君の御稜威

「王道」の名前から 「君の御稜威」に変更します。 其れは 私のHPである「君」の趣旨に合す為のものです。 「君」 http://jite-jyu.main.jp/

正しい世の中

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    正しい世の中
                       29・6・22

今朝のメッセージの映像は、先ず、大型商業施設の様な、複合店舗の存在が映し出されて来て、どの店舗の商品も良品が並んでおり、働いて居る人々も皆「良い。優秀。(品行方正・ひんこうほうせい)」な人々である事が示されて来た。

次に、テレビドラマの様な物語の映像が映し出されて来て、其の物語の内容も俳優も優良なモノであって、子供達が観ても、意識・こころに害が無いモノである事が理解されて来た。

其の他にも、幾つかの人間社会に関する映像が映し出されて来て、私の存在も其の社会改革の先頭に立って活動をして居た。

そして最後に、文部省唱歌の「汽車」の歌、「今は山中 今は浜 今は鉄橋渡るぞと 思う間も無く トンネルの 闇を通って広野原(ひろのはら)」の曲が聞こえて来た。

其処で自己意識が目覚めたので、起きて時計を見ると、時刻は「5時25分」であった。

今朝のメッセージの内容は、昨日のメッセージ「正しい文字で綴る」とのテーマと関係が有り、正しい言葉・正しい文字が使用される世の中と成れば、人間の精神・こころ・意識も正しいモノと成る理・ことが、示されて来ているのであろう。

そして、其の正しい精神の人々に拠って、世の中の有り様が正しいモノと成り、流通する様々な品物が良質・良心的な物と成って、人々の生活が幸福・しあわせに成ると言う理・ことが、示されて来ている様である。

そして、汽車の歌が聞こえて来たのは「・・思う間も無く トンネルの 闇を通って広野原」との言葉が関係が有り、人間社会の闇・無明が、闇の期間を過ぎて、明るいモノと成る時が近付いて来ている理・ことが、示されて来ているのであろう。

私を捜し出して此の神の世界に送り込んだ「土肥無庵」は、「自適さん 豊な心の持ち主が良い品物を創り出し 良い品物は人間の心を豊にするのだ。」と謂って居た。
今朝のメッセージの内容は、其の「土肥無庵」の想いが、漸く叶う時節が巡って来たと言う事に成るのかも知れない。

2009/2/7・・私を捜し出して此の世界に入れた無庵師匠は、「自適さん 豊な心の持ち主が良い品物を創り出し 良い品物は人間の心を豊にするのだ。」と謂って居た。
其れは、人間の意識が、目に見える物や、手で触れる物に拠って、組みあがる事を意味し、良品は良い霊魂(たましい)を育て、悪品は、貧しい霊魂を育ててしまう理を示している。
 特に、現代社会の大量生産・大量消費の文化・文明は、精神的にも粗悪な人間を育ててしまっている。
特に、百円均一の物ばかりに頼って居ると、精神も、百円均一と成ってしまいかねないのである。
古代社会の人達は、精神・意識を組み上げているモノは、人間が毎日扱う「品物比礼(くさもののひれ)」である理・ことを知って居たのである。
其れは、此の三次元世界に存在する物は、全て、神の「恩寵・おんちょう」に因って現出しているのだと、考えて居たことになる。
其の考えが、意識の基礎に有るからこそ、其の理を忘れない為に、儀式を伝えて来たのである。
 其の様に考えると、儀式を行なう事こそ、教育の原点である事に成るのだ。
其れが、日本国の現状では、大人に成る為の大事な儀式である「成人式」にて、裸になって大騒ぎをしたりする、若者が発生しているので、余りにも精神が堕落・幼稚化している事に成り、嘆かわしい有様である。・・・
「千のひれ」http://green.ap.teacup.com/20060818/1038.html

今日の愉伽さんのビジョンは、自分が産婦人科で働いている場面と、魚の卵と精子が受精する様子が映し出されて来たとのことである。

其の愉伽さんのビジョンは、雌・女性の存在にとって、何が一番大事であるかが、示唆されて来ており、生き物の存続には、生殖の世界が最も重要課題である理・ことが示されて来ており、其の世界が正しく維持されなければ、どんなに他の事が正しく行なわれていても、神の秩序・自然の法則が守られる・維持される事には成らないと言う事なのであろう。

私の6月17日の「完熟したトマト」のメッセージには、大きな男性器の形が映し出されて来たが、其の事が、今朝の愉伽さんのビジョンと関係が有り、完熟した二個のトマトの映像は、あらゆる陰陽(タオ・道)の世界が、バランス良く成熟した事が示されて来ているのではないだろうか。

2017/6/17・・「百獣の王」であるライオンの事に継いで、大きな男性器の形が映し出されて来たのは、麗の漢字の字義が「立派な大きな角が左右揃っている鹿」の意味である事と関係が有り、雄・男性の生命力の世界を示唆しているのであろう。
「完熟のトマト」http://green.ap.teacup.com/20060818/4274.html

昨日は、実際に、其の完熟した二個のトマトを収穫して、二人で夕食に食べた。

そして、昨日が夏至であった事を考えると、アステカ文化の岩鏡である「鏡・炎のリング」の図柄の中央に、長い舌を出した「太陽神」の顔が彫刻されている事と関係が有りそうである。
其れに、「茅」の文章は、神社で「茅の輪」を潜る儀式に使用される物であり、アステカの「葦・ケイン」との繋がりも見えて来る。

2008/9/21・・其れは、アステカ文化の暦である岩に刻まれている「鏡・炎のリング」の、「真北・0時・12時」の所に有る「ケイン・葦の芽・葦北」に関係が有り、日本を「豊葦原瑞穂の国」と呼ぶ事と、「スメラのみこと・皇命」が国を「スメル・総める」とのシュメール文化の概念である事と、パスカルの「人間は考える葦である」とのイメージに、繋がる世界である。
其れは、湖や池の「葦原・よしはら」に、人間の記憶が繋がっている理・ことを示唆している。其処には、全ての動物の記憶の源が、潜んでいるのだ。
しかし、アステカの暦(太陽の暦石)炎のリングの北の中心には、葦の葉が刻まれていて「ケイン」と呼ばれている。・・
今朝の映像の意味は、言葉や数学は、人間の顕在意識の世界のモノであるから、其の思索の方法では、神の奥義である神秘の扉は、開かないとの事であろう。
其の様に考えると、「真言・マントラ」を使い、また書の達人であった空海でも、神の神秘の扉は開けていない事に成る。
そして其れは、パスカルでも不可能だったので、自分の心象風景を、一本の葦に例えて表現したのであろう。
其れは、アステカの人には、其の神秘が解明されていた事を証明している。
其の事実は、人間は文字を開発した為に、其の文字に意識が捉えられて、神秘の扉を潜れなく成った理・ことを意味している。・・・
「一番古い記憶」http://green.ap.teacup.com/20060818/889.html
2017/5/5「茅・かや」http://wave.ap.teacup.com/20060106/745.html
2016/5/26「神(はたらき)の意識」http://green.ap.teacup.com/20060818/3865.html
2016/8/14「生存競争」http://green.ap.teacup.com/20060818/3955.html
2015/9/20「新時代へ」 http://green.ap.teacup.com/20060818/3601.html

其れに、今朝のメッセージで「思う間も無く トンネルの 闇を通って広野原」との汽車の曲が聞こえて来たのは、伊勢の「伊雑宮・いざわのみや(磯部の宮)」の祭神である「天照坐皇大御神御魂 ・あまてらします すめおおみかみ のみたま」が、1984年11月22日(新嘗祭)の日に「過去に八回トンネル潜りに失敗して、今回が九回目で最後のチャンスである」と告げて来た事が、漸く成功する目処が立ったと言う事に成るのではないだろうか。
2008/6/3「定着した画像」http://green.ap.teacup.com/20060818/770.html
2016/12/8「女神の両腕」http://green.ap.teacup.com/20060818/4077.html
 
其れに、昨日が夏至であり、一年間で昼間が一番長い日であった事は、最大の夏日である事に成るので、夏の漢字の意味が「夏の季節の盛んなさま」であり、最も生命力が高まる日なので、今朝の愉伽さんのメッセージは、其の事に関係が有るのだろう。

2014/10/20・・今朝のメッセージの映像は、是までには無かった、真実味の有る「生命・いのち」の世界が映し出されて来た。
其れは、単なる生物だけの世界ではなく、物の存在の本質が、どう言うモノであるかを、明確に示して来るものであった。
其れこそが、心身一如の世界であり、イエスキリストが謂う処の「永遠の魂・いのち」の世界であり、仏教で言う処の「ほとけ」の悟りの世界であり、日本語の「生命・いのち」の言葉が意味する世界なのであろう。
 今朝のメッセージは、是までには示されて来てはいない、「神の光に包まれた世界」であると言うか、宇宙の存在・エナジーがどう言う物であるかを、如実に示して来ていた。
其れこそが、仏教で言う処の「人間には 計り知れない 光であり 寿命」の意味である「阿弥陀・アミターパ・アミターユス」の、世界の様である。
 今朝は、其の世界が映し出されて来て、私は是から、其の真実の「いのち」の世界を、言葉にして行かなければ成らない事が示されて来た。
そして、其れは「いのちの書」を作製する事であることが示されて来た。
 「阿弥陀如来」とは、大乗仏教の如来の一つで梵名は「アミターバ(無限の光をもつもの)」、あるいは「アミターユス(無限の寿命)」との意味である。
其れは、イエスキリストの謂う「永遠のいのちの世界」と、同じ意味なのではないだろうか。
「夏」の漢字は、「頁+臼+夊」の組み合わせで、頁は、冠や面などをつけた人の頭の象形。臼は、両手。夊(すいにょう・なつあし)は、両足の象形。冠などをつけ両手両足を動かして、みやびやかに舞う夏祭りの舞のさまから、なつの意味を表す。夏の季節の盛んなさまから、転じて、大きいの意味、大いなる国、中国の意味をも表す。
【字義】一 ①なつ。四季の第二。六月から八月。陰暦では四月から六月まで。
二①おおきい。さかん。  漢語林
「いのちの書」http://green.ap.teacup.com/20060818/3235.html

此の「いのちの書」の内容からすると、此処数日間のメッセージである「完熟のトマト」「4時32分10秒」「記憶を司る物」「情報システム」「正しい文字で綴る」は、其の「いのちの書」と関係が有り、私に「いのちの名を探せ」と告げて来た女神の意思が、漸く「時間(とき)の輪・茅の輪」を潜る時節・チャンスが到来したと言う事に、成るのではないだろうか。

其れは、神仏や他人に依拠するのではなく、自分自身が己の心身を大事にし、生命の本質を見極めて行くと言う事である。

其の理・ことが、一人一人に確りと守られれば、正しい世の中が建設され、人類全体に明るい未来が到来すると言う事である。

                  平成29年6月22日

                        礒邉自適

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                        29・6・21

本日は今年の夏至であり、明日からは日中が短く成って行く。
昨日昼から、漸く梅雨の降雨が始まり、農家はようやく安堵して居る。

今朝のメッセージの映像は、先ず、人類が長い間築き上げて来た文化の記録が納められている、黒くて古い木箱が開けられて、其れを新しい物に書き換えなければ成らない場面が映し出されて来た。
そして、私が其の役割りを、果たさなければ成らない様子が示されて来た。

其れは、全ての情報を、正しい漢字文字に書き換えなければ成らない作業である事が、示されて来た。

だが、私は其の作業に付いては、全く不得意と謂うか門外漢なので、其の場から逃げ出す様に立ち去った。

其処で、照明を点けて時計を見ると、時刻は「3時47分」であり、私は其の時刻を「4時13分前」と読んで、虚空蔵菩薩の事を想った。
すると「3月27日」の日付が示されて来た。

其れから再び眠ると、今度は、私が一人で、山中の細い道を歩いて行く映像が映し出されて来て、道の右側に、木造の日本建築の古い建物が一軒有り、其の建物の玄関右側壁には「蕎麦道場」と筆で記された、小さな木札が下げられていた。

其の家を通り過ぎると、年配の男性が一人で作業小屋に居て、楽焼を作陶している様な感じで、陶芸用の窯に薪をくべて勢い良く燃やしていた。

其処を通り過ぎると、苔むした岩間を清水が流れ下っている、屋久島の奥岳の小杉谷の様な場所に出て、其の場所からは、神社の階段の様な苔むした古い階段が、下の方まで続いている様子が映し出されて来て、私は其の階段を麓の方に降り始めた。

私は其の神社は、小杉谷の集落跡に、今でも残されている「大山祇神社・おおやまづみじんじゃ」の様に感じて居た。

今朝は、起きてPCを立ち上げると、「今更なんですが」との女神の声が聴こえて来たので、女神のブログを開くと、続きの言葉が告げられて来た。

「今更なんですが
是からの 貴方の行く末を 想い図ると
是以上の難題を 与える事に躊躇します

ですが 是は 貴方でなければ 出来ない事なので
できるだけ 先に進めて措きたいのです

其の為には 貴方に 余計な事を
させる分けには 行かないのです

ですから 貴方は 他の事を考えずに
此の事に 集中して欲しいのです

其の為にこそ 
由香の存在が 必要不可欠なのですよ

其れ等の事を 深く考えて
日常の暮らしを図りなさいね

良いですか 貴方は 低い次元の事を
考える必要は 全くありません

ですから 其の為にも
貴方の 悠々自適の名前が 役に立つでしょう

人間界の 誰一人 理解しなくても
此方側は 全て 貴方の身内ですから
安心して 日々を過ごしなさい   」
「今更なんですが」http://moon.ap.teacup.com/20060103/841.html

今朝のメッセージの内容は、昨日のメッセージの映像で、私の記憶(おもいで)が、色着きの綿飴で作られた造形の舞台の様な物として、映し出されて来た事と関係が有り、其の私の意識構造・記憶情報では、後世に傳え残す事は不可能なので、表意文字である漢字を使い、間違いの無い正しい文にて、書き残す必要があると言う事の様である。

其れは、書の達人である「弘法大師空海」が「真言宗」を立ち上げた事や、岡本天命の「日月神示・天津日嗣神事」に「老子(道院殿老祖様)だけを中に祀りり 他の神は外に祀れ」と記されている事と関係が有り、其の続きを私に行えと言う事の様である。

其れに、故「白川 静」が、「漢字は 神とのコミュニケーションの為に創られた物である」と謂っている事と関係が有り、其の世界を、再生しろとの事なのであろう。

今朝の愉伽さんのビジョンには、「山本太郎氏」が木彫りの仏像と肩を組んでいる写真と、知り合いである「山城」「高山」という苗字の人が、登場したとの事である。

其の愉伽さんのビジョンは、三人とも「山」の文字が使用されているので、山の神に関係が有り、私が今朝の映像で、山に有る神社の階段を下り始めた事と関係が有るのだろう。

其れに、山本太郎との名前は「山の本 太い郎」との意味なので、私が33年間取り組んで来た世界と言うか、結果の意味も有りそうな気がする。

其れは、私が一昨日「英彦山」近くの岩山に呼ばれた事と関係が有り、其の感覚は、私が1984年6月に屋久島の高平岳の麓で感じた事と通じていたので、33年振りに、岩山(ピラミッド)の神(はたらき)の呪縛が解かれたとの事を、感じた事と関係が有りそうである。

其れに、今朝起こされた時間が「3時47分=4時13分前」であり、私が其の4時13分前の時刻から、虚空蔵菩薩の事を想ったのは、4月13日に大祭が行われる京都市の嵐山の麓に有る「法輪寺」の境内で、私が弘法大師空海から「我が弟子 いまだ我を超えず」と告げられて来た事と関係が有り、其の法輪寺の御本尊が、13仏の「虚空蔵菩薩」であるからである。

其の事が若し当たっていれば、虚空蔵菩薩の働きが動き出すとの事であり、「弘法大師空海」が会得した「虚空蔵求聞持法・こくうぞうぐもんじほう」の働きが私に備わって来て、残すべき情報が、告げられて来ると言う事なのかも知れない。

2016/8/8・・今朝は「貴方には是しか無い」との女神の声が聴こえて来たので、女神のブログを開くと、続きの言葉が告げられて来た。
「貴方には 是しか無い
何故なら 貴方の役目は是しか無いからです。
貴方が 此方の意思を汲み取らなければ
何も動かない 動けないからです。
貴方が記す事で 一切の物が動いているのです。
貴方の存在が 有るからこそ 
事態が此処まで進んで来たのです。
ですから 今後も貴方の働きが必要です。
貴方が 記す事で 事象が決まって行くのですから
貴方の存在が 必要不可欠なのです。
貴方には 他の事は望みませんので
現在の作業を 続けて行ってください。
其れが 虚空蔵菩薩の世界であると 言う事です  」
 此の女神の言葉で、今朝のメッセージの最後に「よろしく 13番」と告げられて来た事の意味が理解できて来た。
何故かと言うと、「13番」とは虚空菩薩を意味するからである。・・・
「よろしく 13番」http://green.ap.teacup.com/20060818/3949.html

2015/4/13・・本日4月13日は、飯塚市に存在する虚空蔵菩薩蔵堂」の大祭日で、私の長男「海生・かいせい」の36歳の誕生日である。
今朝のメッセージの映像は、昨日のメッセージの続きの様であり、男性の「義人」の存在が、次々に映し出されて来た。
そして、私の意識の中を、文字に拠る情報が一晩中流れ下って行った。
 其れから、風水に適った土地の、左右の山の峰が映し出されて来て、私は、其の左右の峰に水道のパイプを配管して、左右の峰のパイプの位置の高さを調整していた。
そして、左右の水の高さを調整してから、本格的に、町の中に水を送ると、パイプの中に溜まっていた汚水が、全て排出された後に、清水が勢い良く噴き出していた。・・・
「虚空蔵菩薩の日」http://green.ap.teacup.com/20060818/3426.html

2015/4/12・・これ等の事柄から、考えられる事は、我々人類が認識しなければ成らない事は、「物」の世界の安定と、精神的な「義」を重んじる事が、最大条件である理・ことを示して来ているのであろう。
明日4月13日は、京都の嵐山に在る虚空蔵菩薩を祀る「法輪寺」で大事な儀式が行われる日であり、私の長男「海生」の36歳の誕生日でもある。
 私は、其の嵐山の「法輪寺」に初めて参詣した時に、弘法大師空海の御霊から「我が弟子 未だ我を超えず」と告げられて事がある。
今朝のメッセージの内容からすると、其の弘法大師空海の願いも、叶えられた事に成るのかも知れない。
其の様に考えると、昨日のメッセージの「しめ」と「夜明け」の映像は、虚空蔵菩薩や弘法大師空海にも関係があり、確かに「大日如来・マハーヴァイローチャナ」の働きである「三密」の世界が、正しく機能を始めた事に成るのではないだろうか。・・・
「二つの理」http://green.ap.teacup.com/20060818/3424.html

2016/4/12・・今朝のメッセージは、其の事と関係が有るのか、小学生の息子達を連れて山にキャンプに出掛け、自然の木の実や山菜等を子供達に食べさせる、父親の行動が映し出されて来た。
そして、特に強調されたのが、生の葉緑素の存在であった。
 次の映像は、自転車で、孫である男の子を二人連れて海に出掛け、魚や貝などを捕まえる遊びをさせる男性の姿が、映し出されて来た。
其れ等の映像は、私が是まで何度か触れて来ている、男子の潜在意識と言うか、物事の捉え方の基本には、人類の成長段階に組み込まれている自然法則を、子供の時から追体験する必要があると言う事である。・・・
「色世界の認識」http://green.ap.teacup.com/20060818/3815.html
 
2005/4/18・・今月4月15日のメッセージに、白い光の配線図の様な物が映り、16日には屋久島の山岳の峰を繋ぐ、光の配線図の様な物が映ったので、16日に「山が動き出す」の文章を書いた。
私は21年前、自分の脳と、島の花崗岩が共鳴を起こし、何ヶ月も花崗岩と対話をして過ごした。
岩が、人間の様に喋る分けではないのだが、意識が、岩と通じるのである。
そのチャンネルが拡大されると、月や他の惑星とも、意識が通じている様に感じて来た。
其れは、日本の大天才の弘法大師空海が「虚空蔵菩薩求聞持法(こくうぞうぼさつぐもんじほう)」と言った世界かも知れない。
虚空蔵菩薩とは、金星の事であり、空海が超能力を得たのは、金星が自分の口中に飛び込んで来てからであるので、金星を対象にしたのであろう。
だが、其れは、金星が地球の一番間近に在る星だからの事であって、地球外の星と通じるのに、金星が入り口としての役割を果したからだと想われる。
 意識のチャンネルは、地球の電離層を一回抜けてしまえば、宇宙と自由に通じる事に成るので、それを「求聞持法」と、空海は名付けたのであろう。・・・
「若しかして磁気の影響か」http://star.ap.teacup.com/170606/33.html?rev=1

2005/4/16・・今朝のメッセージは、屋久島の山岳が、愈々本格的に動き出した事を、知らせて来た。
昨日の霊夢に、白く光った、細い配電図の様なものが映って来たので、いよいよ神の仕組みが動き出して、コンピューターを通して、光のプログラムが動き出し、光ファイバーの仕組みを使って、人間の脳に仕掛けをして来るのかな、と思って居たら、今朝は、その右横下に、もう一枚の配電図が付着して映って来た。それは、よく見ると、屋久島の山々の配置図らしく、森林管理所に保管されている、山の林班図面で、山の名が等高線上に書かれて、昨日に続き、二班分が配置(配線)された事と成る様である。
世界中で、古代から、神霊は山の峰に棲むとされ、その山々は「ミタケ」と呼ばれて来ている。
日本では、沖縄で「オタキ・ウタキ(御嶽)」、木曾では「御岳(オンタケ)」、南米でも「ミタケ」と呼ばれて、現在でも其の呼び方は残っている。
 私は21年前、修行中に、太忠岳から石塚山に繋がる、真中の花折岳の山頂で、瞑想をして、自宅に帰った夜「石塚の四方(よも)の山にたずねても 答へ返らじ 我が身に聴けよ」と、告げられた事がある。
 山の存在は、山が言葉を発するのではなく、人が山に登り、自分が禊がれる事で、自分の内裏に隠されている、生命情報が蘇って来る為のものらしい。
現に、奈良の三輪大社の裏山や、伊勢神宮の裏山、滋賀県の三上神社の裏山のピラミッド型の御神山、岐阜の位山等、古い神社は皆、山が御神体である。
 古代の神は、皆、山に住んでいると考えられており、此の世で神人として働いた、功有った人達は、また神として、山頂や小高い丘の上に、祭られたのである。それは、古代の人達が、私と同じ体験をしていたからに違いない。・・・
「山が動く」http://star.ap.teacup.com/170606/512.html
2005/2/19「御稜威・みいつ」http://star.ap.teacup.com/170606/38.html

3月27日の日付に付いては、次の文章が有り、2017年6月4日の「大混乱」は、私が此の世界に入って33年が経過した日である。

2008/3/27・・本日3月27日は、22年前(1986年)衆議院議員「二階堂進氏」の鹿屋の自宅を訪ね、次の総理大臣に付いて話をした日であり、25日には皇居に手製のロケット弾が三発打ち込まれ、28日は大阪府警本部に火炎弾が三発打ち込まれてもいる。
そして、其の日に知った事は、本来の天皇家の菊の紋は、9つの花びらの菊花が、3つ三菱のマークの様に組み合わされた物であると言う事だった。
其れは「3×9=27」で、今日の日付の「3・(3×9)27」と、数霊として因縁が有りそうである。
何故、其の様な事が、今朝、気に成るかと言うと、今朝のメッセージが「政治・まつりごと」に付いての、助言の様な事ばかりだからである。・・・
「政(まつりごと)の助言」 http://green.ap.teacup.com/20060818/686.html
2017/4/17「人間社会の年輪」http://green.ap.teacup.com/20060818/4210.html
2017/6/4「大混乱」http://green.ap.teacup.com/20060818/4261.html

今日は、完熟したトマトを二個収穫した。
17日のメッセージの映像に、映し出されて来た二個の完熟した「トマト・唐柿」が、此のトマトである事が間違い無ければ、今朝のメッセージで、情報を正しい漢字文字で、書き表さなければ成らないとの事は、6月5日(34年目の始まりの日)の六合と関係が有り、「御嚴・みいつ」の「厳・嚴・ゲン・ゴン・おごそか・きびしい」の意味である「きびしくつじつまを合わせる」との事が、今朝のメッセージで示されて来た作業であるとの事なのではないだろうか。

「厳・嚴・ゲン・ゴン・おごそか・きびしい」【解字】形声。「口口+敢」。口口は、きびしくつじつまを合わせる意味。のち、音符の敢を付し、音を明らかにした。【字義】①きびしい。はげしい。ひどい。また、きびしくする。「厳寒」②おごそか。いかめしい。いかつい。「荘厳」③たっとい。たっとぶ。④いましめる。いましめ。「戒厳」⑤父。⇔慈(母)「冷厳」「家厳」  漢語林より

其の様に考えると、是は確かに嚴しい役割りであると言う事に成り、白川静が謂う「漢字」の世界に、突入しなければ成らないと言う事に成りそうである。

                平成29年6月21日

                      礒邉自適

情報システム

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   情報システム
                     29・6・20

今朝のメッセージの映像は、先ず、暗い森を背景にして、白い大きな花が一輪だけ、前面に浮き出して咲いている・開いている場面が映し出されて来た。

其の花は、花弁が白い糸状に開いている物で、管弁(くだべん)咲きの大輪の菊花の様な物なのだが、雰囲気は一重咲きの芙蓉の花の様な物であり、花弁の細さは糸の様であり、広がる花弁の数は1000本も有りそうな感じであった。

其処で、証明を点けて時計を見ると、時刻は未だ「0時55分」であった。

其れから、再び眠ると、今度は、私の記憶(おもいで)が、広い畑に生えている様々な野菜などの作物の様に、数知れず映し出されて来た。

其れは、布団の絵柄が綿くずの様に、ふわふわと立ち上がっている様な感じであり、色付けした綿飴で自分の記憶(おもいで)を全て表現している、舞台装置の様な雰囲気の物である。

次に、細い水の流れ・落水が一本(一筋)、右側の上の方から左側に存在する池に、注がれている場面が映し出されて来た。

そして最後に、一株(一本)の「万年青(おもと)」の緑色の新芽が、筒型で伸び上がって来ている姿が、真上から見下ろしている形で、映し出されて来た。

其処で起きて、時計を見ると「6時00分」であった。

そして、穀物コーヒーを片手に机に座り、PCを立ち上げて「情報システム」と題を打つと、「貴方の瞳に映る物」との女神の声が聴こえて来たので、女神のブログを開くと、続きの言葉が告げられて来た。

「貴方の瞳に映る物

貴方の瞳に映る物は 他の人と同じ物であっても
貴方の意識・脳の仕組みは
他の人とは 違う様に捉えています

其れこそが 貴方の人間性の違いと 成っているのです

ですから 貴方の意見・想いが
其の儘 他人には スムーズに傳わらないのです

ですが 其れは 貴方にとって 
不都合な事ではありません

何故かと言うと だからこそ
貴方の意識が 此方に繋がっているからです

其の 貴方の意識の特徴は
貴方だけのモノであって 他の人には無いモノなのです

其れは 貴方の育った環境に 原因が有って
他の人々には 分からない世界なのです

ですから 貴方が 其の事を
他人に 説明しようとしても
他人には 其れが 能く理解できないのです

其処の ところを良く考えて
自分の意識構造に付いて 述べて行きなさいね

何れ 皆のレベルが上がって来れば
其の事が 教育の世界に 生かされる時代が来るでしょう

ですから 貴方が 現在の世の中に 
理解されようと 気を揉む必要は無いのですよ

貴方は唯 毎日のイメージ 頭脳の景色を
綴って行くだけで 良いのです

其れは 未来を映し出す 原版(かがみ)
ファーストレーションと 成るのですから
「貴方の瞳に映る物」 http://moon.ap.teacup.com/20060103/840.html

告げられて来た「ファーストレーション」との言葉が分からないので、辞書で調べると次の様に載っている。

ファースト(英語:first)
① 第一の。一番目の。最初の。また、第一級。多く他の外来語と複合して用いる。 「 --クラス」
② 野球で、一塁。また、一塁手。ファースト-ベース。
           大辞林 第三版
ファースト
《「ファスト」とも》多く複合語の形で用い、早いこと、時間がかからないこと、の意を表す。「ファーストフード」
           デジタル大辞泉
ファースト
1 最初のもの。1番目。また、最優先のもの。「ファーストキッス」「レディーファースト」「チルドレンファースト」2 最高位のもの。「ファーストクラス」「ファーストレディー」3 野球で、一塁。また、一塁手。「ファーストベース」[補説]1は、「1 ...
           デジタル大辞泉
レーション(英語: ration)
1 《「コンバットレーション」の略》軍隊や自衛隊で配給される携帯用の食料。ミリ飯(めし)。戦闘糧食。野戦食。2 ⇒行動食
             デジタル大辞泉
コンセントレーション
精神を集中すること。精神集中。「コンセントレーションを高めて試合に臨む」
             デジタル大辞泉

イラストレーション
本来的には,書物,新聞,雑誌などの文章記述の内容をわかりやすく説明するため,または飾りのために添える広い意味での挿絵。絵や版画に限らず,写真などを組合せたコラージュなど,その形式は広い範囲にわたっている。書物の成立した古代エジプト以後,挿絵 ...
          ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
イラストレーション
言語による表現と同時に知覚されることを前提としつつ、その制作物における主題をより的確に表現することを目標として制作される合目的的な画像。イラストレーションという概念の範囲には、絵画、図解、図表、写真などが含まれる。なお、日常一般には挿絵と同 ...
           日本大百科全書(ニッポニカ)

此の説明に拠ると「ファーストレーション・firstration」とは、「第一の。一番目の。最初の。また、第一級。」の「精神の食べ物」との様な意味に成り、私の書き綴った文集が、是から、未来社会と謂うか人間の意識上昇の為の、糧・手掛かりに成ると言う事なのであろう。

其れを考えると、今朝映し出されて来た映像は、人類の未来社会にとって非常に重要なモノであると言う事に成るので、「コンセントレーション」して
「イラストレーション」の作業を行わなければ成らないと言う事になる。

今朝の最初の映像の、白い糸が傘の様に広がっている、花らしき物が映し出されて来たのは、其の糸は生命情報を意味しており、其れは緑の森を背景にしている物であり、其の物が「ファースト・first(第一の。一番目の。最初の。また、第一級」であるとの理・ことが、示されて来ているのであろう。

そして次の、私の記憶(おもいで)が、広い畑に生えている様々な作物の様に、数知れず映し出されて来て、其れは布団の絵柄が綿くずの様に、ふわふわと立ち上がっている様な感じであったのは、生命の世界は強固で不変な物ではなく、柔らかくて不安定な物であり、絶えず流動している物である理・ことが、示されて来ているのではないだろうか。

次の、細い水の流れ・落水が一本、右側の高い位置から左側下の方に流れ落ちている場面が映し出されて来たのは、其の生命情報の仕組みと言うか、活動を支えているのが、此の三次元世界・現実界の「水・みず」の存在であると言う事であり、生命のDNA・遺伝子の継続は、地球上の水の存在がなければ、生じていないと言う理・ことなのであろう。

其れに、観音菩薩像が左手に水瓶(すいびょう)を持って、人間世界に水を掛けている姿と関係が有り、其のファースト・firstは、観音菩薩の慈悲(エネルトーン・enertone)であるとの事なのかも知れない。

最後の「万年青(おもと)」の緑色の新芽が筒型で伸び上がって来ている姿が、真上から見下ろしている形で映し出されて来たのは、其の名前の「万年青」との如く、条件が整っていれば、生命は青々として万年続くと言う事であり、宇宙を自分の両翼として、人間界を抱え込んで見ている女神が、其れを言祝ぐと言う事ではないのだろうか。

2003/8/4・・8月に入って、私の気持ちは穏やかで、身の回りにも特別な事が無く、聖霊達も静かなので、頭も思考が停止してしまっている様だ。そんな中で、夏の白い花が映ってきた事に、どう言う意味合いが有るのだろうか。
浜木綿も、山牛蒡も、食料にするものではないし、花を切り花として使用する物でもない。私の思考が止まっている為に、是と言ったヒラメキも無いので、浜木綿の名を辞典で調べて見た。
「浜木綿」とは「ハマユフ」で「ハマオモトの別称」と載っている。
浜のオモトなので「オモト」を調べると、「おもと【万年青】」と有り、年中葉が青いからの様だ。浜に生える、年中青い植物の意味合いの様である。
ミラレパの教には「悟りとは 宇宙に関する 知識ではなく 宇宙の本質を 生きる経験に 他ならない」 とも有る。
私の思考が止まり、白い花が映って来たと言うことは、私の潜在意識が、植物のシステムにまで、返り着いたとの事だろうか。
数日、頭が動かない事を気にしていたが、此の儘で良いらしい。私も、未だ、有る方が善いとの考えが、有った様である。
中国の荘子の語に「至人無己」とある。
私も、ようやく、古代の偉人の年令に、近付いているのだろうか。
「物の名」 http://moon.ap.teacup.com/20061108/445.html

2014/3/8・・今朝の霊夢の映像は、私が山岳に出掛けて、植物の蘭を探す場面と、海に魚釣りに行っている場面だった。
日本の古事記には、「山幸彦」と「海幸彦」の物語が在る。
古代の人達には、山に対する関係と、海に対する関係が、日常の意識を占めていたのかも知れない。今朝の私の夢が、山海の両方の整合を、映して来たと言う事は、人間の一番古い記憶が、作用しているのだろうか。
 今朝の夢は、手を使用している事が、基本の処に有ったと推察出来る。
夢を思い出して見ると、意識が「脳・あたま」に在るのではなく、手に在った様に感じるからである。
私が、今朝見た夢は、私の意識構造の特徴を、能く表していると想われる。
私の夢は、私が体験して来た世界を土台として、潜在意識・無意識の情報源から現れ出て来ているのである。
本を読む事や、映画を観たりしての事ではなく、私自身の手が直接体験した事が、記憶と成っており、手を使うと言う行為で、記憶が再生して来るのである。
 文章を書いて居て、気付いた事は、山に出掛けたり、海に出掛けたりと、場面を変えているのは足であり、足で歩いた記憶が、場面を変えているのである。
人間は、山に行くのも、海に行くのも、足の動きは殆ど気にしていないし、足先を、目で見る事もあまりしていない。其れは、足下を見ていては、目標が見えないので、歩く事が出来ないからである。
今朝、判った事は、手よりも、更に足の方が、無意識の世界を、組み立てていると言う理・ことである。・・・
「最終章」http://green.ap.teacup.com/20060818/2988.html

今朝のメッセージは、昨日のメッセージ「記憶を司る物」の続きであり、人間の意識がどの様な仕組み・形態であるかを、我々人類に認識させる為に、宇宙意識が動いていると言う事ではないだろうか。

今日は、午後から、農家が待望していた雨が降り始めている。
其れは、今朝の映像に映し出されて来た、一すじの水の世界と関係が有り、観音菩薩の働きが現象化しているのかも知れない。

「豊葦原瑞穂国・とよあしはらみずほのくに」の伝統も、梅雨に雨が降らなければ田植えが出来ないので、途切れてしまう事に成るのだ。

              平成29年6月20日

                    礒邉自適

記憶を司る物

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     記憶を司る物
                       29・6・19

今朝のメッセージには、青色味を帯びた水色の四角な枠「□(くにがまえ)」が一つ現れて、其の中は水色を薄く帯びた白い空間であった。

そして、其の白い□(くにがまえ)が、土地の権利や、人間の言葉などを管理・統率している、存在である理・ことが示されて来た。

其の□(くにがまえ)の存在に付いて、長く考えて居ると「記憶を司る物」との言葉が一言告げられて来たので、私は其の言葉で、是までの出来事や、宇宙の存在・神(はたらき)が、全てスルスルと解けると言うか、つながりが理解されて来て、其の青みを帯びた水色の枠が、全ての意識の根源である事が分かった。

其の青みを帯びた水色の枠・□が、全ての記憶を司る物・存在であり、其の枠の存在にチャンネルする事が「覚醒」であり、其れに成功(成仏)した者が「ブッダ・仏陀」であり、其の枠・□内の情報を管理運営する者が「統尊(すめらのみこと)」であると言う事である。

そして、其の「神(はたらき)」に成る為に必要な事が、邪魔に成る自我意識を消去する為の、水に拠る「禊ぎ祓い」の儀式なのである。

今朝は、其れ等の理・ことが理解されて来たので起きて台所に行き、時計を見ると時刻は「6時10分」なので、私は、自分の意識が「時・とき・紀」を掴まえると言うか、「時・とき」其のモノと成った事を自覚でき、此のトキ・瞬間こそが、全ての「神(はたらき)」の中心核であり、私の意識が関わっていると言うか、自分の意識の根源・みなもとである理・ことが納得出来た。

其れに今、台所の時計と、枕元の時計の差を調べると、台所の時計の方が少し早いのである。

其れで、今朝、枕元の時計で時刻を確認しないで、台所の時計の方で時刻を確認したのかが、理解されて来た。

其れは、「台所・食べ物」の「神(はたらき)」が、私の無意識の世界を管理していると言う理・ことであり、今朝の水色の□(くにがまえ)の世界は、食べ物(飲食)に直結していると言う事である。

其れこそが、熊野大社の祭神である「神祖熊野大神櫛御氣の命・かむろぎくまのおおかみくしみけぬのみこと」であり、天皇家で最も重要視されている「御饌殿・みけどの」の「神(はたらき)」であり、其の世界に直結して「政・まつりごと」を行なう者が「申食国政太夫・おすくにのまつりごともうすのまえつきみ」なのである。

昨日は、畑で農作業をして居ると、トマトが二個赤く色着いて来ているので、其れを写真に撮って居ると、其れは、一昨日のメッセージの映像に映し出されて来た、二個のトマトと同じ姿形なのである。

そして、映像に映し出されて来た完熟度に成るのには、数日掛かりそうなので、其れを考えると21日が夏至である事に気付き、21日に収穫して食べる事にした。

其れは、「トマト・唐柿」が太陽のシンボルである事と繋がりが有り、「夏」の漢字が生命が最も活発な季節を表す物であり、夏至の日が北半球で生命・いのちの最高潮の日である事とも関係が有る。

其れに、太陽は暦・カレンダーで一年の区切りと成っている物であり、一秒は人間の心臓の鼓動から来ているので、赤いトマトの存在は、イメージ的には、人間の心臓とも繋がりが有ると、考えても、間違いではないと言う事に成る。

其れを考えると、今朝起きた時間が「6時10分(6月10日・時の記念日)」だった事だけではなく、昨日起こされた時間が「4時32分10秒=01234」であった事とも関係が有り、私は今朝、自分の意識が生命情報の源(みなもと)である、水の記憶ボックス・□に辿り着いた事に成る。

其れは、私が33年前に此の世界に飛び込んだ時に、「四次元プログラム」と「水素原子管理」の二つのアンテナが必要であると告げられて来た事と関係が有り、「水素原子管理」との言葉の世界が、今朝、□(くにかまえ)の水の世界として映し出されて来たのであろう。

其れは、私の意識と言うか、精神レベル、宇宙のプログラム、事象、森羅万象の流転、が、其の段階・トキを迎えたと言う事なのではないだろうか。

其の様に考えると、私は自分の使命・運命・役割りを無事に果たした事に成り、人類の未来と謂うか、新しい次元を開闢した事に成るのであろう。

其れは、2677年前の神武天皇と「長髄彦・ながすねひこ・登美能那賀須泥毘古(トミノナガスネヒコ)」と対峙した時に起きた「金鵄降臨」の次元・物語とは異成る、新しい物語の始まりであると言う事に成る。

其れに、本日6月19日の日付は、昨年「Tritarte fur・トライタルトファー(天蓋の内側に定着している 女神の働きから生まれる 三個の螺旋の宝珠)」のビジョンが映し出されて来た1年前の6月19日と同じ日付である。

其れを考えると、今朝のメッセージも、其の天空を自分の両翼としている女神の意思と関係が有り、私は其の存在(意識)に直結した事に成り、一昨日の完熟した二個のトマトは、其の世界(戸間戸・とまと)であり、「厳・嚴・ゲン・ゴン・おごそか・きびしい」の「口口・すりあわせ」の世界や、15日に参拝した「比め(口羊)大神」「妻垣神社」の事とも関係が有るのだろう。

其れ等の事を考えると、14日のメッセージ「あたまがない」に告げられて来た「九レーン」の世界が動き出していると言う事に成り、私が1984年11月22日(良い夫婦)の日に、三重県志摩市磯部町上之郷に在る「伊雑宮・いざわのみや(磯部の宮)」の祭神である「天照坐皇大御神御魂 ・あまてらします すめおおみかみ のみたま」の姿が登場して、「過去に八回失敗して 今回が九回目で 最後のチャンスである」と告げて来た事が、漸く実を結ぶ事に成ったと言う事なのではないだろうか。
2008/6/3「定着した画像」http://green.ap.teacup.com/20060818/770.html

「比め(口羊)大神」「妻垣神社・ともがきじんじゃ」「足一騰宮・あしひとつあがりのみや」「玉依媛・たまよりひめ」の名前の関係性を考えると、二個の完熟したトマトは「玉依り」と関係が有り、「比め(口羊)」は、「比べる山羊(カモシカ)の角・麗」に関係が有り、其れはシュメール文化の「バール神・牛」や、旧約聖書の「雄山羊」の概念に通じており、天神(てんのはたらき)である女神(エホバ・ヤハウェ)に仕える(ともがき)の男性の役割りが、「麗嚴・れいげん」でなければ成らないと言う事であり、其れがユダヤの「御カド・レビ」の神官の働きと繋がりが有るのだろう。

其の様に考えると、カゴメの歌の「後ろの正面」には、「カモシカ・かむしか・神鹿」ではなく、立派な角を持つ「牛・バール」の意識(魂・球しい)を有する、山岳神の「御稜(かど)威 ・御角麗嚴神」が存在する事に成るであろう。

カモシカ(氈鹿、羚羊)とは、広義には、ウシ目(偶蹄目)ウシ亜目(反芻亜目)ウシ科ヤギ亜科の、ヤギ族以外、すなわち、サイガ族・シャモア族・ジャコウウシ族の3族の総称。8属10種が属す。
シカの名が入っているが、シカの属するシカ科ではなく、ウシやヤギと同じウシ科に属する。したがって、シカとは違い、ウシ科のほかの種同様、角は枝分かれせず、生えかわりもない。・・・
   ウィキペディアフリー百科辞典 2017/6/19現在

今朝のメッセージから、私に考えられる事は、二個の完熟した「トマト・唐柿」を夏至の21日に収穫して、台所に祭祈してある「荒神様・須佐之男尊・牛頭大王・神祖熊野大神櫛御氣の命」に、お供えしなければ成らないと謂う事である。

其れは、昆虫のカブト虫の角や、動物の雄の角が、生命を継続する為の象徴であり、其れが雄の働き・役割りが進化して来た事の証であり、其れこそが荒神様と呼ばれる「須佐之男尊・苆(すさ)のを(DNA・遺伝子の鎖)」の姿・素形であると言う理・ことである。
2013/8/23「生命・いのちの尊さ」http://green.ap.teacup.com/20060818/2787.html
 
鹿の頭に付いては、長野の諏訪湖の辺に存在する諏訪大社の「前宮」に存在する「十間堂(幕屋)」で、鹿の頭が供えられる儀式が傳えられている事と、関係が有りそうである。

2015/6/14・・どうやら、今朝のメッセージは、一昨日の「物部の神々」と関係があり、長野県の諏訪大社の「前宮」の境内に設置されている「十間堂(幕屋)」と関係があり、「ユダヤ・イスラエル」の儀式と言うか、神事が、復活する事を示して来ているのではないだろうか。
其れは、昨日のメッセージで「室中・シツチュウ」と示された事と関係が有り、新しい脳内システムが動き出す事を、意味しているのではないだろうか。
イザヤ書には次の様に有る。
  「終わりの日に、  
   主の家の山は、山々の頂に堅く立ち、  
   丘々よりもそびえ立ち、   
   すべての国々がそこに流れて来る。   
   多くの民が来て言う。    
  『さあ、主の山、ヤコブの神の家に上ろう。    
   主はご自分の道を、私たちに教えてくださる。
   私達はその小道を歩もう。』    
   それは、シオンからみおしえが出、        
   エルサレムから主のことばが出るからだ。」
   (「イザヤ書」第2章2節~3節)
其のユダヤ民族が日本列島に渡って来て、伊勢湾に入り磯部村を造り、イザヤの予言を護る為に「伊雑宮・いざわのみや(磯部の宮)」を造ったのであれば、イザハの宮にユダヤのマークが刻まれ、日本の神社の元であるとされているのも理解できるし、物部十柱が祀られている「物部十柱明神」が埼玉県石和町・イサハ町に有るのも理解されて来る。
諏訪大社の前宮は「守屋山・もりややま」の麓に在り、神社の境内に有る建物の十間堂は、ユダヤの儀式が行われる幕屋と同じ造りであるとの事である。守屋山とは、ユダヤの祖アブラハムが、一人息子のイサクを神に捧げる為に登った、岩の祭壇が有るモリヤ山と同じ名の山である。
其れに、「饒速日命・にぎはやひのみこと」の子孫である物部族を祀る奈良の石上神宮には、天皇家(ラビ・カド族)を物心ともに支えていた物部守屋の名もある。其れは、饒速日命と弟の「瓊瓊杵尊・ににぎのみこと」が、ユダヤの子孫である事の証明に成るであろう。
何れにしても、「石工・メイソン・磯部」の血が騒ぎ出している事は、間違いないのであろう。
そして、今朝は「つれづれぐさ」との言葉が告げられて来て、其れが、清少納言の『枕草子』、鴨長明の『方丈記』と合わせて日本三大随筆の一つと評価されている、「卜部兼好」の「徒然草」である事が判った。
何故、其の事が告げられて来たかを考えると、私が「つれづれなるまま」に書いている随筆の文章も、やがて重要な物と成るので、残しても、恥ずかしくない様な物にしなさいとの事なのかも知れない。
「引き螺旋バネが外れる」http://green.ap.teacup.com/20060818/3498.html

此の「引き螺旋バネが外れる」との文章から、今月14日の「あたまが無い」とのメッセージまで、丸二年が経過している事に成る。

其れを考えると、頭に角が無いカモシカの頭を棒柱で激しく打って山に引き返して行った男性の神霊は、前宮の背後に有る守屋山に住む物部の神(シオン・祇園)であったのではないだろうか。
 
              平成29年6月19日

                    礒邉自適

4時32分10秒

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    4時32分10秒
                       29・6・18

今朝のメッセージの映像は、先ず、原発でも内側に有るのか、100mもの高さが有る様な防潮堤が聳えており、其の堤防の上の左右に、監視人の男性が二人居たが、危険を感じたらしく、逃げる様にして左側の方に去って行った。

すると、津波でも襲って来たのか、其の防潮堤の上に波飛沫が見え始め、数回目には波が防潮堤を越えて、内側の港に流れ落ちて来た。
そして、港に停泊しているヨットなどが転覆して、岸に打ち上げられてしまった。

次に、山中で養豚をして居る家族の存在が示されて来て、飼料が届かなく成る事や、糞尿の処理で困っている様子が示されて来た。

次に、日本家屋の室内で塾の様な事を行なっている50歳位の男性の所に、優秀な30歳代の男性が訪ねて来て、何かの質問をして居たが、其の若者の質問に対しては、其の塾長は応答できないで居る様子が映し出されて来た。

私は、其の様子を横で見て居て、現在の世の中の教育では、答えを出せる教育者・指導者が存在しないので、話し合いだけが行なわれるだけであり、結論を有する人間が居ない理・ことを理解して居た。

其処で、時間が気に成ったので、証明を点けて時計を見ると、時刻は「4時32分10秒」に成るところであった。

そして、再び電気を消して、其の映像に付いて考えて居ると、左側の方で耳鳴りが始まったので、地震でも来るのかと意い、証明を点けて時計を見ると、時刻は5時22分であった。

其れから、再び眠ると、明るい世界が映し出されて来て、倉庫の棚から大掃除が始められる様子が映し出されて来た。

其の大掃除の場面から、私は此の神の世界に入ってから、最初に始めた事は、自宅と、自分の実家の大掃除であった事を思い出して居た。

其れから、是まで起きた様々な事を思い出して、是までの出来事を全て洗い出し、必要な事だけをピックアップして、自分が始めなければ成らない事を纏める必要が有ると考えて居ると、意識が目覚めてしまったので、起きて時計を見ると「6時3分」であった。

そして、PCを立ち上げると「何も為さざるな」との女神の声が聴こえて来たので、女神のブログを開くと、続きの言葉が告げられて来た。

「何も為さざるな

貴方には 毎日「聖神知書智」を
行なって欲しいので なるべく 
現場に関わる事は 考えないでください

何故なら 現場に顔を出すと
其の事に関して 意識が乱れてしまうからです

貴方の「神(はたらき)」は 他の者には
不可能な使命なのです

ですから 貴方は 現在(いま)の状態を
崩して欲しくないのです

何れ 貴方の想う通りに 事が運ぶ
時節が到来しますので 今暫く この状態を守ってね 」
「何も為さざるな」

此の、女神の言葉と謂うか、意識の伝達である「聖神知書智」の世界は、次の様なモノである事に成る。

「聖・セイ」【解字】「耳+口+王(壬)」の組み合わせ。口はいのりのことばの意味。音符の「王・壬・テイ」はせのびした人の象形。耳をそばだてて神意に耳を傾け、よくきくことのできる人の意味を表す。
【字義】①ひじり。㋐知徳にすぐれ道理に明るい人。㋑一芸一道の奥義をきわめた人。「詩聖」②さとい。かしこい。知徳にすぐれている。③天子の尊称。また、天子に関する事物の上にそえる語。「聖恩」 「神・シン」の漢字は「示+申」の組み合わせ。音符の「申」は、いなびかりの象形で、天の神の意味。示を付し、一般に、かみの意味を表す。
【字義】①かみ。㋐天の神。宇宙萬物の主催者。←祇。「天神地祇」㋑かみの総称。②たましい。霊魂。③こころ。精神。④霊妙ではかり知れない働き。理性でははかり知れない不思議な働き。⑤きわめて尊くて、侵すことのできないこと。「神聖」 

「知・チ」【解字】象形「矢+口」の組み合わせ。口は、いのる言葉の意味。矢はやの意味。矢をそえていのり、神意を知ることから「しる」の意味を表す。
【字義】①しる。㋐心に感じしる。㋑みとめる。「認知」㋒さとる。理解する。「覚知」㋓見分ける。識別する。㋔おぼえる。記憶する。㋕交わる。顔見知りになる。親しむ。「知人」㋖つかさどる。治める。取りしまる。「知事」②しらせる。また、しらせ。「通知」「報知」③知っている事がら。知識。また、知識の多いこと。「知者」④ちえ。「知恵」知る働き。⑤しりあい。知人。知友。また交わり。交友。⑥もてなし。待遇。⑦耳目の欲望。

「書・ショ・かく」【解字】形声。篆文は、「聿+者」聿は、ふでの意味。音符の者は、しばをかき集めた形にかたどる。事物を集めてかきつけるの意味を表す。
【字義】①かく。かきしるす。②ふみ。㋐書籍。本。㋑手紙「家書」③もじ・文字。「楷書」「草書」④かきかた。習字。字のでき具合。筆跡。⑤記録。⑥帳簿。⑦みことのり。詔勅。⑧文体の名。意見を上申する文。⑨書名。「書経」をいう。五経の一つ。

「智・チ」【解字】会意。「知+曰」もと知に同じ。甲骨文は、矢+于+口。于は、物をえぐるための刀の象形。矢や刀をそえていのり、神意を知るさまから、知るの意味を表す。篆文では、これに曰を付し、知恵のある発言をする人の意味に用いる。」 
【字義】①ちえ。頭のはたらき。物事を知り分ける能力。知恵。智慧。②さとい。かしこい。③ちえのある人。かしこい人。賢人。智者。④しる(知)。さとる。⑤はかりごと。たくらみ。」             
         語林より

此の「聖・神・知・書・智」の文字の意味からすると、「聖神知書智」の言葉は、「聖者が 神を祭る祭壇の前で 天意を知って 書に書き止めて 人々に知らせる」との意味になる。
いま、聖神知書智の漢字に付いて、以前の文章を検索して入ると、2016年8月16日の「綴り」の文章を開いた途端、私の頭脳が痺れて来たので、何だろうと意って、目を通すと、何と本日の日付である「618」の数字が書いて有る。(7時57分)

其れは、今朝の女神の言葉と関係が有り、本日6月18日から、私の「綴り」が本格的に始まるとの事の様である。

2016/8/16・・今朝のメッセージの映像には、先ず、寄り添う二本の植物の蔓が映し出されて来た。其の蔓は、自然薯の様な蔓性の植物であり、根元と上の部分は見えないで、途中の立ち上がっている部分だけであった。
 私は、其の蔓が何処に生えているのかを、確かめ様とすると、五箇条の様な文章の存在が暗示されて来て、其れは「生物・生命」の基本的な理が記されている物である事が理解されて来た。
次に、私には苦手な、漢字が多い論文の様な文章が映し出されて来て、其れは、専門家が書いた文章であり、憲法に換わる物である事が示されて来た。
次の映像には、私が、空き家に成っている古くて狭い店舗を借りて、事務所を準備する場面が映し出されて来て、其の事に、二人の弟が協力してくれる場面が映し出されて来た。
  其れから、映し出されて来た事は、私は、是まで自分が書いた事が無いと言うか、新しい価値観に基づく文章を、創造する必要が有ると言う事であった。
そして、「618」の数字が示されて来た。
「綴・テイ・テツ」【解字】形声。「糸+叕」音符の叕・テツは、糸をつなぎ合わせた形にかたどり、つづるの意味。糸を付し、意味を明らかにした。
【字義】(一)①つづる。㋐つぎ合わせる。つなぐ。結ぶ。「連綴」㋑つくろう。修繕する。「補綴」㋒作る。文章を作る。②とじる。重ねてぬう。③つらねる。つづける。あつめる。④ふち(縁)。また、ふちかざり。⑤しるし。標識。また、しるしの旗。(二)とめる(止)。とどめる。やめる。=輟(テツ)
        漢語林より
今朝のメッセージで、「生物・生命」の存在に関わる「五箇条」の文章の必要性が示されて来たのは、明治天皇が表明した「五箇条の御誓文」の様な物であり、其の五箇条の御誓文の内容が、憲法の内容より、上位に位置すると言う事なのである。
其れは、憲法は、人間界にとって必要な物であると言うか、決められた物であり、今朝示されて来た五箇条は、天神(てんのはたらき)に関する物であり、其れは人間界だけではなく、地球全体の生命の存続に関する人間の認識に付いて、表記される言葉・文章である。・・
 其の様に考えると、確かに私は、自分で彼れ是れ考える必要が無く、メッセージで示されて来る事だけを、記して行けば良いと謂う事に成り、天界に存在する黄金体の男性神に、製作・創造は任せて措けば良いと言う事に成るのであろう。
其れは、聖者が仙人の様に山岳に隠遁する事と関係があり、此の私は、「聖」の漢字と「神」の漢字の意味を、実行して居れば良いと謂う事である。
其れを考えると、明治天皇の「五箇条の御誓文」や、聖徳太子の「十七条憲法」の様な物を、私が直接考える必要は無く、モーゼの「十戒」や、釈迦牟尼佛の「八正道」などの戒律も、考える必要も無いと言う事になる。
 今朝のメッセージで、最初に映し出されて来た、二本の蔓性の植物の蔓茎は、此処の所、私に数度示されて来ている自然薯の世界と関係が有り、人間の「DNA・遺伝子の鎖」や、中国の「唐草模様」の意味とも関係が有るのだろう。
 そして、昨日の「人間の脳構造(シナプス)」と宇宙の「フィラメント・超銀河団」の世界などと関係が有り、地球生命の「情報・命の鎖・苆(すさ)」である40億年±2億年掛かって積み上げられて来た「生命・いのち」の存在と、関係が有るのだろう。
そして、其れは「人間の存在」と「天神(てんのはたらき)・宇宙のシステム」の関係性を正しく認識して、人類が正しい道を歩いて行ける様に「理・道」を明確にしろとの事であり、其れが、本来の、地上天国の有り様であると言う理・ことではないだろうか。
昨日のメッセージの映像で、椎の木の枝が一本茶色に枯れており、「燃やし」と告げられて来た事は、「須佐之男尊・すさのおのみこと」が、椎の木の一枝を手にして、舞を行った事と関係があり、次元が変わって来たので、人間が神に対して「奉納舞」と言うか、禱りの舞踏をする必要は、無いと言う事なのかも知れない。
何故かと言うと、人間界の次元が上がった事で、過去の神霊に禱りを捧げているだけでは、未来創造には繋がらないので、人間自身が未来創造に取り組まなければ成らないと言う事であり、神に対して、禱りの為の儀式・祭りを行うのは、時間とエネルギーの無駄であるとの理・ことなのではないだろうか。
 私は、改めて34年前の段階に立ち返り、此処まで培ってきた新たな意識で、次元を上げていく必要が有るのかも知れない。
「綴り」 http://wave.ap.teacup.com/20060106/686.html?rev=1

其れに、昨年の6月18日の文章は次の様な物である。

2016/6/18・・今朝のメッセージの映像は、「神(はたらき)」の取捨選択が始まり、人間界に様々な葛藤が発生する事が示されて来た。
そして、私自身も、自分の正当性を護り抜く為に、社会と戦って居た。
だが其の戦いは、武器を手にする、戦争の様な荒々しいモノではなく、平和的な世界での出来事である。
其れを考えると、現在のインターネット社会は、有り難い存在であると謂える。何故なら、ITの世界は、自分の考えを勝手に発信出来るモノであり、他人と争う必要が無いモノ(世界)だからである。
今朝はPCを立ち上げると、「頼まれなくて良い」との女神の声が聴こえて来たので、女神のブログを開くと、続きの言葉が告げられて来た。
「頼まれなくて良い
貴方は 何も頼まれなくて良いのです。
何故なら 貴方が遣るべき事は 無限に有るのですから 
他から 何かを頼まれる必要は有りません。
其れに此方も 貴方の心身が空くのを待っているのです。
一番重要な事は 貴方が自分自身の認識を深める事に有りますので 
其の事に邪魔に成る様な事は 極力控えなければ成らないからです。
貴方の存在は 此方が長年待ちわびて来た存在ですので
貴方が現存する間に 出来るだけ正しい意識を構築して欲しいのです。
二度と 貴方の様な人間が育つ事は無いし 
次の世代の人間は貴方の意識を 土台とするのですから 
出来るだけ 貴方が極めて措く必要が有ります。
ですから 必要以外の事は 頼まれる必要はありません
貴方は 4311体の「神霊の思頼」だけで充分なのですから 
何かが来るのを 待ってはいけないのですよ。
ですからあたしも 出来るだけ言葉を掛けない様にしているのですよ。
良いですね 他から何かが来る事を待つのを止めて
自分自身の深みを 極めて行くのですよ    」
 此の女神の言葉からも、私は新しい世界と言うか、次なるステップへと、足を進めて行かなければ成らない様である。
其れは、老子の謂う「古の人々は素晴らしい」との言葉や、釈迦牟尼佛の謂う「私が悟ったのは 今世ではなく 何代も前の事である」との言葉の延長線上に在り、私も其の世界の、踏み台と成らなければならないと言う事なのであろう。
そして、其れこそが、イエスキリストの謂う「永遠の命の世界に入る」と言う事なのである。
 今朝のメッセージの「神(はたらき)の取捨選択」の事を考えると、一昨日のメッセージの映像に映し出されて来た、建物の基礎の地面から、紫色の木の苗が二本生えて来ていた事と関係が有りそうである。
何故かと言うと、植物には、新しい芽を伸ばして行く働きと、古い枝葉を落として行く働きが有るからである。
其の両方の働きが無ければ、樹木は大きく成長する事ができない。・・・
「取捨選択」http://green.ap.teacup.com/20060818/3890.html

2015/6/18・・次の映像は、私が海岸の現場で、若者達に、生き物の生態学習を行っている場面が映し出されて来た。
次の映像は、山中に存在する寺院か神社の様な所の道場で、年配の人達に講義を行ったり、人生や仕事の事などの相談に乗ったりしていた。
其れから、数枚の日本語の横書きの文章が、映し出されて来た。
其の文章は、私が書いたと言うか、纏めた文章であり、其の内容は、他人の考えや価値観に左右されていない、私自身の思考が、記されている物である事が理解された。・・・
「有意義」http://green.ap.teacup.com/20060818/3502.html
 
2014/6/18・・今朝のメッセージは、先ず、世の中全体の文化と言うか、情報網が崩れ去り、新しく文化の骨格と言うか、基礎を立ち上げなければ成らない事が、映像にて映し出されて来た。
そして、其のリーダーが私であり、私は二つの文化・情報の「コンテンツ・中身」を立ち上げていた。
其れは、食糧などの生産流通を主体とする経済のコンテンツと、精神や教育などに関する文化系のコンテンツである。
そして、「オピニオン」との言葉が告げられて来た。
次の映像は、私が、和歌を上書きする為の写真を撮影している場面で、其れは明るい昼間に、地面の草や、木々の枝葉が一部に映っている、白い雲が浮かぶ青空の写真ばかりであった。・・・
「オピニオンリーダー」http://green.ap.teacup.com/20060818/3103.html

2013/6/18・・旧約聖書には、「初めに言葉ありき 言葉は神なりき」と書かれている。しかし、其れは、誰かが自分の感覚で感じ取った物であり、人間が大脳で言葉を開発するまでは、言葉は存在しなかったのだから、真実ではないだろう。
科学の世界で、人類は神が創造した物ではなく、36億年前に地球に発生した単細胞の微生物から、6億年前に多細胞生物が発生し、6500万年前に隕石の衝突で其れまで繁殖していた羊歯類や、恐竜が全滅し、イネ科の植物と其れを食べる哺乳類が誕生した理・ことが明らかにされて来ている。
そして、650万年前にアフリカの中央部で、人類は類人猿から分離して、現在に至っている。だから、人類が言葉を使う様に成ってからは数十万年程しか経っていないのである。
其れは、人類の頭蓋骨の化石の変化と、舌の使い方で明らかにされて来ている。
だから、宇宙が誕生した137億年前に、人間の使う言葉で、宇宙が誕生したと言うのは、人間の大脳がイメージした妄想でしかないのだ。
 私が昨日からのビジョンで感じるのは、人間が創り出した言葉を、神の方が使い始めたと言う理・ことである。其れは、神が言葉を使う方法を採りいれたと言う事である。其れは、神の意識に添う様な言葉の世界が、人間界に生まれたからではないだろうか。
其れは、人間の母親が、愛情を持って子供を育てる時の言葉が、「神・天・宇宙」が人間に対して想っている事と、通じているからかも知れない。
其の事を考えると、中国の漢字が、神と人間のコミュニケーションの為に、開発された物であると言うのも納得できる。・・・
「言葉が神の物と成る」http://green.ap.teacup.com/20060818/2721.html

2012/6/18・・今朝のメッセージの映像は、イネ科の植物が現れて、其れが段々と進化し、動物の餌と成って、後に人間の手で栽培され始め、最後に品種改良がされて、大量に収穫される様に成り、人間が其の実・穀物を貯蔵するのに、建物が必要に成って行く行程が、映し出されて来た。
そして、明け方に、「日常」との言葉と「日々の暮らし」との言葉が、告げられて来た。
いね科の植物は、約6000万年前に大きな隕石が衝突して、地球環境が激変してから、地球上に繁殖を始めた植物で、其のイネ科の植物を餌とする動物が地球に増えて来て、現在の生物体系が誕生したとの理・ことである。・・・
「日常・日々の暮らし」http://green.ap.teacup.com/20060818/2345.html

2011/6/18・・途中で、屋久島の「大山邦博氏」から電話が有り、午前中に「大山祇神・おおやまつみかみ」の祭典を終えて、いま直会・なおらいが始まっているとの事であった。
私が協力する事で始まった、其の大山祇神の祭りは、今回で五回目だが、私は参加する事が出来なかった。
しかし、昨日のメッセージの映像で、造化三神の姿が消えた事や、「愉伽さん」の三甕のビジョンの事などを考えると、渡来系である「天津神」の概念は消去されても、古来から日本列島に存在した「祇神・地祇・くにつかみ」の概念と言うか、波動・情報は、残っているとの事なのではないだろうか。・・・
「食糧難」http://green.ap.teacup.com/20060818/1963.html
 
2009/6/18・・今日のメッセージの映像は、若芽を天麩羅にして食べる「タラの木」の、盛んに生長する梢の部分が現れて、其の生長部分に、教会の「神父・牧師」が首から両肩に下げている、布の様な物が、下げられている映像が映されて来た。
そして、其の映像の意味は、人間は言葉に拠って、意識が成長していると言う理・ことであった。
いま、PCで其の布の事を検索すると、「ストール(ストラ)、カズラ(チャジブルともいう)」と、載っている。
此の記事で面白いのは、今朝の映像には、タラの木に掛かっていた「布・ストール」の名に「カズラ」の名が有る事である。
「カズラ」の日本語は「蔓・葛・かずら」で、木に巻き付く「つる・蔓」の事である。
何故、木に巻き付く「蔓」と、人間が身体に巻き付ける「ストール・ストラ・カズラ・チャジブル」が、同じ呼び名であるのだろうか。
其の、言葉の共通点は「巻き付く物」である。
其の「巻き付く物・巻き付ける物」の意味を考えると、今朝の映像で、ダラの木の生長部分・首に掛けられていた「ストラ・カズラ」は、特別な意味を含んでいる様である。
此の文章を読むと、「カズラ」は「司祭の命」とも謂える様な物であるらしい。其のカズラが、ダラの木の若々しくて瑞瑞しい「梢・首」の所に、何故掛けられていたのであろうか。
其れは、カズラが生命の生長部分に、大事な関係が有ると言う事なのであろう。其れが、神父・牧師が身に着けるカズラではなく、木に巻き付く蔓であれば、其の巻き付かれた部分は、絞められて息が止まると言うか、死んでしまう事に成る。
神父・牧師の職務は、神・天に奉仕をする役割である。
其の役割で一番大事な事は、イエスキリストの言葉を綴った聖書に従がって、言葉に拠って神・天に仕える事である。
本来の「ストール・ストラ・カズラ・チャジブル」は、悪い霊魂や、寒さから身を護る為に、身体に巻き付けられた物であろう。
其の「ストラ・カズラ」が、権威を象徴する物と成り、若い人々の、魂しいの成長を妨害するモノと成っているのなら、其れは、権力や教会の威信を護る為の行為であり、神・天に奉仕する行為ではない事に成る。
今朝の映像の意味は、真の言葉とは、どう言うモノなのかを考えろと、示唆して来ているのではないだろうか。・・・
「 詔・みことのり」http://green.ap.teacup.com/20060818/1180.html

2008/6/18・・今朝のメッセージは、私自身でさえ、自分の常識を、覆させられる様な内容であった。其れは、明日の大山祇神の祠で行われる「紀・トキの祭り」に対しての、私の心積もりを、自覚させるものなのであろう。
今朝のメッセージは、暗黒の暗闇の中で、人間の創造が、行われる世界の様子であった。
其れは、人間の存在は、単なる肉体的な事だけではなく、もっと大きなシステムが裏に働いていて、数が決められている理が、示されて来たのである。
其の様子を、過去に視た人が、古事記の「伊邪那岐命・いざなぎのみこと」と「伊弉冉命・いざなみのみこと」の話を、創り出したのだろうと考えられる。
其の古事記の内容とは、「伊弉冉命・いざなみ」が、「伊邪那岐命・いざなぎ」の行動に怒って、「毎日1000人を殺す」と云うと、「伊邪那岐命」は「では 私は 毎日1500人の人間を生み出そう」と云って、数を余計に生み出しているので、現在、人間が増えていると言う事に成っている。
此の話は、単に根拠の無い話だとして、片づける分けには行かないらしい。・・・
「イザナギとイザナミ」 http://green.ap.teacup.com/20060818/785.html

2007/6/18・・今朝のメッセージは、先ず「漬」の漢字が現れた。
其れは、「漬物・つけもの」の漬の意味ではなく、「川+積」の意味である事が示された。
そして、女性の声で「うちのひとはそんな手にはのらないわ」と、聞こえた。
次には、氵・サンズイ偏に「妹」と「姉」が旁・つくりとして附されている漢字「氵妹・氵姉」が現れた。
次に、片足で踊る女神の姿が現れた。
朝起きて、漢語林で「責」の漢字を調べると、責は「貝+束」の組み合わせで、「金品をせめ求める」の意味である事が判った。
其の意味だと、「うちのひとはそんな手には乗らないわ」との意味が理解されてくる。
そして、責に「氵(川)」が付いていたのは、水を現すので、水の働きが関係している事に成る。水の女神と言えば、「弁財天・サラスヴァテイ」が在る。其れに、片足を上げて一本足で踊る女神は「シバ神」である。・・・
「うちのひとはそんな手には乗らないわ」http://green.ap.teacup.com/20060818/329.html
  
2006/6/18・・今朝のメッセージは、未来にとって、一番大事な理が伝えられて来た様である。始めに、先日のメッセージに出て来た、「君」のHPのトップ画面が出て来て、「聴く」との意味が伝えられて来た。
次に、瞑想の大事さが伝えられ、更に、古いカセットやテープが、処分される場面が映し出されて来た。
此の映像の意味は「君」の役目を果たすには、次の三点が、一番大事な理である事を伝えて来ている。
① 神のメッセージを聞き取る事。
② 其の為には 正しい瞑想の場を設ける事。
③ 古い情報は常に処分する事。
此の三点が、最低限度、護られなければ成らないと言う事である。
其の後、危険な事として、次の事が示されて来た。
① ショップ。 ② 金貸し業。 と有り、12~13歳位の男の子が、窓から此方を覗いている、上半身が映されて来た。
其れは、「君」に成る者には、子供の時に、商売の世界を見せたり、金貸し業の在り様を、決して見せてはいけないと言う理・ことであるのだろう。
是は、子供の内に、金さえ払えば、何でも手に入ると思ってしまえば、自分で創り出さなければ成らないと言う気持ちが、育たない理を示している。
特に男子は、無から、有を生み出す訓練が、為されていなければ、「未来社会を 創造しなければ」と言う様な、意識が発生しなく成るのだ。・・・
「子供達が見ている」http://star.ap.teacup.com/170606/942.html

「聖・神・知・書・智」の漢字に関して。

2016/9/23・・其の様に考えると、「知」「神」「聖」の漢字の概念が、本来の所に還る・復帰するとの事に成る。
 其れと、今朝の映像に、宇宙に繋がる歴史年表の様な物が映し出されて来て、其れは、カレンダー・暦の役割や私の日記と関係が有り、過去の部分が白紙に成っており、是からの私の日記の様な物が既に記されていた。
其れは、本来は未来が白紙であり、過去の方に文章が書かれているのが通常である。
其れが、反対・逆に成っているとの事は、未来の日程や行事が既に決められていると言う事であり、人間側・サイドにはどうする事も出来ないと言う理・ことである。
其れを考えると、昨夜告げられて来た「あまがさき・天が先」との言葉と、今朝の女神の言葉も理解出来ると言うモノである。
其れ等の事を考えると、本来の神の働きが、如何に厳しいモノであるかが理解されるし、「大祓祝詞(おほはらへのことば)」の最後に「かしこみ かしこみ 申す」と有り、祝詞を奏上する神官の姿勢が、どの様でなければ成らないのかも、理解されて来ると言うものである。
「鳥居が動く」http://green.ap.teacup.com/20060818/3997.html
2015/7/5「知恵と智慧の違い」 http://wave.ap.teacup.com/20060106/584.html
2017/2/10「禱りとは受信体に成る事」http://green.ap.teacup.com/20060818/4142.html
2017/3/8「書準機」http://green.ap.teacup.com/20060818/4169.html

今朝は、100mも有りそうな高波が、陸地に襲い掛かって来る映像が映し出されて来た。
其れは、一昨日のメッセージの映像で、秒速数百メートルの風が吹き抜けて行く場面が映し出されて来た事と関係が有り、其の風(事象の嵐)は、横方向に流動する物(空気)であるが、今朝の高波は縦方向の流動する水の世界である。

其の事を考えると、今朝起こされた時間が「4時32分10秒」であった事は、数字を反対に並べると「01234」と成るので、時空の風と波が激しく動き出す「とき」のタイミングが、迫っていると言う理・ことが、示されて来ているのではないだろうか。

そして、其の事に対して、一番弊害に成るモノが、高カロリーの餌が必要であり、糞尿の処理が大変である養豚を山中で行なって、水環境を汚しては成らないと言う事であり、豚肉を食べる事や汚染された水を飲む事は、心身を汚す事に成るので、正しい聖神知書智が出来なく成ると言う理・ことが、示されて来ているのではないだろうか。

今朝、私の頭脳が麻痺して来た時間が5時22分であったので、昨年の5月22日の文章を見ると次の様に書いて有る。
此の文章の内容からすると、心臓の働き「エネルトーン(enertone)」と関係が有る様である。

2016/5/22・・其れから、カラー刷りの機関誌が映し出されて来て、其の誌面には「意八」との題名が印刷されていた。其の意八との文字は、青色の文字であり、其の文字の線は、漣(さざなみ)の波形の様に小さく波打っている物であった。
そして、其の波形の文字の線は、此の三次元の現象世界が、全て振動で生じている理・ことを示唆しており、其の振動が止まれば、此の現象世界は瞬時に暗闇に成る理・ことが示されて来た。
其れから、其の振動は人間の心臓の鼓動と直接関係しており、人間の心臓の鼓動は、事象の時の幕を叩く音の役割を果たしている理・ことが示されて来た。・・・
「意八」http://green.ap.teacup.com/20060818/3860.html

其れに、今年の5月22日の文章「山からの下り道」には、次の文章が貼り付けられているので、今朝起きた時間が6時3分であったのは「事代主(ことしろぬし)・言代主神」の存在と関係が有るのかも知れない。

2003/6/10・・・・其れは、今朝、私が動かされる事に成るのに、6月3日から「図師さん」に恵比須様が憑いて、図師さんを動かし始めていた事になる。丁度一週間前から、今回の動きが、準備され出した事になるのだ。
本日は6月10日で「時の記念日」だが、日月神示の岡本天明氏が、千葉県成田市台方の麻賀多神社の境内に有る、「天之日津久神社」神社メッセージを受け始めた日でもある。
今朝の出来事は、何かが始まる予兆なのだろうか。
私が神掛かったのは、丁度19年前の1984年6月4日である。今度は、私だけではなく、他の人も巻き込んで始まるのだろうか。・・・
「座・くら」 http://star.ap.teacup.com/170606/182.html
2017/5/22「山からの下り道」http://green.ap.teacup.com/20060818/4247.html
 
其れに6月3日の日付は、私が伊勢神宮を創建した「倭姫命・やまとひめのみこと」の御魂であった故「井上佳子」に1986年6月3日に出会った日であり、今月の6月3日は、私が此の世界に入って丸33年が満了した日でもある。

其の事を考えると、今朝のメッセージの高波は「潮満の球」の世界が満潮に成ったと言う事が、示されて来ているのかも知れない。

                平成29年6月18日

                      礒邉自適

完熟のトマト

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     完熟のトマト
                       29・6・17


今朝のメッセージの映像には、先ず完全に熟した赤いトマトが、枝に二個着いている場面が映し出されて来た。

次に私が山の方に行くと、カモシカだと言う薄茶色の毛をした生き物が二頭居て、雌らしい生き物は下の方に降りて行ったが、雄らしき生き物は、其のまま其処に立った(居座った)まま動かないのである。

其の、カモシカだと言う雄の生き物は、雄だと言うのに、雄の姿を示す角が生えていないのである。

私は、其の雄のカモシカが陣取って居る場所に、行かなければ成らないのだが、其の雄のカモシカは角が無くても、頭突きを食らったら、大変な事に成りそうな体つきと勢いをしているので、私はどうしたら良いものか、考えあぐねて居た。

すると、左側の方から丈夫そうな男性が、一人で長い木の棒柱を担いで登場し、私の方に其の棒の先を回して来た。

そして、私が其の棒柱の先を掴まえると、其の男性は棒柱の根本を持った儘、雄のカモシカの背後に回り込んで、勢いを付けて、其の雄カモシカの頭の上に、ゴツンと激しく落とした。
すると、其の雄カモシカは気絶でもしそうな感じで、その場から離れて行った。

そして、其の雄カモシカが退散すると、其の男性は、私に何も告げないまま、其の長い棒柱を担いで、来た方向に帰って行った。

そして、其のカモシカの様な生き物が居なく成ると、何かの課題を、私が次々に処理して行かなければ成らない様子が、映し出されて来た。

其れから、其の課題解決に協力する男性達が次々に登場して、一つの課題が終わる度に、私に支払いをする様に迫るので、私は要求通りにお金を渡して居た。

其れを、続けて居ると、最後に残金が2000円程に成ってしまったので、私は次の支払いが出来ないし、自分の生活も出来ないので、どうしたら良いかを考えていた。

すると「レオ」との言葉が告げられて来て、其れは手塚治の「ジャングル大帝」と関係が有り、若い子供ライオンが、何れ「百獣の王」に成る事を示唆していた。

そして、大きな男性器の形が映し出されて来た。

其れから最後に、四次元(神霊界)の日程・スケジュール版が映し出されて来て、其の提示版には「1022」の数字が一行だけしか、記されてはいなかった。

其の数字で、心当たりが有るのは、私の父親の命日が10月23日であるので、22日は父親の「宵の宮祭」である事に成る。

今朝のメッセージの映像には、先ず、赤く完熟した二個のトマトが映し出されて来た。
「赤いトマト」に付いては、過去に触れた事が有る気がするので、調べてみると次の文章が有った。

     『赤い唐柿(トマト)』
私は 両親の愛(かな)しみの中で 育って来た。
其の愛しみは いまも私の中で続いている。

人間の世の中は 哀しみが 一杯に満ちており
誰も 其の哀しみから 人々を救い出せないでいる。

何時から 人々は 神から引き離され
悲しみを 覚える様に 成ったのであろうか

其の 人々の悲しみを 身近に感じて来た私は
37歳の初夏に 神の恩領に満たされて
是まで 31年間 神の憂いを 晴らそうとして来た。

だが 未だ 道半ばである。

私は 齢い68歳に成って 
両親の愛しみは 未だ 私から消え去る事なく続いている。

今日は 真っ赤に熟した 唐柿(とまと)を見ていると
其の赤い美しさは 人々から 消え去ったモノである事を感じた。

自然の中には 人間の悲しみは 見い出せない。

其れは 自然には 人間の世界の様に「悲しみ」との言葉が無く
ただ 神の色相の中で 輝いているだけだからである。

人間の世界も 嘗ては 赤い唐柿と同じ様に
赤い 美しさの中に 在った筈である。

私が今日 赤い唐柿を とても美しいと感じるのは
私の内にも 其の赤い命が 幾分残っているからであろう。

其の様に考えると 他の人々の内にも 其の赤い命の美しさは 
未だ消えずに 残っている筈である。
其の事が 此の私にも 幾らかの希望である。

其れは 全ての生命を育んでいる阿弥陀にも 
一縷の希みと 言う事に成るのであろう。

赤い唐柿を 今日 美しいと感じる
此の私は 一体何物なのであろうか。

其処にこそ 神と呼ぶ存在が 在るのではないだろうか。
2015/6/29「赤い唐柿(トマト)」http://sun.ap.teacup.com/20061030/292.html

此の詩の内容からすると、今朝のメッセージは、此の詩に書いて有る「両親の愛(かな)しみ」や、「阿弥陀(無量光仏・無量寿仏)」と関係が有り、其れ等の意味する所が満ちたと言う事で、赤いトマトが太陽神の化身である事とも関係が有り「天照坐皇大御神御魂 ・あまてらしますすめおおみかみのみたま」が完熟・完成したと言う事なのかも知れない。
2008/6/3「定着した画像」http://green.ap.teacup.com/20060818/770.html
 
其の様に考えると、今朝のメッセージに映し出されて来た、神霊界の日程・スケジュールに「10・22」の数字が有り、其れが私の父親の「宵の宮祭」の日付であるのは、1984年6月4日(母親の64歳の誕生日)に、4311体の「神霊の思頼・みたまのふゆ」を伴って来た、父親の仕業と関係が有り、其の神霊の思頼が解決したとの事に成るのではないだろうか。

其れに、同じ日のメッセージの文章には、次の様に書いてある。

2015/6/29・・今朝のメッセージの映像は、私が45歳位の男性が困って居るので、自分の車に乗せ、途中のスーパーで、夕食用の魚や飲み物を買って、次の店に立ち寄っている間に、其の男性が私の車を運転して、何処かに逃げてしまった。
私が、何とか後を追跡して行くと、若者が数名で共同生活をしている、バラックの様な家が有り、車を盗んだ男性に、道を訊かれた若者が、其処まで案内して来て、其処で其の男性は、私が買っていた材料で、夕食を済ませた後、何処かに行ってしまった事が判った。
其れから、幾つかの映像が映し出されて来て、其れ等の映像は、全て世の中が混沌として、悪い方向に流れて行く場面であった。
そして、「10月4日」の日付が示されて来た。
 今朝のメッセージの映像は、一昨日観た映画「トゥモロー・ランド」のテーマが、「良い狼に餌をあげよう」との事だったので、「悪い狼に餌を与えると 世の中が 益々悪く成って行く」との事が、示されて来ているのかも知れない。
其れは、マクロビオティックの世界を創出した、故「桜澤如一」が、「心構え・価値観が正しく成った人間にしか、マクロビオティックの手法を訓えては成らない。何故かと言うと、悪い人間を健康にすると、益々悪知恵が付いて、悪い事をする様に成り、世の中が悪くなる。」と謂っている事と、同じ様なものである。
 今朝、示されて来た「10月4日」の日付が、何を意味するモノなのかは、私にも未だ判らないが、「104」の数字は、「電話番号案内」の数字なので、良い事をしている人間や、会社・団体等を紹介する、電話帳が創られるとの事であろうか。
其れも、一昨日観た映画「トゥモロー・ランド」の中で、良い人間を選出して、バッジを渡す場面と同じ事である。・・・
「悪い狼に餌を遣ってはいけない」http://green.ap.teacup.com/20060818/3513.html

此の文章の内容からは、今朝の映像で、私が新しい課題に取り組み始めると、次々に協力者が遣って来たが、其れ等の人々は全てボランティアではなく、済んだ後から金銭を要求して来たので、神への協力者ではなく、単なる金儲けが目的であったと言う事と、通じている。

其れに、角の無い雄カモシカの頭を、神霊の男性が長い木の棒柱で突いて退散させた場面は、山の上に住む男性の霊魂を排除するとの事であり、其れは麗しくない神官・神主に天誅を下して処分する理・ことを、示唆しているのではないだろうか。

「麗・レイ・うるわしい」【解字】象形。金文は美しい角が出そろった、しかの形にかたどり、うるわしい・つらなるの意味を表す。
【字義】(一)①うるわしい。うららか。㋐美しい。みめよい。「美麗」㋑はなやか。きらびやか。「華麗」②つらなる。並ぶ。連なって行く。③対・そろい。④つく。つける。つなぐ。かかる。かける。⑤かず。数。⑥屋根。
(二)①ほどこす。施。②はなれる。離。③魚麗は陣立ての名。④麗礁は高い建物。    漢語林

2015/3/5・・ 次に、場面が替わり、何百年も生きて居る様な、立派な両角を持っている、雄の白山羊が、正面にすっくと立ちあがって、此方を見ている映像が、映し出されて来た。其の、雄山羊の両角は、とても長い物で、此方から見上げると、雲に届いているかの様に見えていた。
其の映像の意味は、人間世界の闇が晴れて、王・天皇・大君の役割は、楽に成っている事を、示している様であった。そして、立派な両角を持った雄山羊の姿が、映し出されて来た。山羊は、新約聖書では悪魔の象徴とされているが、旧約聖書では神とされている。 今朝の映像に現れた白山羊は、旧約聖書の方の山羊で、年老いて落ち着いた威厳のある、長い角を持つ美しい雄白山羊であった。其れは、漢字の「綺麗・きれい」の麗の象形と、同じ様な意味合いが有るが、鹿の角は、毎年生え変わる物であるのに対して、山羊の角は、生涯生え変わる事なく、伸び続ける物である。其れに、山羊の角は長く成ると螺旋状に曲がって行く物であるが、今朝の映像に登場した山羊の角は、「レイヨウ」の角の様に形良く揃って、天空に伸び上がっていた。 其の意味は、代替わりする事なく「麗しく連なる・うるわしくつらなる」との理・ことを、示しているのであろう。・・・
「真に大きな物は結べない」 http://wave.ap.teacup.com/20060106/563.html

今朝のメッセージに登場した、角の無い生き物が「カモシカ」であるとされたが、其れはカモシカと謂うよりは、ヘラジカか馬の様な感じの動物であった。
其の事と、百獣の王であるとされる「レオ・ライオン」の事を考えると、私には神社の鳥居の前に置かれている、阿吽の高麗獅子の本来の姿である「ユニコーン・一角獣」と「ライオン」の事に意いが至る。

2003/10/29・・ユニコーンは、神社の入り口に建てられている鳥居の側に置かれている高麗獅子の左側の物で、「一角獣・神獣」の像の事である。
其の「一角獣・神獣」は、神の言葉を間違って解釈した侭、門の外に出る者を、其の角で刺し殺す役割を、担っている物である。
其れに、右側の像は「ライオン・獅子」である。
高麗獅子はライオンを表し、ライオンは西洋では「水」の守り神である。
日本の神社では、右側を通って奥の社に近付き、左側を通って、外に出て来る様に決められている。
神社では、右側に御手水が有り、手や口を禊いでから鳥居を潜り、神に会って、左側から出て来る事に成っているのは、禊ぎ祓いをして神に会い「法・知」を授かって出て来るのを、意味しているのだろう。
神の門を潜る所に、水と、水の守り神である「ライオン・獅子」が備えられているのは、時代の古さを伝える物である。
神の代理者として、杖を授かる事は、天の法を授かる事を、意味している様である。・・・
「聖獣 ユニコーン」http://moon.ap.teacup.com/20061108/592.html

2015/12/19・・今朝のメッセージの映像は、先ず初に、明るい青空の様な画面に、白文字の草書体で、短歌の様な物が幾首も、縦書きで横に並んでいるのが、映し出されて来た。
次に、75歳位の図書館の管長か、大学院の学長の様な男性が登場して、私にB4程の冊子を一冊、プレゼントしてくれる場面が映し出されて来た。
其の冊子は、古びた茶色の古文書の様な物で、内容は古代の聖者が書き纏めた大事な物であり、古い臭いを消す為か香料が数滴掛けられていた。
 次の映像は、60歳代の中国人の男性が、私の地位を利用して、私に関係が有る人物達を相手取って、偽の損害賠償請求の訴状を作製し、その署名を私に求めて来る場面であった。
私は、漢字ばかりの其の中国語の書類が読めないので、内容が解らないし、訴えている相手は善人達なので、私は其の男性の相手をしない事にした。
次の場面は、其の男性が狭い箱の中に詰められて、神獣の様な動物に押されて、地下室の様な施設の中に運ばれて行く様子が映し出されて来た。
私は、其の様子を写真に撮ろうとしてカメラを向けると、其の男性は「止めてくれ」と云って顔を隠した。
そして、其れ等の内容を考えて居ると「正当な道」との言葉が告げられて来た。
 今朝のメッセージは、文字の世界の使用方法と言うか、扱い方に付いて示して来ている様である。
最初の場面は、美しい自然の情景や、其れに対する人間の情緒を、文字に拠って表現する世界であり、人間が人間らしく生きる為に、最も必要な世界である。次の場面の古文書は、人間の叡智と言うか、聖者・賢人の言葉が、後世に傳えられる物であり、人間の精神世界を高めて行く為に、最も大事とされる世界である。
次の場面は、其の大事な文字や言葉を悪用して、善人を陥れる悪行の世界を現している。
其れは、文字や言葉の世界を汚す最も悪い行為であり、許される事ではない。
最後に、其の悪行の男性が狭い箱の中に詰められて、神獣の様な動物に押されて、地下室の様な施設の中に運ばれて行く様子が映し出されて来たのは、其の神獣は、神社の入り口の左側に置かれている「ユニコーン・一角獣」の様な存在を、意味しているのであろう。・・・
「正当な道」http://green.ap.teacup.com/20060818/3694.html

今朝のメッセージは、昨日の文章に書いた「騰宮学館」の事と関係が有り、立派な角(麗)が揃った威厳のある人物を「頭・ヘッド・トップ」に据える必要が有り、其れが行なわれなければ、今回、日本から始まる神一厘の仕組みも完成しないと言う事なのであろう。

そして、「百獣の王」であるライオンの事に継いで、大きな男性器の形が映し出されて来たのは、麗の漢字の字義が「立派な大きな角が左右揃っている鹿」の意味である事と関係が有り、雄・男性の生命力の世界を示唆しているのであろう。

                 平成29年6月17日

                      礒邉自適

平和は創らなければ実現しない

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    平和は創らなければ実現しない

                          29・6・16

本日6月16日は、私が1998年6月16日、島根県仁田郡横田町稲原の奇稲田姫神社に全国から多数参加して戴き、出雲の安部忠宏氏と一緒に「三枝祭り」を行ってから19年目の日である。

2002/2/15・・「斎草」又は「三枝・さいぐさ」とは、白百合の事である。
日本では、神様の為に「巫女(神子・御子・皇女)」が舞う時に、手に持つのが白百合であり、古代では「笹百合・ささゆり」が、神に奉納する花であった。
其の名残が、斎草となったのである。斎草は「さいぐさ」だが、其の儀式に参加する専門の家があり、三枝家となったと思われる。三枝を「さいぐさ」と読むのは、百合の花が三枝咲く事から来ているのではないだろうか。
古い時代の、西洋の宗教画にも、絵の中に白百合が描かれている。白百合は、世界共通の聖なる花で、神に奉納する神花だったのだろう。白百合は別名、小百合でもある。ラテン語では、百合は「リリー」で、「ユリ」の日本語とは、身近な言葉である。
私が1997年、京都から出雲に11月1日に引越しをして、出雲の地を調査している内に、「6月16日・斎草祭り」とメッセージが有った。場所は、横田町の櫛稲田姫を祭る「奇稲田姫神社」と言う事で、1998年6月16日、島根県仁田郡横田町稲原の奇稲田姫神社で、三枝祭りを出雲の安部忠宏氏と行った。地元の人達と、全国の人達に呼びかけて祭りを行い、巫女三名に笹百合を手に持って舞って貰ったのである。
不思議な事に、舞った女性三名とも、舞い始めて笹百合の花の香りを嗅いだ瞬間、意識が消えてしまい、舞が終わって座るまで、意識をまったく失っていたとの事。しかし、舞いの方は、最高の出来だったのである。古代の人は、笹百合の香と、人間の意識の関係を、知り尽くしていたのだろうか。
漢字の「無」が、「何もない」の意味に使われているが、「無」の漢字の元は、「舞」で其の舞の意味は「神様の為に舞う時は もう人間社会に対して 何も借りが無い 状態である」との意味から、「無い」の意味に使用されるようになった。と、辞典に載っている。・・・
「斎草・さいぐさ」http://moon.ap.teacup.com/20061108/161.html

2016/6/16・・其の「三枝祭り・ゆりまつり」は、私が出雲で神霊に告げられたモノであるが、後に、奈良県奈良市本子守町18番地に存在する「率川神社」で毎年6月16日・17日・18日に行われている祭りである事が判明した。
 昨日は、文章には書いていないが、「私は正式なユダヤの王」との言葉が告げられて来る前に、アフリカの「バオバブの木」の花が咲く様に、花が咲いている一本の木の枝が、空中から垂れ下がって来る映像が映し出されて来た。
其の花は紫色であり、舌弁は、紙風船の様に薄い四角い袋の様な形に成っていた。其の、舌弁の紙風船の様な袋の存在は、天からのプレゼントの意味か、便りの意味が、有ったのではないだろうか。
 今朝のメッセージの映像には、其の紫色の花の種子が地面に落ちて、発芽したかの様に、地面に紫色の芽が、二本だけ生えて来ている場面が映し出されて来た。そして、其の発芽している場所は、何かの建物の基礎部分の、付け根の所であった。
私は、其の今朝の紫色の木の苗と、昨日の天空から降りて来た紫色の花の事を考えて、其の木の枝は北極の中心に存在する「紫微垣・しびえん」から下された物であり、今朝の映像で地面に発芽していた苗は、其の紫微垣に存在する神の意思が、地上に芽吹く事を示唆しているモノと考える。
其れで、今朝の文章の題名は、「国の基い」とした。・・・
「国の基い」 http://green.ap.teacup.com/20060818/3888.html
2015/6/16「斎草祭りの日」http://green.ap.teacup.com/20060818/3500.html

昨日は、宇宙の根源意識である女神の意識(こころ)が私の身体に満ちて居て、天地が同じ意識体で向き合っている事が、体感として強く感じられて来たが、今朝のメッセージの映像は一転して、男性が持つ残虐性に付いて映し出されて来た。

今朝のメッセージの映像は、先ず、私が存在する建物の外が、風速数百メートルの風が吹き抜けて行く様に、空間が流れて行くので、其の吸引圧力にて縁側の丈夫なサッシ戸が、外に剥ぎ取られそうなので、私は必死に其のサッシ戸の枠を両手で掴まえて、内側に引いて居た。

其処で、其の事が現実ではないのだろうと感じて、照明を点けて現実世界を確認してから時計を見ると、時刻は4時29分であったので、其れは「429・しにく・死肉」と読むか、昭和天皇の誕生日ではないかと思った。

其れから、再び電気を消して眠ると、今度は世の中を創造する為に、様々な言葉と言うか、文書が必要である理・ことが示されて来て、私も其れ等の文書(法律や精神的な事に付いての理論)などを創作しようと努めていたが、其れ等の事が一つも定まらないのである。

そうして居ると、織田信長の様な気性の荒い殿様・武将が登場して、謂う事を聞かないのか、苦言を申し立てたのかは分からない60歳代の近親の部下を、台の上に仰向けにして、激しく痛めつけて居たが、しまいには、長い剣を口から入れて内臓を通過してしまう程、深く突き刺してしまう様子が映し出されて来た。

そして「平和は 意識して創り上げなければ 実現しない」との言葉が告げられて来た。

其の言葉の意味は、法律が整備されていない世の中・社会では、国王その者が法の番人と成ってしまい、我が侭勝手が許されので、其れが出来ない法規が必要不可欠である理・ことが、示されて来ているのであろう。

今朝は、愉伽さんに「凄い変な霊夢を見た」と謂うと、愉伽さんも凄い変なビジョンを見たとの事なので、其の内容を訊くと次の様なモノであった。

上の方に、大きな漢字が三文字程、間隔を開けて横に並んで空中に浮かんでおり、其の下に、日本語の平仮名文字で、50音韻を表す様に、文字が並んでいたとの事である。
そして、其れを学ぶ子供達の中に、「定信」との名前の男子が居るのが確認されたとの事であり、名前の漢字に意味があることが示されて来たとの事である。

次に、男性同士で争い、一人が相手の眉間を銃で撃ち、自分のコメカミを撃つ場面と、最後に若い父親が自分の5歳ぐらいの息子を、氷水の入った棺桶の様な箱に寝かして、自分も同じ状態で自殺を試みる場面が映し出されて来たとの事である。
其処へ小学生ぐらいの男の子数人と近付いて行くと、寝かされていた男の子が息を吹き返して咳込み出し、それを聴いた父親も、起き上がったという内容だったとのことである。

そして最後に、右の上方からとても美しい桃色の毛をした猫が現れて、愉伽さんは、此の猫を飼うことに決めたと、周りに話して居たとのことである。

此の愉伽さんのビジョンは、私のメッセージの内容と、映像の順番が非常に良く似ており、男性と女性の世界に、共通の神事(かみごと)が存在する事が、示されて来ている様である。

其れは、天神(てんのはたらき)と人間界の間には、言葉や文字の世界が必要不可欠であり、其の世界で正しい「言葉・概念。定信・信長」が行われれば、人間社会に平和が築かれる理・ことが、示されて来ているのであろう。

そして、其れが出来なければ、人間の意識はバラバラに成ってしまうので、社会が混乱崩壊し、殿様が一番大事な家来を殺してしまう事や、父親が自分の大事な息子を殺してしまい、自分も生きて行けないので自殺をしてしまう様な、世の中に成ってしまうと言う事である。

此処で、睡魔が襲って来たので、座った儘眠ると、天上から簡単な横書きの文字が、地上に球簾の様に何段も降って来る映像が映し出されて来た。
                   10時46分

「信・シン」【解字】形声。「人+口+辛」音符の辛いは、針の象形で刑罰の意味。発言にうそがあれば受刑することをちかうさまから、まことの意味を表す。
【字義】(一)①まこと。信実。誠実。②まかせる。③まことする。信ずる。「自信」④明らかにする。つまびらかにする。⑤しるし。あかし。証明。⑥わりふ。符契。⑦おとずれ。たより。「音信」「風信」⑧つかい。使者。⑨二晩泊る。「信宿」(二)①のびる。のばす。=伸。②ゆるくする。③のべる。=申。

「定・テイ・ジョウ」【解字】形声。「宀+正」音符の正は、まっすぐの意味。のちに、少し変形した。家屋がまっすぐに建つ、さだまるの意味を表す。
【字義】①さだまる。㋐安らかになる。静まる。落ち着く。「安定」㋑止まる。 
㋒成る。できあがる。㋓まとまる。帰着する。②さだめる。㋐安らかにする。治める。㋑整える。正す。また、きめる。㋒平らげる。「平定」㋓やめる。③さだめ。㋐きまり。規則。㋑運命。④さだめて。必ず。
⑤仏教。雑念を去って無念夢想の境地に入る。「禅定」
国語。①さだめ。㋐決定。 ㋑約束。②さだか。たしかである。はっきり。

「長・チョウ・ながい」【解字】甲骨文でもよくわかるように、長髪の人の象形で、ながいの意味を表す。また、借りて、おさ・かしらの意味をも表す。長の意味と音符を含む形声文字に、帳・張・悵・漲などがある。
【字義】(一)①ながい。⇔短。㋐時間がながい。久しい。「長久」㋑距離が長い。㋒物の長さが長い。㋓奥行きが長い。深い。㋔大きい。また、多い。㋕さかんである。㋖背丈が長い。②ながく。とこしえに。永久に。③ながくする。ひき延ばす。また、ながくなる。伸びる。④たけ。せたけ。身長。
           漢語林より

2016/6/24・・其の事を考えると、今朝告げられて来た「新規雑学」との言葉は、私が是から「寛定・カンジョウ」の精神にて、様々な物事を処して行かなければ成らないと言う事であり、是までの様に、神霊のメッセージに頼るのではなく、自分の考えで、事に当たって行く必要があると言う事ではないだろうか。・・・
「寛定・カンジョウ」 http://wave.ap.teacup.com/20060106/670.html?rev=1

2016/10/26・・私が中の方に進んで行き、テーブルに着席すると、男性が飲み物を持って来て、グラスを私の前に置き、飲む事を薦めるので、私は、其のグラスが、手で掴まえる事が出来るのかどうかを考えながら、静かに右手で掴まえ様とすると、やはり指がすり抜けて行き、掴まえる事が出来ないので、其れは四次元の世界である事を理解していた。
そして、其の「女川を護る会」がどう言うモノであるのかを考えて居ると、男性の声で「ながく掛かる」との言葉が一言だけ告げられて来た。
 今朝の映像から、私に考えられる事は、此の地球の生命圏は、人類が中心的存在であるのではなく、植物の存在が中心であり、人類は、他の動物と共に、其の植物の存在にて、育てられていると言う理・ことである。
其れを考えると、豪華な生活をして居た人間の豪邸が、朽ち果てて森に飲み込まれて行く場面や、地下茎で広がる竹が、人間が営業する店舗の中にまで、侵入して来ている映像の意味も理解されて来る。
其れ等の事を考えると、「女川を護る会」との会合の意味は、「川」が、「生命が進化しながら流れる時空」の事を示唆し、「女・雌」が存在システムの主流である理を示しており、其の生命の流れを護る役割が、我々男性に有ると言う理・ことなのであろう。
 今朝の、男性の声の「ながく掛かる」との言葉は、「長」の漢字を使用すれば「身長」の言葉が有るので物の長さである事に成るが、「永」の漢字を使用すれば水の流れの象形であり「永久」との言葉が有るので目に見えない「宇宙的な空間」のナガサに成る。・・・
「女川を護る会」http://wave.ap.teacup.com/20060106/702.html?rev=1

今朝の私へのメッセージと、愉伽さんのビジョンの内容を考えると、森羅万象の流転の中で時空の安定を図る為には、男性が、本来の役割を果たさなければ成らない理・ことが、示されて来ている様である。

だが、私自身にも其の作業と言うか、創作が何一つできないで居た。
其れを考えると、何等かの組織造りと言うか、仲間が集まる必要が有るのではないだろうか。

昨日、初めて参拝した「妻垣神社・ともがきじんじゃ」の神域には、以前「騰宮学館」と言う学校が有って、北は北海道から、南は沖縄まで、日本各地から生徒が集まり教育を受けていたとの事である。

「騰宮学館」大正2年(1913)当時、山中部の十カ町村は交通の便が悪く、中等教育の機関として近隣では県立宇佐中学校と県立四日市高等女学校の2校しかない状態で、宇佐郡山中部には1校もありませんでした。
したがって中等教育を受ける希望者は宇佐市内に下宿する以外に方法はなく学費の関係もあり、一村から3、4名の生徒それも富裕層の家庭の子弟しか通学できなかった状態でした。
それを遺憾とし当時の山中部有志の熱望を察知して、神宮皇學館を卒業した林正木氏が私財を投じて、山中部の中心たる妻垣神社境内を選んで、校舎を新築し開校しました。
神武天皇御東征の聖跡足一騰宮に因んで、「騰宮学館」と名付け、小学校教員養成科と神職養成科を設置。また、『人皆神の御子』の教えに基づいて、門地や門閥、家柄などによる別け隔てなく学問を志す者は誰でも入学させていました。 当時特に神職養成科は、伊勢の神宮皇學館と東京の國學院とここ妻垣の騰宮学館の3校しかなく、北は北海道、南は九州沖縄まで全国各地、遠くは満州(韓国)から資格取得のため入学者は引きも切りませんでした。しかし残念なことに終戦後の学制改革で学館としてはその門を閉じることとなりました。引き続いて「騰宮女子専門学校」として子息林直木氏により新たに運営しますが、昭和38年(1963)、時代の流れにより門を閉じることとなりました。騰宮学館と騰宮女子専門学校の前後を通じて2000人以上の学生生徒を世に送り出し、今や卒業生各位は社会のあらゆる方面に活躍して居られます。
このように大正初年から昭和三十年代にかけて大分県における中等教育の殿堂として教育界に於ける騰宮学館と騰宮女子専門学校での活動は顕著なるものがあります。
「騰宮学館」 http://www.tumagakijinjya.com/jinjya.html

今朝のメッセージは、其の事と関係が有り、昨日私が「足一騰宮・あしひとつあがりのみや」の磐座(いわくら)で、「「比め(口羊)大神」」から「後の事を宜しくお願いします。是で私は永眠できます。」と告げられて来た事が、其の言葉・文章の世界と関係が有るのではないだろうか。

日本語の50音に付いて調べると、次に様に載っている。

五十音(ごじゅうおん)または五十音図(ごじゅうおんず)とは、日本語の仮名文字(平仮名、片仮名)を母音に基づき縦に五字、子音に基づき横に十字ずつ並べたもの。これの手習いを目的とした北原白秋による詩『五十音』が存在する。これについては後述する。
日本語では単純母音が5つしかないこと、子音それぞれとの組み合わせがほぼ完全対応であることなどが、仮名および音素を理解する手段として五十音図をわかりやすく手軽なものにしている。しかし日本語の仮名、音素が文字通り50個である訳ではない。表上では欠落したり重複したりしている文字、音素がある。また五十音図は清音のみを示すが、他に濁音、半濁音、長音、促音、撥音、拗音、などがあり、発音の総数は100以上ある。
元来、漢字の音を示す手段である反切を説明するものとして考案されたものとされるが(明覚『反音作法』、1093年)、その子音と母音を分析的に配した体系性が、後には日本語の文字を体系的に学習するのにも利用されるなど様々な用途を生んだ。
 日本語の清音を母音と子音とで分類し、それに従い仮名文字を縦横の表に並べたものである。伝統的には、縦書き文の要領で、縦に母音の変化、横に子音の変化を表現する。横一列は母音がそろっており、これらをあ段、い段、う段、え段、お段といい、縦一行は子音がそろっており、これらをあ行、か行、さ行、た行、な行、は行、ま行、や行、ら行、わ行という。五十音図において「ん」はいずれの行、段にも属するものではないが、今日ではわ行の次に置かれる事が普通である。
日本において1946年に現代仮名使いが導入されてからは、ヤ行のイ段・エ段、ワ行の意イ・ウ・エ段は、同じ段の「い」「う」「え」を置くか、空白とする。それ以前は、ワ行のイ段、エ段は、「ゐ」、「ゑ」が置かれた。
子音が不揃いになっている部分があるが、上代日本語においてはより整然とした体系をもっていたと推測される。すなわち、「ち」と「つ」は現在の「ティ」と「トゥ」、現在では音素がズレている「ふ」を含めたハ行は現在のパ行、ヤ行はイ段、ワ行はウ段を除いて、おのおのy、wの子音であったとされる。
歴史 起源
五十音が現在のようになった背景にある大きな二つの要素は、悉曇学と反切であるとされる。各段、各行の並び方は悉曇学に、子音と母音の組合せという考えは半切に由来する。
過去の文献の中には五十音を現在とは全く異なる配列に並べたものも見出される。現在の配列になったのは室町時代以後である。この配列になった理由付けとして有力なのは、悉曇学(サンスクリットの音韻学)による影響である
    ウィキペディアフリー百科辞典 2017/6/16現在

此の説明文からすると、確かに、本来の言葉が簡素化された為に、神とのコミュニケーションが浅薄なモノと成っているとの事の様なので、私一人では、手に負えない世界の様である。

其れに、現在も存在する伊勢の「神宮皇學館」と東京の「國學院」でも、其れ等の世界に付いては、勉学・研究が行なわれていないのではないだろうか。

今朝告げられて来た「平和は 意識して創らなければ 実現しない」との言葉からすると、其の作業に必要な事が、一昨日のメッセージの映像に映し出されて来た「造形の箱」の存在であり、其の造形作業を早急に行わなければ、本物の神風(時空の嵐)が吹いて、全ての事象が消えてしまうと言う事なのかも知れない。

其れは、白百合・笹百合を神に捧げる「巫女・斎宮」の女性の役割とは、全く異なる世界・役割りが男性には有ると言う事であり、其の男性の役割り・世界を早急に確立しなければ成らないと言う事なのであろう。

だが、其の事を行う「あたま・ヘッド・トップ」の存在が、未だ居ないと言う事である。

キー「積み木崩し」
2010/5/8・・今朝のメッセージの映像では、私の脳に浮かぶ映像が、其のまま神の世界と言うか、現実世界に影響を及ぼしている理・ことが、理解できて来た。其れは、純粋な人間の脳のイメージは、神・宇宙意志と完全に共鳴しており、影響を与え合っていると言う理・ことに成る。
其れが「祷り・帰命」の原点であり、神社の社内に張り巡らされている、切り紙(彫り物・えもの)の意味する処であろう。
其の様に考えると、人間が正しく想念する事が、一番大事であると言う理・ことになり、其の「人・霊留・ひと」が存在しなければ、「神・宇宙意志」は此の世界を「積み木崩し」にすると言う理・ことであろう。
其れが、神が、次元上昇に過去八回失敗した事の、原因なのではないだろうか。・・・
「おもい・想念」 http://green.ap.teacup.com/20060818/1530.html

2015/10/5・・其れを考えると、今朝の映像で私が大学教授の様な人物に、印刷物を手渡して、其の内容が「神は 秩序である」と応えていたのは、其の「緒言・緒論」である可能性が高いと言う事に成る。
其の様に考えると、日本の伝統文化である「注連縄・しめなわ」の存在や、「結び」の概念は、昔の人々が天神(てんのはたらき)を理解していた事になり、釈迦牟尼佛の言葉に「一大事因縁・この世は 全て 縁に拠って出来ている」と有る事も、其の世界を謂っている事に成るのであろう。
そして、故「白川静」が謂う様に、「漢字は 神とのコミュニケーションとの為に創られている」との事が、的を射ている事になり、弘法大師空海が真言宗を開いた事の要因でもあるのだろう。・・・
「神(はたらき)は秩序」 http://green.ap.teacup.com/20060818/3616.html

2011/7/19・・な」は「名」であり、「名詞・言葉」を意味し、弘法大師空海が興した「真言宗」のテーマでもある。
「真言」とは、「マントラ」の事であり、マントラとは「マン」が「考える」の意味で、「トラ」は「サラ・皿」の事で容器の意味であり、「マントラ」とは「言葉は 人間が考える為の器」であるとの意味である。・・・
其の二つの映像は、「大日如来・マハーヴァイローチャナ」の世界が「マントラ・真言」で成り立っていると言う事が、再認識される。・・・
「言葉が消える」http://green.ap.teacup.com/20060818/1995.html

今朝の愉伽さんのビジョンからすると、私が33年前、全国の旅に出発する時に、母親に「いろはの歌」を書いて貰い、其れを車の庇にお守りとした事が、今度は自分の役割として、始まった事に成る様である。

2009/2/14・・私は25年前に、日本語の50文字が書かれた絨毯の上に座り、空中を飛んでいるビジョンを見せられ、其の言葉の絨毯は、神の光で造られた物であった。
其の言葉の絨毯は、神の「意志・とき・時間」に合わせて飛んでいるので、絨毯より前に進む事はできず、遅れると、後ろに落っこちてしまう物であった。
だから、私は、旅に出発する時に、母親に「いろはの歌 48文字」を書いて貰い、其れを御守りとして運転席のひさしに挟んで、全国を回ったのである。・・・
「大地が割れる」http://green.ap.teacup.com/20060818/1045.html

                  平成29年6月16日

                        礒邉自適

安心院・あじむ

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     安心院・あじむ
                       29・6・15

今朝の私の意識は、宇宙の根源意識である女神の意識(こころ)が私の身体に満ちて居て、天地が同じ意識体で向き合っている事が、体感として強く感じられて来た。

其れは、昨日の文章に書いた、「・・13時過ぎに睡魔が襲って来たので、横に成ると、人間のカルマと言うか活動組織が、二体向き合って戦いを始める様な場面が映し出されて来た。
だが其れは、人間自身の組織が戦う物ではなく、其の動きの背景に、天神(てんのはたらき)が在って、人間に競い合いをさせるモノであり、人間は其れを知らずに戦いを続けて居り、其れが人間の悩みや疲れを、齎しているとの理・ことの様であった。・・・」との事と関係が有り、私の存在が地上側に有って、天上側の存在と向き合っていると言う事の様であった。

そして、「安心院・あじむ」の地名が示されて来たので、起きて時計を見ると、3時15分であり、長短の針が3の位置に重なっており、私は其の針の方向に対して、磁石・コンパスで見ると東の方向だが、今朝の私の意識(胸の気持ち)が天上に向かっていた事を考えると、私の左手の方向である事を考えた。

私は、今朝の身体の反応である女神の意識(胸の気持ち)と、「安心院・あじむ」の地名から、宇佐八幡宮の祭神と成って居る「比売大神」の存在を思った。
何故かと謂うと、私が最初に旅に出発した時に、安心院町で其の比売神を祭祈する小さな神社に立ち寄った事が有るからである。

其れは、宇佐神宮の祭神は元々が其の比売神であり、神宮皇后と応神天皇は後に付加された物である事を、私に判らせる物であった事に成る。

其れ等の事を考えながら、7時過ぎに起きてPCに向かうと、「東へ300km」との距離が告げられて来たので、私は安心院は此処から南であるし、100km程しか無いし、此処から東へ300kmとは広島県の方に成るので、どう言う事だろうかと考えて居ると、其れは屋久島から東へ300kmで、安心院の方向ではないかと思った。

何故かと謂うと、私が屋久島から旅に出た原因に、大きな星が東方に流れて、其れを見た私が東方へ旅立たなければ成らないと意ったからである。

今朝は、先ず「安心院」「ひめ神」で調べると、其れに関して「妻垣神社」の存在が出て来たので、其の「妻垣神社」に行って見る事にした。

其れは、私が旅に出発した時に、九州最南端に聳える開聞岳の頂上に、足の形をした雲が降りて来るのを、見せられた事が有るからである。

2017/6/15「妻垣神社」 http://moon.ap.teacup.com/20051112/543.html
① 妻垣神社(足一騰宮、参考)
ともかきじんじゃ・あしひとつあがりのみや
所在地: 〒872-0506 大分県宇佐市安心院町妻垣203
足一騰宮の主祭神は比口羊大神(ひめおおかみ)

「妻垣神社」http://www.tumagakijinjya.com/yuisyo.html

そして、妻垣神社の階段の鳥居前に到着すると、丁度10時を知らせるチャイムが鳴り響いた。
其れから、写真を撮りながら本殿に参拝して、案内に従って山上に有る磐座(いわくら)に参拝すると、女性の言葉で「後の事を宜しくお願いします。是で私は永眠できます。」と告げられて来た。

どうやら、其の言葉は神武天皇の母親である「玉依姫命」からのモノであり、姉の「豊玉姫命」が開聞岳の麓に存在する「枚聞(ひらきき)神社」の祭神であるので、33年前に旅立つ時に山頂に下りて来た足が、今回屋久島に帰った事で、其の神の存在を示す足が、妹であり神武天皇の母親である「玉依姫命」の神社で、「足一騰・あしひとつあがった」事に成った様である。

そして、「東へ300km」との言葉は、次の事と関係が有りそうである。

2007/9/7・・其の言葉で、私は、屋久島で神の世界に入った時に、無庵師匠の家の庭に、小さな石を縦に並べ、其の一方に、魚の頭を着け、反対側の方に魚の尾を着けて居たら、其処に無庵師匠がやって来て、「自適さん 何をして居るのですか?」と聞き、私は「弓矢ではないだろうか。」と、応えた事が有る。
 そして、その夜、大きな流れ星が、東方に向かって流れたので、私は其れを見て「東に 向かわなければ成らない様ですね」と云うと、無庵師匠も同感だったらしく「そうだね」と答えた事が有った事を、思い出し、私の役割を認識し直した事が有った。・・・
「矢筈は やはつ」http://green.ap.teacup.com/20060818/450.html
2016/12/1「腫れ物に触る」http://green.ap.teacup.com/20060818/4070.html
  
私は1984年6月4日に、安房川の岸辺で「土肥無庵」が見守る中、禊ぎ祓いを行なって此の神の世界に飛び込み、「16年半しかない」と告げられ、其れを計算すると2000年12月4日であり、其の16年半の年月は、神武天皇が南九州を出発してから、奈良で「政・まつりごと」を始めるまでの年月であり、12月4日の日付は、其の切っ掛けと成った「金鳶降臨」の出来事を祝うの祭日である。

私は、2000年12月5日までに、新しい「政・まつりごと」が開始出来なかったので「森の木」のHPを開設して今日に至っている。そして、今月の6月4日で、又16年半の年月日が経過し、此の世界に行ってから33年と成った。

そして、今回の屋久島の旅での出来事と、本日の出来事である。
6月11日のメッセージ「女神の下へ」の映像に登場した男性が、私に「15日に 現場を視に行きましょう」と告げた事は、本日私が「玉依姫命・たまよりひめのみこと」の下へ行った事で、一応の物語りが成立した事になる。

其の事と、「紀(とき)の祭りを行なえ」と「御稜威建国6月11日」との言葉が、どの様な関係が有るのだろうか。

今朝は、偶然なのか、自宅を出て国道を走り始めると、前を走る車の番号が「9-15」であり、其の数字は「綱引き」が行なわれる十五夜の日付であり、安心院へ向かう高速道路を走って居ると、ラジオで「但馬久谷の菖蒲綱引き」の取材が放送されていた。
「但馬久谷の菖蒲綱引き」新温泉町の紹介HP
https://www.town.shinonsen.hyogo.jp/page/index.php?mode=detail&page_id=ac1c7767797810e9ab29e6c7b3619825

「豊玉姫命」と「玉依姫命」は、海神である「大綿津見神・おおわたつみのかみ」の娘であり、天津系の系統ではなく「国津神・地祇・くにつかみ」である。
其れに、「豊玉姫命」が結婚した「山幸彦」の母親は大山祇神の娘「木花佐久夜毘売・このはなさくやひめ」である。

「大山祇神・おおやまづみかみ」は山神であるが、其の肉体である大蛇・龍神を表す大綱は、綱引きが終わった後、相撲の土俵に使用されてから海に返されるのである。

2011/12/23・・其の「大山祇神」と「須佐之男尊」の関係を考えると、婿殿の関係が見えてくる。
須佐之男尊が、大陸から出雲に渡って来て、嫁にしたのは、大山祇神の一族である「手名槌・足名槌」の夫婦の娘であり、其の息子・長男である「湯山主・八島士奴美神」も大山祇神族の娘である「木花知流姫神・このはなちるひめ」を嫁にしている。
 そして、天皇家の元である「瓊瓊杵尊・ににぎのみこと」が、鹿児島の笠沙の浜に上陸して来て、出会って嫁にしたのは「大山祇神族の娘である「木花之佐久夜毘売命・このはなさくやひめ。別名、神阿多都比売・かむあたつひめ」である。
 其れ等の事柄を考えると、日本の神話は、此の日本列島に以前から暮らしていた、「大山祇神・大きな山に住む巳かみ」を信仰する一族が、元に成っている理・ことになり、其の伝統を復活する事が、日本から現れる、神一厘の仕組みであろう。
其の裏付けは、七回半トグロを巻く大蛇に、例えられている螺旋の仕組みであり、時空を司る「トキの神」、手に宝珠を掴む龍神の存在である。
其の龍神は、東南アジア地域では、七回半トグロを巻いた胴体の上に、釈迦佛を座らせて、七つの頭を翳して守護をしているし、南米のアステカのピラミッドでは、天から降りて来て頭を地上に下している。
其れに、エジプトのギザのピラミッドにも、七回の螺旋が仕込まれているし、日本の御神山や、戸隠山や、三輪山に七回半巻き付いている蛇神でもある。
其の世界中の、「大山祇神・やまの巳かみ」の概念を、此の日本から復活しなければ成らないのだ。其の理由は、其の大蛇の働きが、水の循環を意味しているからである。
「大山祇神」は、海に居る時は「海神・わだつみかみ」であり、「わだつみ」とは、「海の巳」である。
其れは、海で水蒸気と成った熱エネルギーが、陸地の山に来て雲と成り、山岳に神鳴りと成って雨を齎し、川を下って水田で稲を実らせ、生き物を養って、再び海に帰って行くからである。
 其の水の循環を現した物が、水分け峠の御神木に、七回半巻き付けられる、稲わらで編まれた大蛇であり、其れが、麓の村に降ろされて十五夜の綱引きの綱となり、綱引きが終わってから、神社の境内で相撲の土俵と成って、相撲が終わったら再び、海に還されるのである。・・・
「見えて来た神一厘の仕組み」 http://green.ap.teacup.com/20060818/2160.html

2009/6/6・・其れは、神武天皇の祖母である、海神の娘「豊玉姫」が原形であるのだろう。
現在でも、宮崎県・熊本県・大分県の三県の県境に在る祖母山では、山の峰の水分け峠の御神木に、稲藁で編まれた大蛇が七回半巻き付けられ、四方に注連縄が張られ、竹筒に「白酒・どぶろく」を注いで下げられている。
其の大蛇が、満月の日に里に降ろされて、綱引きが行われるのである。
だから、神武天皇が奈良に持ち込んだ「祖母神・豊玉姫」は、奈良・大和に住む事を嫌がって、垂仁天皇の御世に、東風が吹き、波の音が聞こえる伊勢に逃げ出したのである。
其の「海神・わだつみ」の巻き付く杖の代りを努めたのが、倭姫命であり、其の神の名は海神の娘である「豊玉姫(神武天皇の祖母)」である。・・・
「食国の政」http://star.ap.teacup.com/20060505/78.html
2007/9/13「山を下る」http://green.ap.teacup.com/20060818/459.html
2008/12/5「頼む」http://star.ap.teacup.com/2007313/624.html

何れにしても、本日「玉依姫命・たまよりひめのみこと」が神上がりした事で、明日のメッセージには、何等かの反応が有るのではないだろうか。

今此処で、6月15日の日付を打つと、女神が本日の日付が私にとって非常に大事である事が告げられて来たので、6月15日の文章を調べて見た。

2016/6/15・・其れは、私が昨夜目を閉じて居る時に、私の意識が、何処かの山間に存在する古い「神殿・拝殿」に到着した事と関係が有り、私の頭脳の仕組みを使っていると言うか、私の潜在意識の中に巣食っている何者かの意識が、自分の望む状況が整ったので、名乗りを上げて来たと言う事に成るのではないだろうか。
其れから「サンカラ」との言葉は、日本語に「桟唐戸・さんから」との言葉が有るが、其れは建物の一部を意味する言葉で、今朝のメッセージとは関係無い様なので、私が其の「サンカラ」で思い当たるのは、私が屋久島に居る時に第一回の「紀(とき)の祭り」を開催した場所が、現在の「サンカラホテル」であった事と関係が有り、今朝のメッセージは其の「紀(とき)の祭り」と関係が有るのであろう。・・・
「私は正式なユダヤの王」http://green.ap.teacup.com/20060818/3887.html
2015/6/15「招亀家」http://green.ap.teacup.com/20060818/3499.html
2014/6/15「神の光の柱が立つ」http://green.ap.teacup.com/20060818/3100.html
2013/6/15「初期設定の変更」http://green.ap.teacup.com/20060818/2718.html
2012/6/15「黒人の生活」http://green.ap.teacup.com/20060818/2341.html
2011/6/15「自分で科学する」http://green.ap.teacup.com/20060818/1960.html
2010/6/15「日本人のアイデンティティをhttp://green.ap.teacup.com/20060818/1576.html
2009/6/15「りある」http://green.ap.teacup.com/20060818/1177.html
2008/6/15「宇宙神」http://green.ap.teacup.com/20060818/783.html
2007/6/15「殿・しんがり」http://green.ap.teacup.com/20060818/326.html
2006/6/15「屋久島の神の働きが見えて来た」http://star.ap.teacup.com/170606/938.html
2001/6/15「大田に下車せよ」 http://star.ap.teacup.com/170606/437.html

驚いた事に、私が太田市の物部神社に呼ばれて、私の前世が「饒速日命・にぎはやひのみこと」の長男である「宇摩志麻遅命・うましまじのみこと」である事が示されて来た日が6月15日である。
其れを考えると、女神が私にして欲しい事は「申食国政太夫・おすくにのまつりごともうすのまえつきみ」の役割であるとの事なのであろうか。

『その通りよ』

                平成29年6月15日

                      礒邉自適

あたまが無い

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    あたまが無い
                    29・6・13

昨日は、2時頃に自宅を車で出発し、鹿児島港に7時前に到着して、7時40分発の高速船に乗り込んだ。

そして、途中に寄った指宿港を出た頃から眠って居ると、開聞岳を通り過ぎた頃に、突然、年配男性の大きな咳が一回聞こえたので、瞬時に起きて隣の由香を見ると静かに眠って居るし、前の席の男性はスマートフォンを扱っているので、其の咳は神霊の仕業であった事を感じた。

其れから、9時50分に宮之浦港に到着し、入れ替わりで神戸に出張する弟の車を借りて、小島の神社の敷地に向かった。
そして、11時に現場に到着すると、前田氏と関係者が集まって居り、早速1.8ヘクタールの土地全体を視て回る事に成った。

私は、残すべき施設と撤去すべき石塔などを分けながら、立ち木の処理などを支持して廻り、数箇所の社や像などに寄り付いている、神霊や幽霊を処理した。

其の中には「神祖熊野大神櫛御氣の命・かむろぎくまのおおかみくしみけぬのみこと・須佐之男尊」の御魂に関係有る社や、「虚空蔵菩薩」に関係のある社などが有った。
其れは、20年前(平9年)に建立されて神霊とは、異なるモノであった。

其れから、薬草園の方に移動して、江藤敬介氏が植えた水田の様子や、原田氏が管理している畑を視て廻った後、神凝石(かみこりいし)の所に行って手を合わすと、33年前の夏に石塚山に登った時の夜半に告げられて来た「石塚の 四方の山に訊ねても 答え返らじ 吾が身にきけよ」との5・7・5・7・7の言葉が、告げられて来た。

私は其れで、33年前に告げられた其の言葉の意味が、解決したと言うか、答えが出ている事を理解した。

其れから、事務所で付近の大きな地図を見ながら、1時間程打ち合わせを行ってから、私と由香は皆と別れて母親の自宅に向かい、6月4日に97歳と成った母親と30分程話をして、宮之浦港に向かい高速船に乗り込んだ。

そして、暫くして眠りに入ると、突然に、私の左肩の上に男性の神霊が、後方から乗り掛かって来る映像が現れたので、私は其の儘起きて暫く様子を見て居たが、其の後何事も起きないので、神社の土地の神霊が私に依り憑いて、本土に渡るのだと思った。

其れから、鹿児島港に接岸し、別の高速船で先に到着して居る前田氏一行と合流して、夕食を済ませ、21時半に出発して自宅に帰って荷物を降ろし、台所に座って時計を見ると時刻は2時30分に成る所だったので、約24時間が経過している事になる。

今朝のメッセージの映像には、先ず、新しい磁気の神器が数個映し出されて来た。
其の神器は、白い皿数枚と大きなコップの様な物が三個程であり、作ったばかりの新しい物で、コップの方は透明感が有り、ガラスの様な青み掛かった色合いをしており、其れには清水を注いで、神霊にお供えする物である事が理解されて来た。

それから、「あたまがない」との言葉が一言告げられて来て、其れは「ヘッドが無い。トップが存在しない」との意味合いであり、「紀(とき)の祭り」「御稜威建国6月11日」との言葉が、現実化する為には、物事の「あたま・あタマ」が決まらなければ、発動できないとの意味合いである事が理解されて来た。

私は、其の「あたま」との言葉で、昨日船の中で、私の左肩の上に背後から依り憑いて来た男性の顔・頭の存在を思った。

すると、「漠然」との意味である、日本語の言葉が一言告げられて来たので、私が「あたま・ヘッド・トップ」を明らかにしなければ成らないと思うと、以前告げられて来ていた「風 麦東 陶・ふうれんとう」と「讜逓聖・とうていせい」の言葉が、其れに讜・当たるのだと思われて来た。

次に、「四つの箱」との言葉が告げられて来て、服が入っている紙箱が映し出されて来て、「今までの服は 全部捨てろ」との言葉が告げられて来た。

次に、縦型の花瓶でも入りそうな紙箱が一個映し出されて来て、其の箱には上の部分に柔らかい紙の飾りを付いており、何物かの目に見えない両手が、其の飾りの部分をほぐしながら、何かの形を作り出そうとし始めて、箱全体が柔らかくほぐされて行ったが、何を造形すれば良いかのイメージが決まっていない様で、形に成らない儘其の場面は終わった。

次に、大学生の様な男女の若者が、学校の教室の中の様に、机に座って右側の教壇を見詰めている場面が映し出されて来た。

其れから、私の視線が左側に移動して行くと、其の教室の様な世界は左側の後方に果てしなく続いており、続いている学生の年代が、高校生から中学生、低学年へと成っており、其れは永遠に続いて行く世界である事が理解されて来た。

其れ等の多数の子供達は、白人や黒人が一人も見当たらなかったので、日本人の日本語を主体とした、教育の必要性が示されて来ているのであろう。

其処で、時間が気に成ったので、照明を点けて時計を見ると時刻は「6時45分」であったので、私は其の数字を「645・むしご・無死後」と記憶した。

そして、其の「無死後」の単語から、イエスキリストの「永遠の命に入る為には」との言葉を思い出し、私は既に、「死後の無い世界・永遠のみたま」の世界に入って居るのだと想った。

今朝のメッセージの内容は、簡単に一口で謂うと、私と屋久島の神(はたらき)の関係が、33年前の次元・現象にまで遡って、再処理されて来ており、其れは、6月11日の「女神の下へ」の文章の内容と関係が有る様である。

6月11日のメッセージの映像では、私が前田氏に席を譲ってから、高速船に乗り込む場面が有り、其の後プロペラシャフトの様な螺旋状の物で「天御中主神」の座であり、天空を支えている女神の下に、引き上げられた後、私の意識が空白に成って、9レーンとの言葉が告げられて来た事と関係がありそうである。

其れは、私の空白・真っ白に成った意識に、新しいプログラムが書き込まれなければ成らない事が、示されて来ている様だからである。

其れに、其れは、33年前の6月から11月に掛けての、屋久島の「石塚山」と、九州最南端に存在する「開聞岳・かいもんだけ」からのメッセージに関係が有り、其の山岳の神が、再び、私に関わりを持って来ている事に成り、其れが昨日の高速船の中での出来事なのであろう。

キー「石塚の四方の山に」

2007/11/23・・今朝のメッセージの映像は、先ず、屋久島の山深くに有る森の中の、清水が流れる場所に、神が還って来た場面が映されて来た。
そして一番後には、未だ光が当っていない、全世界の地図が現れた。
其れは、世界に光を齎す神の働きが、屋久島の山深くに、存在していると言う事であろう。
今朝の一連のメッセージを、紐解いて言葉に変換するのには、暫らくトキが必要であろう。何故なら、其の事が一番、「神」と呼ばれているモノ・正体の本体部分であるからである。
 昨夜は、寝る前に本を読んでいて、「エンジェル」の英語の元は古代ギリシャ語の「メッセンジャー」であると書いて有ったので、私は凄く納得行くものがあった。
其れは、私が24年前、山の神に呼ばれて石塚山に登る時に、途中で「アンジェルスの鐘を背負え」と告げられ、下山した其の夜、家で寝て居ると、夜中に起こされて「石塚の 四方の山に尋ねても 答え返らじ 我が身に聞けよ」と告げられた事が有った。・・・
「神が屋久島の山に還って来た」http://green.ap.teacup.com/20060818/551.html

2016/9/21・・其れに、其のゼウスの像が描かれている札は、「富くじ」の抽選の様に、上空から下る尖った釘の付いた棒で、箱の中の札が突き刺されており、其れがPC画面の中の中で、処理される様に映し出されて来たので、ゼウスの様な「神(はたらき)」でも、天空に存在するモノの意思で、コントロールされている理・ことが示唆されている事にもなる。
其の「神(はたらき)」の事と、今朝、私が起こされた時間が「7時52分」で、私が其の数字を「752・なごに・名後に」と記憶したのは、私の名(神・はたらき)は、死後に名付けられると言う事に成るとの事なのかも知れない。
今朝のメッセージでは、私は山岳地帯に向かうが、体力が必要な現場作業は出来ない理・ことが示されて来ている。
其の事と、今朝の女神の言葉の関係性を考えると、私は体力を必要とする現場の作業は必要ではなく、「神(はたらき)」の世界や、人間の働きと謂うか役割などに付いて、文章を纏める作業に掛かれとの事なのであろう。
 其れと、陶芸家の存在や、伝統的な食器類の存在は、私に告げられて来ている「風 麦東 陶・ふうれんとう」のメッセージと関係が有り、川の上流と言うか山頂付近に、女性(女神)の存在が見えて、其処に三個の深鉢が並べられていたのは、島根県の三瓶山に埋められている三個の甕に、関係が有るのかも知れない。・・・
「現場作業からの引退」http://green.ap.teacup.com/20060818/3995.html

2007/12/11・・私は、全国の神社や、お寺を回って来たが、未だ一度も、絵馬に願いを書いた事も無いし、七夕の短冊に願い事を書いた記憶も、子供の頃の淡い思い出を除くと一度も無い。其れは、私に特別な欲望が無いからであろう。
そんな私には、逆に4311体の「神霊の思頼・みたまのふゆ」が起きて、神界からの願い短冊や、絵馬が伝えられて来るのである。
其れは、天智天皇の「神籬の 代よの乱れを盃に 菊一輪と まわし飲み」や、昭和天皇からの「わが身 既に遠く よき世を 願い奉る」などである。
他にも、23年前、屋久島の石塚山に登った時に、「石塚の 四方(よも)の山に尋ねても 答え返らじ 我が身に聞けよ」等もある。
私は、其れ等の言葉が伝えられて来なければ、今日まで、此の世界に付き合ってはいなかったかも知れない。
其れと、自分の内側に巣くう何者かの声で、「葦原の カラカラ鳴るは わが心 枯れてこそ なお美しきかな」と、口をついて和歌が出て来たのは、21年前39歳時の初冬、四国高知県の葦が生えている川原での事であった。
其の様な出来事を考えれば、私は、和歌を通して、古代人の霊魂を道連れに、旅を続けて来た事になる。
其れは、天智天皇霊と昭和天皇霊の和歌は、政(まつりごと)の願いであり、石塚山の和歌は神霊からのものであり、四国の高知県の川原で口を付いて出て来た和歌は、松尾芭蕉の様な、禅宗の歌人の物の様である。・・・
「和歌(こたうるうた)」http://green.ap.teacup.com/20060818/571.html

2001/4/1「メシア」http://moon.ap.teacup.com/20061108/117.html
2003/7/25「つみけがれあらもうば」http://moon.ap.teacup.com/20061108/323.html
2003/10/5「いそべ・石部」 http://star.ap.teacup.com/170606/113.html
2008/8/3「一品宝珠大権現1」http://green.ap.teacup.com/20060818/837.html
2012/11/7「ペンは剣より強」http://green.ap.teacup.com/20060818/2493.html
2013/3/27「南朝の言霊」http://green.ap.teacup.com/20081101/1438.html
2013/9/4「鳳凰の羽根」http://green.ap.teacup.com/20060818/2799.html
2014/6/15「神の光の柱が立つ」http://green.ap.teacup.com/20060818/3100.html
2017/1/8「無理難題 http://green.ap.teacup.com/20060818/4109.html
   
キー「開聞岳・長靴」

2000/9/12・・私が16年前、屋久島を出発してフェリーで鹿児島に渡るとき、何か気になって甲板に出てみると、ちょうど薩摩半島の開聞岳の前を、船が航行しており、その景色を見ていると、不思議な事が起きた。
空から、開聞岳の頂上に向けて、雲が一本の柱の様にスーツと伸びた。
すると、伸びた雲の下の方が膨らんで、ちょうどイタリア国の様な足の形に成り、長靴が、空から開聞岳の山頂へ踏み出された格好に成ったのである。
私は、其れを見て、神が歩き出したのだと思った。
 其の山の名は、「開聞岳・かいもんだけ」なので、「門が開いた」と受け取ったのである。
屋久島は丸い島だが、島の真北に矢筈岳と呼ばれる山を抱えた、矢筈崎が飛び出している。この岬から、地図上で経線を真っ直ぐに北へたどると、開聞岳の麓に「開聞神社・ひらききじんじゃ」が有り、其の線上を北に辿ると 芦北→玉名→久留米(水天宮)→太宰府(天満宮)→宗像(宗像大社)と連なっている。
「神の足」http://star.ap.teacup.com/170606/484.html

2014/11/18・・朝のメッセージの内容は、「五大要素」とされている「地・水・火・風・空」の世界が、映像にて長い時間映し出されて来た。
其れは、単なる「地・水・火・風・空」の文字通りに、其の物自体を表すのではなく、其れ等の物が、人間の存在と、どの様な関係性を持っているかに付いて、映像にて映し出されて来る物であった。
そして最後に、暗い世界に、光で照らされている「右足」だけが映し出されて来て、其の右足は、人間の「行為」を意味している事が理解された。
「五大要素」とは、辞典に下記の様に載っている。
【五大】(ごだい、サンスクリット:panca-dhatavah、英: five elements)とは、宇宙(あらゆる世界)を構成しているとする地(ち)・水(すい)・火(か)・風(ふう)・空(くう)の五つの要素のこと。
【五つの要素】
地 - 大地・地球を意味し、固い物、動きや変化に対して抵抗する性質。
水 - 流体、無定形の物、流動的な性質、変化に対して適応する性質。
火 - 力強さ、情熱、何かをするための動機づけ、欲求などを表す。
風 - 成長、拡大、自由を表す。
空 - サンスクリット語: Ākāśa(アーカーシャ)の訳。虚空とも訳される。仏教の思想のサンスクリット語: śūnya(シューニャ 訳語は空)とは異なる。
【五大元素】
五大元素(ごだいげんそ)は、世界を形作るとされた5つの「元素」。
・仏教[編集]
詳細は「五大」を参照
「地」「水」「火」「風」「空」の五つで、五大という。
仏教では「地」を最低、「空」を最上の境地としており、般若心経の「色即是空 空即是色」もこの空の境地を表していると言われる。
のちに「識」を加えた六大とする説も現れた。
・道教[編集]
詳細は「五行思想」を参照
「木」「火」「土」「金」「水」の五つ。
陰陽道ではこれら五元素(五行)が互いに生みあい消しあう(相生・相克)ことで万物が生じるとされている。
・ヨーロッパ[編集]
詳細は「四大元素」および「エーテル (神学)」を参照
「空気」「火」「土」「水」の四大元素に「エーテル」を加えた5元素である。
エーテルは、アリストテレスが天体を構成する元素として導入した。
仏教の五大に倣い、それぞれ漢字1文字で「風」「火」「地」「水」「空」とも訳す。   ウィキペディア辞典 現在記載
 今朝のメッセージの映像は、昨日のメッセージで告げられて来た「創意工夫」との言葉と関係が有り、私自身が考えなければ成らない「創意工夫」とは、上記した「五大要素」の世界が、正しく人々に理解できる様なかたちとして、発信する手段を図る必要がある事を、示して来ている様な気がする。・・・
「右足(こうい)」http://green.ap.teacup.com/20060818/3267.html

2007/9/6・・其の事に、関係が有るのかどうかは分からないが、今日は、両足が揃って歩き出す映像が映って来た。
先ず始めに、私が事務所に着くと、事務所の中に、背の高い男性が立って居て、其の男性と、窓のガラス越しに目が合った。
其の男性は、東洋系で、細身で背が高く、理知的な顔をして居て、目を見て理解出来た事は、経済の世界にも明るく、智慧に満ちている事が見て取れた。
そして、其の男性が事務所に来て、私を待っている用件は、私の文章を、是からどうするかを、相談する為である事が理解出来た。
 次の映像は、横書きの文章が四列書かれていて、上から二行目の文章に色着けがされていて、他の三列の文字の倍の大きさであった。
其の意味は、是から、私の第三ステージが始まる事を、意味しているらしい。
其の、色着けされている文章の内容は、是から、他の宗教を救う為に、其の宗教団体に接触し、古い概念を、新しくする行動に移るとの意味を、含んでいるものであった。
其れは、一番上に書かれているステージを開く為には、どうしても外す事が出来ない段階であるらしい。其の意味を考えると、其の事を遣りさえすれば、新しい神の世界のステージ創りに、取り掛かれるとの事である。
是から、私が取り組まなければ成らないステージが、第三ステージであれば、私は、既に、二つのステージを熟した事に成る。
其の二つのステージとは、一段階目が37歳までの、現実世界で生きた事であり、二段階目が、無庵師匠に捜し出されて、神の世界に入った事であろう。それが、既に丸24年経過しょうとしているのである。・・・
「光の左足」 http://green.ap.teacup.com/20060818/448.html

2014/8/25・・今朝のメッセージで最初に現れた靴は、人間が裸足ではなく、初めて靴を履いて歩き出した時を示唆しており、石のナイフは人間が穀物栽培を始めた歴史を示唆している様である。
其の様に、今朝のメッセージを捉えると、文章の題は「文化」か「行為」とするのが良いのではと考えたが、あえて物品の名詞の「木靴と石ナイフ」とした、其れは、其の方が、頭に直接しっかりと、映像が浮かび上がって来るからである。
其れは、古代の人達の意識構造と言うか、日常の脳の使い方や、お互いのコミュニケーションの仕方も想像・おもいうかぶし、現代社会を生きる我々にも、昔の意識構造が、思い出されて来る様な気がするからである。
 其れに、今朝の映像で各分野の研究ブースが森林・自然の中に在ったのは、図書館やITで研究材料を集めるのではなく、其れ等の物から一時的に離れて、自分自身が、何も無い自然の中に身を措く事で、自分の古い記憶(DNA・遺伝子)を蘇えらせる可能性が、有るからではないだろうか。
其れに、多数のブースが少し離れてはいるが、一カ所の地域に集められているのは、異なる分野の交流が出来る事を意味しており、総合的な智慧の集結が、可能と成る理・ことを示唆しているのではないだろうか。・・・
「木靴と石ナイフ」 http://green.ap.teacup.com/20060818/3174.html

2002/3/5「私とノストラダムスの予言」http://moon.ap.teacup.com/20061108/169.html?rev=1
2005/4/1「佛の足」http://star.ap.teacup.com/170606/510.html?rev=1
2015/6/21「天照皇大神と行為」 http://green.ap.teacup.com/20060818/3505.html
2015/9/5「神を助ける」http://wave.ap.teacup.com/20060106/598.html?rev=1
2016/4/11「行政」http://green.ap.teacup.com/20060818/3814.html
2016/9/25「三又の招魂木」http://wave.ap.teacup.com/20060106/696.html?rev=1
2017/2/2「善良な車(みこし)」http://green.ap.teacup.com/20060818/4134.html

今朝のメッセージの映像で、大勢の学生達の教育現場が日本人だけであったのは、日本語の語源がマレー語にあって、其のマレー語文化圏の言葉の意味が、日本人の生活の中に保存されており、其の「日本語・やまとことば」を徹底的に再生すると言うか、本来の意味を、正しく使用する教育制度を確立する必要がある理・ことが、示されて来ているのではないだろうか。

2017/2/8・・今朝のメッセージの映像は、先ず、左側から右側へ、歴史・時代が表記されている長い表枠が映し出されて来て、其の中の表題(意味・内容)が数箇所で、変換される場面が映し出されて来た。
次に、神の光に満ちた明るい世界(画面)に、右側から左側に向けて、新しい漢字が横に澤山並んでおり、其の漢字の下に、其の文字の意味(字義)に付いて、易しく縦書きで説明文が記されているのが映し出されて来た。
次に、「ご」の音韻で呼ばれる、ゴ・五・互・語・後・呉・御・(ゴの常用漢字44)等の文字や、5・GO・等の数字やアルファベット、其れに記号や数式などが、縦に並んでおり、其れは日本語の48音全てに付いて、表記される物である事が理解されて来た。
【音韻・おんいん】
1 音と響き。ねいろ。2 漢字の音と韻。声母(漢字音の子音)と韻母(漢字音の頭子音を除いた後の部分)。3 言語学で、音韻論的な考察を経て、具体的な音声から抽象された言語音。   デジタル大辞泉
 今朝のメッセージの、新しい漢字作成や、世界中の文字の音韻が日本語の音韻に統合される場面は、新時代の文化の構成に、日本語の音韻が重要である理・ことが示されて来ているのであろう。
其れは、昭和天皇の長男である「加治木義博氏」が謂っている、日本語の元がマレー語であり、マレー語は多くの国の語源に成っている事とも関係が有って、人間の言葉の声音・音韻が、DNA・遺伝子レベルで、基本の次元から再構築されると言う事なのではないだろうか。・・・
「文化の再構築」 http://green.ap.teacup.com/20060818/4140.html

2014/4/13・・次の映像には、現在の教育制度と言うか、教育の在り方が問題であり、人間が真の幸福に成る為には、どう言う教育体制が良いのかを、考え直す必要が有る理・ことが示されて来た。
最後に、白い画面全体に、平仮名文字だけの日本語の横書きの文章が映し出されて来た。そして、其の画面の意味は、日本語の言霊の世界が、是からの人類社会に最も必要である理・ことが示されて来た。
今朝のメッセージの映像は、昨日のメッセージで、私に、勇気と決断が必要であると告げられて来た事と、関係が有り、私の是からの行動と言うか、意識の在り方に付いて、基本方針が示されて来ている様である。・・・
「文化の再編成」 http://green.ap.teacup.com/20060818/3024.html

2014/11/12・・今朝のメッセージの映像には、平仮名の文字が澤山並んで、左側から右側に向かって移動して行った。
そして暫くすると、今度は反対向きに、其の平仮名文字が、頭が虹色に輝く列車に満載され、右側の方から、左側の方に向かって、走り抜けて行く映像が映し出されて来た。
そして、次の映像には、人間の唇が、横向きで上下に開くのではなく、縦に成っており、左右に開くのが映し出されて来た。
 今朝のメッセージは、二日間続いたメッセージの内容に続くものであり、言葉が成り立った原初にまで、次元が返り、表意文字である漢字が消去され、古代日本語の「音霊・おとだま」だけに成った世界を、示しているのであろう。
其の、平仮名文字が左側の方から右側の方に流れて、其の後、反対に虹色の頭の列車に乗って、右側から左の方に返って行ったのは、「四次元・天神(てんのはたらき)」から、人間界に与えられた言葉が、右側の「三次元・現実界・人間世界」で「力・パワー」を得て、再び天神(てんのはたらき)の世界に送り返された事を、意味しているのではないだろうか。
 今朝のメッセージの映像には、人間の唇が横向きで上下に開くのではなく、縦に成っており、左右に開くのが映し出されて来た。
其の映像の意味は、人間の「口・ことば」に拠って、「岩戸開き(次元の扉の開閉)」が起きる理・ことを、示して来ているのであろう。
其の様に考えると、今朝のメッセージの映像は、日本語・大和言葉である「平仮名」の言霊・ことだまが、虹色の光のエネルギーを持って、新次元への岩戸開きが行われる理・ことを、示して来ている事になる。
 私は、30年・一世前に此の神の世界に入った時に、日本語の「あいうえお・・48文字」の言葉の絨毯に乗って、空中を移動するビジョンを見せられている。今朝のメッセージの映像は、其の事が、新しい次元を迎えた事を示して来ているのではないだろうか。・・・
「やまと言葉のことだま」http://green.ap.teacup.com/20060818/3259.html

2015/11/20・・今朝は何故、是まで映し出されて来た事の無い、インドネシア圏の文化の事が映し出されて来たのであろうか。
そして、其の国の祭りで、私が何故、食事の準備をしなければ成らないのか、其の理由も解からないのである。
考えられる事は、私の前世であるとされる「宇摩志麻遅命・うましまじのみこと」の「申食国政太夫・おすくにのまつりごともうすのまえつきみ」の役割と謂うか、意識が、外国の事にも関わりを持ち始めたと言うことであろうか。
其れとも、ガムラン音楽の楽器に付いて「・・インドネシアでは青銅の原料となる錫はほとんど産出されず、ほとんどがマレーシアから運ばれたものであり、かつての青銅文化であるドンソン文化がマレー半島を経由してインドネシアに伝わったことを物語っている。・・・」と有るので、マレー語の言語・文化に付いて関係が有るのだろうか。
だとすれば、日本文化のルーツに付いて考えなければ成らないと言う事に成り、其れは、昨日のメッセージの「最高理会得人記文」との件と、関係が有るのかも知れない。・・・
「ガムラン音楽の祭り」 http://green.ap.teacup.com/20060818/3665.html

2012/12/16・・今朝のメッセージは、先ず、学校の教室の様な所で、農業研修の様な講習が行われていて、私も其の会場に居た。
すると、其の講習の講師は、農業改良普及所の職員や農業関係の先生ではなく、私の中学三年生の時の、担任の先生であった。
次の映像は、細い登り坂の階段が有る路地の、夕方の映像が映し出されて来て、中間の右側に、一軒だけ白壁の家が有って、周りの景色から、浮かび上がっていた。
其の白壁の家が、何を意味するのかは判らないが、「比較言語」との言葉が、告げられて来た。
朝起きて「比較言語」で検索すると「比較言語学」との言葉が有った。
私は、其の様な言葉に、是まで特別な興味が有った譯・わけではないので、何等かの研究を、開始しなければ成らないのであろうか。
「比較言語」 http://green.ap.teacup.com/20060818/2533.html
 
今朝、私の左肩の上に乗っかって来た神霊が、告げて来た「あたま・ヘッド・トップ」が漠然としているとの事で、其の事に「風 麦東 陶・ふうれんとう」と「讜逓聖・とうていせい」が関係有るとの事は、其の神に告げられて来た二つの言葉が、頭に相応しいと言う事なのではないだろうか。

1997/6/10・・本日6月10日は、千葉県成田市台方の麻賀多神社の境内に有る、「天之日津久神社」で岡本天明に「日月神示(天津日嗣神示)」が下されて来た日である。
今朝は、其の「天津日嗣神示」に関係が有るのか、「風 麦東 陶」の事が示されて来た。「風 麥東 陶・ふうれんとう」とは、私の霊夢に映って来た、神のメッセージである。
其れは、平成6年(1994)3月21日の夜中「弘法大師空海の1159目の命日(22日未明)で、場所は「熊本県阿蘇郡蘇陽町長崎」の自宅であった。
そして、其の山岳地帯の景色の一部に、白い四角な枠が嵌められ、其の枠の中が大きく拡大されて来た。
其れは、まるで宇宙船から山岳地帯の撮影している様なアングルである。其の、大きく拡大されて映し出されて来た一画は、大きな花崗岩が点在している一つの峰である。
其の、峰の南斜面の、傾斜が緩やかな所の中心に、何百年も風雪に耐えて来た、一本の大木が有る。
其の大木の、一番下の枝が、南へ張り出し、其の枝の下に大きな丸い花崗岩が有る。其の花崗岩の上には、白い衣を頭から羽織った「達磨禅師」の様な姿の人が、一人座って居る。
私は、其の人の顔を確かめ様と、屈みこんで覗き込もうとすると、其の人物が視界から消えてしまい、代わりに「風 麥東 陶」の文字が、目の前に現れて来た。其の文字の意味を、私の意識が理解しようとすると、其の文字の映像は消えてしまった。・・・
「風 麦東 陶」http://moon.ap.teacup.com/20061108/422.html

2000/7/21・・*「讜・トウ」【解字】形声「言+黨」音符の黨は、當に通じ、当たるの意味。理に当たる言葉の意味を表す。
【字義】ただしい。また正しい言葉、良い言葉。直言。  
*「遞・逓・テイ」【解字】形声。「辵+乕(虎)」音符の虎は、易に通じ、かわるの意味。かわりながらすすむの意味を表す。
【字義】①かわるがわる。たがいに。②かわる。いれかわる。③つたえる(伝)。つぎつぎに伝え送る。④宿場(宿場)。宿駅。伝駅。⑤宿場にいる車馬。⑥めぐる。囲む。 
*「聖・セイ」【解字】「耳+口+王(壬)」の組み合わせ。口はいのりのことばの意味。音符の「王・壬・テイ」はせのびした人の象形。耳をそばだてて神意に耳を傾け、よくきくことのできる人の意味を表す。
【字義】①ひじり。㋐知徳にすぐれ道理に明るい人。㋑一芸一道の奥義をきわめた人。「詩聖」②さとい。かしこい。知徳にすぐれている。③天子の尊称。また、天子に関する事物の上にそえる語。「聖恩」   
漢語林
今朝の、三つの文字の現出を総合的に判断すれば、「神の言葉を正しく受け取る事を 次々に傳える人と言う事になり、仏教で言うところの「チャクラヴァルティン・転輪聖王(てんりんじょうおう)」の事であり、日本に傳えられているスメール文化の、「天津靈継ぎのすめらみこと」の事に成る。
其れは、インドの釈迦を「ブッダ」と呼ぶ事や、日本の「天皇・すめみま・すめらのみこと」、中国では「天子・極尊」として現している。
極の漢字の「亟・キョク」は、「問いつめる」の意味で、一番の智慧、天の法則・道・ダルマに、速やかに至った人物の事である。・・・
「讜逓聖・とうていせい」http://moon.ap.teacup.com/20061108/628.html

そして、其の事と2月8日の日付が関係が有り、現実的な人間の活動組織・舞台として、「グリーンクラブ」との名前が必要であるとの事の様である。

キー「2月8日・グリーンクラブ」

2009/2/8本日2月8日は、昨年2008年2月8日「20080208」に、屋久島の麦生地区に有る「大山神社(祇園さん)」で、北海道から素戔鳴尊に呼ばれて来た「中川かえで様」に、素戔鳴尊のメッセージが告げられた日から一年目の日である。
「此の島に始まる計画がある」http://moon.ap.teacup.com/20060615/130.html
そして、明日の日付の数字が「20090209」なので、また何か大事な節目と成る事が起きるのではないだろうか。
何故かと謂えば、手塚治虫の21年忌であるし、矢追日聖法主の13年忌に当る日だからである。
其れに、私が愛媛県で「グリン-クラブ」を興した日であり、其の日にアメリカの潜水艦「グリン-ビル号」が、愛媛県の練習船「愛媛丸」に衝突した出来事が有った。
今朝のメッセージは、其の「素戔鳴尊」や「矢追日聖法主」に関わりが有り、明日から何かが始まりそうな予感がするモノ・現象である。
其の予感とは、日本の伝統である「惟神の道・かんながらのみち」の復活である。そして、其の為には、日本の儀式で唱えられる「天津日嗣の大祝詞」を熟知しなければ成らないと言う事である。・・・
「天つ宮事もちて」http://green.ap.teacup.com/20060818/1039.html
 
2009/12/6・・昨日は、坂道の途中に有る「関所・番所」の様な建物に、私の意識は在って、私が、其処を通過する事を認めた「家族」や「社長」や「スタッフ」の車は、黒色から白色に変わっていた。
 其れは、オセロゲームの様な物であり、私に接触した者は、黒から白に変わって、上の方に向かう事が出来る理・ことを、意味している様である。
そして、其の関所・番所は山中に存在るのではなく、現在の人間の暮らしの中に有ると言うか、経済活動の真っ只中に有るとの理・ことの様である。
 其れこそが、「経済・ケイザイ」の言葉の元である「経世済民・ケイセイサイミン」の本来の意味であり、西郷さんの「敬天愛人」の心配・こころくばりに、通じるのではないだろうか。
此の説明に拠ると、「経済」の言葉の意味は、・・「凡(およそ)天下國家を治むるを經濟と云、世を經め民を濟ふ義なり」としており、この頃の「經世濟民(經濟)の學」は、今日でいう経済学のみならず政治学・政策学・社会学などきわめて広範な領域をカバーするものであった。・・
と有り、現在の、民衆を「金の亡者」にすると言うか、「貨幣崇拝主義・宗教」の世界とは、全く別の意味を持っていると言える。
本来の「経済」の意味からすると、「経済学のみならず政治学・政策学・社会学などきわめて広範な領域をカバーするもの」との理・ことだから、今朝のメッセージに有った、「あらゆることを」との言葉は、正に、其の「経世済民」に付いて、私に考えろと言うか、取り組めとの指示の様である。・・・
「あらゆることを」http://green.ap.teacup.com/20060818/1362.html

昨日は前田氏と会ったので、三日前の「女神の下へ」の文章に書いた「・・最後に到着した男性が、私に「15日に 現場を視に行きましょう」と云った処で、「饒速日命・にぎはやひのみこと」の御魂である前田氏が、私の後ろから登場したので、私は自分の席を前田氏に明け渡して、其の場から立ち去る事にした。」との事と関係が有り、明日15日に新しい現場が示されて来るのかも知れない。

今日は、PCに向かって居ると、13時過ぎに睡魔が襲って来たので、床に横に成ると、人間のカルマと言うか活動組織が、二体向き合って戦いを始める様な場面が映し出されて来た。

だが其れは、人間自身の組織が戦う物ではなく、其の動きの背景に、天神(てんのはたらき)が在って、人間に競い合いをさせるモノであり、人間は其れを知らずに戦いを続けて居り、其れが人間の悩みや疲れを、齎しているとの理・ことの様であった。

其の映像場面は、朱雀が向き合う図柄に似せて示されて来たので、太陽の世界と言うか「天照大御神」の働きの仕組みが、示されて来ている様であった。

其れを考えると、仏陀釈迦が「出家」を薦め、イエスキリストが「親兄弟を捨てて 私に付いて来なさい」と謂った事が、どう言う事を示唆していたのかが、理解できそうな気がする。

『何が 何でも 其れを薦めなさい』

今朝のメッセージの映像で、何物だか分からない存在の両手が、二番目の箱をほぐして何かの造形物を作り出そうとして、なかなか出来ない場面は、新しい未来を創造すると言うか、人間の意識を未来に運ぶ為には、何等かの造形・イメージを意識に捉えさせる事が最も重要であり、其の作業は四次元である神霊の世界では出来ないと言う事であり、三次元に身を置く私にしか、其の作業が出来ない理・ことを示唆しており、其れが日本の神の概念である現人神(あらひとかみ)の役割であると言う事なのではないだろうか。

其の様に考えると、今朝「頭・ヘッド・トップ」が無いとの事は、其の現人神が未だ存在しないと言う事なのかも知れない。

其の様に考えると、明日15日に、私の意識が何処の現場に案内するのかを、見届けるしか、他に手段は無いであろう。

「惟神道・かんながらみち」とは、此の三次元の世界の事だけではなく、夢の世界・無意識の層まで、連なっている様である。

               平成29年6月14日

                     礒邉自適

食料難の時代

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    食料難の時代
                       29・6・13

今朝のメッセージの映像は、食料難の時代が到来して皆が食べ物に困って居り、其の対策として、若者達に強制的に農作業の訓練を行なう場面が映し出されて来た。

そして、照明を点けて時計を見ると、時刻は0時42分であった。
私は、其の数字を「42・しに・死に」と記憶した。

其れから、もう一眠りして2時に起きて、屋久島に向かう為に準備をし、2時40分に自宅を出発した。

今日は、前田氏が2月に購入した屋久島の土地を、前田氏と共に視察をする事に成っている。

其の土地は、神社の土地であり、女性教祖が高齢と成った為に、前田氏が土地を譲り受けた物であって、是からどの様に利用するかを検討しなければ成らない物件である。

其の土地に、神社が建つ事に成った原因は、広島市に住む女性教祖に、屋久島の土地が霊夢に映し出されて来て、「食料難の時代が来るので、世界中から若者を集めろ」とのお告げが有ったので、其の女性教祖が屋久島を訪れると、霊夢に映し出されて来た土地が現実に有るので、信者と共に、其の土地を購入して神社を創建した物である。

今朝の私へのメッセージの映像は、其のお告げと関係が有り、私が本日その土地に向かうので、同じ神霊が今朝、私に其の事を知らせて来たモノ・現象の様である。

其の土地の契約は、今年の2月7日に話し合いが行われ、私もその場に同席し、皆で神棚の前に並び参拝の儀式が始まると、其の神棚に祭祈されている神霊が、私の胸と右手に侵入して来たので、其の神霊が本日私に作用して来ているのであろう。

2017/2/8・・其の土地は、私の弟「屋久島不動産」が仲介をして、昭和63年12月15日に、広島の宗教法人に売った物件であり、登記移転が為されたのが12月21日である。
そして、其の教祖が高齢に成った為に、教祖に頼まれて前田氏が購入する事に成った物である。
其れに、契約が行われた12月15日の日付は、私の父親の誕生日であり、12月21日は前田氏の兄である故「前田亨」の命日の日付である。
  其れらの日付の関連性を考えると、私が「井上佳子」と結婚をして北九州市小倉に住む事に成った事で、屋久島に帰島しない事が決まった時点で、屋久島の事が、父親「礒邉勲」の霊魂の動きに因って始められていた事に成る。
 其れは、昨日行った相手先の神社の場所が、「厳島神社」が存在する宮島が見える高台である事と、私の母親が教えてくれた「父親が 満州で厳島神社の神主と 神の世界に付いて 度々話し合って居た。」との事が、関係有るのかも知れない。
 其れに、昨日は、其の神社に皆で到着して、関係者一同(10名)にて祭壇に向かって参拝をする事に成り、私が座る事に成った席が前列中央であり、私が座ると、神主が祝詞を奏上する前に、私の胸に神霊が入って来て、右手にカモ・(神の電気信号)の反応が起きた。
其れに、登記が成された12月21日が命日である故「前田 亨」は、昨年の11月28日のメッセージに登場している。・・・
今朝は起きて、PCを立ち上げると「あなたが」との女神の声が聴こえて来たので、女神のブログを開くと、続きの言葉が告げられて来た。
「貴方が 何をなさいますか

其れに拠って 此方も動く事ができます

其れは 貴方が「事象の特異点」に在り
新しい「座標軸」であると言う事です

其れは 貴方だけしか 認識できない事であり
他の人間には 実感できない世界ですので
貴方以外の人間が 代わりを務める事が出来ない世界なのです

ですから 貴方自身の身を護る事が
此方側の 最大のテーマですので
貴方は 不必要な世界に 手を出しては成りませんよ

其れが 物事を進める為の 最も 重要な条件なのです

貴方には もうお解かりだと思いますが
貴方の脳がなければ 何事も 先に進まないのですよ

其れが「統らの命・すめらのみこと・統率者」の
真の世界であり、御稜威 ・みいつの役割なのです

ですから 貴方が メシヤであり
キリストであると言う事に 成るのです

貴方は 其の事を肝に命じて
今後の 立ち振る舞いに付いて 能く考えなさいね

其処に 真実の未来が 花開いて来るのですから・・

良いですか くれぐれも念を押して措きますが
貴方自身が 其の立場に在るのですよ

後(のち)の事は 何も心配しないで良いですから
前向きに 其れ等の事に 思いを馳せて行くのですよ  」
  其れに、今朝のメッセージの映像で、左側から右側へ、歴史・時代が表記されている長い表枠が映し出されて来て、其の中の表題(意味・内容)が数箇所で、変換される場面が映し出されて来たのは、歴史年表に記されている事は、政治的な世界が主であり、其れはどうしても、権力者にとって都合の良い様に書かれているので、文化的な面から考え直す・見詰め直す必要があると言う理・ことが、示されて来ているのであろう。・・・
「文化の再構築」http://green.ap.teacup.com/20060818/4140.html
                          
                              
                     平成29年6月13日

                           礒邉自適
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