「ああぁ……もうイキそうだ……」

「うん……出していいよ……はああんっ!」

孝一の腰の動きが速まる。折りたたみベッドのきしむ音も激しくなった。

下に組み伏された藤本真奈が、細い両脚を孝一の腰にからめた。孝一のピストンに合わせて、積極的に腰をくねらせた。

「ああっ! イクッ!」

真奈のなめらかなグラインドに、孝一の性感は一気に高まってしまった。避妊具の中に、精を放つ。

「ああぁ……んんん……前回よりも激しかったね」

真奈は孝一の頬を撫でながら言った。

潤んだ瞳に見上げられ、孝一は恍惚に身を震わした。体の奥に残った精をしぼり出す。

「はあぁ……はあぁ……真奈も本領発揮だったな」

「何よそれ、痴女みたいに言わないでよ」

真奈はそう言って、くすっと笑った。

今日がまだ2回目のデートだった。藤本真奈とは合コンで知り合った。彼女は大学時代にはミスキャンパスに選ばれるほどの美貌とスタイルを持っている。孝一から積極的にアプローチして交際が始まった。まだ付き合い始めたばかりなので、互いの誕生日や仕事、家族、そして、肉体を知りあうことが楽しかった。

「はあぁ……きもちよかった」

孝一は彼女の横に寝ころんだ。

この日のために、散らかった部屋を片付け、水まわりも入念に掃除した。また、梅雨の間に湿気ていたふとんも、しっかりと清潔にしておいたのだ。

「私もきもちよかったよ」

真奈が孝一の胸に顔を寄せた。彼女の温かい吐息を、胸元に感じることができた。わき腹には、乳房のやわらかさを感じることができる。

真奈は大手の化粧品会社に勤めている。化粧品会社のスタッフとして、美容には気を使っているようだった。メイクやファッションだけでなく、肌や体毛の手入れにも気を抜かない。

きっとミスキャンパス時代にも、男にモテたのだろう。男の扱い方、悦ばせ方もよく知っているようだった。

孝一の同僚や友人たちは、美女と付き合う孝一をうらやんだ。孝一は、社会人生活に箔がついた気がした。

しかし、女の目は鋭い。

「孝一、ちょっと太った?」

「バレたか」

「前に言ってた口うるさい社長と課長へのストレスで、暴飲暴食しちゃったとか?」

まったくその通りだった。仕事帰りに、本社の同期と飲みに行き、お互いの出向先の愚痴を言い合うことが増えた。家でひとりでいるときも、ビールとスナック菓子で酔いを求めるようになっていた。

「そう、そいつらのせい」

「せっかくカッコイイんだから、太っちゃダメよ」

美容に厳しい真奈は、孝一のわき腹のぜい肉をつかみながら言った。

「海とかプールにも行きたいから、次会うときには腹筋割っててね」

「はいはい」

孝一は真奈の水着姿を想像する。もう互いの裸を見せあっていたが、水着姿を思い浮かべると興奮がかきたてられるのを感じた。

この日は「海の日」。真奈は土日が公休だが、孝一は自動車販売の子会社に出向しているため、土日は店舗に出勤しなければならない。祝日の月曜日は、2人の休みが重なる貴重なデート日和だった。

この日は、午後から映画を見に行き、早めのディナーを済ませた。そして、孝一の部屋を訪れ、お互いの溜まった性欲を発散し合ったのだった。

「真奈はどうやって体型維持してんの?」

「晩御飯は少なめ。19時以降は何も食べない」

「今日、レストランでけっこう食べちゃったじゃん」

細い見かけによらず、彼女はしっかりと食べる。

「そう。だから明日は絶食」

「ストイック過ぎるって」

2人が笑いあっていると、振動音が聞こえた。床の上でスマートフォンが、着信を知らせていた。

「誰だよ、休みの日に」

孝一は狭いシングルベッドの上で小さく寝がえりをうち、床に手を伸ばした。スマートフォンの画面を見ると、知らない電話番号が表示されていた。

床の上にスマートフォンを放り投げた。

「誰から?」

「知らない番号から」

孝一はそう言って、真奈の方に向き直った。整った美貌が、孝一は見つめている。見下ろすと、重力で胸の谷間が強調されていた。

孝一の股間に再び欲情が渦巻いてきた。さっき精を吐き出したばかりなのに、ゆっくりとその硬さを取り戻していく。

長いコール音が、ようやく途切れた。

孝一は真奈の首と腰に腕をまわし、抱き寄せた。もう一度お互いの体温と肌のやわらかさを感じあう。

「物足りなかったの?」

真奈は色っぽい上目づかいで、孝一を見上げる。

「次のデートまで待てない」

おそらく次に休みが合い、デートできるのは盆休みになるだろう。それまで真奈と会えないと思うと、愛欲がむくむくと大きくなってくる。

しかし、スマートフォンのバイブレーションが、2人のムードに割って入った。

「またかよ」

孝一はいらだちながら、もう一度寝返りを打った。スマートフォンを手に取ると、また同じ番号からコールされている。

さっさと電話を済ませてしまった方が早いかもしれない。

孝一は受信ボタンをタップした。

「もしもし、今岡です」

「……」

電話の向こう側からは、何も聞こえてこない。

「もしもし!」

「……」

大きな声で呼びかけるも、やはり向こうの声は聞こえない。

「聞こえてますか? お電話が遠いようなので、一度切りますね」

「……」

そう呼び掛けたが、反応は返ってこない。孝一は悪態をつこうとしたが、その言葉をのみ込んだ。もしかしたら発信相手は上司や本社の人間という可能性もある。向こうの声は聞こえないが、孝一の声だけが向こうに届いているということもあり得る。

静かに電話を切ろうとしたそのとき、電話の向こうから何か音が聞こえてきた。

ふたたびスマートフォンを耳に当てる。

それは荒いノイズのようだった。

しかし、それが何の音なのか、次第にわかってきた。

列車の走行音だった。

『きちんと電話はつながっていたのか?』

孝一がそう思った瞬間、マンションの前の線路を電車が通過し始めた。

「え……」

孝一の聴覚が混乱する。

『列車の走行音は、部屋の外から聞こえているのか? 電話の向こうから聞こえてくるのか? それとも……』

正解は、その両方だった。

電車が通り過ぎて、レールのきしむ音が遠ざかっていく。

それと同時に、電話から聞こえる列車の音もフェードアウトしていった。

「どうしたの?」

孝一はびくりと身を震わせた。その声は電話の向こうからではなく、背後から聞こえた。振り向くと、真奈が心配そうにこちらを見つめていた。

「間違い電話?」

いや、間違い電話じゃない。

孝一は全裸のまま立ちあがった。

スマートフォンを耳にあてたまま、窓に向かって歩く。

2週間ほど前の光景が、フラッシュバックする。

そのときには今と違って床には洗濯物や雑誌やゴミが散乱していた。しかし、今はきれいに片付いている。

しかし、緊張感はあのときと同じ。

いや、そのとき以上だった。

「孝一、大丈夫?」

真奈の心配そうな声が、背後から聞こえた。しかし、孝一は振り向くことができなかった。

窓際まで来て、カーテンに指をかけた。

また、あの頃の「臆病な孝一」が顔をのぞかせているのを自覚する。

しかし、今の「順風満帆な孝一」が、もう一人の自分を抑え込もうとする。

「2週間前だって、誰もいなかったじゃないか」と。

『そうだ。あの頃の臆病な自分とは違うのだ』

2週間前と同じように、孝一は自分自身を説得する。

孝一は指に力を込めた。

2週間前とは違い、指は震えていない。

一気にカーテンを開いた。

そこにいつもと同じ、2週間前と同じ光景が広がっている。

手前には薄暗いベランダがある。

街灯に照らされた植え込みと駐輪場がある。

「あ……」

しかし、いつもと異なる点が1つだけあった。

21時。

夜の闇にまぎれてすぐには気付かなかったが、線路と道とを隔てる金網の前に、誰かが立っていた。

闇夜の中でも、白いワンピースがほんのりと浮かび上がって見えた。

それ以外は、暗くてよく見えなかった。

しかし、孝一を戦慄させるには、それで十分であった。

「お……」

孝一は何かを言おうとしたが、のどが詰まって言葉が出てこない。完全に「臆病な孝一」が、心と体を支配してしまっていた。

すると、列車の走行音がふたたび遠くから聞こえてきた。さっきと同じように、窓の外からも、スマートフォンからも同じ音が聞こえてくる。

孝一は寒気を感じた。冷房が発する冷気が、全裸の孝一を包み込む。

列車が近づいてくる。列車のライトがマンションの前を照らし始めた。

「白いワンピース」の全貌が、照らし出される。

ガリガリに痩せた脚。

同じく痩せ細った腕。

一方の腕は、折り曲げられ、何かを耳に当てている。

髪はすべて後ろで束ねられているらしく、青白い額が浮かび上がる。

そして、大きく見開かれた目が、孝一を見つめていた。

「ひっ!」

孝一は引きつった声をのどからしぼり出した。

女の背後を、列車が走り去っていく。

車内から漏れ出る明かりが、断続的に女の青白くこけた頬を照らし出す。

大きく見開かれた瞳は、怒りに満ちているように見えた。

列車は通過し、視界から消えていった。

列車の残響が消えると、女の息遣いが電話から伝わってくる。

荒い呼吸だった。

「な、なんなんだよ……お前……」

孝一がそう問いかけようとしたところで、通話が途切れた。

明るい光を放っていた列車が過ぎ去った反動で、あたりは暗く見えた。

女の姿を見失う。

ふたたび孝一の目が暗闇に慣れてきた頃には、女の姿はすでにそこにはなかった。

そして、2週間前の出来事を理解し直した。

オーナーが言った言葉は、ウソでも勘違いでもなかったのだ。

「昨夜の女の子は彼女? それともお姉さん?」

「細くて、髪を1つに結んだ、いまどき珍しいくらい化粧気のない子だったよ。確か白いワンピースを着てたかな」

「てっきり君の部屋から出てきたところだと思ったんだ。私と目が合って、その子、帰っていったよ」

女は本当に101号室の前に立っていたのだ。