aamall

2018年04月01日

おやつわかめ、ブログやめるってよ

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“私がこのチョコーレートの残り最後の1個に、一切かかわっていないということは明確にさせていただきたいと思います。もしかかわっていたのであれば、これはもう私は当ブログをやめるということでありますから、それははっきりと申し上げたい、このように思います”

“繰り返しになりますが、私が関係していたということになれば、まさにこれはもう私は、それはもう間違いなく当ブログも執筆活動もやめるということははっきりと申し上げておきたい。全く関係ないということは申し上げておきたいと思います”

(カパッ)

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“あ゛っ………………………(モジモジ)ちょ、ちょっとトイレに……………………”


jj_coba at 00:22|PermalinkComments(2) ヒトリゴト 

2018年01月31日

2018年の、やること。

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すっかり放置のブログ、「ああ、まずい。今年の目標も立てない間に、もう1月末!」なんて思ったけれど、昨季にはもう、年末の総括・年始の目標立ての投稿をしていなかった。これでもう、何も慌てたりこわがることはない(違)。

とはいえ、今年は正月からちょいちょい手書きのメモなどをしたりしていて、なんとなく今年やろうと思うことを考えたりもしていたので、せっかくなので1月中に、ここに書いておこうと思います。

毎度、奥さん方で年越しをすると、最寄りの神社まで初詣に行く(といって、夜が明けてから改めて参拝するので、列には並ばず横っちょで勝手にお参り、振る舞いの餅・酒・甘酒をもらって帰るだけなのだが)。昨年は、一度寝入る前に「いく!」と言っていたもののいざ起こしてみると全然乗り気になれなかった息子だけれど、今年は早くに就寝していたこともあり、割とシャッキリ起きて、家族3人で向かった。

外に出てすぐ、「さて、じゃあ今年の目標はどうしようか?」という話になり、家族の目標はサッと決まった。あれこれ理屈っぽくてなかなかトライしてみようとしない息子の様子も鑑みて、また親二人もそれぞれやってみたいこと、挑むべきことを胸に抱いているので、“挑戦、チャレンジ”に即決。うん、いい目標だ。僕も、いっぱいやってみたいこと、やるべきこと、挑むべきことがある。

◆よい本をつくる
いきなりやや抽象的な目標だけれど、これは公私ともにいちばん重要な目標。

もちろん、仕事については雑誌のよい企画をつくり、またこの2年くらい、種はいろいろ撒きながら未だ芽吹きまでもいかない本の企画を、実際に動かしたい。年末から年明けにかけて、あれよあれよと急展開が相次ぎ、連載も、単行本の企画も、ワクワクするものが立て続けにやってきている。あまりのラッシュにインフルにもなってしまったわけだけれど(笑)、じっくり大事に育てていきたい。

私、のほうについては、一昨年のシャシンカイギで触れた創作の魅力、そして花森安治展をはじめモノとしての本を“自分で”手がけることの意義をずっと考えてきていて、でも晩夏以降のあまりのバタバタにかたちにすることができなかった昨年を反省していて、今年はやはり、かたちのあるものを作りたいと思っている。

創作そのものに、強く惹かれているわけではない。それよりも、本をつくること、ある思考や感性を一つのパッケージにまとめて、それを他の人に送り届けること。その営みのほうにこそ興味がある。公私がそれほど隔たったものではなく、それぞれがよい関係のもとに発展していければ、と思って、この本作りにも挑戦したいと考えている。

◆本屋、続けます
昨年、いちばん大きかった経験は、やはりブックマーケットに出たこと。仕事としての本との関わりとはまたちょっと違う角度で、でも自分の好きな本との関わり方があることを実感できた。話しながら、目の前の本を売る。いや、手渡す。とりあえず手探りで始めて、もっとブラッシュアップできることはいっぱいあると思う。道具やフォーマットを整えること、レギュラー化できる方向を探り、そして古本だけじゃなくて新刊本の扱いを増やすこと。まだまだ今年もいっぱいやることがある。ザックで運ぶのはそろそろ限界があるので、売る際にも利用できるような、素敵なケースがほしい。

◆絵を描く
写真は撮りたい、文章も書きたい。ただ、それはどっちも既にやっているし、割とふだんから手がけている。やろうやろう、と思いながら再開できていないのが、絵を描くこと。子供と一緒にできるかな、と思いつつ、結局これまでできていない。その一方で、水彩画、改めていいなぁ、という気持ちは高まっている。とにかく、スケッチブックを用意して、あれこれ描いてみる。写真と同様、本当は「水彩画をやる」ことではなくて、表現したいものがあってそのアウトプットの手段(の一つ)が絵、なわけだけれど、でも写真をガムシャラに撮ってみてちょっとずつ何か見えてきたように、絵についてはまず、描くことより始めよ、だ。

◆以下、こまごま……
・旅と山と
とりあえず、大山/筑波山/高尾山、は最低、息子を連れて行こう。もう一つくらい、オプションがほしい。
また、昨年、一昨年は親子二人旅ができていない。今年はまた、二人だけの旅をつくりたい。

・運動
年始からジョギング、またラジオ体操を初めて、幸先よいと思っていたらインフルエンザですべてリセット……。でも、朝早起きのシステムはどうやら体に入れられたようなので、今年はようやく、始動できそう。ジョギングのほか、テニスもやるし、自転車にも乗る。

・朗読劇のブラッシュアップ
年末に思い立って開催したムーミンの朗読劇。よかったところもいっぱいあるけれど、課題だったり、磨きたいところがいっぱい見えた機会でもあった。これについては、継続的に発展させられることを目標に、何らかアクションを起こしたい。

・キャンプ読書会
本来、昨年の目標だったこと、結局実現できず仕舞いだった。今年こそは、仲間とともに、時間を気にせず心ゆくまで本の話をしたい。

ほかにも、都度都度「挑む」べきことを足していきたい、そんな2018年。やる気に、満ちています。


jj_coba at 09:46|PermalinkComments(0) ヒトリゴト 

2017年08月01日

本とのブログ

すっかり更新の滞っているこのブログ。

単純に怠惰ゆえというのがいちばんの理由ではありますが、本に関する記事を別途noteというメディアに書くようになったこともまたもう一つの理由。最初はこちらにもテキスト貼り直していたのですが、流石にちょっと手間で、共有するのをさぼるようになってしまいました。一応、noteの記事は月イチくらいを目標に続けていきたいと思っているので、今後は更新時にリンクのみ、こちらにもベタ貼りしようと思います。

ちなみにコチラです。


jj_coba at 09:29|PermalinkComments(0) ヒトリゴト | 読。

2017年07月31日

Sette!!

一日遅れのアップとなっていますが、記事編集始めた当日の朝は少し雨。7年前も、確かちょっと雷とにわか雨の夜明けだったことが思い出されます。

今年も7月30日が来て、sette――7歳になりました。

一年前はどうだったかな、と昨年の誕生日の記事を見てみると、数字・計算への関心、読書好きだけどほうっておくとゾロリばかりになる……なんというか、一年前とあまり変わっていない?(笑)

一見同じように見えるのは、少しずつ興味関心を抱く傾向がはっきりしてきたからであって、それぞれのことへの取り組み方や熟達具合は、やはり一年という時間によってそれなりにちゃんと広く・深く成長はしているように思われます。

いちばん大きな変化としては、幼稚園の卒園から小学校への入学、という主たる生活の場が移行したこと。小学校に入ることを楽しみに待つ気持ちは割と早い時期から持っていて、勉強だ給食だ、ワクワクしていました。園の友達の大半が同じ小学校に進むということもあり、幼稚園生活が終わる、という感傷も親だけのもの。本人はあっさりと3学期を迎え、卒園し、スルスルッと小学校に入っていったように感じられます。

とはいえさすがに最初は環境の変化への戸惑いもあったのでしょう。何でも楽しいと感じているはずなのに、夕方以降に何かをするのに大きくブレーキがかかって、習い事や新しいことにトライするのが難しかったタイミングが、ほんのちょっとありました。まぁ、友達の親に聞くと大なり小なりみんなそのような感じで、みなとについても徐々に問題にならなくなったようです。

つい先日終業式を迎え、学校から持ってきた初めての通知表を見ると、親からは「何でも知ったかぶりして率先してやりたがる(目立ちたい、というのともちょっと違う感じ)」というふうに見えるところが、友達の様子にも気を配り、手伝ったりみんなで進めるための提案や牽引役をよく務めている、という方向に表れているらしい。もちろん先生の目を通してみた評価、という留保はつきますが、それでも日々自分たちが見ているのとはちょっと違った特徴が形成されてきているようで、またそれがいい方向に伸びる可能性をちゃんと備えているので、とても嬉しく思います。

これからの一年は、どうなるでしょうか。

まず、取り組んでみれば興味関心の幅は結構広くて、またのみこみも要領も悪くないから、何でも楽しんで進めることができるのはいいところ。取り組み始めたことへの集中力は高く、いったん入り込めば無心でやっていることも多々あります。

一方で、新たなもの、を自分で探して「おもしろそう」と初めてみよう、という動機は極めて薄く、自分の好きなこと・同じことをひたすら繰り返すのが好きなタイプ。正直な気持ちとしては、親がやらせるよりも自分で新しいことにいろいろ興味を持ってもらいたいのだけれど、楽しいと思う特定のことばっかりにはまり込むのも、ある意味子供らしいところ。だから、機会とそこに入り込ませる巧みな方法をこちらが研究して、幅広い世界に触れさせて、いずれ自分でそこから何かを選び取るための下地づくりを支えてあげたいと思います。

もう一点。一人っ子ということ、また両親が働くタイミングがズレる共働きという環境のため、わが家の場合は、親子の距離がだいぶん近い状態でやってきたように思っています(周りの家族との比較などから)。

春先から、今夏休みになって、日々のいろいろな活動において、一緒にその場には参加しない、という状況が徐々に徐々に増えてきています。まだ自分で友達と約束をして遊びに行く、ということはそれほど見られませんが、これからどんどんそうなっていくでしょうし、ぜひそうしてほしい。そうすると、これまでは特に土日休日の時間・経験をほぼ共有してきたけれど、次第にそうではない時間・経験がお互いの間にどんどん増えていくことになります。親離れ・子離れのステップ。親としてもそのことはどんどん背中を押しつつ、その際に何を大事にすればいいだろう?

今までは、土日祝の時間をほぼ一緒に濃密に過ごすことで、日々考えていることや、性格的なくせ・身体面の成長や特徴等々を把握してきたのだと思います。それをちゃんと追い続けていくことは、この先どれだけ成長しようとも大切なこと。ただ、接し方が変わるからアプローチも変わる。経験自体を共有しなくなっていくのであれば、やはりそれについて聞き、話をしないといけない。

同じ時間・経験を共有するほどの密度は当然得られないから、これまでに比べて、細かく細かく向き合っていかないと追いつけません。たぶん、週末だけではどんどん離されていってしまうでしょうから、日々少しずつの「話す時間」の確保、が大事なカギになるのだろうなぁ、と想像しています。仕事・働き方への向き合い方を含めて、ちょっと自分の生活リズムも組み直さなければ。そんなことを思った、7歳の誕生日でした。

また今年も、おめでとう、ありがとう!

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jj_coba at 23:50|PermalinkComments(0) 家族のテツガク 

2017年04月01日

tramp shock!!

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ついに当ブログにおいてもトランプ大統領が当選。
大統領令、どんどん出すから覚悟しておいてねっ!

Fake news、ダメゼッタイ。だからねっ!


jj_coba at 01:29|PermalinkComments(4)TrackBack(0) ヒトコト 

2017年03月23日

sight from the back

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もう1週間たってしまいましたが、
先週の木曜日は、息子の卒園式でした。
入園式の日と同じく穏やかな晴れの日。

3年間の幼稚園生活全体を振り返ろうとするといろいろなことがありすぎて思いはつきませんので、卒園式に際して思ったことを少しだけ。

「卒園式は、もうすごく号泣するよ」という声はいろいろ聞いていましたが、自分の場合は割とあっさり。ほとんど感傷的になることもなく、小さい園だからほぼみな知っている同級生たちの成長の様子も含めて、どちらかというと「うんうん、大きくなったね、みんな♪」と微笑ましく見ていたような感じです。

卒園式が近づくにつれて、ある生活のかたちが一区切りを迎えることには確かに寂しさもありましたが、この3年が持つ意味を十分に受け取るには、当の息子自身はまだいろいろ幼い。主役である彼にとっての卒園および卒園式のそのような意味を考えると、それは日々の行事の1つとそんなに重さが変わるものではないのかもしれません。(実際に、式までの残りの日々の息子のふるまいなどを見ていると、この感覚はあまり外れていない気がします)。

式にあたっては、きっと親のほうが自分自身の思いや期待ほかあれこれの感情を、前方にいる子供に一方的に投影して見ている・経験しているのだろうな——前夜遅くに眠りにつく前に、フッとそんなことが頭に浮かんできました。

幼稚園の卒園式だから、式次第もまた各内容もごくごくシンプルなもので、子供たちの個性や思いがそこまで強く現れるタイプのものではないからこそ、サラッと受け取れたのだと思います。これがきっと、小学校や中学校の卒業式とかになると、各種の式辞にも歌にももっと子供自身の思いや感情が色濃く出るのだろうし、それを目にするときはきっと自分ももっと心を揺さぶられるのでしょう。

ただ、もしそうなったとしても、やはり僕は僕の思いで息子の背中を見つめていることには変わりはなく、そのとき息子の本当の心のうちはわからないはず。そしてまったく同様に、息子も僕がどんな思いを抱いて彼の背中を見つめているのかは、きっとわからないのでしょう。

なんともまとまらない雑感ですが、式の日を迎えようとしていた夜中にそんなとりとめもないことを考え、さらに息子と奥さんの背中を見ていたら、「あぁ、親ってこういう気持ちで子供の背中を見つめてきたんだなぁ」と思い至り、そのときだけはちょっとしみじみしたのでした。

何はともあれ、家族3人で、元気にこの日を迎えられたことに感謝。


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jj_coba at 09:35|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 家族のテツガク