2009年06月23日

【孤独死と群れ社会】

【孤独死と群れ社会】


麻生総理に物申す。

近頃、誰にも見取られないであの世へ旅立つ孤独死が増えて社会問題化している。
多くの人には自分がその境遇に無いから他人事かも知れないが、孤独死の三割は「二週間以上発見されない」と言う哀しい現実がある。
しかもその孤独死が、高齢者に止まらずに四十歳代〜六十歳代が「全体の二割〜三割を占めている」と言う驚くべきデーターも存在する。
勿論ご高齢の方にも在ってはならない事だが、中年層で孤独死が増えて居る現実は現代日本社会の根本的な病根ではないか。
人間は本来「群れ社会」の動物で、基本的に群れなければ不安で生きては行けない。
シカトウ(無視)と言う虐(いじ)めが成立するくらいに人間は群れ社会の動物で、基本的に群れなければ不安で生きては行けない。
現代日本社会に於いて本来の地域社会を創り得ないのは、子供達の連帯がなくなった事に起因する。
つまり、子供の内から習い事や学習塾通いに時間を潰されて「近所の幼馴染」などと言う付き合い方が、無くなってしまった。
それで居て、大人に成って「いきなり地域社会に参加させよう」と言うのは無茶な試みである。
またそんな具合で個人の権利ばかり強調されるから、犯罪抑止力になっていた親兄弟への迷惑や友人への恥ずかしさなどの箍(たが)が完全に外れてしまっている。
そして群れの秩序には群れを象徴するリーダー(指導者)が必要で、その存在が家長だったり族長だったり国家元首だったりするのである。
しかし日本の群れ社会は戦後見事に崩壊し、個人の権利の主張の影で孤独死が後を絶たない。
地域も職場も、そして家族さえ「群れの概念」を棄て、本来国民を守るべき「国家と言う群れ」の責任者・総理大臣も、己の「利」を優先して国民を顧みない。
いくら綺麗事を並べても、この本質「群れの概念」から人々の考え方を再構築しない限りは解決しない問題である。
人間にとって、「群れ」は生きて行く上での心の拠り所で、安定した社会を構築する為の基本である。
だからこそ群れのリーダー(指導者)は群れの構成員の事を一番に考えるべきで、己の「利」にばかり走るのではそのリーダー(指導者)たる資格は無い。
本来、群れのリーダー(指導者)は群れの構成員を守るのが最優先の勤めであるにも関わらず、その最低限の事さえ眼中に無かったリーダー(指導者)は、「痛みに耐えろ」と国民生活を切り捨てた。
また小泉・竹中政権の非正規雇用制度の推進は「職場」と言う群れの拠り所を破壊し、大量の負け組み(非正規労働者)を創出して食い物にした。
そしてこの国では、孤独死ばかりか毎年三万人を越える自殺者を出し、自暴自棄の無差別殺人犯を出して居るのだが、これも「群れの概念」が正しく構築して居ればその多くが防げる筈である。
つまり、己の「利」を優先する余り人間の本質を忘れては健全な社会の構築は為せないのである。

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