目指せ! クラプトン全曲レビュー

エリック・クラプトンの公式レコーディング曲を毎回1曲ずつ解説。オフィシャル盤コレクターにオススメのコア・レビュー。

Back Home全曲

Back Home ( バック・ホーム ) / Eric Clapton

アルバムと同一タイトルの静かなクロージング・ナンバー。そういう意味ではちょうど20年前の『Behind The Sun』と仲間の曲。
しかしながらアルバム<Behind The Sun>が“孤高のギタリスト”のイメージを背負った孤独と淋しさにヒリヒリした作品だったのに比べて、180度違った内容のアルバムではあるのだが・・・。
どちらにしても、このようなアコースティックだったり小編成だったりでしっとりとアルバムを締めくくってくれるのは非常にウレシイ。なにやらキチンと終わった、しっかり聴いた、という気分にさせてくれる。
ところで、もしオリジナル・スタジオ・アルバムが今後もう出ないとすれば、この曲がアルバムのラストであるだけでなく、クラプトンのホントの最後の曲ということになる。ビートルズでいうところの『ハー・マジェスティ』になるわけだね。
とはいっても、これだけの逸材であるクラプトンなだけに音楽活動を辞めたあとも、しばらくは毎年なんらかの編集盤や発掘盤が発売されるのは間違いない。
ビートルズの「発売は<レット・イット・ビー>より先だが、レコーディングは<アビイ・ロード>のほうが後」というあまりに有名なエピソードに比べればかなり地味だが、長年のファンにとっては感慨深い曲としてしっかりと記憶に残るはずだ。
※今回でバック・ホーム全曲レビュー編終了となります。ご愛読ありがとうございました。

■収録アルバム< Back Home ( バック・ホーム )>

One Day ( ワン・デイ ) / Eric Clapton

やたら速くて安定したカントリー・ギターを弾くヴィンス・ギルの曲。一昔前のクラプトンだったら、「僕はあんなふうにはギターが弾けない・・・」とうじうじして家にこもってしまったのではないだろうか。
とはいってもこの『One Day』はいわゆるカントリーではなく、ヴィンスのカントリー・ギターも聴けないのだが、リズムの大きな波にたゆたうようなボーカル・ラインはなまじのミュージシャンには書けないような玄人っぽさを感じる。
2度ほど大フィーチャーされるクラプトンのソロも、その大波に気持ちよく揺られているようで、聴いているとストレスが抜けていくような快感がある。ギターの聴き所としては質量ともにアルバム中随一であろう。
それにしてもたぶんノイズレス・ピックアップのストラトに変えてからだと思うが、ギターの音色がより一層甘く官能的に進化しているのに驚く。
昔は相当にエクスタシーを感じた<24 Nights>あたりのレースセンサーの音でさえ、少し物足りなく感じるから不思議だ。
今後、指の動きで後続に負けることはあっても、年齢がハンディとならないサウンドの妙味というポイントでは、これからもトップを走り続けることだろう。

■収録アルバム< Back Home ( バック・ホーム )>

Say What You Will [Album] ( セイ・ホワット・ユー・ウィル ) / Eric Clapton

最近よく耳にするイヤな言葉のひとつに「ロックおやじ」というのがある。
もともとは誰が言い出したのかわからないが、仕事もヒマになってお金も持っている団塊の世代をマーケティングしようと、エンタメ業界がこぞって使い始めたワードだ。
この言葉を聞くと、例えば次のようなシーンが思い浮かぶ。
若い女性も含む数人の部下と連れ立ってカラオケボックス(1件目はイタリアン)に来た上司「ロックおやじ」がスマップを歌うと見せかけて『Say What You Will』のクラプトン・バージョンを歌う。
「え〜っ、これってクラプトンだったんですか。かっこいい〜」
「君たちは知らないだろうが、昔クリームっていうバンドがあってね・・・・」
どうですか、イヤでしょう?
このイヤさは何かを簡潔には説明しづらいが、ロック世代に共通のなんらかの絶望感や無力感と関係があるように思う。
そこから抜け出すための答えを延々と描いているのが、たとえば浦沢直樹さんのコミック『20世紀少年』だったりするんじゃないかと個人的には解釈している。
もちろんこれは「ロックおやじ」のひとつの側面で、「ロックおやじ」を名乗る人すべてを否定しているわけではないのでご寛容のほど。
で、肝心の曲の方だが、レゲエ・バージョンとうたってあるけれど泥臭さはなく、印象としては<Behind The Sun>のアウトテイク『Heaven Is One Step Away』(サントラ『バック・トゥ・ザ・フューチャー』やボックス<Crossroads>に収録)と同じ感じの楽しいノリの曲に仕上がっている。
大枠では愛知バージョンと大差なく、マニア以外は両方そろえる必要はないだろう。

■収録アルバム< Back Home ( バック・ホーム )>

Revolution ( レヴォリューション ) / Eric Clapton

クラプトンもギターで参加したビートルズのホワイトアルバムこと<The Beatles>に収録されているジョン・レノンのレボリューション(別テイクのシングルあり)から37年が過ぎ、ジョージのカバーも収めたこの<Back Home>で、同名の曲が披露されることになった。
とはいってもこちらはクラプトンとサイモン・クライミーの手によるオリジナルの新曲。
商業ベースのレビューではレゲエ、レゲエともてはやされていて、全米ナンバー1を獲得した『I Shot The Sheriff』よもう一度、というのがミエミエで少しげんなりする。
『I Shot The Sheriff』がでた70年代前半のクラプトンというのは、やっぱ「アニキ、お務めごくろうさんでした」みたいな××帰りのような貫禄があって、そんなワルなクラプトンが黒い大人の音楽を教えてくれたのがレゲエだったから、すごく魅力があったんだと思う。
状況が全く変わってしまった今、レゲエものをやるんだったら、ボブ・マーリーの別な曲のカバーでトリビュート、というのが面白かったのではなかろうか。クラプトンとボブ・マーリーは同じ年の生まれで誕生日も1ヶ月ほどしか違わない似たもの同士なんだし。
クラプトンの『Revolution』のサビには、ジョンの曲と同じ“Say You Want a Revolution〜”というくだりがある。ジョン・レノンが平和を訴えた時代とは世界はまるっきり変わってしまったけれど、個人の内部におけるレヴォリューションというテーマには、変わらずに人を惹きつける輝きがあるんだろうね。

■収録アルバム< Back Home ( バック・ホーム )>

Run Home To Me ( ラン・ホーム・トゥ・ミー ) / Eric Clapton

ある程度年をとってくると、これまでに聴いてきた音楽の数もかなりのものになってくるので(相当の偏りはあるものの)、ある曲を聴いたときには、必ず何か別の曲を連想してしまう、という弊害に悩まされるようになる。
例えばこの『Run Home To Me』を聴いたときには、アルバム終盤にふさわしい珠玉のバラードだな、と思うと同時に、ボズ・スキャッグスの<ミドル・マン>に入っている『You Can Have Me Anytime』を想起してしまった。
スローテンポで静かに進行しながら、後半にバーンとギターソロがフィーチャーされて曲を盛大に盛り上げていくフレームが一緒なので、感動の質とでも言うべきものが同じだからだ。
しかも向こうはカルロス・サンタナをゲストに迎えての万全のギター・ソロであり、『トワイライト・ハイウェイ』という凄い邦題がついていたのだ。
そうなると感動のロジックがちょっと変則的になり、『Run Home To Me』を聴いて感動しながらも、かつてボズ・スキャッグスを聴いたときの感動を思い出し、昔の感情の起伏を取りこぼさないように忠実にトレースしようとする作為的な自分に気づいてしまったりする。
若い頃の感動がいかに深いものか、と片づけてしまえばみもふたもないが、このタイプの曲を聴くたびに、世界中の人々が同じように黄昏のハイウェイを空想して想いにひたっているのかなあ、と80年代の「音楽で世界はひとつ」とみんなが信じていた時代を懐かしく思ってしまったりするので、結局また昔話かよっ、といわれてもしょうがないのである。

■収録アルバム< Back Home ( バック・ホーム )>

Lost And Found ( ロスト・アンド・ファウンド ) / Eric Clapton

ピンとこない曲をキライ、分からない、というと音楽ファンの間ではセンスがないとか、ダサイ人、と言われてしまうことがある。
ビートルズでいえば『イエスタディ』が好きで『トゥモロー・ネバー・ノウズ』が分からない人はダサイ、とかね。普通の人がピンとこないノリやリズムが理解できる、というのはひとつのステイタスだったりするわけだ。
そんなネタを振った上であえていうと、この『Lost And Found』は分からない、というかイマイチ。
なんか曲が集まらないからドイルのリフでいいか、みたいな安易さがあるし、長い割にダラダラしていて突然ブチ切れるラストも??。
アルバムの曲順で言うとハイライトであるジョージのカバーの次の曲なので、淡泊な曲でジョージの余韻を引っ張る、といった役割を演じさせられている感じだ。
それだったら『Layla』のピアノ・エンディングみたいなのを『Love Comes To Everyone』のケツにつけたりしたほうが面白かったかもしれない。
ドイルのもう一方の曲(『Piece Of My Heart』)の出来がよいだけに、ちょっと惜しい感じがする。
まあ、全曲ヒット曲のスーパーベスト、みたいのもすぐ飽きるから、こんな曲が入っていてもいいのかもしんないが。

■収録アルバム< Back Home ( バック・ホーム )>

One Track Mind ( ワン・トラック・マインド ) / Eric Clapton

私よりもずっと前から、本格的な全曲レビューのようなことをやっていらっしゃる方がいます。
私も好きだった井上陽水さんについてのブログ「今日も井上陽水」です。一度私のブログも紹介していただいたみたいですが、全く気づかず失礼しました。
ちなみに<氷の世界>の『チエちゃん』ですが、実在しない“ひまわり模様の飛行機”、“向こうの海の水も冷たい・・・”などのワードから「チエちゃん」は死んでしまったという解釈をしたのですが、みなさんはどうですか?
さて、本題ですが、『One Track Mind』。サイモン・クライミー時代に身につけた抑制のきいた静かな歌い出しから、一転70年代後半のマーシィ・レヴィーとのボーカルの掛け合いを彷彿とさせる南部ロックふうの展開で盛り上がる曲。
ゲストのロバート・ランドルフ(たぶん)の透明なドブロがクインクインとメインで唸っていて、例によってクラプトンはリード・ギターの席を彼にゆずったか、と思わせておいて一番最後に脳髄しびれトーンでズガンとソロをかましてくるのが快感。
そこに気づくと、そろそろタルくなるCD後半もぐんと楽しく聴けるのでぜひご確認くださいね。

■収録アルバム< Back Home ( バック・ホーム )>

I’m Going Left (アイム・ゴーイング・レフト ) / Eric Clapton

スティーヴィー・ワンダーとシリータ・ライトの共作で、シリータの74年発売のアルバム(今は入手困難だそう)に収録されていた曲だそうだ。
いかにもスティーヴィーらしい明るい音階の曲で、前作から引き続いてのスティーヴィーのカバーということでそのこと自体に問題はない。
気になるのは、原曲が収録されたシリータのアルバムには、なんと、あのジェフ・ベックの『哀しみの恋人達』の原曲も収録されていることだ。
ベックの『哀しみの恋人達』といえばトリッキーな技を使わずに、正統派の奏法だけでぐいぐいとメランコリックに押しまくる最高のインストゥルメンタルだ(原曲は歌もの)。特にアドリブの頭のワイルドなフレーズにはノックアウト。たぶんロックファン、ギターファンでこの曲を知らない人はいないよね。
となると、どうしてもあることを想像してしまう。つまり、もしもクラプトンが『哀しみの恋人達』をこのアルバムで取り上げていたら・・・・。
シークレット・ポリスマンズのコンサートでこの曲をベックと共演したわけだから、全くあり得ない話だとは全然思わない。
ただ、最近のクラプトンの曲調からすると重たすぎるかな、とは思うが、ドイル・ブラムホールIIの硬質なスライドギターとツインでさらりとした曲調で演ったら結構イケル気がするんだけどなあ。

■収録アルバム< Back Home ( バック・ホーム )>

Love Comes To Everyone ( 愛はすべての人に ) / Eric Clapton

おそらくはアメリカ合衆国大統領よりも認知度が高いビートルズという音楽ユニットに在籍したことで、およそ凡人が考えうるすべてを手に入れることができたであろうひとりのビートルが、「どんなに時間がかかっても、愛はすべての人にやってくる」と1979年に歌ったのだ。
当時もイントロのギターを弾いたクラプトンは、いつか自分も愛をつかむことができるだろうか、と例によって真剣に考え、勇気づけられたことだろう。
または自分もジョージぐらいに音楽で成功すれば、望むものが得られるかもしれない、と強迫的に音楽に打ち込んだかもしれない。
そして時は流れて2005年、ついに彼も手に入れた。あの歌の内容は真実だったのだ。クラプトンはそのことをできるだけ多くの人に伝えたかったのではないだろうか。
スーパースターの認知の高さというのは、時には素晴らしい歌を世界中に広めることができる、という絶大な効力があることを知ったうえでの選曲と理解したい。
そしてまた、人生が一瞬光り輝くことで、つらい過去のすべてが帳消しにできるなら、長生きがあながち地球資源の浪費とばかりはいえないであろうことも、我々は知ることができたわけだ。

■収録アルバム< Back Home ( バック・ホーム )>

Love Don’t Love Nobody ( ラヴ・ドント・ラヴ・ノーバディ ) / Eric Clapton

しつこいようだけど80年代のカフェ・バーでかかっていそうなバラード。
カフェ・バーというのは80年代初頭に流行った飲み屋の形式で、それまでのパブと違うのは、内装が黒基調から白基調へ、ソファから鉄製イスへ、ボトルキープからキャッシュ・オン・デリバリーに変わったことだ。
ディスコで騒ぐのに飽きた人が通うオシャレな店、ということで六本木や麻布、自由が丘なんかにいっぱい出来ていたが、それにしても日本ではキャッシュ・オン・デリバリーが定着しないね。
そんな六本木のカフェ・バーの座りにくいスツールに腰を載っけて、遠くにレイヤード・カットのいい女がひとりで飲んでたりするのをチラチラ見ながら粋な遊び人になったつもりでいたのだが、残念ながらそれ以上に発展することはなかった。ロックってダサいし。
この曲(スピナーズのカバーだそうだ)のとっても長い、ピアノのイントロを聴いていると、そんなことを思い出したりするのだが、クラプトンとしては、前作<レプタイル>のジェームス・テイラーものから始まった新しい路線の曲だろう。
隠れた名曲を手練れの演奏で再現する、というアダルト・コンテンポラリー路線でいくのなら、結構次のアルバムで何をとりあげるのか、楽しみになってくるというものだ。

■収録アルバム< Back Home ( バック・ホーム )>

Piece Of My Heart ( ピース・オブ・マイ・ハート ) / Eric Clapton

音楽を個人の感傷を交えないで冷徹に評価しようとする人がたまに現れる。
たしかに失恋中の人がつまんない失恋の歌をものすごい名曲に感じたりすることはよくあることで、そういう状態にあっては客観的な評価がくだせないだろう、という主張はよくわかる。
しかしながら、ニュートラルな心理状態で音楽を聴くことにどれほどの意味があるのか、と考えるとクエスチョンだ。
音楽というのは、ニュートラルじゃない気分になるためにわざわざ聴くものだと思うからだ。
『Piece Of My Heart』は、<Back Home>の中盤、ジョージのカバーのあと2曲続くドイル・ブラムホールIIの作品のひとつだが、これが非常によろしいのである。
フュージョンのトップアーティストの演奏をバックに据えた80年代AORといった感じで、ラストのギターのカラミはスティーブ・ルカサーとラリー・カールトンですか??みたいな。
サビのノリの良さも80年代の郷愁がいっぱいだが、何だろう、グローバー・ワシントン・Jrの歌ものっぽいかなあ。そこまでソウルフルじゃないか。
どちらにしろ、この曲についてこうした思いを感じるのはまぎれもなく自分が80年代の音楽と親密な関係にあったからであって、かなりの目の曇りがあるということだ。
人によっては、まぎれもなく現在のサウンドとして受け入れるだろうし、90年代を思い出す人もいるだろう。
だからして、ある曲に対して同じような感想を持つ人と知り合ったら、大事にした方がいいよ。

■収録アルバム< Back Home ( バック・ホーム )>

So Tired ( ソー・タイアード ) / Eric Clapton

結局、国内盤を買ってしまいました。輸入盤が千円近く安かったにも関わらず。
他にもDVD付きなどというスペシャルパックも店頭に並んでいるうえ、米国ではiTMSでも既に販売されていて、アルバム購入はデジタルブックレットが付いてくる、ということなので、まさに百花繚乱のメディア多様化時代を実感するわけです。
なんで国内盤にしたかというと、今回は歌詞が重要なコンセプト・アルバムらしいので、訳詞を見たいと思ったこと、あとボーナストラックも例のコンピを買わなくて済むという点でラッキーなので。
全体としては<Reptile>から続くスコンと軽いサウンドで、あまりありがたみが感じられなかったジョー・サンプルが抜けたメンバーでの、バック・コーラス部隊が大きくフィーチャーされたアレンジとなっている。
そしてオープニングの『So Tired』。思わずクラプトンの例のニヤケ顔が浮かんできそうな楽しい曲で、サビのラインなんかは<August>の『Miss You』をソフトに作り直したような感じだ。
ウワサのエンディングの赤ちゃんの声だが、単に効果音として重ねているのでなくて、しっかり楽器としてサウンドの中にうまく組み込まれているあたり、なかなかのこだわりが感じられる。何回も聴きたくなるよね。
それより何よりスゴいのは、ジャケ中の見開き写真。アレを見たときの衝撃といったらゼップの5枚目<聖なる館>のジャケ中見開き以来だ。いや、これホント!

■収録アルバム< Back Home ( バック・ホーム )>

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プロフィール
ジェイ加藤
プランナー/コピーライター

結局クラプトンの魅力は、幾多の十字路で立ち止まり惑いながら、今なお現役で活躍していることに尽きるのではないでしょうか。辛口の発言も好きだからこそ、とご理解ください。事実誤認はご指摘のほどを。  
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