2015年12月28日

福沢1万円札の秘密<本澤二郎の「日本の風景」(2217)

<アジア蔑視の福沢と日本政治>
 福沢諭吉というと、天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らずといえり、という彼の「学問のすすめ」の冒頭文しか知らなかった筆者である。名古屋大学の安川教授に出会って、初めて事の真相を知って驚いてから、かれこれ10数年になる。今回、同じく福沢研究の第一人者の鹿野政直著「福沢諭吉」(清水書院)を読んでみて、なるほど1万円札から姿を消さない秘密がわかってきた。アベノミクスですっかり価値を半減させてしまったが、それにしても福沢1万円札の寿命は長い。これこそが、日本の前途をも暗示している?

<前期の福沢は健全>
 下級武士の子として生まれた彼は、厳しい封建社会の身分制度に反発しながら成長する。福沢が塾で漢学を学ぶのは13、4歳と、決して早くはない。
 筆者にも少し似た経験があるが、彼は家々に祀られている稲荷や神札に疑問を抱く。本当に神罰があるのか?
 神札を踏んずけたり、あるいは狐を祀っているという稲荷(いなり)の中に何があるか。確かめると石だったり、木の札である。人々が稲荷の前でお神酒を上げたり太鼓をたたく様子を、馬鹿らしくて仕方なかった。「馬鹿め、俺の入れた石にお神酒を上げ、拝んでいるとは面白い」などと自伝に書き残しているほどだ。
 世の中の宗教的因習について、疑問を抱く好奇心旺盛な青年が語学にのめりこむ。学問への道は長崎での蘭学から、ついで黒船がやってきてからは英語へ切り替えた。今でいう語学の天才なのだ。討幕を目的とする当時の尊王攘夷論には、ほとんど関心を示さなかった。
<転機は欧米視察>
 当時、外国語といえばオランダ語であるが、彼はいち早く英語に切り替えたおかげで、幕末の幕府に仕える幸運を手にした。そして欧米視察の機会に恵まれた。このことが、啓蒙思想家としての契機となった。
 「西洋事情」を書いて世間の注目を集めた。本人も驚くほどよく売れたという。一躍国際政治学者となって、著述に励む。明治新政府が誕生すると、小さな慶應義塾にも熱を入れる。ついで「学問のすすめ」の出版である。
 語学の天才は、西洋の近代文明社会を紹介しながら、封建遺制からの脱却を訴える著述活動に専念、一躍啓蒙思想家の地位を不動のものにしてゆく。
 この「学問のすすめ」で、福沢は「一身独立・一国独立」の必要性を説いた。前者は、おそらく儒学の「修身斉家」からのヒントであろう。この主張は正しいのだが、いまの日本は、一国独立を実現していない。それは為政者が、一身独立をしていないからである。
 これを実現しようとした政権は、これまでのところ鳩山由紀夫内閣である。それゆえに極右とCIAにつぶされてしまった。安倍内閣は、鳩山とは正反対のアメリカ属国路線である。泉下の福沢の嘆きはいかばかりであろうか。
<後期の脱亜入欧・アジア蔑視>
 福沢後半の主張は、筆者の目には天皇制国家主義の擁護者そのものであり、とても評価に値しない。それどころか、半島や大陸の腐敗政権をよいことに、これを退治することが日本の使命というような、獰猛な侵略と植民地政策を推進する主張へと変わる。
 したがって、政府攻撃に命を懸ける自由民権運動に対して、公然と批判を加える福沢である。明治政府お抱えの広報宣伝に突っ走る。それを新聞「時事新報」を使って爆発させてゆく。
 今でいう読売・産経であろう?ひょっとしてナベツネは福沢気取りかもしれない。これを可能にするためには、富国強兵策の推進となる。日本帝国主義論者として、政府のお尻を叩いてゆく。
 戦争国家日本を推奨するような福沢は、いわば極右思想の権化といっていい。天皇のために死んでゆく青年を祀る靖国神社に「天皇自ら参拝せよ」とも訴えてゆく天皇主義者ともなる。
 そこからは民主主義者という福沢イメージは、まったく見えてこない。それでいて、なぜ21世紀日本の1万円札なのか。これが不思議でならない。
<財閥擁護の福沢>
 要するに、アジア蔑視の福沢・富国強兵策の福沢の主張の先に、日清・日露戦争があり、ついで半島と大陸への侵略・植民地政策へ発展、結果、日中戦争・日米戦争で滅亡した。そして戦後70年においても、福沢1万円札は生きている。ここに今の日本の、秘匿された極右の野望を見て取れる。
 初期の福沢は頼もしい日本人だった。後期の彼は、軍国主義者・帝国主義者である。平和を愛する日本人とアジアの敵である。それでいてなぜ1万円札か。
 福沢のもう一つの顔は、政商・財閥擁護にある。「強い日本」は、強い経済力を必要とする。資本との提携である。財閥と共にある。ここがポイントである。
 お金を印刷する大蔵省・財務省は、財閥の霞が関支店である。そこで福沢は浮上したものだ。自公政権を操る財閥の野望を見て取れる。
 慶應義塾には、出来の悪い財閥・財界人の子弟が入門する大学で知られている。財閥は、東大OBの官僚を天下りさせて配下にしている。興味のある御仁は、名古屋大学の、現在は名誉教授の安川本を読むと、福沢の正体を容易に理解することが出来る。
2015年12月28日記(武漢大学客員教授・・日本記者クラブ会員)

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