2015年03月21日

本澤二郎の「北京の街角から」(33)

<一人っ子の一人っ子>
 中国の一人っ子政策は、それなりに必要な政策だったと思っているが、問題は一人っ子ゆえの家庭での甘やかせに、この国の見えにくい深刻さを露呈している点であろう。将来の中国社会のもっとも厳しい課題といっていい。彼らが指導層になると、どういう事態が起きてくるのか。想定できない課題が内外政で発生するだろう。中国政府は、この一人っ子政策に真正面から取り組む必要がある。公徳教育である。強く訴えようと思う。


<暴君そのもの>
 一人っ子への甘やかせについては、以前から聞いてはいたが、実際に2歳児を目の前で見てみると、それはひどすぎる。息子を育てた日本人経験者が、これまで見たこともない、異常な人間、それは暴君そのものを感じてしまった。
 なにしろやりたい放題、し放題の一人っ子である。物を手当たり次第につかんでは、それを投げ捨てる。しつけゼロである。ほしいものは何でも実現する。大人が拒否すると、大声で泣き出す。心の底から染み出るような悲鳴である。
 たちまち幼児の思いは実現する。途端にげろげろ笑う。天上天下唯我独尊という言葉を思い出してしまった。
 試みに10分ほど一人にしてみた。なんと居間が便所になってしまっていた。しばし呆然としてしまった。しかし、大人はそれをとがめてはいけない。一人っ子は暴君なのだから。
<修身はゼロ>
 日本は今がどうか知らないが、普通は迷惑をかけるような仕草や行動とると、本人をしかる。言うことを聞かないときには、親の養育権限でぶつことも。誤りを是正させる。これをもっとも大事な2歳や3歳から始める。
 そうして、まっすぐな人間に育てるようにする。もちろん、こうした当たり前のしつけをしない子供が、将来、問題を起しがちになる。大人になると、強引な体罰で子供を萎縮させる。その子供が、他人の子供に暴行を加える。
 最悪の事例は暴力団・やくざの予備軍になって、市民・社会を混乱させることになる。木更津レイプ殺人事件はその典型といっていい。つまるところ、幼児教育は社会の安定、健全な社会維持に必要不可欠である。
 やたらと路上につばを吐く大人たち、ペット犬を放して、路上に小便やウンチをさせる。これが悪いことだと考えていない。清掃員も大変である。自分の領域以外は、汚染しようがかまわない、そんな北京を連日、見せ付けられている。日本観光の中国人の驚きの第一は「日本は清潔」というのだが、その理由がここに来て初めて理解できた。
 儒家は修身斉家治国平天下を説いている。為政者への心構えでもあろう。身を修める・己の心を修めることが、人間の基礎となる。そうして家庭・家族を円満に守れる。
 そうした人間が世の中の指導者になり、世の中を安定させる。それゆえに、まずは修身が幼児教育に不可欠だが、それが一人っ子にはない。したがって、大人になっても家庭を円満に維持できない。家庭破壊・離婚は日常茶飯事だ。
 運よく官僚になっても、世のためではなく、自分のために行動する。最近、聞いた話では、かき集めた金を保管する住宅も手に入れていた腐敗官僚もいたらしい。
<日本首相を連想>
 中国の幼児を見ていると、つい失礼ながら日本国首相を連想してしまう。本人の趣味で仲間を集めて組閣する。自分のやりたいことは何でもする。日本国憲法など、どこ吹く風である。憲法が邪魔だと思いつめて、目下改悪の準備に専念している。隣国の不安など無頓着だ。
 過去のことは「先人のやったこと。自分に関係ない」といっていた伊勢参り大好きな女性が、側近として今大臣に起用している。

 なぜ日本だけ息苦しい憲法があるのか。70年経ったのだから、戦争放棄の憲法はいらない。新しく作ろう。これは自民党の綱領にもある。軍隊を持って何が悪い。自衛隊を有効活用して何が悪い。公明党・創価学会も全面的に強力してくれる。

 こんなことは当たり前のことではないか。これが目下の日本国首相の本心である。彼は一人っ子ではないが、祖父が一人っ子のように育てた結果だ。父親は、そのことで大学受験と卒業に政治力を使った、と聞いた。就職は祖父の政治力に頼った。修身斉家治国平天下の原則にもっとも遠い存在の首相である。暴君だ。
 アメリカ滞在では、悪い癖をつけて帰国した、とライバルの国会議員事務所で聞いたものだ。思うに、一人っ子の甘やかせは、将来の中国に禍根を残すことになりかねない。
<家庭・学校・社会の公徳教育>
 一人っ子の一人っ子の中国を見せつけられる方も疲れる。これは予想外のことであったから、余計に疲れる。これが今の中国なのだ。どうするか。いくらでも対策は打てる。
 「他人に迷惑をかけない人間になろう」「社会に迷惑をかけない人間になろう」という家庭・学校・社会での教育・公衆道徳をしっかりと教え込むのである。人間としての当たり前のしつけをすれば済むことである。
 このために受験勉強が遅れてもかまわない。受験科目にいれるといい。日本の大学受験にも問題があった。歴史を軽視してきた。たとえ歴史の試験をしたとしても、近現代史を意図的にはずしてきた。そうして歴史を知らない日本人を作り上げてきた。
 公衆道徳・公徳教育を重視することが、現在、もっとも大事なことである。
<新聞テレビの動員>
 正月テレビに78,9年の実録・小平物語を放映していた。少しばかり友人に手伝ってもらい、概要を知ったのだが、彼の初めての仕事は教育だった。
 外貨のない時代である。工面して外国から教科書を買い込んで、10年文革の空白を埋めた。そんな苦労など日本人の多くは知らない。中国人も、であろう。

 僕が中国の大地を踏んだのは79年12月、大平首相の中国訪問に特派員として同行することが出来たからである。しかし、人民大会堂での大平・小平会談について、定かな記憶がない。当時の国家主席は華国ホウである。なぜ小平との会談なのか、不思議に思ったくらいである。
 このとき日本政府は、政府開発援助(ODA)の供与を申し出た。改革開放政策は、そうして浮上したものである。大平さんは中国人民への報恩のまことを、日本の指導者として実行してくれた。
 戦後の日本指導者の中で、大平さんが一番いいことをしてくれた。このことに日本人は誇りに思ってもいい。ついでながら、この場面で日本政府は日中友好病院も贈呈した。

 公徳心は新聞テレビを活用すれば、効果はもっと出るだろう。公徳教育は大人たちへの教育でもある。親と子が一緒に見られる番組を、たくさん作り、それを繰り返し放映する。新聞でも訴えてゆく。これが今の中国でもっとも重要なことだろう。これは反腐敗闘争にもつながる。

 振り返って、現在の自民・公明の日本政府は、大平さんの努力を水泡に帰してしまった。このことに怒りを覚える。あわてて与党協議とかで2015年問題に蓋をかけようという姑息さが、妙に身勝手すぎる一人っ子人間の手口のように思えてならない。
2015年3月21日記


jlj001 at 09:14 この記事をクリップ!
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