係が有り、私は時間の制約から解放された事が、示されて来ているのではないだろうか。

其れを考えると、私は昨日の文章に書いた「・・私が1984年11月21日に伊勢神宮に初めて参拝し、22日の朝、磯部町で車椅子に乗った神掛かりのお爺さんから告げられた事が、漸く此の三次元世界で始まるとの事なのかも知れない。・・・」との事と関係が有り、私は「九回目のトンネル潜り」の件に付いても、考える必要が無く成ったとの事なのではないだろうか。

2008/6/3・・私が、1984年11月21日の早朝、初めて伊勢神宮外宮に参拝してから、大王岬を回り、三重県志摩市阿児鵜方字西ノ河内の電電公社の電波塔の近くの広場で、車中に一泊した時の未明に、伊雑宮・いざわのみや(磯部の宮)の祭神である「天照坐皇大御神御魂 ・あまてらしますすめおおみかみのみたま」の上半身の姿が、夢枕に現われた。
 そして22日の朝、車を運転して磯部町を走って居ると、道路の右側に在る「正傳寺」の階段が気に成り、道路の横に車を止めて、階段を上がって行った。
すると境内に、神懸りに成った車椅子に乗ったお爺さんが居て、其の傍らでは、お婆さんが「朝から お爺さんの気が狂った」と云って、激しく泣いて居るのである。其のお爺さんは、寺の住職に向かって「地球が危ない」と叫んで居るのである。
 其のお爺さんは、私が階段を上がって境内に入ると、私の気配を感じたらしく、後ろを振り向いて、「ああ お前だ。此処の坊主では 何にも解らん。」と云った。
そして、私に「是まで 8回トンネル潜りに失敗して 今回が9回目で 最後のチャンスである」と云い、更に「早稲田や 慶応に 沢山孫が居るので 助けてくれ。」と、云うのである。
 私は、其の状況から、大体の様子が飲み込めたので、其のお爺さんに「解ったから 此のノートに 名前と住所を書いてくれ。」と云って、ノートと鉛筆を渡すと、「青州00村000」と昔の言葉使いの住所を書いて、私に其のノートを返した。
そして、私が其のノートを受け取ると、其のお爺さんは、フト正気に返った様子で、周囲を見回し、回りの状況に違和感を覚えたのか、お婆さんに「婆さん 帰るぞ。」と云って、突然自宅の方に帰って行った。
 其の正傳寺の住職は、ホッとした様子で、私に「お茶でも いかがですか。」と云うので、私は縁側に腰掛けて、暫くお茶を飲みながら景色を眺め、又旅路へと着いたのである。
其の現象に遭遇してから、既に24年が経過しようとしている。・・
 其の事件の背後に、人間の意識をコントロールしている神の存在があるのなら、其の様な現場が多発しない様に、人間は余程の自覚が必要であろう。
其の、人間の自覚を促す為にこそ、予言の世界が存在するのである。
 私の毎日の行為も、其の神の意識に因って、コントロールされているのである。そして、今朝の神の意思は、白板の絵として示されて来たのである。
此の現象は、私だけの出来事ではなく、いま世界中の人間に始まっている事である。
 しかし、其れに関わりを持つ事は、十分な配慮が必要である。何故なら、送られて来る映像には二通りが有り、片一方は消される側の映像だからである。
自分が接触する情報が、其のどちら側に通じる物であるのかは、常日頃の自分の気持ちで「選択・チョイス・エラブ」されるのである。
其のエラブが、ブッダ側に在るのか、林檎の木に住んで居る蛇なのかは、自分の価値観で決定するしか、他に方法は無い。
 其れを、イエスキリストは「其の時 其のモノは 盗人の様に遣って来る だから絶えず目を覚ましていなさい」と、謂っているのである。
更に「其の時には 私が予言された者であると云う者が 沢山現れるであろう。そして荒野に神が居るので私に付いて来なさいと 云う者も現れるだろう。しかし 其れ等の者達の云う事を 決して信じてはいけない。祈りは隠れてしなさい。一人でしなさい。」と、謂っているのである。
 そして、其れ等の者が現れるのは、「最後の時である」とも謂っている。
其の意味を考えると、確かに、現在の様子は、其のトキが間近に迫っている気配がする。
愈々二つの道が、はっきりと提示される時節が、廻って来たと言う事ではないだろうか。
其れが、「紀(トキ)の祭り」の意味なのであろう。・・・
「定着した画像」https://green.ap.teacup.com/20060818/770.html

私は36年前の今日、「土肥無庵」に捜し出されてなければ、普通の人生を生きて居り、屋久島の一事業者として生活し、子供や孫に囲まれて老後を過ごしていたであろう。

其れを考えると、私の人生は稀有なモノであり、其の背景には天神(てんのはたらき)の存在が有る事は間違い無いと謂う事に成る。

今朝、私の頭・意識が空白に成った事は、36年間掛けて取り組んで来た事柄が終了した事を示唆しているのか、是から新しい事が始まる為のモノ・現象なのかは、本日のところでは未だ判らない。
2003/2/7「私に何が起きたか」https://moon.ap.teacup.com/20061108/246.html

其れとも、今朝告げられて来た「私は 私ではない」との言葉と関係が有り、私は真っ白の状態から、自分が一体何物であるのかを、確認・みきわめて行かなければ成らないとの事でもあるのだろうか。

                      平成31年3月18日

                            礒邉自適

天照坐皇大御神

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     天照坐皇大御神
                           31・3・17

私は明日3月18日で、「土肥無庵」に捜し出されてから、丸36年(12干支×3回)と成る。
今朝のメッセージは、其の事と関係が有り、私の意識に宿って居ると謂うか、視覚の世界を支配・コントロールしている、神(はたらき)の存在が其の正体を明らかにして来た。

今朝のメッセージの映像は、先ず、黄金の四角な棒が映し出されて来て、其の表面の彼方此方に、古いレッテルの様な物が貼り付けられているので、私は其のレッテルの様な物を全て、自分の爪で剥がして居た。

次の映像は、地上に輝く十字の道路が見えるが、自分の意識が搭乗している空中に浮かぶ乗り物は、とても大きな物なので、其の道路に降りて走行する事は出来ない事が理解されて来た。

次に、小者・小人が書いた文章の存在が映し出されて来たが、其の情報は此方(天神)の役には立たない理・ことが示されて来た。

次に、床に蛆虫が這っている映像が映し出されて来た。

そして、起きてPCを立ち上げると「ランニングスロー」との言葉が一言告げられて来た。

今朝のメッセージの映像は、全て明るい世界(昼間)の映像であり、其れは目線・視覚が作用している世界なので、昼の世界を司る「天照坐皇大御神御魂 ・あまてらしますすめおおみかみのみたま」に関係すると意い、其の神名を題とした。

今朝最初に映し出されて来た、黄金の四角な棒の彼方此方に貼り付けられていた古いレッテルの様な物は、人間の古い価値観・概念を意味しており、其れを真実の棒・柱から全て剥ぎ取らなければ成らない理・ことが、示されて来ているのであろう。

【レッテル】   デジタル大辞泉
1 文字。2 商品名・発売元・内容などを表示して商品にはりつける紙の札。商標。3 ある人物や物事についての断定的な評価。

次の、私が搭乗している空中に浮かぶ乗り物がとても大きな物であり、地上の道路に降りて走行できない物であると言うのは、天神(てんのはたらき)の存在・意識を示唆しており、天神は地上に降りる事は無く、天空から全ての事を視ているとの理・ことが示されて来ているのであろう。

次の、小者・小人が書いた文章の存在が映し出されて来て、其の情報は此方(天神)の役には立たない理・ことが示されて来たのは、自分の事だけを考えて、天神や宇宙の理、真実・真理の世界、大道・生命(いのち)の仕組み等々の事を頭に置いて物事を考えない人間は、人間としての存在価値が無いとの事が示されて来ているのであろう。

次の、蛆虫が床を這っている場面は、現代社会の穢れた人間の存在を示唆しており、蛆虫は蛹(さなぎ)と成って変体してから、蝿と成ってフライ・飛翔するが、多くの人間は其れを行うとしないので、蛆虫の儘で一生を送ってしまう理・ことを示して来ているのであろう。

其れとPCを立ち上げた時に告げられて来た「ランニングスロー」との言葉は、野球用語で飛んで来たボールを待って捕るのではなく、走りこんで捕球し、空かさず一塁に投球する行為なので、其れは、神のメッセージを間髪を入れずに、投球(放つ・話す)する必要がある理・ことが、示されて来ているのかも知れない。

『其れは 貴方の意識の在り方に付いてであり
トキが迫って来ているので 余裕が無い事を意味します。
ですから 貴方は是から 手際能く
出来事を 処理して行かなければ成らないのですよ。』10時59分

今朝は、全く時間・時刻には管理されないまま目を覚ました。

其れは、私の立場が「時間の操縦士」から解放された事を意味し、其の背景には「太陽神・ラー」を意味する「天照坐皇大御神御魂 ・あまてらしますすめおおみかみのみたま」の名を付けた神(はたらき)の存在と関係が有り、私は昼間の世界を管理する立場に明日から移行するとの理・ことが、示されて来ているのかも知れない。

『そうではなく 貴方は天照坐皇大御神御魂として 
現人神の役割を 果さなければ成らないと言う事であり 
質問者に対して 即刻に対応しなければ成らないと言う事です』11時11分

此の女神の言葉からすると、私が1984年11月21日に伊勢神宮に初めて参拝し、22日の朝、磯部町で車椅子に乗った神掛かりのお爺さんから告げられた事が、漸く此の三次元世界で始まるとの事なのかも知れない。
2008/6/3「定着した画像」https://green.ap.teacup.com/20060818/770.html
 
今朝は、由香に何かビジョンを見なかったかと訊くと、見たとの事であり、其れは次の様な内容である。

先ず、宗教(真光)の熱心な信者であった同級生の「斎○幸○」さんが、階段を上がろうとしたが、上れずに嘔吐していた。
次に、知り合いの「○勝貞治」さんと「福山雅治」と一緒に車で、自分が運転して、どこかに向かっていた。

次に、大きな道路を歩いて行くと、反対方向から「SPEED・スピード」の4人が横一列で歩いて来ており、すれ違うと「新垣仁絵(旧姓)」(4月7日生)が、一人だけUターンして、由香の所まで遣って来て、「ありがとうございます。」と謂って感謝の気持ちを伝えて来られて驚いていると、これから「フルーツに関する○○(ハッキリしない)をされるんですよね」と謂われて、右前方に目を遣ると、自然の中にそれらしき施設が存在していて、未だ自分が何をするか知らされていないので、「そうなんですかね」と答えていたとの事である。

此の由香のビジョンは、昨日の私のメッセージ「紀を司る者」の映像に、由香が時間・トキの開閉に関する錠前を手に持って居た事と関係が有り、由香が新しい「斎禱」「幸福」「治める」や「スピード」、其れに「宗教・おおもとの教え・真実」「フルーツ・果実」の世界等に、関わりが発生するとの事が、示されて来ているのではないだろうか。

其れは、私の今朝のメッセージとも関係が有り、此の私は「時間に管理される者」から、「時間(トキ)を管理する者」へと、変わったとの事なのかも知れない。

                         平成31年3月17日

                               礒邉自適

紀(とき)を司る者




    紀(とき)を司る者
                         31・3・16

今朝のメッセージの映像は、由香と50歳代の男性二人の計三人が、手に、黒い馬蹄形の昔の錠前の様な物を持っている場面が映し出されて来て、其れは時間・ときと関係が有る事が理解されて来た。

次に、私の意識を含む四人で、細い山道を歩いて行き、山奥の土地に到着すると60歳位の男性が一人で暮らして居る姿が映し出されて来た。

私は、其の男性が何を食べているのだろうかと意ったので、畑が有るのかを訊くと、其の男性は「此処は 国有林なので耕す事はできない」と答えた。

次の映像は、地面から一本だけ生えている土筆(つくし)の絵が、とても大きな額に入っている場面が映し出されて来た。

私は、其の絵を見て「マクロビオティック ・Macrobiotic」の創設者である故「桜澤如一」が謂っている原子転換の事を思い出していた。

今朝は、起された・起きた時刻は「8時52分・9時8分前」であった。

今朝は先ず、昨年の9月8日の文章を見てみると、次の様に書いて有る。

2018/9/8今朝のメッセージの映像は、先ず、私にとってとても大事な植物性の食べ物が、冷凍庫に長い間保存されていて、其の食品には「生命力・いのちの情報」が失われているので、全てを処分しなければ成らない様子が映し出されて来た。
其処で意識が目覚めたので照明を点けて時計を見ると時刻は「1時46分・2時14分前」であった。
 其れから再び眠ると、姿は見えないのだが「饒速日尊・にぎはやひのみこと」の御魂を意味する前田氏から連絡が有り、指示された人物に電話を掛けると、其の相手の人物は60歳位の年代の声色であり、話をしようとすると、私の周囲に他人の話し声やざわめきが有って、真剣な会話が出来ないので、静かな場所から掛け直す事を伝えて電話を切った。
其処で意識が目覚めたので、照明を点けて時計を見ると時刻は「3時5分」であった。
 其れから再び眠ると、今度は、孟宗竹程の大きさの竹の節間が切り取られた筒が、二個横に寝かされている映像が映し出されて来て、手前の方の筒の長さが、奥に有る竹筒よりも少し短い物であった。
 次に、昔の竹製の1mの物差しの中央に節目が有る様に、左右に走っている道路に「堤・土手」が築かれており、其処が関所の様な役割を果たしている理・ことが示されて来た。
其れ等の映像の意味に付いて、瞑想状態で考えて居て、意識が目覚めたので起きて台所に行き時計を見ると、時刻は8時13分であった。
 今朝は先ず、PCを立ち上げて起きた時刻「2時14分前」「3時5分」「8時13分」から、其の日付の文章を見ると次の様な事が書いて有る。・・
 此の2月14日の文章「節目」には、竹根の節目の事が書いて有るので、今朝、最後に映し出されて来た、節の無い二個の竹筒と、道路の途中に有る「堰・土手」の事と関係が有る。
其れを考えると、今朝のメッセージは明日9月9日が「重陽の節句」である事と関係が有り、「節句・節目」の事に付いて良く考察しなければ成らないと言う事であり、其の為に此処数日「絞り込む」等のメッセージが告げられて来ていたのであろう。
 其れに、3日の「日々マイコック」との言葉は、今朝の映像で私が冷凍食品を処分する事に取り組んで居た事と関係が有り、事象の節目を感じ取る為には、季節に準じる食べ物を食べる事や、「身土不二・しんどふじ」の原則を守らなければ成らない理・ことが示されて来ている事に成る。
 其れを考えると、新嘗祭(にいなめさい)や大嘗祭(だいじょうさい)の儀式を家訓・族訓としている「石上(いそのかみ・磯の神)神宮」の存在が関係が有り、其の石上神宮の祭神が、物部初代の「天照國照彦天火明櫛玉饒速日尊・あまてる くにてるひこ あまのほ あかり くしたま にぎはやひ の みこと」であるので、今朝のメッセージの最初に其の「饒速日尊・にぎはやひのみこと」からの指示が有った・降りた事の理由が理解できる。・・
 其れに、今朝の映像の映し出されて来た「竹の筒(トンネル)」の長さが異なる事と、道路の存在を意味する竹製の物差しの様な物が映し出されて来て、其の中央に「節・土手・堰」の様な物が有って、車や人が通れない状態であったのは、時間・時空の世界には二通りが有って、時間の流れに決まった節目・堰が存在するとの理・ことが、示されて来ているのであろう。
 其れは、同じ人間(人種)の男女に、心身の成長リズムの差が有る様に、人間社会の構造にも「精神世界」と「物(経済)」の流れ(スパン)に時間差が有る理・ことが、示唆されて来ているのかも知れない。
 何故、私が、其の様に考えるかと謂うと、文明世界に「800年周期が有る」と唱えている御仁が居り、私が感じている「天皇即位(日本の歴史・節目)」に666年の周期・節目が存在するので、文明の経済発展周期と、精神(魂しい)の世界の周期・節目にはズレが有ると思われるからである。・・
 今日の由香のビジョンでは、パンを作る過程で、小麦粉を練って醗酵させていたとの事である。其の由香のビジョン・映像は、パンの醗酵作用が生きた微生物の活動の様子であるので、今朝の私のメッセージの映像に映し出された冷凍された食べ物とは、反対の世界である事に成る。
其れにパンの醗酵の世界は、私に告げられて来ている「風 麥東 陶・ふうれんとう」の事とも関係が有りそうである。・・
 本日のメッセージは、「出口王仁三郎」が言い残した「9月8日は12の秘密が有る」との事が完結に向かっているとの事なのかも知れない。
 今日は、其れ等の動きに関係が有るのか、四国の「白土宏」氏から電話が有り、昨日の夢に私が出て来て、人々を集めて話をして居たとの事であり、其の後で近況報告があった。
其の出来事からも、全体的に、本日9月8日は事象が節目に絞られて来ているとの事なのであろう。
「事象の節目」https://green.ap.teacup.com/20060818/4737.html

此の文章に書いて有る「竹の筒(トンネル)」の事を考えると、今朝の映像に映し出されて来た「錠前」は、時間(とき)の開閉と関係が有り、土筆の絵が描かれていた額は、時間が無ければ生命世界の「原子転換(栄養の循環)」が起きようが無いと言う理・ことが示されて来ているのかも知れない。

【原子転換】
フランスの生化学者(兼 理論物理学者)の「ルイ・ケルブラン」研究。
原子核物理学でいう「原子転換」「高温高圧処理」「人工的な過程」
生体における原子(元素)転換 「常温常圧における」
「生体による原子転換」(昭和37年12月桜沢如一訳)
「自然の中の原子転換」(昭和38年7月桜沢如一訳)日本CI協会刊

2016/6/30今朝のメッセージの映像は、先ず、自然の林の中に、林檎の原種の木が一本立っており、其の枝先の彼方此方に、色付いた果実が数個着いているのが、映し出されて来た。
そして、「生命の元気(もとき)」「元気な生命(いのち)」との、どちらとでも言える言葉が、重要である理・ことが示されて来た。
 其れから、自然界や、その自然の中での人間の営みが、次々に映し出されて来て、其の映像の中の随所で、大事と言うか、必要な言葉が、日本語で表示され、其の日本語の後に( )付きでCentury文字(セリフ文字)にて、英語の意味・読みが付されていた。
そして次に、真っ黒な世界に、金色の文字で、其れ等の単語が繋がって、「玉枝垂れ」の様に、放射線状に広がっており、傘骨を回転させる様に、回り始めた。
 今朝の映像に、様々映し出されて来た場面中には、一婦人が、自分の菜園で栽培した「スギナ」を、私の所に持って来て「是は 身体に良いので 食べてください」と云って、置いて行く場面が有った。
 私は、其のスギナの事で、「マクロビオティック・正食」を世界に拡げた故「桜澤如一・さくらざわゆきかず」の事を思った。
〇自然の中の原子転換/日本CI協会    
ケルブランは低エネルギー核融合という新興科学を「生物学的元素転換」と命名した。後に生理学分野のノーベル賞にノミネートされたケルブランは、自然界、特に植物や動物の個体内では、低エネルギー核融合を通じ元素が結合し新しい元素を生み出していると提唱した。元素転換は低温、低圧、低エネルギーの状況下で2つの原子核が融合することで発生する。ケルブランは、二つの「原始」元素を自然な環境の下融合させることで新たな「子孫」元素が誕生すると考えた。・・・
原子転換の原理は、その昔、フランスのルイ・ケルブランによって発表され、食養の大家、桜沢如一(さくらざわ ゆきかず)先生と共に研究されて来ました。
スギナが、ケイ素と炭素の原子核を組み合わせることができれば、 カルシウムを自前でつくることができる。 スギナだけではない・・・。
        引用終了
 其の「桜澤如一」は、私が此の世界に入って4311体の「神霊の思頼・みたまのふゆ」が起きた時に、一番先に私の身体を使い始めた人物である。
其れを考えると、今朝スギナを、私の所に届けた来た婦人は、桜澤如一の御魂に関係が有り、桜澤如一が何等かの意思を、伝えて来たモノなのではないだろうか。
 其れに、今朝、最初に映し出されて来た、林檎の原種の木は、旧約聖書に記されている、蛇が勧める知恵の林檎と関係が有り、聖書の物語・比喩は、林檎の木にとっては甚だ迷惑な事なので、林檎の存在を、人間の罪の喩えに使うのは、止めてくれとの事ではないだろうか。
 そして、知恵の林檎を食べる事で、「自分が裸である。恥ずかしい。」との言葉を知って、エデンの園から追放された「アダム」と「イブ」の物語に代わるモノが、今朝映し出されて来た玉枝垂れの言葉の回転であり、新しい言葉の楽園を築かなくては成らないとの理・ことなのであろう。
 そして、其の言葉は、人間の生活に無くては成らない単語であり、其の言葉の基礎と言うか、始まりの所には「生命の元気(もとき)」「元気な生命(いのち)」との、意味がなければ成らないと言う理・ことなのであろう。
 其れは、私に「命を探せと云った人の名は」のブログの切っ掛けを与えた、女神の存在と関係が有り、我々人間が、一番気にしなければ成らない意識の原点(根源樹)なのであろう。
其の様に考えると、私は女神に指示された次元に、到達した事に成るのではないだろうか。
 今朝はPCを立ち上げると「そうね 貴方には何も」との女神の声が聴こえて来たので、女神のブログを開くと、続きの言葉が告げられて来た。
「そうね 貴方には 何も
自分からするべき事は無くなったわ。
貴方は 完全に 自分の為すべき事を終えたのよ。
ですから 気持ちを楽にしなさい。
是からの出来事は 貴方のカルマに成る事ではないので 
気軽に接して行けば良いのです。 
ですが是からの事は 貴方無しでは進める事が出来ないので
其処のところは 充分に熟知して対処しなさいね。
何故なら其の事で 未来世界が創造されて行くのですから
例え何が有っても 貴方の是までの実績は消える事は
有りませんので 其処のところは安心して良いのですよ。
では 残りの人生を 楽しみなさい。」
 此の女神の言葉からすると、私は桜澤如一から始まった4311体の「神霊の思頼・みたまのふゆ」の出来事や、聖書等の宗教の世界からも、意識を外して良いとの事なのではないだろうか。
其の様に考えると、私は確かに自由に成ると言うか、肩の荷が完全に下りて、気持ちが楽に成る様な気がする。
 私は、5月30日にPCが壊れてから、作業中に音楽を聴く事も無くなったし、夕食で焼酎を飲む事も、余り必要では無く成って来ている。
其れは、私が「土肥無庵」に傳えられた事や、4311体の「神霊の思頼・みたまのふゆ」が私のストレスと成っていたと言う事であり、其のストレス・呪縛が解かれた事の、影響なのであろう。
 今朝のメッセージから、私が考えられる事は、人間の暮らしの営みの中で使用されている、基本的な言葉と言うか、重要な単語を、改めて確認する必要が有り、其れが世界共通の概念と成る様に、英語の単語(解釈)も整備しろとの事なのであろう。
そして、其の作業の基本と言うか、基礎・土台の所に「生命の元気(もとき)」「元気な生命(いのち)」との「意識のタイトル」が、必要不可欠であるとの理・ことなのであろう。
 本日6月30日は、私のPCが壊れてから、丁度一ヶ月目の日である。
其の日に、「そうね 貴方には 自分からするべき事は 何も無くなったわ」との女神の言葉が告げられて来たのは、5月30日にPCが壊れたのも、其の女神の仕業であり、今日と言う日を迎える為の、天神(てんのはたらき)の計らいなのであろう。
 其の様に考えると、私は1984年6月4日の朝、紫陽花を一輪渡され、安房川の岸辺で、禊ぎ祓いの儀式を行ってから始まった神の世界を、此の紫陽花の季節に、卒業する事に成るのであろう。
其の事を認識するだけでは、私の意識・脳が空白に成り、無に成った意識に「不如帰・ほととぎす」の声が響けば、私は虚空の谷間に吸い込まれて行き、自分の意識を失ってしまう可能性が有る。
 其れを防ぐ為に、今朝の映像では、新しい言葉の玉枝垂れが回転し始め、私に新しい世界を、提示して来たのではないだろうか。
其の様に考えると、天神(てんのはたらき)の世界の配慮に、感謝をしなければ成らないと謂う事になる。
 いま個々まで打った処で、右手の中指にカモ・(神の電気信号)の反応が起きた。時刻を確認すると、10時07分である。
其の10時07分の数字は、私が2005年10月7日に、2008年9月15日に「リーマンブラザース証券」が倒産する事が告げられて来た日である。
 其れを考えると、いまのカモの反応は、其の事の背景と言うか、裏には、天神(てんのはたらき)が有り、人間社会の有り様と言うか、人間意識の裏には絶えず、神の意識が存在すると言う理・ことなのであろう。
 其れを考えると、仏教で言う処の「人間の行いは 全て観音菩薩の掌の中」との訓えや、イエスキリストが謂う「神は 貴方達の今日の髪の毛の数まで 知っている」との理・ことが、理解されて来る。
其の上での、私に与えられた自由である。
是は、確かに「では 残りの人生を 楽しみなさい」である。
「生命の元氣(もとき)」https://green.ap.teacup.com/20060818/3903.html

此の文章の内容から考えると、今朝のメッセージの映像で、山中で一人暮らしをして居る男性が田畑の作業を何もしていないのは、自分の日常に頭を悩ます行為・出来事が何も無い理・ことを示唆しており、聖者・仙人の生き方が示されて来ているのであろう。

其れは、「心臓」の鼓動が安定している事に成るので、「心・こころ」が穏やかである理を示唆しており、マヤ・アステカの神(はたらき)である「時間の操縦士」と関係が有り「時間を司る者」は、人間社会の煩わしさから遠ざかって居なければ成らない理・ことが、示されて来ているのではないだろうか。

2016/5/22・・今朝のメッセージで、人間の心臓の鼓動は、事象の時の幕を叩く音の役割を果たしている理・ことが示されて来たのは、マヤ・アステカ文化の神である「時間の操縦士・チャクモール」の石像に、生きた人間の心臓を供えていた事と関係が有り、古代の人々が自分の心臓の鼓動を、天神(てんのはたらき)と関係が有ると考えていた事の理由が理解出来てくる。
其れは、「寸・寺・時」の漢字の象形・概念と通じており、「意・念・祷り」が世界共通である事の証しと成るのではないだろうか。・・・
「意八」http://green.ap.teacup.com/20060818/3860.html

2011/1/12・・「寺・ジ」の漢字は、「止+寸」の組み合わせで、「止」は「一(線)+1(左足)+ト(歩き出す右足)」の組み合わせで「スタートの線の前で立ち止まる」との意味であり、「寸」は「右手の脈拍を 左手の親指で測る」との意味である。
だから、「寺・ジ」の漢字は、「動き出す前に 自分の心臓の脈拍や呼吸を確かめてから 行動する人間が 考え出した教えを記録した文章・経本・巻き物を 保管する建物」の意味である。だから、其の様な生き方をした「釈迦」の経典・仏教を保管する意味で「お寺・寺院」として使われているのである。
「Koutinji 」http://green.ap.teacup.com/20060818/1800.html

2007/2/26・・私は、1995年の8月に東京都調布にお住まいの針師である「清水先生」に探し出されて、中国の王様が受ける針の治療を二ヶ月に亘り、六回受けた事が有る。
其の時に、針師に云われた事は「北を背にし 南を向いて椅子に正しく座り 呼吸を整え 頭に一切の言葉を 想い浮かべては成らない」との理であった。
其の事が、今の私に、現実として起きて来ているのだ。
 其の時の日記の内容(東京都目黒から通う8月19日・21日・23日 9月5日夜中に阿蘇の自宅で寝て居る時に、鼻の下に遠隔針を打たれ「9月13日までに来い」と告げられたので、7日の11時30分の飛行機で羽田に向かう。9月14日5時清水先生宅。24日日曜日11時~3時まで。)
 其れ等の事柄を考えると、今朝の状況こそ、神々と精霊達が此処まで私を導いて来た事が完成したことを意味し、23年前に私を探し出した無庵師匠の云った事が、現実と成った事を証明しているのではないだろうか。・・・
「平らかに成った世界」http://green.ap.teacup.com/20060818/200.html
2014/11/25「時間の操縦士」http://green.ap.teacup.com/20060818/3275.html
2015/6/18「有意義」https://green.ap.teacup.com/20060818/3502.html

今朝は、由香に何かビジョンを見なかったかと訊くと、「4月3日」が誕生日である人物が登場したとの事なので、4月3日は日本国の歴史の始まり・紀元と成っている「神武天皇」の誕生日であるので、今朝の文章の題は「時を司る者」ではなく「紀(とき)を司る者」とした。

其れは、今朝のメッセージの映像で、由香が手に「時間・とき」に関係が有る「錠前」を持って居た事と、私に「御稜威建国6月11日・紀(とき)の祭りを行え」との言葉が、2006年3月19日に告げられて来ているからである。

2019/2/12今朝のメッセージは、昨日が「建国記念日」であった事と関係が有りそうで「ときの始めとする」との言葉が告げられて来た。
其れに、今朝のメッセージの映像には、昨日の映像に検索エンジンと成るブログの存在が映し出されて来た事と関係が有り、左右に分かれている画面に、左側は「テーマ・課題」が映し出されて来る物で、右側には、其の結果・結末が映し出されて来る様に成っていた。
そして、左側の画面が映し出されて来た時に、「ときの始めとする」との言葉が告げられて来て、右側には「2040年」と「12月24日」の日付が書かれていた。
*12月24日は、イエスキリストのイブ(誕生前夜)であり、西暦2040年とはイエスキリストの存在を紀元とする物なので、イエスの御霊と関係が有るのだろう。
其れを考えると、今朝告げられて来た「ときの始めとする」との言葉は、日本の事だけではなく、世界全体・人類全体に対する出来事が示されて来ている事にも成る。
其れに、今朝のメッセージの映像には、私が日本猿を一頭飼い慣らしている場面が映し出されて来て、其の日本猿が自分の兄弟の様な感じであったので、昨日の唐草模様の生命プログラムと関係が有り、DNA・遺伝子の二重螺旋構造の世界と関係が有るのかも知れない。・・
 そして、其の事に、私の存在が必要不可欠であると言う事であり、今朝映し出されて来た左右に分かれているPC画面は、人間の脳の仕組みが「左右」に分かれている事に関係が有り、私が此の世界に飛び込んだ時に「アンテナが二つ要る」と告げられて来た事が、現実として始まったと謂う事に成るのではないだろうか。
「ときの始めとする」https://green.ap.teacup.com/20060818/4898.html

今朝のメッセージの映像には、由香と二人の男性が、山中で一人で暮らす男性を訪ねると、其の男性は国有林に住んでおり、農作業だけではなく、炭焼きなどの作業も出来ない場所であり、電気や水道施設も無く、車が通行できる道も無いので、人間社会とは繋がりが無い暮らし向きである事に成る。

其れを考えると、本来「天皇陛下・帝・みかど」は御簾の内側に存在して、人々に会わない立場である事と関係があり、「紀(とき)の祭り」を行う者は、世間とは隔離された生き方をしなければ成らない理・ことが、示されて来ているのであろう。

私は「土肥無庵」に捜し出されてから、明後日で丸36年と成る。

其れを考えると、私は新しい次元に入らなければ成らない事が、始まるのかも知れない。

『そうではなく 貴方自身が 自分で
どの様な人間社会を 創造するれば良いかを
考えなければ成らないと言う事です。
其れが なければ 新しい御代は 始まらないのですよ。

其の為にこそ 錠前が必要であり 
未来の扉を開けられるのは 貴方だけであると言う事なのです。

良いですか 貴方が 言葉にした分だけの事が
是からも起きるのですから しっかりと言葉を紡ぎなさいね。』
                  16時57分

                      平成31年3月16日

                            礒邉自適

内部の根本が腐っている

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     内部の根本が腐っている

                         31・3・15

今朝のメッセージの映像には、木造建築の建物の床下の柱が、横に4本並んでいる場面が映し出されて来て、内側の二本の柱は根本が腐って、浮き上がっている事が示されて来た。

そして、起こされた時刻は7時18分である。

今朝はPCを立ち上げて、先ず、起された時刻「7時18分」の数字から、昨年の7月18日の文章を見て見ると、次の様に書いて有る。

2018/7/18今朝のメッセージの映像は、一本の樹木の「根・幹・枝・葉・実(種子)」が個別に切断され、夫々の部位が纏めらて、保存・管理される場面が映し出されて来た。
 そして、其の場面は、人間の手(行為)が関わりを持つ、全ての世界の管理に付いて、示唆されているモノである理・ことが理解されて来た。
其れから、若い男性の優しい声で「打ち合わせをしに来たんだね」との言葉が聞こえて来て、私の意識は其の意味が理解できていた。
 次に、私が其の言葉の意味を理解した事が通じたのか、同じ声で「そしたら その・・」との言葉が告げられて来た。
其処で、私の意識が目覚めたので、照明を点けて時計を見ると時刻は「3時18分」であった。
 私は其の数字を見て、今朝のメッセージは私を捜し出して、此の世界に送り込んだ「土肥無庵」に関係が有るのだと思った。
其れは、私が捜し出された日が1983年3月18日だからである。
 其れから再び眠ると、私には認識出来ない世界が映し出されて来て、「星の」との言葉が告げられて来て、其れは天体の管理に付いて、示唆している事が理解されて来た。其の「星の」「天体の管理」との事から、私はイエスキリストが誕生した時に、東洋から、杖を突いた三人の賢者が光る星に案内されて、馬小屋にまで辿り着いてイエスを祝福したとの話を思い出し、其の星を管理している存在が気に成って来た。
 何故かと謂うと、私が群馬県南北村に存在する「黒滝不動尊」で杉岡伴太夫政房氏と中屋龍州氏他12名(計14名)で会合を開いた時に、天空に動く星が現れた事が有るからである。・・
 今朝は起きて、由香に「何かビジョンを見なかったか」と訊ねると、見たとの事であり、其れは次の様な映像であったとの事である。
全ての件が記されている様な、とても古い辞書の存在が映し出されて来て、其の辞書が今だけ「虫干し」の様な意味合いで、開放されて閲覧できる様な状態にあったとの事である。
だが、其の辞書の虫干しは太陽の方に向けて開かれているのではなく、机の下に干されていたとの事である。
そして、閲覧する人は「105円」を支払うように成っていたとの事である。
 今朝のメッセージは、是までのメッセージとは明らかに違うモノ(世界)であるので、私も是までのメッセージとは、意識を切り替えて対応しなければ成らない様である。
其の事に関して、由香に示されて来たビジョンが、謎解きのヒントに成るのではないだろうか。其れは、今だけ、105円支払えば辞書(アカシックレコード)の中身を閲覧できるとの事が、現在・いまだけ、宇宙の神秘が開放されているとの事を、示唆しているからである。
其れを考えると、今朝、若い男性の優しい声で「打ち合わせをしに来たんだね」と告げられて来た事と、私が其の言葉の意味を理解したと思った時に「そしたら その・・」との言葉が告げられて来たのは、「そしたら その続きを始めようか」との意味にも、受け取れる。
 今朝起された時刻が「3時18分」であった事から、3月18日の日付を考えると、私が「土肥無庵」に捜し出されて、自分の人生が変る事に成った日であるので、「全ての事が始まった日である」と謂える様な日である。・・
私は1983年3月18日に、「土肥無庵」に捜し出された時に「暗黒宇宙が有って、宇宙が生まれ、銀河→ 太陽系→ 惑星→ 地球→ 日本→ 鹿児島県→ 屋久島→ 安房→ 自分と 考えて来れば、何も迷う事はない。」と謂うと、土肥無庵は驚いた顔をして「そんな事を理解する人間が屋久島に居るのか。」と謂うので、私は「居ないので自分に殻が出来てくるから 島外の人達と付き合っている。」と答えた。
すると「土肥無庵」は、私が気に入った様で「屋久島に引っ越して来るので土地を探してくれ」と謂って、付き合いが始まったのである。・・
 今朝の由香のビジョンに映し出されて来た、机の下に虫干しされた辞書の存在は、宇宙に存在する記憶盤(アカシックレコード)と関係が有り、今の間だけ触れられるモノであり、再び閉じれば2600年間は開かずの間と成り、次の御開帳までは太陽系が存在する銀河の腕が、一回転する期間が掛かると言う事なのであろう。・・
 今朝の若い男性の声は 私が此の世界に入って34年が経過した事と関係がり、私が4311体の「御霊の思頼・みたまのふゆ」を受け入れ、宇宙空間に事象の穴(タイムトンネル)開けて、其れまでとは裏表が逆回転と成る、新しいアカシックレコードを回転さす事に成功した事で、此の地球に降臨して来た御魂(スターチャイルド達)の存在が、既に33歳に達している事と関係が有るのだろう。
 其の様に考えると、今朝 「打ち合わせをしに来たんだね」との言葉は、其の子らが成人に達している事を示唆しており、「そしたら その・・」との言葉は、「土肥無庵」と私が「話し合い・打ち合わせ」をした事を、其の子等(スターチャイルド)の手に拠って、実行に移されるとの事なのかも知れない。
 今朝最初に映し出されて来た「・・一本の樹木の「根・幹・枝・葉・実(種子)が個別に切断され、夫々の部位が纏めらて、保存・管理される場面される場面・・」は、私が此の世界に飛び込んだ時に、「白山菊理姫」の本体である白龍が私の体に巻き付いて来て「地球の管理を任す」と告げて来た事と関係があり、白山菊理姫が本格的に動き出すとの事なのかも知れない。
「打ち合わせをしに来たんだね」https://green.ap.teacup.com/20060818/4684.html

此の文章に書いて有る「・・一本の樹木の「根・幹・枝・葉・実(種子)が個別に切断され、夫々の部位が纏めらて、保存・管理される場面される場面・・」との事は、今朝の映像に映し出されて来た「柱の根本が腐って 地面・土台に着いていない」事と関係が有り、「現在の人間社会は 外壁は立派に見えていても 内側の柱の根本の所が腐ってしまい 役割を果たしていない」との理・ことが、示されて来ているのであろう。

其れは、何事にも「原理・原則」が有って、其れが守られなければ、全体が崩壊してしまうと謂う事である。

しかし、今朝のメッセージから私に考えられる事は、人間社会は建物とは異なり、生き物と同じモノ・世界なので、腐った根元に継ぎ足ししても、上の部分には「生命・いのち」は通わないと謂う理・ことである。

其れは、生きた樹木の根元の皮を一回り剥いでしまえば、水や栄養が上の枝葉に上がらないので、直ぐに其の木は枯れてしまい、やがて其の枯れ木は朽ち果てて行く事と同じである。

其の理を考えると、現在の「政治」「経済」の世界や「教育・宗教・天皇家」の世界も、一度壊して、根本・基礎から立て直す・遣り直さなければ成らないと言う事に成るであろう。

其れは、現在・いま其の世界で禄を食んで居る者達には、決して出来ない事・件であるので、何らかの革命が起きなければ、実現しない事である。

其れを考えると、現在の体制が行き詰まって崩れ落ちる迄、静かに眺めている事しか出来ないのかも知れない。

私は、三日後の3月18日に「土肥無庵」に捜し出されてから、丸36年目(12年×3干支)を迎える事に成る。

私には、既に新しい「色・rūpa・ルーパ・縁起」が始まっているので、其れは新しい木を育てる為の種子が、発芽したとの事に成るのかも知れない。
其れを考えると、私には「静観」との言葉が今必要なのであろう。

何故なら、伸びきった物は、元の状態にまで縮める事は不可能だからである。

                      平成31年3月15日

                            礒邉自適
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