2009年08月07日

【日本を守る責任力の怪しさ】

【日本を守る責任力の怪しさ】


総選挙に思う

自由民主党の政権公約マニフェストの謳い文句を見て「ヤッパリか・・・」とガッカリした。
【日本を守る責任力】だと言うが、この微妙な表現の奥底に自民党の本質が見え隠れしている。
またゾロ始めた言葉のまやかしであるが、「日本を守る」と言う事の言葉のニアンスは、国民を守る事ではなく「国を守る」と言う事で有る。
そして「国を守る」と言う意味は、歴史学的に言うと「国体の護持」、つまりは現体制を守る事であって国民に日本(国)を守らせる事は在っても国民を守る事ではない。
過って日本は、富国強兵の名の下に国民に「国を守る」事を押し付けて悲惨な歴史を辿った。
「富国」はけして「富民」では無い事を当時の情況が証明しているが、当時は財閥と政治勢力、そして軍部が癒着して彼等だけが肥え太った。
そして彼等は、「国が富めば国民生活は豊かになる」と言い続けて国民の命と引き換えに自分達の権益を守らせた。
本来、国民にとってすれば「国敗れて山河あり」で、自分達の命や生活を犠牲にしてまで彼等の権益を守る事など無かったのである。
【日本を守る責任力】は、一見美しく見え聞こえるかも知れないが、自民党が「国民を守る」とは言っていない落し穴である。
言うまでも無く、自由民主党が自らの力で行政改革をできない訳は、その資金源が財界と自民党の癒着と官僚との相互互助に拠る国家予算の迂回還流システムにあるからで、当然ながら行政立法は財界寄りのものとなり、役人の天下りシステムは切れない事になる。
つまり財界との癒着と官僚との相互互助は自由民主党の生命維持装置であり、不治の病とも言える利権構造の癌でもある。
全身を癌に冒されたと同じ状態にある自民党が小手先の治療で完治するとは思えず、口先表面的な治療(改革)で一時的に良くなっても病状再発は必至である。
大手術(行政改革)をするとそのまま命を落としかねない自民党にしてみれば、怖いから「手術(行政改革)をやるやる」とやるやる詐欺を繰り返し、例え見かけの改革をした所で病巣(癒着の構図)を温存する巧妙な策を講じて行くに違いない。

そして、政権の受け皿になるべき民主党もだらしが無い。
国民が民主党に期待しているのは「政権交代」ではなく、政権を奪取して普通の家庭ならとっくに破綻している国家財政と崩壊している医療や福祉をどう立て直すかの実行で手段である。
住宅リホームで考えて見れば判るが、腐った土台をそのままに「こそくりの修繕」では意味が無く、本当に国民を守る積りなら現体制を根底から覆(くつがえ)さなければ政権公約マニフェストは実現など出来ない。
つまり小手先の改革では、政府内部に蔓延している内側の癌に外側から膏薬を塗る様なもので実効は上がらない。
大体に於いて、八百兆円とも九百兆円とも言われる赤字国債を、チマチマと倹約で取り戻そうとしても百年経っても出来ない相談である。
そこで提案だが、究極の改革をするに必要な政策は赤字国債の早急な処理で福祉関係財源を確保する事と、究極の霞ヶ関解体(地方分権)で日本全体を大胆に構造改革をする事である。
改革にあたっては、まずは民主党が既成概念を取り払う事で、我が国は過去の歴史の中で常に二つの命題の下に何度も発想を転換して大改革を成し遂げて今日まで来ている実績が存在する。
いずれの改革も当時の既成概念としてはとても発想し得なかったものであるが、実行されて日本が再生している。

今回の命題の一つは、毎年二十数兆円に登るまったく国民の為に使われていないで払い続けている赤字国債を財源化し、その金利を福祉関係財源とする事である。
今一つは、「道州製案」に拠るごまかしの地方分権などでは無く、究極の霞ヶ関解体(地方分権)で重複する議員や官僚、現体制下の地方職員をスリム化してその余剰予算を地方に厚く交付する事で地方を活性に導く事である。
さて、民主党に歴史に残る維新的な大改革をする度胸があるかどうか・・・、そこまでやらねば政権交代の意味など無いのである。

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