2011年03月20日

【西南戦争】西円寺

c73f14a1.jpg 西南戦争での官軍包帯所跡だそうです。山鹿は、桐野利秋が指揮をした部隊と官軍との激戦地だったそうです。 田原坂陥落の偽の情報に惑わされなければ、戦局も変わっていたことでしょう。きっと官軍の負傷兵らが運ばれて来たのでしょう。

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2010年10月10日

【ラクチン】薩摩ISHIN祭 ウォークラリー申し込み



薩摩ISHIN祭まで2週間を切りました。
ウォークラリー申し込みの際に、これまではパソコンからPDFファイルをダウンロードしてFAXでしていただいてましたが、このたびE-MAILでも申し込みが可能になりました。

E-MAILで今すぐ申し込む
→ケータイからでも申し込むことができると思います。

まだまだウォークラリーの参加募集に空きがあります ので、ご参加ください。ウォークラリー概要

なお、本日 10/10は山神の響炎で、薩摩ISHIN祭スタッフも応援に行ってます♪松明の点火とショップの販売手伝いと聞いてます♪薩摩ISHIN祭のオリジナルグッズも購入可能ですので、ぜひお越しください! 





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2010年09月22日

【西南戦争】西郷野屋敷跡

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fba2f8d3.jpg鹿児島市内に西郷団地がありますが、なぜ西郷団地と名がつくのか知りませんでした。たまたま看板を見たので、上がって見たらありました。

鹿児島実業高校の目の前です。征韓論で敗れたあと、住んでいた場所で、妻のいとさんが西郷隆盛の死を聞いた場所でもあるそうです. 



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意外に狭い印象でした。黒アゲハが羽を休めてました。

ドロップされたピン



john96pierre at 23:45|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!西郷隆盛ゆかりの地 | 西南戦争ゆかりの地

2010年05月10日

【日露戦争】水師営の棗(ナツメ)

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鶴嶺神社の源頼朝公報恩塔より奥の台座の左側にありました。

日露戦争の乃木大将とステッセルの会談が行われた「水師営」にゆかりがあるそうです。

先日、テレビにステッセルのピアノが映ってました。金装飾が素晴らしかったです。


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旧薩摩藩の教え

cffa6ea7.jpg仙巌園に面した鶴嶺神社の境内にありました。

娘にもしっかり伝えていきたいです


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2010年05月09日

源頼朝公墓所再興報恩塔

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源頼朝の没後800年を記念して、鎌倉から移設されたと石碑にあります。

仙巌園に面した、鶴嶺神社の本殿手前の右側にあります。


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2009年08月07日

【西南戦争】桐野利秋田蘆及開墾地跡

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ed5badcc.jpg桐野利秋田蘆及開墾地跡











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映画「半次郎」は、幕末、人斬り半次郎として恐れられた中村半次郎(のちの桐野利秋)を描いたもので、2010年5月に公開予定です。

蒲生に行くことがあって、撮影できました。後日、アクセスが分かりにくかったので改めて動画で紹介してます。

西郷隆盛の遣韓論での一件で薩摩に帰国後、桐野利秋は吉野の地で田畑を耕してます。










↓この地図の中心部が案内板の位置になるかと思います(推定地)。 







動画でチェック⇒


john96pierre at 16:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!西郷隆盛ゆかりの地 | 西南戦争ゆかりの地

2009年07月02日

【戦国島津】新納忠元没後400年

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今年は新納忠元が亡くなって400年らしいです。

詳しくは⇒コチラ

john96pierre at 23:13|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!戦国島津ゆかりの地 

2009年06月27日

【戦国島津】建昌城跡

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姶良方面を走っていて、迷い込んだのは建昌城跡。PDFファイル(姶良町教育委員会)に詳しい説明があります。

島津家久(忠恒)公が鶴丸城を普請しましたが、ここ建昌城普請にやたらとこだわっていたようです。しかし、父 義弘公に反対され、実現しなかった模様。そのあたりは、桐野作人さんのさつま人国誌 第77回 鶴丸城物語(上)をご参照ください。

場所は桜島SAの裏山にあたります。








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【戦国島津】後藤塚

e8228b12.jpg07234bf5.jpg33170b55.jpg後藤塚についてはコチラが分かりやすいと思います。

義弘公薨去の後、仲間と殉死する約束をしていましたが遅れてしまい、ここで自決したといいます。





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墓石が三つに割れています。

死んだ後、主君と仲間たちに追いつくことができれば、三つに割れるだろうといい残して切腹したと伝わります。


地図はココ↓
駐車場はありませんので、ブックオフで買い物ついでにお立ち寄りください♪


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2009年06月04日

【戦国島津】島津家久公進軍経路の旅

john96pierre at 23:10|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!戦国島津ゆかりの地 

臼杵城跡

臼杵城跡1臼杵城跡2臼杵城跡3


















臼杵城跡4臼杵城跡7臼杵城跡6






臼杵城跡5











臼杵城跡8臼杵城跡9臼杵城跡10

















臼杵城跡11臼杵城跡12臼杵城跡13

















臼杵城跡14臼杵城跡15臼杵城跡16

















臼杵城跡19臼杵城跡18臼杵城跡17

















臼杵城跡20臼杵城跡22臼杵城跡23

















臼杵城跡24 
















地図はコチラ↓


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【戦国島津】鶴賀城跡

鶴賀城跡鶴賀城跡2鶴賀城跡3

















鶴賀城跡4戸次川合戦概要

john96pierre at 19:24|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!戦国島津ゆかりの地 

長曽我部信親と十河存保の墓

長曽我部信親・十河存保の墓入り口長曽我部信親・十河存保の墓入り口 バス停

















長曽我部信親の墓1長曽我部信親の墓2長曽我部信親の墓3

















長曽我部信親の墓5長曽我部信親の墓4

















征清記念碑長曽我部信親の墓6

















十河存保の墓4十河存保の墓2十河存保の墓1





















john96pierre at 19:19|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!戦国武将ゆかりの旅 | 戦国島津ゆかりの地

【戦国島津】戸次川古戦場跡

戸次川古戦場跡2戸次川古戦場跡1戸次川古戦場跡3



















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大友氏館跡

大友氏館跡1大友氏館跡2大友氏館跡3

















大友氏館跡4大友氏館跡5大友氏館跡6

















大友氏館跡7

john96pierre at 19:06|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!戦国武将ゆかりの旅 

ザビエル

銅像大好き!より転載。ザビエル 

フランシスコ・ザビエルです。大分市内の府内城跡に近い交差点で発見。遊歩公園の入り口です。

この遊歩公園は銅像の宝庫となっています。純日本人の銅像は滝廉太郎だけですが、大分発祥シリーズはボリューム満点です。 (*天草四郎もいました!)

この銅像と背景の世界地図の航路がセットになっています。ザビエルがキリスト教を伝えるために、400年以上も昔に航海してきたというのが凄い信念だったと思います。死ぬかもしれない危険な旅路だったはずですから。

john96pierre at 19:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!戦国島津ゆかりの地 | 銅像

滝廉太郎終焉の地

滝廉太郎終焉の地1滝廉太郎終焉の地2滝廉太郎終焉の地3

















滝廉太郎は、戦国島津ゆかりの地にゆかりがあるようです。
こちらの場所は府内城跡に近い場所です。こちらは島津家久が一時的に居城としています。

また、滝廉太郎で有名な「荒城の月」は大分県内の「岡城跡」を舞台に選んでいますが、こちらは島津義弘公が攻めますが落城しなかったという城。まだ岡城には行ってないんで、今年いけたら嬉しいです。

合わせて坂の上の雲でも第2部で出てくるであろう、軍神 広瀬中佐の廣瀬神社にも行きたいです。

この歩道には多数の銅像、レリーフなどがあり、銅像ハンターには嬉しいスポット。キリスト教関連が多いです。







john96pierre at 18:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!銅像 

【戦国】府内城跡

にちりんからの車窓府内城跡1府内城跡2

















府内城跡3宮崎の延岡駅そばで宿泊し、翌朝向かった先は府内城跡。別府市には何度も行ったことがありましたが、大分市入りは初体験でした。





以下、銅像大好き!より引用。府内城跡4 

写真は「大友宗麟です。ここのそばに、大友氏館跡という場所がありましたが、小高い場所で現在は住宅地が密集している場所です。 大友宗麟が府内城を築城したわけではないようです。

居城にはしていたようです。

府内城についてはコチラがわかりやすいです。 戸次川合戦で島津軍が大友勢を破ったあと、島津家久はこの府内城で数ヶ月滞在しているようです。

そのときは、島津軍の乱暴狼藉がひどかったとか。耳が痛いですが、島津軍が強大になっていて、いろんな国が軍門に下ってましたから。。。 統率がとれなかったようです。その後、豊臣軍の物量に勝る強大な軍に押され、ここを後にしたようです。

 府内城を3Dで再現しているサイトを発見

 府内城 - Wikipedia

場所はコチラ↓



john96pierre at 18:58|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!戦国島津ゆかりの地 | 戦国武将ゆかりの旅

馬ヶ背

馬ヶ背1馬ヶ背2馬ヶ背3

















馬ヶ背5馬ヶ背6馬ヶ背4

john96pierre at 18:03|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!