「河内房如空さん、少し話があるのだが。」 「なんですか上司殿、話って?」 「実は新しい仕事が急に入ってきてなあ・・・・・今壮絶なシェア争いをしている某業界の某メーカーが最新鋭工場を建設するんだが、その某メーカーのライバル企業も対抗して、新鋭工場を建設することになったんだ。その設計がうちに発注されていて、私が担当することに急遽きまった。今、建築主である某メーカーと毎日打合せを重ねているところなんだ。」 「まるで液晶業界におけるシャープ対松下みたいな話ですね。それで、このところ外を飛び回っているわけですか。姿を見ないなあと思っていたんですよ。」 「でなあ、今の部署とは別に、この設計を担当するプロジェクトチームが出来るんだ。何せ工場建設は時間がないから短期決戦で人・金・物を集中させないとスケジュールに乗らないからな、集中して一気に設計してしまおうとういう方針なんだ。それで如空さんにもそのチームに入ってほしいのだよ。」 「人事はお任せしますが、いま私が担当している某再開発プロジェクトはどうなりますか?今実施設計の真っ最中ですよ。」 「それは元々の担当者に任しておけばいいよ。だいたい如空さんはそのプロジェクトに応援でヘルプに入ってもらうというだけの話だったはずだろう。なのに担当者がいつの間にか如空さんにまかせっきりになってしまっているじゃないか。彼の教育上もよくないから、ここは如空さんには手を引いてもらうのがいいと思うんだ。それより工場だよ。最新鋭工場は独自のノウハウと鉄骨造の短期工法が必要とされる。この数年で如空さんがやってきた商業施設での鉄骨造短期工法の設計でこの工場の設計をまとめてほしいのだよ。」 「いや、でも商業施設と工場ではスペックや要求されれる性能が違うでしょう。」 「そこだよ。それで私はこれから最新鋭工場のノウハウを学ぶべく二ヶ月ほど関東の発注主の既存工場に行くことになったんだ。そこで現物を見ながら建築主と仕様や要求をまとめながら、基本設計を平行して進めてしまおうという計画なんだ。その関東出張に如空さんも一緒に来てほしいのだよ。」 「・・・・・・それって関東でホテル住まいってことですか。」 「経費は会社持ちだ。二週間に一回は帰阪する費用も出る。報酬も今のままというわけには行かないだろうから少しは上げられると思うよ。なんだ、今大阪にいないとまずい事情でもあるのか?」 「いえ、何でもないです。とにかくお任せします。」 「そっか、よかった。短期に鉄骨の大型物件をまとめるのは如空さんが得意だからな。ぜひ欲しいのだよ、君の力が。すぐに人事を動かすよ。」 えらいことになってきたなあ・・・・・二ヶ月も大阪の自宅を離れて関東に単身赴任かい。工場建設って突貫だからにこの一年ばかり私生活はなくなるかもなあ・・・・・と思っていたら。 「如空さん、あんた人気者だね・・・・・。」 「なんですか、上司殿。」 「君の新しい上司殿が如空さんは絶対今の部署から出さないといって上に色々と働きかけて、如空さんを囲い込みしたようだ。設計部長から如空さんは諦めろといわれたよ。最初は如空さんを連れて行っていいと言ったくせにさ。」 「ありゃりゃ、じゃあ前の上司殿、関東への単身赴任も取止めですか。」 「ああ、今君と一緒に仕事している再開発プロジェクトの担当者君がかなり騒いだらしいよ。如空さんを取られると困るって。」 「私の知らないところで色々動いているのですね。まるで人身売買じゃないですか。」 「まったくなあ・・・・如空さんをあてにしていただけにこっちも困ったよ。とにかく新チームへの転属はなしで、今のプロジェクトに専念してくれ。いろいろ混乱させて申し訳なかったね。」 といって、前の上司殿は去っていった。 最新鋭の工場建設にはとても興味があったので、転属がなくなった事はとても残念だった。期待され、自らも期待した仕事を逃してしまったことは残念であったが、仕事に関してはまた次のチャンスを待とう、と思っていたら、この春、応援で担当していたプロジェクトが爆発して火を噴いた(外的・内的要因で仕事が混乱し始めたということ)。ただひたすらに消火作業に追われる消防士河内房如空、仕事に時間を奪われ、コートにもいけない、テニス中継も見れない。せっかくのテニスのインフラを使うことが出来ずにいる。ああ、どうせこんなことになるのであれば、単身赴任話が決まってくれていたほうがよかったじゃないか! 消火作業は続く。