2012年11月20日

本澤二郎の「日本の風景」(1202)

<小沢一郎の復権>
 小沢一郎を苦しめてきた陸山会事件に決着(11月19日)がついた。司法の全てを駆使して小沢有罪を勝ち取ろうとしてきたのだが、それを果たすことは出来なかった。司法の完敗である。背後の黒幕・CIAワシントンの陰謀から、小沢は見事に生還した。3年余の苦闘から解放された小沢の、永田町最後の戦いが、これから開始される。小沢新党「生活」に弾みがつく。この行方に注目が集まっている。最後の戦いは、CIA・財閥・官閥に操作されているメディア・マスコミである。


 それにしても「敵ながらあっぱれ」という言葉が聞かれそうである。彼は心臓の手術をしている。そうした中での人格破壊のマスコミ攻撃が、3年も続いたのである。これに耐えられる人間など、この世にいないだろう。
 あることないこと負の活字と映像が飛び交う中で、沈黙することはただ事ではない。大阪の橋下に至っては、週刊誌の1回目の連載で事実上、白旗を挙げてしまっていることからすると、小沢はやはり大した人物だ。正直、見直してしまった。
 自殺した中川一郎のことを思い出した。彼も随分マスコミに叩かれた。筆者もまともに批判記事を書いた政治記者だった。彼が台湾の蒋介石の手先になって、日中関係を壊そうとしたことについて批判した。
 自殺する直前だったと記憶している。事務所に行くと、憔悴していた中川は、一人でいた。そのときに彼は「マスコミ批判」についてさんざんにこぼした。彼は正直な人間だった。慰めるしかなかったので、筆者は「新聞に叩かれると、反対に同情する人も出てくる。そう心配しないで」と声をかけた。
 同じように今の小沢にも、相当の支持者がいる。かつて小沢批判本を書いた筆者でも、彼の「生活」が一番、まともな公約を掲げている。小沢が主導権を握れば、日本再生も夢でなくなるとの期待もあるからだ。
<小平になれるか>
 中国の今日を構築した人物は小平である。彼は1度ならず、2度3度と失脚したが、屈することはなかった。見事に復権して中国再生の基礎を作り上げた。
 江沢民・胡錦濤は小平人事だ。彼の教えから胡錦濤は、後継者を習近平に指名した。中国の政府・党の最大の課題は、腐敗である。これを前任者が厳命して、その地位を去った。新任の党主席は、これに勝利しない限り、党も政府も潰れると信じて、既に戦いを開始した。
 彼を天皇に引き合わせた人物は小沢である。日中関係の正常化は、小沢の手に握られている。財界は小沢を無視できない。日中関係をぶち壊した石原と野田の天敵は、小沢なのだ。
 小沢がボケ老人と野田ドジョウを退治すれば、日本の小平になれるのである。ワシントンの罠から生還した小沢が、このまま屈することはない。
<角栄の教訓を学んだ一郎>
 それにしても検察・マスコミ・CIAの悪しき野望を、いかにして逃げのびたのか?多少の推論になるが、彼は恩師・田中角栄のロッキード事件を熟知していた。
 報道によれば、小沢はロッキード裁判を傍聴していた。検察・裁判官の手口をじっくりと勉強していた。なにゆえ角栄は潰されてゆくのか、をじっくりと。
 彼の父親は苦学して弁護士になり、政界に出てきた。学生時代は自らも司法試験に挑戦している。刑事訴訟法を学んでいる。彼の周囲には、警察官僚の後藤田正晴や秦野章がいた。
 ロッキード裁判は、それこそワシントンから飛んできた事件である。角栄失脚を狙ったもので、司法手続きには問題が山積していた。免責を取引にして、検察にとって有利な材料を証拠とした悪辣なものである。
 当時、警視総監・法務大臣を歴任していた秦野からも、それらを聞いて知っているが、新聞テレビは報道しない。だから国民はわからない。
<酒におぼれなかった>
 角栄は心の底から、この野望に怒り狂ってしまった。盟友の大平正芳は、議員辞職で清算させようとしたが、ロ事件は中曽根康弘事件そのものと信じていたものだから、聞く耳を持たなかった。
 悪い奴が逃げのびて、無関係な総理経験者の俺をなぜ捕まえるのか、それこそ気が狂いそうだったろう。そうした事情をチャンスと見て、側近の竹下登と金丸信がクーデターを起こした。信長と光秀を連想させる。背後で中曽根も応援した。田中家と中曽根家は、今でも犬猿の仲のはずである。思えば、中曽根内閣は、中曽根が角栄秘書の早坂茂三に土下座をするところから始まった。
 筆者も1度、中曽根の「日本列島は不沈空母」とレーガン米大統領の前で発言したことに衝撃を受けて、直接角栄に「いつまで中曽根を支持し続ける気なのか」と問い質したことがある。そこに早坂も同席していた。意外や、田中が中曽根をかばったのに驚いたものである。
 ロ事件に続く竹下クーデターで、角栄の精神はボロボロになってゆく。酒におぼれる毎日だ。遂に脳梗塞で倒れてしまった。
 小沢も、そのことをよく知っている。彼は酒に逃げなかった。それが彼を小平に近付けたのである。角栄の教訓を私生活でも学んでいた。
<検察は証拠ねつ造機>
 裁判でも彼は、検察の手口を知っていた。警察官僚OBの亀井静香は「警察・検察は、男を女、女を男にする以外は何でもできる」と自らの経験則から指摘している。
 要するに、どんな人間でも有罪にできる、のである。法と証拠がその鍵だ。証拠をねつ造すればいい。有罪にできる証拠を作り出すのだ。これが検察の武器だし、しかし、露見すれば最大の弱点だ。その弱点を握ればいいのである。
<秘書の隠しマイクで逆転>
 秘書の取り調べに隠しマイクを仕掛けた。これによって検察の供述証拠は、実は誘導尋問でねつ造された、改ざんされたものであることが判明した。
 確か石川秘書と言った、彼が進んで仕掛けたのかどうか。弁護士の指示か、それとも小沢の意向だったのか。陸山会事件は、検察の裏をかいたことで、小沢は裁判に勝利した。
 ロッキード事件は、司法の独立が問われる裁判の典型となったが、小沢事件は司法そのものの犯罪が暴露される画期的な事件だった。
 検察は、こうした犯罪捜査から足を洗う必要がある。検察・警察改革は、この1点に尽きる。証拠はねつ造・改ざんはしない。不利な証拠も提出する義務がある。これを実行しないと、日本の司法は根底から崩壊するのである。
 小沢事件は司法の危機を露呈させたことになる。
<早坂茂三の予言>
 早坂茂三は東京タイムズ政治部の先輩である。ロ事件では角栄広報官として有名になった。その早坂が、小沢の将来にかけていたのである。
 今から20数年前にさかのぼる。北京で友人の中国人記者が元中国外交部OBで、中日友好協会副会長の肖向前を紹介してくれた。彼は、小沢のことを聞きだそうと執拗に、筆者に質問してきた。
 肖向前は中国知日派の第一人者で、日本の政界事情にもっとも詳しい人物だった。後に、筆者の中国における恩師となったすばらしい方である。日本の恩師は宇都宮徳馬だ。
 「どうして小沢に興味があるのか」と反論すると、彼は「先日、早坂が北京にきた。これからの日本は小沢の時代だと。それで小沢の人物像を知りたいのだ」と答えた。
 早坂は角栄から最初、苦労人の山下元利の面倒を見るように言われた。その次が小沢だった。小沢は細川護煕内閣を誕生させたが、その後は失敗の連続だった。ようやく天下取り、その段階で「第2の角栄人生」が襲いかかった。果たして20年遅れの早坂の予言は的中するか?
2012年11月20日10時10分記


jlj001 at 10:04 この記事をクリップ!
Archives
訪問者数

QRコード
QRコード
Recent Comments
Recent TrackBacks
livedoor Readerに登録
RSS
livedoor Blog(ブログ)