フェデラーのガリア戦記2006 閉ざされたままの扉

目の前に閉ざされた扉、その扉を叩く資格は誰にでも与えられるものではない。2003年にウィンブルドンを優勝し、2004年に連破しただけならその扉の存在を意識することはなっただろう。だが、彼はその年、全豪と全米を取り、リトルスラムを成し遂げ、ATPに君臨する圧倒的強者になったがためにその扉を叩かなければならない立場になった。去年、開くことの出来なかった扉、十分なる準備をして臨んだ今年の挑戦、しかし、扉は閉じられたままだった。

2006年全仏男子シングル決勝
ナダル 16 61 64 76 フェデラー

再び世界中の注目がローランギャロスのセンターコートに集まった。その世界中の視線のなか、第一セットが始まった。フェデラーのサービスゲーム、ミスを連発していきなり15-40にされるが、そこから持ち直した。ピンチの後にチャンスあり、今度はナダルのサービスゲームでフェデラーがブレークポイントを握る。フェデラーの圧力の前に、ナダルはフォアをネットしてしまう。次のサービスゲームをキープして3-0、フェデラーが先行する。フェデラーはナダルのバックハンドにストロークを徹底的に集めた。特にスピンを多めにかけた弾むボールと弾道の低い鋭いボールを交互にバックに集め、ミスを誘い、短くなれば一気に得意の連続攻撃に入る。中ロブはフォアのドライブボレーで粘りを断ち切る。第四ゲームでナダルのサービスゲーム、再びフェデラーがブレークポイントを握る。ナダルへのバックへの集中攻撃が効を奏している。だが、ナダルもまたフェデラーのバックにボールを集めだした。今度はフェデラーが押し戻されてディースになる。両者共にバックハンドから如何に攻めに出るかが鍵になる。そのバックハンドからの展開はフェデラーの方が一枚上手だった。フェデラーブレークで4ゲーム連取。しかし、このあたりからようやくナダルに落ち着きが戻ってきた。鋭いパスと強力なフォアでフェデラーにプレッシャーをかける。ブレークポイントを握る。だが、フェデラーもあわてない。最後にフォアの逆クロスを打ち抜いてピンチを切り抜ける。第六ゲームでナダルは苦労しながらも ようやくキープに成功、5-1としてフェデラーのサーブインフォーザセットが来た。それを見事にラブゲームでキープ。フェデラーが第一セットを完璧な出来で取った。

第二セット、第二ゲーム、ラインコールが覆り、フェデラーがラブゲームキープするべきゲームがディースにまでなった。フェデラーは果敢にネットに出る。だがアプローチショットが浅い、ナダルのパスがフェデラーを抜く。ナダルがとうとうフェデラーのサーブをこの試合はじめてブレークした。次のサービスゲームをナダルがキープしてナダルの3-0になった。フェデラーにミスが目立ち始める。互いにキープして4-1になったところで再びナダルがブレークポイントを握る。ネットに出るフェデラーにナダルのヘビートップスピンが襲う。ボレーをミスさせられフェデラーはまたブレークされた。最後のサービスゲームをキープされ今度は6-1でナダルが第二セットを取る。

第三セット、最初のフェデラーのサービスゲーム、長いラリーの末のドロップショットをフェデラーが鋭いバックハンドダウンザラインで切り替えしてウィナーを取る。これでフェデラーが波に乗る。ナダルの粘りをフェデラーの鋭いショットの連続が断ち切る。ナダルも落ち着いてネットに出てくるフェデラーをパスで抜く。ようやくゲームは落ち着きを取り戻し、キープが続く。だがフェデラーのフォアハンドの強打がナダルのコートに深く突き刺さるようになり、フォアからの連続攻撃に鋭さが戻る。2-1の第四ゲームでフェデラーがブレークポイントを握る。0-40、しかしディースに戻され、最後にナダルの連続サービスポイントでキープされる。逆に次のフェデラーのサービスゲームでフェデラーのフォアにミス、グランドスマッシュにミス、ついにブレークされてしまう。ウィナー級のボールを何度も拾うナダルの前により厳しいコースを要求されるフェデラーがミスする場面が増え始めた。攻撃してもナダルに拾われる。逆にナダルの攻めをフェデラーは拾えない。フェデラーがコートで相手より遅く見えるなど初めてのことだ。ナダルが乗ってきた、フォアのクロスに逆クロスが信じられない角度で叩き込まれる。サーブでもストロークでもスピンがより鋭くなってフェデラーがタイミングを合わせられなくなっていった。最後のサービスゲームもナダルがキープして6-4でナダルが第三セットを取った。

第四セット、いきなりフェデラーはサービスゲームをブレークされた。ここでフェデラーから覇気が完全に失われた。ナダルのスピンボールに押されてミスを連発、テニスの内容に差をつけられた。ナダルがラケットに当てたボールは相手コートに返るが、フェデラーがラケットに当てたボールは相手コートに入らない。フェデラーの足が止まった。ナダルのサーブインフォーザチャンピオンシップが来た。フェデラーが無心になってボールをヒットする。際どいボールの応酬が繰り返される。天が味方したのか、ポイントがフェデラーに入る。ナダルのフォアがラインを割った。フェデラーブレーク!土俵際でフェデラーが押し戻した。
ナダルに動揺が走る。レシーブミスに弱気のドロップショット。フェデラーのナイスサーブの前にいい形でキープを許してしまった。だがフェデラーの方も完全に自信を取り戻したわけではない。バックハンドに集められたサーブとストロークのスピンボールはミートできずにミスを重ね、ナダルもキープ。勝負の行方はTBに至った。フェデラーが先行するがナダルが逆転、TB5-4でナダルのサーブが来た。ナダルのサービスポイントでTB6-4、運命の時が近づく。ラリーの末、フェデラーのバックハンドが浮いた。ナダルはそれをドライブボレーで叩き込み勝負を決めた。3時間2分、ナダルはフェデラーの中にある何かをこのとき完全に打ち砕いた。

第一セットでナダルをプラン通りに圧倒したフェデラーは、第二セット初頭にスタートダッシュに失敗すると第二セットを無理に取りに行かず、第三セットに仕切り直しをかけた。だがそこに大きな誤算があった。フェデラーのフォアハンドが深くてネットに出て行けた第一セットであたったが、第三セットではその頼みの綱、フォアが浅くなり、ネットに出ても鋭いパスに抜き返されることが多かった。ナダルが落ち着いて自信を取り戻し、フェデラーに向かっていく気迫も取り戻したからだ。第一セットを取ったあと、あの流れを維持して押し切るべきだった。第二セットの早い段階であきらめたことが取り返しのつかない事態を招いていてしまった。
そしてバックハンド、ナダルのバックは攻撃できないまでも防御の点で完璧だった。対するフェデラーはナダルのスピンボールの前に試合後半まるでテニススクールに通い始めた初心者のようにバックハンドのミスを繰り返した。MSモンテカルロ・ローマと徐々にそのスピンボールに対応しつつあったフェデラーがなぜまたしても対応できなくなったのか。一つはナダルのフォアハンドが今年に入って試合を経るにつれ徐々に威力が増していったこと。バウンド後の変化がますます鋭くなり、そしてスピンの量を抑え威力を増したハードヒットを別の選択肢としてもつようになった。明らかにクレーだけでなくハードコートでも勝てるストロークを手に入れるための進化がそこには伺える。その威力を増して進化しつつあるナダルのストロークに再び差をつけられ、フェデラーは対応できなくなった。もう一つは第三セットでブレークポイントを取ったにもかかわらず取りきれず、逆にナダルにブレークされてしまったあの場面、あそこでフェデラーの中から覇気が消えた。心の中から牙が抜かれた。気落ちしたフェデラーは一つ一つの動作にメリハリがなくなりスイングの準備が遅れるようになった。そこに深いバウンドが複雑なナダルのスピンボールが来て対応できなくなった。
去年、全豪準決勝の対サフィン戦、マスターズカップ決勝の対ナルバンディアン戦、ここでフェデラーは壮絶なフルセットマッチを戦い、そして敗れた。しかし、その試合の過程で、一度も覇気を失うことはなかった。攻める姿勢を貫き、最後まで自分のテニスをやり通した。しかし、今日は途中で気持ちが挫かれていた。自信を失っていた。まるで2000年全米決勝でサフィンに、そして2001年全米決勝でヒューイットに敗れたサンプラスの如く、途中で自信を失った。第四セット、ナダルのサーブインフォーザチャンピオンシップスで偶然を味方にしてそのピンチを乗り切った時、その偶然を味方にして自分にもう一度勢いを呼び込もうとするだろうと期待してみていたが、その期待は裏切られた。彼は目の前にきたチャンスを見逃してTBに流れてしまった。勢いのなくなったフェデラーにTBを取りきることは出来なかった。

ナダルをクレーコートだけの選手と思うなかれ。今日の決勝で見せたフラットドライブとヘビートップスピンの威力ある二種類のフォアハンド。鉄壁のバックハンド、そして何度もサービスポイントを取ったスピンともスライスともいえない左斜めの回転がかかった、そしてなお強力なサーブ、ラケットに当てればなんといてもボールを相手コートに返す脅威のコートカバー、ネットに出てきた相手を容赦なく抜きさる鋭いパス。特筆するべきは、試合後半、決して浅くならなかったフェデラーのハードヒットを切り返し、カウンターでポイントを取り返す、あのナルバンディアンにも匹敵するライジングの技術だ。対するフェデラーは極力高い打点からのハードヒットにこだわり鋭さを増したナダルのスピンボールの変化に再び崩される格好となった。同じことはハードコートの上でも起こる。ナダルはハードコートでもフェデラーを打倒しうる存在になったのだ。

試合後半、元気をなくしたフェデラーに対して、観客はロジャーコールを繰り返した。観客は弱い方を応援する。観客の拍手は同情の拍手だ。ATPに君臨する皇帝はその圧倒的強者の地位を今まさに失いかけている。その自信、取り戻すことの出来る日はいつの日か。