そういえばこのブログは、修士論文の最終発表会の産物だったのだ。
発表会で、副査の先生から、「謝辞がすばらしかったよ!!」と言われたから、開設したのだった。

そして、博士後期課程1年次の冬がくる。一年前の冬には、わたしも修士論文を書いている最中だった。

現在、わたしのいる研究室には、わたしと後輩1名が在籍しているばかりである。後輩くんは、目下修論中である。順調に病んできているようで、あんまり大学に出てこなくなった。
このブログを読んでいる人にも修論を書いている人がいると思うので、わたくしめの雑感をば書きなぐっておこうと思う。

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修士論文を書いている人へ。

そろそろつらくなってくる時期かと存じ上げます。体調はいかがでしょうか。きっと悪いと思いますので、割り切って病院に行って服薬などすればいいと思います。

修士論文で大切なのはなんだと考えているでしょうか。
きっと、教員からは、「よい論文を書け」という謎の課題を与えられていることと思います。
しかし、そんなのはどうでもいいのです。どうせ、今年の冬に、何人かの人が読むだけなのです、修士論文なんて。ましてや、あなたの修士論文なんて。
だから、書いてください。
実は、記すという行為は呪術的であり、おそろしいことなのだけれども、この際そんなことは関係ありません。こころもこもってなくていいです。
大事なのは、規定の分量を満たしていることです。あとは、データの捏造や改竄はしないこと。そして、体裁が整っていること。それだけです。
ほんとうは、文章というものにはつねに「わたしはこのようなものである」というエッセンスがにじみ出ているものですが、修士論文のときにはそのようなものはにじみ出ていない方が好ましいです。

要は、無個性に、淡々と、正直に、そしてルールに則って、書けということです。
それだけです。簡単です。
割り切って書くのです。これはただの作業です。
どうせ読む人はいないのです。だから、おそれることなく、やっつけてやってください。

修士論文において、後悔しやすいポイントがあるとすれば、それは「修士論文を提出しなかった」というただ一点のみです。
だから、後悔したくなかったら、書くべきです。

修士論文を書き終えると、3つのよいことがあります。
ひとつは、達成感が得られることです。達成感は重要です。自信の源だからです。
もうひとつは、修士号が得られることです。これは自明です。せっかく勉強したのだから、もらっておくにこしたことはありません。
そして最後に、健康で文化的な生活に戻れることです。これは最高によいことです。やや崩れた体調だって、食べて寝て笑って過ごす日々で、元に戻ります。修士論文を始める前に励んでいた趣味にだって、また励むことができます。

修士論文を書いている人へ。
おつらいでしょうが、がんばってください。
人生には、一人きりで乗り越えなければならないこともあります。修士論文は、その練習ともいえます。
一人きりで乗り越えなければならないということは、どんな醜態をさらしても大丈夫だということです。誰も見ていないのだから。

だから、思いっきり、どうぞ。
あの先輩だって、あの教員だって、そうやって修士号をとったんだから、いいんです。あなたが一人きりで歩む道は、かつてみなが歩んだ道なのです。
どうかあなたも、ゴールへ歩みつけますように。


去年、修士論文を書いた者より。