2009年07月12日

【拝啓、宮崎県知事・東国原英夫殿、大坂府知事・橋下徹殿】

【拝啓、宮崎県知事・東国原英夫殿、大坂府知事・橋下徹殿】


地方の反乱騒ぎに物申す。

歴史的観点で考察すると、中央が権力を持つ中央集権国家はやがて革命に倒れる運命にある。
例えば俗に言う源平合戦の歴史は小生の小説「皇統と鵺の影人第二巻」でも取り上げているが、関西(京都)に都を置く時代に関東地方の反乱で起こった平将門の乱(承平の乱/じょうへいのらん)の頃から始まり、源頼朝の「治承・寿永の乱(じしょう・じゅえいのらん)」の終息・鎌倉幕府成立で終わっている。
その源頼朝に組したのが北条氏、千葉氏、上総氏などで、頭(かしら)は確かに源氏だが中身はごちゃごちゃで、平氏一門でも「都合」で頼朝側に付いた者も数多い。
真っ先に上げられるのが平氏・北条氏一族で、緒戦(石橋山合戦)の敗北の折に頼朝の逃亡を助けた平家方の平氏・梶原景時もその後寝返って頼朝方に付いた。
詰まり甲斐源氏など一部を除き関東系「平氏」が、源頼朝の軍勢の大半をしめていた。
言うなれば中央を牛耳る平家一門に反旗を翻した地方勢力で、源平対決と言うよりも「関西対関東、中央対地方」の戦いが真相である。
中央に権力を集中すれば、地方が疲弊するのは歴史の理(ことわり)を示しているのだが、その意味で守護・地頭制や幕藩体制はある種の地方分権だった。
それでも中央の政権江戸幕府に反旗を翻したのは地方の下級武士に拠る「尊王攘夷運動」だった。
その維新が成ると、国家の国体を維持するのには「地方の発展こそが命運を握る」と維新後に赴任した官製知事は赴任先の為に堂々と中央政府に物を言っていた。
ところが戦後の政治構造体制は中央官庁に権力と裁量権が集中し、地方の知事は中央にお願いしないと何も出来ない構造に成っている。
つまりそうした変革の時が、必然と訪れる時期を今が迎えている。
そこで東国原英夫・宮崎県知事や橋下徹・大坂府知事が地方の反乱を言い出したのだが、基本的に彼等が間違っているのは過去に「政権内部からの改革」など「ほとんど成功した事がなかった」と言う現実である。
現政府には必ず現状を維持したい保守勢力が存在し、その勢力に抵抗されて何も出来ないからである。
それを、「自分達の言う事を聞けば選挙に協力する」と格好良く言っているが、自民党は「選挙に勝つ為なら何でも有り」で選挙の公約やマニフェストなどは過去に平気で反故にし、「あれは選挙の時だったから」や「今は事情が変わったから」と平気で言える政党である事を両氏は忘れている。
まぁ不人気自民党の破れかぶれのカードだが、精々「人寄せパンダ」に使われて、後は野と慣れ山と成れが選挙後の両氏の扱いである事は目に見えている。

両氏が本当に地方分権に力を入れたいなら政権交代が最優先事項の筈で、まぁアップアップしている落ち目の自民党に恩を売って「ポストをせしめよう」と言うのであれば、それはこの国では昔から「さもしい根性」と言われるものである。
それにしても、この「さもしい根性」は誘う方の自民党も正しく「さもしい人気目当て」で、これを有権者がお灸を据えなければ「国民なんてチョロイ者」と金輪際自民党に舐められる事になりそうである。

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