2004年全米オープン男子シングルス決勝、ヒューイットには何が起こっていたのだろう。ダブルフォールトで最初のゲームを落とすと、ズルズルと8ゲームも連続でフェデラーに与えてしまった。とにかくサーブの調子が悪い。第一セットはわずかに16分で終わってしまった。精神的に動揺しているのがTVを通じても見てとれた。

ヒューイットが落ち着きを取り戻し、長いジュースの末、ついにブレイクバックし、第二セットをタイブレークに持ち込んだところが山だった。1ブレイクでリードしていたフェデラーをブレイクバックして追い上げているヒューイット。波はヒューイットに傾きかけたところでのタイブレーク。しかし、フェデラーは何もしない。今まで通りのテニスをしているだけ。タイブレークでまたヒューイットのファーストサーブが入らなくなり、フェデラーにあっさりとセットを渡してしまう。

第三セット、完全に元気を失ってしまったヒューイットはなす術もなく0-6で信じられない負け方をしてしまった。

ヒューイットの内面で何が起こっていたのかわからないが、対照的にフェデラーは終始変わらないテニスをし続けた。そして戦国時代とも群雄割拠とも言われていた男子テニス界はついに圧倒的強者の出現を迎えた。グランドスラム決勝4連勝かつ無敗は史上初だそうだ。全豪でサフィン、全英でロディック、全米でヒューイットをそれぞれ決勝で下し、全豪のSFでフェレーロ、全米Qfでアガシも下している。戦国時代と言われたこの数年間の間にランキングNo1になった強豪たちを、この一年間でことごとく倒してきた。グランドスラムを一勝でもした選手を王様にたとえるなら、年間3勝リトルスラムを成し遂げ、GSタイトルホルダーを連覇したフェデラーはその王様達を従える「皇帝」のような存在だ。

今年コーチを伴わずにこの成績である。しかもフェデラーのテニスは明らかに成長している。去年のウィンブルドンで優勝した時のテニスはまだサーブ&ボレーがサービスゲームでは主体だったが、今ではサービスゲームでもネットダッシュはあまりしない。バックのスライスもフォアのムーンボールも使う回数が減った。スキあらばいきなりフラットでボールを叩き込み、相手を圧倒してしまう。ネットに出てトドメをさすが、そこにいたるまでに勝負が決まってしまうことが多くなった。サーブとストロークがそれだけ見事なのだ。サーブもストロークも打つ前にしっかり肩が入っており、コースが全く読めない。ストレート・クロス・逆クロス、自由自在である。しかもワイドへ打つときの角度が凄い。真横に飛んでいく。リターンも去年はブロックリターンが多かったが、今年に入ってからアガシのごとくスイングしてサーブを叩くことが多くなった。バックは片手にもかかわらずである。そして守備力が明らかに増している。TV解説者の多くが指摘しているが、フォアだけでなく、片手打ちバックハンドでフェデラーほど素晴しいランニングショットを打つ選手はいない。苦しい体勢からライジングで信じられないほどいいところに返球していく。微動だにしない安定したメンタル。怪我らしい怪我をしたことがないタフなフィジカル。切れることのない未曾有のスタミナ。大事な試合では途切れることのない集中力。たまに大会前半で明らかな集中力不足で負けてしまうのも愛嬌だ。

皇帝が長期政権を維持するためには、モチベーションを維持していくことが重要だ。女子のセレナ・ウィリアムズもエナンHも頂点に上り詰めた時点でモチベーションを低下させてしまっている。しかし、フェデラーにはその心配はないだろう。男子シングルス表彰式は皇帝の戴冠式に見えてしまう。そんな2004年の全米オープンだった。