2008年07月07日

最果タヒ

最果タヒ(さいはてたひ、1986〜)。神戸市生まれ。京都大学在学中。アート雑誌『アンプル』の代表を務める。2006年、第44回現代詩手帖賞受賞を受賞。2007年、第一詩集『グッドモーニング』(思潮社、2007)を刊行。2008年、同詩集により第13回中原中也賞を受賞した。

まだ『現代詩手帖』を定期購読していた頃、投稿欄でしばしば最果タヒの名を見かけた。あるとき、ふと、「タヒ」を横書きにすると「死」に見えることに気付き、そのことが記憶に残っていたのだ。しかし当時の作品については印象に残っていない。既にボクが熱心な読者ではなくなってしまっていたからだろう。そこで日々ノさんからリクエストを頂き慌てて『グッドモーニング』を読んでみた次第だ。

さて、その印象はというと、周到に用意された、あるいは無意識に構想された、螺旋構造ということだ。この詩集は最初の作品「0」を含む「yoake mae 1」から始まって、「yoake mae 5」までの5章ならびに「good morning」の章、そして「あとがき」を通じて「0」に戻る。しかも再び「0」に立ち返ったときには、平面的に見れば同じ原点でありながら次元の異なる場所にいる。そのようなことを思わされたのだ。

著者の筆名から予想された最果て=死へのタビではなく、原点に立ち戻って新たな生を生き始める再生と無限螺旋の旅。詩集『グッドモーニング』対するボクの印象はそのようなものだが、この印象があたっているのかどうかは、ぜひ実作を読んでご確認頂きたいところだ。




インターネットで読む最果タヒ

チョコレートハイスクール
『グッドモーニング』に収録された「苦行」、「術後」、「空走距離」、「小牛と朝を」に加えて、最初期のものと見られる「まみむめもについて」や6首の連作短歌「花狂」などを読むことができる。
  
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2007年12月18日

井川博年

井川博年(いかわひろとし、1940〜)。福岡市生まれ。松江工業高校造船科卒。

井川さんの詩は不思議な詩です。力まず肩肘張らず日常の1コマを切り取ってきただけといった風情なのですが、それでも詩として成立してしまう。日々の暮らしに潜むシャッターチャンスを見抜く眼力、その一瞬をきちっと切出す鮮やかな手つき、そういったところに井川さんの詩のマジックがかくされているのでしょうか。




インターネットで読む井川博年

井川博年集
「Internet Web上での詩的空間の創出を試み」るPOETICA IPSENONイプセノン現代詩文庫より。初期の詩集『見捨てたもの』と『深夜放送』の全編に加え、80年代の詩集『胸の写真』と『待ちましょう』から計15編が収録されている。


余白句会会館
小沢信男を宗匠とする詩人を中心にした句会のサイト。井川の俳句作品はもちろんのこと、井川が編集・発行人を務める句会録を読むことができる。


矮猫のおすすめ

幸福.思潮社.2006
現代詩手帖に連載されていた『詩「のようなもの」』の各作品を中心に2001年以降に発表された25編を収録。敢えて技巧を廃した散文形式を採用することで却って普遍性を獲得する。それはそれで極限的な技巧と呼ぶべきだろうか。なんとも不思議な詩集である。
  
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2007年12月10日

四元康祐

四元康祐(よつもとやすひろ、1959-)。大阪府・寝屋川市生まれ。上智大学英文学科卒。

ボクが四元さんの名を始めて知ったのは1991年のこと。デビュー作『笑うバグ』(花神社)を紹介した記事が雑誌『詩学』に掲載されていたのでした。財務や会計の理論といった斬新な題材を作品化し、谷川俊太郎に絶賛されたといった内容のものでしたが、なんとなくキワモノっぽい気がして詩集を手に取るまでには及びませんでした。

それから十余年の歳月が流れ、四元さんは再びボクの前に現れました。今度は傑作『世界中年会議』を引っさげて。そのころボクはちょうど四十歳を迎え、中年としての生き方を模索していたところでしたし(ちょっと大げさ)、ほんの少しは経済的な余裕が出てきたこともあって、早速、アマゾンで購入。それからしばらくは『笑うバグ』も買っておけばよかった、と後悔しきりでした。それほど、この詩集はボクにとって衝撃的だったのです。

三度目の出会いは2004年のこと。ひょんなことから四元さんが勤めていた会社とボクの勤め先との間にちょっとした関係が生じ、他の部署の同僚から舞い込んできた電子メールのCC欄に四元さんのアドレスを発見したのでした。よほどファンレターをメールしようかと思ったのですが、なんとなくご迷惑をお掛けしそうな気がしてついに出さずしまい。そのこともちょっと後悔しています。

その後、四元さんは会社をお辞めになられ、今では詩壇を代表するような活躍ぶり。もちろん比べるべくもないことですが、こちらは依然としてサラリーマン暮らしを続けています。四元さんには遥かに及ばないながらも、なんとかかんとか、詩にしがみつきながら……。

※略歴の出典は四元康祐詩集.現代詩文庫.思潮社.2005です。




インターネットで読む四元康祐

四元康祐・詩のホームページ
『世界中年会議』所収の「回路」を始め自作15編が掲載されている。恐らく著者自身による英訳も添えられており興味深い。もっとも英語と日本語とどちらがオリジナルかは定かではないが……。


週刊詩劇場「声の曲馬団」
朝日新聞社のウェブサイト「asahi.com」の文化・芸能のページに連載されたもの。既に連載は終了していますが四元さんの作品13編が公開されています。またFlash版では朗読を聞くこともできます。


矮猫のおすすめ

四元康祐.世界中年会議.思潮社.2002
幻の(?)処女詩集『笑うバグ』から11年。四元はその長い沈黙の間に自らの詩法を深め更なる詩の領土の拡大を実現したのだろう。子育てや異国での生活、そして中年として生きること、こうした個人的な日々の暮らしを表現の根拠におきながら、21世紀初頭の世界の全体像を提示しようとしているように思われる。


四元康祐詩集.現代詩文庫.思潮社.2005
子育てや会社生活といった日常的なものから、中原中也やダンテ、キーツといった詩人たち、また、これまで詩に取上げられることのなかった金融理論やマンガ、アニメといったものまで。四元の手にかかれば詩にならないものはないといった感さえある。四元は、その豊かな想像力と巧みな比喩力によって詩の領域を拡大しつつあるのだと思う。
  
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2007年11月30日

清岡卓行

清岡卓行(きよおかたかゆき、1922〜2006)。中国・大連生れ。東京大学文学部仏文科卒。

ボクにとって清岡さんは文学史上の人物として登場しました。清岡卓行といえば『アカシアの大連』と機械的に暗記させられるアレです。そのためか同時代の詩人として興味を持つに至ったのはごく最近のこと。例えば「ひさしぶりのバッハ」のような晩年の作品を『現代詩手帖』で読むようになってからです。そのせいでしょうか、清岡さんと聞くと、日常的な素材を扱いながら一瞬にして思いがけない美の高みに到る、その跳躍力のようなものが先ず思い浮かぶのです。

※略歴の出典はWikipediaです。




矮猫のおすすめ

一瞬.思潮社.2002
2002年度現代詩花椿賞受賞作品。日常的な素材を扱いながら一瞬にして思いがけない美の高みに駆け昇る――清岡の晩年の作品の特質をもっとも顕著に示した詩集と言えよう。
  
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2007年11月29日

リクエストはこちらにコメント願います

なんと2年半もお休みしていましたがそろそろ再開したいと思います。どうぞ、よろしく。

なお事情により掲示板を閉鎖することにしました。載せたい詩人のリクエストがございましたら、この記事にコメントしてみて下さい。  
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2005年05月02日

三角みづ紀

三角みづ紀(みすみみづき、1981〜)。鹿児島県生まれ。東京造形大学デザイン学科在学中。

膠原病、全身性エリテマトーデス、「おまけに右脳に穴まで」、こうした宿命的な病いを抱えた詩人ではあるが、その作品は必ずしも過酷な宿命に沈潜していない。その沈潜していないところにこそ、現代詩手帖賞や中原中也賞に相応しい瑞々しさが感じられるのだが、詩人本人は、そのことに気づいているのかどうか。

もとより才及ばず、まして歳経れば錆を帯び、瑞々しさなどすっかり失ってしまった身ではあるが、嫉みと映ろうが妬み聞こえようが敢えて言っておきたいことがある。もしも新聞が伝えたように、現代詩手帖賞の受賞によって自分をいじめた人々を少しはオウバアキルできたなどと、あなたが本当に思っているのだとしたら、それは詩からは遥かに遠い言葉であると。復讐として書かれた詩は復讐の域を超えられるはずがないのだ、と。

もっとも復讐の手つきも文学的たくらみというか、方法論的な自己演出であったりもするから、詩人ってやつらは一筋縄にはいかないものだが……。




インターネットで読む三角みづ紀

オウバアキル社
三角の個人サイト。携帯電話で見たほうがそれらしく見えるようだ。恐らく初期の作品と思われる40編強の詩が公開されている。


ニンゲンイジョウ
三角のウェブログ(ここと同じライブドアです)。著者の日常を垣間見られ、ファンであれば好奇心を満たすことできそうだ。
  
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2005年03月13日

辻井喬

辻井喬(つじいたかし、1927〜)。東京都生まれ。東京大学経済学部卒。本名は堤清二。2005年3月に証券取引法違反容疑で逮捕された前コクド会長・堤義明の兄であり、自身もかつてはセゾングループの代表を務めた。

辻井は実世界ではいつも「暗い空」を仰ぎながら何かを変えようともがいてきたのだろう。若い時分には社会主義革命に、長じては「おいしい生活」の普及に、変化の駆動力を求め、結局は果たせなかったのではないか。しかし、その想いは、「大胆な自己革新を行う運動体」としての伝統という、斬新で力強い伝統観に結実し、辻井の詩業を支える通奏低音になっているのだと思う。




矮猫のおすすめ

詩が生まれるとき――私の現代詩入門.講談社現代新書.講談社.1994
詩の誕生する場所、詩とメッセージ、詩とは人間のどんな営みか、詩と外界、詩と自然、詩と共同体、詩と想像力、の7章からなる「"実作者"の"詩学"」。社会からの孤立と歴史的伝統からの孤立によりもたらされた衰弱から、いかに詩を甦らせるか、という問題意識が全編を貫いている。


伝統の創造力.岩波新書.岩波書店.2001
社会からの孤立と歴史的伝統からの孤立という現代詩の問題を追究し、「大胆な自己革新を行う運動体」としての伝統という、斬新で力強い伝統観を確立。衰弱した日本の文化・芸術・社会への処方箋を提示した。
  
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2005年02月14日

小池昌代

小池昌代(こいけまさよ、1959〜)。東京生まれ。津田塾大学国際関係学科卒。現代詩花椿賞(1997年、『永遠に来ないバス』)、高見順賞(1999年、『もっとも官能的な部屋』)受賞。




インターネットで読む小池昌代

「"rain tree"の詩人たち」から
詩人・関富士子のweb版個人誌『rain tree』の寄稿者別掲載作品一覧。小池の作品は詩10篇、エッセイ1篇が掲載されている。関による執筆者紹介「小池昌代の生まれたての詩」は実に的確。「平易な表現でありながら、詩で書かれた哲学のような趣がある」とする指摘はまさに小池の詩の本質を言い当てている。
  
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2005年02月07日

白石かずこ

白石かずこ(しらいしかずこ、1931〜)。カナダ、バンクーバー生まれ。早稲田大学芸術科卒。白石かずこの詩はジャズだ。黒いリズムと絡みあうブルージーな旋律から、黒い汗の匂いが立ち上がってくる。ここでは苦悩も孤独も愛も官能も全てが黒く香る。薄い皮膚を剥がしてみれば人間は誰しも赤黒い生きものなのだと感じさせる。  
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2005年02月03日

河津聖恵

河津聖恵(かわづきよえ、1961〜)。東京生まれ。京都大学文学部独文学科卒。第23回現代詩手帖賞(1985)、第53回H氏賞(2003、『アリア、この夜の裸体のために』)受賞。




インターネットで読む河津聖恵

「"rain tree"の詩人たち」から
『rain tree』は詩人・関富士子の同名個人誌のweb版。親切なことに執筆者毎の掲載作品・記事のリストが用意されている。しかも、そのメンバーが実に豪華。河津の作品は詩10篇、批評・エッセイ等8篇が掲載されている。関による紹介文「河津聖恵の仕事っぷり」も興味深い。


「夢の光に、とまぼろしはつぶやく」
『出版社ふらんす堂のホームページ』に掲載されている「夢の詩」シリーズの第7作目。夢の中で天使長が告げたという「心のことは、奥の奥の出来事は、だれにもわかりません」という言葉が印象的。
  
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