2011年03月31日
【東日本巨大地震と原発・節電呼びかけの怪〔二〕】
【東日本巨大地震と原発・節電呼びかけの怪〔一〕】に戻る。
全国の「人が良い市民」の皆様にお伝えしたい。
東北・関東大震災に於ける被災者へのご苦労や苦境に対する優しい感情や協力心は素晴らしいと想う。
比べるに、東京電力の「計画停電」の影に存在する中身は、東電らしく勝って放題の酷い物である。
何故なら、「被災者の為の節電の想い」を利用して実行されている輪番「計画停電」に、東京二十三区の内二十区が実地地区に含まれていない事実である。
首都圏の麻痺を回避する為と言う理由らしいが、つまりそうした不公平を隠す為に「計画停電」の全体像を公表せず、実地地区ごとに連絡する手法を用いてしかも実地二時間前までは「遣るか止めるか」を確定しない。
この不親切・不公平な「計画停電」を実地される地区は、安泰の東京都内に比べ実害は「只、電気が来ない」と言う単純な物ではない。
広範囲の「計画停電」が発表され、病院、工場、商店、飲食店、それらが「通電するかしないか」を毎日「二時間前まで判らない」と言う事は、中小の事業者は大きなダメージを受け、パート、バイトの非正規社員は生活費として充てにして居る時給がカットされて泣くに泣けない。
この実状は東電管轄以外の方は知らないから、東北・関東大震災と言う現実に於いて感情的に「計画停電」を容認している方も居られるが、これは安定供給責任を放棄した二次災害である。
しかも下記シリーズ【一】〜【五】で疑惑が在り、現状での電力不足に小生は懐疑的である。
その安定供給責任を放棄した東京電力の原発災害補償が、東電だけではまかない切れないから「国が補償費を拠出する」としているが、それは「税金を使う」と言う事である。
「親方日の丸」とは良く言ったもので、中小零細の現状や非正規社員の窮状に比して「公共サービス」を人質に取ると何と得な事だろう。
三陸海岸沿いは、昔から「津波が来る」と誰でも判っていた所に原発を作り、その自家発電の冷却システムを何と地下に設置し「冠水して使えない」と言う事を、下請け業者がテレビ出演で認めていた。
米CNNは暴走する福島第1原発の報道に「一握りのヒーロー達が、原発の制御を維持する為に戦っている」と、こんな一文を付け加えて称えた。
確かに、東電社員や東芝の関係者ら304人が最前線にいるが、彼らはシェルター機能がある事務棟の緊急対策室にいて、正直、本当に決死の覚悟で危険と向かい合わせで事故に対処しているのは下請け企業の約50人と自衛隊員や消防隊員である。
素人でも判るリスクを「好い加減」に放置した東電の役員様は、随分沢山居られるようである。
一般の企業の事故なら経営陣や社員が真っ先に責任を取る話なのに、鈍感内閣は「国が補償費を拠出する」としている。
確かに現地の原発災害の補償は急いでしかるべきだが、「計画停電」の不公平・不都合な事実の隠蔽・・・その先の国民に対するメッセージに、政府の心配りが欠けては居まいか?
大体に於いて、原子力保安院と言う公的組織は原子力発電在ってこその存在で、言うまでも無く原子力発電の廃止は原子力保安院の廃止と直結している。
そう言う組織が電力会社とナアナアは当然で厳しい検査などする訳も無く、つまり安全など二の次の経済産業省の天下り縄張り組織で、自分達の保身と原子力発電の存在は一体的な物である。
シリーズ第六弾2011年3月23日(水)了
近頃の水道水や農作物の放射能汚染に対して、安全基準は最大値を考慮してその値で「一年間摂取し続ければ危険」と言う厳しい基準と説明している。
だから「安全だ」と言いたいらしいが、対象とする一般の方々の過去の被爆蓄積量にはかなり差があり、「安全だ」と一からげに出来ないから「念の為」と表現して非難区域を設定したり、水や食べ物に摂取規制を掛けたりしている。
つまり基準はあくまでも基準で、政府や学者の発表には「例外もある」と言う隠された矛盾を含んでは居まいか?
事前に設備のコストが掛らない物には、例え広域に被害が出ても厳しい基準を掛けていて国民の安全上非常に結構な事だが、「まてよ」と考えてみて、原子力発電所の地震に対する安全基準は過去発生の最大値ではなく、「マグニチュード8・0(震度五)以上は滅多に起きないから想定外」としている。
しかし「今まで無かった」と言いながら、地球規模では今度の東北・関東大地震クラスは五例目、記録としては三番目でけして最大値を考慮してはいない。
都合の良い時だけ「最大値を考慮しているから理解せよ」は、笑止噴飯ではないのか?
連日テレビで紹介される東電社員やその家族の奮闘話はいったい何なのだ。
対外的にまったく人間味を見せない東電職員が、自分達の事と成ると現実には出入り業者や下請けに作業を遣らせながら「原発事故に真摯で取り組んでいる」と世間に人間味を要求するのだから「かなり面の皮が厚い」としか言いようが無い。
現実に福島第一原発3号機で作業員被曝 (ひばく) 事故が起きたが、作業員は東電社員ではなく出入り業者の関東電気工事の社員二人とその下請け一人で、監督として危機管理すべき東電社員の立会いは無かった。
これが電力供給サービスを地域独占している企業の強味か、テレビ局も新聞もまさかとは想うが電力供給を人質に取られてか東電批判は一切無い。
前回の日記で少し述べているが、原子力保安院の存在は原発と運命共同体で原発が無く成れば存在意義を失う。
その組織が「原発を潰すような厳しい対応をする訳が無い」と言う矛盾が存在し、その発表に信憑性があるのだろうか?
福島第一原発に限らず「耐震性も安全」とお墨付きを与えてのは御用学者と原子力保安院であり、昔から「津波が来る」と誰でも判っていた所に原発を作り、その自家発電の冷却システムを何と地下に設置し「冠水して使えない」と言う危険性をロストしたのは東電と保安院がグルの意図的か、それとも単純失態なのか?
それにしても、一般の人間が標識を見落として一方通行路を逆走してもペナルティはある、公共サービスを地域独占している大企業経営者や政府機関の職員だから、「お咎め無し」では国民感情が済まされない。
つまり矛盾だらけが原子力行政で、安全神話が崩れたこの際、国民は現在の地域電力会社に拠る独占電力供給体制そのものや、原子力と言う被害拡大リスクがある発電手法そのものにもう一度問題意識を持つ必要が在る。
しかし「原子力発電は怖いが、電気をふんだんに使う生活は維持したい」が一般の方の矛盾であり、病院から工場・商店、行政機関からメディアに到るまで多くの事業組織は電気が無ければ事業の継続は難しく、背に腹は変えられないから原子力発電を真っ向から否定出来ない。
実はこの手のまやかしは人間の悪知恵で、例えば「武(ぶ / む)」は戦の為のもの(言葉)であり侵略にも使われるものでありながら、実は「守る為」と言う建前を持つ矛盾(むじゅん)に満ちた言葉である。
武器・武門・武者の「武(ぶ / む)」の意味であるが、本来は積極的に戦う為の言葉でなく守る為の語彙(ごい)のもので、「矛(ほこ)を止める」と書いて武(ぶ / む)と読ませる。
人間と言う生き物の狡猾な所だが、「武(ぶ / む)」の様に微妙に偽りの正義を建前にした怪しげな言葉使いは結構多い。
そう言えば他国への出兵(侵略)の理由に「当該地在住の自国民の保護」と言う名目は良く使われた。
ついでだが「矛盾(むじゅん)」と言う言葉も、攻める矛(ほこ)と守る盾(たて)の相反する武器の双方を武人が持つ事から発生した。
或いは矛盾(むじゅん)に満ちた「武(ぶ / む)」と言う文字を生み出した人間こそ、心中に攻める矛(ほこ)と守る盾(たて)の相反する武器を秘めている手に負えない生き物かも知れない。
シリーズ第七弾2011年3月25日(金)了
米紙ワシントン・ポスト(電子版)は三月二十九日、「経営者が雲隠れ」との見出しで、福島第一原発事故発生から二日後の十三日以降、公の場に姿を見せていない東京電力社長・清水正孝氏を批判した。
この米紙の批判を受け、翌三月三十日に清水正孝氏は突然入院をした。
何が「武士道の国だ」と言うのだろうか?
この国の責任ある立場の者は、事あるごとに「雲隠れ」と「にわか入院」を繰り返して来た。
この非常時に、自分の事しか考えていない東京電力社長・清水正孝氏は、費用切り詰めに成功した実績から「コストカッター」と呼ばれて社長に上り詰めた。
「コストカッター」と呼ばれる清水正孝氏が社長として指揮を執る東京電力にとって、出力コストが安い原子力発電は譲れない施設であり、コストの為に津波の危険性を無視して非常給水ポンプを地下に施設したままだった。
それでは、原子力安全・保安院(げんしりょくあんぜん・ほあんいん)と言う公的機関は、何故津波の危険性を無視して非常給水ポンプを地下に施設したままを許したのか?
原発を公的に管理する原子力安全・保安院(げんしりょくあんぜん・ほあんいん)は「経済産業省」の一機関であり、法令上の位置付けは「資源エネルギー庁の特別の機関」とされる。
ここで一番の問題点を挙げると、原子力安全・保安院の上部所属機関は産業振興が主たる業務の経済産業省で在る事で、詰まりは上部の資源エネルギー庁が求める「日本の産業振興の為の電力供給」をスムーズに行う為の組織であり、けして「安全第一が仕事」とは言えない所がある。
そこで確かに、名称は原子力安全・保安院であるが、元々産業振興が主たる業務の省庁が原発の早期稼動を後押しする為に「ゆるい安全認定」をしても不思議ではない。
つまり本来なら他の省庁が監督して厳しく安全認定を審査すべきを、「経済産業省」の内部完結(マッチポンプ)の手前味噌で何でも強引に推し進めた結果である。
まぁ、日本中に採算が悪い無駄空港を推し進めた官僚達の、省庁縄張り意識とポスト(職責)作りとさも似た酷い話である。
第五代・原子力安全・保安院院長・寺坂信昭(てらさかのぶあき)は経済産業省の課長級官僚から転任、同院次長を務め、デパートの合併に携わる経済産業省商務流通審議官を経て、二千九年に原子力安全・保安院(げんしりょくあんぜん・ほあんいん)院長に就任したが、この福島原発騒ぎに一度もマスメディアに姿を現していない。
コストカットと言う営利思考は経営者につき物の病で、過ぎると危険をも無視してしまう魔物である。
そして組織防衛と言う思考は、時には犯罪さえ行う魔物である。
それでは、取って置きの矛盾・・・。
三日ばかり前は四〜五日振りの寒い日だったが、東京二十三区の内大半が「計画停電」の範疇に無い事が抗議されると、全ての地区の「計画停電」は中止となった。
今まで暖かい日も「計画停電」は実施された所から、東電の出力能力に疑問を持つのは小生だけだろうか?
シリーズ第八弾2011年3月31日(木)了
小生は「原子力専門家の解説は眉唾で聞け。」と主張したい。
何故ならば、原子力発電が衰退すれば彼等の立場も学問も衰退する言わば運命共同体みたいな所があるから、原子力に関する庶民の懐疑的な思考には否定的な安全発言が続いている。
しかし彼等の思惑とは別に、現実の情況は悪化の道を辿りつつある。
こう成って始めて、多くの学者が福島原発への津波の危険性を指摘して来た事実が明らかに成ったが、そうした指摘を黙殺した東京電力と通商産業省の組織・原子力安全・保安院の罪は大きい。
それにしても色々解って来た事だが「専門バカ」とは良く言った物で、頭が良くて専門的な一部には優秀でも周辺事情まで勘案する相対的な判断になるとまるで出来ない者も居る。
そこで問題なのが戦後の欧米礼賛教育の中で、横文字単語の用法が強くなった事である。
為に戦後の日本人は段々に本を読まなく成って、文章解釈が不得意な単語人間になってしまった。
戦後の日本人に焼け付いた単純化したがる悪い癖で、こうした不都合を総体的環境とは考えようとはせず、個別の事として取り上げ考える事である。
確かに分けて考えれば理解し易い事もあるが、結局全体を物語りに組み立てて考える力を失う事になる。
起こり得る事象には連続性がその背景になければ成らず、つまり事象には必ずそこに到る要因が前代の何処かに存在する。
全ての発想を単語的解釈に偏って精々短歌的解釈が精一杯、とても物語としての発想など出来ないから不都合な出来事が起こる可能性は想い着かかず、設備が揃ってさえ居れば、法基準はクリアした事に成る。
その単語的発想が、家族と言う最小単位の群れの物語さえも超越した自己中心的な思考の発想を助長しているのではないだろうか?
つまりそうした「自己中心的な思考」が在っての原子力専門家の安全解説であれば、庶民は眉唾で聞かなければ成らない。
いずれにしても、東京電力、原子力安全・保安院、原子力専門家の一団は心情的には「原発有りきの同じ穴の・・・」であるから、現在進行形の原発事故対策を彼等に任せていて事実関係が外部に正しく出て来るのだろうか?
シリーズ第九弾2011年4月4日(月)了
東京電力福島第一原発で命がけで任務に就く「作業員」がいる。
彼等は勇者である。
この「作業員」と言う呼称が曲者で、けして「東電職員」とは書けない出入り業者や下請け業者の事である。
そして自衛隊・消防・警察・保安庁・米軍に到るまで、自分達の任務として危険の中に身を置いている。
しかし、マスメディアに泣き言を言っているのは「東電職員」と「東電職員の家族」ばかりで、職務認識が甘過ぎるのではないか?
福島第一原発の危険性について、構造上電源が全て失われて原子炉の冷却機能が三時間半失われた場合、「圧力容器が破損する」と言う原子力安全基盤機構の研究報告を東電は半年近く放置していた事が判明し、一連の被害は「人災だった」との見解が広がっている。
一方、緊迫した現場とは無関係の東電関係者がブログで綴(つづ)った身内擁護論が物議を醸している。
東電・男性社員が「電気を利用する側の自分達が被害者だ、と言った考えは止めて下さい。」と言った意味を書き込み、配慮に欠けた発言と削除に追い込まれた。
正直、筆者である小生は、過去にお客様窓口の東電社員と交渉経験がある。
そこで感じた一番の態度が「アンタ方に電気を供給してやっている」で、とてもお客様窓口の担当者とは思えない傲慢な態度であり、その上自分達側のミスは絶対に認めない。
原発から放射性物質が大量に飛散し、海水にも漏れ、多くの住民が原発難民として故郷に戻れずにいる現状に於いて、或る元女性社員が「予想外の津波が来て、原発での事故が起こってしまった。でも誰も悪くない。東電が悪い訳じゃない」と書き込みをし、ネットユーザーから批判が殺到し、炎上している。
詰まり東京電力社員の全体のモラルが、独占公共サービス提供者としての優位性から一般庶民と大きく乖離していて、避難を余儀なくされた福島県民や、不公平な計画停電を強いられる住民にとっては、到底、素直に受け取れない程度が低い認識なのだ。
震災後、原発難民被災者に自社の福利厚生施設や社宅、系列ホテルの部屋をほとんど提供していない事が注目されて東電に批判がピークに達している。
原発難民の当事者・東電は十二都県に二十一の社宅や保養施設、四百六十一の独身寮や厚生施設を所有しているが、三月末までに被災者に提供されたのは新潟県柏崎市にある社宅二十四世帯分のみである。
全国各地で被災者の受け入れが進む中、原発事故の当事者である東京電力が保養施設や社宅を多数保有するに関わらず、僅かな人数しか受け入れていない。
確かに福島県民は東京電力の客では無いのかも知れないが、電力供給管轄の東北電力や直接供給者ではない中部電力では多くの被災者を受け入れたり態勢を整えているだけに、東電経営陣の非情ささえ感じる。
また、東電子会社が運営するリゾートホテルでは料金を徴収している事も判明し、東電の当事者としての姿勢の酷さが際立っている。
原発難民にされた被災者にすれば東電の姿勢は信じられない事で、国民はもっと傲慢な東電に怒りを向けるべきである。
シリーズ第十弾2011年4月5日(火)了
東電が原発被災難民の自治体に対して一律二千万円の見舞金を十ヵ所の自治体に払おうとしたが、その内の浪江町は「一人千円以下の額面では受け取れない。どうしても受け取れと言うなら東電で配って歩け。」として拒否している。
見舞金は金額の問題では無いとしても、当事者の東電としての額としてはムチャクチャで、原発事故難民被災者の感情を「逆撫でる行為」とされても無理からぬ所である。
まぁ、東電のミミッチさは伝説のコストカッター・清水正孝氏が社長として率いる会社の面目躍如と言った所だが、何を考えているのか人間性を疑う所である。
ここでその二千万円の見舞金を受け取った方の自治体は「個々の被災者」と言う考えではなく、当面の包括的な自治体の活動資金にする積りだったのだろうが、浪江町の言い分が「より個々の被災者を思い遣っている」と思えて成らない。
当シリーズで当初から指摘していた通りの傲慢不遜(ごうまんふそん)な東電体質は、トップのみならず下の方まで確実に蔓延している。
そして元原発官僚から東電に天下りして年収千八百六十万円の役員様が「ただいま雲隠れ中」であるが、その役員様給料は徴収した電気代から支払われているのだから「仕事をしろ。」と言いたい。
この雲隠れ役員様のような者に限って、キット平時は「武士道の精神」などとほざいて居るに違いない。
哀しいかな、上の者が誰一人責任を取らないでは「武士道の国・日本」が聞いて呆れる只の建前になってしまう。
東京電力はマスメディアの巨大スポンサーで影響力が強いから、正直、原発事故報道での東電批判は及び腰で、新聞やテレビでは中々そうした批判派勢力の話題は採り難い。
つまり根底の所で、マスメディアも結局は「利に左右される」と言うものである。
善人はけして権力など持てないが、大抵の庶民は悪人には成りたくない。
しかし出世するには善人ばかりでは居られず、つまり善人なだけでは出世など出来ない訳で、その代わり惨めな事に善人には何の力も無い。
幾らか悪に魂を売って力を持たねば「何の実行力も無い」と言うのは情け無い事実だが、今でも人間は、権力を握ると現代の鵺(ぬえ)になる。
つまり権力の為に魂を売っている悪人だからこそ出世している者が官僚や政治家、そして特に一部の公共系の大会社に多い経営者と言う事に成る。
小生は現時点で預金も借金も権力も無いが、だからこそ損得計算抜きに言いたい事が言える。
しかし善人であり続けると肝心な時に金が出せないジレンマもある。
世の中上手くは行かない物だ。
シリーズ第十一弾2011年4月七日(木)了
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全国の「人が良い市民」の皆様にお伝えしたい。
東北・関東大震災に於ける被災者へのご苦労や苦境に対する優しい感情や協力心は素晴らしいと想う。
比べるに、東京電力の「計画停電」の影に存在する中身は、東電らしく勝って放題の酷い物である。
何故なら、「被災者の為の節電の想い」を利用して実行されている輪番「計画停電」に、東京二十三区の内二十区が実地地区に含まれていない事実である。
首都圏の麻痺を回避する為と言う理由らしいが、つまりそうした不公平を隠す為に「計画停電」の全体像を公表せず、実地地区ごとに連絡する手法を用いてしかも実地二時間前までは「遣るか止めるか」を確定しない。
この不親切・不公平な「計画停電」を実地される地区は、安泰の東京都内に比べ実害は「只、電気が来ない」と言う単純な物ではない。
広範囲の「計画停電」が発表され、病院、工場、商店、飲食店、それらが「通電するかしないか」を毎日「二時間前まで判らない」と言う事は、中小の事業者は大きなダメージを受け、パート、バイトの非正規社員は生活費として充てにして居る時給がカットされて泣くに泣けない。
この実状は東電管轄以外の方は知らないから、東北・関東大震災と言う現実に於いて感情的に「計画停電」を容認している方も居られるが、これは安定供給責任を放棄した二次災害である。
しかも下記シリーズ【一】〜【五】で疑惑が在り、現状での電力不足に小生は懐疑的である。
その安定供給責任を放棄した東京電力の原発災害補償が、東電だけではまかない切れないから「国が補償費を拠出する」としているが、それは「税金を使う」と言う事である。
「親方日の丸」とは良く言ったもので、中小零細の現状や非正規社員の窮状に比して「公共サービス」を人質に取ると何と得な事だろう。
三陸海岸沿いは、昔から「津波が来る」と誰でも判っていた所に原発を作り、その自家発電の冷却システムを何と地下に設置し「冠水して使えない」と言う事を、下請け業者がテレビ出演で認めていた。
米CNNは暴走する福島第1原発の報道に「一握りのヒーロー達が、原発の制御を維持する為に戦っている」と、こんな一文を付け加えて称えた。
確かに、東電社員や東芝の関係者ら304人が最前線にいるが、彼らはシェルター機能がある事務棟の緊急対策室にいて、正直、本当に決死の覚悟で危険と向かい合わせで事故に対処しているのは下請け企業の約50人と自衛隊員や消防隊員である。
素人でも判るリスクを「好い加減」に放置した東電の役員様は、随分沢山居られるようである。
一般の企業の事故なら経営陣や社員が真っ先に責任を取る話なのに、鈍感内閣は「国が補償費を拠出する」としている。
確かに現地の原発災害の補償は急いでしかるべきだが、「計画停電」の不公平・不都合な事実の隠蔽・・・その先の国民に対するメッセージに、政府の心配りが欠けては居まいか?
大体に於いて、原子力保安院と言う公的組織は原子力発電在ってこその存在で、言うまでも無く原子力発電の廃止は原子力保安院の廃止と直結している。
そう言う組織が電力会社とナアナアは当然で厳しい検査などする訳も無く、つまり安全など二の次の経済産業省の天下り縄張り組織で、自分達の保身と原子力発電の存在は一体的な物である。
シリーズ第六弾2011年3月23日(水)了
近頃の水道水や農作物の放射能汚染に対して、安全基準は最大値を考慮してその値で「一年間摂取し続ければ危険」と言う厳しい基準と説明している。
だから「安全だ」と言いたいらしいが、対象とする一般の方々の過去の被爆蓄積量にはかなり差があり、「安全だ」と一からげに出来ないから「念の為」と表現して非難区域を設定したり、水や食べ物に摂取規制を掛けたりしている。
つまり基準はあくまでも基準で、政府や学者の発表には「例外もある」と言う隠された矛盾を含んでは居まいか?
事前に設備のコストが掛らない物には、例え広域に被害が出ても厳しい基準を掛けていて国民の安全上非常に結構な事だが、「まてよ」と考えてみて、原子力発電所の地震に対する安全基準は過去発生の最大値ではなく、「マグニチュード8・0(震度五)以上は滅多に起きないから想定外」としている。
しかし「今まで無かった」と言いながら、地球規模では今度の東北・関東大地震クラスは五例目、記録としては三番目でけして最大値を考慮してはいない。
都合の良い時だけ「最大値を考慮しているから理解せよ」は、笑止噴飯ではないのか?
連日テレビで紹介される東電社員やその家族の奮闘話はいったい何なのだ。
対外的にまったく人間味を見せない東電職員が、自分達の事と成ると現実には出入り業者や下請けに作業を遣らせながら「原発事故に真摯で取り組んでいる」と世間に人間味を要求するのだから「かなり面の皮が厚い」としか言いようが無い。
現実に福島第一原発3号機で作業員被曝 (ひばく) 事故が起きたが、作業員は東電社員ではなく出入り業者の関東電気工事の社員二人とその下請け一人で、監督として危機管理すべき東電社員の立会いは無かった。
これが電力供給サービスを地域独占している企業の強味か、テレビ局も新聞もまさかとは想うが電力供給を人質に取られてか東電批判は一切無い。
前回の日記で少し述べているが、原子力保安院の存在は原発と運命共同体で原発が無く成れば存在意義を失う。
その組織が「原発を潰すような厳しい対応をする訳が無い」と言う矛盾が存在し、その発表に信憑性があるのだろうか?
福島第一原発に限らず「耐震性も安全」とお墨付きを与えてのは御用学者と原子力保安院であり、昔から「津波が来る」と誰でも判っていた所に原発を作り、その自家発電の冷却システムを何と地下に設置し「冠水して使えない」と言う危険性をロストしたのは東電と保安院がグルの意図的か、それとも単純失態なのか?
それにしても、一般の人間が標識を見落として一方通行路を逆走してもペナルティはある、公共サービスを地域独占している大企業経営者や政府機関の職員だから、「お咎め無し」では国民感情が済まされない。
つまり矛盾だらけが原子力行政で、安全神話が崩れたこの際、国民は現在の地域電力会社に拠る独占電力供給体制そのものや、原子力と言う被害拡大リスクがある発電手法そのものにもう一度問題意識を持つ必要が在る。
しかし「原子力発電は怖いが、電気をふんだんに使う生活は維持したい」が一般の方の矛盾であり、病院から工場・商店、行政機関からメディアに到るまで多くの事業組織は電気が無ければ事業の継続は難しく、背に腹は変えられないから原子力発電を真っ向から否定出来ない。
実はこの手のまやかしは人間の悪知恵で、例えば「武(ぶ / む)」は戦の為のもの(言葉)であり侵略にも使われるものでありながら、実は「守る為」と言う建前を持つ矛盾(むじゅん)に満ちた言葉である。
武器・武門・武者の「武(ぶ / む)」の意味であるが、本来は積極的に戦う為の言葉でなく守る為の語彙(ごい)のもので、「矛(ほこ)を止める」と書いて武(ぶ / む)と読ませる。
人間と言う生き物の狡猾な所だが、「武(ぶ / む)」の様に微妙に偽りの正義を建前にした怪しげな言葉使いは結構多い。
そう言えば他国への出兵(侵略)の理由に「当該地在住の自国民の保護」と言う名目は良く使われた。
ついでだが「矛盾(むじゅん)」と言う言葉も、攻める矛(ほこ)と守る盾(たて)の相反する武器の双方を武人が持つ事から発生した。
或いは矛盾(むじゅん)に満ちた「武(ぶ / む)」と言う文字を生み出した人間こそ、心中に攻める矛(ほこ)と守る盾(たて)の相反する武器を秘めている手に負えない生き物かも知れない。
シリーズ第七弾2011年3月25日(金)了
米紙ワシントン・ポスト(電子版)は三月二十九日、「経営者が雲隠れ」との見出しで、福島第一原発事故発生から二日後の十三日以降、公の場に姿を見せていない東京電力社長・清水正孝氏を批判した。
この米紙の批判を受け、翌三月三十日に清水正孝氏は突然入院をした。
何が「武士道の国だ」と言うのだろうか?
この国の責任ある立場の者は、事あるごとに「雲隠れ」と「にわか入院」を繰り返して来た。
この非常時に、自分の事しか考えていない東京電力社長・清水正孝氏は、費用切り詰めに成功した実績から「コストカッター」と呼ばれて社長に上り詰めた。
「コストカッター」と呼ばれる清水正孝氏が社長として指揮を執る東京電力にとって、出力コストが安い原子力発電は譲れない施設であり、コストの為に津波の危険性を無視して非常給水ポンプを地下に施設したままだった。
それでは、原子力安全・保安院(げんしりょくあんぜん・ほあんいん)と言う公的機関は、何故津波の危険性を無視して非常給水ポンプを地下に施設したままを許したのか?
原発を公的に管理する原子力安全・保安院(げんしりょくあんぜん・ほあんいん)は「経済産業省」の一機関であり、法令上の位置付けは「資源エネルギー庁の特別の機関」とされる。
ここで一番の問題点を挙げると、原子力安全・保安院の上部所属機関は産業振興が主たる業務の経済産業省で在る事で、詰まりは上部の資源エネルギー庁が求める「日本の産業振興の為の電力供給」をスムーズに行う為の組織であり、けして「安全第一が仕事」とは言えない所がある。
そこで確かに、名称は原子力安全・保安院であるが、元々産業振興が主たる業務の省庁が原発の早期稼動を後押しする為に「ゆるい安全認定」をしても不思議ではない。
つまり本来なら他の省庁が監督して厳しく安全認定を審査すべきを、「経済産業省」の内部完結(マッチポンプ)の手前味噌で何でも強引に推し進めた結果である。
まぁ、日本中に採算が悪い無駄空港を推し進めた官僚達の、省庁縄張り意識とポスト(職責)作りとさも似た酷い話である。
第五代・原子力安全・保安院院長・寺坂信昭(てらさかのぶあき)は経済産業省の課長級官僚から転任、同院次長を務め、デパートの合併に携わる経済産業省商務流通審議官を経て、二千九年に原子力安全・保安院(げんしりょくあんぜん・ほあんいん)院長に就任したが、この福島原発騒ぎに一度もマスメディアに姿を現していない。
コストカットと言う営利思考は経営者につき物の病で、過ぎると危険をも無視してしまう魔物である。
そして組織防衛と言う思考は、時には犯罪さえ行う魔物である。
それでは、取って置きの矛盾・・・。
三日ばかり前は四〜五日振りの寒い日だったが、東京二十三区の内大半が「計画停電」の範疇に無い事が抗議されると、全ての地区の「計画停電」は中止となった。
今まで暖かい日も「計画停電」は実施された所から、東電の出力能力に疑問を持つのは小生だけだろうか?
シリーズ第八弾2011年3月31日(木)了
小生は「原子力専門家の解説は眉唾で聞け。」と主張したい。
何故ならば、原子力発電が衰退すれば彼等の立場も学問も衰退する言わば運命共同体みたいな所があるから、原子力に関する庶民の懐疑的な思考には否定的な安全発言が続いている。
しかし彼等の思惑とは別に、現実の情況は悪化の道を辿りつつある。
こう成って始めて、多くの学者が福島原発への津波の危険性を指摘して来た事実が明らかに成ったが、そうした指摘を黙殺した東京電力と通商産業省の組織・原子力安全・保安院の罪は大きい。
それにしても色々解って来た事だが「専門バカ」とは良く言った物で、頭が良くて専門的な一部には優秀でも周辺事情まで勘案する相対的な判断になるとまるで出来ない者も居る。
そこで問題なのが戦後の欧米礼賛教育の中で、横文字単語の用法が強くなった事である。
為に戦後の日本人は段々に本を読まなく成って、文章解釈が不得意な単語人間になってしまった。
戦後の日本人に焼け付いた単純化したがる悪い癖で、こうした不都合を総体的環境とは考えようとはせず、個別の事として取り上げ考える事である。
確かに分けて考えれば理解し易い事もあるが、結局全体を物語りに組み立てて考える力を失う事になる。
起こり得る事象には連続性がその背景になければ成らず、つまり事象には必ずそこに到る要因が前代の何処かに存在する。
全ての発想を単語的解釈に偏って精々短歌的解釈が精一杯、とても物語としての発想など出来ないから不都合な出来事が起こる可能性は想い着かかず、設備が揃ってさえ居れば、法基準はクリアした事に成る。
その単語的発想が、家族と言う最小単位の群れの物語さえも超越した自己中心的な思考の発想を助長しているのではないだろうか?
つまりそうした「自己中心的な思考」が在っての原子力専門家の安全解説であれば、庶民は眉唾で聞かなければ成らない。
いずれにしても、東京電力、原子力安全・保安院、原子力専門家の一団は心情的には「原発有りきの同じ穴の・・・」であるから、現在進行形の原発事故対策を彼等に任せていて事実関係が外部に正しく出て来るのだろうか?
シリーズ第九弾2011年4月4日(月)了
東京電力福島第一原発で命がけで任務に就く「作業員」がいる。
彼等は勇者である。
この「作業員」と言う呼称が曲者で、けして「東電職員」とは書けない出入り業者や下請け業者の事である。
そして自衛隊・消防・警察・保安庁・米軍に到るまで、自分達の任務として危険の中に身を置いている。
しかし、マスメディアに泣き言を言っているのは「東電職員」と「東電職員の家族」ばかりで、職務認識が甘過ぎるのではないか?
福島第一原発の危険性について、構造上電源が全て失われて原子炉の冷却機能が三時間半失われた場合、「圧力容器が破損する」と言う原子力安全基盤機構の研究報告を東電は半年近く放置していた事が判明し、一連の被害は「人災だった」との見解が広がっている。
一方、緊迫した現場とは無関係の東電関係者がブログで綴(つづ)った身内擁護論が物議を醸している。
東電・男性社員が「電気を利用する側の自分達が被害者だ、と言った考えは止めて下さい。」と言った意味を書き込み、配慮に欠けた発言と削除に追い込まれた。
正直、筆者である小生は、過去にお客様窓口の東電社員と交渉経験がある。
そこで感じた一番の態度が「アンタ方に電気を供給してやっている」で、とてもお客様窓口の担当者とは思えない傲慢な態度であり、その上自分達側のミスは絶対に認めない。
原発から放射性物質が大量に飛散し、海水にも漏れ、多くの住民が原発難民として故郷に戻れずにいる現状に於いて、或る元女性社員が「予想外の津波が来て、原発での事故が起こってしまった。でも誰も悪くない。東電が悪い訳じゃない」と書き込みをし、ネットユーザーから批判が殺到し、炎上している。
詰まり東京電力社員の全体のモラルが、独占公共サービス提供者としての優位性から一般庶民と大きく乖離していて、避難を余儀なくされた福島県民や、不公平な計画停電を強いられる住民にとっては、到底、素直に受け取れない程度が低い認識なのだ。
震災後、原発難民被災者に自社の福利厚生施設や社宅、系列ホテルの部屋をほとんど提供していない事が注目されて東電に批判がピークに達している。
原発難民の当事者・東電は十二都県に二十一の社宅や保養施設、四百六十一の独身寮や厚生施設を所有しているが、三月末までに被災者に提供されたのは新潟県柏崎市にある社宅二十四世帯分のみである。
全国各地で被災者の受け入れが進む中、原発事故の当事者である東京電力が保養施設や社宅を多数保有するに関わらず、僅かな人数しか受け入れていない。
確かに福島県民は東京電力の客では無いのかも知れないが、電力供給管轄の東北電力や直接供給者ではない中部電力では多くの被災者を受け入れたり態勢を整えているだけに、東電経営陣の非情ささえ感じる。
また、東電子会社が運営するリゾートホテルでは料金を徴収している事も判明し、東電の当事者としての姿勢の酷さが際立っている。
原発難民にされた被災者にすれば東電の姿勢は信じられない事で、国民はもっと傲慢な東電に怒りを向けるべきである。
シリーズ第十弾2011年4月5日(火)了
東電が原発被災難民の自治体に対して一律二千万円の見舞金を十ヵ所の自治体に払おうとしたが、その内の浪江町は「一人千円以下の額面では受け取れない。どうしても受け取れと言うなら東電で配って歩け。」として拒否している。
見舞金は金額の問題では無いとしても、当事者の東電としての額としてはムチャクチャで、原発事故難民被災者の感情を「逆撫でる行為」とされても無理からぬ所である。
まぁ、東電のミミッチさは伝説のコストカッター・清水正孝氏が社長として率いる会社の面目躍如と言った所だが、何を考えているのか人間性を疑う所である。
ここでその二千万円の見舞金を受け取った方の自治体は「個々の被災者」と言う考えではなく、当面の包括的な自治体の活動資金にする積りだったのだろうが、浪江町の言い分が「より個々の被災者を思い遣っている」と思えて成らない。
当シリーズで当初から指摘していた通りの傲慢不遜(ごうまんふそん)な東電体質は、トップのみならず下の方まで確実に蔓延している。
そして元原発官僚から東電に天下りして年収千八百六十万円の役員様が「ただいま雲隠れ中」であるが、その役員様給料は徴収した電気代から支払われているのだから「仕事をしろ。」と言いたい。
この雲隠れ役員様のような者に限って、キット平時は「武士道の精神」などとほざいて居るに違いない。
哀しいかな、上の者が誰一人責任を取らないでは「武士道の国・日本」が聞いて呆れる只の建前になってしまう。
東京電力はマスメディアの巨大スポンサーで影響力が強いから、正直、原発事故報道での東電批判は及び腰で、新聞やテレビでは中々そうした批判派勢力の話題は採り難い。
つまり根底の所で、マスメディアも結局は「利に左右される」と言うものである。
善人はけして権力など持てないが、大抵の庶民は悪人には成りたくない。
しかし出世するには善人ばかりでは居られず、つまり善人なだけでは出世など出来ない訳で、その代わり惨めな事に善人には何の力も無い。
幾らか悪に魂を売って力を持たねば「何の実行力も無い」と言うのは情け無い事実だが、今でも人間は、権力を握ると現代の鵺(ぬえ)になる。
つまり権力の為に魂を売っている悪人だからこそ出世している者が官僚や政治家、そして特に一部の公共系の大会社に多い経営者と言う事に成る。
小生は現時点で預金も借金も権力も無いが、だからこそ損得計算抜きに言いたい事が言える。
しかし善人であり続けると肝心な時に金が出せないジレンマもある。
世の中上手くは行かない物だ。
シリーズ第十一弾2011年4月七日(木)了
【東日本巨大地震と原発・節電呼びかけの怪〔一〕】に戻る。
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【未曾有の大震災・日本政府は「今、何を為すべきか?」】

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「皇統と鵺の影人検索キーワードダイジェスト集」
2011年03月17日
【東日本巨大地震と原発・節電呼びかけの怪〔一〕】
まずは東日本巨大地震で被災された方にお悔やみとエールを贈る。
その上で、東京電力の厚い面の皮を剥がしたい。
現在東京電力は、新潟県柏崎刈羽や福島県浜通りの原子力発電施設の停止に絡んで陳腐にも「節電」を呼びかけている。
この「節電」の呼びかけは、善良な国民を騙す茶番劇ではないだろうか?
何故ならば、東北電力と東京電力は、普段でも互いに多くの電力融通をおこなっていて、これは東北電力管内では冬の電力需要が多く、夏の電力需要に対しては「若干の供給の余裕がある」と言う事情がある。
夏季は多くの電力を東京電力に融通し、多額の売電収入を得ている一方、厳冬期は、主に東北電力管内にある東京電力の水力・火力・原子力発電所から電力の融通を受けている。
現に東電と歩調を合わせて「計画停電」を発表した東北電は、現実一度も「計画停電」は実施しておらず、被災地の復興が進まない事を理由としている。
政府や電力会社が、電力が「不足する不足する」と言うが、あの広範囲に渡る被災地の酷い情況で東北の誰が今まで以上に大量の電力を消費すると言うのだ。
両社の電力融通の前提として、東北電力と東京電力が共に50Hzである一方、東京電力に隣接するもう一方の中部電力は60Hzであり、中電の電力は変換所を経由しなければならない事から、東北電力からの供給に比べて融通しにくい。
東北電力の電力は、東京電力が融通を受けるに最良の電力であり、その需要が残念ながらこの東日本巨大地震で大きく後退し、復興まではかなりの期間を要すると考えられる。
つまり需要が落ちる東北電力の余力電力を融通買電すれば事足りる事で、「福島の原発が停止したから」と言って引き算しかしないのでは「何か別の意図が在っての節電呼びかけ」と疑っても仕方が無い。
東北電力には今回の地震には問題ない日本海側の秋田県に能代(出力120万kW)、秋田(出力130万kW)、酒田(出力70万kW)、新潟県に新潟(出力50万kW)、東新潟(出力460万kW)の火力発電所があり、総出力は820kWで全体の七割は被災していない。
その他として地熱発電所四箇所計23.8万kW、水力発電所計100万kWも存在し無傷の発電施設の推計される総出力計は1000万kWに達する。
そして東北電力の原子力発電所は、石巻・女川原子力発電所(出力217.4万kW)と青森・東通原子力発電所(出力110万kW)、火力発電その他が青森・八戸(出力25万kW)と宮城・仙台二箇所で(出力140万kW)を総計すると、全部停止しても約三分の一の492.4kWである。
その出力のプラスマイナス両者と被災地の電力需要の見合いになるのだが、通電工事が為されたとしても需要者が壊滅している町は相当数に上る。
節電を考えるまでもなく、東北電力管内では不幸にも余剰電力が発生するのは明らかである。
一方東京電力の福島原子力発電所の第一発電所出力(496万kW)、第二発電所出力(440万kW)の合計は936万kWだが、国に提出した不足電力の数値は最大1000万kWで、奇妙な事に地震で停止している東電の発電能力を上回っている。
そしてこの文章の後半でご案内するが、今まで夏場の繁忙期でも不足しなかっただけの東京電力の出力能力が、何故冬場なのにギリギリの状況下となって時々本当に実地する事も或る無計画な「計画停電」は計算が合わない。
本当に「最大出力にギリギリ頼るような経営を日頃しているとは考え難い」ので、輪番「計画停電」騒ぎは原発事故隠しのブラフではないか?
つまり東電を始め各電力会社が恐れるのは「原発に対する国民世論」で、こんどの節電呼びかけの意図は原発不要論を抑える原発必要論のアリバイ工作と受け取ったのは小生だけだろうか?
東京電力の原子力発電施設が東北電力管内の新潟県柏崎刈羽や福島県浜通り、青森県東通村(東通は建設準備中)にある事から、これらの地域で原子力の広報番組は東京・東北の両社のスポンサーで行われ、両会社は極密接な関係にある。
そして善良な大衆を騙し、原発不要論を抑える事は東北電力・東京電力共通の利益なのだ。
東日本巨大地震のマグニチュード値は9・00に変更され、「過去に記録が無い」とされて福島県浜通り原発は「想定外の規模の地震に見舞われた」としている。
そこで心配なのは中部電力浜岡発電所が、想定される駿河湾沖東海地震で「想定外の規模の地震に見舞われた」とする場合の甚大な被害予想を、想定マグニチュード値の数値を小さく想定した安全宣言に加担した学者の行為は、人命を売ったに等しい行為である。
万が一に想定される駿河湾沖東海地震で、中部電力浜岡発電所に最悪の事故が発生した場合は下記クリックアドレスの内容が想定され、首都圏に甚大な被害が起こる可能性がある。【巨大地震・インディアン嘘つかない・・・偽(いつわ)り】
小生の予測では、電力不足に拠る「計画停電の可能性」は、あくまでも危機感を煽るのが目的で、「ギリギリの所で回避されるケースが多いのではないか。」と思えてならない。
本来、電力供給業者として地域独占型の公共サービス会社を認可されているのは、電力の安定供給責任とセットだからである。
それだからこそ電力不足のリスク回避は電力会社の責任にも関わらず、消費者側はこの無計画な「計画停電」に振り回されて相当な実害を蒙っている。
シリーズ第一弾2011年3月13日(日)了
この「東日本巨大地震と原発・節電呼びかけの怪」の頭の文章を或る所に掲載した所、或る方から内緒のメールで「何故あんな危険な原子力発電所を電力会社は作るのか?」と御質問を頂いた。
その答えは「原子力発電は発電効率が良く採算が合うから」と、哀しいくらい簡単である。
火力発電の化石燃料は国際相場に左右されて採算が採り辛く、水力発電は工事期間や投資額でもう手は出せない。
比べるに原子力発電は、地元の自治体にかなり負担資金を投じてもまだ採算効率が良い。
費用切り詰めに成功した実績から「コストカッター」と呼ばれる清水正孝氏が社長として指揮を執る東京電力にとって、出力コストが安い原子力発電は譲れない施設だった。
つまり電力会社が原子力発電所を熱心に作るのは他の発電方法より採算が合うからで、唯一の被爆国など眼中に無く「公共サービス企業としての安全」は二の次の「営利会社としての判断」の側面が強く滲んでいる。
世の中は損得に妥協しながら多少のリスクに目を瞑っている。
それにしても営利を優先した電力会社の付けを、何故一般市民が節電で払わなくてはならないのだ。
今度の事故に対し、設置計画時に安全を証言した学者、及び経営者は追求されるべきで逃げ得は許せない。
そしてリスクの高い原発を「クリーンエネルギー」とは何と言う面の皮の厚さなのだろうか?
日本の原子力技術は世界最高水準にある。
しかしその世界最高水準の原子力技術は、あくまでも発電技術の範囲で在って「原子力安全技術では無い」と言う指摘がある。
福島原発の近くの住民で「地震が起きたら直ぐに出力は停止します」とは聞いただろうが、「停止後冷却しないと危険です」とは誰も聞いては居ないだろう。
つまり「直ぐに出力停止」と聞いただけで、「安全度が高い」と素人が誤解するのを計算尽くで説明しているような気がする。
まぁ、ここ数日の福島原発を観ていれば、「高水準の安全技術も有る」などと言う反論の余地は無いだろう。
万が一に想定される駿河湾沖東海地震で、中部電力浜岡発電所に最悪の事故が発生した場合は上記【巨大地震・インディアン嘘つかない・・・偽(いつわ)り】の内容が想定され、首都圏に甚大な被害が起こる可能性がある。
東海巨大地震が想定される浜岡原発の中部電力は名古屋が本社で、静岡県の浜岡で何か在っても風は偏西風に乗って東に流れ、名古屋は安泰、関東は危険である。
東京電力は東京電力で、やはり風向きを考えて新潟柏崎や福島浜通りに原子力発電所を設置していて、双方の電力会社の重役さんは、本当に安全に自信があるのか?
原子力発電所の安全に本当に自信があるなら本社近くに作るべきで、万が一のリスクを他所に押し付けていないだろうか?
良く誤解される事に「技術水準が世界最高」と評価されると直ぐに「総合的技術と誤解する」のだが、実はその評価が部分的な物に過ぎない場合が多いのである。
例えば七年前の「福知山線脱線事故」を採ると、当時言われていた「JRの運行技術」は世界最高水準だが、それはあくまでも運行技術で在って「安全技術」では無かった。
シリーズ第二弾2011年3月15日(火)了
富士山は日本一高い活火山である。
富士山が何故日本一高いかと問えば、ユーラシアプレートとフィリピン海プレートが交差(クロス)する位置、駿河トラフの先端にそびえているからである。
トラフとは、深海底にある細長く比較的幅の広い舟底状の沈降帯をさし、駿河トラフとは主に駿河湾の中央部に位置した沈降帯で、駿河湾北端部付近から伊豆半島南端沖まで南北に連なっている。
つまりトラフと呼ぶ沈降帯の地殻変動のプレートとプレートの交差(クロス)する裂け目から地殻のマグマが吹き出て日本一高い活火山は形成された。
さて昨日であるが、小生の地元でもある静岡県東部で起きた地震の震源は東海地震の想定震源域に近く、富士川河口断層帯と呼ばれる活断層の近くに当る。
観測された震源は富士山頂の南側山麓で震源の深さは十四キロ、M・6.4、最大震度は静岡県富士宮市の震度六強、あとは富士山をぐるりと廻る富士市、静岡県駿東郡小山町、御殿場市や山梨県の富士五湖周辺の市町村が震度五強〜震度五弱と揺れが激しかった。
現地では、震度の割には「被害が軽微で安心した」と言うが、それは火山性の地震だったからではないだろうか?
専門家は、先の東北・関東大地震との直接的関係は薄く、想定される駿河湾・東海地震とは関係ないとコメントしているが、そうなると益々富士山内部が震源と言う事に成る。
ここで小生が富士山噴火の可能性に触れるとチエーンメールのネタにされるかも知れないが、小生は歴史を学ぶ者で過去の事象例を無視できない。
宝永年間に大地震と大噴火がセットで起こったのは史実で、駿河トラフと富士山が「宝永の大地震」と連動した「宝永噴火」以来、地殻のひずみが溜まっているのは事実である。
東北・関東大震災で手一杯だろうが列島が軋(キシ)んでいる今、関連は分からないが誘発されてもおかしくはなく、あらゆる可能性は排除すべきでは無く可能性として検討すべきではないだろうか?
中部電力・浜岡原始力発電所は、富士宮が震度六強でも平然と操業を続けている。
シリーズ第三弾2011年03月16日(水)了
言わせて貰うが、この度の東北・関東大震災に於ける被災者のご苦労や苦境に対する優しい感情や協力心と東電に強いられた節電はまったく別物で、「被災者の為の節電の想いは尊い」が、だからと言って東京電力をドサクサ紛れに無条件で赦す事は別である。
何故ならば東京電力は、電力供給業者として地域独占型の公共サービス会社である。
しかし地域独占は圧倒的な強味であり、東京電力では一介の職員でさえ「電力を供給してやっている」と言う態度が見え見えで、小生は昔からあらゆる場面でそうした東京電力の「おごりの態度」に遭遇しているが、とても彼等は弱者の事など考えてはいない。
「計画停電」に該当しない東電以外の地域の方には判らないだろうが、東京電力の「おごりの態度」は酷い物である。
東京電力は、この程の「計画停電」についてホームペイジで「内容を公開している」と言うが、独居老人世帯や高齢者世帯でどれだけの方がインターネットを操れると言うのか?
それでもその事を持って「チャント公表している」と言うのであれば、情報公開に対する実効は最も弱者に対してどうでも良く、ただの「遣っている」と言うアリバイ工作である。
地域防災無線で、東京電力の「計画停電」とやらを「今日の何時から三時間の予定」とがなっているが、高齢者は耳が不自由で良く聞こえないから、テレビの不確かな情報(東電の予定発表)に右往左往している。
そもそもの事故であるが、福島原発の近くの住民で「地震が起きたら直ぐに出力は停止します」とは聞いただろうが、「停止後冷却しないと危険です」とは誰も聞いては居ない。
確かに監督官庁から許認可を受ける都合として、理論的には自家発電の冷却システムを装備すれば地震で出力を停止した後の「対策は万全」かも知れない。
だが、大体に於いて、昔から「津波が来る」と誰でも判っていた所に原発を作り、その自家発電の冷却システムを何と地下に設置し「冠水して使えない」と言う事は、独居老人世帯や高齢者世帯に「計画停電の詳細はインターネットを見ろ」と言うくらい適当な事である。
要するに、如何に優秀な学者と言えど考え方はプラスマイナスの論理が基本で、全体の可能性を見る物語(ストーリー)性が無い。
原発を公的に管理する原子力安全・保安院(げんしりょくあんぜん・ほあんいん)は「経済産業省」の一機関であり、法令上の位置付けは「資源エネルギー庁の特別の機関」とされる。
ここで一番の問題点を挙げると、原子力安全・保安院の上部所属機関は産業振興が主たる業務の経済産業省で在る事で、詰まりは上部の資源エネルギー庁が求める「日本の産業振興の為の電力供給」をスムーズに行う為の組織であり、けして「安全第一が仕事」とは言えない所がある。
そこで確かに、名称は原子力安全・保安院であるが、元々産業振興が主たる業務の省庁が原発の早期稼動を後押しする為に「安全認定」をしても不思議ではない。
第五代・原子力安全・保安院院長・寺坂信昭(てらさかのぶあき)は経済産業省の課長級官僚から転任、同院次長を務め、デパートの合併に携わる経済産業省商務流通審議官を経て、二千九年に原子力安全・保安院(げんしりょくあんぜん・ほあんいん)院長に就任したが、この福島原発騒ぎに一度もマスメディアに姿を現していない。
今度の事は経済産業省と東京電力がおごりから引き起こした人災であるから、本気で中身の在る仕事をする気であれば地域自治会の防災無線だけに頼らず、せめて独居老人世帯や高齢者世帯に職員なり職員婦人なりを動員して個別訪問しても良いくらいである。
福島原発の事故は明らかに犯罪に近い人災で、それを自衛隊士や消防士が命賭けの事故処理作業を、市県費・国費などの公費でしている。
それなのに、東電職員の夫人が「内の人は電力供給に頑張って来た」って、それがその方の仕事で当たり前だろうし、この度の事故も「覚悟を決めて現場で頑張っている」って、そんな事は世間に言うのでは無く自分の所の社長に「現場作業を代われ」と言え。
自分達がおごりで引き起こした人災を、「公共サービス」を人質にとって、「大停電したら困るだろう」と契約者に「今度はこの地区」と一方的な負担を押し付け、もしこれで事態が落ち着いた時に社長以下上級幹部が責任を取らなかったら国民を相当馬鹿にして居る。
シリーズ第四弾2011年3月18日(金)了
夏場の電力予測に於いて気温が一℃上がれば、全国規模では「原子力発電所一箇所(70〜80万kW)で作られる電力に匹敵する電力需要がある」と言われていて、その話しそのものは確かにその通りかも知れない。
家庭に於ける夏季電力需要(冷房)と冬季電力需要(暖房)の最も大きな違いは、冷房にはエアコン使用と違う手段はまったくないが、暖房にはエアコン使用以外に厚着から始まる他の割安手段が沢山或る。
つまり企業・商業施設以外の家庭での冬季電力需要(暖房)は、夏季電力需要(冷房)より遥かに少ない為、夏季電力需要が遥かに冬季電力需要を上回っている。
そこで問題に成るのが、この度の大震災で「東京電力が失った」とされる出力設備の出力能力のウエートは、東電の発表で全体の三割に届かない二十数パーセントとされる。
そこで小生の、このシリーズの〔一〕、「東日本巨大地震と原発・節電呼びかけの怪」を思い出して欲しいが、一方で「東電が本当に最大出力にギリギリ頼るような経営を日頃しているとは考え難い」と小生は指摘している。
つまり、今までは数割需要が伸びる夏場の繁忙期も何とか曲りなりにこなして来た電力供給を、最大需要の夏期でもないのに東電は今回に限って電力不足で「危機だ、危機だ」と煽っている。
多分に怪しいが、冬場の現在でこの電力の逼迫具合が正しいなら、東京を始めとする関東エリアのこの夏の巨大電力需要は早晩まかなえず、停電パニックになる事必至の様相で首都機能は崩壊である。
かと言って発電所は簡単に新造されはしないが、現在停止中の水力や火力の発電所も採算は悪いが整備を急げば稼動の可能性は多分に在る。
この「計画停電」にカラクリがあるとすれば、東京電力が、電力供給業者として地域独占型の公共サービス会社を認可されているのは、本来、電力の安定供給責任とセットだからである。
そこで日本政府・管政権に苦言を呈したいのだが、東京電力の一方的報告を鵜呑みに安定供給責任に対する逃げ場「計画停電」を、前例と言う「伝家の宝刀」として与えてしまったのではないのか?
つまり出力電力の需要供給にデコボコがあるほど経営には負担だが、安定供給責任とセットだった縛りが解け「計画停電」が使えるなら夏場の無理はしなくても良くなるではないか。
この東京電力の電力供給能力について、政府は東電の言い分だけで右往左往せず第三者機関に実態調査をさせるべきで、その判定ならば国民も納得するのではないか?
それにしても小生の個人的な東電職員との闘争経験では、まったく話し合いも妥協もする気が無い態度で、騙し脅し目的を遂げる姿勢であり、機械的である。
いずれにしても、一般人の小生から見て遥かに優遇待遇の彼等が、一般の人間が一人でこなす仕事を日頃はノンビリと二〜三人で遣って居るのを見てあきれていたのだ。
こんな辛らつな事を書くと「東電職員にも良い人は居る」と綺麗事を言う方も居られるがそれは当たり前で、どんな人間でも良い一面は当然持ち合わせているが、事、組織の事となると「東電の常識は国民には非常識」に変わってしまう。
まぁ日頃から横柄な態度をしていれば、叩かれても仕方はないのが世間だ。
シリーズ第五弾2011年3月18日(金・二弾目)了
【東日本巨大地震と原発・節電呼びかけの怪〔二〕】に続く
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その上で、東京電力の厚い面の皮を剥がしたい。
現在東京電力は、新潟県柏崎刈羽や福島県浜通りの原子力発電施設の停止に絡んで陳腐にも「節電」を呼びかけている。
この「節電」の呼びかけは、善良な国民を騙す茶番劇ではないだろうか?
何故ならば、東北電力と東京電力は、普段でも互いに多くの電力融通をおこなっていて、これは東北電力管内では冬の電力需要が多く、夏の電力需要に対しては「若干の供給の余裕がある」と言う事情がある。
夏季は多くの電力を東京電力に融通し、多額の売電収入を得ている一方、厳冬期は、主に東北電力管内にある東京電力の水力・火力・原子力発電所から電力の融通を受けている。
現に東電と歩調を合わせて「計画停電」を発表した東北電は、現実一度も「計画停電」は実施しておらず、被災地の復興が進まない事を理由としている。
政府や電力会社が、電力が「不足する不足する」と言うが、あの広範囲に渡る被災地の酷い情況で東北の誰が今まで以上に大量の電力を消費すると言うのだ。
両社の電力融通の前提として、東北電力と東京電力が共に50Hzである一方、東京電力に隣接するもう一方の中部電力は60Hzであり、中電の電力は変換所を経由しなければならない事から、東北電力からの供給に比べて融通しにくい。
東北電力の電力は、東京電力が融通を受けるに最良の電力であり、その需要が残念ながらこの東日本巨大地震で大きく後退し、復興まではかなりの期間を要すると考えられる。
つまり需要が落ちる東北電力の余力電力を融通買電すれば事足りる事で、「福島の原発が停止したから」と言って引き算しかしないのでは「何か別の意図が在っての節電呼びかけ」と疑っても仕方が無い。
東北電力には今回の地震には問題ない日本海側の秋田県に能代(出力120万kW)、秋田(出力130万kW)、酒田(出力70万kW)、新潟県に新潟(出力50万kW)、東新潟(出力460万kW)の火力発電所があり、総出力は820kWで全体の七割は被災していない。
その他として地熱発電所四箇所計23.8万kW、水力発電所計100万kWも存在し無傷の発電施設の推計される総出力計は1000万kWに達する。
そして東北電力の原子力発電所は、石巻・女川原子力発電所(出力217.4万kW)と青森・東通原子力発電所(出力110万kW)、火力発電その他が青森・八戸(出力25万kW)と宮城・仙台二箇所で(出力140万kW)を総計すると、全部停止しても約三分の一の492.4kWである。
その出力のプラスマイナス両者と被災地の電力需要の見合いになるのだが、通電工事が為されたとしても需要者が壊滅している町は相当数に上る。
節電を考えるまでもなく、東北電力管内では不幸にも余剰電力が発生するのは明らかである。
一方東京電力の福島原子力発電所の第一発電所出力(496万kW)、第二発電所出力(440万kW)の合計は936万kWだが、国に提出した不足電力の数値は最大1000万kWで、奇妙な事に地震で停止している東電の発電能力を上回っている。
そしてこの文章の後半でご案内するが、今まで夏場の繁忙期でも不足しなかっただけの東京電力の出力能力が、何故冬場なのにギリギリの状況下となって時々本当に実地する事も或る無計画な「計画停電」は計算が合わない。
本当に「最大出力にギリギリ頼るような経営を日頃しているとは考え難い」ので、輪番「計画停電」騒ぎは原発事故隠しのブラフではないか?
つまり東電を始め各電力会社が恐れるのは「原発に対する国民世論」で、こんどの節電呼びかけの意図は原発不要論を抑える原発必要論のアリバイ工作と受け取ったのは小生だけだろうか?
東京電力の原子力発電施設が東北電力管内の新潟県柏崎刈羽や福島県浜通り、青森県東通村(東通は建設準備中)にある事から、これらの地域で原子力の広報番組は東京・東北の両社のスポンサーで行われ、両会社は極密接な関係にある。
そして善良な大衆を騙し、原発不要論を抑える事は東北電力・東京電力共通の利益なのだ。
東日本巨大地震のマグニチュード値は9・00に変更され、「過去に記録が無い」とされて福島県浜通り原発は「想定外の規模の地震に見舞われた」としている。
そこで心配なのは中部電力浜岡発電所が、想定される駿河湾沖東海地震で「想定外の規模の地震に見舞われた」とする場合の甚大な被害予想を、想定マグニチュード値の数値を小さく想定した安全宣言に加担した学者の行為は、人命を売ったに等しい行為である。
万が一に想定される駿河湾沖東海地震で、中部電力浜岡発電所に最悪の事故が発生した場合は下記クリックアドレスの内容が想定され、首都圏に甚大な被害が起こる可能性がある。【巨大地震・インディアン嘘つかない・・・偽(いつわ)り】
小生の予測では、電力不足に拠る「計画停電の可能性」は、あくまでも危機感を煽るのが目的で、「ギリギリの所で回避されるケースが多いのではないか。」と思えてならない。
本来、電力供給業者として地域独占型の公共サービス会社を認可されているのは、電力の安定供給責任とセットだからである。
それだからこそ電力不足のリスク回避は電力会社の責任にも関わらず、消費者側はこの無計画な「計画停電」に振り回されて相当な実害を蒙っている。
シリーズ第一弾2011年3月13日(日)了
この「東日本巨大地震と原発・節電呼びかけの怪」の頭の文章を或る所に掲載した所、或る方から内緒のメールで「何故あんな危険な原子力発電所を電力会社は作るのか?」と御質問を頂いた。
その答えは「原子力発電は発電効率が良く採算が合うから」と、哀しいくらい簡単である。
火力発電の化石燃料は国際相場に左右されて採算が採り辛く、水力発電は工事期間や投資額でもう手は出せない。
比べるに原子力発電は、地元の自治体にかなり負担資金を投じてもまだ採算効率が良い。
費用切り詰めに成功した実績から「コストカッター」と呼ばれる清水正孝氏が社長として指揮を執る東京電力にとって、出力コストが安い原子力発電は譲れない施設だった。
つまり電力会社が原子力発電所を熱心に作るのは他の発電方法より採算が合うからで、唯一の被爆国など眼中に無く「公共サービス企業としての安全」は二の次の「営利会社としての判断」の側面が強く滲んでいる。
世の中は損得に妥協しながら多少のリスクに目を瞑っている。
それにしても営利を優先した電力会社の付けを、何故一般市民が節電で払わなくてはならないのだ。
今度の事故に対し、設置計画時に安全を証言した学者、及び経営者は追求されるべきで逃げ得は許せない。
そしてリスクの高い原発を「クリーンエネルギー」とは何と言う面の皮の厚さなのだろうか?
日本の原子力技術は世界最高水準にある。
しかしその世界最高水準の原子力技術は、あくまでも発電技術の範囲で在って「原子力安全技術では無い」と言う指摘がある。
福島原発の近くの住民で「地震が起きたら直ぐに出力は停止します」とは聞いただろうが、「停止後冷却しないと危険です」とは誰も聞いては居ないだろう。
つまり「直ぐに出力停止」と聞いただけで、「安全度が高い」と素人が誤解するのを計算尽くで説明しているような気がする。
まぁ、ここ数日の福島原発を観ていれば、「高水準の安全技術も有る」などと言う反論の余地は無いだろう。
万が一に想定される駿河湾沖東海地震で、中部電力浜岡発電所に最悪の事故が発生した場合は上記【巨大地震・インディアン嘘つかない・・・偽(いつわ)り】の内容が想定され、首都圏に甚大な被害が起こる可能性がある。
東海巨大地震が想定される浜岡原発の中部電力は名古屋が本社で、静岡県の浜岡で何か在っても風は偏西風に乗って東に流れ、名古屋は安泰、関東は危険である。
東京電力は東京電力で、やはり風向きを考えて新潟柏崎や福島浜通りに原子力発電所を設置していて、双方の電力会社の重役さんは、本当に安全に自信があるのか?
原子力発電所の安全に本当に自信があるなら本社近くに作るべきで、万が一のリスクを他所に押し付けていないだろうか?
良く誤解される事に「技術水準が世界最高」と評価されると直ぐに「総合的技術と誤解する」のだが、実はその評価が部分的な物に過ぎない場合が多いのである。
例えば七年前の「福知山線脱線事故」を採ると、当時言われていた「JRの運行技術」は世界最高水準だが、それはあくまでも運行技術で在って「安全技術」では無かった。
シリーズ第二弾2011年3月15日(火)了
富士山は日本一高い活火山である。
富士山が何故日本一高いかと問えば、ユーラシアプレートとフィリピン海プレートが交差(クロス)する位置、駿河トラフの先端にそびえているからである。
トラフとは、深海底にある細長く比較的幅の広い舟底状の沈降帯をさし、駿河トラフとは主に駿河湾の中央部に位置した沈降帯で、駿河湾北端部付近から伊豆半島南端沖まで南北に連なっている。
つまりトラフと呼ぶ沈降帯の地殻変動のプレートとプレートの交差(クロス)する裂け目から地殻のマグマが吹き出て日本一高い活火山は形成された。
さて昨日であるが、小生の地元でもある静岡県東部で起きた地震の震源は東海地震の想定震源域に近く、富士川河口断層帯と呼ばれる活断層の近くに当る。
観測された震源は富士山頂の南側山麓で震源の深さは十四キロ、M・6.4、最大震度は静岡県富士宮市の震度六強、あとは富士山をぐるりと廻る富士市、静岡県駿東郡小山町、御殿場市や山梨県の富士五湖周辺の市町村が震度五強〜震度五弱と揺れが激しかった。
現地では、震度の割には「被害が軽微で安心した」と言うが、それは火山性の地震だったからではないだろうか?
専門家は、先の東北・関東大地震との直接的関係は薄く、想定される駿河湾・東海地震とは関係ないとコメントしているが、そうなると益々富士山内部が震源と言う事に成る。
ここで小生が富士山噴火の可能性に触れるとチエーンメールのネタにされるかも知れないが、小生は歴史を学ぶ者で過去の事象例を無視できない。
宝永年間に大地震と大噴火がセットで起こったのは史実で、駿河トラフと富士山が「宝永の大地震」と連動した「宝永噴火」以来、地殻のひずみが溜まっているのは事実である。
東北・関東大震災で手一杯だろうが列島が軋(キシ)んでいる今、関連は分からないが誘発されてもおかしくはなく、あらゆる可能性は排除すべきでは無く可能性として検討すべきではないだろうか?
中部電力・浜岡原始力発電所は、富士宮が震度六強でも平然と操業を続けている。
シリーズ第三弾2011年03月16日(水)了
言わせて貰うが、この度の東北・関東大震災に於ける被災者のご苦労や苦境に対する優しい感情や協力心と東電に強いられた節電はまったく別物で、「被災者の為の節電の想いは尊い」が、だからと言って東京電力をドサクサ紛れに無条件で赦す事は別である。
何故ならば東京電力は、電力供給業者として地域独占型の公共サービス会社である。
しかし地域独占は圧倒的な強味であり、東京電力では一介の職員でさえ「電力を供給してやっている」と言う態度が見え見えで、小生は昔からあらゆる場面でそうした東京電力の「おごりの態度」に遭遇しているが、とても彼等は弱者の事など考えてはいない。
「計画停電」に該当しない東電以外の地域の方には判らないだろうが、東京電力の「おごりの態度」は酷い物である。
東京電力は、この程の「計画停電」についてホームペイジで「内容を公開している」と言うが、独居老人世帯や高齢者世帯でどれだけの方がインターネットを操れると言うのか?
それでもその事を持って「チャント公表している」と言うのであれば、情報公開に対する実効は最も弱者に対してどうでも良く、ただの「遣っている」と言うアリバイ工作である。
地域防災無線で、東京電力の「計画停電」とやらを「今日の何時から三時間の予定」とがなっているが、高齢者は耳が不自由で良く聞こえないから、テレビの不確かな情報(東電の予定発表)に右往左往している。
そもそもの事故であるが、福島原発の近くの住民で「地震が起きたら直ぐに出力は停止します」とは聞いただろうが、「停止後冷却しないと危険です」とは誰も聞いては居ない。
確かに監督官庁から許認可を受ける都合として、理論的には自家発電の冷却システムを装備すれば地震で出力を停止した後の「対策は万全」かも知れない。
だが、大体に於いて、昔から「津波が来る」と誰でも判っていた所に原発を作り、その自家発電の冷却システムを何と地下に設置し「冠水して使えない」と言う事は、独居老人世帯や高齢者世帯に「計画停電の詳細はインターネットを見ろ」と言うくらい適当な事である。
要するに、如何に優秀な学者と言えど考え方はプラスマイナスの論理が基本で、全体の可能性を見る物語(ストーリー)性が無い。
原発を公的に管理する原子力安全・保安院(げんしりょくあんぜん・ほあんいん)は「経済産業省」の一機関であり、法令上の位置付けは「資源エネルギー庁の特別の機関」とされる。
ここで一番の問題点を挙げると、原子力安全・保安院の上部所属機関は産業振興が主たる業務の経済産業省で在る事で、詰まりは上部の資源エネルギー庁が求める「日本の産業振興の為の電力供給」をスムーズに行う為の組織であり、けして「安全第一が仕事」とは言えない所がある。
そこで確かに、名称は原子力安全・保安院であるが、元々産業振興が主たる業務の省庁が原発の早期稼動を後押しする為に「安全認定」をしても不思議ではない。
第五代・原子力安全・保安院院長・寺坂信昭(てらさかのぶあき)は経済産業省の課長級官僚から転任、同院次長を務め、デパートの合併に携わる経済産業省商務流通審議官を経て、二千九年に原子力安全・保安院(げんしりょくあんぜん・ほあんいん)院長に就任したが、この福島原発騒ぎに一度もマスメディアに姿を現していない。
今度の事は経済産業省と東京電力がおごりから引き起こした人災であるから、本気で中身の在る仕事をする気であれば地域自治会の防災無線だけに頼らず、せめて独居老人世帯や高齢者世帯に職員なり職員婦人なりを動員して個別訪問しても良いくらいである。
福島原発の事故は明らかに犯罪に近い人災で、それを自衛隊士や消防士が命賭けの事故処理作業を、市県費・国費などの公費でしている。
それなのに、東電職員の夫人が「内の人は電力供給に頑張って来た」って、それがその方の仕事で当たり前だろうし、この度の事故も「覚悟を決めて現場で頑張っている」って、そんな事は世間に言うのでは無く自分の所の社長に「現場作業を代われ」と言え。
自分達がおごりで引き起こした人災を、「公共サービス」を人質にとって、「大停電したら困るだろう」と契約者に「今度はこの地区」と一方的な負担を押し付け、もしこれで事態が落ち着いた時に社長以下上級幹部が責任を取らなかったら国民を相当馬鹿にして居る。
シリーズ第四弾2011年3月18日(金)了
夏場の電力予測に於いて気温が一℃上がれば、全国規模では「原子力発電所一箇所(70〜80万kW)で作られる電力に匹敵する電力需要がある」と言われていて、その話しそのものは確かにその通りかも知れない。
家庭に於ける夏季電力需要(冷房)と冬季電力需要(暖房)の最も大きな違いは、冷房にはエアコン使用と違う手段はまったくないが、暖房にはエアコン使用以外に厚着から始まる他の割安手段が沢山或る。
つまり企業・商業施設以外の家庭での冬季電力需要(暖房)は、夏季電力需要(冷房)より遥かに少ない為、夏季電力需要が遥かに冬季電力需要を上回っている。
そこで問題に成るのが、この度の大震災で「東京電力が失った」とされる出力設備の出力能力のウエートは、東電の発表で全体の三割に届かない二十数パーセントとされる。
そこで小生の、このシリーズの〔一〕、「東日本巨大地震と原発・節電呼びかけの怪」を思い出して欲しいが、一方で「東電が本当に最大出力にギリギリ頼るような経営を日頃しているとは考え難い」と小生は指摘している。
つまり、今までは数割需要が伸びる夏場の繁忙期も何とか曲りなりにこなして来た電力供給を、最大需要の夏期でもないのに東電は今回に限って電力不足で「危機だ、危機だ」と煽っている。
多分に怪しいが、冬場の現在でこの電力の逼迫具合が正しいなら、東京を始めとする関東エリアのこの夏の巨大電力需要は早晩まかなえず、停電パニックになる事必至の様相で首都機能は崩壊である。
かと言って発電所は簡単に新造されはしないが、現在停止中の水力や火力の発電所も採算は悪いが整備を急げば稼動の可能性は多分に在る。
この「計画停電」にカラクリがあるとすれば、東京電力が、電力供給業者として地域独占型の公共サービス会社を認可されているのは、本来、電力の安定供給責任とセットだからである。
そこで日本政府・管政権に苦言を呈したいのだが、東京電力の一方的報告を鵜呑みに安定供給責任に対する逃げ場「計画停電」を、前例と言う「伝家の宝刀」として与えてしまったのではないのか?
つまり出力電力の需要供給にデコボコがあるほど経営には負担だが、安定供給責任とセットだった縛りが解け「計画停電」が使えるなら夏場の無理はしなくても良くなるではないか。
この東京電力の電力供給能力について、政府は東電の言い分だけで右往左往せず第三者機関に実態調査をさせるべきで、その判定ならば国民も納得するのではないか?
それにしても小生の個人的な東電職員との闘争経験では、まったく話し合いも妥協もする気が無い態度で、騙し脅し目的を遂げる姿勢であり、機械的である。
いずれにしても、一般人の小生から見て遥かに優遇待遇の彼等が、一般の人間が一人でこなす仕事を日頃はノンビリと二〜三人で遣って居るのを見てあきれていたのだ。
こんな辛らつな事を書くと「東電職員にも良い人は居る」と綺麗事を言う方も居られるがそれは当たり前で、どんな人間でも良い一面は当然持ち合わせているが、事、組織の事となると「東電の常識は国民には非常識」に変わってしまう。
まぁ日頃から横柄な態度をしていれば、叩かれても仕方はないのが世間だ。
シリーズ第五弾2011年3月18日(金・二弾目)了
【東日本巨大地震と原発・節電呼びかけの怪〔二〕】に続く
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