野崎次郎のボケ作日記

日常生活と現代思想・文学。歴史=物語論

シンポジウム「TPPと国民国家」を企画した

シンポジウム「TPPと国民国家」を企画しました。
7/28(日) 1:00pm〜4:00pm。
パネリストは堀茂樹(慶応義塾大学SFC)、内田樹(凱風館)、田中秀臣(上武大学)の三氏。
司会は野崎次郎(関西大学)です。
場所は大阪近辺。
その他詳細は未定です。決まり次第アップします。

謹賀新年 2013

あけましておめでとうございます。昨年中はお世話になりました。今年もよろしくお願いします。

昨年は、現象学研究会、吉本隆明研究会、市民社会研究会、シャンソンとお菓子の会、関西ベルギー研究会、そしてフランス語でレヴィナスを読む会と学生なみの勉学体制で週末はほとんど埋まるという状況でした。そして毎週火曜日には凱風館ゼミ。

さらにそれに加えて、2月にはバリ島旅行、3月にベルギー旅行、6月にフランス語教育学会で「ベルギーと言語戦争」の発表、7月にダーバンでのフランス語教師世界大会、8月に2泊3日の初めての入院で大腸ポリープの切除手術、9月に田中秀臣、麻木久仁子、金子洋一、稲葉振一郎諸氏とトークイベント(1.6に追記)そして『関西大学西洋史論叢』第15号 (pp. 57-62) に「ブリュッセル旅行記」を発表(1.7に追記)、11月に熊本でフランス語教育学会、12月に凱風館ゼミで「TPPについて」の発表と人間ドックで胃の内視鏡検査(そのときに赤い吹き出物ができていたので生体検査)とてんやわんやの1年でした。

これらすべての活動は収入には結びつくものではないので、晴耕雨読の生活に入っているといえば言えるかもしれない。「晴耕」の部分を「清掃・料理」と置き換えれば、そう言えるだろう。料理もいろいろと新しいレパートリーに挑戦できた。機会を作ってくれた友人たちに感謝したい。私の「女子度」はかなり高いそうだ。これでいつでも「お嫁」にいけるかな(笑)。

紙媒体の年賀状は今日やっと投函できた。年賀状を送っていない方々のために、以下にそのコピーを掲げます。それを見て紙媒体の年賀状がほしくなった方は、私宛に年賀状を送ってください。折り返しお送りします(笑)。

----- ここから

Bonne et Heureuse Annee !

 新年あけましておめでとうございます。

 ひとりの時よりふたりでいる時の方が寂しさは増すということを、原田知世&松任谷由実「ダンデライオン」をひとりで聞きながら実感しつつ、新春の朝を迎えています。

>とても幸せな淋しさを抱いて これから歩けない
>私はもうあなたなしで

やっぱり、ユーミンはいいなあ。

 今年もよい年でありますように。今年もよろしくお願いします。


2013年 元旦

----- ここまで

本年もよろしくお願いします。

TPPについて(レジュメ)レジュメ連載2012

ブログの更新がなかなか進まない。ツイッター(@jiro50)にはまりすぎているからだろうが、ツイッターでつぶやくとなかなか論文はおろかブログのほうまでエネルギーが向かなくなる。とはいいながら、論文の手前の小文をアップする。内田樹主宰の「凱風館ゼミ」で「TPPについて」の発表が当たっていた。12月4日のものである。なんか「政局」にあわせたような形になって不本意だが、4月にテーマも日程も決まっていて、この日になった。なにかご参考になれば幸いです。

ここから----------------

TPPについて

凱風館ゼミ 2012.12.04
野崎 次郎

0. はじめに
0.-1. 孫崎亨(うける)が的確に述べているように、「戦後の日本外交は、米国に対する「追随」路線と「自主」路線の戦い」(『戦後史の正体』)であった。TPP問題はこのような大きな流れのなかに位置づけながら考える必要がある。
0.-2. 1995年郵政民営化路線→2005年小泉劇場は、ゆうちょマネー、かんぽマネーをアメリカ資本へと譲り渡すためのものであり、それはTPPへの道筋をつけるためのものであった。実際、Kampoはガン保険の新規契約を取りやめ、テレビはアメリカの通販生保のCMであふれかえっている。TPPにより、日本は米国の軍事的属国以上に、経済的属国、政治的属国となろうとしている。
0.-3. 2009年民主党の政権交代が間違っていたというのではなく、むしろ政権交代は「民主党のクーデター」(執行部「トロイの木馬」)による、鳩山、小沢などの粛清、追放を通して頓挫させられたものととらえなければならない。「鳩山迷走」も「小沢裁判」も司法・検察、官僚、マスコミを巻き込んだ「自立派」と「追随派」との「権力闘争」であった(である)と言えよう。
0.-4. そういう状況下では、情報操作に対する警戒が必要であり、私たちとしてはtwitter, FB, IWJ, ニコニコ動画などマスコミとは違った別の回路での情報収集が不可欠であり、情報リテラシーを身につけていかなければならないだろう。

1. TPPとは?
1-1. Trans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement(環太平洋戦略的経済連携協定、環太平洋経済連携協定)、たんに短くTrans-Pacific Partnership の頭(かしら)文字でTPP。2006年5月、シンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドの4カ国で締結されたEPA経済連携協定 Pacific 4 (P4) が源流。2010年3月にアメリカ、オーストラリア、ペルー、ベトナムが加わり、8カ国で交渉が開始され、10月の会合からマレーシアが参加し9カ国が交渉中。さらに日本、カナダ、メキシコが参加の意向で現在、12カ国。
1.-2. 中国、韓国、ロシアは入っていない。「東アジア共同体」(鳩山構想)とは両立は難しい。東南アジア諸国連合ASEAN+3(日中韓)あるいはASEAN+6(日中韓とインド、オーストラリア、ニュージーランド)という経済連携にはアメリカは入っていない。アメリカはこれらの国々および中国がやがてTPPへ加盟するよう望んでいる。
1.-3. 域内での聖域なき関税撤廃を目指す、といわれているが、これは自由貿易圏の拡大なのか。自由貿易協定といえるものなのか。単なる経済協定以上のものなのか。さらに「条約」ではなく「協定」と呼ばれている点にも注意が必要。

2. 自由貿易とは
2.-1. 貿易赤字、黒字に一喜一憂するのは重商主義的発想に基づいている。近代経済学によれば、一方が儲かれば他方が損するという重商主義的なゼロサム(総計ゼロ)的イデオロギーから脱して、「比較優位説」(リカード)に基づいて一方が儲かれば他方も儲かるというウィン−ウィン関係として経済を考えている。(ちなみにマルクスも「搾取」の根拠を「等価交換」に見ている。)グローバリゼーションの時代にあっても、自由貿易はそのような形で進まなければならないはずである。そのために各国の主権としての「関税」「規制」の自由が認められている。

3. TPP反対運動の問題点
3.-1. 農協などを中心に「日本の農業を守れ」という形で反対運動が激しいが、TPPは単なる農業問題ではない。マスメディアは、関税が撤廃されることで、日本のコメ(778%の関税)よりもはるかに安いアメリカのコメが輸入される、牛肉が安くなる、アメリカで自動車(乗用車で2.5%、トラックで25%の関税)が輸出しやすくなるというような点に注目している。関税が撤廃されることで輸入品が海外から安く買え、海外への輸出品が売れやすくなる。農業と工業のどっちを取るかという形で議論されている。
3.-2. 輸出を増やせば経済成長率を増やせるというのは、日本のGDP(国内総生産)のうち輸出の占める割合は10数%にすぎないので、議論のすり替えである。(確かに企業は海外に進出しやすくなるし、海外から進出されやすくなる。)日本農業の問題点、すなわち農協(減反、兼業農家への補償)およびそれに関わる役所(バター)などの既得権益の問題もあるが、それはTPPとは別個の問題である。
3.-3. 主要な問題はそこにはない。モノだけでなく、金融サービスや投資(郵貯利率の民間レベル化)、医療(混合医療の自由化、医療の商業化、国民皆保険という公的保険制度の廃止)、食糧表示(遺伝子組み換えの表示義務の解除)、知的財産(インターネット規制)など24分野にまたがる交渉が進められている。交渉内容は公表されず、交渉参加者は協定発効後四年間の守秘義務が課せられ、全容は明らかになっていない。交渉中だから当たり前? 途中から脱退するのは難しい。にもかかわらず交渉に参加しないと全容がわからないという。なので「国民的議論」をしてからいうお話は、まやかし。リークされてくる情報で議論するしかない。
3.-4. もっとも大きな問題は、「非関税障壁」に関わるISDS条項(ISD条項)である。それはInvestor State Dispute Settlement(投資家対国家の紛争解決)という仕組みである。外国投資家が企業の利益活動を妨害したとして投資先の国の政府を訴えることができる仕組みである。裁定を下すのは、世界銀行(総裁は歴代アメリカ人)傘下の「国際投資紛争解決センター」。審理は公開されず、一審性。(メキシコやカナダの例)
3.-4-1. 審査の内容は「政府の政策が投資家にどれくらいの被害を与えたか」であり、「その政策が公共の利益のために必要なものかどうか」は考慮されない。
3.-4-2. 訴えられた国が負ければ、賠償金を払わされるだけでなく、その規制の変更を求められることもあり得る。例えば、企業が遺伝子組み換えの表示義務によって不利益を蒙った場合、規制の変更(表示の義務解除)へと進むこともあり得る。
3.-5. ラチェット規定。ラチェットとは一方にしか動かない爪歯車のこと。一度自由化したものは後戻りできないという規定。米韓FTAでの牛肉の例(狂牛病BSEのあとでもアメリカから牛肉輸入を強いられた)。
3.-6. このようにとりわけISDS条項やラチェット規定は、「関税障壁」に限らず「非関税障壁」の解除を求めるものであって、国家主権を脅かしかねない。
3.-7. さらに国際法上、「条約」(国会で批准)は「国内法」に優先されるが、「協定」は国会での批准は必要ない(とオバマ大統領は2012年秋?に述べていた)。

4. 違法ダウンロード刑罰化→ACTA→TPPという流れ(インターネット規制)
4.-1. 「刑事罰化法」(2012.6.15可決)によりYouTubeなどで違法にアップロードされたものをダウンロードした場合処罰されることとなった。2012年10月1日から施行。有償著作物を無料で手に入れることができるようにしたことで、売り上げ減に繋がるので、模造品(コピー)の販売と同様にみなされたわけである。被害者からの被害届が必要な親告罪である。
4.-2. ACTAとは、「偽造品の取引の防止に関する協定」Anti-Counterfeiting Trade Agreement の頭文字。偽造品やインターネット上での著作権侵害を取り締まるための国際的な法的取り決め。
4.-3. パソコンでのコピーとは、実は、定義がやっかいである。バッファリング(ダウンロードしながら再生)とダウンロードした後HDに保存とは、パソコンにそのファイルが残っているかいないかであり、ダウンロードとはまた別の事柄…。
4.-3 違法なダウンロードが疑われたとき、ネット回線の強制切断が行われ、パソコンへの強制捜査が入り、パソコンの内容すべてが警察に調べられる。ACTAでは、親告罪ではなく、非親告罪、すなわち被害者(著作権者)からの親告がなくても、捜査に入ることができる(正確に言えば義務ではない。TPPでは義務づけている)。反対派は基本的人権(表現の自由、通信の秘密)が侵害されるとしている。いわゆる「別件逮捕」に繋がりかねない。「現代の治安維持法」。インターネットの萎縮に繋がる。
4.-4 日本では2012年8月、野田首相の問責決議が参議院で可決されたことにより、委員会では田中真紀子委員長の下、もともと日本が提案していた協定でもあり、たいした審議もなされず「模造品(コピー)の販売はよくないだろう」という程度の認識で、民主党単独で強行採決され、8月3日参議院本会議で可決。衆議院に送られた。2013年5月に発効予定とされているが、大規模な反対デモをうけてヨーロッパ議会の否決にあっているので、先行きはわからない。

5. 「TPPおばけ論」とは前原の命名。情報公開されないことによる国民の不安をあおる「TPP反対論」をそのように名づけた。「サルにもわかるTPP」などを読むと、実に恐ろしい世界が待っているようにも読めるので、一概に否定しきれないが、根拠は薄い。私たちはサルにならないように気をつけましょう!

6. 「サブ政治」(ウルリッヒ・ベック)ということ。
6.-1 このようにTPPは、国民国家のレベルを超えて、多国籍企業(グローバル企業)というエージェント(これはもはやアメリカの企業というより、多国籍化している「日本企業」——米倉経団連会長が会長を務める住友化学(モンサント日本法人)など——もそこに入る)およびそのロビーイストが、国際的国内的な経済政策を決定し、世界標準としてアメリカン・ルールを国民国家に押しつけてくるシステムであると言えよう。このようなシステムをベックは「サブ政治」と名づけたが、他方で、このようなシステムに対抗するのにいままでの「国民国家」のレベルだけでは対抗しきれないとも述べている。つまり「超国家的な依存関係という密接なネットワークの創造が貴重な制約となって、…このことを自覚する政治によってのみ、ナショナルな自立の回復を果たすことができる。同時に、きわめて流動的な世界経済の権力獲得に対するナショナルな自立もそれに伴うのである。」
6.-2古典的なタームで言えば、国際的な連帯といえようが、いま必要なことは「国民国家」へと閉じることではなく、「国民国家」としての自立を目指しながらもグローバリゼーションとはまた違った意味でのグローバルな連帯を模索することではないだろうか。「サブ政治」に対して、堀茂樹(@慶応大学SFC)は「サブ政治」というよりも「階級闘争」ではないかといっている。1パーセントの富めるもの対99パーセントの富まざるものとの間の階級闘争である。マルクスのひそみに倣って、今さらながらに「万国の労働者、団結せよ」というスローガンをかかげるべきだろうか。




参考文献
孫崎亨『戦後史の正体 1945-2012』創元社、2012. 8
森ゆうこ『検察の罠 小沢一郎抹殺計画の真相』日本文芸社、2012. 5
津田大介『ウェブで政治を動かす!』朝日新聞出版、2012. 11
中野剛志『TPP亡国論』集英社文庫、2011. 3

齋藤幸雄「マスコミが報道しない小沢一郎の英雄的行為とは何だったのか?」http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=270658
山崎淑子の「生き抜く」ジャーナル http://enzai.9-11.jp/?p=12455
上村シーラ千賀子「経済植民地化、もう一つの日本侵略計画」in チャンネル桜
http://www.youtube.com/watch?v=q63-35zmH8g&feature=youtu.be
安田美絵、Project99%「サルでもわかるTPP」
http://luna-organic.org/tpp/tpp.html
山下一仁「コラム:日本がおびえる「TPPおばけ」」
http://jp.reuters.com/article/jp_forum/idJPTYE8AQ01N20121127

日本経済新聞社『90分解説 TPP入門』日本経済新聞出版社、2012. 2
若田部昌澄、栗原裕一郎『本当の経済の話をしよう』ちくま新書、2012. 8
麻木久仁子、田村秀男、田中秀臣『日本建替論 100兆円の余剰資金を動員せよ!』藤原書店、2012. 2
ウルリッヒ・ベック『世界リスク社会論 テロ、戦争、自然破壊』島村賢一訳、ちくま学芸文庫、2010. 9

ここまで----------

9月8日(土)のトークイベントに変更があります

9月8日のトークイベントですが、変更があります、若手保守は時間の都合で仕事が終わってから駆けつけてくれる予定です。麻木久仁子、金子洋一の両氏に交代です。

テーマも若干変更になります。「デフレからナショナリズムまで、時事問題を語る—『ポパーとウィットゲンシュタイン』刊行20周年記念トークイベント— 」

田中秀臣君のブログは以下の通り

http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/20120829#p1

『ポパーとウィトゲンシュタイン』(国文社)訳者あとがき あとがき連載1992

『ポパーとウィトゲンシュタイン』訳者あとがき

 本書は Dominique Lecourt, L'Ordre et les Jeux : Le positivisme logique en question, Grasset, 1981 の全訳である。原著のタイトルは直訳すれば、『秩序とゲーム――問われている論理実証主義』という程度の意味であるが、邦訳タイトルは本書のようにした。
 筆者のドミニック・ルクールは、日本においてまずエピステモロジー(認識論)に関するバシュラールのテクストの抜粋集『科学認識論』(竹内良知訳、白水社、1974年)の編者として知られている。論文の翻訳は知見のおよぶかぎり『現代思想』(1980年4月臨時増刊号、青土社)のバシュラール特集号に掲載された「バシュラールから史的唯物論へ」(竹内信夫訳)があるのみである。また、本書の第4章については、すでに今村仁司・中村秀一の両氏による翻訳が「欺瞞なき哲学のために――シュールマテリアリスムについて」というタイトルで『現代思想』(1983年3月号、同年4月号)に2回に分けて掲載されている。
 単行本の翻訳は本書が最初のものであるので、彼の著作活動について概略を述べておこう。著作リストは以下の通りである。
1) L'Epistemologie historique de Gaston Bachelard, avant-propos de Georges Canguilhem, Vrin, 1969. 『ガストン・バシュラールの史的認識論』(ジョルジュ・カンギレムの序言付き)
2) Bachelard. Epistemologie, textes choisis, collection "Sup", P. U. F., 1971. 竹内良知訳『科学認識論』(白水社、1974年)
3) Pour une critique de l'Epistemologie (Bachelard, Canguilhem, Foucault), Collection "Theorie", Maspero, 1972. 『認識論批判のために(バシュラール、カンギレム、フーコー)』
4) Une crise et son enjeu, Collection "Theorie", Maspero, 1973. 『危機とその争点』(レーニンの『唯物論と経験批判論』について)
5) Bachelard. Le jour et la nuit, Grasset, 1974. 『バシュラール、昼と夜』
6) Lyssenko. Histoire reelle d'une "science proletarienne", avant-propos de Louis Althusser, Collection "Theorie", Maspero, 1976. 『ルイセンコ、「プロレタリア科学」の現実の歴史』(ルイ・アルチュセールの序言付き)
7) "Bogdanov, miroir de l'intelligentia sovietique", preface a la Science, l'Art et la Classe ouvriere de A. Bogdanov, Maspero, 1977. 『ボクダーノフ、ソ連邦のインテリゲンチャの鏡』(ボグダーノフの『科学・芸術・労働者階級』への序文)
8) Dissidence ou Revolution ?, Maspero, 1978. 『反逆か革命か』
9) L'Ordre et les Jeux. Le positivisme en question, Grasset, 1981. 本書
10) La philosophie sans feinte, Collection "META", J.-E. Hallier-Albin Michel, 1982. 『偽装なき哲学』〔短文書き下ろしと新聞雑誌に掲載された論文を含む〕
11) Contre la peur. De la science a l'ethique, une aventure infinie, Hachette, 1990. 『恐怖に逆らって、科学から倫理へ、果てしなき冒険』
 著作リストを一瞥してもわかるように、ルクールはバシュラール、カンギレム、アルチュセールの系譜に連なる特異な思想史家である。カンギレムの「御墨付き」をいただいたバシュラール論で1969年にデビューを飾り、1976年のルイセンコ論でアルチュセールの「御墨付き」をいただいてあの悪夢の「ルイセンコ問題」にけりをつけた。
 ルクールは、1944年2月、パリ16区生まれ、1965年から1970年までウルム街の高等師範学校(エコール・ノルマル・シュペリウール)でアルチュセールの教えを受け、哲学の中・高等教育教授資格と文学博士号を得た。国際哲学コレージュの創設メンバー。ピカルディー大学講師などを経て、1988年からパリ第7大学教授。

    *   *   *

「湾岸戦争の解消」と「冷戦の終結」を指して、「自由と民主主義の勝利」を誇らしげに語り、「共産主義は死んだ」と強弁することは、政治的プロパガンダでないとしたら、思想的怠慢以外のなにものでもないだろう。たとえ「ソ連邦の崩壊」がひとつの夢の終わりを語っていることが、一方において事実であるとしても、掌をかえしたように片方の陣営に移行し、あるいは、そのような2項対立は古典的な図式であると断じ、そのことによって「東西対立」的な発想から抜け出られるかのような幻想をいだくことは、ソ連邦が成立し維持され続けたという事実を忘却し、微細な差異を嗅ぎ分けられずに同類扱いを得意とする「マルクス主義的な」思想そのものである。「マルクス主義」はさまざまな形をとって再生し続けるであろうし、それはなにか別な思想の生まれ変わりとすら言える。重要なことは本書でルクールが繰り返し述べているように、そのような事実を「悪」とみなして糾弾し、その「終り」を手放しで無邪気に喜ぶことではなく、あるいは「誤解の体系」を弾劾し「正解」を示して、ひとり悦に入ることではなく、そのような「悪」「誤解の体系」が存在したという事実をいわば「意識」あるい意識の「内容」に即して徹底的に考え抜くことであろう。そのような誘惑、そのような欲望(「哲学的欲望」と呼んでよい)が、なぜ存在する(した)のかをはっきりと見定めることであろう。さらに言えば、それを「怠惰」という言葉で済ますのではなく、「忘却」の「否認」の欲望としてとらえることであろう。すなわち、哲学的情熱に顕著な「忘却」および「忘却の否認」(言い換えれば「擬装」および「擬装の擬装」)にはまりながらも、はみでる動きに注目して考えることであろう。その動きを説明という知性の働きに回収させずに考える (denken) ことである。そして「なぜむしろ別のやり方をしないのか」という問いの中の問いを立てることである。
 「マルクス主義の死」は「かくも久しく延期されている」。瀕死状態にあるとはいえ、まだ生き続けている「死に体」を強引に棺おけに押し込めてしまうのではなく(それはソ連邦という「巨大な機械による埋葬」と変わらない)、その死の葬式がきちんと出せるまで、つまりその完成にいたるまでその死を生き(たとえ「死は体験され得ない」としても)、その死に貢献し、その死をしっかりと見届けなければならないように思う。それはいつでも再生可能な思想であったし、これからもあるだろうからだ。たとえ無視してはならない意匠の違いがあるにしても、すなわち、連続と切断のどちらか一面を見ただけでは、思想史の現実をとらえ損ねるということである。本書においてルクールは「自己批判の困難さ」をみずから演じていると言えるだろう。
 だからこそ、ルクールは本書で「自由間接話法」と呼ばれる話法をふんだんに駆使して「誤解の体系」を「誤解の体系」のままに記述し、それがもたらす「効果」として、論理実証主義者たち、ポパー、ウィトゲンシュタイン、ハイデガー、フッサールなどなどを扱うのである。そして「微細な差異」を垣間見させることでその「解除の効果」を戦略的に狙うのである。「誤解」が「効果」として新しい思想運動を生んだことは事実である。それは「大いなる誤解であった」と言ってみても、それだけではその事実は消えない。それがどのような誤解であったかを示してみても、それだけではその事実は消えない。誤解は変わらない。たとえ、ルクールのモチーフが「マルクスの批判的可能性」を「マルクス主義」から解放すること、『論考』のウィトゲンシュタインを「論理実証主義」から解放すること、さらには『探究』のウィトゲンシュタインの新しい哲学的実践を「分析哲学」から解放することにあるとしても、マルクスが「マルクス主義」を生み、ウィトゲンシュタインが「論理実証主義」「分析哲学」を生んだという事実は消えない。「誤解」は誤解ではなかったからである。それは「確信」だった。ルクールがこの場面で「忘却」「否認」「ファミリー・ロマンス」「想像界」というフロイト=ラカン的概念を使っていることは銘記されていい。ルクールは論理実証主義の創設者たちの「誤解」は自明なことであると述べた後に書いている。「しかし、われわれにとってさしあたり重要なことは、新実証主義の創設者たちはまさにこの虚構のなかに彼らの哲学的飛躍に必要な支柱を見いだしたということである。(……)それは、よく整った『ファミリー・ロマンス』の凡庸な恵沢だったのである」(第1章)。さらに、哲学の呪文の魅力に触れてルクールは書いている。「その統一性と支配の幻覚の記号に引きつけられたとき、『自我』は細分化に打ち勝ち、想像界の中に自己を見いだして、『歓喜』を得るのである」(第4章)。自我の細分化の恐怖。それを前にしてひとは凡庸さを選択する。ドアは開閉してほしいのだ。安全なままに。ドアを開けた先は深淵かも知れないということを忘れて、ドアを閉じた後は出口なしかもしれないということを忘れて。それが常識の、伝統的哲学の力強さである。「もし私がドアの開閉を望むならば、蝶番は固定されていなければならない。」ウィトゲンシュタインは『確実性について』でこのように書く。
 もちろん、ウィトゲンシュタインがこの蝶番というメタファーで語っているのは、ある種の疑いの排除のことである。「私たちが立てる問いと疑いは、ある種の命題が排除されているからこそ成り立つ。それはそれらの問いと疑いがそこで回る蝶番のようなものである。」そして、ルクールによれば、その「蝶番」を揺り動かし、そこに現存の哲学的言語ゲームとは「別の」言語ゲームを導入することが、ウィトゲンシュタインの哲学的実践である。本書でドアのメタファーが何度か使われていたことは思い出されていい。怒りくるったウィトゲンシュタインは「ドアを蹴るようにして出て行」き、他方、びっくりしたまま部屋にとどまったポパーは(すなわちドアの閉まった内部で)「バードランド・ラッセルと長く話しこんだ、最大級の礼儀正しさでもって」(序論)。それからもう1つ。「レーニンが『経験批判論者』の見解に対して非難したのは、(……)それが神秘主義と宗教に『ドアを開いたままにしておく』(彼のお気に入りの言い方だ)からであった」(第1章)。「開かれた体系」は「閉じた体系」でしかなく、開けっ放しの「外部」は「内部」でしかなかったということである。それらは「蝶番」を揺り動かすことがない。すなわちここで考えられているのは、哲学と「その」外部ということである。
 その境界線がわれわれの視線をかくも執拗に逃れているのはなぜなのか。それがもし非=場 (non-lieu) であるからだとしたら、もしわれわれが哲学における非=場にいることをウィトゲンシュタインが遠くから指し示していたならば、とルクールは自問する。「あらゆる哲学的問いは形式的なものである。私は自分がどこまできたのか、もうわからない」(ウィトゲンシュタイン)。ところでまさにこの非=場こそ、「不安 (Angst) が無を開示する」と書いたハイデガーが性起 (Ereignis) という語で考え抜いた事柄であったはずである。しかしルクールは、ハイデガーの存在論と最終的なところで留保をつけて別れようとする。ルクールによれば、存在論は既成の秩序(伝統)の容認にしかならない。その留保は「同一性の起源」を巡っている。ウィトゲンシュタインの「新しい」哲学的実践は差異の解消に反対し、差異の再建にとりかかる「反機械」である、とルクールは言う。
 ハイデガーは「なぜ無があるではなく、むしろ存在者があるのか」というライプニッツの問いを、形而上学のもっとも広い、もっとも深い、もっとも根源的な、すなわち第一の問いとして取り上げ直した。それが「存在論の歴史の破壊」のモチーフだったのである。そしてこの「破壊」のモチーフを「脱構築」のモチーフとしたのがデリダであった。ルクールはデリダに触れて書いている。「デリダはハイデガーに即して——彼から出発し彼に逆らって——思考し(……)哲学と『その』外部の諸関係の分析に到達した。この分析は、本書でわれわれが主張した分析と多くの点で一致する。」ルクールにとって、哲学と「その」外部を遠くから(「もうわからない」地点から)非=場として指し示していたのがウィトゲンシュタインであった。ウィトゲンシュタインの「新しい」哲学的実践は、ルクールによれば、イデオロギー的統一を図ろうとする理論的諸形式としての哲学を「揺さぶる」「批判的=分裂的な (critique) 」哲学である。そのような「言語ゲーム」を賞賛するルクールにあってみれば、「西洋の精神的宿命」としての「存在」を背負い込み、「同一性の起源」を考えるハイデガーに全面的に従うわけにはいかないのだろう。しかしハイデガーの側からすれば、「同一性」は「差異の同一性」であり「同一性の差異」である。
 確かに読みようによっては、「ドイツ大学の自己主張」「なぜわれらは田舎にとどまるのか」などに依拠して、ハイデガーの思想は大地への信仰であると一言で片付けてしまうこともできよう。それがゲルマン的純粋性の確保(再興)であるとすれば、それは「ホロコースト」と矛盾しまい。灰。「灰がある」(デリダ)。Il y a la cendre, la, il y a cendre, il y a, la, cendre. なぜ火があるのではなくむしろ灰があるのか。火があったら、灰がある。しかし、こうしたことは自明なことであろうか。自明なことは、このような解釈が存在しているということである。そしてこのよう解釈とこそルクールは別れるべきなのだ。もしそれが可能ならば。それが、ルクールのひそみに倣って言えば、ハイデガーの「批判的可能性」を(反)「ハイデガー主義」から解放し、デリダの「批判的可能性」を(反)「デリダ主義」から解放することである。ルクールは、ウィトゲンシュタインとともに、いや最後にはウィトゲンシュタインとさえ別れて、「どこにも通じない道」を歩もうとしている。
 
  *   *   *

 第4章の訳出に当たっては先に述べた今村・中村両氏の翻訳を参照させていただいた。先行訳者に対する敬意と感謝の意をまずここに表しておきたい。敬愛する学兄、内田樹氏のすすめで本書の翻訳を引き受けてから、はや5年以上の年月が経ってしまった。その間に、この博覧強記の思想史家の文章になかなかついて行けず、投げ出してしまいたくなることが何度もあった。それがともかくここまで来られたのは、ひとえに国文社編集部の中根邦之氏のおかげである。氏の時に優しく、時に厳しい叱咤激励などがなければ、この翻訳はならなかったと思う。
 また、友人の中山信行、中川雄一の両氏にはゲラを通読していただき、文意の不鮮明な訳文、論旨のあわない訳文の指摘などさまざまな有益な助言を受けることができた。田中秀臣、若田部昌澄、中山智香子の三氏とは、早稲田大学大学院文学研究科(の演習室)でウィーンの思想史の研究会「ウィーンの森」を持ち、さまざまなテクストを読んで、「周辺領域」の知識を得ることができた。また、いちいち名前をあげないが、周囲の方々にはさまざまな迷惑をかけたことと思う。感謝の気持ちで一杯である。

1992年3月23日

新大久保にて
野崎次郎
訪問者数

    Recent TrackBacks
    Archives
    QRcode
    QRコード
    記事検索
    記事検索
    • ライブドアブログ