2009年06月23日

【不穏な社会】

【不穏な社会】


麻生総理に物申す。

世の中が日に日に物騒に成って行く。
秋葉原無差別連続殺人事件から一周年を迎えた。
厚生省の発表に拠ると、派遣社員やアルバイトなどの非正規雇用に拠る労働条件の環境悪化で「うつ病認定」はこの五年間で二倍に増えている。

今問題にしなければ成らないのは「平等格差」である。
社会経費の「平等負担」と言う考え方は一見公平で正しいように見え聞こえるが、前提になる個々の資力基礎が違えば「格差」を助長する。
「平等負担」を簡単に指摘すれば、入り口では公平だが出口では不公平になる性質(たち)が悪いものである。
自由競争社会肯定の自由民主党らしい基本的な考え方として、単純に「皆同額で平等なのだから良いのじゃないか」と言う言い分があるかも知れないが、個々に負担能力に差があるのであれば結果的に「平等格差」と言う情況を生み出す事になる。
つまり実状など考慮する事無く、魔法の言葉「平等負担」の名の下に、まったく弱者に無慈悲なのが自由民主党の政治姿勢である。
果たして弱者にも社会経費の「平等負担」をさせる事が「公平な社会構築」に結び付くのだろうか?
テレビに出て来るコメンテーターの差し障りが無い意見を聞いていると基本的に「勝者の論理」で、現状の経済弱者に対して「自己責任や自己啓発」を要求する。
つまり、当事者が「甘ったれているからそう言う経済弱者になるのだ」と言いたいのであるが、そんなに物事を単面的に見てはならない。
「それはその通りだ」と肯定した上で疑問を呈したいのだが、先祖や親の代からの経済弱者に拠る学業機会の喪失もあれば、虐めに拠る不登校に起因する学歴や学業機会の喪失も存在する。
また、人間の能力には夫々に得て不得手があり、芸術的才能がある者も居れば理数に強い者も居るのだが、機会の喪失に拠り往々にして進路を間違う事も多い。
そしてこの国は法治国家であるから政治家と官僚が組んで何らかの立法を為せば必ず得する者と損する者が現れる。
つまり個人の力ではどうしようもない新立法や法改正で生まれる経済弱者は泣き寝入りで、それも「自己責任や自己啓発」の問題だろうか?
高齢期に差し掛かってそう言う目に合わされた者に、中々「再チャレンジ」のチャンスなどない。
働きたくても働くチャンスに恵まれず、収入が年金だけの高齢者には社会経費の「平等負担」は即日々の生活を圧迫する。
自殺者年間三万人を越える事態が小泉政権初期から現在まで続いている事はかなり知れ渡っているが、それは特定出来た者だけの統計で、死の理由が不明(特定出来ない)の孤独死の死者が年間十六万人も存在する事は余り知られていない。
定職に就けず、絶望に自暴自棄に成る若者の犯罪も増えている。
政府が有効な政策を取らず、このまま「平等格差」の進行を容認すれば、社会は構造的に危険社会への階段を登って行くに違いない。

基本的に、政治家と官僚は他人の金(税金)を使う仕事である。
しかしながら、彼等に「他人の金(税金)を使う」と言う自覚がどれだけあるのだろうか?
とにかく政治(政事/祭り事)は、庶民にとって「生活を左右する事」で、その肝心な部分を外しての「財政立て直しや経済対策」は本末転倒である。

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