実事求是 ― 創価学会の詐術を読み解く

学会プロパガンダ批判ブログです。 特に「世界の知性は池田先生を求めている」の詐術を海外資料をもとに検証します。

インド創価池田女子大の怪(3)美談の信憑性

『世界の識者が語る池田大作』という学会本がある。
学会系雑誌パンプキンに連載された同題シリーズをまとめたもので、全3巻からなり、" 海外の識者がいかに池田氏を尊敬し絶賛しているか"を喧伝するために、数十名の要人や知識人による池田氏への賛辞が数々引用されている。

しかし、個人崇拝組織が編んだこの手の海外絡みの自画自賛本は、読む際に以下のような視点を持つことが必要だ。

(1)識者の発言(外国語)は正確に翻訳されているか。改竄、付け足し、隠蔽、誇張はないか。

  池田創価には過去に、トインビー書簡を改竄翻訳したり(*1)、名誉称号証書に書かれている授与理由を粉飾翻訳したり(*2)といった実例があり、これは特に要注意だ。原文と詳細に見比べない限り気づかれないので、強引な我田引水がやりたい放題になっている可能性がある。

(2)池田氏への賛辞は寄付貢献への御礼の社交辞令に過ぎないのではないか。

   ミクロの貢献(大学への寄付や図書贈呈など)に対して、マクロ的表現(“平和・文化・教育への卓越した貢献を讃えて”など)の賛辞を贈ることは世の慣例としてよくあることだ。これを、寄付したことは触れずに賛辞だけを聖教に載せ、さらに「池田名誉会長の平和・教育思想が絶賛された」などと言い換えていくのが聖教の常套レトリックであるが、これにより学会員読者の脳裏には「センセイの思想全般が海外で認められている。センセイは偉大だ」というイメージが積層されていく。

(3)池田氏への賛辞は、池田氏が先に褒めた相手からの単なる「褒め返し」ではないのか。

  ロシュフコーという17世紀のフランスの作家の名言に次のようなのがある。
 「人は普通、賞賛されんがために褒める」(*3)

 これは、私の薀蓄ではなく、ネットでたまたま見つけた知識の受け売りだが、けだし至言である。もちろん日常生活においては我々は下心なく純粋に誉める場合もあるが、池田氏の場合は、「誉められたくて誉める」という社交術を最大限に利用しているように見える。その端的な例は池田氏から要人に贈られた自作詩である。1987年ごろから2002年までの贈詩リストを(*4)見ると、その15年間に、彼は海外の著名人100人ほどに詩を贈っている。いずれもその人物を絶賛する内容の詩である。しかも、それらのうち有名どころをピックアップして調べたところ、贈詩した日付はその人物と初対談の日(あるいはそれ以前)であることが分かった(*5)。

 相手も人の子だ。誉められて嫌な人はそうおるまい。自分のことがポエムに詠まれ、しかも褒めちぎられていれば、「遠来のジャパニーズ・イケダはかくも私を理解し、称賛してくれているのか」と、たいていは感激するはずだ。そしてそのお返しとして、また礼儀として、学会側から渡された池田プロフィールをもとに、最大限の抽象的賛辞を池田氏に浴びせ返すことだろう。そして、その賛辞がフューチャーされて聖教一面を飾り、『寸鉄』で何度も流用され、池田スピーチ内で自慢話として繰り返され、やがて池田礼賛特集本にコレクションされていくのだ。


***********************************

さて、プロローグが長くなってしまったが、ここから本題に戻る。
冒頭で紹介した『世界の識者が語る池田大作』は本シリーズの参考資料として先日入手したものだ。そこに池田ークマナン美談が取り上げられていることを知って、中古本を買ったのだが、池クマ美談はよほど自慢の話らしく、第1巻のトップの章で扱われていた。
 同書で美談は一体どのように綴られているのか、見てみよう。

ちょっとその前に、同書を読んで新たに知り得た事実を一つ紹介しておく。これは今回の問題を考察する上でかなり重要な情報である。

私は、クマナン氏が読んで感動したという池田氏の『母』の詩は、1971年に発表された長編詩『母』のことかと思っていたが、実は婦人部愛唱歌のために作り直された(というか長編詩の一部を切り貼りした)歌詞の方であった。『世界の識者が語る池田大作』に次のように書かれている。
---------------------------
95年、議長は世界詩歌協会会長のスリニバス博士から英語に翻訳された池田名誉会長が作詞した『母』の詩を紹介された。(第Ⅰ巻p14)
---------------------------
『母』の歌詞は創価学会公式サイトで見ることができる。
http://www.sokanet.jp/kaiin/songs/haha.html

クマナン氏はこの短い歌詞を読んだだけで、池田氏を“生涯の師と定めた”のだそうだ。詩の技巧や感性に惚れ込んで“詩の師匠”として仰ぐというならまだしも、“生涯の師に定めた”と言うのだ。話があまりに突飛すぎはしないか。

同書によると、クマナン氏は『母』の歌詞の英訳を読んで以下のように述懐したのだそうだ。
---------------------------
「池田先生はご自身が書かれた詩のとおりに現実社会のなかで闘っていらっしゃる。先生こそが私のずっと捜し求めていた師匠であると確信しました。私は歓びのなかで師匠のために何かせずにはいられませんでした。『母』を通して池田先生は、女性こそが生命と平和の守り手であると叫ばれた。そうだ女子大学をつくろう!わが身を教育に捧げ、師匠の平和構想の一翼を担っていこう。さらに師匠の素晴らしさを、師と共に生きられるこのときに、小さな村々にまで伝えていくのだと決めました。
(同上 p15、16)」

---------------------------
まるで学会の模範男子部員の決意発表のような内容だが、恐らくこれは、クマナン氏の原寸大の述懐ではなく、パンプキン(学会)側の創作がかなり入っていると思われる。

そもそも、あの歌は母性をただただ賛美しただけの内容であり、「池田先生はご自身が書かれた詩のとおりに現実社会のなかで闘っていらっしゃる」などの認識や感想が生まれる要素はどこにもない。また、「師匠の平和構想」なるものも表現されてはいない。しかも、2001年にクマナン氏が語った話(弊ブログのインド創女シリーズ[1]で引用済)によると、クマナン氏は1995年に「母」の詩を読んだ時点では、詩人Daisaku Ikedaについて、詩人であること以外にその素性も社会的立場も活動も主義主張も何一つ知らなかったはずである(知り始めたのは1996年8月以降)。そんな池田属性情報を全く持たぬクマナン氏が、あの短詩を見て上記のような認識や覚悟に到達し得るはずがないのである。

恐らく執筆者は、学会がずっと喧伝し続けている“一篇の『母』の詩を読んで即、池田氏を生涯の師匠と定めた”という筋書きでは余りに単純で唐突すぎるため、動機部分を膨らませてもっともらしく見せたかったのだろうが、粉飾し過ぎて却ってボロが出てしまったようだ。

もう一つ、上の述懐文には決定的にオカシイ点がある。「そうだ女子大学をつくろう!」のくだりだ。上記では“『母』の詩からインスピレーションを得て女子大設立を思い立った”かのような文脈になっているが、2001年のクマナン談話では、女子大設立構想は1988年からすでにあったと言っており、上記はそれと時系列が矛盾する。(下記参照)
------------------
クマナン議長:じつは10年ほど前。(蛍注:1988年)、セトゥ・バスカラ学園が設立された時、「将来、女子大学をつくろう」と考えていました
(聖教新聞2001/9/20 『SGI会長 インド「創価池田女子大学」一行と語らい』より)
-------------------

クマナン氏の章の執筆者は、“センセイの『母』の詩には、クマナン氏に女子大設立を決意させたほど偉大な力があるのだ”と読み取らせたくて、時制を歪めて書いてしまったのだろうが、過去の聖教記事との整合性を調べなかったのは『世界の識者~』(=パンプキン)編集者の杜撰であろう。

以上のように、『世界の識者~』に“引用”されたクマナン発言は、2001年に聖教に掲載されたクマナン談話との違いが大きく(というか粉飾や改竄が著しいので)、全く信用できない。かと言って、2001年のクマナン談話が絶対の真実かというと、そうとも限らない。学会メディアが伝える海外モノは、本稿冒頭で述べた(1)識者の発言(外国語)は正確に翻訳されているか。改竄、付け足し、隠蔽、誇張はないかに常に注意を払わなければならない。とは言っても、2001年のクマナン-池田対談の聞き書きデータでもあれば、その比較検証は可能だが、そんなものはないので、ここでは、学会が喧伝してる池クマ美談のストーリーの不自然さや現実との不整合について考察し、美談が捏造された可能性を追究していくことにする。
---------------------------------------------------

池田-クマナン師弟美談の疑問点


先ず、学会が喧伝する池クマ美談の中で最も首を傾げたくなるのは、クマナン氏が婦人部愛唱歌『母』の歌詞の英訳を読んだだけで、池田氏を「生涯の師と定めた」という点だが、これは本稿の主眼となるテーマなので後でじっくり吟味する。その他の疑問点を先に挙げておくと、主に以下のようなものがある。

●2001年の聖教掲載の池クマ対談では、クマナン氏は1996年に来日するまで、池田氏の属性(大学経営者、宗教団体指導者)について全く知らなかったという設定になっている。しかし彼は彼と親交のあったスリニバス氏やモハン氏が運営する世界詩歌協会、世界文化芸術アカデミーの30年来のメンバー(*6)であり、またスリニバス、モハン両氏はそれぞれ学会本部で池田氏と対談しており(*7)、池田氏の教育者、宗教者としての側面については当然知悉していよう。(対談の中で仏教や御題目にも言及あり)。さらにクマナン氏が『母』を読んで感動したという1995年には詩歌協会から池田氏のパトロンぶりが讃えられて世界桂冠詩人称号が贈られている。etc.(まだあるが割愛)。.こうした関係性や時系列を考えると、クマナン氏が1996年まで池田氏の属性について全く知る機会がなかったというのは極めて不自然である。

●聖教情報によると、女子大の名に「創価」と「池田」を冠することをクマナン氏が申し入れ、池田氏が許諾したのは、1999年8月である(*8)。しかしクマナン氏と池田氏が初めて対面するのは、その3ヶ月後の11月のことである(*9)。つまり、池田氏は一面識もない外国人に“戸田の命よりも大切”として先師が築きあげてきた「創価」のブランドを、唯々諾々と与えたということになるのだが、常識的には考えられない順序だ。もっとも、女子大が池田創価主導で創立され、クマナン氏は単なるビジネスパートナーであり、雇われ理事長に過ぎないということなら、そういう順序もありえる。

●創価は「クマナン博士」と必ず”博士”をつけて呼称するが、本当に博士なのか。
  というのは彼が正式な博士号を持っているという証拠が全く見当たらないのだ。以前、インド創女のオフィシャルサイトがリニューアルされる前、クマナン氏のプロフィール・ページがあった(今はない)が、そこには自らが属している世界文化芸術アカデミーからもらった名誉文学博士号と、創価大学の名誉博士号の二つの“名誉”付き博士号は紹介されていたが、正式な博士号取得についての記述はなかった。(魚拓をとってなかったのが残念)。
 また、創価大学平和問題研究所のサイトhttp://www.supri.jp/topics091122.htmlにクマナン氏のプロフィールがあったが、「数学と教育学の分野で学位を取得。」としか書いていない。ただの大卒でも「学位を取得」と言えるので、これでは何だか分からない。出身大学名も分からない。同ページの他の学者のプロフィールと比べると極めてあやふやな学歴情報である。クマナン氏は本当に(正式な)博士なんだろうか?

以上の3疑問については、今のところこれ以上追及できる材料がないので、疑問提示だけして、「不思議不思議」とだけ言っておく。

さて次に、
最大の疑問点である「『母』の詩を読んで池田氏を“生涯の師”と定めた」とする池クマ師弟美談の核心部分について考察する。クマナン氏は最初からそして今も本気で池田氏を「師匠」と仰いでいるのか。結論から先に言うと、「否!」である。もちろんそう結論づける理由と根拠はある。

記述を続けたいが、字数制限により全部を書ききれない恐れがあるので、稿を改める。次稿はあまり時間を空けずに更新できると思う。大体次のような内容になる予定だ。

・池田氏を“生涯の師匠”と定めてかれこれ18年になるが、“弟子”クマナン氏がいまだに学会に入信していない不思議。
・“インド創女の全学生が「イケディアンの宣誓」”(聖教記事)の眉唾
・“池田思想”を実は全く理解できていない“弟子”クマナン氏

なお、皆さんから戴いたコメントへのレスポンスもサボったままですが、まとめてレスする予定です。すみません。

出自urlなど-----------------------

(*1)弊ブログ(トインビー対談を提案・要請したのは誰か)http://blog.livedoor.jp/jitsuji_kyuze/archives/51401389.html
(*2)弊ブログ(名誉の水増し潤色)http://blog.livedoor.jp/jitsuji_kyuze/archives/51769104.html
(*3)ロシュフコーの箴言http://sekihi.net/writers/1327
(*4)池田詩集リストhttp://newfnet.blog62.fc2.com/category1-1.html
(*5)初対談の時に贈詩された例(一部しか調べていない。そのうち全部調べる予定)
   ・ムバラク大統領へは、「太陽の国『人間』の光彩-- 尊敬するムバラク大統領閣下に捧ぐ」1992.6.16(対談の日)
   ・ゴルバチョフ大統領へは、「誇り高き魂の詩--ペレストロイカの父・偉大なるゴルバチョフ大統領に捧ぐ」1991.4.18(対談の日)
   ・マンデラ大統領へは、「人道の旗 正義の道--人道主義の王者マンデラ氏に捧ぐ」1990.10.31(対談の日)

(*6)「30年」という数字の根拠。
  インドの新聞INDIAN EXPRESSのクマナン氏へのインタビュー記事。
“ My inspiration is the renowned poet Daisaku Ikeda, since his poetry is all about using it as a tool to spread happiness,” says Kumanan, who has been a connoisseur of poetry at the World Congress of Poets for 30 years.
(下線部のみ訳す)30年間、世界詩人会議で詩を鑑賞してきた詩の玄人クマナン氏はそう語る
http://newindianexpress.com/education/student/article352827.ece
(*7)スリニバス氏は1979年7月、モハン氏は1996年3月にそれぞれ池田氏と対談
(*8)1999.8.26の聖教「寸鉄」
  SOKA IKEDA WOMEN'S COLLEGE インドに『創価池田女子大学』クマナン博士が創立 明年開学へ「池田先生は平和と人間教育の偉人敬愛する師の名前をぜひ新大学に」
(*9)SGI Newsletter Index 1988 to 2005
 http://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=sgi%20news%20letter%20index&source=web&cd=3&ved=0CD8QFjAC&url=http%3A%2F%2Fwww.eternalgangespress.com%2Fdownload.asp%3Ffn%3DSGI_Index_1988-2005.pdf%26type%3Dsginews&ei=Dm8TUYbMEMSCkQXhnIDoCw&usg=AFQjCNGnnH-FDRFPd4ucPLDtF4ehSec20w&bvm=bv.42080656,d.dGI

世界芸術文化アカデミー「名誉総裁」のインチキ

インド創女関連で確かめたいことがあって、同大が開学した2000年前後のSGIグラフを入手し、調べていたところ、興味深い事実を発見したので、まずそれを報告させていただく。

池田氏は1998年11月にインドの世界芸術文化アカデミーから「名誉総裁」なる称号を受けているが、SGIグラフ(2001年6月号)にその「認定書」の写真があったので拡大して見たところ、次のように書いてあった。太字部分は実際には大きな飾り文字で書かれている。

hereby respectfully appoints
Dr. Daisaku Ikeda
to serves as its
Official Patron
(拙訳)
ここに謹んで池田大作博士を公式パトロンに任命する

パトロンとは後援者つまりタニマチのことだ。

創価はこのOfficial Patron(オフィシャル・パトロン)を「名誉総裁」と訳したわけだが、どこをどうコネクリまわせば、こういう珍訳になるのだろうか。催し物などに箔をつけるために皇族などが「名誉総裁」の肩書きで出ることがあり、その場合は「奨励者」の意味でpatronという英語が当てられることがあるようだが、上記の場合は文芸団体に対するパトロンであるから「経済的支援者」のことだ。
恐らく、「公式後援者」と正直に訳すと、学会員に「なんだ金ヅルのことか」とバレてしまうから、「名誉総裁」などというインチキ訳を施したのだろう。証書の写真を載せて学会員に見せても「どうせ読めはしないだろう」と思ったのかも知れないが、学会員も馬鹿にされたものだ。

ちなみに、この世界芸術文化アカデミーは池田氏に「桂冠詩人」を与えた団体でもある。また同アカデミーの創設者クリシュナ・スリニバス氏が別途運営している世界詩歌協会は、池田氏に「世界桂冠詩人」を与えている。

そして、くだんのクマナン氏は同アカデミーの会員であり、同アカデミーから名誉博士号を授与されている。
また、インド創女の役員の一人であるモハン氏(元判事)は同アカデミーの理事でもある。

次稿のインド創女の怪(3)でも、そのモハン氏がクマナン氏と共に登場するので、上の関係性を覚えていてほしい。


インド創価女子大の怪(2の追記)


セトゥ・バスカラ学園のサイトは昨年6月以来見てなかったが、先ほど見に行ったら、トップページに次のようなメッセージが出ていて驚いた。

We Deeply mourn the sudden
demise of our beloved founder
 Mr. Sethu Bhaskaran
Staff & Students
Sethu Bhaskara Matric.Hr.sec.School

敬愛する創立者セトゥ・バスカラン氏の突然のご逝去に
心から哀悼の意を捧げます
 ----セトゥ・バスカラ学園 職員・学生一同
http://sethubhaskara.in/default.html

インドのThe Hindu紙の死亡公告によると、2012年6月8日死去とのこと。
http://www.thehindu.com/obituary/article3515341.ece

遅ればせながら謹んで氏の冥福を祈りつつも、不思議に思ったことがある。

それは、バスカラ学園のオフィシャルサイトは創立者である同氏への哀悼メッセージを上記のように載せているのに、インド創女のサイトでは全くそれが見当たらないということだ。絶対載せなければならないというわけではないが、創立者を共有する系列校の一方にはあって、一方にないというのは奇妙だ。前稿で“創立者”バスカラン氏のインド創女サイトでの扱いの軽さについて指摘したが、死してもなおこの扱いとは、なんとも気の毒な話だ。

もう一つ奇妙なことがある。インド創女の役員リストが昨年8月以降に更新され、池田夫妻の名が抹消されていることを前稿で書いたが、リスト更新時点ですでにバスカラン氏は亡くなっているのだから、その名も現行役員リストから削除されるべきなのだが、いまだに残ったままだ。これはつまり、昨年の役員リストページの更新は、役員改編を反映したものではなく、単に池田夫妻の名を隠蔽したかっただけ、ということのようだ。

さてさて、バスカラン氏亡き今、インド創女オフィシャルサイトは今後どのように同氏を位置づけていくのか、見ものだ。現行役員リストからは消さねばならないが、「founder(創立者)」という肩書きは名目上のものとはいえ永遠のものだから、どこかにメモリアルとして残さねばならない。これまで池田師匠に気を遣ってか、あるいは師匠筋からの圧力か、“創立者バスカラン”紹介ページが設置されてなかったけど、渋々でも作るかな?

インド創価池田女子大の怪(2)

またしても長らくのご無沙汰、申し訳ない限りです。
ご無沙汰の言い訳とお詫びは雑記カテあたりで書かせていただくとして、さて、インド創価池田女子大の続き。

“創価学会員でもないインドの詩人セトゥ・クマナン氏が池田氏の「母の詩」に感銘を受け、池田氏を生涯の師と定め、ついには「創価」と「池田」の名を冠した女子大を作った”-----このような師弟美談で飾られているインド創価池田女子大について、前稿では同大のオフィシャルサイトに掲載されていた大学役員リストをもとに、大学経営に池田夫妻およびインドSGI幹部が深く関与していることを明らかにした。

これにより、インド創価池田女子大による池田礼賛(名誉称号やら“学生全員がイケディアン宣言”云々)は池田創価の身内機関による茶番劇であったことが明白になったわけであるが、本稿ではさらに突っ込んで、同大はクマナン一族(クマナン氏とその義父バスカラン氏)の主導で創設されたものではなく、創価主導で設立されたもの、つまり陰の(真の)創立者は池田氏なのではないか、というテーマで論考する。

その前に、前稿で証拠引用した役員リストに、その後奇妙な変化が起きているのでご報告。
先ほど久しぶりにそのリストを見に行ったところ、なんとリストから池田夫妻の名が消えているのだ。

弊ブログが引用したリストはこれ(修正前の魚拓):http://megalodon.jp/2012-0422-2100-18/www.sokaikedacollege.in/advisory_board.html
池田夫妻名が抹消された現行ページはこれ:http://www.sokaikedacollege.in/advisory-board.asp

絵に描いたような師弟美談とドロドロした現実との不整合を隠蔽したかったのか、それとも別の理由か、真相は不明だが、リストから名が消えても、池田夫妻が経営に参画していた事実は消えない。こういうこともあろうかと魚拓を取っておいてよかった。

余談であるが、中国の東北師範大学の“池田大作哲学研究所”サイトに書かれていた池田プロフィールも、弊ブログがそのトンチンカン記述(池田氏の日蓮正宗絶賛発言を引用)を引いて、同研究所の不勉強ぶりを指摘したら、その後、創価から連絡があったのか、修正が加えられていた。その修正も珍妙なもので笑えるのだが、それについてはまた今度“実事求是の勝利”第二弾として書くつもりだ。

では本題。「インド創価池田女子大学」は、長いので以後「インド創女」と略す。

インド創女は学校法人創価学園の系列校か

下図は日本の学校法人創価学園のスクールシンボルである。
手描きしたためちょっといびつだが、正確な図案は創価学園サイトを参照いただきたい。
sokalogo

中央がペン(=英知)、左右が鳳雛の翼(=未来への雄飛)というモチーフのデザインだ。
そして、当然のことながら、国内外の創価学園系列校、例えば、創価大学アメリカ創価大学香港創価幼稚園ブラジル創価学園韓国幸福幼稚園等の校章にはみなこの図案がシンボルマークとして使われている。言わばこのマークは創価系列校であることを証明する血統証のようなものだ。

次に、インド創女の校章を見ていただきたい。同大のオフィシャルサイトの校章紹介ページにある。→http://www.sokaikedacollege.in/about-our-logo.asp
何と、「創価と組織的に無関係(創価の主張)」のはずなのに、創価学園のスクールシンボルがそのまま使われているではないか。系列校でもないのにスクールシンボルが全く同じということは常識的にあり得ない。つまり、インド創女は池田創価主導で設立された創価学園系列校であるということだ。

創価が喧伝している池田-クマナン師弟美談では、大学名に「創価」&「池田」が冠されている理由については“センセイの偉大さの証明”とばかりに自慢げに語られているが、大学のシンボルマークが創価学園と同じである点については全く言及がない。シンボルの同一性について創価が言及を避けるのは、恐らく、校名のみならず校章までも創価一色になっていることが分かってしまうと、クマナン氏側のアイデンティティや主体性がぼやけてしまい、結果、同大が創価主導で創られたものであることがバレバレになって、師弟美談が成立しなくなるからではないか。池田夫妻やインドSGI幹部がインド創女の経営に関与していながら、それを隠して無関係を装っているのも同じ理屈だ。

ちなみに、もう一つの校章を見ていただこう。クマナン一族が主宰するセトゥ・バリアンマル教育財団によって1988年に設立された幼-高一貫校セトゥ・バスカラ学園の校章だ。(同学園のオフィシャルサイトhttp://sethubhaskara.in/campus.htmlの上方にある)。
ご覧の通り、彼らのスクールシンボルはヒンズー教の伝説に登場する聖獣マカラである。象頭は学問を象徴するらしい。インド創女とバスカラ学園は設立母体(セトゥ・バリアンマル教育財団)を同じくする姉妹校である。ならば、アイデンティティの継承とブランドイメージの統一のため、インド創女の校章にも共通シンボルとして聖獣マカラが使われて然るべきと思われるのだが、同大の校章ではマカラは捨て去られ、異系列の学校のシンボルを推し戴いてしまっているのだ。
同大が本当にクマナン一族が自発的かつ自力で創設したものなら、校名や校章を創価一色にしてしまうなどという、自分達のアイデンティティを完全放棄するようなことはしないだろう。

さて、校章のほかにも、インド創女が池田創価主導で創られたことを窺わせる状況証拠がいくつかあるので、提示しておく。

インド創価池田女子大の創設はインドSGIの実績?

下記URLのページを見ていただきたい。
実はインドSGIのオフィシャルサイトの記述を見ていただくべく、そのアドレスを示したかったのだが、昨年8月頃サイトがリニューアルされて、なぜか記述が削除されてしまっていた。魚拓を取っていなかったため、どこかに同じ内容が残ってないか探したところ、下記サイト(恐らく個人サイト)に丸ごと転載されていたので、それを論拠として示す。→http://bharatsokatvmnayar.blogspot.jp

ページ表題の Bharat Soka Gakkai とはインド創価学会のことである。(バーラト=インド)
そのページの下の方(3分の2を過ぎたあたり)に、インドSGIのこれまでの教育活動が紹介されている。見出しだけ拾い出してみると以下のようなものであった。5番目に「インド創女設立」トピックがあるのに注目いただきたい。(括弧内は見出しの和訳と内容概略)

Tsunami Longterm Relief 
  
(津波被害長期支援:  2004年インド洋大津波の被災児童の教育支援)
Encouraging the reading habit amongst children in MCD schools
  (デリー市内の公立学校児童を対象とした読書習慣促進活動)
Picture Books Catalogue
  (絵本カタログ:  世界の絵本を紹介した目録を作成、インド国内の学校や図書館に配布)
For street and slum children
  (ストリートチルドレンやスラムの子供達のために:  社会から疎外された子供達をサポートする現地NGOに創価メンバーが協力)
Soka Ikeda College for Women
  (インド創価池田女子大学:  バスカラ高校内にインド創女が設立された)
The Challenges of the New Millennium and the Role of Education
 (「新世紀の課題と教育の役割」シンポジウムの開催)

これらを見ると、インド創女の設立もインドSGIの教育活動実績の一つとして挙げられていることが分かる。組織的に無関係な他者の業績を我が実績としてカウントするなどという破廉恥なことを宗教団体がするとは思えないので、上記は、インド創女が創価主導で設立されたものであることをインドSGI自ら表明したものと言えよう。
当然、トピックの説明文には、大学役員リストで“創立者”とされているバスカラン氏の名は一切出てこない。かろうじてクマナン氏の名が“尽力者”として登場するのみだ。インド創女トピックの説明文は以下の通り。
Soka Ikeda College for Women
The Soka Ikeda College of Arts and Science for Women is in the city of Chennai (formerly Madras) in southern India. Established through the efforts of the Indian poet and educator Dr. Sethu Kumanan, the college is presently housed at the Sethu Bhaskara Matriculation Higher Secondary School.
(拙訳)
創価池田女子大学
インド創価池田女子大学は、インド南部のチェンナイ(旧マドラス)市にある。インドの詩人であり教育者であるセトゥ・クマナン博士の尽力を経て設立されたもので、大学は現在セトゥ・バスカラ高校内に置かれている。



インド創女でも軽視されている“創立者”バスカラン氏


セトゥ・バスカラン氏とその娘婿クマナン氏および各教育機関の関係を図示すると以下のようになる。(クリックで拡大)
セトゥファミリー組織図

上図で分かる通り、バスカラン氏は彼ら一族が運営する教育機関の中心人物である。インド創女の役員リストでもfounder(創立者)と公称されているのだが、同大オフィシャルサイトでのバスカラン氏の扱いは驚くほど軽い。というか、ほとんど顧みられていない。

通常、私学のホームページにはたいてい創立者紹介ページが設けられ、建学精神なり教育理念なりが語られているものだが、同サイトには"名誉創立者”の池田氏やクマナン議長や学長の写真付き紹介ページはあっても、なぜか公称創立者たるバスカラン氏の紹介ページがないのだ。(http://sokaikedacollege.in/上部の"about us"メニュー参照)。
そもそも同サイトでは、バスカラン氏の名は役員リスト以外には全く出てこない。About Us(本学について)ページの大学略歴部分にも登場しない。大学オフィシャルサイト内におけるバスカラン氏の存在の軽さは、同氏が真の創立者ではなく名目上のお飾りに過ぎないことを物語っている。

それに比して、同サイトでは池田宣揚記述が異様なほど多い。信心もしておらずSGI会員でもないのに池田氏をmentor(師匠)と呼んで讃えるクマナン氏の池田崇拝の気色悪さについては次稿で検証するが、同大サイトの池田信奉の濃密さは創価学園系サイトかと見紛うほどだ。

バスカラン氏が軽んじられ、池田氏が偏重されている様子からも、インド創女の真の(陰の)創立者が池田氏であるという真実が透けて見えてくる。

このように書くと、「クマナン博士は池田先生の“母”の詩を読んで感銘を受け、池田先生を師匠と定め、創価教育実践を目指して女子大を作ったのだから、オフィシャルサイトで池田先生を讃える文があっても不思議はない」などの反論が学会員筋から聞こえてきそうだが、それは前段(下線部)の美談が真実であればの話である。美談の信憑性の検証がまずなされなければならい。それについては次稿で考察するとして、
さてこのインド創女、不可解なことがまだある。

キャンパスなき開学

次のグーグル・アース(Google earth)の画像を見ていただきたい。
インド創価池田女子大学の現在の姿である。2011年の航空写真だ。(クリックで詳細表示、以下同)
isic20110524

さて、創価メディアがインド創女の開学について初めて伝えたのは開学1年前の1999年8月である。(下記記事参照)
--------------------------------------------
(1999.8.26の聖教「寸鉄」 インド創女開学一年前)
・SOKA IKEDA WOMEN'S COLLEGE インドに『創価池田女子大学』クマナン博士が創立 明年開学へ「池田先生は平和と人間教育の偉人敬愛する師の名前をぜひ新大学に」
----------------------------------------------


開学1年前にすでに大学名に「創価」と「池田」を冠することが決まっていたわけであるが、その明年すなわち2000年開学当時の航空写真を見てみよう。開学4ヶ月後のものだ。便利なことにグーグル・アースでは同じ地点の過去の画像も見ることができるのだ。
isic20001213
開学時点(2000.12)ではまだキャンパスらしきものはなにも見当たらない。土地の造成すら始まっていないようだ。では開学一年後(2001年8月)にはどうなっているか。
isic20010831
一年後も全く変化なし。そして開学二年後(2002年6月)を見ると
isic20020601
開学2年後にしてようやく基礎工事が始まったようだ。

こうした経緯を、昨年流行語大賞を獲ったワイルド・スギちゃん風に言うと・・・

  校舎も何もない原野に女子大を開学しちまったぜェ!ワイルドだろォ!?
  
ということになるのだが、まあ、実際には女子大はセトゥ・バスカラ高校の校舎内に2000年8月に設置されたようだ。いわば高校付属大学という形から出発したのがインド創女である。大学付属高校というのはあるが、高校付属大学というのは聞いたことがない。また、大学校舎もキャンパスも全く整ってない段階で大学開校というのは前代未聞だ。

さて、クマナン氏は、大学建設用地の造成すら始まっておらず、高校に仮住まい予定という準備不周到な段階で「大学開学」をぶち上げ、かつ「創価」「池田」の名を大学名として師匠におねだりしたことになるのだが、弟子を自認する者の振る舞いとしては、あまりにも拙速、拙劣すぎよう。

一方、池田氏は、クマナン氏の持ち込んだ準備不周到な大学話に乗って「創価」と「池田」の名を与えたということになるのだが、これも奇怪だ。「創価」という単語は商標登録されている。役務範囲として老人用おむつや生理用品に至るまで数百種類もの物品やサービスを指定した登録がなされており、創価の異様なまでの商標権防衛意識の強さが伺える。そんな池田創価が、先師が育んできた「創価」のブランドを、今後どうなるとも分からぬ大学に(そして会ったこともないインド青年やその義父に)唯々諾々と与えるだろうか。

だが、インド創女が池田創価の主導で設立されたものであるなら、すべてがストンと腑に落ちる。

ここで字数制限に達した。続きは次稿で。次稿では主にクマナン-池田美談の信憑性について論考したい。

インド創価池田女子大学の怪(1)

前回、池田偉人化工作の一例として、"池田”名を冠した「青島池田桜花小学校」の作られ方について検証したが、今回は「インド創価池田女子大学」について考察する。

このインド創価池田女子大も、創価学会によると「創価教育と池田SGI会長の哲学への共感から、世界各国に牧口初代会長、SGI会長の名を冠した教育機関が設立されている(2009/10/16付聖教・学会創立80周年記念特集記事)」例の一つに数えられている。このレトリック(修辞法)だと、同女子大が創価と無関係な第三者によって、創価の関与が一切ない形で創設、運営されているかのように見える。しかし、青島池田桜花小学校の茶番例もある。同女子大の創設の由来についても素直に額面通り受け取ることはできない。
というわけで、実事求是してみることにした。

インド創価池田女子大の誕生由来について、池田氏は次のように説明している。
-----------------------------------------------------------
 聖教新聞を読んだ方から、「この『創価』と『池田』の両方の名前を冠した大学は、どのようにして創立された大学ですか」という質問が寄せられたので、簡潔に説明させていただく。
 この大学は、私ではなく、インドの教育者であり詩人であるセトゥ・クマナン博士らによって、チェンナイ(旧マドラス)の地に創立された。
 8月13日は、この創価池田女子大学が、2000年に開学した記念の日である。
 クマナン博士は、幼稚園から高校までの一貫教育校「セトゥ・バスカラ学園」の理事長も務められている。
 博士は1996年、ここ群馬で開かれた「世界詩人会議」に参加されている。
これが、博士と創価教育の理念との出あいのきっかけになった。
 クマナン博士は、私の「母」の詩に深い共感を寄せてくださり、創価教育を実践する女性教育の最高学府をインドに設立することを決意された。そして、実現されたのである。
 開学にあたり、博士から光栄にも、私に「名誉創立者」、妻に「名誉学長」に就任をと強い要請をいただき、謹んでお受けした次第である。
 (2004.8.19関東会・東京会 合同研修会での名誉会長のスピーチより)

http://www.3colorflags.net/sintyaku3/200408193.txt
-----------------------------------------------------------

もうひとつ、クマナン"博士”自身による説明。インド創価池田女子大創立の翌年に池田氏との対談で語られたものだ。聖教新聞の訳編によるものゆえ、読み取りには注意が必要であるが、とりあえず第一次資料として引用提示しておく。
-----------------------------------------------------------
 (中見出し)なぜ「創価」と「池田」の名を?

 SGI会長:クマナン議長が創価学園で行ったスピーチは、出席した同窓生たちに深い感動を与えました(16日)。
 「なぜ、インドに『創価池田女子大学』を創立されたのか、もっと詳しくお聞きしたい!」――そうした声も数多く寄せられました。

 クマナン議長:じつは10年ほど前、セトゥ・バスカラ学園が設立された時、「将来、女子大学をつくろう」と考えていました。
 ある時、池田先生の「母」という詩に巡り合いました。そして、先生の詩を毎日、学園で読み合うようになりました。
 その後、詩人のモハン博士(インド最高裁元判事)とともに(群馬での世界詩人会議で)来日した際、私に笑顔で話しかけてくれた方が、創価学会のメンバーでした。先生の詩心の世界について、いろいろ語り合いました。
 私も詩人、先生も詩人――そう思っておりましたが、創価大学に案内されてショックを受けました。"先生は、ただの詩人ではなく、教育者であり、大学まで創立しておられたのだ!″
と。
 それで、学園の新校舎を「池田博士校舎」と名づけることにしたのです。
 私のいるチェンナイでは、おおぜいのSGIのメンバーが活動していました。そこで「ソウカ」が「価値創造」の意味だと知り、SGIが仏法を基調とした団体であることを知りました。池田先生が詩人、教育者であるばかりか、仏法指導者であることも知りました。


 SGI会長:温かいご理解、感謝します。


 議長:続いて、国際学生新聞「イ二ヤ・イケダ(優しい池田先生)」を始めました。
 それでも「これだけでは、わが師匠・池田先生のために十分ではない」 と思ったんです。さらに「池田博士学園」を始めました。身寄りのない子どもたちが学ぶ学園です。
 そして、女子大学の設立に取り組みました。
 その大学に、我らの師匠、池田先生の名前を付けることは、深く心に期しておりました。
 また私は、創価学会の活動を見ていて、人が困難にぶつかれば、すぐに駆けつけ、ともに乗り越えていく姿に感銘を受けました。それで、「池田」と「創価」と両方の名前を冠しようと決めました。池田先生も快く承諾してくださいました。
 このようにして「創価池田女子大学」は誕生したのです。〈同大学は国立マドラス大学に所属するカレッジ〉
(聖教新聞2001/9/20 『SGI会長 インド「創価池田女子大学」一行と語らい』より)
http://www.3colorflags.net/sintyaku/20010920.txt
-----------------------------------------------------------

上記のほか、同大の設立由来に言及した記事は無数にある(よほど自慢らいしい)。
要するに、池田氏の詩に感銘を受けたクマナン氏が池田創価思想に傾倒し、池田氏を生涯の師匠と定め、ついには"池田&創価”を冠した大学まで創ってしまった、ということらしい。真実なら、なかなかの"師弟美談”である。

しかし、世の常として、当事者によって語られる美談には、その裏に何か不都合な真実が隠されていることがままある。特に池田氏を主人公とする美談は殊更注意が必要だ。

で、インド創価池田女子大学に関して私が立てた検証テーマは以下の3つ。
(1)「池田-クマナン師弟美談」はどこまで真実なのか。
(2)インド創価池田女子大学の陰の創立者は誰か。
(3)インド創価池田女子大学の運営に池田創価は全く関与していないのか。

時系列で並べると上の順番になるのだが、論証の都合上、(3)~(1)へと逆順に話を進めていく。


●池田夫妻がインド創価池田女子大学の経営に参画

創価学会側は、インド創価池田女子大と池田創価の間にはスピリチュアルな師弟関係があるのみで、経済的、組織的な繋がりは一切ないかのように装っている。しかし私の調べたところ、両者は密接に繋がっている。もちろんここでいう「繋がり」とは、池田や創価の名前をもらったとか、創価教育を謳っているとか、日本の創大と姉妹校関係にあるといった抽象的な「繋がり」のことではない。池田創価が同大学の経営に当事者として深く関わっている、という意味だ。

その証拠を示す。
下記リストは、同女子大のオフィシャルサイトで公開されている大学の役員組織のリストである。
池田夫妻およびインドSGI代表Ouchi氏が役員としてしっかり名を連ねていることが分かる。
[( )内は蛍の参考訳。学会関係者には★をつけ、赤字にした。]
----------------------------------------
ADVISORY BOARD(諮問委員会)


Dr. Akash K.Ouchi(アカシュ・K・オウチ博士)
 Representative in India, Soka Gakkai International, New Delhi.(インドSGI代表)

・Dr. N. Radhakrishnan(ラダクリシュナン博士)
 Chairman, Indian Council of Gandhian Studies, NewDelhi.(ガンジー研究評議会議長)

・Dr. S. Lakshmi(S・ラクシュミー博士)
 Former Vice –Chancellor, Mother Teresa Women’s University, Kodaikanal.
 (マザーテレサ女子大・前副学長)
・Justice S. Mohan(ジャスティス・S・モハン)
 Former Judge, Supreme Court.(元最高裁判事)

(以下2名略)

------------------------------------------------
MANAGING BOARD(経営役員会)

★Dr. Daisaku Ikeda(池田大作博士)
 Honorary Founder(名誉創立者)

★Mrs. Kaneko Ikeda(池田香峯子女史)
 Honorary Principal(名誉学長)

・ Mr. Sethu Bhaskaran(セトゥ・バスカラン氏)
 Founder(創立者)

・Dr. Sethu Kumanan(セトゥ・クマナン博士)
 Chairman(議長)

・Mrs. Kogilam Kumanan(コギラム・クマナン女史(クマナン夫人)) http://www.facebook.com/kogilam.kumanan
 Secretary(秘書)

・Dr.P.Ranjithakani(P・ランジタカニ博士)
 Advisor(アドバイザー)
・ Mr. Rajiv M.Takahashi(ラジブ・M・タカハシ氏 SGI関係者?
 Educational Advisor(教育アドバイザー)

・Dr. Rani Christhu Dhas
 Principal(学長)


-----------------------------------
COLLEGE GOVERNING BODY(大学理事会)

・Dr. Sethu Kumanan (セトゥ・クマナン博士)
 Chairman(議長)

・Mrs. Kogilam Kumanan(クマナン夫人)
 Secretary(秘書)

以下6名略
--------------------------------------------------------------
(インド創価池田女子大学オフィシャルサイトより)
http://www.sokaikedacollege.in/advisory_board.html

リスト中、 Mr. Rajiv M.Takahashi(ラジブ・M・タカハシ)
の名があるが、下記2箇所のサイトの写真等から推測するに、彼もSGI関係者と思われる。

https://picasaweb.google.com/102444401585515661022/FourVirtues_2#5163765173136197810
http://www.facebook.com/indtaka

池田夫妻が名を連ねるMANAGING BOARDは「経営役員会」と訳したが、他の訳し方もあるかも知れない(企業ならば「取締役会」と訳される)。
いずれにしても実質的経営陣の一員として池田夫妻が加わっていることは明らかだ。もし彼らが名ばかりの名誉役員であるなら"honorary~(名誉なんたら) "の但し書きがつき、正規メンバーの後に書かれるものだが、そういう但し書きもなく、しかも池田夫妻、SGI最高幹部ともに序列のトップに記されている。つまり上記リストは、創価から3人(あるいは4人)もの人間がインド創価池田女子大経営陣に現役として名を連ね、中心的役割を担っていることを示すものである。

学会メディアは同大について、「池田先生の詩を読んで感銘を受けたクマナン議長が、自ら創立した女子大学に池田&創価の名をつけ、さらに池田氏に名誉創立者、夫人に名誉学長になってもらうよう強く要請した」という“美談”を喧伝するのみで、池田夫妻やインドSGI最高幹部が同大経営に関与しているという現実は学会員に一切明かしていない。そんな泥臭い現実を晒してしまうと、創価が語る“池田―クマナンのピュアな師弟愛”との整合性がとれなくなるからだろう。

インド創価池田女子大の経営に池田夫妻およびSGI最高幹部が関わっている以上、同大は池田創価と無関係な第三者機関ではもちろんない。他の創価ファミリー企業同様、完全な身内機関であるといえる。ということは、同大が池田氏に与えた「マハトマ(偉大なる魂)賞」も、“カネコ・イケダ図書館”の命名も、同大の職員・学生すべてが「イケディアン」宣言したというのも、身内が身内を(あるいは自分で自分を)讃えている図であり、鼻白む茶番劇であったということだ。それを非創価の第三者が客観的に池田氏を絶賛しているかのように喧伝する学会の詐術体質は、もはや病的というほかない。

インド創価池田女子大の陰の創立者は誰か

さて、池田夫妻らが経営に関与していることは分かった。しかし私の最大の関心は、検証テーマ(2)の「インド創価池田女子大学の陰の創立者は誰か」という点にある。

以下、考察、検証していくが、そのための予備段階として、ある相関関係を整理、説明しておかなければならない。
というのは、創価の隠蔽体質が災いしているのか、インドの池田女子大に関する創価側の説明が端折りすぎていて、相関関係が分かりにくかったり、誤解されやすいものになっているからだ。

何のことかと言うと、インド創価池田女子大の(表向きの)創立者と、(表向きの)経営母体のことだ。
創価の説明では同女子大の創立者はクマナン氏ということになっているが、これは正確ではない。前掲リストに“ Mr. Sethu Bhaskaran/Founder”とある通り、公式にはセトゥ・バスカラン氏が創立者である。(バスカラン氏はクマナン氏の義父(クマナン夫人の父親))。

そして、同女子大の(表向きの)経営母体は、セトゥ・バリアンマル教育財団であり、バスカラン氏はそこの会長でもある。(*1)
前掲の池田氏やクマナン氏のスピーチに出てくるセトゥ・バスカラ学園も、セトゥ・バリアンマル教育財団が創設・経営している学校だ(*2)。

つまりインド創価池田女子大、バスカラ学園ともに、創立者はセトゥ・バリアンマル教育財団会長のバスカラン氏であり、その娘婿であるクマナン氏が理事長(女子大では何故か議長と呼ばる)として両校を運営している---これが“公式に”表明されている相関関係である。

ところが、池田創価は公式な創立者であるバスカラン氏を差し置いて、ナンバー2のクマナン氏を「創立者」扱いしているのだ。これはバスカラン氏にとっては失礼極まりない話なのだが、これは一体どういうわけか。

と、ここまで書いて、記事の文字数制限に達した。続きは次稿で。
続編をUPするまでの場つなぎとして、一つ興味深い画像を「予告キャッチ」として掲載しておく。

下記画像は2011年のインド創価池田女子大の航空写真である。(クリックで拡大)
isic20110524
そして、下記は同女子大が開学したという2000年8月から4ヶ月経った後(2000/12)の同地の航空写真である。
isic20001213
つまり、インド創価池田女子大は学舎もないまま“開学”したことになるのだが・・・・・・・

[論拠資料出自]
----------------------------
(*1)Soka Ikeda College of Arts & Science for Women is yet another educational institution run by the Sethu Valiammal Educational Trust.
(創価池田文理女子大学(=インド創価池田女子大)はセトゥ・バリアンマル教育財団が運営するもう一つの教育機構である)
http://sethubhaskara.in/campus.html

(*2)Sethu Bhaskara Matriculation Higher Secondary School run by the Sethu Valliammal Educational Trust.(中略)Mr.Sethu Bhaskaran is the founder of the School
(セトゥ・バスカラ学園はセトゥ・バリアンマル教育財団が運営している、(中略)セトゥ・バスカラン氏は同学園の創立者である)
http://sethubhaskara.in/about.html

「実事求是」の勝利 "博士号”詐称を認めた創価学園

インド創価池田女子大の記事をUPする前に、ある重大な事実を発見したので、まずそれをご紹介。

2010/8/9の弊ブログ記事で、創価学園の英語版公式サイトの「創立者プロフィール」にある"Dr. Ikeda(池田博士)"なる学位詐称記述の違法性について指摘した。(こちら)

学会関係者は弊ブログは見ていなくとも、『慧妙』に転載寄稿した同記事を見て、詐称指摘は知っていたはずだ。しかし、その後しばらくの間、学園サイト記述の変更はなかった。このまま居直るつもりかと思っていたが、今日、インド池田女子大がらみでネット調べの最中、ふとその詐称記述を思い出し、当該記事(*1)を見直してみて驚いた。

なんと、かつての創立者プロフィール英文に散在していた「Dr.」(=博士号詐称)がことごとく消えているではないか。

変更前(詐称時)の創立者プロフィール記述は以下のようなものであった。(英文を読む必要はありません。色付き箇所のみ確認してください)
-----------------------------------------------------------
Daisaku Ikeda, honorary president of the Soka Gakkai and president of the Soka Gakkai International, was born in Tokyo on January 2, 1928, and graduated from Fuji Junior College. In addition to Soka University and the Soka Schools, Dr. Ikeda has founded numerous other institutions, including the Min-On Concert Association, the Tokyo Fuji Art Museum, the Institute of Oriental Philosophy and the Toda Institute for Global Peace and Policy Research. Through such institutions and his various activities, he aims to promote peace, culture, and education and to encourage dialogue among educational, cultural, and political leaders around the world.

Recognition of Dr. Ikeda's efforts has come in the form of many awards, such as the UN Peace Award, the National Order of the Southern Cross of the Republic of Brazil, the Cross of Honour for Science and Art from the Republic of Austria, the Kenya Oral Literature Association Award and the title of Poet Laureate from the World Academy of Arts and Culture. He has also received honorary doctorates and professorships from universities and academic institutes around the world. Dr. Ikeda's many published works include The Human Revolution (12 volumes) and dialogues such as Choose Life: A Dialogue with Arnold J. Toynbee, Dawn After Dark with Rene Huyghe, as well as Before It Is Too Late with Aurelio Peccei, A Lifelong Quest for Peace with Linus Pauling, Dialogue between Citizens of the World with Norman Cousins, and Moral Lessons of the Twentieth Century with Mikhail Gorbachev.
-----------------------------------------------(過去記述の魚拓より*2)

以前掲載されていた上の内容から、赤色表示の「Dr.」の詐称を削除し、緑色表示の自慢話を削除したものが、修正された現行のプロフィールである。重複を避けるため修正文の引用は省略する。下記サイトで確認していただきたい。
http://www.soka.ed.jp/english/outline/index.html(創価学園英文サイトの創立者紹介文)
日本語の意味は学園サイトの下記ページを参照いただきたい(後半の段落)。
http://www.soka.ed.jp/introduce/index.html(創価学園日本語サイトの創立者紹介文)
なお、日本語版では、上記緑色の部分も含めた内容が記述されている。

まあ、創価や創価学園の関係者は、「蛍ブログや慧妙からの指摘を受けて修正しました」などとは口が裂けても言わないだろうが、いずれにしても、私の指摘が的外れでなかったことを、創価学園自ら証明してくれた、ということになる。
まずはメデタシメデタシである。

(*1)当該記事といっても創価学園サイト内の元ページは削除されており、蛍ブログ記事中のリンクから飛ぶと空振りする。通常は同じページのまま中身に修正を加えれば済むはずなのだが、先ずページごと消去してURLの異なる別ページをしつらえ、そこに修正済みのプロフィールを載せるというやり方だ。もともと「詐称」ページなど存在しなかった、かのように見せる小細工か。(魚拓を取っておいてよかった)。

(*2)過去記述の魚拓:http://megalodon.jp/2010-0809-2340-53/www.soka.ed.jp/english/introduce/index.html

中国の冠“池田”小学校の茶番

宿題を一つずつ片付けます。

まず二つの聖教記事を見ていただく。先ず最初は2009年10月の聖教記事。
--------------------------------------
卓越した教育理念に共鳴 各国に池田SGI会長の名を冠した教育機関が創価教育と池田SGI会長の哲学への共感から、世界各国に牧口初代会長、SGI会長の名を冠した教育機関が設立されている。
(中略)
中国では「青島池田桜花希望小学校」(02年)が開校。
(後略)
聖教新聞2009/10/16 創価学会創立80周年記念特集記事
--------------------------------------


次に2006年10月の自賛記事。
----------------------------------------
〈中国〉青島の池田桜花希望小学校に 『 香峯子音楽堂 』 が完成 
池田名誉会長が「名誉校長」開校4周年
「中日の“千年の往来” 教育への貢献に敬意」 { 副 市 長 }

 中国の 「青島池田桜花希望小学校」に、池田名誉会長夫妻の中日友好への貢献を讃え 「香峯子音楽堂」が完成。
 その銘板除幕式が9月24日、同校のある青島膠南市の姜巧珍副市長ら来賓が出席し、盛大に行われた。
2002年8月の開校の折、名誉会長は同校の「名誉校長」に就任している。
 「池田先生の奥様である香峯子夫人の名を冠した音楽堂が完成した本日は、両国 の“千年にわたる友好往来”の歴史の上で、新たな発展の節目となるでしょう!」
 晴れの除幕式で祝辞に立った姜市長は、喜びをこう語り、名誉会長夫妻の長年にわたる教育・ 科学・文化への尽力に敬意を表した。
聖教新聞2006/10/06
------------------------------------

これらを併せ読むと、2002年8月に“池田哲学に共感して”「池田」名を冠した小学校が中国にでき、池田氏に名誉校長の称号が贈られた。さらに4年後、同校に"池田夫妻の日中友好を讃えて”池田夫人の「香峯子」名を冠した音楽堂ができた、ということである。

ところが、例のごとく主語を隠しているため、一体どこの誰(どの機関)が池田氏に共感して冠「池田」小学校を作り、夫人を讃えて冠「香峯子」音楽堂を作ったのか、さっぱり分からない。聖教がこの手の記事で主語を省く場合は、自作自演である可能性が濃厚だ。

しかし、上の記事は2006年と2009年のものであり、もしかしたら、学校ができた2002年8月あたりの聖教には誰がどういう経緯で「池田」名を冠した小学校を建てたのかが報じられているかも知れない。そう思って縮刷版を持っている知人に調べてもらったのだが、2002年8月、9月の聖教では見当たらなかった。それ以降も恐らくないだろう。あったとしても、例のごとく主語を隠した書き方になっているはずだ。なぜなら、以下に述べるように、同校は創価側からの全面的資金援助で建てられたものだからだ。学校名を上の2記事のような自賛ネタに再利用していくためには、「我々が建てた」ということは隠し通さなければならないからだ。

では、同校誕生に創価が絡んでいることを示す証拠を挙げる。

先ず下記データ。
「中国希望プロジェクト」にNPOとして協力している旅行社が公表しているものだ。希望プロジェクトとは、国内外からの寄付で中国の教育貧困地区に学校を建てようという教育支援計画のことである。運営主体は中国の『中国青少年発展基金会』。1990年ごろから始まり、日本からも多くの個人や団体から支援が寄せられている。下記はそのうちの一つ、くだんの「池田桜花希望小学校」のデータだ。
--------------------------------------------
落成式日 2002年8月29日
都市名 中国山東省膠南市大場鎮
学校名 膠南市池田桜花希望小学校  (=青島池田桜花希望小学)
規模 6階建て、24教室、教職員室、図書室1室、校庭完備
援助額 600万円
生徒数 1200名
受入単位 山東省膠南市人民政府外事弁公室
主催者 福岡県筑豊交響楽団
運営状況 良好
http://www.fjctravel.co.jp/kiboschool.htm
--------------------------------------------

つまり、「池田桜花希望小学校」は福岡の筑豊交響楽団が600万円を寄付して建てられたということだ。
筑豊交響楽団というのは、かつての炭鉱都市・飯塚市に拠点を置くアマチュアの市民オーケストラのことだ。日本の地方オーケストラは押しなべてフトコロ事情が厳しいと聞くが、そんな中、600万円もポンと寄付できるとは裕福な楽団もあるものだなと思いつつ、さらに調べてみると、興味深いことが分かってきた。

筑豊交響楽団の団長M氏はなんと創価学会芸術部に属する学会員であった。また同楽団は南京大学から池田氏に名誉教授称号が贈られた際、池田氏に同行して南京を訪れ演奏するなど、学会の重要なイベントにたびたび登場するほど、学会から重用されている楽団でもある。

なおM氏の息女二人も著名なミュージシャンであり芸術部員である、それについても興味深い情報が多々あるが、彼女らはここでは関係ないのでこれ以上触れない。

要するに、M氏は極めて熱心な学会員であり、M氏率いる筑豊交響楽団は学会の御用楽団的な位置づけにあり、その楽団が出資して中国に小学校を建て、「池田桜花希望小学校」と名づけた、ということだ。(出資者には校名を自由に命名できるという特典がある[*1])

つまり、冒頭の2記事は学会関係者が学会トップ夫妻を称賛しているだけのことであり、身内褒めの茶番記事に過ぎなかったということだ。しかし、話はこれでは終わらない。これで終わったら、「M氏が池田氏を尊敬するあまりに為したことであり、学会は学校設立には関与していない」と逃げる余地が残る。

ここで次の記事を見ていただこう。池田桜花希望小学校が開校した時の地元新聞の記事だ。
------------------------------------------------------------------
2002年8月29日12:15  青島晚報

  青島新聞網 2002-08-29 11:00:15 本報今日訊上午,青島池田櫻花希望小學在我市膠南大場鎮正式落成。據悉,這所小學是由日本福岡築豐交響樂團捐資人民幣40萬元和日本創價學會會長池田大佐先生捐資人民幣20萬元共同捐建的。
 據了解,日本築豐交響樂團是日本創價學會下屬的一個民間組織,該樂團自2000年至今,共捐款人民幣90多萬元用於慈善事業。
 新建成的青島池田櫻花希望小學佔地5119平方米,教室72間,在校學生1030名。由池田大佐先生出資的20萬元,將用於建設一座圖書館,這將是我市目前希望小學中惟一的、設施最完善、規模最大的圖書館。該小學的建成使用將極大地改善當地教學條件。
 據悉,自1991年我市捐建希望小學以來,我市共建設希望小學68所,青島池田櫻花希望小學是日本友人捐建的第三所希望小學。(馬兵)
http://news.sohu.com/22/01/news202890122.shtml

(拙訳)
2002年8月29日 青島晚報
 青島ニュースネットワークが報じたところによると、今日午前、青島池田桜花希望小学校が青島市膠南大場鎮に正式に完成した。同校は日本福岡筑豊交響楽団の寄付40万元(=600万円)および、日本創価学会会長池田大佐(ママ)氏の寄付20万元(=300万円)の共同支援により建設されたもの。
 筑豊交響楽団は創価学会に所属する民間組織である。同楽団は2000年から今日まで合計90万元(=1350万円)以上の寄付を寄せている。
 完成した青島池田桜花希望小学校は、敷地5119平米、72教室、収容学生数1030名という規模である。池田大佐(ママ)氏が出資した20万元(300万円)は同校図書館の建設に当てられる。膠南市にある希望小学校の中でも唯一の、設備の完備した、規模最大の図書館となる予定だ。
 同校が完成したことで大場鎮の教育条件は大幅に改善される見込みである。
 1991年に始まった青島市の希望小学校建設プロジェクトにより、当市には68校がすでに出来ているが、青島池田桜花小学校は日本の友人の寄付で建設された3番目の学校である。
-------------------------------------------------------------------

つまり、青島池田桜花希望小学校の建設には、当初から池田氏本人が筑豊交響楽団と共に出資者として関わっていたということだ。このように自腹で作った学校も、聖教新聞の手にかかると、
「各国に池田SGI会長の名を冠した教育機関が創価教育と池田SGI会長の哲学への共感から(中略)SGI会長の名を冠した教育機関が設立されている。(中略)中国では「青島池田桜花希望小学校」(02年)が開校。」
という美談に変質するから恐ろしい。希望プロジェクトへの慈善行為そのものは価値ある尊いものだが、その経緯を歪めて個人崇拝のプロパガンダに利用するとは・・・・、宗教団体として恥ずかしいとは思わないのだろうか。

ちなみに、この記事によると、筑豊交響楽団は2000年~2002年までの3年間で計1350万円もの寄付をしているが、前述したように、地方の市民オーケストラはほとんど例外なく経営が苦しいはずで、よくそんな大金が出せたものだと驚かずにはいられない。さらに別の資料[*2]によると、同楽団は2003年には30万円相当の図書とピアノを同小学校に贈呈し、また2004年には同校から小学生11名を飯塚市に招待し、その際150万円相当の楽器を贈呈して同校に吹奏楽団を設立させている。2006年の「香峯子音楽堂」もその流れであろう。

とにかく筑豊交響楽団の同校支援にかける情熱は相当なものであるが、同時に資産に相当な余力がないとできない慈善活動でもある。私はいくつかの根拠をもとに、楽団は名義のみで、それらの原資は学会から出たのではないかと推論しているが、それらの根拠を語るには団長M氏の個人的事情に言及しなければならなくなるので、ここでは控える。

いずれにしても、池田氏と学会関係者が設立に関与しておきながら、その事実を隠し、学会と無関係な第三者が池田氏を尊敬して冠「池田」学校を建てたかのように読ませる礼賛記事を、聖教は恥かしげもなく書いていたというわけだ。これが「正義と真実の新聞」を自認する聖教新聞の真実の姿であるのだが、学会員諸君、そろそろ目を覚ましてはどうか。

次回は、ネット創価員らが学会は設立に無関係と言い張っている「インド池田女子大学」について検証する。

備考および参照サイト------------------------------------------------
[*1]:学校の命名については、希望プロジェクトの管理規則で以下のように規定されている。
   (四)寄付者から要望があれば、寄付者が指定した名称を希望小学校に冠することができる。
   http://www.cydf.org.cn/shiyong/html/lm_448/2007-04-27/091334.htm
   なお、別の規定で「希望小学」の4文字は必須となっており、外せない。

[*2]:膠南市のオフィシャルサイトにある「2004年膠南市大事記」。
    http://www.jiaonan.gov.cn/website_department/dangan/xiangxi.asp?id=8049&k=%CA%D0%B4%F3%CA%C2%BC%C7

「伝統の2月闘争」の眉唾

知人の学会員から最近(2月)の地区座談会の様子を聞いた。

聞けば、「伝統の2月闘争」がやたら強調されていたという。
昭和27年1月、池田氏が蒲田支部の幹事に任命され、その直後の2月、支部は未曾有の201世帯の折伏を成し遂げた、それは若き池田先生の獅子奮迅があったればこそ、という文脈の英雄伝説だ。

座談会では未来部の少年らが池田氏の青葉荘時代のエピソードを紙芝居で紹介したそうだ。知人によると、それは1月の衛星放送で流された池田神話を紙芝居化したものだが、未来部員が創意工夫したものではなく、学会上部が印刷配布した線画に学会員が塗り絵しただけのお仕着せ紙芝居だったらしい。「語り」のシナリオもお仕着せだから、未来部員も誤読混じりの棒読みで、聞いていて痛々しいほどだったという。

さて、幼稚園の発表会のような手法を使ってまで、純真無垢な未来部員に池田英雄伝を刷り込もうとしているのかも知れないが、果たしてその「英雄伝説」は真実なのか。

「伝統の2月闘争」の自慢話は人間革命で1度(第5巻)、新・人間革命では2度(第3、8巻)語られている。通史スタイルの小説でありながら、しつこく蒸し返して喧伝しているのは、よほど自慢の出来事だったのだろう。
人革第5巻には、「蒲田支部で山本伸一が、はじめて二百世帯を超える折伏成果をあげた・・・・」とある。これはさすがに「伸一一人で200世帯以上を折伏した」という意味ではなく、「200超えは伸一の指揮の賜物」と読ませたいのだろうが、この表現は史実に正しく沿っているのだろうか。

随筆・新人間革命によると、その2月闘争は池田氏にとって「初陣」だったそうだが、そんな実戦経験の乏しいシンマイ幹事が、折伏の猛者たちの雲集する(A級支部と呼ばれた)蒲田支部を指揮・鼓舞し、それが200超えをもたらしたというのか。しかも池田幹事の上には「大蒲田の総帥」と呼ばれた小泉隆支部長(後の理事長)がいたわけで、その実力者小泉氏を差し置いて「200世帯超えは俺様一人の功績である」かのように後に吹聴できるほど池田青年は驚異的な働きをしたというのか。

もしそれが本当なら、池田氏はとてつもないスーパー・ルーキー、ニュー・ヒーローとして、当時の学会中にその名が轟き、聖教新聞にも賞賛記事があってもよさそうだ。そう思って昭和27年当時の聖教を調べてみた。

ところが、ない、ない、ない、ない・・・・どこにもない。
当時の聖教は一個人の活躍を宣揚するようなことはしなかったのかというと、さにあらず。無数にある。
例えば、「活躍する森角三兄弟、上原夫人等」の見出しで、入信以来半年で47世帯の折伏を成し遂げた快挙を褒め称えていたり(S26.10.10)、「学会の金太郎 岩本多美男君」の見出しで、邪宗折伏の武勇伝が紹介されていたり(S26.5.10)、また、仙台支部の急成長に貢献した渋谷邦彦支部長が写真付でクローズアップされたりしているのだ。この渋谷支部長にいたっては、戸田会長直々の支部長賞賛談話が載り、戸田会長が渋谷氏にネクタイを贈ったことまで報じられている(S27.11.1)。

なのに、「シンマイ幹事池田大作が初陣で蒲田支部に未曾有の折伏成果をもたらした」という歴史的快挙を窺わせる記事は1行もないのだ。これは何を意味するか・・・・。

池田氏の“快挙”を伝える記事はないが、彼の微笑ましい記事ならあった。2月闘争の最中、池田氏は戸田氏を介して白木かねさんとの婚姻話を進めていたらしく、3月10日に聖教2面に以下のような婚約報道がなされている。しかし池田氏の"2月の獅子奮迅の闘い”直後の記事にしては、中身がいささか奇妙である。

『池田大作君と白木かねさんの婚約が発表された、媒酌は飛躍を続ける大支部蒲田の総帥、小泉隆理事、5月3日の意義深い日に婚礼の式を挙げる。
 池田君と白木さんは蒲田支部内で前々から相思の仲であり、戸田先生は深い思いやりから2月に直直両家と話合われ、きわめて順当に話は決定を見た。
(中略)
五年後十年後のこの学会の幹部として、牧口門下の現幹部と共に活躍すべき戦士は今の青年部員でなければならない。
 このホープとして池田君の姿が大きくクローズアップされる、数年間戸田先生に忠実に御仕えし、朝から夜迄縦横に全東京を駆けている姿は実にたくましい、苦難の25年(昭和25年)も先生の陰の一人として戦い抜いて来た、この多忙の中に朝十分程の五大部の受講をすでに中ばを過ぎんとしている。青年部では作戦参謀として四部隊統合の重要な舵取りである。
 早くから家庭的に独立して戦って来た同君はこゝに内助の良夫人を得て更に力を増すであろう。同君は常に言う『天下を取ろう』と、大志努力の人池田大作君おめでとう。』


慶事報道の常として、ありきたりの言辞でいろいろ褒め上げてはいるが、池田氏が未曾有の折伏成果の大殊勲者であった云々という話は全く出てこない。まもなく新郎となる青年を褒める下りなのだから、直近の2月の"スーパーヒーロー”ぶりを華々しく紹介し、前述の功労者らのように折伏闘争の模範として讃えてもよさそうなものだが、一言もないのだ。
褒めるに事欠いて、全東京を駆けているだの、朝の10分講義を真面目に受けているだの、幹部として当たり前の姿をネタにするしかなかったのではないか。

以上の通り、当時の聖教新聞を見る限り、「蒲田支部で山本伸一が、はじめて二百世帯を超える折伏成果をあげた・・・・」という池田氏の自己申告「英雄ストーリー」を裏付ける客観証拠はない。そればかりか上の婚約報道などは、「英雄ストーリー」の眉唾ぶりを証明しているようにすら見える。

池田談「伝統の2月闘争」は本人が勝手に「俺様一人の手柄」と思い込んでいたか、自己を美化・神格化するために針小棒大に誇張(あるいは捏造)したか、いずれかであろう。

さて、冒頭で紹介した座談会では、「地域を大切にする池田先生」をテーマにした本部作成ビデオも流されたという。数十年前、池田氏が信濃町の本部近辺の商店主と談笑する映像があり、そのナレーションで「本部近隣の住民を大切にしてこられました」と語られたとき、私の知人は内心苦笑したそうだ。近隣住民を大切にしてきた結果が、地上げを積み重ねて出来あがったあの広大な学会本部城下町か・・・と。

御書研鑽&検索ソフト「蘭室之友」完成

長い冬眠でご迷惑をおかけしました。申し訳ありません。
しかしただ惰眠を貪っていたわけではありません。
一昨年来、御書研鑽のための便利なソフトを作ろうと、仕事や家事の傍ら、プログラムに取り組んでおりましたが、このたびようやく完成させることができました。今後、コンテンツの著作権関係の処理やらマニュアル作成を経て、春にはリリースしたいと考えております。ただし、本ソフトは著作権、編集権が存在するコンテンツを内蔵しているため、有償配布になると思います。

というわけで、昨年12月以降、ソフトの仕上げその他に忙殺されて、ネットの方は全くご無沙汰しておりましたが、今日からまた復活です。溜まっているブログ上の宿題やら某所での論争など、やるべきことがあまた残っておりますが、今日はひとまず、御書研鑽&検索ソフト「蘭室之友」のご案内。

************

御書検索ソフトといえば学会員有志による「満月城岡山 ネット御書検索」というオンライン検索ソフトがすでにあります。満月城ソフトはネット上で簡便に御書検索できる便利なツールですが、以下のような不満点があります。

1)AND検索(複数キーワードによる絞り込み検索)ができない。
2)OR検索(指定した語群のいずれかを含む検索)ができない。
3)NOT検索(不要語排除)ができない。
4)ヒット数の集計が不正確である。
5)文字化けするJISコードがある。
6)ヒット文の前後文脈を御書原文で確認するためのクリックリンク機能はあるが、原文表示が検索結果リストと同じ窓を使っているため、切り替えが煩わしい。

また、創価学会のオフィシャルサイトSoka-netにも御書のオンライン検索があり、こちらはAND,OR検索はできますが、3)のNOT検索ができない、6)の「原文参照が煩わしい」という問題はなお存在します。

原文参照が面倒なのは我慢できるとしても、NOT検索は絶対必要。なぜ必要かというと、

かつて巌虎氏のサイトで、光日房御書にある「本国」は一体どこを指すのか、ということが議論になったことがあります。その際、他の用例と見比べるために、満月城ソフトで「本国」を検索してみたところ、547件(Sokanetの検索ページでは464件)ヒットしましたが、そのほとんどは「日本国」を拾ったものでした。暇で根気強い人なら、それら膨大な結果群からピュアな「本国」例(実は9件しかない)を頑張って見つけ出そうとするかも知れませんが、せっかちな私にはとうてい無理。

そこで必要なのがNOT検索です。「本国」は含むが「日本国」や「本国土妙」は含まない、という条件設定ができれば、ピュアな「本国」のみが抽出できます。手前味噌ですが「蘭室之友」はそれができます。(実例は後述の検索結果画面のところで図示紹介)。

goshotitle

これ↑はソフト起動時のタイトル画面です。(クリックすると拡大表示します。以下同)


下図は「蘭室之友」起動直後の画面。
初期画面

これが「蘭室之友」の基本レイアウトです。
・左側は御書が常に開かれている状態です。起動直後は、起動時の月日と同じかそれに近い月日の御書が表示されます。この原文窓では、《富士宗学要集》や《法華経》を閲読・検索することもできます。

・右側は操作パネル。起動直後は扉絵として上のような富士山画像と、要文(重要な御文)が表示されます。要文は起動のたびにランダムに変わります。画像は季節ごとに自動的に変わる予定です。(自分の好きな画像に入れ替えることも可)。

・下部の細長いのは簡易年表です。表示御書が切り替わるたびに、その著述時期が年表上で★印で示されます。表示中の御文が大聖人の御生涯のどの時点で書かれたものかを直感的に知ることができます。
また、この年表には御書研究のための便利な機能があり、ある用語を検索した際、その用語の出現時期がすべて年表上にプロットされますので、用語の時系列的分布の考察に役立ちます。

右の操作パネルには7つの切り替えタブがあり、「全文検索条件設定」「検索結果画面」「対告衆別索引」「年月日指定索引」「要文一覧」「栞(しおり)&読了管理」「扉絵」を必要に応じて選択できます。
順に簡単に紹介しましょう。

全文検索条件設定パネル
検索設定(本国)

上図は、前述の「本国」をピュアに検索するための、「本国」は含むが、「日本国」と「本国土妙」は除外、という設定です。
検索実行すると、次のような画面になります。

リンク説明(本国)

右側の検索結果で任意の行をクリックすると、左の御書窓が該当御文に切り替わり、該当行にジャンプし色分けされます。満月城やSokanetで感じた原文参照の煩わしさが全くありません。

なお、検索結果はキーワードの前後の文字でソート(並べ替え)できるので、結果が多い時などに、整理、分析がしやすくなります。下図は、「事」「理」の2語が対比的に用いられた(とおぼしき)文を検索した後、キーワードの右1文字でソートした例です。類似用例がひと塊になっています。(一般的にはあまり使わないと思いますが、コーパス言語学ではよく使われる手法で、御書研究には一定役立つと思います)

(「理」を軸とし、その右の文字でソート)
事と理1

(「事」を軸とし、その右の文字でソート)
事と理2

検索に関しては他にもいろいろ便利な機能がありますが、これくらいにして、他の操作パネルを簡単にご紹介。

・対告衆別索引
対告衆

↑対告者を指定し、その人に与えられた御書のみに限定して拝読することができます。
対告者は別称でも検索できます。

・年月日指定索引
年月日

元号、年、月、日の全部あるいは一部を指定できる御書索引です。リストで御書名をクリックすると、該当ページにジャンプします。
上図は弘安2年に著された御書の一覧。右側には、選択された元号の期間の出来事が表示されます。

・要文集
要文

重要な御文を500件以上登録しています。
クリックすると原文の該当箇所にジャンプし、文脈の流れの中で要文を拝することができます。

・栞(しおり)と読了御書一覧
しおり

実際の御書に栞や付箋をつける感覚で、お気に入りのページや好きな御文に栞をはさむことができます。(原文右上の[栞]ボタンで)
栞にはメモを書き込むことができます。栞一覧表で任意の栞をクリックすると、左の御書窓に該当ページが表示されます。

右下の表は、読了御書の記録です。一篇を読み終えて原文右上の「了」ボタンをクリックすると、ここに日付が記録されます。私もこれを機に100%目指して頑張ろうと思っております。

・その他
「蘭室之友」は御書や富士宗学要集専用ソフトですが、「ファイル検索」ボタンを押せば、パソコン内の全テキストファイルを対象としたキーワード(複数指定可)検索もできます。

有償配布になるとしても、それほど高額にはなりませんので、よろしかったら御書研鑽の友として活用していただけると幸いです。








不動産登記謄本画像のネット公開の可否

今回の画像だけに限らず、今後のこともあるので、「公益法人の不動産登記謄本画像一部公開の可否」について、関係ありそうないくつかの役所に電話で相談してみた。
1.法務局
2.警察サイバーテロ対策課
3.人権擁護局(法務省)
4.総務省

知りたかったポイントは主に以下の4点:
1)公益法人の不動産登記情報は個人情報に当たるか:
2)公益法人に人権はあるか:
3)公開情報である登記簿の建物構造情報をネット公開するのは違法か:
 (違法ならどの法律に抵触するのか):
4)登記簿謄本に著作権はあるか:

以下がそれぞれ部署からの回答を総合して得た結論だ。断定調で簡潔に書いているが、実際は、お役所の共通体質か、いずれも相手は断定せず、「と思います」とか、別の言いまわしで肯定or否定したものだ。私が心証を汲み取って結論を抽出したものだ。
なお4つの部署に4点すべて訊いたのではなく、相手の守備範囲を考えて選択的に質問した。なお、サイバーテロ課を除いた3部署はいずれも最初の電話応接だけでは結論を出せず、部内で調査検討して再度電話で回答する、というステップを踏んでいる。(それだけ難問だったようだ)

・1)公益法人の不動産登記情報の「建物構造」は個人情報に当たるか:
  結論:当たらない

・2)公益法人に人権はあるか:
  結論:不明。ただし総務省担当者は公益法人の人権とか人格権とかは聞いたことがない、とのこと。
      また、サイバーテロ課では、法人に人権はないという見解。
      人権擁護局では、抵当権情報があれば名誉侵害に当たる可能性がある、とのことだが、私が掲載した画像では抵当権部分は削除している。
      なお、「法人の名誉保護の程度」については法律家の見解(後述)を参照のこと。

・3)公開情報である登記簿の建物構造情報をネット公開するのは違法か:
 (違法ならどの法律に抵触するのか):
  結論:どの部署とも、「それを判断する立場にない」という回答だった。
      サイバーテロ課を除き、いずれも1時間ほど部内で検討した末の結論だったが、違法と断定するには明確な法的根拠がないし、かと言って、「大丈夫」とお墨付きを与えることは役所としてはできない、ということのようだ。まあお役所らしい「模範回答」ではある。
      総務省では、その模範回答の後、その担当者のみ唯一、「表現の自由とのバランス」に言及し、テレビ報道で謄本を映していたことがある、などの事例を紹介してくれた。
      人権擁護局だけは、その模範回答の後、「好ましくない」と否定的見解を付け加えたが、理由を聞くと、法的根拠があってのことではなく、相手が嫌がるであろうことはやめた方がいいという、心情論というか処世訓的な理由であった。(それを言い出すと批判や表現の自由は極端に制限されてしまうではないか!)

4)登記簿謄本に著作権はあるか:
 結論:ない。(創作性は認められない)

だいたい以上のような具合である。
阿部日氏が富士ボー板に、自分で法務局に問い合わせた結果を「人権侵害」「処断」などという単語をちりばめて書いていたが、質問方法や質問バイアス、質問深度にもよるが、ほんとうにそこまで踏み込んだ回答をしたのだろうか、いささか眉唾ではある。私の聞いたお役所的回答(判断不能)の方が、不満ではあるものの、役所としては模範回答だろう。

さて、結局、国の役所ではその性格上「NGともOK」とも答えてくれなかったわけであるが、総務省がその「模範回答」の後に、弁護士に相談しては?というアドバイスをくれたこともあり、弁護士の意見に従うことにした。
実は、上記質問電話をする前に、知人に頼んで弁護士に訊いてもらっていた。それによると「個人情報ではないし、単なる建物構造の公開情報であり、公益法人の名誉を損なう内容ではないので、掲載は問題ない」とのこと。というわけで、弁護士のアドバイスに従い、画像掲載を復活する。

******************************
以下は「民法における法人の権利 -憲法学との対話-」と題する和田真一氏の論文からの抜粋引用である。
これによると法人にも「人権」が限定的ではあるが、認められているようだ。
以前、創価学会による芸者偽造写真事件の裁判で、御法主上人個人に対する名誉毀損は認定されたものの、宗門(宗教法人)に対する名誉毀損は認められなかった。「法人に対する名誉毀損」の認定要件はかなり厳しいようだ。


最高裁も、「憲法第三章に定める国民の権利および義務の各条項は、性質上可能な限り、内国の法人にも適用されるものと解すべきである」としている(最大判昭和45年6月24日民集24巻6号625頁
(中略)

法人がある基本的人権を享有し得るとしても、自然人の場合とは異なり、特別な制約・限定を受けうるとされている。
(中略)

(3)権利保護の程度
これらの法人や団体の名誉毀損が成立するためには、表現の自由との調整の
ために確立している違法性阻却判断をクリアしなければならない。最高裁は、
事実の摘示による名誉毀損の場合、最判昭和41・6・23民集20-5-118以来、刑
法230条の2の規定を参照しつつ、
公共の利害に関する事実に係り、専ら公益
を図る目的に出た場合において、摘示された事実が真実であることが立証され
た場合または真実であると信じるに相当の理由があると認められる場合に免責
を認めてきた
26)。この違法性阻却事由の具体的判断の際に、法人や団体の種類
(医療法人や政党、マスコミ)、社会的経済的地位の大きさ(大企業、公益法人
等に対する社会的関心の高さ)に従って、報道などの表現行為が「公共の利害
に関する事実に係る」ものとして違法性阻却される傾向がある。私人であって
も選挙で選出される公人など一定の社会的地位にある者に対しては、名誉侵害
の成立が一般の私人よりも限定的である。法人や団体もその名前で独自の社会
的信用の保護が問題となるようなものは、相応の社会的関心の下にあり、社会
的評価や批判につねにさらされるべき立場にあると言えるから、
法人や団体の
名誉保護の範囲は一般私人よりはより限定されたものになるというべきなので
ある
27)。

(中略)
26) 特定の事実を基礎として意見ないし論評の表明による名誉毀損については、最判
昭和62・4・24民集41-3-490、最判平成元・12・21民集43-12-2252、そして最判平成
9・9・9民集51-8-3804が、昭和41年判決の発展形を採用しつつも、公共の利害に
関する事実に係る表明であることを免責の一要件としている。
27) 拙稿「法人・団体の名誉毀損とその公共性」立命館法学231/232号(1994年)1338
頁参照。

http://www.ritsumei.ac.jp/acd/re/k-rsc/hss/book/pdf/no84_03.pdf
最新コメント
記事検索
livedoor プロフィール
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ