昔、取引先の不動産業者いわく「俺の経験上、設計屋でヒゲを生やした奴、外車(それも中古か安い外車)に乗っている奴、マックを使っている奴、こんな奴らは使えないことが多い。特にこの三つが三つとも当たっている奴は間違いなく無能な設計屋だ」といっていた。このうちマックとはハンバーガーのマクドナルドのことでなく、アップル社製コンピューターのマッキントッシュシリーズのことを言っている。 私が学生の頃、世間はWindowsかMacかでOS論争みたいなものがあったが、現在はWinが圧倒的多数派になり、Macは音楽・出版と2Dデザインの世界でしっかりと地位を築き、棲み分けが定着している。ちなみ同じデザインでも3Dや動画の世界になるとMacの独壇場とはいかず、WinやMacより強力なOSマシンに移行しているらしい。 微妙なのは建築の世界である。 建築の学生で設計志望のものはMacを好む傾向がある。技術者としての建築家でなく、芸術家・デザイナーとしての建築家を志向する部分が強いからだ。学生だけでない。昔は大学において「建築学科が工学部にあるのはおかしい、芸術学部か独立した建築学部であるべきだ」と主張する建築家が少なからずいた。実際、欧米の大学ではそのようになっている。 そんな志向の学生にとっては、ビジネス色・エンジニア色の強いWinよりアート色の強いMacを使いたい気持ちはよくわかる。実際、お金のない学生は出力を外部の出力センターに頼ることが多いが、出力インフラは出版・デザインに強いMacの方が整っている。昔はMiniCADと呼ばれていたVectorWorksが学生でも購入できる廉価版のCADとしてMacにあることも大きい。今ではWin版もあるがMiniCADの初期はMac版しかなかったし、なによりVectorWorksは2Dと3Dがあるのがうれしい。当然、学生の設計演習も手書きの図面と模型を使った設計から、CADによる図面とパースによる設計に変わっていく。 ところが、実際の社会に出ると、状況は一変する。建設業界は圧倒的にWinの世界である。設計の世界も例外ではない。アトリエ系の設計事務所ではMacを使用しているところもあるが、それはごく一部の事務所でしかない。Winが圧倒的多数派だ。CADの業界標準はJW_CADからAutoCADに移りつつあり(どちらもWin系)、データーのやり取りはDXFファイル(ワープロにおけるTEXTファイルのようなもの)からDWGファイル(AutoCADのデータ形式)で行われることが多くなっている。学生時代Macを使っていた新人たちはここでWinとそのCADを使うことを強いられる。使うのは2Dのみ、3Dは専門業者かオペレータの仕事だ。 Macの日本導入に大きく貢献したインダストリアルデザイナーに川崎和男氏がいる。私は偶然にも学生時代、大学に非常勤講師で来ていた彼の講義と造型演習を受講する機会に恵まれた。その影響を受けて私はかなりMacびいきではあるし、現に個人では所有し使用していた時期もあるが、やはり建設業界で仕事をするのにWinのほうが便利だ。 コンピューターの操作やデーターの種類というのは今や言語と同じだ。人と関わりあいながら仕事をしていくのであれば同じ言葉で仕事をしていかなければならない。WinのCAD環境で仕事が出来ないということは、外国で仕事をするのにその国の言葉が話せませんといっているのと同じなのだ。専門能力があってもコミュニケーションが取れなければ仕事は出来ない。WinでAutoCADとJW_CADを使えれば日本の建設業界ではほとんどどこでも仕事は出来る。逆にMacと別のCADを身に着けているものは環境を変えることは難しい。皆無ではないが少数派なのだ。 キャリアや設計の能力にかかわりなく、今やCADが使えませんというのは「私は図面が書けません」といっているのと同じである。文章がいかにうまくても、ワープロを打てない人間を事務で雇う会社がないのと同じだ。この不景気に手書きのスケッチを書いてCADオペに清書してもらうような設計屋に仕事はない。そして同じ職場にWinのCADとMacのCADの混在は、データー互換が可能であるにもかかわらず、ほとんどありえない 学校を卒業して業界に入る新人たちは、若いのでCADの環境が変わってもすぐに順応できるだろう。しかし、もう切り替えが効かなくなった年齢のMac使いたちは生き延びていけるのだろうか。「新建築」という建築専門誌の求人欄には「Mac使える人、Mac好きな人」と広告している事務所をたまに見かける。逆にMacつながりで案外生き残るのかもしれない。それこそ「Macな建築設計事務所」として。