2009年07月13日

【政治家は嘘つきの始まり】

【政治家は嘘つきの始まり】


政治家に申し上げる。

「嘘つき」で表現がキツかったなら、「名優」と表現をしょう。
つまり本心と違う事を大衆の前で演じ得るのが政治家で、この本質は与野党を問わないものである。
何か票になる事を言って置いて、それとは別の駆け引きの場になると、信念も無く「目的を達成するには、ここで一時的妥協も仕方が無い」と言う立派な言い訳がある。

自民党は小泉政権下で弱者だけに痛みを押し付けた
社会保障費を毎年二千二百億円を五年間連続で削って赤字を抑制する案に賛成した自民党議員が、風向きが怪しくなって自分の議席が危なくなった途端に「これでは選挙が戦えない」と騒ぎ出した。
自分達の政策に信念や根性があるなら、堂々と政策を継続したままで国民の信を問うべきである。
それを、小泉内閣から三代に渡り政権中央に在り続けた麻生氏は「本当は郵政民営化は反対だった」と言い、またそれを撤回したりで、何ともドタバタなら、議員達も保身が大事で政治信念なんか何処に行ったやら・・・。
都合が悪くなると、公約、マニフェストの類を簡単に反故に出来るのなら、やはり「政治家は嘘つきの始まり」と言わざるを得ない。
まぁ、演技力は一種の才能で、弁護士にした所で法廷は一種の舞台であり、あまつさえテレビタレント弁護士が政治家に転身し、知事や国会議員になっているも天分だろう。
有名政治家の子や孫に役者やタレント生業とする子や孫がいるのも、DNAが影響する所かも知れない。
近頃話題の府県知事にした所でこの類で、大概の所、政治家や宗教家のカリスマ性は、この演技力に負う所が大きい。
演技とはフイクションを演じる事で、政治家は議席を得続ける為に公約、マニフェストの類を言うだけで、最初から本気を言っている訳ではないのである。

近頃「日本は武士道の国だ」とやたらに強調する連中が居るが、それは本当だろうか?
我輩の解釈では、武士道の真髄は「自らを律し、時に責任に対して潔(いさぎよ)い事だ」と解釈しているがそれは権力者が下位の者に要求する幻想的な綺麗事であり、つい最近の政治家を含め過去の歴史上で権力者が自ら潔(いさぎよ)かった事など過って全く思い当たらない。
貴方は武士道の国らしく潔(いさぎよ)かった人物を、この二千年を越える歴史の上で何人知っているのか?
詰まり小生に言わせれば、「武士道とは、権力者に踊らされる事と見つけたり」と言う事である。
上位者が金輪際律しない「武士道の国の綺麗事」を「混乱する現代社会を律しよう」とする試みを声高に言う連中は、格好は良いかも知れないが歴史的現実を無視した理想主義者の建前に終始した「たわ言」である。

所が、大衆の大半は善意の正直者で、演技者の謀(たば)かりに易々と乗ってしまう。
自分が正直者だから、まさか彼等が演技に長けた「名優」とは思わないで信じてしまうからである。
もっとも、「英雄待望論」と言うフイクションを、何度騙されても待ち続けるのが綺麗事の「建前」を信じたい庶民の善良な所かも知れない。

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