尖閣諸島における中国漁船衝突事件を巡って、公明党が持ち前の日和見体質を露呈している。

 那覇地検が漁船船長の釈放を決定した際、公明党の山口代表は9月24日の記者会見で、次のように一定の理解を示した。
「身柄を釈放したのであるから、一つの転機にはなりうる。日中の外交関係をこれ以上こじらせたり、ひいては経済、社会関係にいろいろな影響を及ぼすということは誰しも本来望んでいないことなので、ここは法的主張をぶつけあうよりも、むしろ政治的解決をしていく場面に転じたということだ。一層その線での努力をすべきだ(*1)

 ところが、この発言に対する世論の反発に慄いたか、その翌日、同党の高木陽介幹事長代理はTV討論番組で「日本が法治国家ではなくなったような状況にしたことが一番大きな問題だ。今の民主党政権に外交を任せることはできない」(*2)と非難する姿勢に転じた。一日で党見解が180度変わったということだ。

公明党の外交施策の無定見、無原則ぶりは今に始まったことではないが、創価公明のそうした日和見体質を早くから見抜いていた外国首脳がいた。他ならぬ中国の周恩来総理だ。

当ブログの「周恩来の学会評」でも紹介したが、1972年、周総理は創価・公明について、北京日報の東京特派員に次のように語っている。

「(趣意拙訳)見たところ、創価学会はプチブル階級の組織のようだ。この階級の最大の特徴は日和見的傾向があることだ。状況の変化によって、こっちに傾いたりあっちに傾いたりする・・・・だから、創価学会や公明党と頻繁に接触して強力に導いてやる必要がある
(原文)周总理说,看来这是个小资产阶级的组织。又说,小资产阶级的最大特点就是具有摇摆性,随着条件的变化,可能倒向这边,也可能倒向那边。。。。。。要加强引导。他们主张恢复日中邦交,要给予鼓励,对创价学会和公明党要多接触(*3)

(王泰平著『記者生涯回憶』--人民日報サイトより、筆者訳)

 爾来40年、中国から「強力に導かれた」結果、チベットやウィグルでの民族弾圧、法輪功宗教弾圧など、中国にとって都合の悪いことには口を噤み、ひたすら中国をヨイショするだけの創価公明の幇間外交体質が醸成されたのであろう。

 中国留学経験のある創価大学生によると、中国滞在中はそうしたセンシティブな問題に触れないよう、留学前に創価大学当局から釘を刺されるとのこと。

 核問題についても同様である。創価公明は中国の核実験に反対を表明したことがない。創価大学に平和学会という研究組織があり、北朝鮮やインド・パキスタンの核実験に対しては非難声明を出しているが、中国の核実験については完黙している。分かりやすいダブルスタンダードだ。(*4)

 また以前、中国で核実験が行われた直後に創価学会青年部が大挙訪中した際も、核実験については一切言及されなかったそうだ。三ツ沢グラウンドでの戸田会長の核廃絶の獅子吼などどこへやらだ。

 ともあれ、尖閣諸島の漁船衝突後、中国側を一切批判せず、船長釈放で安堵してみせた山口代表の姿勢は、「中国から嫌われたくない」一心の池田氏の意を体したものと言っても過言ではあるまい。10月6日の記者会見でも、山口代表は「今後の進展を見ながら対応を検討」などと当たり障りのない、中身のないのらりくらりとした答弁に終始している。

 尖閣問題を巡っては、公明党にもう一つ興味深い現象があった。
 9月30日の衆院予算委員会で、公明党の富田議員が質問の中で日中国交回復前の外交公文書を引用したが、その際、文書の由来について次のように紹介した。

公明党の私どもの先輩たちが、1972年7月に訪中団を組みまして中国に赴きました。周総理と何度か会談した時に、周総理がこのような発言をしています。」(*5)

これは竹入義勝公明党委員長と周恩来首相の会談記録のことだが、富田議員は竹入氏の名を伏せて「先輩たち」などととごまかしている。また引用文にも竹入氏の関与を消すための改竄が施され、次のように読み上げられていた。

「(周総理の発言)尖閣列島の問題にもふれる必要はありません。わが党の代表団に)あなたも関心が無かったでしょう。私も無かったが石油の問題で歴史学者が問題にし、日本でも井上清さんが熱心です。この問題は重く見る必要はありません。平和五原則に則って、国交回復することに比べると問題になりません。」(*6)

下線をつけた赤字部分は、資料原文では「竹入先生も」となっていたのだが、「あなたも」と言い換えられている。無理な言い換えをしたために、読み上げ時に括弧部分を補足する必要があったわけだが、彼らが尊敬する周総理の発言を改竄してまで竹入氏の名を隠蔽したのは、領土問題に関わる貴重な言質を周総理から引き出した功労者が竹入氏であることを国民や学会員に知られたくなかったからであろう。

 公明党として過去の手柄自慢はしたいが、学会が悪口雑言を付して除名した竹入氏がヒーローとして目立つのはまずい。そこで上のような姑息な引用法となったのであろうが、結果として竹入・周会談の詳細資料がネット上に存在することを国会で宣伝したことになり、竹入氏が日中国交回復交渉で果たした役割の大きさを改めて満天下に知らしめることになった。創価公明にとってはとんだヤブヘビではなかったか。

 竹入氏と言えば、創価学会は竹入氏を罵詈雑言を以って排撃しているが、中国では今も尚、日中国交回復の功労者として掛け値なしで尊敬の対象となっている。池田氏の場合は寄付等の貢献を背景に、関係者や関係機関から社交辞令としての千篇一律の賛辞を受けているが、竹入氏の場合は、中国共産党の公式歴史資料サイトなどで、人物そのものが純粋に評価されているのだ。

 たとえば、人民日報が開設している「人民網」というサイトにある「党史人物紀念館」は中国革命や新中国建設に貢献した英雄たちを紹介したページであるが、その中の「鄧穎超記念館」というページに、「回憶懐念」という中国政府要人による証言文がある。鄧穎超女史といえば、周恩来夫人であり、池田氏が勝手に「中国の母」と慕って、周恩来-池田の関係性を喧伝するときに利用している人物であるが、池田氏のそうした努力もむなしく、鄧穎超女史のページでは池田氏への言及は皆無である。そこでは竹入氏ただ一人だけが、日本の忘れがたい友好人士として多くの字数を費やして紹介されているのだ。

『鄧穎超と竹入義勝の友情』と題された証言文には、女史が竹入氏に語った次のような言葉が紹介されている。

「(拙訳)私達の友情はありきたりのものではありません。恩来さんは、外国の要人と会見した時の模様などめったに家で話さないのですが、竹入さんと会った時だけは、私にこう語ってくれたものです。『公明党は若い有望な政党で、竹入さんは思想も考え方もしっかりした前途ある政治家だ』と。
(原文)我们之间的友谊是不一般的。恩来同志回到家里很少提到会见外宾的情况,但见了竹入先生后他对我说,公明党是年轻的有希望的政党,竹入先生是一位有思想、有见解、有作为的政治家。」(*7)
孫平化、王効賢著『一代偉大的女性』より)

大先輩竹入氏の名を隠して成果だけを横取りして自慢気な公明議員や、竹入氏を仏敵扱いして感情的に誹謗中傷してきた学会幹部・学会員たちは、この鄧穎超女史や周総理の言葉をよくよく噛みしめるべきであろう。

【引用資料出自】-----------------------------
*1:山口代表記者会見:(7分32秒~)
http://www.youtube.com/user/Newkomeito#p/u/20/VTSSgsr4TvA

*2:高木幹事長代理発言:(読売報道)
http://www.yomiuri.co.jp/feature/20100924-728653/news/20100925-OYT1T00761.htm

*3:王泰平著『記者生涯回憶』--人民日報サイト「人民網」
http://japan.people.com.cn/GB/35464/45248/45252/3254527.html

*4:創価大学平和学会の声明
http://home.soka.ac.jp/~yendo/pasu/seimei/

*5:衆院予算委員会での公明富田議員質問
(左のカレンダーで9月30日をクリック後、「予算委員会」→「富田茂之」の順にクリック)
http://www.shugiintv.go.jp/jp/index.php

*6:竹入・周会談記録:
第1回:http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/JPCH/19720727.O1J.html
http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/
第2回:http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/JPCH/19720728.O2J.html
第3回:http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/JPCH/19720729.O1J.html

*7:鄧穎超記念館:『鄧穎超と竹入義勝の友情』
http://cpc.people.com.cn/GB/69112/86369/86373/5958223.html