2005年マスターズシリーズ(MS)第2戦マイアミ大会 決勝
フェデラー 26 67 (4) 76 (5) 63 61ナダル

第一セットにコートに立っていた男はいつものフェデラーではなかった。サウスポーから繰出される弾道もバウンドも高いトップスピンに対してアジャストするのに時間がかかったことを差し引いても第一セットのフェデラーは酷かった。
ストロークが明らかにふけていた。ベースラインに放たれたボールが10個分近くラインオーバーしていた。サイドへもボールがネットを越える瞬間に「アウトだ」とわかるほどはっきりとしたエラーをしていた。いつものフェデラーだってミスはする。しかし、ボールが落ちる瞬間までインかアウトかわからない、そんなきわどいエラーがほとんどだ。しかし、この日のフェデラーは、まるでいきなりストリングのテンションを10P〜20P緩めて飛びすぎるラケットを与えられた人みたいにボールをコントロールできていなかった。
ストロークがだめだと判断した皇帝はすぐさまネットプレーに切り替える。最近ではアガシやヒューイット相手でもストローク戦だけで勝ってしまうのでめったに出なくなったサービスラインの内側へラッシュを掛けるフェデラー。しかし、ナダルのパスはそのフェデラーを嘲笑うかのように抜いていく。

ナダルはバックハンドにおいてワイドに振られたときにオープンスタンスで切り返す珍しい選手だ。バックが両手うちの選手はリターンや自分の手の届く範囲で来たバックへの強打に対してはオープンで打つが、それ以外はスクエアで踏み込むか、クローズドでワイドに取りいくかで、基本のフォームがオープンスタンスという両手打ちバックハンドは珍しい。
そのオープンスタンスから放たれるバックハンドのパスが、これまたストレートでなくショートクロスに放たれ、フェデラーの眼前を通り過ぎていく。何度も抜かれて、ネットにつくのも自信なさげな態度になり、抜かれるたびに落ち込み俯いて帰って行く後ろ姿。まるでいつかどこかで見たような光景だ・・・・・そう、サンプラスだ。2000年2001年のUSオープン決勝でのサンプラスの姿にそっくりだ。史上最強のオールラウンドプレーヤーと言われたサンプラスもこの時期になるとストローク力が衰え、台頭してきた若手のグランドストロークにベースラインから対抗できなくなっていた。そのため、サーブ&ボレー、チップ&チャージでネットラッシュを掛けるしかなくなっていた。そのネットにラッシュを掛けるサンプラスを2000年はサフィンが、2001年はヒューイットがリターン&パスで抜きまくり、サンプラスの自信を根こそぎ砕いてしまった。
デジャブー(既視感)だ。自信なさげにネットにつくあのときのサンプラスの姿にフェデラーがダブって見える。2-6などという一方的なスコアで第一セットは終えた。

第二セット以降、若干プレーは持ち直したものの、不調であることに変わりないフェデラー。先にブレイクしてリードしているにもかかわらず、5-2からナダルに追い上げを許しタイブレークに持ち込まれる。TBではナダルに先行されなすすべもなく第二セットも落とした。

第三セット、依然フェデラーは不調である。ベースラインからのストロークはようやく入るようになったが、今度はミドルコートのアプローチとネットでのボレーでネットに引っ掛けることが多くなった。ネットを越さなければ何も始まらない。今度は先にブレイクを許してしまった皇帝、2セットダウンで1-4、絶体絶命のピンチである。デジャブーそのままに、あの日のサンプラスのごとくこのまま敗れてしまうのかフェデラー。

あのクレバーなフェデラーがまるでサフィンのようにミスしてラケットをコートに叩きつける。こんな光景を見る日が来るとは予想だにしなかった。しかし、このことが少しフェデラーの雰囲気を変えた。自身を失った男でなく、上手く出来ない自分自身に怒りをぶつけている男になっている。体の底からエネルギーが湧き上がっている。サフィンならこのまま自滅だろうが、フェデラーなら持ち直すかもしれない。

そして持ち直した。

ブレイクバックに成功すると、6-6で迎えたTBも先行されながら逆転して逃げ切った。セットカウント1-2、まだまだ油断できない。フェデラーは持ち直したとはいえストロークもネットプレーも依然普段の力を発揮できていない。しかし、第4セットが始まって、再びTV中継を見ている如空にまたデジャブーが襲う。しかし、フェデラーの姿にダブって見えたのは自信を失ったサンプラスではない。アガシだ。あの1999年全仏決勝、メドベデフ相手に2セットダウンからの大逆転劇で初優勝を決め生涯グランドスラムを達成したあの日のアガシに姿が似ている。ポイントを取った後、足早に自分のポジションに戻るあの後ろ姿、それがアガシにダブる、デジャブーだ。
あの日のアガシも前半はけがをしている訳でも体調が悪い訳でもないのに絶不調でエラーを連発していた。ストロークが全然コートに入らなかった。誰もがあきらめかけた第3セットでアガシは不調ながらもひたすらストロークを打ちつづけ、我慢のラリーを繰り返し、リターン力にも助けられてセットを奪取。そのままセットを3連取し、見事な逆転劇を演じて見せた。

フェデラーが第4セットを取り、セットオールになった時点で如空はフェデラーの勝利を確信した。根拠はない。ただあの日のアガシにその姿がよく似ているというそれだけのことだ。しかし、サンプラスのデジャブーは途中で消えたが、アガシのデジャブーは最後まで消えなかった。

最終セットは6-1。ナダルが力尽きたとはいえ、見事な勝利だった。
不調でありながらも試合を捨てず、自分を見失わず、我慢をし、建て直し、自分の出来る範囲内でベストを尽くし、智謀の限りを駆使して勝利を呼び込む。強い。プレー自体はレベルがいつもより落ちているのだが、それゆえに試合内容はフェデラーの偉大さを再確認することになった。

敗れたとはいえ、ナダルはこれでかなり自信をつけたことだろう。ハードでこれだけやれるのだ、得意のクレーなら決して負けない、そう思ったに違いない。フェデラーの不調を差し引いてもだ。
去年の年末のマスターズカップSFでサフィンは同じように敗れながらも接戦を演じて「フェデラーは手の届くところにいる」と実感し、直後の全豪SFでついにフェデラーを倒した。あの日のサフィンと同じようにナダルがなるかもしれない。
いよいよヨーロッパクレーコートシーズンが開幕する。全仏タイトルを狙うフェデラーとしては全仏が始まる前に一度ナダルと再戦しておきたいところだろう。そして、そこで完膚なきまでに叩きのめして自分の中の苦手意識とナダルの中の自信を取り除いておきたいだろう。
そうしておかないと全豪のサフィンのごとく全仏でナダルがフェデラーの覇業を阻止してしまうかもしれない。それこそデジャブーである。