2008年05月19日

【自由「官」主党政権】

【自由「官」主党政権】




「政権の疑惑を追求せよ」第二十一弾
福田政治に物申す。(H20・05・19)


戦前戦後を通じてご苦労された高齢者の方がそして国民が「生きるか死ぬか」の瀬戸際にあるのに、呑気に「僕は困っているのですよ。」などと参議院のねじれを嘆いている福田総理に言いたい。

政治は、まつりごと(祭事/神事)である。
もつとも軽蔑に値するのは「私腹を肥やす役人」であり、もっとも「悪質な政治家」は貧困を増やすのである。
彼らの悪行を見過ごしていたのなら、「真面目な役人や良質な政治家居る」と綺麗事を言ってもその存在に意味が無い。

そして現在の悲惨な高齢者を見て、「安心して齢を取れない国」の若者が本気で真面目に働くとは思えない。
イケイケの乗りと勢いは民間事業とか国家の運営に必要で、ここが無いと全てが後ろ向きに成り悪循環の連鎖と成る。
これには民間であれば社員、国家であれば国民の意識高揚が大事だが、その国民を蔑ろにする法案を連発し強行採決を繰り返して国民の意識を沈静させるような政策では、国家に活力は生まれない。

事実もう始まっているが、若者が勤労意欲を失えば国家の国民総生産は落ちて行く。
つまり官僚が考えた、根本を無視した小手先の政策に拠る国家運営である。

自由民主党の「長寿医療制度」・後期高齢者医療制度(こうきこうれいしゃいりょうせいど)は「国民皆保険制度の長期維持の為」と言うお題目は、永いスパンで見れば理屈に合っていない唯の歳入確保であり、それはもはや「政治」とは言わない。
若者は夢を持てず年寄りには地獄の国は、何故か未だに大人気の「小泉内閣」が作った。

理論を重視すると、時として「情」を無視する事に成る。
浅間山荘事件に代表される赤軍派の論理もそうだったが、論理的に正しいからと「目的遂行が正義」と言う事になり「多少の犠牲」も止む負えない事に成ってしまう。

小泉氏・竹中氏の「政治改革」と言う名の治政は正にこの論理で、余りにも経済理論だけに固執し片手落ち所か片手無視(庶民生活無視)の政治を強引に為した。
しかし我が国では、昔から政治を「まつりごと(祭事)」と言って神事であり、神に代わって民を幸せにする責務を負っている。
つまり彼らは、人間として間違った事をしたのである。

過去の歴史で「官の贅沢は止めない」で、庶民だけにシワ寄せをする改革で成功した例は無い。
新井白石の「正徳の治」で、「文治主義政策」とは官僚に拠る統治運営策で、官僚の権限が増すと同時にその人数が膨大に成る為、「官僚人件費の負担が増大する」と言うまるで近頃どこかで聞いた「天下りシステム」のような状況だった。
唯一改革に成功し、未だに庶民人気が高い八代将軍・徳川吉宗の「享保の改革(1716〜45)」は、役職者の乱発で幕府財政が極端に逼迫(ひっぱく)した「文治主義」を改め「民」ではなく「官」に財政負担の痛みを廻した善政だった。何度もあったリセット

それにしても、福田内閣は党の看板を書き換えたらどうだろうか?
自由民主党は明らかに看板間違いで、現状は自由「官」主党ではないか。
この自然豊かな日本の国で、自然を愛でる余裕も失うくらい追い詰められて自殺される方が多数居る国にしたのは、見下げ果てた自民党政権の政治姿勢である【美しい国・日本への危惧】。

小泉改革の正体

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