2012年12月14日

本澤二郎の「日本の風景」(1223)

<愚民の審判?>
 若者どころか年金生活者を含めて、先行き不透明な深刻な時代の到来である。そうした中でも、日本人の多くは愚民化政策に身を任せて、12月16日の投票日を迎える。世論調査の結果が実現すると、愚民の代表が政権を担当することになる。嘘の首相から、今度は軍国主義者の孫へと交代する。経済も外交も、悲しい残念な日本へと突入することになろうか。


<宇都宮弁護士と握手>
 日曜日の投票日に田舎に行くかもしれない。そう思って期日前投票をしたのだが、むろん、原発大反対の筆者である。一挙に自然エネルギー産業にテコ入れ、新たな雇用と安全な電力供給で日本を活性化するのが、当たり前の進むべき道である。都知事選は、石原後継や松下政経塾に投票するわけにはいかない。前日弁連会長の宇都宮健児に1票を入れた。

 偶然、12月13日午後昼過ぎに新橋駅を下車すると、西口の広場が人だかりで埋まっている。スピーカーからの演説は、いつもの右翼ががなりたてる騒音ではない。なんと宇都宮・都知事候補がマイクを握っていた。
 しばらく立ち止まって聞いた。「石原都政のトップダウンは反対。都民の目線の都政にしたい」「東京の放射能を徹底して調査、対応してゆきたい」と演説している。もちろん、聴衆は真面目な市民ばかりだ。ヤジひとつない。とつとつと語る宇都宮都政論の披歴である。終わると聴衆に向かって手を差し伸べてきた。こんなことも初めてのことだが、反原発派ジャーナリストの一人として、宇都宮と握手した。
 恩師の宇都宮徳馬と名字が同じというのもいい。「調子は上向いてきている」という。妻も「宇都宮に入れる」と珍しく耳打ちしてくれた。以心伝心か。
 ここにきて東電の内幕が、内部の改革チームによって明らかにされた。金もうけ優先で、安全を怠ってきたという事故検証である。東電自ら重大な過失を容認したのである。事故から1年9カ月も経っている。明らかに業務上過失事件だったのだ。津波対策を軽視した原発担当者と経営陣の重過失は、明白である。
 史上最悪の原発大惨事は、刑事事件なのである。それでも法務・検察は沈黙している。不思議な日本政府であろうか。
<埼玉からの電話>
 埼玉県の元自民党代議士秘書の荒船君が、久しぶりに電話をくれた。「暮れのマンドリン・コンサートに招待したい」というありがたい申し出である。
 マンドリンは明治大学マンドリンクラブが有名だ。一度だけ学生時代に、母校・中央大学マンドリンクラブの演奏を聞いたことがある。この記憶は、たまたまそこに出演していた女子学生と教職課程の実習(千代田区立九段中学校)で、一緒になったから印象に残っている。数少ない学生時代の懐かしい思い出となっている。
 やたらと過去が思い出される年頃かもしれない。首相時代の大平正芳が官邸内で「このごろ、昔の子供のころのことが次々と思い出してくる。幼いころ、遊んだ水田のあぜ道の1本、1本がくっきりと目に浮かんでくる」と語ったことを当時、不思議な思いで聞いていたのだが、それが今の自分にも当てはまる。
 ちょっとしたきっかけがあると、次々と昔が蘇ってくる。人間は老いると、幼児に戻るものか。マンドリンのコンサートに行くことになれば、それこそ2度目となる。
<東京新聞は真面目>
 彼は「ジャーナリスト同盟」通信を見てくれているようだ。本音の容赦のない論評に感動するというのだ。かつて自民党代議士の手足となって永田町と霞が関を闊歩してきた、今では1民間人である彼の心は曇っていないからである。
 自民党や霞が関や財閥のひも付きではない。目が澄んでいる。彼が愛読している新聞は、東京新聞である。昔は、筆者が書きまくっていた東京タイムズの読者だったという。
 「今日の東京新聞は原発の真実を特集していた。すごい内容で、読めば原発はいらないと誰しもが思う。東京新聞は頑張っている」とうれしい指摘をした。ひも付きのない澄んだ心の持ち主になると、皆同じ思いになるのである。
 荒船君は自己批判もした。「うちの代議士も東電から金をもらっていた。しかし、それが公表されることはなかった。反省している」というのである。
 政治家の全ては、献金を正確に届け出る義務がある。しかし、不条理な金は表には出ない。おわかりだろうか。電力料金は不浄な金と化けて政界と官界・言論界にばらまかれてきたのである。
<悪質な未来・嘉田誹謗ブログ>
 知り合いが、未来の党の嘉田代表を誹謗するブログがネット上に流れている、と連絡してきた。この日、偶然にも雑談した埼玉弁護士会の人権派長老に話してみると、なんと真っ向から否定された。
 「彼女には埼玉県に妹がいる。父親もいた。おかしな人ではない。それこそ右翼のいやがらせ・誹謗中傷のたぐいだ」
 日本だけなのだろうか。レッテル貼りで、相手を叩きのめす手口は、左右両翼とも好んで用いる。ものすごい差別社会は、今も根強いようだ。公安警察もそうで、これを右翼のメディアが飛びついて報道するからたまらない。
 言論による暴力は、たとえば「在日だ、部落だ」となじる風潮は、今も残っている。天皇制国家主義の残滓であろう。日本国憲法の精神に反する所業は、未だに消えようとしない。
 そう決めつけられる人間ほど努力している。成功者もいる。落馬して暴力団に入る者もいるという。これらは日本社会の差別・不健全さを物語っている。
<開明派と屈米派の攻防>
 余談だが、宇都宮徳馬は幼いころ、朝鮮軍司令官だった父親の太郎大将の元へと旅したことがある。彼は3・1独立運動の場面で、日本軍の発砲を禁じたことで知られる。
 父親は「朝鮮人は立派な人たちだ。決して馬鹿にしてはならない。お前は大人になったら、朝鮮人の女性と結婚しなさい」と息子を諭した。彼は大人になるまで、父親の言葉を信じて生きてきた、と筆者に述懐した。
 生前の宇都宮は、自民党きっての国際派で知られたが、それは父親の薫陶と無関係ではない。太郎は、陸軍参謀本部勤務時代は孫文とも密かに交流していたほどだ。当時、陸軍部内では長州の山形有朋派を北方派(清朝政府)、そして宇都宮の南方派(孫文革命派)に分かれていた。宇都宮は革命派の支援者だった。
 国際派は開明派なのである。昨今の屈米派は開明派では全くない。日米対等・アジア重視路線こそが開明派なのだ。現在の小沢の未来は開明派だ。安倍と石原とは対極にある。
 愚民は、ここまで思考が及んでいない。その審判は間もない。
2012年12月14日8時40分記


jlj001 at 08:33 この記事をクリップ!
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