April 26, 2007

松井秀喜のホームランは美しい。


バリー・ボンズは、彼の体格からすると
かなり短いバットで
ボールをすくい上げるように、ホームランを打つ。

アレックス・ロドリゲスの場合、
ボールの下をこすり上げるような印象がある。

二人のフォームに力強さはあっても
やや美しさに欠ける感がある。
いかにもホームランバッターなのだ。
打球は共に、45度かそれ以上の角度で
高い弾道を描いて飛んでいく。

それに比べ
松井秀喜が会心の当たりをしたとき、

振られたバットとボールが
真正面から激突するイメージがある。
バランスのいいフォームから放たれた一撃は、
30度くらいの低い弾道で、一直線にスタンドに飛び込む。

実に美しい一瞬だと思うのだ。

そんな第1号がやっと昨日出た。
アレックス・ロドリゲスにいたっては、すでに13本。
だがしかし、本数だけがホームランの価値だろうか。

美しいホームランには、それ以上の感動がある。

三振にすら美学を求めた
長嶋茂雄なら、賛同してくれるだろうか。


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みんな長嶋茂雄になりたかった。

私は小学生の頃、学校から帰ると毎日野球をしていた。
そして、当たり前のようにプロ野球の選手になりたかった。いや長嶋茂雄になりたかった。
みんながそう思っていると信じていた。そうこの時代の少年は、野球が何より大好きで、
みんなが長嶋茂雄になりたいのだと信じていた。昭和30年代のことである。

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jobo1956 at 14:03|PermalinkComments(1)松井秀喜 

February 01, 2007

おまえの名前は、長嶋茂雄からもらった。

永沢光雄という男がいた。

私はその作家の存在を
「強くて淋しい男たち」という本で知った。
さまざまな有名スポーツ選手のことを
書いた内容だった。

いわゆるスポーツノンフィクションだが、
普通ではなかった。
こういう表現方法もあるのかと、
少し驚き、感心し、なるほどと唸った。

実は私は知らなかったが
「AV女優」というインタビュー集(本)で
話題になったライターだった。

その後、私の思っていたとおり、
短編小説集を出版した。
まだまだかなと、素人なりに思った。

はじめての小説だもんな。

ところが、喉頭がんになってしまう。
幸い手術は成功するが、声帯を失ってしまう。

もともと、だらしない飲んべえだった彼は、
ますますその本性を発揮していたようだ。
ある時、主治医から告げられる。

「あなたは、がんでは死なないよ。
 死ぬとしたら、お酒です」

その言葉は、真実になった。

昨年の11月、40代後半で彼はこの世からいなくなった。
「アルコールによる肝機能障害」。

今年の1月、新たな短編小説集が出版された。
私は今、1日に1編ずつ
その作品を丁寧に読んでいる。

ずいぶんと、うまくなったじゃない。
だがもう、彼の新作は読めない。

思い出した。
「強くて淋しい男たち」の最後に登場したのは
長嶋茂雄だった。

その中で永沢光雄は書いている。
大のジャイアンツファンだった彼の父親から言われた言葉
「おまえの光雄の『雄』は長嶋茂雄からもらったんだよ」

永沢光雄は、そんな時代の父親の息子だった。



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みんな長嶋茂雄になりたかった。

私は小学生の頃、学校から帰ると毎日野球をしていた。
そして、当たり前のようにプロ野球の選手になりたかった。いや長嶋茂雄になりたかった。
みんながそう思っていると信じていた。そうこの時代の少年は、野球が何より大好きで、
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jobo1956 at 22:48|PermalinkComments(1)その他 

January 19, 2007

平日の昼下がりと中村紀洋の憂鬱。


大学生らしき女が、煙草を吸っている。
そのしぐさが、何とも不器用だ。
おそらく吸いはじめて、まだ日が浅い。

「かっこ悪いなあ」と私は、心でつぶやく。

もう少ししたら、きっと言うんだろうな。
「20歳になったら、煙草なんかやめるわよ」って。

平日の昼下がりのドトールコーヒー。
時間は妙にゆっくりと流れている。

私はぼんやりと女の二人連れを見ていた。

向こうは向こうで「あの中年おやじ、失業者?
昼間からこんなところにいるんだから」などと
思っているかもしれない。

いや眼中にないか。

またしても煙草に火をつける女。
煙がゆらゆらとたちのぼる憂鬱。

中村紀洋は失業か。イチローとは同期らしい。
仰木彬のいなくなった憂鬱。

平日の昼下がりに、長嶋茂雄はいない。



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みんな長嶋茂雄になりたかった。

私は小学生の頃、学校から帰ると毎日野球をしていた。
そして、当たり前のようにプロ野球の選手になりたかった。いや長嶋茂雄になりたかった。
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jobo1956 at 18:22|PermalinkComments(0)その他 

January 06, 2007

HAPPYか NEW YEAR



昔々の子供の頃、12月31日の夜、
新年まで起きていられなくて、
気がついたらお正月で、がっかりしていた。

ちょっと大きくなった子供の頃、
なぜ12月31日から1月1日の1日だけが特別なんだと、
ふてくされていた。

ずいぶん大きくなった子供の頃、
何にも信仰心がないのに、
女の子と一緒に、神社で1月1日を迎えていた。

普通に大人になった頃には、
ただ普通に1月1日を過ごしていた。

そして今、
昔々の子供の頃のように、
12月31日の夜は、お正月を迎える前に寝てしまった。

長嶋茂雄とイチローにとっての
2007年はどうだろうと考えながら……。



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私は小学生の頃、学校から帰ると毎日野球をしていた。
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jobo1956 at 00:45|PermalinkComments(1)その他 

October 13, 2006

長嶋茂雄の教え子たちが、輝いた年。

1981年、日本ハムファイターズがリーグ優勝した時の
監督は、大沢啓二。最優秀選手に、江夏豊が選ばれている。
初の首位打者に、奇しくも落合博満。

打撃ベストテンには、加藤秀司、門田博光。
投手部門には、山田久志、村田兆治の名前が並ぶ。

この年、日本シリーズの相手は、ジャイアンツ。
最優秀選手に、江川卓。最優秀新人に、原辰徳。
何と投手の防御率ベスト3を、江川、西本、加藤(初)が独占。
打撃部門には、掛布雅之、山本浩二のビッグネームに混じって、
篠塚利夫、中畑清の名前が登場する。

監督は、藤田元治。
そう1981年は、長嶋解任の翌年である。

まさしく長嶋茂雄の教え子たちが勝ち取った日本一であった。
長嶋茂雄の心中は、決して穏やかではなかっただろう。

あるいは、無邪気に心の底から喜んだのだろうか。



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jobo1956 at 12:45|PermalinkComments(0)監督 

October 06, 2006

長嶋茂雄の時代、父は晩酌しながら野球を観た。

長嶋茂雄の現役時代、多くの家庭では、
テレビはまだ1台しかなかったはずだ。
それでも視聴率は良かった。

私も、野球(巨人戦しかなかったが)を観るのが
ごく当たり前の家に育った。
祖父と祖母、父と母、私に弟の6人家族だったが、
特に父の好みで、野球中継は絶対だった。

晩酌をしながら、野球中継を観る。
これが、正しい父親の姿だ。
少なくとも小学生の私は、そう思っていた。

比べることが間違いなのかもしれないが、
今の若い父親たちにとって、
晩酌と野球は、両立するのだろうか。
そもそも家族みんなで、テレビを観るのだろうか。

時代の父親像と野球中継の視聴率には、
きっと深い関係があるに違いない。




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jobo1956 at 17:52|PermalinkComments(0)その他 

October 03, 2006

城島健司は塁上で、ヘルメットを上げた。

マリナーズ城島健司の今シーズン最後の打席、
うまいバッティングでライト前ヒット。
塁上の城島に、観客から拍手がおくられた。

それは、1年を通じて活躍した
ルーキーキャッチャーへの評価であった。
ヘルメットをとり、拍手に応えた城島。

驚くべき成績を残したわけではない。
だが城島健司のチャレンジを誰よりも認めてくれたのは
地元シアトルのファンたちだった。

テレビ中継で城島の表情がアップになる。
少し目が、潤んでいる気がした。

そう、城島健司の初シーズンは、
あたたかい拍手に包まれて、終わった。



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September 28, 2006

「映画スター」とその男は、一塁で言った。

メジャーリーグは、本当にいろんなことをやる。
あるゲームでは、一塁手にマイクをしこみ、
一塁に来た選手に、試合中にもかかわらず、
インタビューをしていた。

ヒットを打った新庄剛志が一塁に来た。
インタビューに答えて(?)言った。
「将来は、映画スターだね」と。

その前に、日本の球界に戻ってきたが、

新庄剛志は、不思議なプレイヤーである。
打撃は、2軍でも、270。1軍でも、 270。
そしてメジャーでも、270。

だが守備は、メジャーでも抜きん出ていた。
こんなにも素晴らしいとは、
メジャーのゲームを見るまで知らなかった。

そして、絵になった。

プレー以外のパフォーマンスは必要なかった。
本人の思いとは違ったかもしれないが、
メジャーリーグの雰囲気がとても似合う選手だった。

ファイターズでの新庄を時々見たが、
どうも私には、場違いな気がしてしかたがなかった。

スタイルは、違う。
ただ「何が何でもファンに楽しんでもらう」。

新庄剛志もまた、
長嶋茂雄であり続けたプレイヤーだった。



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jobo1956 at 17:09|PermalinkComments(0)新庄剛志 

September 26, 2006

「プロの球も今すぐ打てる」その高校生は言った。

1992年オリックスドラフト4位指名、鈴木一朗。
4位といえば、全体では、
37〜48番目の選手ということになる。

これが、高校時代のイチローへの評価であった。

だがイチローは思っていた。
「よくナゴヤ球場のブルペンで、
中日の投手の練習を見てたんですが、
どの投手の球も、これなら全部打てる」

そして私たちは、すぐこの後、
この言葉に、嘘偽りのなかったことを知る。

甲子園だけが、高校野球ではない。

ただし、確かな意志と労力を厭わない日々がなければ、
一流のプロにはなれないのだろう。

その差は何だろうと、時々思う。

ひと握りの栄光へ向かって、
その多くは挫折へ向かって、

今年も多くの若者が、イチローを目指しはじめた。




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jobo1956 at 12:56|PermalinkComments(0)イチロー 

September 25, 2006

「こんな話、おもしろくないですか」と長谷川は言った。

現役を引退したばかりのプロ野球選手の
1年目の解説は、けっこうおもしろい。
まだ頭が、完全にグランドにあるからだ。

選手の目線なのだ。
長谷川滋利も、まさにそうだ。
昨年までメジャーのピッチャーだった。

その細かな解説は、
「そうだったのか」「ほうほう」とひどく新鮮だ。
メジャーの選手たちの新たな一面も教えてくれる。

その長谷川がある時、ゲームの進行とは離れた
メジャーのよもやま話をはじめた。
途中で、アナウンサーに言った。
「もう、やめましょうか、この話は。次の機会にしましょう」

なんで?なんで?おもしろいのに。
私はそう思いながら、聴いていた。

そう、もっといろんなタイプの解説者がいたっていい。
日本のプロ野球解説も含め、あまりにマンネリでは……。

まあ、その問題は、さておき。

NHKさん! マリナーズのゲーム解説は、
すべて長谷川滋利にお願いしてください。
来年は、そういう契約を結びなさい!

これは、命令です。



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jobo1956 at 11:15|PermalinkComments(0)長谷川滋利 

September 24, 2006

アウトローは、深々と頭を下げた。

吉田拓郎のつま恋コンサートを
テレビ中継で見た。

デビュー当時、若者には圧倒的に支持されながら、
時代の中では、アウトローだった。
テレビ出演も拒否し続けた。

世の中とマスコミには、迎合しない。
ファンに媚びない。
それが、拓郎という男だった。

そんな男が、昨日、
最後の曲「今日までそして明日から」を
歌い終わった後、

ファンに向かって、深々とおじぎをした。
実に30秒間、頭を下げ続けた。

その心中は知るよしもないが、
何か熱いものが、私の心に響いてくる。

私も今日まで生きてきた。



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私は小学生の頃、学校から帰ると毎日野球をしていた。
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jobo1956 at 12:39|PermalinkComments(0)その他