2006年12月24日

映画「戦争をしない国・日本」;政治評論家 本澤二郎

 友人に誘われて、完成したばかりの映画「戦争をしない国・日本」の試写会を覗いた。60年の平和憲法をめぐる日本人の誇れる歴史を、映像によって存分に紹介している。



監督は社会派ドキュメンタリーの第一人者の片桐直樹さんという。
 彼はこの立派な映画制作の背景説明をするくだりで、忘れていた戦後の3大労働争議といわれた東宝争議のことを口にした。
 東宝映画というと、岳父・広岡慎次を思い出す。慶応義塾から東宝に入り、占領下の一大争議のおり総務部長という厳しい立場にあった。そこで何をしたのか、しなかったのかを今は知る由もないが、当時は「一升酒を毎晩飲んでいた」と妻に聞いている。「母は酒のつまみを用意するのに大変だった」「叔父(社会党代議士)が2階に下宿していて、よく新聞記者が出入りしていた」とも。
 争議では、リベラルな映画人を追放する会社側人間として精神的苦痛を味わっていたろう。恐らく占領軍による「アカ狩り」の渦中に叩き込まれていた義父の苦悩はただ事でなかったはずだ。案の定、胃がんで長生きできなかったため、娘婿の筆者は会えなかった。故郷は親中派で周恩来と親しかった松村謙三と同じ富山県の福光町である。東京の自宅には北海道選出のぱりぱりの野党議員(晩年は衆院副議長)が待ち構えていた。争議後に東宝を辞めて全国の映画組合を立ち上げている。だから占領軍のいいなりになったとも思えない。
 片桐監督は「軍国少年として侵略戦争を見聞、敗戦で平和憲法を学んだ。もう二度と戦争はないだろうと思ってきたが、いまやとんでもない時代になり、映画人として何が出来るのか。過去を知らない日本人がいるのではないか。そう考えて戦後の日本人がどう憲法を守る戦いをしてきたのか、このことを基本テーマにして制作した」と話してくれた。
 もうひとつ深刻な事態も明かしてくれた。
 「映画は10月半ばに完成、マスコミに声をかけたものの取り上げてくれない。唯一、毎日新聞が掲載してくれたが、記者が書いた40日後(11月17日)に、それも都内版だった」
 元新聞記者の筆者の理解だと、このような歴史の真実を伝える映画をこそ率先、掲載することが従来、マスコミの大事な役割のはずだった。だが、現在は朝日新聞を含めて違うのだ。無論、NHKも、である。これこそが日本の本当の危機を象徴していまいか。
 所属している日本記者クラブでも、これの試写会をやる、という案内はまだ来ていない。どうやら、これはただ事でない。日本国憲法を守る市民・農民・労働者・学生・政党の戦後日本の民主運動の正確な記録を紹介しようとしない日本なのだから。
 すべての日本人、特に歴史を知らない政治家は見るべきだ。さらに近隣アジア諸国の学者や政治指導者も是非、この日本人の平和運動を学んでもらいたい。そこから今の日本政治・日本社会の真実を知ることが出来るだろう。歴史に党派性を持ち込んではなるまい。
 (DVD VHSの貸し出しは青銅プロTEL3358−8169)    2006年12月22日記

jlj001 at 21:25評論  この記事をクリップ!
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