野崎次郎のボケ作日記

日常生活と現代思想・文学。歴史=物語論

Mac mini 2010 メモリー増設に失敗?!

 iPhoneに同期するパソコンを変えたためにiPhoneにあった写真の一部が消えてしまい、復旧作業を巡ってアップルケアサポートセンターとのやりとりに数日かけ、何とか課題を解決できた。その過程で前景化してきたいくつかの問題があった。
 その一つが外付けハードディスクをどう活用するかという話で、結局、Time Machineという「自動バックアップ」だった。これは知らなかったが、便利そう。設定の仕方をいろいろと教えてもらい、何とか設定にこぎ着けた。しめしめ。
 もう一つはYosemiteにしたらトロトロした動きしかしてくれず買い換えようと思っていたMac mini 2010 が「メモリーを増設すればまだ使える」というので、ネットで調べて、AmazonでKomputerbay の 4GB×2 というのを買った。値段も一番安い。8700円。ブログに30分で交換できたという記事があったので、それほど難しくなく増設できると思った。
 注文の翌日、送られてきた。用事があり、すぐにはできなかったが、翌々日には作業に「取りかかった」。アップルのページにも交換の仕方が図入りで出ているので、すぐにできるとたかをくくり、マックミニを裏返して、ふたを開け、交換に取りかかった。
 ところが、新しいメモリーがぱちっと刺さった感じが得られない。でもそれ以上入らないので蓋をして、電源コードをさし、オンにしたら、「ピー、…(無音)、ピー、…(無音)、ピー、…」という不吉な音が…。これはまずい。
 アップルのサポートセンターに電話をしたら、「その音はメモリーが認識されていない音です」というので、近くのアップル修理のお店の場所を聞いたら、池袋のビックカメラパソコン館5Fに正規の修理センタがあるという。早速出かけて「修理」してもらった。2160円。劇的に早くなったというわけではないがこれでまだしばらく「現役」として活躍してもらえそうだ。
 僕自身にも「メモリー増設」をしてみたいものだ。ただ、僕自身はまだまだ「現役」で行けると思っているけれど、周りはそう思っていないようなのが残念!
 これからの課題はDropbox(有料版)の活用だ。iPhoneの写真をすべてアップしたのだが(時間をたっぷりかけて!)、各デバイスにも保存されてしまい、容量を食ってしまったので、フォルダーを削除したら、Cloud上の写真も消えてしまった! うーん、Cloudは、難しい。便利に見えるんだけど、なんか基本的なことが分かっていないみたい(^-^)。
 

ブリュッセル滞在記2015.03.02

3月2日(月)。Mons モンスに出かけた。ベルギーの主要な都市はほとんど行っているので、どこかないかなと探したら、ベルギー南西部エノ州のこの都市が見つかった。だいたいどこもブリュッセルからICで1時間くらいなので、昼前に出ても夜にはブリュッセルに戻って来られる。お昼を行き先で食べて。
 歴史の古い町らしい。石畳の坂道を歩いても滅多に人と出会わない、とガイドには書いてあったが、確かに人が少ない。駅舎の工事をしている最中だったが、のんびり、こぢんまりした町で、せわしくないのがいい。かといって寂れた感じもせずに、それなりの活気もある。かわいい映画館もあった。ただ寒かった。途中で雨が降ってきたのが辛かった。
 モンスは食通の町として有名らしい。さっそくグラン・プラスの美味しそうなレストランに飛び込む。店内はシニアをはじめ、若い人も含め、かなり混んでいる。あたりみたい。隣のテーブルでは牛のステーキを食べていたが、迷った結果お勧めの仔羊を頼んだ。しかし売り切れ。結局、Filet de Saumon a l'ostendaise (サーモンの切り身 オステンド風)にした。サーモンの上に小海老をちりばめたホワイトソースをかけたもの。まずまず。市役所前のグラン・プラスにある。

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市庁舎の裏手にある庭。

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ブリュッセル滞在記2015.03.01

 今日は3月1日(日)。もうしばらくルーベンに滞在したかったが、ホテルの部屋が一杯でブリュッセルに移動。昼前にブリュッセルに着き、チェックイン。部屋にはバスタブがついてなかった! バスタブ付きの部屋に交換してくれるよう頼んだが、ないと言われ仕方なくシャワーだけの部屋になった。八泊だからまあ我慢できるだろう。熱いお湯がたっぷり出る。部屋はセントラルヒーティングで暖かい。洗濯物もすぐ乾く。内装もリフォーム直後のようで綺麗。1階なのでカーテンは閉め切ったままだが、まあ、よしとしよう。
 しかしこの近くはなんか変な感じ。建物も古びていて、むしろ汚いまま。北駅の近くで、メトロは北駅の隣のロジエから5分くらい。直近のメトロはイゼールで2分くらい。北駅周辺は慣れている。日本で予約をとるときにはそれを判断材料にした。北町周辺のうらぶれた町の感じが好きだった。反対側はビジネス街だ。むしろこのあたりはシェラトンなどもあり、ビジネス街側だが、ここは少し南側に入りうらぶれ感が強まる。
 カフェのテラス席には男の人が立ったままタバコをふかしている。建物の角には女の人がどこ見るともなくボーとしたまま立っている。それが五人、十人とかなりの数いる。部屋はホテルのフロントのある建物の向かいの建物の1階である。エントランスを入ってすぐのところ。最初は女の人たちは……と思いながら、視線を合わせないようにしていたが、いかんせん建物の角にエントランスがある。鍵を出して近づいたら、ちょうど五人ほどの女性がいるところとぶつかった。思わずそのうちの一人と視線が合った。"On y va ! "(行きましょう)といわれたが、即座に "Non."と 返したらいなくなってくれた。無事に部屋に入れた。
 洗濯と昼寝をしてから、グランパレスのInformation Center に行き、その後、夕飯は中華のラーメン。香菜(コリアンダー)が効いていて美味しい。麺の手打ちの実演が見られる。もちろんチンタオと一緒。
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賀春 2015 「革命的な」「自己紹介」

 ご挨拶が遅れました。年末年始はコロンビアにいたためにご無礼をお許しください。今年こそはよい年でありますようにと言いたいところですが、どうも内外の様子を眺めてもあまり期待できそうもないです。せめて悠々自適な研究生活を満喫してこの1年を過ごせればと思っております。
 そんなわけで年末に日本にいなかったので年賀状も出せず失礼いたしました。大掃除もできず、今頃少しずつしている次第です。4月の引っ越し後の本棚、引き出しの整理も少しずつしています。
 そんななか「面白い」「自己紹介」の文章が偶然出てきたのでここに再掲しよう思います。2005年から5年契約で立命館大学外国語教育センター嘱託講師に採用されたときの「研究者データベース基本情報」の「紹介」欄に記載された文章です。もっとも「雇い止め」事件の時には「5年契約」が争点になり、「年契約の4回更新可能」という立命館の主張でした。ただしそれは全面的な争点とならず「セクハラ」がらみの問題にすり替わり、3年で「雇い止め」(解雇)されたわけですが。私は「日本革命」を奉ずる「清廉潔白な労働者」でなかったので立命館には似合わなかったということなのでしょう。

-----引用ここから
■研究主題
フランス・ファシズムと第3共和制
ファシズムをヨーロッパ文明の例外的な「間違い」としてではなく、フランス革命や啓蒙思想の必然的産物としてとらえるゼーフ・ステルネルの「フランス・ファシズム論」を検証する。

■紹介
部類の外国語好きから前例なき移民へ 
 街にとけ込み、校門のない大学にあこがれて、1970年、早稲田大学入学。しかし入学試験はキャンパスが文字通り機動隊に囲まれている中で行われた。試験場に入るには大学職員ではなく機動隊員に受験票を見せる必要があった。これが大学入学時の「原体験」になっているので、大学に籍を置いて「大学解体」や「反体制」を叫ぶ学生や教師たちを信ずることは今もできない。学部の卒業論文は『「マチュウ書試論」と〈転位)について』という題で吉本隆明論(教育学部国語国文学科)。「他者把握の困難」をテーマにし、それが「言語の問題」へと展開していった。早稲田の大学院の修士論文(フランス文学専攻)は、『セミオロジーとグラマトロジー』という題で、ジャック・デリダ論。博士課程になかなか入れず、二浪して入学。アルバイト(塾、出版社、翻訳など)をしながら、3年留年して6年まるまる在籍し、大きく世間から遅れた人生を歩んだ。1987年、博士課程満期退学後、早稲田大学文学部などで非常勤講師(フランス語)をつとめた後、1993年、関西に移住し、神戸女学院大学、立命館大学などでフランス語の非常勤講師をしながら糊口をしのぎ(あ、河合塾で古文も教えたっけ)、2005年から現職。他大学を含めて、「フランス文化史」(フランス・ファシズム論)、「比較文化」(ヨーロッパと移民)、「市民社会論」などの講義科目も担当。
----引用ここまで

今年もよろしくお願い申し上げます。

 

海外旅行中の選挙について

 衆議院が突然、解散された。政権維持のためにだけ現首相が解散権を行使するのは、憲法上問題があり、「大義なき解散」と言われても仕方ないと思うが、解散された以上、「集団的自衛権の行使容認」や「特定秘密保護法」「沖縄基地」「原発再稼働」「消費税」「教育改革」「年金資金の株式投下」などの大きな争点を巡った選挙となるのは明らかだろう。マスメディアは政府とともに争点隠しに邁進するだろうし、「民主党」も争点の明瞭化を避けるかもしれないが、これ以上安倍政権を継続させていては過去の「民主党政権」以上の悪政が続くことは間違いない。戦争で死ぬのは嫌だ。秘密におびえて生活するのは嫌だ。
 私は10月の末から海外に旅行中であるが、解散のニュースを聞き、安倍政権を引きずり下ろせるかもしれない絶好の機会に投票ができないということを、「海外投票」についてネットで調べていて知って愕然とした。私は現在「日本脱出」を模索中であるが、日本が嫌いになったわけではない。ただ現在の日本に絶望しているだけだ。日本を愛していることに変わりはない。現在の政権を変えられるかも知れない機会があれば、積極的に参加したいと思っている。そうなれば日本に居住続けることも選択肢のひとつになりうる。
 「不在者投票」や「期日前投票」は投票が選挙人名簿に登録されている市町村か国内の他の市町村に限られる。新しい住所地に転入してから三ヶ月経っていない場合は旧住所地での投票となる。ところが海外での「在外投票」は海外に三ヶ月以上居住していることが条件で、それに満たない場合はどうなるのか。登録申請は三ヶ月経っていなくてもできるが、登録されるには三ヶ月以上の居住が条件となる。
 三ヶ月に満たない場合は、日本の住居地での選挙となるが、選挙のために帰国するのは現実的でない。国内のいる選挙民には「不在者投票」や「期日前投票」という形で不在でも選挙権行使が保障されているが、海外にいる選挙民には、不在にすると選挙権行使が保障されない。今のようなインターネット時代であれば、選挙民名簿に登録されているか否かの確認はネットですぐに確認できるはずである。何のためのインターネットなのか。何のための在外公館なのか。憤りをどこに向けたらいいのか! 
 
 
 
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