2011年03月31日

【東日本巨大地震と原発・節電呼びかけの怪〔二〕】

無題2

【東日本巨大地震と原発・節電呼びかけの怪〔二〕】


東日本巨大地震と原発・節電呼びかけの怪〔一〕】に戻る。

【シリーズ第六弾】2011年3月23日(水)

全国の「人が良い市民」の皆様にお伝えしたい。

東北・関東大震災に於ける被災者へのご苦労や苦境に対する優しい感情や協力心は素晴らしいと想う。

比べるに、東京電力の「計画停電」の影に存在する中身は、東電らしく勝って放題の酷い物である。

何故なら、「被災者の為の節電の想い」を利用して実行されている輪番「計画停電」に、東京二十三区の内二十区が実地地区に含まれていない事実である。

首都圏の麻痺を回避する為と言う理由らしいが、つまりそうした不公平を隠す為に「計画停電」の全体像を公表せず、実地地区ごとに連絡する手法を用いてしかも実地二時間前までは「遣るか止めるか」を確定しない。

この不親切・不公平な「計画停電」を実地される地区は、安泰の東京都内に比べ実害は「只、電気が来ない」と言う単純な物ではない。

広範囲の「計画停電」が発表され、病院、工場、商店、飲食店、それらが「通電するかしないか」を毎日「二時間前まで判らない」と言う事は、中小の事業者は大きなダメージを受け、パート、バイトの非正規社員は生活費として充てにして居る時給がカットされて泣くに泣けない。

この実状は東電管轄以外の方は知らないから、東北・関東大震災と言う現実に於いて感情的に「計画停電」を容認している方も居られるが、これは安定供給責任を放棄した二次災害である。

しかもこのシリーズでご案内の疑惑が多々在り、現状での電力不足に小生は懐疑的である。

その安定供給責任を放棄した東京電力の原発災害補償が、東電だけではまかない切れないから「国が補償費を拠出する」としているが、それは「税金を使う」と言う事である。

「親方日の丸」とは良く言ったもので、中小零細の現状や非正規社員の窮状に比して「公共サービス」を人質に取ると何と得な事だろう。

三陸海岸沿いは、昔から「津波が来る」と誰でも判っていた所に原発を作り、その自家発電の冷却システムを何と地下に設置し「冠水して使えない」と言う事を、下請け業者がテレビ出演で認めていた。

米CNNは暴走する福島第1原発の報道に「一握りのヒーロー達が、原発の制御を維持する為に戦っている」と、こんな一文を付け加えて称えた。

確かに、東電社員や東芝の関係者ら304人が最前線にいるが、彼らはシェルター機能がある事務棟の緊急対策室にいて、正直、本当に決死の覚悟で危険と向かい合わせで事故に対処しているのは下請け企業の約50人と自衛隊員や消防隊員である。

素人でも判るリスクを「好い加減」に放置した東電の役員様は、随分沢山居られるようである。

一般の企業の事故なら経営陣や社員が真っ先に責任を取る話なのに、鈍感内閣は「国が補償費を拠出する」としている。

確かに現地の原発災害の補償は急いでしかるべきだが、「計画停電」の不公平・不都合な事実の隠蔽・・・その先の国民に対するメッセージに、政府の心配りが欠けては居まいか?

大体に於いて、原子力保安院と言う公的組織は原子力発電在ってこその存在で、言うまでも無く原子力発電の廃止は原子力保安院の廃止と直結している。

そう言う組織が電力会社とナアナアは当然で厳しい検査などする訳も無く、つまり安全など二の次の経済産業省の天下り縄張り組織で、自分達の保身と原子力発電の存在は一体的な物である。
                       シリーズ第六弾2011年3月23日(水)了

【シリーズ第七弾】2011年3月25日(金)

近頃の水道水や農作物の放射能汚染に対して、安全基準は最大値を考慮してその値で「一年間摂取し続ければ危険」と言う厳しい基準と説明している。

だから「安全だ」と言いたいらしいが、対象とする一般の方々の過去の被爆蓄積量にはかなり差があり、「安全だ」と一からげに出来ないから「念の為」と表現して非難区域を設定したり、水や食べ物に摂取規制を掛けたりしている。

つまり基準はあくまでも基準で、政府や学者の発表には「例外もある」と言う隠された矛盾を含んでは居まいか?

事前に設備のコストが掛らない物には、例え広域に被害が出ても厳しい基準を掛けていて国民の安全上非常に結構な事だが、「まてよ」と考えてみて、原子力発電所の地震に対する安全基準は過去発生の最大値ではなく、「マグニチュード8・0(震度五)以上は滅多に起きないから想定外」としている。

しかし「今まで無かった」と言いながら、地球規模では今度の東北・関東大地震クラスは五例目、記録としては三番目でけして最大値を考慮してはいない。

都合の良い時だけ「最大値を考慮しているから理解せよ」は、笑止噴飯ではないのか?

立地自治体に金をバラマキ、立地住民を雇用し、麻薬のように抜け出せなくし、政・官・財・学の原子力村が原発推進在りきの妥協を続け、共同で甘い汁を吸っていた事が原子力発電事業の構図である。

原子力村のお陰で、外部の学者達からの危険に対する指摘を抹殺し続けた事が「福島第一原発事故と言う人災」に繋がった。

連日テレビで紹介される東電社員やその家族の奮闘話はいったい何なのだ。

対外的にまったく人間味を見せない東電職員が、自分達の事と成ると現実には出入り業者や下請けに作業を遣らせながら「原発事故に真摯で取り組んでいる」と世間に人間味を要求するのだから「かなり面の皮が厚い」としか言いようが無い。

現実に福島第一原発3号機で作業員被曝 (ひばく) 事故が起きたが、作業員は東電社員ではなく出入り業者の関東電気工事の社員二人とその下請け一人で、監督として危機管理すべき東電社員の立会いは無かった。

これが電力供給サービスを地域独占している企業の強味か、テレビ局も新聞もまさかとは想うが電力供給を人質に取られてか東電批判は一切無い。

前回の日記で少し述べているが、原子力保安院の存在は原発と運命共同体で原発が無く成れば存在意義を失う。

その組織が「原発を潰すような厳しい対応をする訳が無い」と言う矛盾が存在し、その発表に信憑性があるのだろうか?

福島第一原発に限らず「耐震性も安全」とお墨付きを与えてのは御用学者と原子力保安院であり、昔から「津波が来る」と誰でも判っていた所に原発を作り、その自家発電の冷却システムを何と地下に設置し「冠水して使えない」と言う危険性をロストしたのは東電と保安院がグルの意図的か、それとも単純失態なのか?

それにしても、一般の人間が標識を見落として一方通行路を逆走してもペナルティはある、公共サービスを地域独占している大企業経営者や政府機関の職員だから、「お咎め無し」では国民感情が済まされない。

つまり矛盾だらけが原子力行政で、安全神話が崩れたこの際、国民は現在の地域電力会社に拠る独占電力供給体制そのものや、原子力と言う被害拡大リスクがある発電手法そのものにもう一度問題意識を持つ必要が在る。

しかし「原子力発電は怖いが、電気をふんだんに使う生活は維持したい」が一般の方の矛盾であり、病院から工場・商店、行政機関からメディアに到るまで多くの事業組織は電気が無ければ事業の継続は難しく、背に腹は変えられないから原子力発電を真っ向から否定出来ない。

実はこの手のまやかしは人間の悪知恵で、例えば「武(ぶ / む)」は戦の為のもの(言葉)であり侵略にも使われるものでありながら、実は「守る為」と言う建前を持つ矛盾(むじゅん)に満ちた言葉である。

武器・武門・武者の「武(ぶ / む)」の意味であるが、本来は積極的に戦う為の言葉でなく守る為の語彙(ごい)のもので、「矛(ほこ)を止める」と書いて武(ぶ / む)と読ませる。

人間と言う生き物の狡猾な所だが、「武(ぶ / む)」の様に微妙に偽りの正義を建前にした怪しげな言葉使いは結構多い。

そう言えば他国への出兵(侵略)の理由に「当該地在住の自国民の保護」と言う名目は良く使われた。

ついでだが「矛盾(むじゅん)」と言う言葉も、攻める矛(ほこ)と守る盾(たて)の相反する武器の双方を武人が持つ事から発生した。

或いは矛盾(むじゅん)に満ちた「武(ぶ / む)」と言う文字を生み出した人間こそ、心中に攻める矛(ほこ)と守る盾(たて)の相反する武器を秘めている手に負えない生き物かも知れない。
                       シリーズ第七弾2011年3月25日(金)了

【シリーズ第八弾】2011年3月31日(木)

米紙ワシントン・ポスト(電子版)は三月二十九日、「経営者が雲隠れ」との見出しで、福島第一原発事故発生から二日後の十三日以降、公の場に姿を見せていない東京電力社長・清水正孝氏を批判した。

この米紙の批判を受け、翌三月三十日に清水正孝氏は突然入院をした。
何が「武士道の国だ」と言うのだろうか?

この国の責任ある立場の者は、事あるごとに「雲隠れ」と「にわか入院」を繰り返して来た。

この非常時に、自分の事しか考えていない東京電力社長・清水正孝氏は、費用切り詰めに成功した実績から「コストカッター」と呼ばれて社長に上り詰めた。

「コストカッター」と呼ばれる清水正孝氏が社長として指揮を執る東京電力にとって、出力コストが安い原子力発電は譲れない施設であり、コストの為に津波の危険性を無視して非常給水ポンプを地下に施設したままだった。

それでは、原子力安全・保安院(げんしりょくあんぜん・ほあんいん)と言う公的機関は、何故津波の危険性を無視して非常給水ポンプを地下に施設したままを許したのか?

原発を公的に管理する原子力安全・保安院(げんしりょくあんぜん・ほあんいん)は「経済産業省」の一機関であり、法令上の位置付けは「資源エネルギー庁の特別の機関」とされる。

ここで一番の問題点を挙げると、原子力安全・保安院の上部所属機関は産業振興が主たる業務の経済産業省で在る事で、詰まりは上部の資源エネルギー庁が求める「日本の産業振興の為の電力供給」をスムーズに行う為の組織であり、けして「安全第一が仕事」とは言えない所がある。

そこで確かに、名称は原子力安全・保安院であるが、元々産業振興が主たる業務の省庁が原発の早期稼動を後押しする為に「ゆるい安全認定」をしても不思議ではない。

つまり本来なら他の省庁が監督して厳しく安全認定を審査すべきを、「経済産業省」の内部完結(マッチポンプ)の手前味噌で何でも強引に推し進めた結果である。

まぁ、日本中に採算が悪い無駄空港を推し進めた官僚達の、省庁縄張り意識とポスト(職責)作りとさも似た酷い話である。

第五代・原子力安全・保安院院長・寺坂信昭(てらさかのぶあき)は経済産業省の課長級官僚から転任、同院次長を務め、デパートの合併に携わる経済産業省商務流通審議官を経て、二千九年に原子力安全・保安院(げんしりょくあんぜん・ほあんいん)院長に就任したが、この福島原発騒ぎに一度もマスメディアに姿を現していない。

コストカットと言う営利思考は経営者につき物の病で、過ぎると危険をも無視してしまう魔物である。
そして組織防衛と言う思考は、時には犯罪さえ行う魔物である。

それでは、取って置きの矛盾・・・。

三日ばかり前は四〜五日振りの寒い日だったが、東京二十三区の内大半が「計画停電」の範疇に無い事が抗議されると、全ての地区の「計画停電」は中止となった。

今まで暖かい日も「計画停電」は実施された所から、東電の出力能力に疑問を持つのは小生だけだろうか?
                       シリーズ第八弾2011年3月31日(木)了

【シリーズ第九弾】2011年4月4日(月)

小生は「原子力専門家の解説は眉唾で聞け。」と主張したい。

何故ならば、原子力発電が衰退すれば彼等の立場も学問も衰退する言わば運命共同体みたいな所があるから、原子力に関する庶民の懐疑的な思考には否定的な安全発言が続いている。

しかし彼等の思惑とは別に、現実の情況は悪化の道を辿りつつある。

こう成って始めて、多くの学者が福島原発への津波の危険性を指摘して来た事実が明らかに成ったが、そうした指摘を黙殺した東京電力と通商産業省の組織・原子力安全・保安院の罪は大きい。

それにしても色々解って来た事だが「専門バカ」とは良く言った物で、頭が良くて専門的な一部には優秀でも周辺事情まで勘案する相対的な判断になるとまるで出来ない者も居る。

そこで問題なのが戦後の欧米礼賛教育の中で、横文字単語の用法が強くなった事である。

為に戦後の日本人は段々に本を読まなく成って、文章解釈が不得意な単語人間になってしまった。

戦後の日本人に焼け付いた単純化したがる悪い癖で、こうした不都合を総体的環境とは考えようとはせず、個別の事として取り上げ考える事である。

確かに分けて考えれば理解し易い事もあるが、結局全体を物語りに組み立てて考える力を失う事になる。

起こり得る事象には連続性がその背景になければ成らず、つまり事象には必ずそこに到る要因が前代の何処かに存在する。

全ての発想を単語的解釈に偏って精々短歌的解釈が精一杯、とても物語としての発想など出来ないから不都合な出来事が起こる可能性は想い着かかず、設備が揃ってさえ居れば、法基準はクリアした事に成る。

その単語的発想が、家族と言う最小単位の群れの物語さえも超越した自己中心的な思考の発想を助長しているのではないだろうか?

つまりそうした「自己中心的な思考」が在っての原子力専門家の安全解説であれば、庶民は眉唾で聞かなければ成らない。

いずれにしても、東京電力、原子力安全・保安院、原子力専門家の一団は心情的には「原発有りきの同じ穴の・・・」であるから、現在進行形の原発事故対策を彼等に任せていて事実関係が外部に正しく出て来るのだろうか?
                       シリーズ第九弾2011年4月4日(月)了

【シリーズ第十弾】2011年4月5日(火)

東京電力福島第一原発で命がけで任務に就く「作業員」がいる。
彼等は勇者である。

この「作業員」と言う呼称が曲者で、けして「東電職員」とは書けない出入り業者や下請け業者の事である。

そして自衛隊・消防・警察・保安庁・米軍に到るまで、自分達の任務として危険の中に身を置いている。

しかし、マスメディアに泣き言を言っているのは「東電職員」と「東電職員の家族」ばかりで、職務認識が甘過ぎるのではないか?

福島第一原発の危険性について、構造上電源が全て失われて原子炉の冷却機能が三時間半失われた場合、「圧力容器が破損する」と言う原子力安全基盤機構の研究報告を東電は半年近く放置していた事が判明し、一連の被害は「人災だった」との見解が広がっている。

一方、緊迫した現場とは無関係の東電関係者がブログで綴(つづ)った身内擁護論が物議を醸している。

東電・男性社員が「電気を利用する側の自分達が被害者だ、と言った考えは止めて下さい。」と言った意味を書き込み、配慮に欠けた発言と削除に追い込まれた。

正直、筆者である小生は、過去にお客様窓口の東電社員と交渉経験がある。

そこで感じた一番の態度が「アンタ方に電気を供給してやっている」で、とてもお客様窓口の担当者とは思えない傲慢な態度であり、その上自分達側のミスは絶対に認めない。

原発から放射性物質が大量に飛散し、海水にも漏れ、多くの住民が原発難民として故郷に戻れずにいる現状に於いて、或る元女性社員が「予想外の津波が来て、原発での事故が起こってしまった。

でも誰も悪くない。東電が悪い訳じゃない」と書き込みをし、ネットユーザーから批判が殺到し、炎上している。

詰まり東京電力社員の全体のモラルが、独占公共サービス提供者としての優位性から一般庶民と大きく乖離していて、避難を余儀なくされた福島県民や、不公平な計画停電を強いられる住民にとっては、到底、素直に受け取れない程度が低い認識なのだ。

震災後、原発難民被災者に自社の福利厚生施設や社宅、系列ホテルの部屋をほとんど提供していない事が注目されて東電に批判がピークに達している。

原発難民の当事者・東電は十二都県に二十一の社宅や保養施設、四百六十一の独身寮や厚生施設を所有しているが、三月末までに被災者に提供されたのは新潟県柏崎市にある社宅二十四世帯分のみである。

全国各地で被災者の受け入れが進む中、原発事故の当事者である東京電力が保養施設や社宅を多数保有するに関わらず、僅かな人数しか受け入れていない。

確かに福島県民は東京電力の客では無いのかも知れないが、電力供給管轄の東北電力や直接供給者ではない中部電力では多くの被災者を受け入れたり態勢を整えているだけに、東電経営陣の非情ささえ感じる。

また、東電子会社が運営するリゾートホテルでは料金を徴収している事も判明し、東電の当事者としての姿勢の酷さが際立っている。

原発難民にされた被災者にすれば東電の姿勢は信じられない事で、国民はもっと傲慢な東電に怒りを向けるべきである。
                       シリーズ第十弾2011年4月5日(火)了

【シリーズ第十一弾】2011年4月七日(木)
東電が原発被災難民の自治体に対して一律二千万円の見舞金を十ヵ所の自治体に払おうとしたが、その内の浪江町は「一人千円以下の額面では受け取れない。

どうしても受け取れと言うなら東電で配って歩け。」として拒否している。

見舞金は金額の問題では無いとしても、当事者の東電としての額としてはムチャクチャで、原発事故難民被災者の感情を「逆撫でる行為」とされても無理からぬ所である。

まぁ、東電のミミッチさは伝説のコストカッター・清水正孝氏が社長として率いる会社の面目躍如と言った所だが、何を考えているのか人間性を疑う所である。

ここでその二千万円の見舞金を受け取った方の自治体は「個々の被災者」と言う考えではなく、当面の包括的な自治体の活動資金にする積りだったのだろうが、浪江町の言い分が「より個々の被災者を思い遣っている」と思えて成らない。

当シリーズで当初から指摘していた通りの傲慢不遜(ごうまんふそん)な東電体質は、トップのみならず下の方まで確実に蔓延している。

そして元原発官僚から東電に天下りして年収千八百六十万円の役員様が「ただいま雲隠れ中」であるが、その役員様給料は徴収した電気代から支払われているのだから「仕事をしろ。」と言いたい。

この雲隠れ役員様のような者に限って、キット平時は「武士道の精神」などとほざいて居るに違いない。

哀しいかな、上の者が誰一人責任を取らないでは「武士道の国・日本」が聞いて呆れる只の建前になってしまう。

東京電力はマスメディアの巨大スポンサーで影響力が強いから、正直、原発事故報道での東電批判は及び腰で、新聞やテレビでは中々そうした批判派勢力の話題は採り難い。

つまり根底の所で、マスメディアも結局は「利に左右される」と言うものである。

また、「総括原価方式」で原価に参入されていた電気料金の徴収で保養所を沢山所有、本業とは関係ない老人ホームチエーンやレストランチエーンを経営、社員の給与も世間よりかなり高額で、社内の福祉関係も充実している。

こんなブッタクリを泥棒と言えないのは、時の政府がその料金設定の方式を認可して来たからである。

この勝手な電気料金設定の現状を、永く許していた旧自民党政権も現在の民主党政権も、政治資金(寄付・パーティ券等)として還流する装置だったからではないのか?

善人はけして権力など持てないが、大抵の庶民は悪人には成りたくない。

しかし出世するには善人ばかりでは居られず、つまり善人なだけでは出世など出来ない訳で、その代わり惨めな事に善人には何の力も無い。

幾らか悪に魂を売って力を持たねば「何の実行力も無い」と言うのは情け無い事実だが、今でも人間は、権力を握ると現代の鵺(ぬえ)になる。

つまり権力の為に魂を売っている悪人だからこそ出世している者が官僚や政治家、そして特に一部の公共系の大会社に多い経営者と言う事に成る。

原子力発電を強力に推し進めた通産省・原子力保安院・原子力委員会・御用学者・電力会社が先に原発ありきの「安全神話」をでっち上げた。

立地補助金をタンマリ貰っていた地方自治体の首長は「安全が条件だった」と言うが、安全ならそんなに沢山補助金が出る訳が無い。

他業種と比べたら抜きん出てギャラが良い東電の下っ端社員から、その原発に仕事を得た原発依存経済の立地自治体の金回りの良さに良い思いをした住民・・・。

多くの人々が関わって、誰が加害者なのか被害者なのか曖昧のまま、事故の付けは日本中の国民に廻って来た。

コストカットと言う企業の論理で、多くの他人を危険に晒す経営者が肥え太るのであるならば、それは人間の行為として理不尽な事である。

そしてそのコストカットで引き起こした大惨事は、大事故に巻き込まれた多くの住民の苦しみを想うと犯罪とも言うべき赦されざる人災である。

当然ながら彼ら当時の東電経営陣は、その行為に見合う充分な責任を執らねば成らない。

ならばその人災の責任者である会長職の勝又氏や社長職の清水氏は、職を辞しただけの責任の取り方では軽過ぎる。


小生は現時点で預金も借金も権力も無いが、だからこそ損得計算抜きに言いたい事が言える。

しかし善人であり続けると肝心な時に金が出せないジレンマもある。
世の中上手くは行かない物だ。
                     シリーズ第十一弾2011年4月七日(木)了


★★追記★★

欧州連合(EU)が予算を提供した公式の研究チームが発表した報告書に依ると、福島第一原発事故の放射線漏れは、「地震の直後から発生した」とされている。

つまり津波が福島第一原発に襲いかかる前の地震の直後に、キセノン133が漏れ始めていた(2014年3月1日付け・Natural Society)。

国内では、「事故は津波に依るもの」とされているが、EUの同研究チームのデータでは津波が襲来する前から「原子炉は地震によって損傷していた」と結論が出されている。

これは、原発再稼動を進めたい政府がひた隠しにしていた極秘情報と言え、対津波用の防潮堤の高さばかり話題で五十四基ある原発の地震強度は論議にさえならない。


若狭湾の原発再開、チョット待った。】に続く。

★【またも鮮明になる建前上の「筈だ切捨て論」の絶望】が、日本行政の今最大の正すべき最優先課題である。

福島第一原発の忘れられた事故後の危機管理】に飛ぶ。

南海トラフ巨大連動地震と浜岡原発】に飛ぶ。

民主党・消費増税は日本経済を破壊する】に飛ぶ。

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この記事へのコメント
東電役員が自らの給料のカットを決めたそうですがそれでも3千万円の年俸だそうですね。原発で働く自衛隊員の特別手当てが1日4万円に引き上げられたそうですが、それだって命を懸けた代償として年間に1千万円になるかどうかです。役員自ら福島原発の一線に行って瓦礫を片付けてほしいです。
Posted by kenji at 2011年05月17日 23:24
http://kukkuri.jpn.org/1103arashijouhou.html
くっくりさんより再度拡散要請です。
Posted by 嵐注意報 at 2011年08月28日 19:44