2009年10月20日

村井辰夫 木版画展( 10 / 20 〜 11 / 29 )2

村井辰夫と き 10月20日(火)〜11月29日(日) 9:00〜18:00
ところ 蔵布都 藍(くらふとらん)
 TEL 0763-62-3118(月曜定休;但し11/23は開場)

    入場無料


  <<村井辰夫年譜>>


1904年(明治37年) 10月9日父茂太郎、母つたの次男として富山県東波郡城端町(東上町)に生まれる。

1918年(大正7年) 富山県立工芸学校(現富山県立高岡工芸高等学校)木工科入学。

1923年(大正12年) 富山県立工芸学校、木工科卒業。 東京美術学校(現東京芸術大学美術学部)木彫部入学。 高村光雲、関野聖雲先生に師事。 同窓に笠置季男、菅原安男、中野四郎 氏がいた。

1928年(昭和3年) 東京美術学校彫刻科木彫部を卒業。 卒業制作「動物と二人の女」(木彫)を制作。 「鰯の薫製」(油彩)春陽会入選。 東京美術学校在学中より鶴田吾郎、石井鶴三先生に教えを受け彫刻を研究、創作活動を展開してゆく。

1931年(昭和6年) 第12回帝展に「童心讃美」(塑像)が初入選。

1932年(昭和7年) 第13回帝展に「龍女」(塑像)入選。

1933年(昭和8年) 創立会員8名、森 大造、高橋泰蔵、山本克孝、平松真二、中野四郎、村井辰夫、鈴木三郎助、長谷川 宏で「九元社」を結成する。

1934年(昭和9年) 第15回帝展「吉祥女」(塑像)が入選。 「第1回九元社木彫展」4月22日〜29日 会場高島屋に出品。

1938年(昭和13年) 第2回文展「ばんざい」(木彫)入選。

1941年(昭和16年) 第5回文展「猫と童子」(塑像)が入選。

1942年(昭和17年) 第6回文展「闘魂」(塑像)が入選。 「第8回九元社彫刻展」に「陶工和助像」を出品、白根賞受賞。

1943年(昭和18年) 「第9回九元社彫刻展」に「空の防人」(レリーフ塑像) 「童祖神」(石彫)を出品。 「空の防人」九元社賞受賞。

1945年(昭和20年) 郷里富山県東礪波郡城端町へ一家疎開する。 城端文化研究会を設立。

1946年(昭和21年) 第1回日展「拗ねる児」(木彫)が入選。 「西村太沖座像」(木彫)を制作。 小坂勝人、伊藤四郎、杉山司七 氏とともに富山県美術展創設に参画し、富山県美術展審査員をつとめる。 北陸美術会創設に参加、北陸美術展審査員をつとめる。

1947年(昭和22年) 「昇龍」額(レリーフ・木彫)を城端神明宮に奉納設置。

1951年(昭和26年) 彫刻家集団「創型会」を中野四郎、奥山泰堂、森 大造 氏と設立。

1952年(昭和27年) 第1回「彫刻創型展」を日本橋三越本店で開催、菅原安男 氏参加。

1955年(昭和30年) 日本山林美術協会会員になる。

1960年(昭和35年) 城端中学校に「光を迎える」(セメント)モニュメントを設置。

1965年(昭和40年) 創型会事務局を受け、事務局長となる。

1981年(昭和56年) 第30回記念創型展に「特選喜寿コーナー」が設けられ、「Ghost」(木彫)「自我」「母子像」(木彫)「猫」(木彫)「裸女」(木彫)「唐人皿廻し」(木彫)「対話」「猛鳥」「空鳥」(木彫)「黄初平の羊」(石彫)を出品。 「祝喜寿個展」を銀座・陽栄画廊で開催し、これまでの代表作を主に陳列した。

1986年(昭和61年) 第35回創型展に「蝶と裸婦」(レリーフ)「裸女立像」を出品。 在籍25年以上連続出品者として顕賞コーナーが設けられ、そのコーナーに「彩雲」「空鳥」(レリーフ)「仙人」を出品。

1994年(平成6年) 1月東京都世田谷区ギャラリー「Spaces」にて村井辰夫木彫展が開催される。 4月20日〜6月20日 郷里富山県城端町、城端町史館蔵回廊にて特別展「村井辰夫展」として彫刻作品が回顧形式で展示される。

1998年(平成10年) 7月5日、94歳にて没する。

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註 村井辰夫は画号として、「辰」「立」「立魚」を使用した



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