2008年05月03日

【ねじれ国会】

【ねじれ国会】




「政権の疑惑を追求せよ」第十七弾

福田政治に物申す。(H20・03・25)

とぼけ親父の福田総理が「私には判らない。心配しています。」と、他人事のようにのたまっている。
「ふざけるな。」と言いたい。
この問題の原点を考えずに、面の厚い事を言っているからである。
とんでもない事であるが、マスコミもコメンテーターも肝心な事を忘れて「ねじれ国会」を論じては居まいか?

今の政治は低俗な政治技術論で、国民の事は置き去りである。
この「ねじれ国会」の原点は、先の参議院選挙の与党敗退にある。
与党敗退でこう言う議会混乱の結果が見えているにも関わらず、「今やれば選挙に負ける」と衆議院の解散で国民の信を問わずに頬被(ホゥカム)りをして現在まで政権に居座っている。
確かに「参議院のねじれ」は二期八年は続くが、次の衆議院の解散総選挙で与党が勝てば野党もそう強引な事は出来ない筈だった。

「今やれば選挙に負ける」は低俗な政治技術論で、政権に恋々とする見っとも無い姿ではないか。
潔(いさぎよ)さが全く無い自民党に、国民は呆(あき)れている。
そこの民意不在を知らん顔で「議会運営が停滞、立法が為されない事は国民の為にならない」と、野党に責任を転嫁するふざけた事を言っている。
与党と福田内閣は、民意などそっち退(の)けで只々野党の悪口に終始して「妥協を引き出そう」としているが、どんなに奇麗事を言っても根本に在るのは参議院選挙の与党敗退で、国民に突きつけられた「ノー」を無視した事である。

政治家も官僚も「人間としてのセンスを失っている」としか考えられない。
質濃いようだが、最低限の良心として政府与党は参院選の敗北の時に潔く民意を認めるべきだった。
その期待を裏切り、民意を棚上げにして「政権にしがみ付いた事」が今日の混乱の原因で、現状を野党の責任にする事は見っとも無いだけである。

本来は民意を代弁すべきマスコミもコメンテーターも、この肝心な根本を「与党が取る当然の政治技術」と容認して居る事は、余りにも政治の裏表を知り過ぎた「政治慣れ」の結果ではないだろうか?
その「政治慣れ」の思考で、「野党も話し合いに応じよ」と批判するに到っては、この国の良心はどこに置き忘れてしまったのか?
福田総理の「私には判らない。心配しています。」は、とぼけを極めた酷い話である。


小泉改革の正体

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