2008年07月06日

【洞爺湖サミットに思う・・群れ社会と共生社会】

【洞爺湖サミットに思う・・群れ社会と共生社会】



「政権の疑惑を追求せよ」第三十三弾
福田政治に物申す。(H20・07・06)


これからの地球社会は、果たして米国型の競争経済社会で本当に遣って行けるのだろうか?
その答えは「否(ノー)」である。
十九世紀から二十一世紀初頭の今日まで、産業革命以後の欧米文化は「地球環境破壊」と言う大罪を犯し続けた。
その究極の形が「地球環境対策」と対極に位置し、一番遠くに在る「利益優先の米国型の競争経済社会」であるから、そんなものを追い続ければ行き詰まってしまう。
現に予測されている要解決課題が、「地球環境対策」よりも明らかに「国益」を守ろうとする米国の姿勢である。
そんな古い身勝手な考え方で、悪化し続ける地球環境が救える筈はないだろう。
そうした「地球環境破壊」と言う背景を抱えて、日本はアリバイ作り見たいに「京都議定書」に批准しながら、それとは裏腹に大胆な「規制緩和」を推し進めて利益優先の「米国型の競争経済社会」日本国民に強いたのである。
今世紀(二十一世紀)に入って「地球環境対策」が深刻な緊急課題になり、もはや「米国型競争経済モデル」の時代は終わっていた。
つまり小泉政権発足当時、既に「利益優先の米国型の競争経済社会」は地球環境にとって「毒薬」だった。
所が、「地球環境破壊」と言う問題を先送りして、その「毒薬」を「唯一日本経済が再生する手段だ」とし、資本主義者の小泉政権は「大企業優先政策」の愚行を強引に推し進めた。
その「大企業優先政策」の愚行と「規制緩和政策」と言う名の「儲けるには何でもあり」の競争社会を作った。
結果が、肝心の庶民に金が回って行かないから実態経済はまったく回復せず、「格差社会」や「福祉政策破壊」が小泉・竹中政治の結果だった。
そんな状況下でも、小泉・竹中の五年間に中小企業を救済する適切な政策を取っていれば、今日の惨状は改善されていた筈である。
常々言っているが、若者の全員が大企業が採用するレベルに有る事など在り得ないし、例え若者の全員が採用するレベルに有っても全員を採用する能力が大企業には無い。
つまり教育現場で少し成績ハンデを負った若者や定年世代の引き受け先だった中小企業を切り捨て、大企業の競争力の為に「派遣社員会社契約社員」などと言う不安定な雇用身分を常態化させた事が、「秋葉原無差別通り魔殺人」の遠因になっているのである。
人間の本性は「群れ社会の動物」であるが、擬似の群れとして機能していた「会社」と言う職場さえ取り上げ、「派遣社員」と言う形態で群れから外された事が、若者の精神を一層傷付けているのである。
学校と言う群れ、家族と言う群れ、全てが壊れる社会は過当な競争社会を目指した自民党政権に有る。
小泉・竹中の「大企業優先政策」の愚行は明らかに大罪であり、永く語り継がなければ成らない【小泉改革の正体】。
そもそも、日本民族の基本的精神は「農耕の文化」から成り立ち、自然に優しく自然と共生する知恵も持っていた。
また日本民族は、全村(共通生活地域)身内気分の精神で、隣人と力を合わせて生活する「村落共生社会(村社会)」と言う形式の「群れ社会」だった。
全村身内気分の精神の根底に在るのが、長く続いた日本民族の「性におおらかな感性・日本の性文化」である。
古代日本列島では縄文人が住んでいて、男女の関わりが現在のような一夫一婦制ではなく「集団婚(群れ婚)」だった。
集団婚(群れ婚)」という婚姻形態は、一言で言えば「複数の男と女がグループ」で婚姻関係を結ぶもので、日本を含めて採取狩猟時代から人類の間で歴史的に長く行われていた。
共生の為の「群れ社会」と言う特別の信用信頼関係を構築するには、特別の間柄が継続して実践証明し続けなくてはイケナイのだが、そうなると一夫一婦制の既成概念は取り払わなくてはいけない。
言ってしまえば、群れ内は「フリーセックス」と言う事に成る。
そして個別の二つの群れ同士の争いに解決方法は二つ、武器を持って争うか合流するかである。
個別の二つの群れが平和的に合流するとなれば、誓約(うけい)の概念に拠る「集団婚(群れ婚)」が、双方を「特別の間柄」と継続して実践証明する「群れ内フリーセックス」が現実的だった。
それで「夜這(よば)い制度」や「寝屋子宿(ねやこやど)・寝宿(ねやど)制度」など、独特な村落集団婚(擬似群れ婚)で全村(共通生活地域)身内気分の精神に拠る共生社会を実現して、老人も子供も全村の責任で面倒を見るシステムを作り上げていた。
この時代に在って、先祖の「真似をしろ」は出来ない相談だが、欧米型の「極端な私権主義」とはまったく対極の考え方で、自然に優しく、自然と共生しつつ地域社会を安全・安定して営めるシステムを作り上げ、実践していた知恵に学ぶものは無いだろうか?
男女平等を誤解して男女の生物的特性まで否定する事は、他の動物同様に持ち合わせている人間の「生態系を壊す」と言う事に成る。
つまり現在の人間(我々日本人を含む)は、生き物としての自らを否定するほど傲慢な存在なのである。
理想だけ言っている宗教(信仰)の実績と言えば昔から決まっていて、殉教者を増やす事である。
全ての新発想、新発見は、異端の思考から生まれる。
何時までも同じ拘(こだわ)りに固執せず、しぶとく価値観を変えて行ければ思い悩む事は無く成り生きて行ける。
政治家や評論家が偉そうに正論を言っても、喰えない人々にはとって意味が無い。
つまり「正論だから」と言って、建前や理想だけを上げ面って居られるのは「一部の人間だけ」と言う現実を知らないか知らないを振りしていては、政治家や評論家は本来勤まらないのではないか?

世界規模でものを考え、共生の群れ社会を創造して行くには、全人類が身内気分にならなければならない。
本来性欲は【性欲本能と人類共生】「子孫を残す」と言う生物本能から始まっていて、伴侶得る事や子供を得て未来につなげる為のもので、その部分を無責任に「個人の責任」として社会が放置して置いて良いものだろうか?
国家は、全ての若者が、将来に夢を抱ける社会を作らなければならない。
そして全世界の指導者は、人類の未来に夢を抱ける地球を残さなければならない。

小泉改革の正体

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 政治ブログ『熊川ビジョン』管理人のくまがわ直貴です。

 北朝鮮による拉致が疑われる18年前の失踪事件(特定失踪者問題調査会リストには未掲載)
 「石嵜容子(いしざきようこ)さん失踪事件」に関して、ご家族の承諾を得た上で当ブログのトップに掲載しています。
 失踪時の状況(平成2年の大晦日に失踪〜後に怪電話がかかる。周辺では多数の未解決失踪事件が発生)等から、北朝鮮工作員による拉致事件の疑いも考えられ得るケースです。

 多方面から情報をお寄せ頂きたく、各ブログ様・掲示板様に書き込みしております。
 何卒、宜しくお願い申し上げます。

 http://blue.ap.teacup.com/kumagawanaotaka/

Posted by くまがわ直貴 at 2008年07月07日 17:10