2008年05月03日

【亡霊が跋扈(ばっこ)し始めた】

【亡霊が跋扈(ばっこ)し始めた】




「政権の疑惑を追求せよ」第十六弾

福田政治に物申す。(H20・03・15)

人類の学びの一歩は「経験」である。
「経験」が蓄積されて学問に成ったのであるから、「経験」もせずに物事をとやかく言う事には違和感を感じる。
勿論合法が前提であるが、経験学的に学ぶ事にはリアリティー(現実)がある。
簡単に言ってしまえば、「知りもしないのに建前で物を言うな」と言う事である。

その経験をした上であえて言うが、小泉・竹中両氏の五年間は歴史に残る愚政だった。
まぁ、往々にして国のリーダーが狂人に任されるケースは皆無ではない。
それも「経験」と言ってしまえばその通りだが、本来「結果責任」はキッチリと追及すべきである。
もし、それらに気付かない紳士・淑女が居られるなら、無知な己を恥ずべきである。


近頃、小泉元首相が発言をし始めたが、今日の政治混乱の元を作ったのは他ならぬ小泉氏である。
政治家の面の皮の厚さにはホトホト感心するが、何ともずうずうしい限りである。
竹中氏も竹中氏で、舵取りを誤って政治不況をもたらせた者が、投票した者の期待を裏切り任期途中で政治から逃げ出しておいて、何を偉そうに大学教授に納まり責任も取らずに「改革が遅れているからだ」などと言っているのか?
受け入れた大学も大学だが、彼をTV出演させるマスコミもマスコミである。

第一に、小泉・竹中政治が標榜した米国型経済モデルが、サブ・プライム問題で現在崩壊しつつある。
それで弱者切り捨て、企業サバイバル(生き残り競争)型の米国型経済モデルを日本で推進した事が「間違いではなかった」と言っても説得力は無い。
ここで矛盾を感じるのは、小泉・竹中両氏が好きなサバイバル(生き残り競争)型の米国型経済モデルであれば、敗者や失敗者は責任を取らされる筈であるが、周囲の対応も甘く、本人も良心が欠如しているのか多くの困窮者に他人事である。

消費期限の来たおにぎり・弁当を大量に棄てるスーパーやコンビニがありながら、「おにぎりをたべたい。」と言って亡く成って行った男性への責任は、本当に北九州市の福祉担当者だけの事だろうか?
キット偉い官僚様や政治家様にとっては取るに足らない「小さな事」なのだろうが、品格があるのは果たしてどちらだろうか?。
しかし庶民の小生には、この現実を涙なく受け取れない。

これは「小さな事」では無く、傷病低収入世帯、高齢者老々介護世帯、独居老人世帯、「自分の事でなければ切り捨て」は官僚や政治家だけでは無い。
官僚や政治家が何もしないのなら、庶民がもっと声を上げるべきではないのか?
ここが民衆に理解出来なければ、この国に明るい未来はない。

小泉改革の正体

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