君の御稜威

「王道」の名前から 「君の御稜威」に変更します。 其れは 私のHPである「君」の趣旨に合す為のものです。 「君」 http://jite-jyu.main.jp/

ニュー・エア・ポート

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します


    ニュー・エア・ポート
                         29・7・25

今朝のメッセージの映像は、先ず、広い土地に新しい空港が造られる場面が映し出されて来た。

其の新しい空港は、コンピューター化されており、無人の機械が着陸する飛行機を滑走路に向かえに出て、ターミナルまで引いて来るもので、空港長は何故か60歳代の「ドクター・医師」であった。

そして、客を迎えに出向いたのは、中年の細身の女性であり、烏龍茶が入れられた大型のジョッキを、下部にキャスターが付いている傘立ての様な形をした器具に6本程立てて、手で引いて客が到着する場所に出て行った。

次に、20歳位の女性が、カウンターの内側の枠の中に、ベビー用のマットを敷いて座って居り、カウンターの下には電子機器の詰まったボックスが設置されている事が示されて来た。

そして「コメント」との言葉と「ピックアップ」との言葉が告げられて来た。

次に、トマトの茎蔓が地面から四方に広がっており、其の一本の茎蔓が左側に伸びて来て、私の目の前に地面で白根を地中に伸ばしてから、緑の枝葉を垂直に伸ばして天空に向かい成長を始めた。

其処で起きて、時計を見ると時刻は3時44分であった。

そして、再び眠ると、古い文化が保存されている、昔の町並みが映し出されて来た。
其の町並みは、古い宗教施設が文化財として保存されている物であり、観光客を受け入れる事で維持を続けている事が判った。

其の町の中央には、舟が移動出来る水路か川の様な流れが有って、観光客は其の舟に乗り込んで、年配男性の説明を受けながら、周囲の施設を見学するものであった。

そして、其の説明の中で、特に強調されて居たのは、南向きに設置されている太陽の観測装置の様な物の説明であり、其れはハンドルの様な物が付いていて、刻みが付いている丸い木製のドーム型の物が、回転する物であった。

次の映像は、寺院の様な施設の中で、小学生の学習が行なわれており、私は40歳位の男性教師の手伝いをして居た。
其れは、其の男性教師が知らない世界・教えられない世界を、私が絵を使って補佐する場面である。

次の場面は、広い食堂の施設が映し出されて来て、団体客用の食事が準備されており、私が広い部屋の片隅に座って休んで居ると、其処の経営者である女将が私の事を知っているのか、饂飩が入った丼と、大豆製品である麩の煮込みが入った四角な深皿を用意してくれた。

私は、其れを戴いてから、三歳位の男の子の手を引いて、街中を散歩しながら、其の男の子に、様々な物の名前や用途に付いて教えており、とてもゆったりとした気持ちに成って居た。

そして、カレンダーが映し出されて来て数枚捲られると、日曜日の枠ではなく中央部分の26日の日付が、赤色である事が示されて来た。

今朝は、7時のチャイムで起きて、先ず「コメント」と「ピックアップ」との言葉を調べて見た。

【コメント】[名](スル)ある問題について、意見や、補足的な解説などを加えること。評釈。論評。「コメントを避ける」「事件についてコメントする」「ノーコメント」     デジタル大辞泉

【ピックアップ (pickup)】 は、拾い上げること。
振動や情報を電気信号に変換する部品。
ピックアップ (楽器) - エレクトリックギターやエレクトリックベース等の電気楽器で、弦などの振動を電気信号に変換する電子部品。
レコード、CD、MD等の機器でソフトの再生時に、記録されている情報を読みとり電気信号に変換する電子部品。
テレホンピックアップ - 電話などに取り付けて、音声を録音するための付属品。
ピックアップセンサー - 歯車の回転数などを電子的に読み取り、タコメーターなどに使用するためのセンサー。
       ウィキペディアフリー百科辞典 2017/7/25現在

此の意味からすると、「コメント」「ピックアップ」とは、「コメントを拾い上げる」との意味に成り、其れが新しい空港のカウンターの電子機器の前で告げられて来たのは、「旅・家離・たび」を始める人達のコメントをピックアップしなければ成らない事が、示されて来ている様である。

其れに空港長が、男性医師・ドクターであったのは、其の家離・たびには、健康診断や健康管理が必要不可欠である理・ことが、示されて来ているのであろう。

そして、旅行客を向かえに出るのが、ビール等ではなく、澤山の烏龍茶が入れられたジョッキを用意したのが女性であったのは、其の旅ではお酒類は禁止であり、其れが他の飲み物ではなく烏龍茶であったのは、其の世界が「烏」や「龍」に関係が有る事を示唆しているのであろう。

今朝のメッセージの内容は、3時44分までが、新次元の旅の世界であり、明け方の場面内容は、古い文化財や昔の伝統的な暮らしの様子である。

其の時間の差と言うか、対象の違いは、何を意味しているのであろうか。

其れを考えると、本日7月25日はマヤの「13の月の暦」で「時間をはずした日/緑の日/銀河の自由の日」とされている事と関係が有り、今朝最後に映し出されて来た「26日の日付が赤色」であったのは、明日7月26日が「元旦」である事と関係が有るのではないだろうか。

其れに、今朝の映像に空港の場面が映し出されて来た事で、私は30年前の7月15日に、女神から「愛するあなた達へ」とのメッセージが、大阪空港のレーダー設備のアンテナからであった事を思い出した。

「愛する あなた達へ」

貴方達に 授(あ)げられるモノは 素(そ)のままの自由

生きる事も 死ぬ事も 貴方達の 望みのまま

決まりを 創ったのは 貴方達 自身です

創る人も 創らせる人も 同じ次元に 住んで居る

神も 仏も 悪魔も 貴方達が 創り出した 迷いごと

あたしは 貴方達の 自由で 囚われのない様(さま)にしか 
棲むことが 出来ないのです

童べのときが あたしの 一番 花咲いているとき

水も風も 光も雲も 夜も昼も 星の輝きも
自分の部分(なか)であり 全体(そと)であるとき
あたし自身も 其の中で自分を忘れ 戯れる事が出来る

あたしの子等が 永い習わしを 継いだとき
子供の世界と おとなの世界が 離(わか)れてしまった。

習わしの中で 子供達は 不自由の衣を羽織ってゆく
そして 段々と あたしは 住む事が出来なくなる  」

皇紀2647(S62)7月15日 大阪空港にて 
「愛するあなた達へ」http://moon.ap.teacup.com/20060103/715.html

此の出来事から考えると、今朝のメッセージに映し出されて来た空港の様子は、其の女神の存在・意思とも関係が有り、明日26日「元旦」から、人類の新しい次元が開始されると言う事なのかも知れない。

其れにマヤの「13の暦」で2012年12月23日から新しい世界が始まるとされていて、その事が2008年12月29日のメッセージで、2018年に先に延ばされる事が示されて来ている。

2018年とは来年の事であり、来年は平成天皇が引退をする事が決っており、平成天皇の誕生日は12月23日である。
其の事実を考えると、確かに、日本の「天津日嗣・あまつひつぎ」は変化する事に成る。

2008/12/29・・今朝のメッセージは、「坂本龍馬」の意識がイメージ一杯に拡がって来て、とても明るく、美しいHPが映し出されて来た。
其のHPの名は「海神・わだつみ」で、美しい自然の海や、水辺の景色が表現されていた。
そして、次ぎに、森林地帯の景色が映し出されて来て、其の森の中に一本特に高い木の梢が有り、其の木は「御神木」である事が示された。
其れから「18年」との年数が示されて来た。
今朝の映像には、新しき「海神」のHPと、18年の数字が示されて来た。
其れは、新しい海神の働きが開始される事を意味し、2018年か、是から18年後に、新しい御世が完成するとの知らせではないだろうか。
18年が、2018年の事であれば10年後であり、18年後であれば2026年である。どちらにしても、4年後に迫った2012年12月23日の次元変化は、先送りされる事に成る。
そうであれば、私は、残り4年しか無いと考えて、バタバタする必要は無いと言うことになる。
其れは、神界の方にも、希望が生まれたとの事であり、未来を組み立てる段取りが、付いて来たとの事ではないだろうか。・・・
「海神・わたつみ」http://green.ap.teacup.com/20060818/994.html

此の文章に有る「森林地帯の景色が映し出されて来て 其の森の中に一本特に高い木の梢が有り 其の木は御神木である事が示された。」と、「龍馬に関係する 美しいHPが映し出されて来た。」との文章からすると、昨日のメッセージに、とても大きな樹木・大木」が映し出されて来た事と、OSとの文字が示されて来た事が、関係有りそうである。

其れは、昨日のメッセージに「OS・オペレーティング‐システム」の存在が示されて来た事と、今朝のメッセージの映像で、新しい空港のカウンターの下に新しいコンピュータがセッティングされた事が関係有り、人類に新しいタビが始まるとの事ではないだろうか。

其の様に考えると、マヤ、アステカの神(はたらき)が「時間の操縦士」であり、時空を旅するロケットの様な機械の操縦席に着席している事と関係が有って、其の「時間を操る神々」が、ニューエアポートを利用し始めると言う事であり、其の神々が飲み物とするのは「烏龍茶」であると言う事に成る。

今朝のメッセージの映像には、大木・巨木ではなく、トマトの幹蔓が横に広がって、大地に根を張ってから、垂直に天空に向かって枝葉を伸ばして行く様子が示されて来た。

其れは、トマトが夏の植物であり太陽の化身の様な物である事と関係があり、大木・巨木よりも成長が早く、広がり方が自由であり、育て方では10000個もの実を着ける事と関係が有り、是まで一品宝珠であった物が、数の制限が無く成ると言う理・ことが示されて来ているのかも知れない。

其れは、OSの無い時代は「政・まつりごと」には、縦系列のピラミッド形の命令システムが必要であったので、一人の王・皇帝が必要であったが、現代はITの存在で横繋がりの情報交換のシステムと成って来ているので、立木形から蔓形に変わる事が、示されて来ているのではないだろうか。

其れに、トマトが空港の施設内に有る事が示されて来たのは、トマトの茎蔓が生命であるので、電子機器や空港施設の無機質(ハード)にたいして、生命・有機質(ソフト)が併用されなければ成らない理・ことが、示されて来ているのではないだろうか。

其れは、1970年に大阪で開催された、ハードの世界の展示催しである万博の象徴が「太陽の塔」であり、其の会場内で、一本のトマトの苗に1万3000個もの実が付いた事が、イメージとして採用されて来ているのかも知れない。

今朝の愉伽さんのビジョンには、空港施設の長い通路に設置されている「動く歩道」の様に、乗ったまま自動で進むベルトコンベアーのような乗り物の上に乗っており、前に母親・5歳位の子供・2歳位の子供・祖母(母親の母親)の順番で乗って居り、其の後ろに愉伽さんさんは乗って居たとの事である。
すると2歳の子供が、何かに引っ掛かったのか、脱落しそうに成って愉伽さんの後方へ取り残されそうになったので、急いで拾い上げて、抱いて祖母に渡したが、全くの無反応で、其の後、4人とも、段々と横の方に逸れて行ってしまい、見えなく成ってしまったとの事である。

其の愉伽さんが見せられたビジョンからも、神(はたらき)が用意した道に乗らない者・従わない者は、救われないと言う事に成るのであろう。

其れは、神仏頼り(他力本願)で、唯(ただ)立ち止まって待って居るだけは助からないと言う事であり、自分自身が真剣に、其の神の道・救いの道(ルート)を、探さなければ成らないと言う事である。

其れに、其の時に成って、慌てて神(はたらき)に助けを求めても、神は助けないと言う事である。

2006/10/12・・今朝のメッセージの映像には、茶色のページが現れ、三組の陰陽の楕円形の玉が、其のページ上の白い部分に書かれていた。
其の楕円形の中は、茶色の色の着いた部分と、白い部分が半々に成っている。
 其れは、タオ・道のマークを意味している様であり、三組の陰陽が三角形に組み合わさる形に見えた。其れが、何を意味するのかは良く分からないが、理科の教科書に関係がある事が知らされ、
次に、水色のテキストみたいな物が映り、其れは、社会科の教科書である事が知らされた。・・
明石大橋を渡った所で、昼食を済ませ、目的地である天満宮に向かい、近くに御住まいの「加治木先生(昭和天皇の長男)」に、初めてお会いする事に成った。
 加治木先生の話では、「此処が天照大神の本拠地である」との事で、其の天満宮の祭神が、私の礒邉の血筋に一番関係があるとの事であった。
そして、加治木先生の話では、「此の神社には 誰でも簡単に足を踏み込めない」との事であったが、私には特別な反応は起きず、其の儘境内に進んだ。
私は、境内お手水で禊の為に手に水を掛けると、「あまてらす」との言葉が告げられて来た。私は是まで、数多くの日本の神社にお参りしたが、「あまてらす」の言葉が告げられて来たのは、初めての事である。
 そして、拝殿の前に立って拍手を打つと、無意識で「三・三・三」の数で打ち、最後に五回打って、其の所作は終った。そして、告げられた言葉は「救われない」である。
何故、「あまてらす」と「救われない」の言葉だけなのだろうか。
其の、二つの言葉から、私が考えられる事は「天照大神」は、生命全体の存在は支えてはいるが、人間を個体別に救う事はしないとの意味ではないだろうか。
 其れは、“救う”と言う第三者的なモノの働きが無く、助かりたい者が助かる努力をしてこそ、生き延びる事が出来るとの意味であろう。
生き残る努力をしないで、自分の我欲の侭に生活し、自分に都合の良い事ばかりを、神に願って居ても、其れは、無意味な行動に過ぎないとの理・ことであろう。
現代社会では、神社にお参りするのは、殆どが、自分の幸福や、無事を祈る為であり、神の働きに、自分の人生を掛けて、仕える者は居ない。
 神が望むのは、神が創造したい世界の、手助けをする者達の存在である。
其の様な者が、少ないのが神の嘆きであり、人間社会の改革が、善い方向に進まない原因でもあるのだろう。
 其の淡路島の天満宮は、上下に、男女の神様の社が別れて存在してり、私がお参りしたのは上の段の、女性のお宮の方である。
男性の神霊ならともかく、女性の神霊が「救わないよ」と告げて来るのは、節目の時が、余程、身近に迫って来ているとの事ではないだろうか。・・・
「理科の教科書」http://green.ap.teacup.com/20060818/55.html
2017/5/31「お世話になりました」http://green.ap.teacup.com/20060818/4257.html
 
私が1987年の7月15日に、大阪空港のアンテナから「愛する あなた達へ」との女神の言葉が告げられて来てから、今日で30年と10日が経過している。
今朝は、自宅に寝て居る私に、新しい空港の様子が示されて来た。

其れは、私の脳と言うか意識は、電波塔・アンテナが近くに無くても、神(はたらき)とのコミュニケーションが図られている事が、示されて来ている事に成る。

其れは、ITや携帯電話の無線通信のシステムが充実した事で、電波塔の近くに行かなくても、神とのコミュニケーションが執れると言う事に成り、其れは神社や寺院に出掛ける必要が無いと言う理・ことでもある。

其の現実を考えると、先ず助かる為には、神仏に頼る事を捨てて、自分の肉体を構成している生命・いのちの元である、40億年前から一時も途絶える事なく続いている自分のDNAを目覚めさせて、宇宙・コズミックのチャンネルを復活させる必要があり、其れが今朝、愉伽さんが乗って居た「動く歩道」に乗る事であり、「惟神道・かんながらみち」を進む事であるのだ。

2015/7/28「生命の歴史本」http://green.ap.teacup.com/20060818/3547.html
2015/10/4「アカシックレコードの」http://green.ap.teacup.com/20060818/3615.html
2017/1/13「季節と食べ物の関係」 http://moon.ap.teacup.com/20061108/648.html

其の為にこそ、日本の禊ぎ祓いの伝統や、仏教の瞑想の世界などが有るのである。
其れを、実行している「宮司・神主」や「僧侶・坊主」が居ない神社や寺院に行く事を、直ぐに止める事である。

何故なら、其の様な物(目くらまし)が存在するからこそ、現代人は無明の世界に落ち込んで居るのだから・・・。

『是では 駄目だ』

此のいま告げられて来た「是では駄目だ」との男性の言葉からすると、本日の文章は未だ的を射ていないと言う事の様である。

其れは、どう言う事であろうか。

①OSが完備された空港のカウンターの仕事は、ベビーマットに座って居る様な簡単な役割りで済む。

②今朝のニュー・エア・ポートは、乗客が出発する場面が無く、客が到着するのを待つ場面だけであったので、地球から旅立つ者が無く、地球に帰って来る客か、降臨して来る神霊だけである。

③ 其れを考えると、3時44分以降に映し出されて来た、地球の古い町並みを、川に浮かんで流れる舟の上から、説明を受けながら眺めて居た客人達は、多次元宇宙から地球の様子を視察に来た魂しいであると言う事に成る。

④そして、私が子供達の学習を手伝って居た場面は、地球の教育環境が宇宙で最もレベルが高いと言う事であり、其れを説明出来るのが、私の能力と言うか、特徴であると言う事。

⑤私の食事が、丼の饂飩と大豆の麩の煮込みであった事は、地球環境の中で栽培される植物に拠る精進料理が、魂しいの成長・DNA(遺伝子)プログラムには最も良質であると言う理・こと。

⑥そして、私が3歳位の男の子の手を引いて、街中を散歩しながら物の名前や、用途に付いて教えて居たのは、「天津日嗣・あまつひつぎ」の伝統の牽引者である統尊(すめらのみこと)に成る者には、幼児教育が最も重要であると言う事。

『まだ 有るが 今日は此処まで。夕食の準備をしなさい 由香が帰って来る。』6時44分

               平成29年7月25日

                     礒邉自適

OS

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

     クリックすると元のサイズで表示します


    OS
                     29・7・24

今朝のメッセージの映像は、先ず、「饒速日命・にぎはやひのみこと」の御魂である「前田氏」の会社の存在が映し出されて来て、私は、其の会社の関係者の男性二人と、岩石が洗濯板の様に露出している現場に居て、其の土地で何かを栽培する為に、其の洗濯板の凹凸部分の凸部分を、重機で削って平らにしなければ成らない事を考えて居た。

其れは、生姜などの薬草を栽培して、健康食品の様な物を、製造販売する事業を始める場面であり、私は其の係りの男性に、薬事法との関係を能く調べる様に指示していた。

すると、本社の方から前田氏が「私を呼んでいる」との連絡が入ったので、私は本社の方に帰る事に成り、其の現場を立ち去る事に成った。

次の映像は、何かの映画の鑑賞場面が映し出されて来て、其の場を取り仕切っている年配男性が、私に「筋道が判っていたら 観る者は居ないだろう」との理・ことを謂った。

其の男性が謂う意味を、私は「そうだ 筋道を知らないからこそ 此処まで探究を続けて来たのであり 最初から筋道(結論・結果)が判明していれば 私は此処まで 探究心にて行為・行動を続ける事は無かったのだ」と思っていた。

其処で意識が目覚めてしまったので、照明を点けて時計を見ると、時刻は「5時3分」であり、私は其の数字から「憲法記念日」の事を想うと、頭に「憲法・法律は 誰が何時見ても はっきり理解できる様に 確定していなければ成らない物である」との理・ことが、浮かび上がると言うか、認識されて来た。

そして、其れは、メッセージの映像で示されて来た「筋道が判っていたら 観る者は居ないだろう」との事とは、全く反対と謂うか逆の世界(パターン)であり、人間の存在と謂うか、意識の有り方には、明確に示される事が、良い面と悪い面の、二面性が有るのだと自覚されて来た。

そして、再び眠りの世界に居ると、説明をし難いのだが、一枚の絵画の様な場面が映し出されて来た。其れは「レオナルド・ダ・ヴィンチが、モナリザの顔(表情)をして、ナポレオンの様に馬に乗り、左後ろに居る私の方を視ている場面とでも、説明すれば良いであろうか。

次の映像は、とても大きな樹木・大木の真上に太陽が有り、私は其れを真下から見上げて居る場面で、大木の幹と枝が黒い浮き絵の様に視え、其の世界は、太陽光線の存在が全ての事象を包み込んでいるいる理・ことを、示す様な意味合いを含んでいるのを私は感じ取って居た。

そして、其の事の背景には、「何かの線・糸がなければ 物事が繋がらない・存在できない理・ことが示されて来てから、「OS」の文字が映し出されて来た。

其れ等の事に付いて考えて居ると、7時のチャイムが鳴ったので起きてPCを立ち上げ、先ず「OS」の文字を調べて見た。
OS【オーエス】オペレーティング‐システム(operating system)コンピューターのシステム全体を管理し、種々のアプリケーションソフトに共通する利用環境を提供する基本的なプログラム。キーボード・マウス・ディスプレー・プリンターなどの入出力機器と、メモリー・ハードディスクなどのハードウエア、およびファイルシステムの管理を行う。システムソフトウエア。システムプログラム。基本ソフト。OS。    デジタル大辞泉の解説
此の「基本ソフト」との意味からすると、今朝のメッセージの映像は、私に、新時代を築く為の基本ソフトを考えろと言う事が、示されて来ている様である。

其の様に考えると、今朝のバラバラのメッセージが、全て繋がって来る様な気がする。
何故かと謂うと、其れ等の事柄は、私が是まで探求して来た、記憶の中に収まっている物事である様な気がするからである。

其れを書き出すと次の様に成る。

①「饒速日命・にぎはやひのみこと」の存在は、奈良の石上神宮の祭神であり、物部初代である。
②私の前世が、其の饒速日命の長男「宇摩志麻遅命・うましまじのみこと」であり、私の姓である礒邉(磯部・石部)も其の一派である。
③「宇摩志麻遅命・うましまじのみこと」は私に「岩を溶かしたミネラルを子供達に与えろ」と告げて来ているので、今朝の映像で、私が岩盤を平らにして薬草を栽培する準備をして居た事と関係が有る。
④私が、其の前田氏の本社に呼び戻されると言う事は、「大国主命」が饒速日命に出雲の国を譲った次元から、「政・まつりごと」の遣り直しをするとの事ではないか。

キー「大田に下車しろ」
2001/6/21「大田に下車しろ」 http://star.ap.teacup.com/170606/437.html
2005/11/18「匡・キョウ」http://wave.ap.teacup.com/20060106/8.html
2008/4/17「五十鈴の音が聞こえる」http://green.ap.teacup.com/20060818/715.html
2008/5/10「新しきとくさのかんだから」http://star.ap.teacup.com/2007313/406.html
2009/9/15「虚空見日本の國」http://green.ap.teacup.com/20060818/1272.html
2011/6/25「国常立神」http://green.ap.teacup.com/20060818/1970.html
2014/1/5「肉食の弊害 四」http://green.ap.teacup.com/20060818/2923.html
2015/3/25「桜澤如一の教室」http://green.ap.teacup.com/20060818/3405.html
2015/10/3「平和な社会」http://green.ap.teacup.com/20060818/3614.html
2016/5/15「宇摩志麻遅命と神剣」http://green.ap.teacup.com/20060818/3853.html
2016/6/6「時間の閉開」http://star.ap.teacup.com/20121223/132.html
2016/8/26「ヒューストーンへ向かう」http://green.ap.teacup.com/20060818/3967.html
2016/11/16「開国」http://green.ap.teacup.com/20060818/4055.html
2017/2/19「人は全てをチョイスしている」http://green.ap.teacup.com/20060818/4151.html

キー「物部 度会」
2008/1/31「創造の力」http://star.ap.teacup.com/20060505/45.html
2008/2/26「日付けの因縁」http://star.ap.teacup.com/20060505/46.html
2013/1/14「言霊の会」http://green.ap.teacup.com/20060818/2562.html
2013/9/4「鳳凰の羽根」http://green.ap.teacup.com/20060818/2799.html
2013/11/25「さとみ」http://green.ap.teacup.com/20060818/2882.html
2014/2/25「天津日嗣・あまつひつぎ」http://green.ap.teacup.com/20060818/2976.html
2014/4/30「度会家の文書」http://star.ap.teacup.com/20060505/95.html
2014/5/1「建国の父」http://green.ap.teacup.com/20060818/3042.html
2014/5/30「自我意識が消えた時に其れが」http://green.ap.teacup.com/20060818/3084.html
2015/2/18「風が吹く」http://green.ap.teacup.com/20060818/3365.html
2016/9/26「石部の神」http://green.ap.teacup.com/20060818/4000.html
2017/3/14「魂魄のルーツ」http://green.ap.teacup.com/20060818/4175.html

二 ①映画は「筋道が判っていたら 観る者は居ない」との言葉は、人間に知識を積み重ねる・情報を欲しがる癖と言うか、本能が有り、絶えず新しい情報を求めているので、同じ情報には、興味を示さないと言う理・ことが示されて来ているのであろう。

②其れは、私が33年間、意識のタビを続けられて来た事と関係が有り、其の理由が、毎日違う事柄が示されて来る事で、私が退屈・マンネリ化しなかった事で顕かである。

三、憲法や法律の様な、人間社会を安定させる為の定め事は、誰が、何時見ても、はっきり理解できる様に、確定していなければ成らない。

2013/12/11・・今朝の映像から、私が感じ取った事は、新しい御世には懲罰が無く、人間の生き方は宗教ではなく、公の機関で教育される様に成ると言う事である。
其れは、老子の訓えである「道徳」教育が、公共機関で行われる事に成るとの事であろう。其れは、現在有る大学までの教育機関とは別に、社会生活を行っている成人に対する、学習の場である。
老子の「道徳経」は、「道」に付いてが前編37章で、「徳」に付いてが後編44章で、合計81章・5000字の文章である。
其れは「道」と「徳」に付いて書かれていて、他の宗教に有る「戒律」「律法」や、政府が決める「法律」とは事なるモノである。
【戒律】かい‐りつ
1 仏語。修行者の生活規律。仏のいましめを自発的に守ろうとする心の働きをいう戒と、僧に対する他律的な規範をいう律を合わせた語。
2 一般に、信者が信仰生活において守るべき規律・規則。
【律法】りっ‐ぽう
ユダヤ教で、神から与えられた宗教・倫理・社会生活上の命令や掟。モーセの十戒はその典型。また、モーセ五書の総称。トーラー。
【法律】ほう‐りつ とは、以下のように様々な意味で用いられる。
1.日本法上、国会により制定される成文法。
2.日本に限らず、一般に、国家や連邦国家の構成単位の議会の議決を経て制定される成文法。
3.より一般的には、統治者ないし国家により制定される実定法規範。
4.そのうち、議会の議決を経て制定されるべきもの。ウィキペディア辞典
「戒・律・法」の文字に付いては、次の様に漢語林に載っている。
*「戒・カイ」は、「戈+廾」の組み合わせで、戈は、ほこの象形。廾は、左右の手の象形。武器を両手にしていましめるの意味を表す。戒を音符に含む形声文字に、械・誡などがある。
【字義】①いましめる。ア非常の場合にそなえる。用心する。「厳戒」「警戒」イつつしむ。ひかえめにする。ウ告げる。さとす。注意を与える。「訓戒」②いましめ。③ととのえる。そなえる。(具)④ものいみ。ものいみをする。「斎戒」⑤文体の一種。いましめの文。訓戒の文。⑥心身の過ちを犯さぬためのいましめ。「戒律」
*「律・リツ」の漢字は、「彳+聿」の組み合わせで、彳は人の行く道の意味。聿は、甲骨文ではト辞を刻みつけるための道具の象形。人が行くべき道として刻み付けられている言葉・おきての意味を表す。
【字義】①のりて。おきて。さだめ。「法律」「規律」②のっとる。手本とする。③はかる。法律または一定の標準により測る。また、測を正す。④音階・楽調の基準となる一種の笛。律管。⑤音楽の調子。また、音階。
*「法・ホウ」の漢字は、「水+廌+去」の組み合わせで、廌・チは、古代の裁判に用いた神獣の意味。裁判にやぶれてけがれた豸を皮袋に入れて水に投じ去るさまから、おきての意味を表す。法は、「氵(水)+廌」の省略体。
【字義】①のり。のっとるべきもの。アしおき。刑罰。イおきて。さだめ。規則。法令。制度。「憲法」「合法」ウ手本。模範。エ型。様式。礼式。きまったやりかた。「文法」「戦法」「作法」②のっとる。ならう。手本とする。従う。かたどる。                    漢語林
今朝のメッセージの映像には、これ等「戒・律・法」の中の「しおき。刑罰。」は無く、「のり。のっとるべきもの。手本とする。さだめ。ととのえる。」の方の世界が示されて来ている様である。
其の世界の上にあるモノが、老子の「道徳」の世界であり、政・まつりごとを行う者の心得が述べられている。
「戒・律・法」 http://wave.ap.teacup.com/20060106/534.html

四、①二面性・相対 人間の脳が左右に分かれている事や、人間が物事を判断する時に「昼夜・明暗・白黒・善悪・優劣・上下・左右・高低・雌雄・男女」の言葉を必要とする様に、何事を考えるにも、対比する物・世界を頭に浮かべる必要が有る事が示されて来ているのであろう。

2008/8/10・・人間の存在と謂うか、意識の有り方には、二面性が有るのだと自覚されて来た。
其の映像の意味は、普通に生きて居る人達は、宇宙の摂理や、自然が持つ真理等には興味が無く、ただ、自分の生活や、子供の事にしか、意識が向いていない事を意味している。
其れは、普通の生活者には、此の世の物質現象しか、目に映っていないと言う事である。其れは、完全な相対世界を意味している。
「相対世界」の「相対」とは、自然の有様に相対応するとの意味で、「相」が「木+目」の組み合わせで、人間の目に映る物は、本来木々の姿であり、人間の意識は自然の物を見る事で、成り立っている理を意味している。
 其れは、目には見えない冥府「絶対世界」を見る事とは反対の世界である。
何故なら「絶対」とは、此の世に関わる諸事を、一切断絶するとの意味だからである。
「相・ソウ」の漢字は「目+木」の組み合わせで、木のすがたを見るの意味から、一般に、事物のすがたを見るの意味を表す。相を含む形声文字に孀・想・霜などがある。
【字義】①みる。㋐くわしく見る。㋑うらなう。人相などをみてうらなう。「観相」②かたち。ありさま。様子。「人相」「骨相」③たすける。補佐する。④補佐役。かいぞえ役。また、接待役。⑤治める。大臣。君主を補佐して政治を行う執政官。「宰相」⑦係り。主任役。⑧主人を補佐して家務を行う人。家宰
      漢語林より・・・
「交因」 http://star.ap.teacup.com/2006413/230.html?rev=1

2001/5/2・・旧約聖書には、イヴが蛇に誘われて、善悪の判断のできる智恵の実を食べて、エデンの園を追放されたことが記されている。
此の我々の住む三次元世界は、全て、神の意志の中にあるので、本来、善悪は存在しないのだ。
神は人間を育てる為に、善悪、美醜、高低、軽重と言った、相対的価値認識法を使っているのである。
中国では、この相対的認識は「陰陽」として判断されるので、善悪の判断はない。
旧約聖書では、蛇は悪い智恵の持ち主となっているが、中国やインドでは、智恵の神、人間の守護神として祭られている。
 その原因は、人間の脳の一番古い部分である古皮質に関係しており、人間が目覚める事は、蛇の時代の脳である、古皮質が目覚める事なのである。
中国の「タオ」のマークは陰陽の働きを表しており、その姿は、蛇であったり蜥蜴であったりする。
ギリシャの神官が手にする「ヘルメスの杖」にも、二匹の蛇が巻き付いているし、エジプトのツタンカーメンの面の額にも、コブラと鳥の頭が付けられている。其の二匹の陰陽の蛇は、縄文時代のS字型の渦巻きと同じ意匠である。
S字型は、現在では、メビウスの輪と同じように受け取られているが、宇宙が誕生するときの、最初の動きを表した形である。
其れは、正渦と反流渦とでも言った方がよいだろうか。
脊髄の上に乗っている、脳の古皮質が、記憶を取り戻すと、宇宙誕生のプロセスが蘇ってくるのだ。
古代では、これ等の、蛇の存在や、宇宙誕生の知識は、当たり前の理として皆が持っている知識だったのである。だからこそ、この二つの渦巻きは、世界中に印として遺され、人間の一番深いところで伝え続けられて来たのだ。・・・
「救世主 其の3」http://moon.ap.teacup.com/20061108/119.html

2001/1/5「偶像崇拝がなぜいけないと」http://moon.ap.teacup.com/20061108/37.html
2008/8/30「バットを置く」http://wave.ap.teacup.com/20060106/333.html
2016/7/27「概念を変えられるか」http://green.ap.teacup.com/20060818/3937.html

五、①レオナルド・ダ・ビンチが、自分が描いたモナリザの顔の様な感じで、前足を上げた馬に乗る皇帝・ナポレオンの様な体制で、左後ろに居る私の方を見て居たのは、四次元世界でダ・ヴィンチが「王・皇帝」の位置に上がった事を示唆しており、其れが、左後ろに立つ私の方を優しく微笑ましい表情で視て居たのは、次元と謂うか時代・事象が前(さき)に進んだ事を意味しているのであろう。
其れは、自分の希望と言うかイメージが適う・完成して、自分が先に進む事を、私に知らせて来た事に成るのであろう。

②其れは、私が是まで、自分が尊敬できる人物として「老子」「釈迦」「ダ・ヴィンチ」の順番で認識していた事が、正解であったと言う事が示されて来ているのかも知れない。

キー「レオナルド・ダ・ヴィンチ」

2005/12/21・・今朝は、神界の大変なページをクリックして開いてしまった。
其れは、未来に対する大きな幕開けに繋がるモノである。
そして、更に意識は移動して、今度は「弘法大師空海」の真言のサイトに移動し、其処から「レオナルド・ダ・ヴィンチ 」のサイトに繋がり、其処のページを開いてしまったのである。
すると、大量の情報が立ち上がって来た。
「レオナルド・ダ・ヴィンチ」の思考回路が、相対世界の記録の糸を繋いでいたのだ。其れは、釈迦牟尼佛が「この世は 総て縁で 繋がっている。」と、謂っている世界である。
12月3日に花崗岩が現われ、総ての情報が、一気に流れ込んだ感じがあったが、其れは、相対世界に対する情報が、リセットされたとの事ではなかったろうか。
今朝は、其れが一・二・三で開き、ダ・ヴィンチの意識回路のサイトに繋がる事に成ったのだろう。
私は、以前から、「老子」「釈迦牟尼佛」「レオナルド・ダ・ヴィンチ」の三名を対等に捉えて来た。今朝は、其れが正しかった事が判かった。ダ・ヴィンチ程、相対世界を見詰め続けた人は居ない。
この現象世界を、ダ・ヴィンチ程認識化した人間は、他には居ないだろう。
其の点においては、老子も釈迦牟尼佛もダ・ヴィンチには及ばない。
ましてイエスキリストは、其処を外す事を勧めている。
其れは、イエスの若さゆえであろう。
「一・二・三」http://star.ap.teacup.com/170606/694.html

2014/6/13・・行動する事を止め、懐を深くすれば、宇宙が、自分の懐に入り込んで来るのである。其れが、エジプト文化の「女神イシス」の概念である。
宇宙の意識は、母心と似ている。
だからこそ、老子は「雄の立場を知った上で 雌の立場に身を置け。」と謂ったのである。
其れは、レオナルド・ダ・ヴィンチが、自分の自画像と、モナリザを重ねて画いた事と通じている。其の、老子と同じ思考が、今朝リンクした形で出て来たのだろう。
今朝の情報を、現実世界に転写して行くには、レオナルド・ダ・ヴィンチの様な分析力と、認識力が必要なのだが、其れが、私に出来るだろうか。
今朝、ただ一つ理解出来た理は、宇宙は決して、邪魔をしないと言うことである。関わりを持って来るのは、其の宇宙との間に存在する、霊界人だけである。
霊界が、味方に付けば、恐れるモノは何も無く成るのだが、どうなるだろうか。
「全てを許すから懴悔のお茶を飲みなさい」http://green.ap.teacup.com/20060818/3098.html

2008/9/4・・昨夜は、また神のエネルギーが掛かって来て、良く眠れなかった。
しかし、是まで、侵入した事の無い次元に辿り着いたので、刺激的な世界だから、難儀と言うわけではない。
其の世界は、是まで、誰も言葉に変換していない世界である。
其れは、小説や映画にも、表現されていない世界だから、楽しい意識体験をしたと謂えるであろう。
詩人である「ゲーテ」も、芸術の大家である「レオナルド・ダ・ヴィンチ」も、視覚が相対世界の視線なので、其の世界は、見たくても見てはいないだろう。
其れは、仏教で言う処の「色即是空・空即是色」の色の世界を、具体的に説明すると言う事に、なるのではないだろうか。・・・
「救世とは全ての物に対応する事」http://moon.ap.teacup.com/20061118/66.html

2009/7/18・・「龍落子・たつのおとしご」は、お腹の大きな方が雄である。
其れは、雌が、雄のお腹の袋の中に、産卵をするからである。
其れを考えると、人間の世界も、肉体は雌・女性の方が生み出しても、精神の方は、雄・男性が育てていると言う理・ことに、成るのではないだろうか。
其れは、宇宙神・女神が送り込んで来た子供を、男性が地球で、腹芸(肝っ玉)で育て上げると言う理・ことに成る。
 今朝のメッセージの映像は、私にも初めてのモノなので、明確に理解する事が出来ない。しかし、今朝現れた男性の笑顔は、観音様の様な慈悲心を表現している物ではなく、男性の霊魂・たましいの完成を意味している様なモノである。
其れは、人間世界で芸術に現されている、男性の顔の表情ではない。
芸術に取り組む者は、大体に置いて悩める者達であり、歓びに満ちて、幸せに生活している者ではない。
あの有名な「レオナルド・ダ・ヴィンチ」さえ、女神の微笑みは描くのには成功していても、自分の自画像は悩める者の顔であるし、ロダンの「考える人」の像は、地獄の入り口の門番である。其の様に考えると、今朝の男性の様な顔を見たのは、私が初めてなのかも知れない。
其れを考えると、今朝現れた笑顔の神霊は、2500年間、衆生を救おうと悪戦苦闘して居た釈迦が、ようやく其の役割が完成して、四次元の方に、移り住む事に成ったことを、意味するのかも知れない。・・・
「神が笑った」http://star.ap.teacup.com/20071015/25.html
 
2002/2/22「聖徳太子の命日」http://moon.ap.teacup.com/20061108/160.html
2008/6/14「聖著・せいちょ」http://green.ap.teacup.com/20060818/782.html
2009/4/1「此の世界は誰の物でもない」http://green.ap.teacup.com/20060818/1095.html
2010/10/10「キリスト意識」http://green.ap.teacup.com/20060818/1692.html
2013/12/25「女神の悦び」http://green.ap.teacup.com/20060818/2912.html
2016/12/25「結論」http://green.ap.teacup.com/20060818/4095.html

六、とても大きな樹木・大木の真上に太陽が有り、私は其れを真下から見上げて居る場面で、大木の幹と枝が黒い浮き絵の様に視え、其の世界は、太陽光線の存在が、全ての事象を包み込んでいるいる理・ことを示す様な意味合いを含んでいるのを、私は感じ取って居た場面。

①其れは、此の地球生命を支えている世界に太陽の存在が有り、其れは全宇宙の存在(しくみ)が、水素・水素ヘリウムなどの存在(はたらき)に有る理・ことが示されて来ており、其の理を中心に置かなければ、正しい立法が出来ないと言う事なのではないだろうか。

②其れは、是まで「ラー」「天照大神」「大日如来・マハーヴァイローチャナ」「阿弥陀」等と呼ばれて来た「神(はたらき)」を、新しい価値観にて命名しなければ成らないと言う事でもあるのだろう。

七、何かの線・糸がなければ 物事が繋がらない・存在できない理・ことが示されて来た事。
①上に記した「一・二・三」の文章に、・・レオナルド・ダ・ヴィンチの思考回路が、相対世界の記録の糸を繋いでいたのだ。其れは、釈迦牟尼佛が「この世は 総て縁で 繋がっている。」と、謂っている世界である。・・と書いて有る事と関係が有り、此の世界は全て、物事が「糸・因縁」で繋がっているとの事が、示されて来ているのであろう。

②其れは、日本の伝統文化の概念である「むすび」の世界と関係が有り、釈迦の謂う「一大事因縁、時節因縁」の世界にも通じるモノであり、私に今年の5月25「エネルトーン」と26日「全系の稜威」に告げられて来た「系・エネルギー」の世界とも関係が有り、DNA・遺伝子の二重螺旋構造の仕組みとも関係が有るのだろう。

2017/5/26・・其の様に考えると、昨日のメッセージで、上から下に降るモノが、5つ程に分かれていた場面の意味が理解されるし、系の漢字が、①つなぐ。つながる。つらなる。②つぐ(維)。つづく(続)。④つながり。つづき。つらなり。⑤ちすじ。血統。「直系」「家系」⑥いとすじ。との意味である事と符合する。・・・
「全系の稜威」http://green.ap.teacup.com/20060818/4251.html

2007/5/3・・其の夢の内容は、天から紐が二本下りて来ており、其の紐の両端を引くと、根元の所に、私が居たと言うものである。
其れは、私が、結びの要に位置しているとの意味になる。
日本の、古神道の根本原理は「むすび」である。
だから、神社では注連縄を飾るのである。
其れは、英語の「リリジョン(再び神と結ばれる)・宗教」の意味と同じであり、仏教の「時節因縁(じせついんねん)・一大事因縁(いちだいじいんねん)」の概念とも通じるものである。
更に、インドの「ヨーガ」も、神と結ばれる為の修行の手段として、存在するものである。・・・
「時節因縁・一大事因縁」http://green.ap.teacup.com/20060818/274.html
2007/4/3「アダプターの取り付け」http://white.ap.teacup.com/miitu1223/724.html
2003/10/27「惟神・かんながら」http://star.ap.teacup.com/170606/102.html

今朝「OS・オペレーティング-システム・基本ソフト」との言葉が告げられ来た事に対しては、具体的には何も表現出来なかったが、摂り合えず今朝映し出されて来た事を、一応箇条書きにしてみた。
是以上の事は、ゆっくりとゆとりを持って対処してみたいと意う。

何れにしても、新しい御世と言うか、意識の舞台が用意された事には間違いが無い様である。

本日のメッセージで、特に印象深った場面は、ダ・ヴィンチがナポレオンの格好をして登場した事である。
其れは、此の三次元世界の実績と、四次元世界での実績・功績が、反対に成っている事が示されて来ている。

其れは、此の世で認められなくても、永遠の命である彼の世では、王様・皇帝に成れる可能性が有ると言う事である。

                 平成29年7月24日

                       礒邉自適

タイムストレッチ

       クリックすると元のサイズで表示します

       クリックすると元のサイズで表示します

       クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します


     タイムストレッチ
                           29・7・23

今朝のメッセージの映像は、先ず「石垣雅設」氏が登場して、私は其の石垣氏と二人で、是までの出来事を纏めると言うか、アルバムの様な物を製作する事に成った。
だが、是までの写真の選択作業に入ると、私が選ぶ写真と、石垣氏が選ぶ写真が全く違うのである。

其の原因を調べると、写真を撮る者の視点・アングルが違う事と、被写体と成っている人々が異なっている理・ことが判明した。

そして、其れは、石垣氏には「主義・主張」が有るので、其れに沿って写真を選んでいるが、私には其の様なモノが無く、唯 神に仕えて来た日記帳の整理の様なモノであるので、二人で同じ物を作る事は無理である理・ことが、理解できて来た。

其れで、私は自分の世界・アルバムを、一人で纏める事に成ってしまったが、どうしたら良いのかが判らず、摂り合えず選んだ写真を、中心に集めて、八重咲きの花弁の様に組み合わせながら、積み上げて行くところで、其の場面は終わった。

そして、其の事に「主観」と「主体」との言葉が関係有る事が示されて来た。

其処で起きて時計を見ると、時刻は2時22分であった。

其れで、「主観」と「主体」の言葉の意味が気に成るので、調べて見ると次の様に載っている。

しゅ‐かん〔‐クワン〕【主観】 の意味《subject》
1 ラテン語のsubjectum(下に置かれたもの)に由来し、スコラ哲学以来、18世紀ごろまでは性質・状態・作用を担う基体を意味した。近世以後は認識し行為する人間存在の中心である自我をいう。特にカントでは、先験的意識としての主観が設定された。⇔客観。→主体
2 その人ひとりのものの見方。「できるだけ主観を排して評価する」⇔客観。
           
しゅかん‐てき〔シユクワン‐〕【主観的】 の意味
[形動]1 表象・判断が、個々の人間や、人間間の心理的性質に依存しているさま。⇔客観的。
2 自分ひとりのものの見方・感じ方によっているさま。「主観的な考え」⇔客観的。       出典:デジタル大辞泉

しゅ‐たい【主体】
1 自覚や意志に基づいて行動したり作用を他に及ぼしたりするもの。「動作の主体」⇔客体。
2 物事を構成するうえで中心となっているもの。「食事療法を主体に種々の治療を行う」「市民主体の祭典」
3 《語源の(ギリシャ)hypokeimenōnは、根底にあるもの、基体の意》哲学で、他に作用などを及ぼす当のもの。認識論では主観と同義。個人的、実践的、歴史的、社会的、身体的な自我の働きが強調される場合、この主体という言葉が用いられる。→主観
しゅたい‐せい【主体性】
自分の意志・判断で行動しようとする態度。「主体性のない人」「主体性をもって仕事に取り組む」
しゅたい‐てき【主体的】
[形動]自分の意志・判断に基づいて行動するさま。「主体的な行動」
             国語辞書

そして、其の「主観」「主体」の言葉の意味を考えて居ると、其れ等の事を考えるのは「人間」だけであり、他の生き物には其れ等の概念は全く無く、只管(ひたすら)「主体的」に生きて居る事を思った。

そして、「人間」との言葉・単語は、「時間」「空間」と同じ次元の言葉であり、日本語の「ひと・霊止・ひと」とは、何も関係が無い事が理解されて来た。

そして、時間の事を考えて居ると、私が「2時22分」に起こされた事に考えが至り、私は何物かに意識を管理されているので、私は主体性を持って生きている人間ではない事が理解されて来た。

そして、数字が合う時間・時刻は「1時11分、2時22分、3時33分、4時44分、5時55分」は有るが、6時66分は無い事を意い、其の少ない数字・数霊が、巧く私に適用されている理・ことに気付いた。

其れに、人間の「人」の漢字は、歩いて居る人物の象形なので、イエスキリストは「人」の漢字で合うが、仏陀釈迦の坐像や涅槃像は「人」ではない事が理解されて来た。

其処まで考えて、再び眠る事にした。

すると、同級生の「一色美津子」が住んでいる建物が映し出されて来て、其の施設は理趣経の世界と関係が有る事が示されて来た。

次に、私が夜半に行われている祭りの会場に向かい、トイレの施設に立ち寄ると、隣接する控え室の中に、二級先輩の「岩川郁夫」氏が一人休んで居て、私に「自適 海に潜(すみ)に行こう」と謂った。

私は、其の岩川郁夫の言葉で、海に潜れば人間社会の騒音・雑事から逃れられるので、其れも良い行動だと想って居る所で、映像は終わった。

其処で起きて時刻を確認すると丁度5時00分であった。

今朝は、PCを立ち上げて題を「時間・空間・人間」と打つと、「タイムストレッチ」との言葉が告げられて来たので、其れを題とする事にした。

其れで、「タイムストレッチ」との言葉を調べると、次の様に載っている。

【タイム・time】 時。時間。時刻。
【ストレッチ・すとれっち・stretch】
ストレッチ織物の略で、伸縮性のある糸や、縦または横方向に伸縮の大きい織物をさしている。従来はゴム芯(しん)の被覆糸を使った織物で、コルセット生地(きじ)、靴下などに使われていたが、合成繊維の発達から、ポルアミド、ポリエステル繊維のフィラメント糸を処理した伸縮加工糸や、ポリウレタン繊維(スパンデックス)が現れ、広範囲に使用されるようになった。フィラメント糸に撚縮(ねんしゅく)性を与えふんわりとした触感のある糸にしたものは、もと合成繊維を羊毛のもつ度合いへ近づけようとするため考案されたもので、日本で製造されているものはウーリーの名がつけられている。またスパンデックスは繊維自体の特性を利用したものである。用途は一般の合成繊維と同じで、セーター、靴下などに単独または羊毛と混紡して使われる。
      [角山幸洋]出典  小学館

此の説明からすると、「タイムストレッチ」との言葉は、「伸縮性の有る時間」との意味に成り、時間とは固定したモノではなく、伸び縮みが自由なモノであると言う理・ことに成る。

今朝、何故「タイムストレッチ」との言葉が告げられて来たかを考えると、悠々自適の名前を持って此の世に生まれて来た私に、「地球の管理を任す。16年半しかない。チャンスは一度 失敗は許されない。」と告げて来た「神・はたらき」が、其の命令・指示を解除して、私を自由にする為なのではないだろうか。

『まことにそうであるが 貴方を自由にすると言う事ではなく 貴方の使命が本番を迎える事になるのだ。其れは 貴方個人の事ではなく 宇宙全体の息である。』

7月23日から、地球に変化が起きる・始まるとの事は、新しい息吹が宇宙空間に起きると言う事であり、時間とは人間が作り出した時計の様なモノではなく、自由自在に伸び縮みするモノであり、其の事に、40億年前に発生した、岩が発生する電子を自分の躰の振動数とした生き物が、関与していると言う事に成るのであろう。

そして、其の微生物が40億年掛かって積み上げて来た「人間・ジンカン」が「時間・空間」に直接関与する世界が「色即是空 空即是色」の言葉と関係が有り、今朝登場した「一色美津子」と「岩川郁夫」の名前に関係が有り、人類の誕生時点から、「深い海」と「理趣経」の世界が、切っても切れない間柄に在ると言う事なのであろう。

キー「一色美津子」
2016/12/12・・今朝のメッセージの映像は、先ず、私が、人間社会の仕組みの中の問題解決に手間取って居ると、女神の存在が大きく・強く現出して、私に「支払いをしているのは誰か」と一言傳って消えた。
私は、其の女神の一言に付いて考え始めた。
其れは、現在の人間社会の仕組みが、貨幣経済で動いているので、支払いをする者の存在が、現場の最先端に存在すると言うか、人間社会で指揮権を有している事に成るので、人間社会の現場の仕切りに付いて、考えなければ成らない様である。
其れに、女神が「支払いをしているのは誰か」と告げて来たのは、「現場を動かしているのは誰か」との意味合いが有る様だったので、お金の世界に女神の働きが絡んでいる事に成る。
現場で、お金を支払う事が出来るのは、国家・政府が紙幣を印刷して発行する事が基本に有り、中間に、銀行のお金の管理が有って、人間社会の中で流通している事で出来ることである。
其れは、人間社会の仕組みが安定していなければ、実現不可能な事であり、其の為には地球環境の安定がなければ成らないし、人間の意識の発達がなければ起きなかった事である。
其れ等の事を考えると、其の一番の源には、宇宙を創造管理している天神(てんのはたらき)が必要不可欠であり、其の存在の中心として、今朝「支払いをしているのは誰か」と告げて来た、女神の存在が有ると考えれば、其れは女神自身が、人間社会の営みの最前線に関わっている事を、自ら示して来た事にも成る。
其れ等の事を考えて居て、時間が気に成ったので、照明を点けて時計を見ると、時刻は「3時16分」であったので、私は其の数字を「316・みいろ・三色」と記憶した。・・
今朝の映像では、私が自分の作業着を「一色美津子」の家に取りに行くと、何かの祝い事が開かれる準備が行われていた。
其れは「一色美津子」との名前が「一つの色 美しいみなとのこども」と成るので、今朝の映像で由香が背負って居た男の子と関係が有り、昨日のメッセージ映像に、10歳位の女の子の全身が、宇宙空間に光り輝きながら、横向きで浮かんでいる姿が映し出されて来た事に続いて、未来を担う男子の登場が示されて来ているのではないだろうか。
其れは、人類の未来世界が開かれた理・ことを示唆しており、女性の働きと、男性のはたらきが、両方とも新しく生まれたので、其の事を祝う祝賀会が開かれると言う事なのではないだろうか。・・・
「現場の仕切り」http://green.ap.teacup.com/20060818/4081.html

キー「岩川郁夫」
2013/2/8・・次の映像は、私の他にも、様々な能力を持っている人達が居て、皆で世の中を変える為に動き出す場面であった。
其の様な場面が、他にも幾つか有ったが、良くは覚えていない。
最後に「われは主と共にあり」との言葉と言うか、気持ち・考えが、私の意識に浮かんで、人類は、是から「われは主と共にあり」との感覚を、共有して行く事に成る理・ことを理解した。
今朝のメッセージの映像は、人類の在り方が変化する理・ことを示して来ており、言葉も是までとは違うし、人間の能力もアップする事を示して来ている様である。其れは、奇跡を起こしていた「イエスキリスト」の様な能力を発揮する人間が、増える事を示して来ているのであろう。
そして、「われは主と共にあり」との言葉と言うか、概念を人類全体が共有する事に成れば、あらゆる宗教は必要なくなるとの理・ことなのかも知れない。
其れと、神様の名前の段階で、13番が光り輝いていたのは、13番は「虚空蔵菩薩」の位置であるので、人類は皆「虚空蔵求聞持法」をマスターするとの理・ことなのではないだろうか。
(虚空蔵菩薩の「虚空」とは 無量の意で 広大無辺の福徳・知恵の功徳を蔵する菩薩。梵名アーカーシャガルバ)
「岩川郁夫の詩」との意味は、「郁・いく」の文字に意味が有り、「かぐわしい高い文化の詩」を示唆しているのであろう。
「郁」は「阝(邑)+有」の組み合わせで、もと地名を表す。借りて、香気のさかんなさまを表す擬態語として用いる。
【字義】1かぐわしい。「馥郁」2さかん。文化の高いこと。3あたたかい。4あや。あや模様の美しいさま。   漢語林より
何れにしても、今朝のメッセージの内容や雰囲気から、人類は新しい次元に向かう事に成った理・ことが理解される。・・・
「われは主と共にあり」http://green.ap.teacup.com/20060818/2588.html

2013/3/17・・次の映像は、屋久島の役場を退職した友人である「岩川郁夫氏」の姿が映し出されて来た。私は、其の郁夫氏に「今度 会を作る事にしているので 事務局長をしてくれないか」と頼んでいた。
「郁夫・いくお」の「郁・イク」は、次の様に漢語林には載っている。
郁「有+阝(邑)」の組み合わせで、もと地名を表す。
【字義】①かぐわしい。「馥郁」②さかん。文化の高いこと。③あたたかい。④あや。あや模様の美しいさま。⑤地名。・・・
「道理が鈍い」http://green.ap.teacup.com/20060818/2625.html

2008/1/15・・今朝のメッセージの映像は、光に包まれている世界で、私のパートナーに成って居る女神の妹を、「岩川郁夫」のパートナーとして引き合わす場面であった。
そうすると、NHK放送で、ビックな人々を取り上げる番組が、始まる事が知らされた。
其の映像の意味は能く解からないが、岩川郁夫氏は安房一番地が誕生地で、私より三歳年上の中学校の先輩であり、私を取り上げた産婆さんの息子である。
其の岩川郁夫氏は、何故か、私と馬が合う間柄であり、既に、屋久町役場を退職して、孫の守などをしながらノンビリと日々を過ごしている人である。
 今朝、何故、其の岩川氏の姿が使われて来たのかは解からない。
其れに、女神が姉妹で付いたとの意味も、どう言う意味合いが有るのだろうか。
漢語林で「郁」を調べると、「邑+有」で「むらが有る」との意味である。
【字義】は、もとは地名を表わす。①かぐわしい。「馥郁・ふくいく」②さかん。文化の高いこと。③あたたかい。④あや。あや模様の美しいさま。⑤地名。
と有り、熟語として「郁郁・いくいく」文物のさかんなさま。文化の高いさま。と 載っている。
どうやら、今朝のメッセージは、NHKで「郁々しい」文化が、放送され始める事に成り、其の番組に、ビックな人物が取り上げられる事に成るのか、其の番組自体が、ビッグな番組に成るかのどちらかであろう。・・・
「ビッグ」http://white.ap.teacup.com/miitu1223/1055.html

2014/12/5・・今朝のメッセージの映像は、先ず、丑三つ時に、安房の町中を流れる安房川の左川岸で、一番山手に位置する安房一番地で生まれ育った「岩川郁夫」氏が、森を背景にして登場した。
そして、其の岩川郁夫の躰が、レントゲン写真の様に透けて見えて、其の姿は一万円札に使用されている鳳凰の姿であった。
其れから、其の岩川郁夫が私を森の中に案内し、自分が仕掛けている虹色の罠を見せた。・・・
「ゆっくり休みなさい」http://green.ap.teacup.com/20060818/3286.html
2017/4/15「先輩達」http://green.ap.teacup.com/20060818/4208.html

2014/10/6・・次の映像は、夜の大都会の高層ビル群が映し出されて来て、其れは塔の様に築かれている、白蟻の巣である蟻塚と、同じ物である理・ことが示されて来た。
明け方の映像には、私が是まで蓄えて来た「知識・智慧・情報・ソース」が、全て、箱の様な物の中に区分されて納められており、其れを受け取る資格のある男性に、次々に別けて渡して行くと、最後に、自分自身の事に付いて纏められているボックスだけが残って、其のボックスは全体から、光を放って輝いていた。
 今朝のメッセージは、昨日女神の言葉で「ゼロからの改革」と告げられて来た事と関係があり、其のゼロからの改革には、先ず、自分自身が何物であるかを認識しなければ、始める事が出来ない様である。
今朝のメッセージに映し出されて来た、幾つかの映像から、私は、人間とは複数の間柄や、群れとしての行動から、我々人類は進化して来ており、其れが人類の特徴であると言う事である。
だから、ゼロからの改革とは、其の、人間が人間として在る事の、分析から始めなければ成らないのであろう。
其れは、私が是まで30年間取り組んで来た、真理の分析とは異なり、宗教的な価値観や立場からではなく、分析学の様な科学的な価値判断から、物事を観極めて行かなければ成らない様である。
此れは、女性の「能力・脳の仕組み・性質」で行う事ではなく、理屈好きの男性の能力・特質でなければ、取り組めない様な世界である。
 今朝の文章の題を、何にするか考えると、今朝のメッセージの映像は、私が気を許している数少ない友人が登場して、人間の原初的行動と、知識の伝達の必要性が示されていたので、「人間」とした。
そして、「人間」を検索し、出て来たヒューマンを検索し、出て来た「カオス」を検索すると「裂け目」との意味が出て来たので「カオス(裂け目の中)の人間」とした。
其れは、カオスが日本語の「高天原」や、老子の言う「玄・道」に通じるイメージが湧いて来たからである。
そして、其処から、私達の意識が発生して来ていると考えれば、カオスの意味の「空間・原初の神々(はたらき)」の言葉が符合して来るので、昨日の「大切(おおきり)な事」のメッセージにも繋がって来る。
其れは、「宇宙・コスモス」と「人間」の関係性を、新たに構築する事に成るのであろう。
・人間(にんげん、英: human)は、社会的なありかた、関係性、人格を中心にとらえた「ヒト」あるいは「人」のことである。また、その存在のありかた全体を指すこともある。
「人間」の意味[編集]
関係性に着目するために「人‐間(あいだ)」という名称があてられたとされている。一般的な辞典類では「人間」という語の解説として次のようなものを挙げている。
社会的な存在として、人格を中心にとらえたひと。またその全体。
人柄。人格。(「人間ができている」などのように使う。)人類。
人の住むところ。世の中。世間。じんかん。
・ヒューマン【human】.[形動]人間らしいさま。人間味のあるさま。人間的。
「貴方に求められているのは ゼロからの改革です。 
貴方にとって最も必要なのは ゼロから全てを考え直す事です。
何故なら 貴方の他にはゼロから物事を考える事ができる人が居ないからです。
他の 学問を積んだ人達は 誰かが思考した事を土台としているので 其の土台を外してしまうと 物事を考える事が出来なく成ってしまうからです。
其の事にこそ 禊ぎ祓いの儀式が必要なのです。
何故 禊ぎ祓いが必要なのか 其れは頭を空にする必要があるからです。
人間の頭が空に成らなければ 此方の情報を受け入れる事が出来ません。
其れに 此方の情報こそが進化を齎す物であり 人間の考えは自分の脳で考える事ですから宇宙とのチャンネルとは成らないのです。
其の意味でも 貴方は常に 無心で在る事が求められているのです。
良いですか 新しい次元の始まりですから 余計な事を考えてはなりませんよ」・・・
「カオス(裂け目の中)の人間 http://green.ap.teacup.com/20060818/3220.html
 
屋久島の中学校しか卒業していない私は、英語が全く使用できない人間である。
其の人間に「ベストを盡くす」「クロスバンク」「ブラックタイムアース」「タイムストレッチ」と、四日間英語の題目が示されて来ている。

其れは、私自身の思考からの物ではないので、私には、今朝示されて来た「主観」や「主体」は無いと言う事に成り、私には「主体的に」とか「主観的に」との言葉は、不似合いであると言う事に成るであろう。

其れを考えると、やはり「ひと」と言う日本語言葉に「人間」の漢字を使うのは、間違いであると言うか、日本人の御魂には合わないので、「霊止・ひと」との概念を日常の会話の中に、復活しなければ成らないのではないだろうか。

何故かと謂うと、其の霊止(ひと)との日本語(大和言葉)の概念が復活しなければ、「空蝉・うつせみ」との言葉を始め、「惟神道・かんながらみち」の言葉の意味が、人間社会の共通概念として蘇る事が無いので、日本人の頭(意識)は命の源へ還る事が出来ないからである。

だが、幸いな事に、西洋人の思考から発生した科学的な世界で、40億年前の生命・いのちの元・原型・すがたが確認された事で、人間の「価値観・概念・常識」が、根本から改革される事は間違い無いであろう。

そうなれば、人間が考え出した古い「主義・主張・イデオロギー・哲学」は、根本から崩壊する事に成り、現代社会のシステムは「無用の長物」であると言う事に成り、其れは社会全体の禊ぎ祓いが行なわれると言う事になる。
「無用の長物」【意味)無用の長物とは、あっても役に立たないどころか、かえってじゃまになるもの。
【注釈】「長物」とは、長すぎて邪魔になるばかりで用をなさないものの意味から、無駄なもののこと。

何れにしても、人類が新しい世間(時間・空間・人間)を創り上げる為には、人間自らが「無用の長物」を除去・整理しなければ、地球自体が40億年前に発生した微生物と一体となり、生命環境を元の状態に還してしまうと言う事なのであろう。

其の動き(波動・チャンネル)に同調する為には、是までの神仏(宗教)の存在や、資本主義や社会主義・共産主義等々のイデオロギーに頼る事を止めて、自分の肉体(心身)を構成している40億年歳の微生物(虫の知らせ)を蘇らせる事である。

其れが、釈迦仏陀の謂う「覚醒・成仏」であり、其の為の「精進」や「帰命・ナーム・リリジョン・religion」なのである。
そして、其の為に日本に傳えられている事が、「産土神」や「身土不二・しんどふじ」の世界であるのだ。

2006/12/9・・其れは「謂」の漢字が示すように、食に拠り、胃の細胞を元に戻さなければ成らない。其れは、胃酸を出す胃の細胞が、人体では一番古い細胞で、40億年前に酸を出して岩を溶かして、生き始めた原始微生物だからである。・・・
「公式サイト」http://green.ap.teacup.com/20060818/118.html

2009/3/22・・方向性の言葉の「性・セイ」は、「心+生」の組み合わせで、「生まれながらに持っている心」の意味である。
今朝のメッセージの意味は、物の存在と、人間の意識の関係性を、明確にしろとの事なのかも知れない。
其れを考えると、先ず、人間の身体に意識を向けなければ成らない。
其の為には、意識の「矢印・→」を、自分の体内に向ける必要がある。
そうすれば、最初に気に成って来るのが、物事を判断している、頭の中に有る脳の存在である。
何故なら、脳は、人間が五感で集めた情報の処理センターだから、其の脳の存在を認めないかぎり、意識の乗り物の話しには成らないからである。
其の脳の働きは、三つの段階に成っており、一番古い「蜥蜴」や「蛇」の脳と同じ古皮質が、自立神経として、無意識に心臓や肺の動きを管理しているので、其の領域は考えなくても良いだろう。
釈迦牟尼佛の言葉には「頼れるモノは 此の自分の肉体だけである」と有る。正に、今朝のメッセージは、其の理・ことに触れて来ている様である。
其の胃袋の事を考えると、人間の身体は、腸内の微生物が生きる為に、食べ物となる材料を集めるのに、人間の肉体を、食物を集める機械として、此処まで創り上げて来ている事に成るのである。
其の様に考えると、私達の意識の底に住み着いて、私達を操っているのは、腸内の微生物様であり、私達人類の肉体は、微生物の乗り物である事になる。
だからこそ、日本の諺・ことわざには、「虫の知らせ」とか「疳の虫が騒ぐ」とかが有るのだろう。
此の様に考えると、私の意識の矢は、矢張り食べ物に向かう事に成ってしまう。
其して、食べ物を栽培して居た頃の、百姓の記憶が蘇って来るのである。
是で、ようやく 自分の肉体に 意識は戻って来た。
「あらゆる物は意識の乗り物」 http://green.ap.teacup.com/20060818/1085.html

此の文章の中に有る・・一番古い「蜥蜴」や「蛇」の脳と同じ古皮質が、自立神経として、無意識に心臓や肺の動きを管理している・・との事からすると、今朝の「タイムストレッチ」との言葉は、私自身の古皮質からの発信であり、其の「蜥蜴・蛇の脳」が時空との関係性を司っていると謂う理・ことである。

そして、其の世界は、時間に縛られる事が無い「タイムストレッチ」の世界であり、其の自由な空間・事象にて、原始細胞のDNA・遺伝子が、命の周波数(自分の電子情報・プログラム)を生活環境に合わせて組み替え、進化を続けていると言う理・ことである。

『ナーム 高天の原』 → 「帰命 自分の腹中の虫」
「聖賢の上に立てるか」→「聖賢を超えたか。更に戻ったか。」

               平成29年7月23日

                     礒邉自適

ブラックタイムアース

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します


   ブラックタイムアース
                         29・7・22

今朝の映像は、先ず、夜明け前なのか、薄暗い世界で、前方の山岳から真っ白く光る球体が私の足元に飛んで来て、私の右足に衝突すると、右側「北東・艮(うしとら)」に飛び去って行く場面が映し出されて来た。

次の映像は、夫婦でレストランを経営している夫婦が、オーナーが来ると言うので、急いで店内を掃除する場面が映し出されて来た。

次に、其のオーナは他にも澤山の事業を行っており、其のレストランの経営を止めるだけではなく、他の事業も全て止める事にして、其の段取りを進めている事が判った。

次に、とても巨大なヒラメの様な横に平たい魚が、一匹だけ、池の様な水の中で泳いでいる姿が映し出されて来て、其の魚は、何故か、頭と骨組みだけであり、停止したまま鰭だけを動かしていた。

次の映像は、其の魚の様子を視る為なのか、上空から白い服装で真っ青なネクタイを締めた青年が、池の岸に降り立つ場面が映し出されて来た。

次の映像は、70歳位の頑丈そうな身体のお婆さんが登場して、私に左眼を白く剥いて見せ、其の後、百面相の様に様々な面に顔を変化させて見せた。

次の映像は、私が山里に有る村を訪ねると、山中から直系が7cm程のパイプで水が引かれて来ており、40歳位の男性が一人で其の水を生かした農業を行っており、其の清水はお金よりも貴重である事を私に傳えた来た。

次の映像は、私が湖水の辺を歩いて行くと、松岡正さんが息子と二人でベンチに腰掛けて居るので、私が声を掛けると、私が置き忘れていたという携帯電話を私に渡した。

次の映像は、私が車の助手席に乗ると、其の助手席の足元には泥が着いたマットが二重に敷かれているので、私は農作業に従事している事が理解された。

私は、自分が農家に復帰して居ると思ったので、其処で目が覚め、起きて時計を見ると時刻は5時5分であった。

そして、頭に「BTA」との言葉が聴こえて来たので、「PTA」の聴き間違いではないかと思ったが、やはりBTAであり、其れは「ブラック・タイム・アース」の意味であり、明日7月23日から地球で何かが始まる事が、意識されて来た。

今朝は、ヤフーニュースに次の様に載っている。

『どうやって生きてるのか…「常識外れ」の細菌、泉で発見
        7/21(金) 23:27配信
発見された細菌の一種を光らせたもの。緑の点一つ一つが細菌を示している(海洋研究開発機構提供)
 どうやって生命を維持しているのか分からない「常識外れ」の細菌を、海洋研究開発機構などのチームが発見した。細菌は、太古の地球に似た環境で生息しており、生命の起源解明につながる可能性があるという。英科学誌に21日、掲載された。
 同機構の鈴木志野・特任主任研究員らは、米カリフォルニア州で、地表に現れたマントル由来の岩石に湧く泉で、どのような生物がいるか調べたところ、27種の微生物の遺伝子が見つかった。周辺は強アルカリ性で、約40億年前の地球に似た過酷な環境という。
そのうち、岩石に付着した細菌では、酸素を使った呼吸など生命維持に必要とされるエネルギーを得るための遺伝子を一つも持っていなかった。
この細菌が生きる仕組みは不明だが、岩石から電子を直接得たり、未知の遺伝子が働いたりするなどが考えられるという。細菌の全遺伝子数は約400で、ほかの生物の細胞に依存するものを除き、全生物で最も少なく、研究チームは「常識外れの細菌」としている。鈴木さんは「想像もしない仕組みの生物の存在に驚いた。未知のエネルギー源の解明につなげたい」と話した。(竹野内崇宏)』
      朝日新聞社

此の発見は、私にとって物凄い出来事であり、私が是まで、地球生命の発生が40億年±2億年前である事と、覚醒・仏陀のチャンネルが其処に「帰命・ナーム・リリジョン・religion」する理・ことであると謂い続けて来た事が、此の説明に有る「・・岩石から電子を直接得たり・・」との言葉で証明された事に成る。

2003/8/7・・私が何故、この様な事を言うかというと、未だ「生命(いのちあるもの)」と「物(いのち無きもの)」の境界が、ハッキリと定義出来ていないと思うからである。現代社会は、科学が発達して、人間の肉眼では見えない小さな生き物の存在が、明らかに成って来ている。
近年の報告によると、地下数千メートルにまで、岩石の中に微生物が住んでいて、その総量は地上の全生物量よりも多いそうである。その微生物は、岩石を利用し、硫酸や硝酸と鉄を化学反応させ、そのとき発生するエネルギーを使って有機物を創り出して、生きているという。
40億年(±2億年)も前から、その様な微生物が活動して、地球の環境を変化させ、現在の生物が生きられる環境に地球を整えて来たのである。
では、私達人類と、40億年前の微生物とは、いのちの繋がりが有るのでしょうか。私は、確かに現代まで、その働きは継続していると考えます。人間の體の仕組みは、複雑な様に見えますが、原理は簡単です。
人間は、堆肥の材料を集めて回る為に、現在の體の仕組みを作り上げて来たのです。
植物は、土の中に根を広げて栄養を吸収していますが、人間は堆肥工場として腸を造り、栄養を吸収しています。人間の體の仕組みは、植物と裏表が逆に成っているだけです。
岩石を、酸で溶かしていた微生物は、現在は動物の胃袋の細胞と成っており、口から入って来た材料を胃酸で溶かします。そして、小腸の細胞が根を出して、消化された栄養を吸収しているのです。
植物も根から酸を出して、岩石を溶かして吸収しています。
例を挙げると、自然芋(山芋)が、芋に生えている産毛の様な白い根から、酸を出して土や砂を溶かして穴を開け、同時に溶かしたミネラル分を吸収して、蔓や葉に送って繁茂し、其の葉が炭酸同化作用で得た澱粉で、自分の芋を大きくして行きます。・・・
「生命の源点」 http://moon.ap.teacup.com/20061108/448.html
「トウモロコシの根の粘液」http://green.ap.teacup.com/20060818/3496.html
「新規雑学」http://wave.ap.teacup.com/20060106/670.html

今朝の未明の映像で、夜明け前の暗い景色の中で、前方の山から飛んで来て北東・艮(うしとら)の方向に飛び去った真白く輝く球は、屋久島の山岳に祭られている「一品宝珠大権現」と関係が有り、其の「如意宝珠」が動き始めた事を示唆しており、其れが「ブラックタイムアース・BTA」の言葉と関係が有るのだろう。

2013/11/2・・私が、其の大村雄一氏に出会ったのは1992年(H4)5月20に大村氏が私の阿蘇の自宅に訪ねて来た時からだが、其れから私の方が、大村氏の自宅に1993年7月4日に泊めて貰った時に不思議な現象が有った。
 私が4日に、部屋の中の本棚に澤山並んでいる本の中から、一冊の本が気に成って取り出して読みながら寝てしまった。其の本は、ナムカイノルブ著「虹と水晶・チベット密教の瞑想修行」(法蔵館)である。
其の4日の夜の霊夢には、次の様な映像が映し出されて来た。
私が【白い球】を鉄の棒より、そっと抜いて両手に持って歩いて行くと、子供が二人居て私に「カードを拾え」と云う。私は、子供に両手に持っていた球を渡して、其のカードを拾った。其のカードは二枚であり、其のカードを持って街の中を歩いて行くと、人通りの無い交差点に出た。すると、十字路の対面の右角に三十代後半の男性が立って居て、私に手で「左へ曲がれ 左へ曲がれ」と合図をするので、左に曲がって建物の中に入った。
其の建物は、カジノの様な所であり、私は其処に居る人達の財を全部手にする事になった。
 そして、朝起きて、其の本を再び読むと、岩壁の中に、球を納める事が書いて有るのである。
何と、私の見た霊夢の場面と、其の本の内容が連続していたのである。・・・
「楠木正成の祖父」http://green.ap.teacup.com/20060818/2858.html
2017/1/1「魂の復活プロジェクト」http://green.ap.teacup.com/20060818/4102.html

私は、今月7月17日に、明日の日付である7月23日が、自分のスケジュールに関係有る事が示されて来ている。
「・・そして、私は自分自身のスケジュールを確認して居なかった為に、其の様な状況に追い込まれている事を自覚して居た。そして「7月23日」の日付が示されて来た。・・・」

其の事と今朝のメッセージが関係有るのなら、BTA(ブラックタイムアース)の言葉が其れに関係が有り、明日から地球の「黒・陰・闇」の時間が動き出すとの事なのかも知れない。

其れを考えると、今朝の左眼を白く剥き出して見せた百面相のお婆さんは、右目が見える事を示唆しており、「伊邪那岐命・いざなぎのみこと」の禊ぎ祓いで、右眼から生まれた「月讀界・つきよみかい」と関係が有り、「月讀尊」の性別は記されていないと言う事なので、其の本体が姿を見せたと言う事に成るのかも知れない。

其れに、エジプトでもミイラが納められた棺には籠に乗せられた片目が記されているので、「ウアジェトの目」(左目)が同じ物であるのかも知れない。
・・ウアジェトの目」は「全てを見通す知恵」や「癒し・修復・再生」の象徴(シンボル)とされた。またホルス神が癒された目を父オシリス神に捧げたというエピソードから、供物の象徴(シンボル)ともされた。・・
ウィキペディアフリー百科辞典 2017/7/22現在

其れに、昨年の7月23日の文章は次の様な内容である。

2016/7/23・・其れに、釈迦牟尼佛は教団組織を造る事を禁止しているし、イエスキリストも教団施設を建造する事や、集団で祈る事を禁止している。
そして、私がレベルの高さを認めている、中国の「老子」や、私を此の神の世界に入れた故「土肥無庵」は、弟子を一人も採ってはいないし、「大倭あじさい邑」の創設者である故「矢追日聖」は「私は 弟子や信者は 一人も要らない」と謂って居た。
私自身も、宗教教団は創設してはいなし、弟子や信者と謂える様な相手は、一人も居ない。
 今朝は、本日のメッセージを書き上げてから、畑に下りて、作物に水を散布したり、西瓜やオクラ・ナス・胡瓜などの収穫をして来て、汗を流す為に風呂に入って居ると、自分は「老子や、釈迦や、土肥無庵」等の上に、立てるのだろうかとの、疑問の様なモノが浮かんで来た。
歴史や、時間的な世界で考えると、いまを生きている自分が、彼等の上に立って居る様な気がする。其れは、彼らが過去の人達なので、進んでいる自分の後・足下に見えると言うか、感じるからであろう。
だが、其れ等は、三次元の時間的経過から生じる価値観からのモノであって、精神的世界で考えると、彼等の魂しい・存在は、天国と言うか天空・天界に存在するので、自分の頭上に在って、足の下や後に存在する譯(わけ)ではないのである。
其れ等の事を考えると、私は死んでからは兎も角、彼等の上に立つ事は出来ないと言う理・ことになる。・・・
「聖賢の上に立てるか」 http://moon.ap.teacup.com/20061108/644.html

今朝のメッセージの映像では、様々な事業を行っていた男性が、全ての事業を止める事が示されて来て、残された物は、頭と骨組みと全体の鰭・ひれだけであった。

其れは、残された物が宇宙・神の存在と謂うか、働きである事を示唆しており、人間が行う事柄(経済活動)は、痩せたり太ったりする肉にしか過ぎないと言う理・ことが、示されて来ているのかも知れない。

そして、天空から、白い服装で真っ青なネクタイを締めた青年が降りて来て、其の池で鰭を動かしている魚の骨組みを視ていたのは、其の青年が、新しい肉付け(筋肉組織)を行なうと言う事なのではないだろうか。

其れから、私が農作業の車の助手席に乗る場面は、其の青年が地上に降りて仕事を始めるので、私は隠居をして、静かに老後を過ごせば良いとの事なのであろう。

其れを考えると、松岡正さんが湖水の辺のベンチに座って居て、私に置き忘れていた携帯電話を渡してくれたのは、松岡氏が「大山祇神・おおやまづみかみ」を祭祈している瀬戸内海の大三島出身であるので、大山祇神が私に連絡手段を返還したと言う事に成るのかも知れない。

だが、連絡は途絶える事に成っても、清い水の存在だけは、今後も大事にしろと言う事が、「・・私が山里に有る村を訪ねると、山中から70mm程のパイプで水が引かれて来ており、40歳位の男性が一人で其の水を生かした農業を行っており、其の水はお金よりも貴重である事を私に傳えた来た。・・・」場面の意味なのであろう。

其れは、世界自然遺産に登録された屋久島の自然の中で産まれ育った、私の心身には清い水の世界が、なくては成らない物であるとの理・ことが、示されて来ているのであろう。

2013/7/5・・今朝のメッセージの要点は、三次元世界である人間社会を動かす言葉を発する人間は、清い水が流れる森の中に住み、人間社会のカルマ・業・垢に塗れる事無く、生活をしなければ成らないと言う理・ことであろう。
其れは、今に始まった事ではなく、日本の伝統として、神社が建っている伊勢神宮や、斎宮・巫女の存在として古代から伝承されている事柄である。
問題は、其れが形だけ伝わっており、実質が伴っていないだけである。
「清い心」 http://green.ap.teacup.com/20060818/2738.html

2006/1/6・・22年前に、私が屋久島で神の世界に入った時に、白龍が私の身体に巻き着いて来て、私の頭と、自分の頭を取替え、私の頭は地球にしてしまうと言う、強烈な霊夢を体験した事がある。
後に、其れが「白山権現」である事が判った。
だから私は、白山権現とは、22年前からの付き合いがある事に成るのである。
その所為か、私が全国廻って住む事に成る住まいには、必ず川か、池か、プールが着いている。どうやら、私の守護霊は、水が近くにないと、都合が悪いらしいのだ。全国でも一番古い神は、山の分水嶺に祭る蛇の神である。
其れは、分水嶺の神木に、藁や萱で作った龍体を巻き着けて、酒や米を奉納して祈る風習・儀式である。世界中に、其れと似た様な仕来りが存在するらしいので、人類にとって一番古い概念なのかも知れない。
其の、地球全体に影響を及ぼす龍蛇の神が、警告を告げて来て、更に嘆願もして来ているのは、人類に、早く生き延びる対策を執れとの事だろうか。
人間を、滅ぼすのは簡単な事ではあるが、全部の人間を始末するのは、神の望みではない。
人間こそ、神の存在の最前線の姿なのである。人間が、全部滅亡する事は、即 神の存在が無意味に成る事でもある。だから、人間に、生き残る様に嘆願して来ているのだ。
早く、目覚めた人達が行動しなければ、此の侭ジリ貧で環境は悪くなり、地球のエネルギーが無く成って行くのである。だから、神々は、地球に力が残っている内に、バランスを建て直したいのだ。
其の為にも、人間の言葉を元の処に返し、共通概念を構築しなければならない。言葉は、幾つもの意味を含むので、正しいレールから外れ易いのである。
その所為で、言葉が本来の意味から外れ、神とのコミュニケーションが取れなく成ってしまっているのだ。
警告と嘆願が、一枚の木葉の様に裏表に成っている理・ことなど、普通の人には理解出来なく成って来ている。其れが、神々を近くに感じて居た時代と、今の時代の違いである。言葉を正しくすると言う事は、魂しいを元に戻すことでもある。魂しいを、元に戻すには、先ず、生活を正さなければ成らない。
生活を正す段取りを、何から始めれば良いのか。其れに取り組む事が、我々に与えられた使命であり、其の事より他に、生き残れる道は無いのだ。・・・
「龍蛇の警告」http://star.ap.teacup.com/170606/714.html 

               平成29年7月22日

                     礒邉自適

クロスバンク

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します


     クロスバンク
                                  29・7・21

今朝のメッセージは、先ず、PC作業として、私の個人情報が、全て抜き出されて纏められる場面が映し出されて、其れに、新しい情報を追加して行かなければ成らない様子が映し出されて来た。

其れは、自分で自分の伝記本を作る様な作業なので、私は少し戸惑って居り、自分で伝記本を出版するのは、人気が無いと謂う理・ことを思って居た。

其処で意識が目覚めてしまったので、起きて時計を見ると時刻は丁度3時00分であった。

其れから再び眠ると、「国の基・くにのもとい」との言葉と「クロスバンク」との言葉が告げられて来て、私が自分の人生に付いて情報を纏め上げる事が、其の二つの言葉と関係が有る事が示されて来た。

其れに、其の事は「帰命・ナーム・リリジョン・religion」の一環であり、「自由の立場に留まる事」に、必要である理・ことが示されて来た。

次に、「青いトマト」が二個、枝に着いている映像が映し出されて来て、其れは「完熟したトマト」の次の段階・ステップである事が示されて来た。

次に、カラー写真が掲載されている雑誌の表紙の様な画面が映し出されて来て、其の画面はPCの様な電子画面であり、中央で左右が仕切られており、左側の画面はテレビ画面の様に、常時人間社会の出来事がニュースの様に映し出されて来ている物であった。

そして、其の左側の画面に、自分に関係が有る情報が映し出されて来た時に、右側の画面に存在している自分の枠をタッチすると、其の情報が其処の枠に収録される事が示されて来た。

今朝は7時に起きて、先ず「クロスバンク」の言葉を調べると、・「クロス(cross)」十字。・「バンク(bank)」銀行、貯蔵するところ。と、載っている。

此の「クロスバンク」との意味からすると、クロスは「交わる」との意味が有るので、クロスバンクとは【「交わり・結び・縁」を「貯蔵」する。】との意味合いに成るので、日本の神道の世界である「結び」の概念が、新しい形で示されて来ている事に成りそうである。

其の事を考えると、今朝のメッセージの全体の雰囲気が理解されて来るし、其の事の為には、自分の人生・生涯の出来事を全て纏め挙げて、総合的に認識する必要があり、其れが出来なければ、「自分」と「宇宙・コスモス・天神(てんのはたらき)」との関係性・結びが、明確に成らないとの理・ことが示されて来ている様である。

其れを考えると、確かに、自分の人生に起きた事を明確に把握しなければ、自分の人生と謂うか、自分の「さだめ・使命・運命」が自覚できないし、其れが明確に成らなければ、天神(てんのはたらき)との関係性が明らかに成って来ない事は顕かである。

此の様な理・ことを自覚させられるのは、初めての事である。

其れに、「クロスバンク」との言葉は、「クリスト・Christo・キリスト」にも関係が有り、「正しい王・新しい王・真実の王」がどの様な者であるかが、示されて来ているのかも知れない。

キリスト【基督】
〔ヘブライ語「マーシーアッハ(メシア)」のギリシャ語訳クリストスの転。元来、油を塗られた者の意で、王に与えられた称号だった。紀元後一世紀には、この世の終末に現れる救世主の意味になる〕 イエスの敬称。のちイエスそのものをさす。クリスト。 〔「基督」とも書く〕大辞林 第三版の解説

其れに、此の「基督・キリスト」との訳し方から考えると、今朝「クロスバンク」の前に告げられて来た「国の基・くにのもとい」との言葉とも通じるので、確かに今朝は「新国の基督」と成る人物が、どの様な理を認識していなければ成らないかが、示されて来ている事に成る。

其れに、今朝の映像に映し出されて来た、雑誌の表紙の様な画面の左側は、上下にカラー写真の様な画像が枠内を占めており、其の中間に細い私の枠が挟まっていた。

其の画面の割合・振り付けから考えると、其れは釈迦仏陀の謂う「三世、過去・現在・未来」の世界を現している物であり、私は其の過去と未来の間に挟まった「いま・現在」と謂う狭い枠・トキの中に、存在する意識体で在ると謂う事に成る。

2008/10/18・・其の、三段に別れている文章が、私の意識作業で、一つの章に繋がる事の意味は、過去・現在・未来の事が、私の是までの作業で、一つの繋がりを持つ事に、成功したとの事を、意味しているのかも知れない。
其れは、釈迦牟尼佛の言葉である、「過去・現在・未来の三世に 私の存在が在り、現在の私は、過去の情報の因果で存在して居り、未来の因を創造するのは、現在の私である。」との意味である。
其の、釈迦牟尼佛の言葉を参考にすると、私は今朝、三世を繋ぐ事に成功したと言う事に、成るのではないだろうか。其れこそが、日本の伝統である「天津日嗣・あまつひつぎ」との意味なのかもしれない。・・・
「三章の文章」http://green.ap.teacup.com/20060818/921.html

2015/10/29・・今朝は、朝起きてPCを立ち上げると「ななめ読み」との言葉が有ったので、女神のブログを開くと、続きの言葉が告げられて来た。
ななめ‐よみ【斜め読み】[名](スル)全体の流れをつかむために、細かい部分は所どころ飛ばして早く読むこと。「パソコンを使って新着ニュースを―する」
「貴方は 全ての事を 知ろうとする必要はありません。
何故なら 不必要な情報まで入力してしまう 恐れが有るからです。
其れは ななめ読みをする事で 本当に必要な事だけが認識されるからです。
其れは 全体の事を網羅しなければならないが 全ての事を 審査する必要が無いからです。
貴方は 自分の役割として自分が出来る範囲の事だけを しっかりと把握すれば良いのです。
残された 人生を ゆっくりと過ごす事で 是まで 誰も認識出来なかった事が 認識できるでしょう。  」
今朝のメッセージの映像から考えられる事は、ブッダと成った釈迦の言葉に三世「過去・現在・未来」が有り「衆生一切我が子」と有るので、其の世界が今朝映し出されて来たのではないだろうか。・・・
「過去と未来」 http://green.ap.teacup.com/20060818/
2003/11/24「生命プログラム」http://star.ap.teacup.com/170606/92.html

これ等の内容からすると、今朝のメッセージは、一昨日のメッセージ「日漏衰退」の・・明るいPC画面の様な物が映し出されて来て、左側の表示枠内には、是から右側に打ち出さなければ成らない文章の題や、章の番号・記号が、縦に無限に並んでおり、右側の方はまっさらの空白で、未だ一文字も打ち出されていない事が理解できた。・・や、
昨日のメッセージ「ベストを盡くす」の・・私が何もしない状態で白い建物に住み、完全なセキュリティの管理の下、老後「93歳11月23日」を迎える事を示唆していた。・・・との事の続きが、今朝映し出されて来た・示されて来たと言う事に成りそうである。

そして、今朝のメッセージの映像に映し出されて来た、三世の情報管理の有り方を考えると、其れは日本の「天津日嗣・あまつひつぎ」の伝統である「統尊・すめらのみこと」の役職名と、「御嚴・みいつ」の役割りである「厳・嚴・ゲン・ゴン・おごそか・きびしい」が、グローバル化した現代社会に通じる新しい言葉「クロスバンク・crossbank」として、表現されて来た事に成るのであろう。

其れを考えると、老子の言う「道・タオ」の漢字の意味が「行(交差点・十字路)+首(頭脳・ビジョン・デザイン)」の組み合わせである事と関係が有り、老子の謂う「道・タオ」の世界が、四次元的表現から、人間が誰でも認識される三次元的表現が示されて来た事にも成る。

其れは、「道徳」との老子の世界だけではなく、釈迦仏陀の謂う「ダルマ・法」の世界や、イエスキリストの謂う「永遠の命に入る為には・・云々」との事が、具体的な言い方(諏訪・すわ)として、示されて来た事に成るのではないだろうか。

そして、今朝のメッセージで其の事が「帰命・ナーム・リリジョン・religion」の一環であり、「自由の立場に留まる事」に必要である理・ことが示されて来たのは、其の事と言うか世界を理解する事が「帰命・ナーム・リリジョン」の最大の目的であり、其の理に目覚めた者だけが、「真の自由の立場に留まる事が出来る」と謂う理・ことなのであろう。

其れは、「クロスバンク」の世界を理解する者だけが、権力を求めたり、他人の指示を待ったりする事から、離れて、真の自由を獲得すると言う理・ことである。

今朝のメッセージの映像に、枝に着いている二個の「青いトマト」が映し出されて来たのは、6月17日のメッセージの映像に映し出されて来た「完熟したトマト」の木の、上位の枝に、次のトマト二個が着果して来ている事が示されて来ており、次の段階・ステップが始まると言う事なのであろう。

今朝のメッセージは、統尊(すめらのみこと)の御嚴(みいつ)が、左側の「三次元世界・現実界」と、右側の「四次元世界・三世(過去・現在・未来)」の「嚴・
口口(すり合わせ)」に有ると言う事なので、釈迦仏陀が予言した「彌勒菩薩(みろくぼさつ)・maitreya(マイトレーヤ)」が「有情・ウジョウ(情報を齎す者)である事とも関係が有りそうである。

其の事を考えると、本日の「クロスバンク」との言葉は、其の弥勒菩薩の世界とも関係が有り、日本の「結び」、中国の「道・行+首」、キリスト教の「クリスト・メシヤ・救世主」などの概念(言い傳え)が、現実と成る時節を迎えた事に成るのであろう。

其れが、「トマト」の姿で表記されて来るのは、アンデス・南米の「ククルカン・ケツァルコアトル・時間の操縦士」の「神(はたらき)」とも関係が有るので、私の時間・スケジュールが管理されている事と関係が有り、私のセキリュティを管理しているのは、アンデスのトマトの神であると言う事に成るのかも知れない。

其の様に捉えると、今回の出来事・アセンションは、世界規模・全人類・地球規模で起きる事であり、其の舞台はコスミックの時空を越えた領域で開催されると言う事が、明らかにされて来ている事になる。

其れは、イエスキリストの「十字架・クロス」と関係が有り、自分の十字架を背負って、ゴルゴダの丘に立つと言う事であるのかも知れない。
34節「わたしの後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」。
2004/12/13「キリストの手足」http://star.ap.teacup.com/170606/501.html?rev=1

今日は、アップするトマトの写真を見て、以前に十字架のイエスの肉体に代わって、金色の瓢箪が十字架にぶら下げられていた事を思い出した。
其の事が、今朝の「クロスバンク」のメッセージと関係が有るのなら、イエスキリストが予言した「其の時」が到来したと言う事なのかも知れない。

2012/5/24・・イエスキリストの言葉には「そのトキには 一番さきの者が 一番あとに成る」と有るので、其のイエスが謂う「そのトキ」が近付いているのかも知れない。イエスキリストの謂う「其の時期・そのとき」を、如何に、穏やかにソフトランディングさせられるか、其の事に、私の役割が必要とされて来ているのであろう。そして、十字架に着いているヒョウタンは、キリストの御霊を意味しているのではないだろうか。
「政・まつりごと」http://green.ap.teacup.com/20060818/2318.html

2013/6/29・・そして、次に映し出されて来た映像は、広くない部屋の中に、姿はハッキリしないが、70歳くらいの男性が座って居て、其の背後の床の間には、十字架の中央に瓢箪・ヒョウタンが一個付いている絵が描かれていた。
其の瓢箪の絵は、私が此の世界に29年前入った時に、見た事が有る構図である。
其れは、船行川の下流の岸の岩の上に、私が座って瞑想をして居ると、木漏れ日が当たる水中で何か金色に光る物が有るのに気付いた。
其の光る物を良く見ると、渕の中に沈んでいる四角な黒い石の表面に、金色の十字架が有り、其の十字架の中央に、同じ金色の瓢箪の様な形が付いていて、其れに太陽の光が当たり、キラキラと光を放っている事が判った。
其の金色の印は、堆積岩の中央に、石英が模様を作っている物であった。
私は、其の印を見て「十字架」と「イエスキリスト」を示しているのだと想って、弟の正也と、妹の夫に協力を頼んで、男性三人で其の石を水中から引き揚げ、ジープに積み込んで実家の庭に運んだ。
其の石は、今でも実家の庭の何処かに置かれているはずである。
「道・衜・ドウ」の漢字は「行+首」の組み合わせで、「行・ギョウ」は「十字路・交差点」の象形であるので、何処に向かうかを判断・選択する必要がある事を示している。
今朝のメッセージの映像は、人間が進む道の方向性を示す道標として、私に「呟き・ツイッター・囀り」を開始しろとの事ではないだろうか。其れは、リアルタイムで「神の言葉・天の指示」を発信しろとの事であろう。
其れは、昨日の「意う気持ち」の詩と関係が有り、神の意いが、人間社会に伝えられなければ成らない時節が到来した事を、示して来ているのであろう。・・・
「完了忍者」 http://green.ap.teacup.com/20060818/2732.html

                平成29年7月21日

                      礒邉自適

ベストを盡くす

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します


    ベストを盡くす
                                  29・7・20

今朝のメッセージの映像は、先ず未明に、私の意識が厳重なセキュリティが掛かっている高級住宅地に在って、一軒の真っ白い平屋の建物を見ている場面が映し出されて来た。

其の映像の意味は、私が何もしない状態で、其の白い建物に住む事を意味しており、完全なセキュリティの管理の下で、老後を迎える事を示唆していた。

そして、明け方「ベストを盡くす」との言葉が示されて来て、其の言葉の下に()付きで「93歳11月23日」の文字が記されていた。

其処で、起きて時計を見ると時刻は6時14分であったので、私は其の数字を「614・むいし・無石・無意思」と記憶した。

今朝のメッセージは其れだけであるので、私の今後の在り方に付いて、示されて来ているのであろう。

「ベストを盡くす」との言葉は、神霊界が私の今後の在り方にベスト(最善)を盡くすとの意味合いが有るが、私自身も自分でベストを盡くす必要が有る理・ことが、感じられる雰囲気であった。

「尽・盡・ジン・つくす・つきる・つかす」【解字】会意。甲骨文は「聿+皿」聿は、はけを手にした形にかたどる。皿は、うつわの意味。うつわの中をはけではらってからにするさまから、つきるの意味を表す。篆文は、「皿+聿火」。常用漢字の尽は省略体による。盡を音符に含む形声文字に燼などがある。
【字義】①つきる。㋐なくなる。終わる。きわまる。「無尽蔵」㋑死ぬ。命がつきる。②つくす。㋐なくす。きわめる。ありったけを出す。「尽力」㋑皆殺しにする。③ことごとく。すべて。みな。④つごもり。陰暦で月の30日を大尽、29日を小尽という。
           漢語林より 

此の尽・盡の説明には、「㋑死ぬ。命がつきる。」との意味が有るので、今朝のメッセージは、確かに、私の今後・老後の在り方に付いて、示して来ている事は間違い無い様である。

其れに、「ベストを盡くす」との言葉の下に、小さい文字で(93歳11月23日)との事が記されていたのは、私が祖父の命日が「9月23日」で、父親の命日が「10月23日」なので、私が11月23日に死ねば、数字的に縁起が良いし、子孫の月命日の祭祈が面倒では無いと思っている事が、反映されているのであろう。

93歳の11月23日は、2040年11月23日「勤労感謝の日・新嘗祭」の日である。

今朝私が起こされた時間が6時14分であり、私が其の数字を「614・むいし・無石・無意思」と記憶したのが当たっていれば、私は今後「無意思」で暮らせば良いし、石に対する祭祈からも、足を洗って良いと言う事に成る。

其の様に考えると、昨日のメッセージに映し出されて来た、是から文章を打ち出さなければ成らない、真っ白なPC画面の存在は、後輩達に用意されたモノであり、私は其の課題を後世の人達に残せた事に成る。

其れは、日本人に与えられている「天津日嗣・あまつひつぎ」世界が、今後も引き継がれる事なので、私は今後「614・むいし・無石・無意思」にて、老後を過ごせば良いと言う事であり、是までの私の努力に報いる為に、神霊界が最善の努力・セキュリティを図ってくれるとの事なのではないだろうか。

2010/1/2「儘」http://green.ap.teacup.com/20060818/1391.html
 
               平成29年7月20日

                     礒邉自適

日漏衰退

     クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します


     日漏衰退

                                  29・7・19

今朝のメッセージは、昨日7月2日の日付に触れた事と関係が有るのか、私には新しい意識の世界に旅立たなければ成らない事が示されて来た。

其れは、神話は現実の事ではないので、人類の意識を現実(真実の世界)に戻す為の、物語を製作する必要が有ると言う事の様である。

今朝のメッセージの映像は、先ず、私の文章の存在が映し出されて来て、其の文章の中に「日漏」の漢字が有って、其の「日が漏れる」事で、此の世界が衰退・希薄・不真実に成っている事が、四文字単語として示されて来た。

私は、其の四文字がどの文章に書いて有るのかと思って、自分の文章を「日漏」で検索を掛けて見たが、幾ら探索を続けても、其の文字が記されている文章は発見出来なかった。

其処で照明を点けて時計を見ると、時刻は3時15分であり、長短の針が3の所に重なっていた。

そして再び眠ると、今度は、現実には存在しない、日の光に照らされて聳えている、ヒマラヤより標高の高い尖った山が映し出されて来て、其の山の頂上は二瘤に成っていた。
私の意識は、其の山に行かなければ成らないと意って、旅に出発する事に成った。

次の映像は、私が電車に乗って、目的地に向かって居ると、眠り込んで居た為に二駅通り過ぎてしまい、其処で降りなければ成らない事に成った。
そして、何故か、私が持って居た紐が其処で長さが切れてしまっており、其処から先に進む為には、紐を必要なだけ継ぎ足さなければ成らない事が判った。

其れで、駅の近くに住んでいる65歳位の男性に、「居眠りをして居て 乗り過ごしてしまった」と傳うと、其の男性が「此の列車は居眠り厳禁であり 判明したら罰金を払わなければならない」と謂った。

私は、「紐の長さが足りなく成ったので 何処かで紐が手に入らないか」と訊ねると、其の男性は知らないとの事で、「引き返した方が良い」と謂うので、私が駅舎の方に向かうと、其の駅舎には御握りや果物などが、少し並べられており、到着した列車は一両編成であり、運転している70歳位の男性に、「来れは 上りか下りか」と訊ねると、其の老運転手は意味が判らない様でキョトンとして居た。

其れから、山の方に向かって歩いて行くと、池の所に一人のお婆さんが居るので、私が話し掛けると、其のお婆さんが「以前は 清らかな水が流れて来ていたので 鯉も元気だったのだが 近頃水が濁っていて水量も少ないので 鯉の元気がない」と謂うので、私が水源の方に様子を見に登って行った。

すると、水源の所の水路には、木の枝葉が詰まっており、其の為に上の方がダムの様に水が堰き止められており、植物プランクトンによる水の華(緑藻綱の大量発生)で濁っていた。

其れで、私は、水源から用水路を下りながら、全ての塵を取り除くと、勢い良く停滞して水が流れ下り始めた。

私が、お婆さんが居た池の側まで帰って来ると、其のお婆さんの姿は消えてしまっていた。
私は、其の居なくなったお婆さんは「瀬織津比売・せおりつひめ」だったのではないかと思って居た。

次の映像は、山中に石の祭壇の様な物が有って、其の祭壇の上には、雄の睾丸の様な形をした二個の石が御神体として、祭られていた。

次の映像は、木々の葉が茂る森林の中に、緑色の服を着た中年の女性が一人潜んで居るので、何をして居るのだろうかと意い様子を調べると、其れは、敵(男性の群れ)から攻撃を受けているからである事が判ったので、私は其の女性を助ける為に、道を探しながら山を下って行った。

私は、其の女性を「神功皇后」か「伊邪那美命・いざなみのみこと」かの様にではないかと感じており、神話の物語を書き直さなければ成らないと考えて居た。

次の映像は、田舎の道路脇に木造の古い土産品店が有り、私は由香と二人で其の店を手伝う事に成った。
すると、其の店の事に詳しい65歳位の女性が遣って来て、家の横に隠されている設備を、開くと謂うか、組み立て始めると、其れは夏期用の出店の骨組みである事が判った。

私達は、植木鉢に植えられている植物を、店の中や周囲に配置して、水掛などを行い始めた。

次の映像は、畑の方に行って見ると、完全に発酵が終わって扶養土に成っている堆肥が、山の様に積んで有るので、私は、是なら直ぐに野菜作りが始められると思って居た。

其れから、明るいPC画面の様な物が映し出されて来て、左側の表示枠内には、是から右側に打ち出さなければ成らない文章の題や、章の番号・記号が、縦に無限に並んでおり、右側の方はまっさらの空白で、未だ一文字も打ち出されていない事が理解できた。

今朝は、其れ等の事に付いて長らく考えて居ると、8時のチャイムが鳴ったので起きてPCを立ち上げた。

今朝の映像で、最初に示されて来た四文字単語の「日漏〇〇」の意味は、日は太陽の象形であるので、「天照坐皇大御神御魂 ・あまてらします すめおおみかみ のみたま」の「神(はたらき)」を意味しており、其の「日・霊・ちから」が漏れてしまっているので、現在の人間社会は神の力が「衰退・希薄・不真実」の状態に落ち込んでおり、此の儘では「霊止・ひとの社会」が滅んでしまう理・ことを、知らせて来ているのであろう。

そして、其の事を改善する為に、私に新しい旅を始めろと言うか、次の次元に進む・取り組む必要が有る事が、示されて来ているのであろう。

今朝のメッセージの内容からすると、私が1984年11月22日に「伊雑宮・いざわのみや(磯部の宮)」が在る三重県志摩市磯部町で、祭神である「天照坐皇大御神御魂」に「過去に八回トンネル潜りび失敗して 今回が最後のチャンスである」と告げられた事が、人間の気付きが遅い為に、未だ目処が立っていないと言う事であり、其れを解決する為に、新しい理論が必要である事が、示されて来ているのではないだろうか。
「定着した画像」http://green.ap.teacup.com/20060818/770.html

今朝の最後の映像には、沢山の文章をアップしなければ成らないPC画面が映し出されて来たが、未だ其の画面には、一行も文字が記されていなかった。

其れは、昨日のメッセージの映像で、本分だけではなく、序文・序章の文章も古すぎて読み取る事が出来なかった事と関係が有り、其れは現代社会の文章の綴りには「日・霊の力・エナジー」が何も含まれていないので、全ての文章が人類の目覚め(トンネル潜り・次元上昇・アセンション)には、使用出来ないと言う理・ことなのではないだろうか。

其の様に考えると、其の解決策が、今朝のメッセージの映像に表現されていると言う事に成るのだろう。

今朝のメッセージの映像を、私し成りに分析すると、次の様になる。

一、日の光に照らされて聳えているヒマラヤより標高の高い尖った山、其の山の頂上は二瘤に成っていた。

・仏教の須弥山の概念だけではなく、昔から世界中で、山岳に神が存在すると考えられて来た事と関係が有り、人間の意識の目覚めには、塔の様に立つ岩山の存在が欠かせない。

・山の頭頂が、二瘤に成っていたのは、人間の意識は、大脳が左右に分かれている事と関係が有り、会話が出来る男性の朋友が必要不可欠である。

・生命(DNA・遺伝子)を継続・維持する為に、男女・雌雄の働き(情報)が必要不可欠である。(双魚の世界)

・人間が作り出した電波通信の世界は、人間が頭で考え出した情報だけであるので、岩山(岩戸・地磁気・第三の眼・シリコンの周波数)を理解しなければ、真理の世界を認知する事ができない。

二、列車に乗って、居眠りをして紐が足りなく成ってしまった事。

・人生は、自分が有時間の列車に乗り込んで居り、居眠りをする事は、持ち時間を失うだけではなく、自分の生命の絆を断ち切ってしまう事になる。

・其れに、一度居眠りをして、乗り降りのチャンス・機会を失うと、食べ物は同じ様に食べる事が続けられても、自分の行き先がどちら向きで、「帰命・ナーム・リリジョン・religion」がどちら向きなのかの判断ができなくなる。(人生の方向性・羅針盤が狂う)

三、お婆さん(瀬織津比売)が、池の側に居て、水の流れが汚れて悪く成っている事を私に傳う場面。

・水は流れているからこそ、水の役割りを果たしており、清く澄む事ができる。
だから、ダムで堰き止められて動かない水は、本来の働きの水ではない。

・清い水でなければ、肉体にも良くないし、禊ぎ祓いの儀式を行っても、細胞感覚・意識が目を覚まして発動する事が無いし、穢れが除去される事も適わない。

四、山中に石の祭壇の様な物が有って、其の祭壇の上には、雄の睾丸の様な形をした二個の石が御神体として祭られていた場面。

・生命は、雄の情報が環境に合わせて進化するので、雄が元気で逞しく躍動(競争に打ち勝つ)しなければ、其の生物個体は負けて消滅して行くので、其の理を人間は男女ともしっかりと認識していなければならない。

・人間以外の生物は 人間社会の様に、現場から離れての学校・教育が存在しないので、DNA・遺伝子情報が正しく・狂う事なく継続されている。
(人間に飼い慣らされた家畜やペットは別とする)

五、木々の葉が茂る森林の中に、緑色の服を着た中年の女性が一人潜んで居るので、何をして居るのだろうかと意い様子を調べると、其れは、敵(男性の群れ)から攻撃を受けているからである事が判ったので、私は其の女性を助ける為に、道を探しながら山を下って行った場面。

・男性が、無闇に森林を破壊する事を示唆しており、地球の環境を保護し大地そのものである女神が、其の男性の行為を嫌がっている。

私は、其の女性を「神功皇后」や「伊邪那美命・いざなみのみこと」かである様に感じており、神話の物語を書き直さなければ成らないと考えて居た。

・神功皇后が産んだ息子「応神天皇(誉田別尊・ほむたわけ のみこと)」は仲哀天皇の子ではなく、武内宿禰の子なので、真実が明らかに成る前に、男子拠る万世一系であるとの事を訂正しなければ成らない。

2012/10/29・・此の説明の「武内宿禰の後裔と伝えられ 応神朝から軍事氏族としての活躍が見え、履中朝に平群木菟宿禰(へぐりのつくのすくね)が国政に携わるようになった。」と有るので、やはり応神天皇は、神功皇后と武内宿禰の子供なのであろう。
神功皇后は、仲哀天皇の息子「籠坂王(かごさかおう)と忍熊王(おしくまおう)」の二人殺して、自分の子供を天皇にしているので、其処で天皇家の血筋は、入れ替わっている事に成る。
其れを考えると、今朝のメッセージの映像で、男性が勢い良く立ち上がって「復権・発揚」と、告げて来た事の意味も理解されて来る。・・・
「復権 日本大国魂大神発揚」http://green.ap.teacup.com/20060818/2484.html

・日本の記紀では、「伊邪那美命・いざなみのみこと」の肉体が大地の様に考えられ、其の肉体から様々な物が蛆の様に生まれて来たとされているので、其れは現在の科学で真実の事が解明されて来ているので、記紀の物語を廃棄しなければ成らない。

七、田舎の道路脇に木造の古い土産品店が有り、私は由香と二人で其の店を手伝う事に成った。
すると、其の店の事に詳しい65歳位の女性が遣って来て、家の横に隠されている設備を、開くと謂うか、組み立て始めると、其れは夏期用の出店の骨組みである事が判った。
私達は、植木鉢に植えられている植物を、店の中や周囲に配置して、水掛などを行い始めた場面。

・夏期の「夏」の漢字の意味は、「夏祭り」の意味であり、夏の季節の盛んなさまから大きいとの意味なので、生命力が盛んに成る事が示されて来ており、私は由香と一緒に老女の手助けをしなければ成らないと言う事。

2011/12/24・・「頁+白+夂」の組み合わせで、頁は冠や面などをつけた人の頭の象形。白は両手、夂は両足の象形。冠などをつけ両手両足を動かして、みやびやかに舞う夏祭りの舞の様から、なつの意味を表す。夏の季節の盛んなさまから、転じて、大きいの意味、大いなる国、中国の意味をも表す。
「夏性・カセイ」http://green.ap.teacup.com/20060818/2161.html

畑の方に行って見ると、完全に発酵が終わって扶養土に成っている堆肥が山の様に積んで有るので、私は、是なら直ぐに野菜作りが始められると思って居た場面。

・身体に良い食べ物は、化学肥料や農薬(毒)を使用しない、自然栽培方法で作った作物が良い。

・自分で食べ物を栽培して生活する事が、自然な営みであり「身土不二・しんどふじ」の理念に適っており、産土神の概念にも合っており、平和を象徴する事にも成る。

今朝のメッセージの映像には、普通の姿をしたお婆さんが、二度登場した。
其れが「瀬織津比売・せおりつひめ」の姿であれば、やはり瀬織津比売が最も力を有している「神(はたらき)」であり、地球の存在の根底・根本の所には、其の瀬織津比売の働きが有り、何物も、瀬織津比売には逆らえないと言う理・ことに成りそうである。

キー「瀬織津比売・せおりつひめ」

2006/9/2・・今朝の映像は、私が、険しい山の崖の下に一人で居ると、小柄な「お婆さん」が、其の崖の斜面を、籠を手にして下りて来た。
其れは、山に慣れ親しんだ私でも、登り口が判らない程の急な崖である。
私は、其のお婆さんが下りてから、其の道筋をよじ登って行った。
そして、無事に崖の上に上がり、緩やかな傾斜の森の中に、辿り着いた。
 すると、其処には、直径40㎝程のパイプが、10本程乗せられた木馬が、誰かの手で、山の上の方から、崖の上まで運ばれて来ている。
そんな重い物を、誰が運んで来たのだろうかと意うと、パソコンを手伝ってくれている「上光君」の名前が、伝えられて来た。
そして、場面が変わり、パソコンの画面が現れ、沢山のHPに、多くの情報が、次々に書き込まれているのが映った。
 今朝のメッセージの意味は、お婆さんが、崖の上の方で、何かの栽培をしているらしい事と、其れに関して、山上に在る光・エネルギーが、発電所の太い水パイプの様に、崖の上を経由して、崖の下に、流し込まれるとの意味であるようだ。
其の、パイプの中を流れる物が、上からの情報であり、其の情報が人間界のパソコンの中に、取り込まれるとの事である。
其の、上からの光とは、石英のガラス管(光ファィバー)の中を流れる、磁気信号の情報の事であろう。・・・
「山の上に準備されたパイプ」 http://green.ap.teacup.com/20060818/515.html

2006/9/3・・私は、「何故だろう」と原因を考えると、其の男性が話そうとしたのは、過去の人類の、思考全体である事が解った。
其の事が解ったので、先ほどの建物や、集まって居た人達の方を振り返ると、もう跡形も無く、消えてしまっているのである。
どうやら、其のシャレコウベの中に、人類の過去の「歴史」や「文化」の世界が、回収されてしまったらしいのである。
私と、先に来て居た「お婆さん」だけが、其の世界に残された事に成ったので、私は、其のお婆さんの後に、付いて行く事にした。
其のお婆さんは、海の方に行き、堤防の上に立った。
すると、海面は白く泡立ちながら、海水が満ちて、海面が上昇して来た。
海水は、堤防の上にまで達し、足元を浚(さら)う様にしながら、陸地を埋めて行った。其の海面を見ていると、人間の顔の面・おもてが一個、海面に浮かびながら、目の前を流れて行った。其の面も、般若の面である事が理解できた。
私は、其の人面が見えなく成ったので、お婆さんの方を振り向くと、其のお婆さんの姿は、既に消えていた。
どうやら、其のお婆さんは、昨日の映像で山から崖を下りて来た、小柄なお婆さんと同一人物の様である。
今朝のメッセージの意味を考えると、初めに現れた人達は、過去の宗教者達が考え出した、「カルマ・業」に振り回されている人達である事が解かった。・・・
「般若波羅蜜」http://star.ap.teacup.com/170606/1029.html

此の「山の上に準備されたパイプ」の文章に登場して居るお婆さんの存在は、今朝のメッセージの映像で、山から水を引いている用水路の掃除を私にさせたお婆さんと共通しているので、瀬織津比売に間違い無い様である。

其のお婆さんが、「般若波羅蜜」に関係が有るのなら、一昨日の映像で、本の背と住所録の名前・住所・電話番号等を全て白く塗りつぶしてしまったのも、瀬織津比売の仕業であると言う事に成り、私の頭脳を使って、人類全体の禊ぎ祓いを行なうと言う事なのかも知れない。

其れを考えると、今朝の「日漏衰退」の現象を止める為には、祓い戸の大神である瀬織津比売の力を借りて、意識の笊目を洗い清めて「日・霊」の漏れを止めなければ成らないと言う事になるであろう。

2009/9/4「籠目・かごめ」http://green.ap.teacup.com/20060818/1261.html
2017/1/21「ラーの眼」http://green.ap.teacup.com/20060818/4122.html
2012/4/7「降りて来たわけ」http://green.ap.teacup.com/20060818/2270.html
 
2009/2/6・・そして、太陽を背にする鶴の事を考えると、神武天皇が大阪から生駒越えで奈良に入ろうとした時に、「長髄彦・ながすねひこ」の一族の精鋭部隊である「日下部族」に矢を射掛けられて、長兄の「五瀬命」の胸に其の矢が当り、五瀬命は現在の泉市の所で、出血多量で亡く成っている。
神武は、其の原因が、太陽を神とする人間が、太陽に向かって攻め上がったからだと考えて、今度は、太陽を背に負う為に、和歌山の熊野側に回って、奈良に攻め入ったとある。其の事を考えると、古代の人達の信仰も理解出来るし、日負い鶴の意味も謎が解ける。
 其れを現代風に考えると、太陽の東西の位置に関係があり、太陽光線が人間の意識や考え方に、影響を与えている事が解かる。
人間の意識は、太陽光線が物に当たって、跳ね返って来る光を目に受けて、其の物の姿形や、色が、判別できる事で生まれている。其れは、順光に拠る物の見方である。
だから、神社や寺院の建物は、南向きに建てられ、南から光が入る事で、神社の鏡や刀等の神具や、寺院の仏像などが、参詣・参拝する人間に、見える様に成っている。
其れを、若し反対向きに建てれば、光は逆光と成り、人間の目には、建物の中の神棚や仏壇の物は見えなく成る。
処が、神佛は人間と向き合っているのだから、何時も逆光で人間世界を見ている事に成るのだ。其れが、神社で鏡が一番大事とされている理由なのであろう。
寺院では、其の鏡の役割が、仏像や菩薩像であり、人間を逆光で見ているのである。其れに、太陽光線が無くて暗い場合は、蝋燭を立てて火を点して明かりとする。
其れは、仏像や神具が見える様に、ライトを当てる事である。
つまり、人間には、光が当たって目に見える物が必要であり、目に見える物が神なのである。人間にとっては、目で見える物が「神」であり、手で触って確かめられる仏像が「仏」なのである。
しかし、真実の神の世界は、鏡を通り抜けた裏側に在り、真実の仏は、仏像ではないのである。
其れ等の、人間の間違った意識を祓い清めるのが、禊ぎ祓いの儀式なのだ。
其の為に、日本には神社が存在するのである。
神社の鳥居の入り口には、「御手洗水・みてらい」が在って、其処で口や手を禊いでから、阿吽の高麗獅子が据えられている鳥居を潜って中に入る。・・・
「天御中主神」http://green.ap.teacup.com/20060818/1037.html

2016/5/27・・今朝は、起きてから先ず「タイトチャッピー」を調べると、次の様に載っており、今朝の映像に映し出されて来た男性の感じと、合っている事が判った。
タイトチャッピー(tight chappie)
タイト(tight)ぴったりした、ひきしまった、しっかりした。
チャッピー(chapie)男。やつ。
其れに、6月22日の日付は、暦の「夏至」に当たる頃なので、「夏」の漢字が夏祭りで踊る女性の象形であり、生命が盛んである事を意味するので、生命に関わるテーマが示されて来ているのではないだろうか。
其の6月22日の日付では、次の様な文章が有り、其の6月22日の文章には、神(はたらき)の意図と言うか、何等かの一連の意味が有る様な気がする。・・・
「タイトチャッピー」http://green.ap.teacup.com/20060818/3866.html
2017/6/22「正しい世の中」http://angel.ap.teacup.com/20071208/958.html
 
                              平成29年7月19日

                                    礒邉自適


余分な苗は捨てよ

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します


     余分な苗は捨てよ
                       29・7・18

今朝のメッセージは、昨日のメッセージ「フローの為の花輪」の続きであり、カササギ(昔鳥・鵲・かちがらす。高麗からす)が、私を「天の川」と謂うよりは、森羅万象の流転・事象の中に誘って行った・入った感じのものである。

今朝のメッセージの映像は、先ず、カウンターの有るゆったりとした空間の喫茶店の存在が映し出されて来て、私は其の広い店内に有るテーブルに着いた。

そして、周囲の様子を確かめると、私の他にも数人の中年男性客が、夫々自分のテーブルに一人ずつ座って居た。
長いカウンターには、50歳代後半のマスターが立って居り、注文の飲み物を手作りしている様子が伺えた。

そして、私は何を注文するか考えて居ると、私・自適のメニューが映し出されて来て、其の画面を開くと、是までの私の人生が、映し出されて来るのである。
私は、一度其の画面を閉じて、再び開くと又同じ様な画面が映し出されて来るので、其れが、其の店のシステムである事が理解されて来た。

其れに、何故か、思い出の場面に昆虫と遊ぶ場面が有ると、実際に其の昆虫が目の前に登場して動き出すので、其のシステムは唯の情報ではなく、現実が伴っている物であり、冷凍保存されている、死んだ情報ではない事が理解されて来た。

其れに、他の人達も夫々に自分の人生の探索をして居り、其の探索の中で、私と思い出を同調させる人が居て、私の友人であるスローフード対象を受賞した「武富勝彦」氏の存在が登場たので、私は其れを観て居る男性の方を見ると、其の男性も此方を見て、視線が合ってしまった。

其の状況から、私が察した事は、其の店は「スカイプ・Skype」の様な情報システムが使用できる施設で、其のシステムを利用する間の部屋貸しで、営業が成り立っている事が理解されて来た。

そして、其の情報システムは、自分の情報が冷凍貯蔵されている物ではなく、現実世界と直結しており、過去の世界は、単なる脳内の思い出として存在する物ではなく、現在の自分の有り様に直結しており、其の世界が存在するからこそ、今の自分が存在出来ていると言う理・ことである。

だから、今朝私が訪れた店は、生命のネットワークの様な世界であり、全ての命や物質が、全て関係性を維持した儘、現存している理・ことが示されて来ている事に成る。

其処で、意識が目覚めたので、照明を点けて時計を見ると、時刻は4時4分であった。

其の4時4分の数字・数霊は、「死・死」であり、人間の肉体は死んで、目に見えなく成っても、其の人間が生きて居る間に関係した世界は、消える事なく、情報や質量を維持した儘、此の三次元世界に留まっている理・ことを、傳えて来ているのだと考えた。

そして、電気を消して眠ると、再び映像が映し出されて来た。

先ず、薄暗い世界に横書きの文章が映し出されて来て、其の画面には、上の方に序文が二行書かれていたが、私の意識が、其の序文を二回繰り返し目を通したが、其の文章は文字が古くて、腐りかけているので、内容を読み取る事が出来なかった。

そして「西元綺麗・にしもときれい」との言葉と「天竺」との言葉が告げられて来たので、私は「ゴータマ・シッダッタ、瞿曇悉達多」の生誕地の事を思った。

すると、雪が降りしきる岩山の崖の棚に、真っ黒い座った形の仏像が、一体置かれている場面が映し出されて来た。

そして、最後に「余分な苗は捨てよ」との言葉が告げられて来た。

今朝は、起きて時計を見ると時刻は7時2分であったので、私は7月2日の日付を思い出した。
其れは、私が1985年7月2日に日本一周の旅が終り、日本列島が黄金に輝いて浮上する映像が、映し出されて来た日であるからである。

2009/5/11・・今回が最後のアセンションの機会であり、今回の最後のアセンションに失敗すれば、此の地球ではもう遣り直す「力・エネルギー」は、残っていないとの理・ことであった。
だから、1984年の6月4日に、「地球の管理をお前に任す。チャンスは一度だけ 失敗は許されない。」と、告げて来たのであろう。
其の事を、私に示して来たのは、真白い龍体であった。
其の白い龍神は、私の身体に巻き付いて来て、私の首を切り離して、自分の頭と入れ替え、私の頭は、私の左手の掌に乗せたのである。
そして、私の左手に乗っている、私の頭は、丸い地球に替わってしまったのである。
其れは、私の頭自体が、地球の意志を抱え込む事を意味していた。
其の白い龍体が何者であるのかは、1992年10月1日に、福井県の大本山「永平寺」の田中真海禅師を訪ねた時に判明した。
其れは「白山菊理姫」の本体である「白山妙理大権現・護法龍天大善神」であり、其の姿が床の間に置かれていたのである。
其の姿は、正に、私が体験した其の侭の姿であったのである。
何故、永平寺の奥の部屋に、其れが安置されていたかと言うと、永平寺の開基である道元禅師の守護神が、其の「白山妙理大権現」であったからである。
其の出来事で、私が何故、1985年7月3日に、禅宗の寺に結び付けられたかの謎が、解けて来たのである。
私は、日本全国の龍穴に、1984年11月から7ヶ月間掛けて、屋久島の小石を配置し、其れが完了した1985年7月2日に、宿泊した丹後半島の温泉料理旅館「木津館」にて、日本列島が黄金色に輝いて浮き上がるビジョンを見せられた。
そして、其の次の日の朝、宿のご主人「井上昌一 氏」に禅宗の寺である「龍献寺」に案内され、住職である「安井桂造禅師」を紹介されたのである。
そして、其の安井桂造禅師から、亀岡市に有る西光寺の「田中真海禅師」や、大月の「森山大行禅師」や、伊豆の「村上光照禅師」など五名の禅師を紹介され、其の龍献寺から一番近い亀岡市の西光寺に修行に来ていた「田中笑太郎君」の縁で、奈良市の野草社の「石垣雅設氏」や、大倭あじさい邑の「矢追日聖法主」に繋がる事に成ったのである。・・・
「徳を積む」 http://green.ap.teacup.com/20060818/1139.html
2003/4/23「7月2日」http://star.ap.teacup.com/170606/202.html
2014/4/15「美しく在りたい」http://green.ap.teacup.com/20060818/3026.html


今朝告げられて来た「余分な苗は捨てよ」との言葉は、私が農家に生まれ、小学生の頃から親に畑を借りて、色々な草花を栽培し、其の花を50円と100円の束にして、店に卸して居た事や、17歳からの秋から、死亡した父親の後を継いで農業を続けた事と関係が有り、私の癖と謂うか、無意識の行動には、様々な苗を植えようとする行為が、身に染み込んでおり、其れが私のカルマ・業に成っているので、今後は「不必要な物事の苗(種子)を植えるな」と言う理・ことが、示されて来ているのであろう。

其れに、雪が降りしきる岩山の崖に、坐像の真っ黒な仏像が一体置かれている場面が映し出されて来たのは、ブッダ・仏陀とは生きて現存する人間の事なので、冬の寒さや夏の暑さに晒されている様な仏像を目にする事は、真実の釈迦仏陀の姿を歪める事に成る物なので、人心を惑わす(黒い)存在である理・ことが示されて来ているのであろう。

其れに、「西元綺麗・にしもときれい」と「天竺」との言葉は、仏教の言葉に「西方浄土」と有る事と関係があり、本来の西の元は、綺麗であると言う理・ことなのであろう。

其れは、中国の四方神の存在の西方の守護神「白虎・びゃっこ」が、「道路・交通・商売」を司る事と掛けてあり、道や経済も、本来は綺麗な物であるとの事なのかも知れない。

さいほう‐じょうど〔サイハウジヤウド〕【西方浄土】 の意味
阿弥陀如来を教主とする西方の浄土。人間界から西方に十万億の仏土を隔てた所にあるという。極楽浄土。西方極楽。西方世界。  デジタル大辞泉

今朝のメッセージの映像に映し出されて来た、横書きの文章は、日本語の比較的易しい文体の物であったが、文字・印刷・紙が古く成り過ぎていて、意味を読み取る事が出来なかった。

其れは、日本人の感覚で、新しい真理・論理を組み上げなければ成らない事が示されて来ているのであろう。

其れは、釈迦仏陀の教訓を信ずる行為として、石の仏像を拝む作法は無知な人間のする事なので、新しい価値観に基づく、科学的かつ平易な言葉で、宇宙のダルマ・法を示す必要があると言う事が、示されて来ているのであろう。

其れは、漢字文字に精通していた老子とは違い、文字の無い環境に生まれ育った「ゴータマ・シッダッタ、瞿曇悉達多」の悩みでもある。

今朝のメッセージの内容は、今朝私が説明した様な、簡単な世界のモノではないと思う。
だが、無学な私であるからこそ、過去の概念に囚われる事なく、意味を読み込めるのだとの意いも有る。

其れは、昨日のメッセージの映像で、私が、本の名前や住所録の名前・住所・電話番号等を、全て白く塗りつぶして、何も判らなくする場面が映し出されて来た事と関係が有り、私は、過去の情報を、根拠や物差しにして物事を判断する事を、止めなければ成らないと言う事でもある。

今朝のメッセージの内容からすると、確かに、宇宙の神秘は、新しい形で表現される時節が到来している事は間違い無い。

其れに対して、私が今後何が出来るのかを、能く考えなければ成らないのであろう。
其れは、私の意識の、新しい旅立ちであるとも謂える事である。

                平成29年7月18日

                      礒邉自適

フローの為の花輪

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します


    フローの為の花輪
                       29・7・17

今朝のメッセージの映像は、先ず、私が料理の為の作業をして居るのか、様々な木の実の種子を混ぜ合わせて、春巻きを作る様に、何かで包んでいる場面が映し出されて来た。

次に、新しい住宅地の建設が行なわれている現場が映し出されて来て、私の意識が其の現場に向かい、自分の家を見に行った。

すると、全ての家が途中で作業が止まり、一軒も完成している建て物が無く、作業員も一人も居ないのである。

私は、自分の家の前で、此の儘放置されたらどう成るのかと考えて居ると、左官屋さんの息子が車で遣って来て、「親父と弟を見なかったか」と私に訊ねるので、私は壁塗りを請け負っている親子が、行方不明に成っている事が理解できた。

次の映像は、私が白い塗料を塗る作業を始めたが、其れは、壁の棚に並べられている本の背と、住所録の名前・住所・電話番号等を、全て白く塗りつぶして、何も判らなくする場面であった。

次の映像は、大型のバスが映し出されて来て、私が其のバスを運転しながら道路を走って居ると、バスが一台しか通れない路地の中に入って行き、到着した場所は、駅前広場の様な場所ではあるが、目的地ではないので、引き返そうとしたが、広場が狭いのでUターン出来ないのである。

それで、周囲の様子を伺うと、他には人影が全く無く、道路や壁に大きな文字が書かれていた。
どうやら、私は、道路や壁に書かれている言葉に従って運転していなかったので、其処に迷い込んでしまった事が理解されて来た。

そして、私は自分自身のスケジュールを確認して居なかった為に、其の様な状況に追い込まれている事を自覚して居た。
そして「7月23日」の日付が示されて来た。

其処で時間が気に成ったので、照明を点けて時計を見ると、時刻は「0時55分・1時5分前」で、長短の針がVの形に成っていた。

其れから、再び電気を消して眠ると、今度はゆっくりと水が流れている、池か泉の川面が映し出されて来て、其の川面には、数え切れない程の、文字が書かれた短冊の様な物が、浮いて流れている場面が映し出されて来た。

私は、其れ等の物が、何を意味しているのかを確かめる為に、其の短冊に書かれている言葉や文字を理解するのに、彼方此方の場所を右往左往する場面が、長い間繰り返し映し出されて来た。

そして、其の右往左往して居る私を見守るかの様に、片時も離れず、青い色の翼を持つカササギの様な黒い鳥が、一羽だけ付いて廻って居た。

そして、其の間に、私の様子を見兼ねたのか、とても良い感じの男性が二人登場して、私の作業を手伝ってくれる事に成った。

其の男性は、40歳代と30歳代の人物であり、二人とも白い服装で、清潔・健康・優秀・理知的であり、とても優しい感じの人物で、此の世に実在すれば、私はとっても仲良く付き合える人物である事が実感されていた。

其の男性二人が、手伝ってくれる事で、私の作業がスムーズに運び始め、一段落した処で、私は自分の用事を済ます為に、其処を立ち去った。

そして、私が自分の用事を済ませて、再び其の現場に帰ると、敷地の入り口の地面に、木の葉が付いた緑の小枝を丸めた物が置かれていた。
それは、丸い束の内側が、頭にでも乗せられる様に、丸くアーチ型に揃えられて窪んでいる物で、全体が美しい形に造形されている物である。

私は、其れを足で踏んではいけないと思ったので、其の丸い束を拾い上げて、横の花壇の石積みの上に置いた。

すると、年下の男性が私の所に遣って来て、私が足で踏みそうに成っている、地面に置いてあるもう一つの白い包みを拾い上げて、「来れは 貴方の為にあの人が作った フローの為の花輪である」と謂って、其の白い包みを私に手渡した。

どうやら、私が拾い上げた緑の葉が付いた小枝の丸い束も、其の年上の男性が、私の役割りを肩代わりして、済ましており、更に、私の今後の活動の為に、其の「フローの為の花輪」を準備してくれた事が判った。

私は、其の白い包みを受け取って、敷地の中央の花壇の石垣に、腰掛けている白い服装の男性の方を見ると、其の男性はにこやかに微笑んで、頷く様に私の方に会釈を送って来た。

其処で起きて時計を見ると、時刻は6時ジャストで、長短の針が上下真直ぐの位置にあった。

今朝は、PCを立ち上げると「堪らなく寂しい」との女神の声が聴こえて来たので、女神のブログを開くと、続きの言葉が告げられて来た。

「堪らなく寂しい

其れは 貴方が 一人立ちして行く事に対して
あたしが 贈る言葉です

貴方に付きそう事で あたしの方も
活力を得て来ました

ですが 貴方が あたしの存在を気にする事は
貴方の自立を 妨げる事に成るので
此の段階で 身を引いた方が 貴方の為になるでしょう

其れは 貴方の完全な自立であり
其の貴方が 全てを 引っ張って行く事に成ります

其れこそが 真実の救世主であると 言う事に成るのです

貴方には この様に示さなければ
以前の儘の延長線上でしか 物事を考えないでしょうから
今朝は 其の為の対処方として 言葉を掛けて措きますね  」
「堪らなく寂しい」http://moon.ap.teacup.com/20060103/850.html

そして、今朝渡された「フローの為の花輪」の言葉の、「フロー」を調べると次の様に載っている。

【フロー】 流れの意味。
定義
名詞として「流れ」や「動き」、「満ち潮」など。動詞として「流れる」や「循環する」という意味。場面に応じて様々な使い分けがされ、一般的には仕事や作業のプロセスという意味で認知されている。

精神的 フロー
フロー (英: Flow) とは、人間がそのときしていることに、完全に浸り、精力的に集中している感覚に特徴づけられ、完全にのめり込んでいて、その過程が活発さにおいて成功しているような活動における、精神的な状態をいう。ZONE、ピークエクスペリエンスとも呼ばれる。心理学者のミハイ・チクセントミハイによって提唱され、その概念は、あらゆる分野に渡って広く論及されている。
フローの構成要素
チクセントミハイが見たところによれば、明確に列挙することができるフロー体験の構成要素が存在する。彼は8つ挙げている。
1明確な目的(予想と法則が認識できる)
2専念と集中、注意力の限定された分野への高度な集中。(活動に従事する人が、それに深く集中し探求する機会を持つ)
3自己に対する意識の感覚の低下、活動と意識の融合。
4時間感覚のゆがみ - 時間への我々の主体的な経験の変更
5直接的で即座な反応(活動の過程における成功と失敗が明確で、行動が必要に応じて調節される)
6能力の水準と難易度とのバランス(活動が易しすぎず、難しすぎない)
7状況や活動を自分で制御している感覚。
8活動に本質的な価値がある、だから活動が苦にならない。
フローを経験するためにこれら要素のすべてが必要というわけではない。
フローに入るためのもう一つの重要な条件に、他者に妨害されない環境がある。電話がかかってきたり、だれかが部屋に入ってきたりといったいかなる妨害であっても、おそらくフロー経験から引きずり出され、それに対応するモードに移行してしまうだろう。
語源
フローはチクセントミハイの1975年のインタビューにおいて、幾人かが彼らの「フロー」体験を、ずっと彼らを運んでいる流れという隠喩を使って描写したために名付けられた。「活動に没入する」という「フロー」の心理学的な概念は、「時代の流れに従う」という意味の「ゴー・ウィズ・ザ・フロー」という従来の慣用句とは無関係である。
ウィキペディアフリー百科辞典 2017/7/17現在

【ピーク・エクスペリエンス】「至高体験」超時間的・超自我的体験とした心理状態。

此の「フロー ・Flow」の意味からすると、今朝のメッセージの映像で、川面を浮いて流れていた文字が記された短冊の様な物と関係が有り、今後私は、フローの状態で、言葉に関する世界に取り組んで行かなければ成らないと言う事に成りそうである。

『そうだ それが君の本来の役目である。だが 其れは 君だけの問題ではなく 宇宙全体のプログラムでもあるのだ。しかし 君が存在しなければ どうにも成らない事なので 君の安全を護る事が わたしの務めでもある。』

どうやら、今朝私が自分で大きなバスを運転して、小さな駅前広場に迷い込んでしまう場面は、私が新しい御世を創造する為に、正しい言葉「ロゴス・真言・マントラ」に付いて理解出来る人々を、迎え入れなければ成らない事が示されて来ており、其の事(世界)に付いて、私は何等かのイメージを膨らませなければ成らない様である。

そして、其の為に必要な事が、今朝、私が言葉の世界に取り組んで居た事を、手伝ってくれた男性が、私にプレゼントしてくれた「フローの為の花輪」なのであろう。

其れは、私が新しく始めなければ成らない言葉の世界に、溺れてしまわない様に「浮き袋」としての意味のモノ(言葉・概念)を、贈ってくれた事に成るのであろう。

其の様に考えると、今朝の映像に映し出されて来た川面を流れる、数知れずの文字が記された短冊の様な物は、天の川を流れる七夕の短冊(禱り札)の様な物であり、人間にとって一番大事な物は、宇宙・天神に思いを馳せる為の文字言葉である理・ことが、示されて来ているのであろう。

其の様に考えると、今朝の映像で、私が言葉の世界を調べる為に、右往左往して居る時に、青い色の翼羽根を持つカササギの様な黒い鳥が付いて廻って居たのは、カササギ・鵲(かちがらす。高麗からす)が、神社に境内に架かる橋が「かささぎ橋」と呼ばれる事と関係が有り、人間の言葉を天神(てんのはたらき)に傳える役割りを、示唆しているのであろう。

かささぎ‐の‐はし【×鵲の橋】
1 七夕の夜、牽牛(けんぎゅう)・織女の二星が会うとき、カササギが翼を並べて天の川に渡すという想像上の橋。男女の契りの橋渡しのたとえにも用いる。烏鵲橋(うじゃくきょう)。《季 秋》
「天の川扇の風に霧はれて空すみわたる―」〈拾遺・雑秋〉
2 宮中を天上になぞらえて、その殿舎の階段。
「深き夜の雲居の月やさえぬらん霜に渡せる―」〈続古今・冬〉
       デジタル大辞泉の解説

2009/10/12・・今朝のメッセージで、私が感じた理・ことは、
1)神社の境内に有る池には「カササギ橋」が掛かっている。
其れは、「恋をする若い二人が出会える為に、鵲・カササギが羽根を広げて、天の河に橋を掛ける」と云う、中国の神話の影響からである。
其の意味からすると、神社の橋は、若い男女の為の物であったり、人間が神の世界に渡る為の物である。
 其れは、仏教の訓えにある、彼岸に渡る河の意味や、死後に先祖の霊魂と出会う物とは意味が違っている。
其れらを比べると、日本の神道の世界の方が、明るくて気持ちが良いし、未来へ繋がる感じがする。
2)現在の物の流通には「バーコード」が使われている。
其れは、磁気信号に拠って情報処理を行う物である。
今朝のメッセージの映像から、私に考えられる事は、神の世界も、其れと同じシステムに成っているとの理・ことである。
人間の行動は、全て、脳の磁気信号に拠る情報処理で行われている。
その脳の磁気情報は、地球の磁気や、太陽の磁気と繋がっており、全てが記憶されていると言う理・ことである。
そして、其の情報は、人間がバーコードに読み取り機を当てて、情報を読み取っているのと同じく、神・天界・宇宙の磁気信号に読み込まれて、記憶されていると言う事である。
其の、読み取り機の検索システムが、「ラー・ホルス・籠目・いづの目・一つ目神」の目の存在なのである。そして、其の宇宙の記憶システムを、「アカシックレコード」と呼んで来たのである。
 処が、今朝は「ラー・籠目」の片目だけが現れるのではなく、女神の上半身が現れて、我々を観察して居たのである。
其れは、片目だけが現れて、岩の磁力の世界を見て居るのではなく、上半身を現して来たので、「伊耶那岐命・いざなぎのみこと」の禊で生まれた、両目の働きである、「天照大神」と「月調命」が揃った理・ことを、意味しているのかも知れない。
3)「天照大神」とは、「宇宙を あまねく照らす光」との意味なので、肉眼の目に見える視覚の世界である。しかし、其れは、物に光が当たって反射する所にしか生じない世界である。
処が、宇宙は振動する事で成り立っているので、全宇宙には振動が満ちているのである。其の振動をキャッチして、コントロールする世界が「月調命」の世界である。
其れを考えると、今朝のメッセージの映像で現れた、磁力の世界は「月調命」の世界であり、立てられた黒い磁極の柱は、月調命の本体であると言う理・ことに成る。
だからこそ、伊勢神宮の社の御柱は、太陽の光の届かない、床下の地面に立てられるのである。
其の様に考えると、今朝、私が体験した世界は、月調界の中心部に意識が到達して、新しい電極を立てた事に成るのだろう。
其れが「月調命」の仕事であり、「磯部・石部・石工・メイソン」の役割なのである。
4)今朝、現れたバス停の土地には、地表には道路や水路が敷かれ、家も建ち始めており、畑には作物も栽培されていた。しかし、其の地上に付いての意味は、あまり強調される事は無かった。・・・
「バス停磯辺」http://green.ap.teacup.com/20060818/1302.html

此の「バス停 磯辺」の文章は、今朝のメッセージの映像で、私が大きなバスを運転して駅に到着した事や、私の自宅が建設途中であった事などと、関係が有りそうである。

だが、其の新しい家で、私が本の題名や、住所録の情報を、全て白い塗料で真っ白に塗り潰して居た事は、過去の情報や人間関係が一切必要ではない理・ことが示されて来ているので、私には、本の著者や、駅に迎えに行くべき人々は、一切必要ではなく成っている事が示されて来ている理・ことに成る。

其れは、私が古い価値観や人脈が、一切何も無い所から「新次元・ニューバージョン・新しい森羅万象の流転」に、取り組んで行かなければ成らない理・ことが示されているのであろう。

今朝、私のスケジュールに付いて示されて来た、6日後の「7月23日」の日付は、旧暦では「6月1日・新月」である。
其の旧暦6月朔日(ついたち)に、何等かの変化が始まるのであろうか。

本日の日付は、2017年7月17日で「17・7・17」である。
其れは、意味有り気な数字ではあるが、格別な意味は感じ取れない。
無理に関係性を考えれば、私に「ケツァルコアトル・ククルカン」から「約束は守られる」と告げられて来た日が、平成18年8月18日だったので、次元が一段「核心・中心」に近付いたのかなと謂う事ぐらいである。

今朝のメッセージの映像では、最初に、私が春巻きの料理でも作るかの様に、様々な草木の実を白い生地に丸く包み込んで居た。

其の映像の意味が、私が真実を集めて包み込む事が、私の料理メニューである事を示しているのであれば、私の作業は、先ず、真実の言葉・真言(マントラ)と成る「言葉(事の葉・緑の葉のブーケ)」を集める事に、有るのかも知れない。

其れを考えると、真事の言葉を話す親友(真の朋友)が必要であると言う事なのではないだろうか。

其れであれば、今朝の映像に登場した男性二人が、此の世に実在する事を、天の川の番鳥であるカササギ(昔鳥)に、頼みたいモノである。

                平成29年7月17日

                      礒邉自適

禊ぎ祓いの必要性

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します


    禊ぎ祓いの必要性
                         29・7・16

昨日は夜中11時前に、畑のビニールホースに穴が開いて水が噴出し、井戸水のポンプが廻り始めたので、懐中電灯を点けて畑に下り、水を被りながら穴の開いた部分を切除して、継ぎ直す作業を行って所為か、今朝のメッセージの映像は「禊ぎ祓い」の世界に付いて示されて来た。

其れに、何故昨日、急にビニールホースに穴が開いたのかの原因が判らない。

其の原因は、昨日7月15日の日付が「お盆」の日付であり、前日14日に夏禊ぎが行なわれる日付であった事と関係が有り、天神(てんのはたらき)が、私に禊ぎ祓いの重要性を知らせる為の現象であると考えれば、納得できない事もない。

お盆の行事は、本来旧暦の7月15日に行なわれるものであり、「七夕」から7日後の7月14日に、一家の主が、先祖の霊魂を自宅に呼び戻す為に、禊ぎ祓いをする日である。

其れが、現在では新暦の8月15日(月遅れ)で行なう事に成ってしまっている。
其れに、其れは中国伝来の行事であり、3月の「春禊ぎ」に次いで行なわれる「夏禊ぎ」の行事で、本来は仏教のお盆とは、何の関係も無かった物である。

キー「7月14日・禊ぎ祓い」

2003/7/25・・昔は、晦日以外にも、春禊・旧暦3月最初の巳の日と、夏禊ぎ・旧暦7月14日に、川や海で禊ぎをして、身心を清める儀式が行われていた。
現在、行われている8月15日のお盆の行事は、この旧暦7月14日の夏禊ぎの行事が、仏教の行事に置き換わってしまったもので、仏教とは本来、関係が無いものだったのである。
 其れが、仏教に置き換わったのは、徳川幕府のキリシタン弾圧政策の影響に因るもので、「盂蘭盆・うらぼん」とは、梵語のウランバーナの音写で「はなはだしい苦悩」という意味で、仏弟子の「目蓮」が、餓鬼道に落ちた母の苦しみを救ったのに由来する物語を、夏禊ぎの儀式に利用したものであり、本来の目的である禊ぎの意味からは、外れてしまっている。
 本来の夏の禊ぎの意味は、7月14日に家の主・代表が、川や海の清い水で禊ぎを行い、夕方先祖の霊を迎える篝火を焚いて、先祖の霊を家に迎え入れ、神棚に野菜等を飾り、お椀に飯を山盛りにもって草の茎の箸を立て、先祖に供えて一族の繁栄を願うものだったのである。
野菜に四本足を付けて、動物の恰好にするのは、昔は動物を、供養物に使用していたからだと聞く。
 日本の大晦日(年の晩)の行事も、此れと殆ど同じで、晦日には迎え火ではなく、家の角々に、先祖霊が宿る樹木の枝を差して、霊を迎え、供物を神棚に飾り、先祖の霊と共に新年を迎えるものである。
7日が過ぎると、今度はドンド焼きで、霊が宿った角木(松・椎・譲り葉・竹など)を火に焼べて、先祖の霊を、霊界に送り返すのである。
 春3月の禊ぎは、農作業の始まりを迎えるので、一年の農作業の無事と、豊作を願ってのものではなかったのだろうか。
 昔は、神社の神主や、天皇家だけに任すのではなく、各家々が、自分で、其の儀式を実行していたのである。
その事が、殆ど行われなくなった為に、私が、霊界の願い事を、一手に引き受ける事に成ってしまったのである。・・・
「つみけがれあらもうば」http://moon.ap.teacup.com/20061108/323.html?rev=1

2007/8/13・・本日は、月遅れの「お盆」の入りで、自分の先祖霊を呼ぶ為に、迎え火を夕刻門口で焚く日である。
しかしお盆の行事は、本来は神道の儀式であり、旧暦の7月14日・15日に行なわれていたものが、徳川幕府の隠れキリシタン撲滅政策の為に、仏教に転用されたものである。
だから、本来なら、今年は8月25・26日・27日(旧暦7月・13日・14日・15日)に、行なうべき儀式なのである。
今朝は、其の儀式の目的にも、少し関わりが有るのかも知れないが、本来の「鳥居・とりい」の意味が示されて来た様である。
鳥居とは、人間の意識の門を意味している。そして、其の門を潜る為には、門の手前で、水に拠る禊ぎ祓いをしなければ成らない。
其の鳥居門の入り口には、門番として阿吽の獅子が置かれている。
「阿吽・アウン」の意味は、「あいうえお・・・ん」の「あ」から「ん」までの音声・言葉を意味し、門を潜る事は、正しい言霊の世界に入る事を、意味しているのである。
そして本来は、右側の「阿」の高麗獅子は「ライオン」の姿で、水の管理者を意味し、ライオンが獲物を狩る為に、他の動物が水飲みに遣って来るのを、水辺に隠れている事から、古代人が、ライオンは水の管理者だと、勘違いした事に因るものである。其れが、ローマ時代に、池やプール・風呂などの護り神とされ、彫刻される様に成ってもいる。
そして、左側の「吽」獅子は、本来は裁判の神霊である一角獣(ユニコーン)で、間違った判決を出した者を、其の角で刺し殺すと考えられていた、霊界の獣霊の姿を模した物で、中国の「豸・チ」と同じ役目を持つ物である。
其れは、鳥居の門を潜って中に入り、神と接触した者が、正しい言葉の解釈をしたかどうかを、審査する役割なのである。
其れが、エジプトでは「スフィンクスの謎賭け」として、儀式化されているのである。
「鳥居門」其の物も、ヘルメスが手にする「ケリュケイオン杖を分解して大きくした物である。ケリュケイオン杖とは、手にする杖の頭の部分が鷹の姿形で、棒の部分には陰陽二匹の蛇が巻き着いている物である。・・
 彼等聖者の説明不足は、是から、パソコン内にシュミレーションされて行く情報で、解決されて行くのだろう。其の段取り・道筋が着いたからこそ、今朝二組のバーコードの様な物が、映し出されて来たのではないだろうか。
其の二組のバーコードは、四次元の絶対世界と、三次元の相対世界を意味しているのではないだろうか。
私は、其の二つの世界を、HPで「四次元プログラム」と「水素原子管理」として、二つに分離して来ていた。しかし、今朝は、一つの枠の中に、二組のバーコードが上下収められていた。
其の意味は、「絶対世界」と「相対世界」を、分離して管理するのではなく、上下に重ねて管理せよとの事であろう。・・・
「二組のバーコード」http://green.ap.teacup.com/20060818/416.html

2009/6/7・・今朝のメッセージの映像は、私の意識が、地球上で暮らす人間の状況を、全部コントロールしている場面だったので、日本語の「現人神・あらひとかみ」の概念に合っており、「すめらのみこと・皇帝」の「御陵威・みいつ」の働きが、私の「身体・ミマ」を「通過・トランス」している理・ことに成る。
其れを考えると、私の意識が、「神・蛇・祀」の役割を果たしている事に成るので、「ちきゅうそうた」とは、地球に対して、全ての手段を採るとの意味で、「地球総手」の漢字で良いのかも知れない。
そして、自適の体は、其の為に使われているとの理・ことであろう。
 其れは、26年前に無庵師匠が私に云った、「自適さんは 総べての事が想った様に成るでしょう。だから 自適さんが 人類の未来を救う為に 台の上に立って人々を導く時が来るのです。」「だから 仕事を全部止めて 家族とも離れて 私の下で修行をしてください。」と、告げた事が、いよいよ現実に成ると言う事でもあるのだろう。
 しかし、今朝8時15分に、宿舎の前に止めてある車に乗って、事務所に来てPCの前に座ると、女神の声で「何も無い貴方が好き」との言葉が聴こえた。
其れは、私自身は、何も考えてはいけないとの理・ことであり、私は唯「無為の真人」として、「すめみま・ブッダ」の立場である「サマディ・三昧・かんながら・自然法爾(じねんほうに)」の道を、貫いて行けば良いとの事であろう。
日本語では、肉体の事を「からだ」と言う。
其れは、日本人の感覚では、人間の肉体は「空蝉・うつせみ」であり「空・から」だと謂う理・ことである。其の「空・殻」の肉体に、神霊が宿る事が日本語の「霊宿・ひと・人」の語源である。
だからこそ、日本の伝統である「惟神の道」は、「禊ぎ祓い」の儀式が一番大事とされているのである。其れは、自分の個人的な「想い・情報・業・カルマ」を、何時も祓い清めて、クリーンな状態に成って居なければならないと言う理・ことである。・・・
「地球総手自適」http://green.ap.teacup.com/20060818/1169.html
2004/11/1「みそぎ(禊)」http://moon.ap.teacup.com/20061108/507.html
2008/12/25「唯一の真理の道」http://green.ap.teacup.com/20060818/989.html

私は、其の禊ぎ祓いの儀式を、1984年6月4日(旧暦5月5日)に安房川で行なって、4311体の聖霊・神霊に満たされて此の世界に飛び込んだので、其の禊ぎ祓いを行なわなければ、私は普通の人間として、屋久島で一生を過ごして居たはずである。

其れは、仏教の祖である「釈迦牟尼佛」や、キリスト教の祖である「イエスキリスト」、其れに日本の神道の祖である「伊邪那岐命・いざなぎのみこと」も水で禊ぎ祓いを行なってから、天神(てんのはたらき)に突入しているので、私も彼等と同じ運命を歩いた事に成るであろう。

今朝のメッセージの映像には、現在の世の中(人間社会)が終了する事が示されて来て、次の御世に入る為には、日本の伝統である「罪穢れ祓もうば・・云々」の世界を通過しなければ成らない理・ことが示されて来た。

其れは、次の様な事柄である。

・自分の個人的な、土地や財産を捨てる事。
(其れは、住所が記されている物であったので、決まった住所を定める事なく、何時でも自由に移動可能な状態にして措く必要が有ると言う理・ことが理解された。
そして、其れが、何回も繰り返し映し出されて来たので、最も重要であるとの事の様である。)

・鼠が這い回る台所に住んでは成らない事。
(ペストの様な伝染病が発生するとの事であろうか。)

・排泄物が溜まっているトイレが有る家には住まない事。
・水洗便所や家庭排水、其れに工場排水の水が、流れ混んで入る川の水を飲んだり、風呂に使用しては成らない事。

そして、最後に日本の国の一番大きな便所である政府のトイレが、嘘や欲望で満杯に成っている事が示されて来て、現在の政府から早急に手を引かなければ成らない事が示されて来た。

次に、其の世界から抜け出して、禊ぎ祓いを終えた数人の若者男女が、此方側の世界に、狭い門を潜って遣って来る場面が映し出されて来た。

今朝のメッセージの映像は、日本国の安倍内閣が嘘と欲の排泄物の塊りと成っている事を示唆しており、近代民主主義(商業主義)のアメリカ国のトランプ大統領や、ロシア国のプーチン大統領の手腕は、罪穢れの権化であると言う理・ことが示されて来ており、其れ等の世界が滅びるプログラムに入ったので、早急に脱出しろとの事なのであろう。

昨日、30年前の7月15日の女神の言葉「童・わらべ」の存在に至った後に、此の様な事を書かされるのは、私にとって意外中の意外な出来事である。

其の事を考えると、今朝のメッセージは是までとは違い、天神(てんのはたらき)も人間の強欲・無明に愛想を付かして、覚悟を決めたと言う事なのかも知れない。

だが、此の様な事を私が書かされるのは、天神(てんのはたらき)の準備が出来たと言う事であり、私の様に、全てを捨てて禊ぎ祓いを行なえば、新しい御世に進めると言う事なので、天神の救いの手が働き始めたと言う事でもある。
「何もナサザルナ

貴方にはもう 何もする事は有りません

世の中が 変動すればする程
貴方の実在が 試されるのです

ですから 私が 貴方に傳った様に
貴方は 何が起きても 泰然自若として
身動きをしては 成らないのです

其処に 貴方の本質が有るのですし
天の「神(はたらき)」が有るのです

良いですか 動く事よりも
動かない事の方が 難しいのです

其の為に 由香を
貴方に 結び付けたのですから 」

たいぜん-じじゃく【泰然自若】の意味
落ち着いていてどんなことにも動じないさま。
▽「泰然」は落ち着いて物事に動じないさま。
「自若」は何に対してもあわてず、驚かず、落ち着いているさま。
             新明解四字熟語辞典

                     平成29年7月16日

                           礒邉自適
記事検索
月別アーカイブ
タグクラウド
  • ライブドアブログ