aamall

2017年03月23日

sight from the back

DSC_1194_ed

もう1週間たってしまいましたが、
先週の木曜日は、息子の卒園式でした。
入園式の日と同じく穏やかな晴れの日。

3年間の幼稚園生活全体を振り返ろうとするといろいろなことがありすぎて思いはつきませんので、卒園式に際して思ったことを少しだけ。

「卒園式は、もうすごく号泣するよ」という声はいろいろ聞いていましたが、自分の場合は割とあっさり。ほとんど感傷的になることもなく、小さい園だからほぼみな知っている同級生たちの成長の様子も含めて、どちらかというと「うんうん、大きくなったね、みんな♪」と微笑ましく見ていたような感じです。

卒園式が近づくにつれて、ある生活のかたちが一区切りを迎えることには確かに寂しさもありましたが、この3年が持つ意味を十分に受け取るには、当の息子自身はまだいろいろ幼い。主役である彼にとっての卒園および卒園式のそのような意味を考えると、それは日々の行事の1つとそんなに重さが変わるものではないのかもしれません。(実際に、式までの残りの日々の息子のふるまいなどを見ていると、この感覚はあまり外れていない気がします)。

式にあたっては、きっと親のほうが自分自身の思いや期待ほかあれこれの感情を、前方にいる子供に一方的に投影して見ている・経験しているのだろうな——前夜遅くに眠りにつく前に、フッとそんなことが頭に浮かんできました。

幼稚園の卒園式だから、式次第もまた各内容もごくごくシンプルなもので、子供たちの個性や思いがそこまで強く現れるタイプのものではないからこそ、サラッと受け取れたのだと思います。これがきっと、小学校や中学校の卒業式とかになると、各種の式辞にも歌にももっと子供自身の思いや感情が色濃く出るのだろうし、それを目にするときはきっと自分ももっと心を揺さぶられるのでしょう。

ただ、もしそうなったとしても、やはり僕は僕の思いで息子の背中を見つめていることには変わりはなく、そのとき息子の本当の心のうちはわからないはず。そしてまったく同様に、息子も僕がどんな思いを抱いて彼の背中を見つめているのかは、きっとわからないのでしょう。

なんともまとまらない雑感ですが、式の日を迎えようとしていた夜中にそんなとりとめもないことを考え、さらに息子と奥さんの背中を見ていたら、「あぁ、親ってこういう気持ちで子供の背中を見つめてきたんだなぁ」と思い至り、そのときだけはちょっとしみじみしたのでした。

何はともあれ、家族3人で、元気にこの日を迎えられたことに感謝。


DSC_1374_ed


jj_coba at 09:35|PermalinkComments(0)TrackBack(0)家族のテツガク 

2016年12月31日

本のいのちをつなげる“人”

※元記事はこちら

DSC_0019


すっかり更新が滞ってしまっていて申し訳ありません。秋頃から「まとまった文章が全く書けない」状態に陥っておりました(本の仕事に関わる者としては由々しき事態ですが……)

さて、突然ですが、編集を担当した島薗進『いのちを“つくって”もいいですか?』についての読書会を開催することになりました。発売からちょうど1年後にあたる2017年1月29日(日)に行います。詳細はこちらをご覧ください。

本ブログ、4章まで書いたところで尻切れトンボのようになっておりましたが、読書会を開くことが決まったこともあり、書き残していたことをまとめて、きちんと環を閉じておきたいと思います。

ただ、本の内容に関わることは前回記事「ドコニモナイ、ドコニモナイクニ」までに留めたいと思います。5章「『いのちは授かりもの』の意味」はマイケル・J・サンデル『完全な人間を目指さなくてもよい理由』を、6章「小さないのちの捉え方」、7章「つながりのなかに生きるいのち」は日本人の宗教儀礼や文化慣習についての先行研究を議論の端緒に、また折々に参考にしながら、著者の考える試論が徐々にかたちとなっていきます。西欧的なキリスト教文化に根差すものとはまた異なる、日本やアジア諸国の文化・宗教的な要素を土台に据えた新たな倫理を打ち出せる可能性があるのではないか——そのように著者のメッセージが根底にあり、またそのために数々の著作が上げられるパートでもあるので、ここについてはぜひ本書のテキストそのものとじっくり向き合っていただければ幸いです。私自身、この部分について深めたいテーマは多々あるのですが、まだ混沌とした状態でもあるので、引き続き考え続けていきたいと思います。

本書にまつわる一連の文章を締めくくるにあたって記しておきたいのは、この本が出来上がるのを支えてくれた方々にまつわる、本の話です。

目次の次のページを開くと、そこには4名の方のお名前が記されています。

当然ながら、著者・島薗進さんの手に成る本書ではありますが、“本”としていのちを吹き込んでくれたのは、特にこの4名の方の支えによるものです。

iPS細胞の仕組みなど、科学的な説明に添える図版を描いてくれた渡辺裕子さんは、ふだんから月刊誌でもよくお世話になっているイラストレーター。説明的な要素は的確に、かつ人物やイメージカットはやわらかく親しみやすい雰囲気に仕上げてくれます。

ユニーク(でちょっぴり風刺の利いた)マンガも多く手掛けられていて、こちらは仕事とは別に、個人的に楽しませていただいております。

順番が前後しましたが、本書の装丁・レイアウトを手掛けてくれたのは装丁家の矢萩多聞さん

私が初めて多聞さんの本を手にしたのは、確か大竹昭子編『ことばのポトラック』だったと思います。「おもしろい本だな」と外見から手に取り、クレジットで多聞さんの名前を見つけました。どこかで聞いたことがあるような気もしつつ、印象に残る名前。

実は既に読んでいた中島岳志『中村屋のボース』、『インドの時代』佐野衛『書店の棚、本の気配』森まゆみ・津田篤太郎『未来の漢方』など、素敵な装丁だな、と思って本を開くとしばしば多聞さんの名前に出会うことに。さらに、シリーズの装丁をされている〈就職しないで生きるには21〉のご自身の著書『偶然の装丁家』を読み、ガツーンと大きなショックを受けました。同じ年月を生きてきて(多聞さんは同い年)、同じ分野の仕事に携わっているけれど、こんなにも違った、密度の濃い生き方をしている人がいるなんて、と。ぜひ一度仕事を頼んでみたい、という思いが募る一方、自分の凡庸さや熱意の足りなさが恥ずかしくもなりました。

そんなことを感じていた2014年12月、多聞さんのツイートで、バングラデシュのレンガ職人たちを撮った写真展が開かれていることを知りました。独特の力強さのあるモノクロームの写真に、多聞さんがデザインした手製本の写真集があるとか。以前、ある縁があって旅をしたバングラデシュはとても思い入れのある土地でもあったので、展示最終日にコニカミノルタプラザに駆け込んだのです。

その写真を撮っていたのが吉田亮人さん。やはり同い年だった吉田さんとその場で意気投合し、いずれ京都で多聞さんも交えて再会しようということになりました。その後、一度は機会を逃してしたものの、2015年夏に東京で行われた上記の写真集『Brick Yard』にまつわる吉田さんと多聞さんの対談イベントにて、ようやくお話できました。やはり多聞さんが装丁を手掛けていた『アントニオ・タブッキ 反復の詩学』の著者であるイタリア文学者・花本知子さんと私が一緒にお仕事をしていたことなどもあり、短い時間ながら本にまつわるさまざまな話をして、また近いうちにかくかくしかじかの本の装丁をお願いするかもしれません、ということを伝えました。ただその装丁が好きだったことに留まらず、著書『偶然の装丁家』を読んで多聞さんは自分なりの死生観、いのちの捉え方を持っているのだなと感じ、きっと『いのちを〜』の主題をしっかりと汲んでくれるはず、という確信があったからです。

ようやく本の全体構成が見えてきた秋、正式に多聞さんに装丁・組版を依頼しました。多聞さんとの仕事のハイライトは、『偶然の装丁家』にも描かれていて、編集者など装丁を依頼する人には有名な「紙芝居プレゼン」。用意したラフ(およびその生成過程)を、相手の反応も見ながらタイミングよく提示していく、ライブ感たっぷりのまさに紙芝居。目の前で繰り広げられるストーリーは実におもしろく、そして最終的に辿り着いたデザインは文句なく素晴らしいものでした。自然光の入るカフェで目にしたあのプレゼンの感動は忘れられません。

その後も多聞さんは、ミシマ社の『ちゃぶ台』、吉田亮人さんの『Tannery』川内有緒『晴れたら空に骨まいて』など、ひとつひとつ素敵な装丁をたくさん手掛け続けていて、また『たもんのインドだもん』の執筆や、絵の個展などにも大活躍。取材のことを少しだけうかがったことのある『紙の旅』も、そろそろ具体的にかたちが見られそうで、今から大変楽しみです。

続いては、各章トビラの絶妙な犬キャラクターのイラストを描いてくれた中村圭志さんのことを。

中村さんを形容するのはなかなか難しく……確かにイラストを描いてもらいましたが、専業のイラストレーターではありません。第一に優れた宗教学者であり、著述家・翻訳家。またイラストだけでなく、独特の世界観のある絵画を描いているアーティストでもあります。

中村さんには、『いのちを〜』の元となった連載「いのちとモノ」からイラストをお願いしていました。著者の島薗さんと打合せをして連載のテーマと原稿の進め方などを一通り決めたところで、イラストをどうするか、という話に。内容にゆるやかに関わりつつ、死をも扱うややデリケートな内容を緩和できるようなイラスト——ただ絵の雰囲気がよいだけではなく、内容を深く理解したうえで表現できる人に依頼する必要があります。そこで島薗さんから名前が挙がったのが中村さんでした。

名前を聞いてすぐに、『信じない人のための〈宗教〉講義』『宗教のレトリック』を思い出しました。前者は、一定の距離を取りながら、その機能や意義を深く読み解く優れた論。後者はレトリック・修辞技法という切り口で宗教の存在やその機能を分析したもの。いずれも他にはない大胆な方法で本質に迫る論を展開していて、非常にインパクトを受けたことを覚えています。特に後者を読んでから中村さんのホームページなどにも目を通していて、宗教学研究室の先輩であること、絵を描く人であることも既に知っていました。

こうして、実は著者・イラストレーター・編集者がみな同じ宗教学研究室出身者、というチームでの連載がスタートしたのです。医療・健康情報の雑誌上において、「死、いのちの有限性を認識したうえで考える生、健康の意味」ということを隠しテーマとしたエッセイだったので、やわらかい文章を心がけたものの、それでもなかなかデリケートな要素を扱うことも多々。もし文章だけを読むのであれば、雑誌の連載としてはちょっと取り付きにくい面があったかもしれません。しかし中村さんに原稿を送ると、根底にある問題意識は完璧に汲みつつ、ユーモア溢れるアレンジを施してイラストに仕上げてくれたのです。著者の原稿をいちばん最初に読むのは編集者の特権ですが、中村さんから返ってくるイラストも全く同じ存在感を持っていて、連載中、私は毎月毎月それをワクワクしながら待っていました。『いのちを〜』には描き下ろしのカットもあり、連載分から採られたのはそのごく一部。24点のほとんどは、今皆さんにご覧いただくことはできない状態で、個人的に非常に残念なことだと感じています。

そうして2年間、中村さんには全ての原稿にも目を通してもらっていたので、書籍化の作業のなかでも、進捗を報告したり実際にイラストを発注する折に、いつも簡潔に的を射たアドバイスをいただき、『いのちを〜』が生まれるまでの過程を、始めから完成までずっとサポートしていただいたと感じています。

2014年に刊行された『教養としての宗教入門』が好評を博し、中村さんは世界各地のさまざまな宗教をフラットな目線で、かつ学術的な知を背景に語れる著者として、専門的な世界を超えて一躍注目を集めるようになりました。『教養として読む世界の教典』『世界5大宗教全史』など宗教学の本丸をわかりやすく説く本から、『徹底分析! ハリー・ポッター』『SEKAI NO OWARIの世界―カリスマバンドの神話空間を探る』のように宗教学的な視点でサブカルチャーをユニークに読み解く本まで、多彩な、そして一つ一つが本当によく練られた本を、次々と送り出しています。

イラストレーターとしての中村さんの魅力も大いに実感しつつ、『信じない人のための〈宗教〉講義』以来の惚れ込んでいる者として、中村さんと本を作りたい、と強く願っています。真打ちとなるある題材のほか、いくつかのテーマを考え、お話を伺っているところ。私にとって、今もっとも大切に磨きたい課題です。

最後は、校正を担当してくれた牟田都子さん

今、今年でこそ、ドラマ「地味にスゴイ! 校閲ガール・河野悦子」によって校正・校閲という職業が世間一般に認知されるに至りましたが(といってよいのでしょうか?)、出版業に関わる人でなければ、その存在はほぼ知られていなかったと言ってよいのではないでしょうか。人・社によっては、出版業界の人でもその意義をちゃんと理解していないことさえあるかもしれません。

編集という仕事を10年以上も続けていると、校正・校閲者がいなければとんでもない事態になっていた、ということはもう数えきれないほど。個人的にその意義を感じていることに加えて、「誰もが発信者になれる」web時代において、はじめの騒ぎがすぎてそれが日常に近づいてくるに従って、校正・校閲というものが求められるようになっていくのではないか、ということを漠とではありますが考えていました。

牟田さんと初めて会ったのはちょうどそんなことを考えていた時期で、ある編集関係のイベントに参加し、アフタートークで意気投合。「編集ナイトがあるならば、次は校正ナイトをやりたいですね」という話をしたことを覚えています。それからちょうど一年後、なんと牟田さんは本当に「校正ナイト」を実現させてしまいました。当日参加できなかったのは残念でしたが、こちらの記事からもその熱量が伝わってきます。

出版社の校閲部に務める傍ら、ひとり校正者「栞社校正室」として活躍の場を広げている牟田さん。書籍編集の経験がほぼなく、特にこの人に、という頼るべき校正者を持っていない状態で、上の記事に見られるようなゲラに向き合う姿勢や、石橋毅史『口笛を吹きながら本を売る』のようなノンフィクションの校正を手掛けられていたことなどから、『いのちを〜』の校正を依頼することにしました。決して強い指示や表現はないものの、きめ細かく行き届いたチェックが本全体にわたってなされていて、著者の島薗さんもその丁寧が仕事ぶりにとても感嘆していました。

その後も栞社校正室は引く手あまたのようで、いつもお忙しくされているようです。鹿子裕史『へろへろ: 雑誌『ヨレヨレ』と「宅老所よりあい」の人々』マリー・ムツキ・モケット『死者が立ち止まる場所』若松英輔『悲しみの秘義』等々、粒ぞろいの素晴らしい本に校正者として携わっています。そして、これらの本の著者や編集者が牟田さんの校正を非常によく信頼していることが、あとがきやSNSでのやりとりから伺えます。本来、黒子的な存在である校正者が、第一にはその仕事の質が高いことが要因であるにせよ、名のある個人として評価さら、信頼されているということは、とても興味深いことだと思います。

どれだけ自分の手掛けることに誠意を込めて向き合えるのか。すべてはここに帰結するのではないでしょうか。そのようにして取り組む姿勢、およびその結果は、同じように物事に取り組んでいる人たちにとって、自ずと共感・共鳴できるものなのでしょう。すぐれた本には、それをつくる優れたスタッフ、チームが存在する。

その意味で、『いのちを〜』にはそれぞれの面で最高のスタッフが集い、支えられたことで、あのような1冊に仕上がったのだと確信しています。本をつくっているのは、すべて“人”なのだ——そんなことにも思いを馳せながら、多くの方にこれからも本書を長く読んでいっていただけることを、心から願っております。

(『いのちを“つくって”もいいですか?』に関する記事、これにて了)


jj_coba at 21:23|PermalinkComments(0)TrackBack(0)ヒトリゴト | 読。

シャシンカイギ(後編)

元記事はこちらです。

14352459_1182727498465678_1938456134176452386_o

さて、前編はほぼ写真展そのものについての話になってしまいましたので、後編は「本」の話のほうに少し引き戻したいと思います。

今回の展示のテーマを構想するのにあたって、ひとりだけ写真家・カメラマンではない編集者として、それ以上に文章と本を愛好する人間として、「写真を展示するだけではなく、最終的に何らか文章、そして本のかたちにもっていきたい」という漠然としたイメージを持っていました。

ただ、初めから物語的な要素が念頭にあったわけではなく、今回額装をお願いした方からのアドバイスで、スペースを考えると展示するのは10〜12点程度が適当(A4〜四切くらいで、上下2段の場合)という物理的な条件が、展示テーマを考えるコンセプトの根っこになったのです。

既に粗くセレクトしていた写真と12という数字から、最初に考えたのはシェイクスピアの『十二夜』。でもこれまであまり馴染みがなかったこと、またザッと概要を見てみたものの写真とうまく結びつくイメージが得られなかったことから、さらに考え続けて浮かんできたのが夏目漱石の『夢十夜』です。とても好きな作品で、またその不可思議な世界観を写真のイメージと結びつける、という試みが非常に魅力的に感じられました。そして「夢」を想起させるもの、という観点でこれまでの撮りためた写真を見直す作業を繰り返すなかで、「偶然の光と色彩」というイメージが明確になってきました。

展示する作品を最終的に決定し、そのプリントおよび額装の手配を終えたのは搬入の3日前。一応、展示ができるだけの準備はできたわけですが、『夢十夜』に倣って、それぞれの写真に奇妙な夢の物語を一つずつつける。さらに、それを印刷物、本の形にして展示に添える——それが自分なりに考えた理想の形でした。時間的には厳しく、半ば諦め半ば開き直りつつ、とりあえず一つ、書き始めてみました。

写真はこれまでに訪れた国内外さまざまな場所で撮ったもので、意図せずそれぞれ別々のところに散らばりました。一つ一つ独立した話としながらも、緩やかにつながる感じを持たせつつ、かつ最初と最後が循環するように——そうイメージしてまず並びを決定。そして、それぞれの場所にまつわるいくつかの思い出と、写真そのものから浮かぶ想像を簡単にメモして、あとはそれらを組み合わせながら『夢十夜』ふうに物語を走らせてみる——するとおもしろいことに、想像以上に物語のほうが勝手に進んでいったのです。1話の分量は原稿用紙1枚ほど、いずれもほぼ30分で書き上がり。単純に時間がなかったという事情もありますが、不可思議な物語なので論理的に構築する必要がなく、敢えてほぼ推敲もせずに直感に任せて仕上げました。後付けにはなりますが、自分の意図を超えた偶然の効果に頼った写真とも、何か通じるものがあったのではないかと思います。

残念ながら紙や製本にまでこだわる余裕はなく、ごく普通の両面印刷用マット紙を使い、せめてもの装飾として見返しふうにトレペを1枚、そして表紙を入れて中綴じにしました。ただ、慌てて最後に見つけたものながら、表紙の紙は濃紺に小さな銀の斑点が散らされておりどこか夜空を連想させ、予想外によい仕上がりとなりました。

さて、ようやくここから少しだけ、いつもの「本をつなげる」話をしたいと思います。

既に述べたように、今回の構想の根っこには『夢十夜』があります。「こんな夢を見た」で始まる幻想的な物語10篇の連作で、『三四郎』など他の著名な作品とはやや趣きを胃とする作品ですね。しかし言い様のない理不尽な状況を、口をつぐんで受け入れざるを得ない主人公の在り様、諦観のようなものは、他の作品にも通じて見られるような気もします。

今回、勝手に『夢十夜』ふう、などと称して、辻褄も何も気にせず、むしろ現実的な論理を崩すように物語を組み立ててみたわけですが、現実的なものが破綻した夢のような世界を描いた連作短篇としては、内田百痢慳重咫も大変奇妙でおもしろい作品です(この2つはよく並んで挙げられますね)。ただ、今回文章を書いてみようと思ったこともあり久しぶりに読み直してみると、『冥途』は『夢十夜』以上にかなり不穏な雰囲気に満ち満ちていて、いきなりこの世界に跳躍することは難しいな、と感じました。

今回の展示および連作は、ポルトガル・リスボンの夜の一場面から始まります。時系列的にも一番最初のもので、またまだ全く写真を撮ることに意識的でなかった頃に「撮れてしまった」という側面の最も強い1枚であったので、始めに置きました。リスボンの夜、誰かに導かれるように彷徨う——ということで思い浮かべたのはアントニオ・タブッキの『レクイエム』。しかも、タブッキとも、タブッキと思しき主人公が出会う詩人ペソアとも同じような丸眼鏡を、ちょうど私がかけている、という偶然がまた想像力を刺激しました。今回の連作中には他にも数人、丸眼鏡の人物が登場するのですが、おもしろいことに、モデルとした実在の人たちもまた、実際に丸眼鏡をかけていたのです。

誰かの後を追いかけていく人物と追われる側の人物とが、溶け合ってしまうようにその存在自体が不確かになっていく。そんな物語を組み立てながらイメージに浮かんできたのは、同じくタブッキの『インド夜想曲』です。物語にはっきりと分かりやすい筋道があるわけではなく、暗示的な要素の断片が絶妙なバランスで綴られていく、そんなタブッキの作品の数々に、改めて惚れ惚れとしました。また、今回はそこまではっきりとは表現に込めなかったものの、もうここにはいない人との対話、というモチーフが頭の中にあって、そこにも確実に、タブッキの作品が大きく影響しているのだと思います。

そして先程も述べたように、今回の連作は、始めと終わりがぼんやりと循環するような構成になっています。そこだけは初めから意図していたこともあり、ややあからさまに感じられるかもしれませんが……技法の稚拙さはさておき、始めと終わりが循環する、というモチーフは、ミヒャエル・エンデ『鏡のなかの鏡』から多大な影響を受けています。幻想的な、そしていずれもどこか哀しみをたたえた短篇の連作、その始まりと終わり地点で重なる姉と弟の存在。そしてこの作品がエンデの文章と父エトガー・エンデの絵が交錯する地点で成り立っている、という事実が、この作品の循環的なイメージをより一層深めるように感じます。

短い物語同士が連環し、渦を巻くように絡まり合い、終わりからまたループする、というものとしては、イタロ・カルヴィーノ『冬の夜ひとりの旅人が』がとにかく秀逸な作品です。一つ一つはかなり奇妙な物語たちを、どのようにすれば複雑かつ精緻なパズルのように構築できるのか。今回、ほぼ初めて創作に手をつけてみたわけですが、『冬の夜ひとりの旅人が』はその究極の地点にある、見果てぬ夢のような存在です。

ただ、今回の展示にあたって、自分が撮った1枚の写真を起点に、そこから浮かぶイメージに現実の記憶をいくつか組み合わせ、それを『夢十夜』ふうの文体にアレンジする、という方法を試してみたところ、思っていた以上に物語が出てきた、自然と引き出されてきた、という実感がありました。元々この方法は、人物を撮った写真でできないだろうか、と考えていたことなのですが、今回の展示では敢えて人物写真を一切出していません。では、人物の写真ならば、またおもしろい展開があるのではないか——もちろん、逆に全くうまくいかない可能性もあるわけですが、少なくとも、まだ新たに試みる余地は十分に残っています。熱が冷めないうちに、次なる一手を打ってみたいものです。

本当は、最後に述べてきたような「本のつながり」にまつわる話を、展示の場にも用意したいという気持ちがあったのですが、写真展という空間を考え、物語の冊子を置くのみに留めました(まとめる時間がなかった、というのも事実ですが)。それは結果的に正解で、やはり写真を観に訪れる場所であり、またそれをきっかけに話の輪が広がることを想定していた場だったので、冊子でさえ、ゆっくり見ていただくのは難しかったようです。この点は、展示の構成の仕方・準備としてやや見込みが甘かったな、とも思っています。次に何か企画するときにはぜひ生かしたいです。

(前編から)シャシンカイギという展示の概要に、それについての自分の雑感、さらには本来の当ブログで記しているような本の話。それぞれバラバラの話をひとまとめにしてしまったので、妙に長ったらしくまとまらない記事になってしまったこと、どうかご容赦ください。ただ、この度のシャシンカイギという企画を通して率直に感じ、考えたことの主たる部分を取り出すと、およそこのようになります。その感じが、少しでも伝われば幸いです。

(了)


jj_coba at 21:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)ヒトリゴト | Photo!

シャシンカイギ(全編)

※文章は他所で書きながら、こちらのブログにアップできていなかったものがいくつかあるので、年明け前に申し訳のようにこちらにも上げておきます。

もと記事はこちら

rectangle_large_317f6e23a8115e27f5d3306631e29d37


長らく空き、かつ今回はごく私的な経験のしかも冗長な記事であることを容赦ください。
「写真展」についての話ではあるのですが、話の行き着く先は、当ブログで試みていることに通じていると思いますので。

※ただ、書いてみたらあまりに長くなってしまったので、本についての話は後編に回したいと思います。
先日、縁あって写真のグループ展に参加しました。

ほかはみなプロの写真家・カメラマン5人のなかに、唯一写真については素人である編集者が一人。きっかけは、写真家・カメラマンの方々と折々に開いている「写真会議」という名の飲み会です。写真、をひとつのテーマに、撮り方も考え方もそれぞれ様々なメンバーが自由闊達に意見を交わす場。もう6〜7年以上は続いているのではないかと思いますが(おぼろげ)、特にここ数年、活発な印象があります。そして毎年始に某所にて写真展を行っているメンバーの展示を見に行き、新年会がてら飲んでいたなかで「写真会議でグループ展をやりましょうか」という話になったのです。

それはいわゆるファインアートとしてのとがった写真展を志向するものではなく。普段、西新宿の安居酒屋で交わされる侃々諤々かつ実り豊かな写真談義を、自分たちの写真を展示し、それを見ながら改めて行おう、さらにその写真を見に来た人たちとも一緒に語り(&飲み)合おう、ということを目指すものでした。「いつもの写真会議を、もうちょっとオープンに」。

そんな経緯で始まった企画なので、敢えて恥をかいてみようと参加することにしました。単に「写真を見せる」ことが目的ではなく、表現すること、ものをつくること、それを他者の目に晒すこと、という一連の営みを経験すること自体に意味がある。普段、そうしたものを専ら見る側、あるいは他の人の表現行為に伴走する側である自分にとっては、ほぼ未体験のこと。展示を通じての失敗や落ち込むことも含めて、この機会を逃す手はない、と思った訳です。

初めて話が出てからあっという間に半年、9月15日(木)〜20日(火)、江戸川橋のギャラリーniwにて6人のグループ展「シャシンカイギ」が開催されました。上記のとおり、共通テーマのない普段の写真会議の延長。メンバーも搬入時点まで互いの作品のことを全く知らず、そもそもちゃんとまとまるのかも分からないまま当日を迎えたわけですが、蓋を開けて見たら実に充実した空間になりました。

自分以外は職業として写真を撮っている人たちが、「自分にとっての写真」という課題に向き合って出したそれぞれの一つの答え。仕事から完全に離れる人も、何らかの形で繋がっている人も。そうしたスタンスも、展示された写真のテーマもカラーも六人六様でしたが、不思議とバラバラな感じはなく、いかにも写真会議らしい自由にあれこれ話したくなる雰囲気にまとまったと思います。実際に、会期中には多くの人に足を運んでいただき、既知の人も初めての人も関係なく、さまざまな話の輪が広がりました。

自分は「光十夜」と題して。以下は、展示に添えたテキストです。
学生時代も終わりに近づいた頃、初めてカメラを買いました。「写ルンです」の延長の、ただ押せば写るカメラ。当時の僕は、写真とは見ている景色がそのまま写るものだと思っていました。でも、それから写真を撮り続けていくうちに、写真にはいろいろなかたちで「目には見えない世界」が写る、と感じるようになりました。
レンズに直接光を入れると、それは思わぬ形に姿を変え、また絶妙な色彩を生み出す。反射したり遮られた光は、益々それを複雑にする。そしてこの偶然の光は、自分の目で直接見ることは決してできなくて、ファインダーを通して、あるいは撮影したものを後から見るとき、初めてそこに現れるもの。

写真とは、目に見えている世界をありのままに記録するものではなくて、むしろ見えない世界を覗いてみるための手段なのでは?――偶然の光がつくりだした写真を見ていると、止めどなく想像が広がっていきそうです。

タイトルからすぐにお分かりの方も多いと思いますが、夏目漱石『夢十夜』に想を得て構成した展示です。もう15年近く前にコンデジで撮ったものから、この数年間にフィルムカメラで撮ったものまで、程度はまちまちながらいずれも「旅」と結びついた写真を10点。一点一点は掲げませんが、逆光や宵闇の中の光など、自分の意思だけでは撮り得なかった偶然の光と色彩の写真、そしてその明暗から自分のなかに物語の種が湧いてくるような写真、そういうものを選び展示したつもりです。

展示を行ってみての雑感を少し。

テーマも撮り方も編集の仕方もそれぞれ違うわけですが、こうして六人六様の写真を見ると、写真には「撮る人がどのように世界を見ているのか」というものが現れるのだな、と改めて感じました。それは必ずしも、撮る人の目に見えたままのものが写真に写っているという意味ではなく、例えば表現としてウソ・騙しを入れることも含めて、その人が世界をどのように捉えているのか、世界への接し方・姿勢みたいなものが伝わる、ということです。これは、こだわって撮影・セレクトした作品的な写真に限った話ではなく、私たちがスマホで撮る日々の写真などにも通じることでしょう。そう考えると、自分の撮る写真、というのは自分の内面を目に見えるように取り出したものであり、改めてなかなかに恥ずかしいことなのだなぁ、と思ったりもしました(自意識のかたまりのような文章を垂れ流すのと全く同じことではないかと)。その一方で、そのようにして自分でも普段意識していない自分の内にあるものが浮かび上がってくるからこそ、自分にとっても他の人にとっても、興味深い何かをそこに見つけることができるのかもしれません。

また、展示という「場」の経験が非常におもしろかったです。上記のように自分の内面やら自意識を晒した空間に、人が訪れ、回り、通過していく。知っている人、知らない人。自分の展示を見ていく人、あまり見ない人。言葉を交わす人、交わさない人。とにかくいろいろな人が来て、(ナシ、を含む)いろいろな形での遣り取りがありました。さらに展示メンバー同士ではいつものような話、いつもの感じを超えた話を、展示の場で、その後の居酒屋で何度も重ねる。6日間の展示の間に、さらにはそれぞれの一日のなかでも、自分の気持ちが奇妙な程に上がったり下がったりを繰り返しました。何となく抱えていた不安や暗い気持ちが増幅されて沈むこともあれば、来場者との話のなかで何かスイッチが入って気持ちや考えがぐっと先に進むことも。全体として見れば確実に上向き・前向きなものだったわけですが、一つの場に留まって、潮のように自分の内側が目まぐるしく入れ替わる様を味わったのは、なんとも不思議な体験でした。

そのような場が、永続しない一時のものであることもまたよかった。楽しき宴は、あっという間。最終日、展示が終わると、夢のような空間はあっという間に元の真っ白な空間に戻りました。でも、この祭りの終わりのような感覚があるからこそ、次に続ける、あるいは新しい営みを始めるモチベーションがつながるのかもしれません。

(後編に続く)


jj_coba at 20:51|PermalinkComments(0)TrackBack(0)ヒトリゴト | Photo!

2016年08月21日

文字列のゆくえ

DSC_0479

1年ほど前から、しりとりはいつでも・どこでもできる愉快な遊びで、よくやってます。とはいえ、「ただやるのもちょっとマンネリだよなぁ」と感じていたところも。

今日、2人でしりとりをしながら、ふと「1人1文字ずつ、順番に言葉をつなげていって、一緒に文をつくっていったらどうなるだろう……」と思いついてやってみたところ、これがとってもおもしろい!

力を合わせないと意味をなす文は生まれてこない、でも読みすぎ・配慮しすぎでは全くつまらないものに。協力して流れをつくりつつ、自分の意思ではコントロールできない意外性を楽しむ、そんな遊び。

紙かスマホにメモしながらやると、スムーズかつ目で見て楽しく、しかも記録に残せる。長時間の移動とかお泊まり・キャンプのときなど、いろいろな場面で楽しめそう。こんなふうに、あとから絵にしたりするのもいい。

そして、子供と遊ぶのに向いているのはもちろん、大人何人かでやってみたら、きっと新しいかたちの創作になるんじゃなかろうか。お酒飲みつつ車座とかでやってみたいな。


jj_coba at 01:01|PermalinkComments(0)TrackBack(0)ヒトリゴト 

2016年08月01日

Sei!!

DSCF2464_ed

昨年は翌日、そして今年は翌々日と、どんどん記録が遅くなっていく……これは年始の目標と全く同じ傾向だけど、こっちはここで歯止めをかけたい……

さて、イタリア語では“sei”、6歳になりました。

数字のうえでも、実際の様子からも、着実に「幼児」じゃなくなりつつあるな、と感じる今日この頃です。

まずは身体。昨年は「脚が伸びた」という印象を記したけれど、それはその後も続いた感じ。にゅっと伸びて、さらにそれにたくましさがついた。決してがっしり体型ではないけれど、それでもおしり・ももががちっとしていくことが、一緒にお風呂に入る度に実感できる(だいたい1週間ごとのサイクルだから、よりクリアに感じる)。さらに、今年に入ってからだったと思うけれど、ふっとあるとき、汗をかいたシャツを脱がせたら、肩のあたり、上半身の骨格が変わっていたことに驚いた。これまではかわいらしくて食べちゃいたい体つきだったのが、「あ、これは歯ごたえあるな」(笑)と感じるような雰囲気に。きゃしゃでかわいかった時代は過ぎてしまったのだなぁ、と悲しく寂しく感じる気持ちもあり、ちょっと複雑ではありますが、でもやっぱり成長を感じて嬉しい。

そんなふうに身体が変わっていくから、動きも目に見えて変わってくる。気性的にはちょっと飽きっぽいところがあり、かつ理屈っぽいから、運動は好きだけれど理屈が先に立つところもちょっとある。なのでサッカーなんかは試合勘なんかはあまり優れていないなぁとは思うところも。それでも、昨夏、最初はまったくできなかった水泳が3〜4日で大好きになってしまったり、スキーも半日教えてもらっただけで、緩斜面なら完全に一人で滑れるようになるなど、順応力は結構高いのかもしれない。今の時期は、いろいろなことにドンドン触れさせること、また親の手から離していくことが大事なのかなぁ。

もっとも、音楽とか踊りとか、お祭りのライブ感みたいなものに対しては、極端にノリが悪い。この点は、お調子者ですぐにノリノリだった自分の子供の頃とは対照的な気がする。どうも頭が先に立ってしまうような感じがあって、どうやってそのおもしろさを伝え、一皮むかせるかがこれからの親の課題だろうか。

本、そして言葉や知識への興味は相変わらず高い。イライラするくらい理屈っぽいというか屁理屈星人なのにはやや閉口することも多々あるけれど、湊の特徴、得意なところでもあるわけで、うまく伸ばしていけたらなぁ、と思う。だじゃれ、しりとりから最近は少しなぞなぞへ。しまじろうの影響もあるけれど、算数に挑戦するのも楽しいらしい。そして油断するとゾロリばかりになってしまうこともあるけれど、本はやっぱり好きなようで、放っておいても本を渡すと無心に読んでいる。定番のテレビはいつもしつこく見たがるタイプなのに、その時間が近づいても本を読んでしまっていると、開始時間になっても気付かず読み込んでいることが多々あり。これはすごいことだし、本当におもしろいのだろうなぁ、と思う。強制されることなく、自然に好きになってくれるのがいちばんだ。

年少から、本人としてはいくつか葛藤のようなものもあっただろうけれど、とりあえず健やかに気持ちよくすごせているみたい。理知、分別がついてきたからこそ、人間関係の機微にも気付くようになってきて、以前ならばナイーブに絡めたようなところに一定の距離感をもって接したりすることが出てきたのも、まぁ成長だなぁ、と思う。

ただそんな小さな起伏があるにせよ、折々に「わーい!」「やったぁ!」と、心からの楽しさ・嬉しさを全身で表現する姿を見ていると、親としても心から嬉しく感じる。どんな状況に遭うとしても、自分の生を肯定できる、そんな生き方をしてほしいなぁ、と強く思っている。来年にはまた大きく環境が変わるけれど、その姿勢は変わらず保ち、伸ばしていってほしいな。

おめでとう、ありがとう、6歳。


2016_0730_20280100-2


jj_coba at 21:23|PermalinkComments(0)TrackBack(0)家族のテツガク