『序局』編集者日誌

新自由主義と闘いながら

しばしお別れです

■ すみません『序局』第12号は、とっくに発売されています。

ところが、私に、その充実の内容を紹介する時間がありませんでした。入獄の準備のためです。

その入獄に至った経緯については、当の12号に「爆取でっち上げ30年を総括する ―下獄にあたって、はっきりさせておきたいこと―として、私自身がレポートしています。

他の力強く、面白く、闘志に満ちた、実践的な記事の数々を読まれましたら、私たち被告団の怒りと決意を込めたこのレポートにも目をとおしていただければありがたいです。

ともあれ、そういう次第ですので、6月16日から2021年1月にいたる4年7か月の間、この「日誌」はお休みとします。



■ それで最後の映画紹介を超短く。

 『1900年』。ベルナルド・ベルトルッチ監督。5時間16分のオリジナル版をテレビ画面で見ました。

 面白い! 1976年に完成したということですが、当時のイタリアにおける階級闘争の新たな高揚がくっきりと反映されています。明快。痛快。豊潤。

 見事なセリフを1つだけ紹介しておきます。

 「組合もなく、指導者もいない、抵抗すれば監獄行きだ」と嘆く農民にオルモ(ジェラール・ドパルデュー)が返します。「党ならあるぞ。お前自身がそうだ。人が働いている場所には必ず党があるんだ。何千人もの同志がぶち込まれた監獄にもな。どこにでも党はあるんだ」

 そうです、革命党は私たち自身なのです。

                1900年
  

■ では、行ってきます。

 皆様、お元気で。

         
            
 


 

第11号発売中/戦争のための言論統制/見たい映画5本/6学生への弾圧を許すな

■ 『序局』第11号発売中です。誠実と謙虚でなる編集長が「今までで最高に充実した内容」と自負しています(次号はもっと良くなると思いますが)。たしかに着実に売れ始めています。まだの方は、各地の主要書店でぜひ手にとって見て下さい(置かれていなければすぐにご注文を)。目次は出版最前線のホームページでご覧下さい。定価は本体900円(+税)です。
          序局・第11号


■ 『ゼニで死ぬ奴生きる奴』(「ナニワのマルクス」青木雄二と「はみだし銀行マン」横田濱夫の対談本、2000年2月経済界発行)の「まえがき」に、故青木雄二氏がレーニンの次の言葉を引用しています。

 「人々があらゆる道徳的、宗教的、政治的、社会的な空文句や声明や約束のかげに、あれこれの階級の利害を見つけ出すことを学ばないうちは、彼らはいつでも政治上の欺瞞と自己欺瞞の愚かしい犠牲者であったし今後も常にそうであろう」

 青木氏はその引用に続けて「実に大胆な洞察であり、われわれが常々使っている日本語が組み立て方次第によってこれほどまでに圧倒的力を持っていようとは! と改めて感心させられる偉大な言葉だと思います」と書いています。やや大げさな賞賛になっていますが、私もレーニンのその指摘は全く正しいと考えます。

その上で青木雄二氏が、常にそのように「あれこれの階級の利害」の発見に努めながらあの迫力に満ちた『ナニワ金融道』などを描き続けていたとすれば、やはり希有の優れたマンガ家だったと、その死を惜しまざるをえません。
               ナニワ金融道



■ 『序局』もまた、あらゆる事象からその「かげ」にある「階級の利害」を読み解こうとしています。ただ、『序局』は読み解くだけではありません。労働者階級の立場で、「1%」の支配階級を打ち倒すための実践的な方向を探り、提示したいと考えています。すなわち、いつでも、闘う労働者の実践とともにあろうとしているということです。闘いの現場の息吹が伝わらなければ、誌面は死んでしまいます。



■ それにしても、いまは、「あらゆる道徳的、宗教的、政治的、社会的な空文句や声明や約束」について、わざわざその「かげ」を探り出すまでもなく、どの「声明や約束」にも、資本家階級の意思と利害が極めて露わに直截に表現されています。

 例えば、安倍晋三の「私の在任中に改憲を成し遂げたい」という「声明」には「かげ」も「うら」もありません。支配階級が戦争をやろうとしていることが、まっすぐに、真正直に表現されています。

高市早苗が執拗に繰り返している「停波」発言も、戦争反対の声を圧殺しようという政権の意図を極めて露骨に明確に表しています。
                               高市発言

いま、それらの発言の「かげ」を読むとすれば、それは、そこに隠されている資本主義体制の危機を解き明かすということにほかなりません。安倍政権がまさに新自由主義の破綻と大恐慌に追い詰められているという、その基底的な事実の解明です。

例えば『序局』第11号の「戦争と改憲の安倍に大反乱を」(水樹豊)は、その基底的な事実を、1930年代の世界史からも掘り起こして、明快に論じ切っています。読むと、現在の安倍政権やあるいは日本共産党につながる、帝国主義とスターリン主義の80年間におよぶ「政治上の欺瞞」とその根底的な脆さがくっきりと見えてきます。まさに労働者階級が「大反乱」を起こしさえすれば、すでに命脈の尽きている資本主義体制を確実に打ち倒すことが出来るのです。



■ ところで高市の「停波」恫喝は、いまにおよんで突然に開始された言論圧殺の動きではありません。安倍政権の登場以後、<政権に楯突く>表現の排除は、<着実に>広げられ、深められています。

 ここ1、2年の朝日新聞の記事から拾っただけでも次のような多数の事例を示すことができます。



 ― 2014年7月  群馬県が、県立公園「群馬の森」に設けられた戦時動員・徴用に伴う朝鮮人犠牲者の追悼碑を「自主撤去」するよう、市民団体に要請。

 ― 2014年7月  さいたま市大宮区の三橋公民館が、「公民館だより」への「梅雨空に『九条守れ』の女性デモ」という俳句の掲載を拒否。

 ― 2014年11月 自民党がNHKや在京テレビキー局に対して、「出演者の発言回数や時間などは公平を期すこと。街頭インタビュー、資料映像なども一方的な意見に偏らないこと」などを「お願い」する文書を送りつける。

 さらに自民党は、テレビ朝日「報道ステーション」のアベノミクス報道が「偏っている」として、個別の番組に対しても「公平中立」を求める注文を付ける(水島宏明法大教授は、個別の番組に対するそのような注文は「前代未聞」と指摘)。

 また、上記の「お願い」の直後、「朝まで生テレビ」で出演予定だった評論家の荻上チキ氏とタレントの小島慶子氏の出演が局側の方針で取りやめになる。 

― 2014年12月 NHKの「制作現場の若手職員」が、「籾井体制で息苦しさを感じているし、会長の考えを幹部が過剰に忖度する動きがいたるところでおこっている」「原発や貧困問題を取り上げた番組が衆院選後に繰り延べになった」と朝日新部に語る。

 ― 2015年3月  古賀茂明氏が「報道ステーション」出演中に、「(安倍政権から)ものすごい圧力を受けてきた」と発言。
               古賀重明
          
そして、2015年4月には、次のような事態が一気に集中的に起こっています。

 ― 自民党情報通信戦略調査会(!)が、「報道ステーション」の「古賀発言」問題とNHK「クローズアップ現代」の「やらせ」問題で、「事実ではないことが報道された」として、両局の幹部を呼んで事情聴取(調査会幹部の1人は「NHKはどうでもいい狙いはテレ朝」と話す)。重ねて、高市総務相が文書で厳重注意。

 ― 独紙フランクフルター・アルゲマイネ(FAZ)の東京特派員が同紙に書いた「安倍政権が歴史の修正を試みている」との記事に対して、在フランクフルトの日本の総領事がFAZ本社を訪れて抗議。特派員は「日本の外務官僚たちが、批判的な記事を大っぴらに攻撃し始めた」と報告。米主要紙の特派員に対しても、在米日本大使館幹部が「慰安婦」報道の取材対象について注文を付ける。特派員は「各国で長年特派員をしているが、その国の政府からこの人を取材すべきだとか、取材すべきでないとか言われたのは初めて」と話す。

 ― 稲田朋美・自民党政調会長が、稲田について「在特会との近い距離が際立つ」と書いた『サンデー毎日』を提訴。

 ― 安倍が参院予算委員会で、国立大学の入学式や卒業式での「国旗掲揚」や「国歌斉唱」について「正しく実施されるべきだ」と発言。

 ― 中学の社会科教科書の検定で、「東京裁判」や「慰安婦」などの記述に、「政府の統一的見解が盛り込まれていない」などとする意見が6件ついた、と公表される。

― 練馬区教委が東京大空襲前後の下町を舞台としたアニメーション映画「うしろの正面だあれ」の上映の後援を断る。

― 自治体などの「平和博物館」で、旧日本軍の加害行為についての展示を縮小する動きが広がる。例えば、大阪中央区の「大阪国際平和センター」(ピースおおさか)は、改装にあたって、従来の加害展示をすべて撤去し、「侵略」の言葉も一掃した



 ― 2015年6月  自民党の安倍に近い若手議員が立ち上げた「文化芸術懇話会」(!)の初会合で、「マスコミを懲らしめるには広告料収入がなくなるのが一番。経団連に働きかけを」「悪影響を与えている番組を発表し、そのスポンサーを列挙すればいい」などの意見が出る。また、会場で百田尚樹が「沖縄の二つの新聞社は絶対つぶさなあかん」などと発言。衆院特別委員会で、発言者への処分を問われた安倍は、「私的な勉強会で自由闊達な議論がある。言論の自由は民主主義の根幹をなすものだ」(!!)と居直る。

 ― 2015年6月  下村文科相が、全86の国立大学長らに、卒業式や入学式で「国旗掲揚と国歌斉唱をするよう」要請。

 ― 2015年7月  東京都現代美術館で開催中の子ども向けの企画展で、美術館が、会田誠さん一家による、「もっと教師を増やせ」「教科書検定意味あんのかよ」などと書かれた「檄文」という作品の改変を作者に要請(要請に対してネット上で批判が広がり、展示は原状のまま続けられた)。

 ― 2015年7月  放送大学で、「現在の政権は、日本が再び戦争をするための体制を整えつつある。平和と自国民を守るのが目的と言うが、ほとんどの戦争はそういう口実で起こる」との記述のある試験問題の当該部分を削除。

 ― 2015年7月  都内の複数のJR駅トイレに「安倍は戦争好き」などの落書きが見つかったことで、警視庁が器物損壊事件(!)として捜査を開始

 ― 2015年8月  福岡市が、過去3回は後援してきた、市民団体主催の「平和のための戦争展」の後援を拒否。

 ― 2015年9月  自民党の北海道議会議員が、道内の一部の学校で「アベ政治を許さない」と印刷されたクリアファイルが教師の机の上にあった(!)ことを指摘し、道教委が、「安倍政権を批判する文言を記した文房具が学校内にあるかどうか」(!)について、道内の公立学校を対象に調査を始める。

 ― 2015年9月  安倍のテレビ出演が、それまでの「各局順番」を変更して、日本テレビ系・フジテレビ系・NHKに限られ、テレビ朝日系やTBS系には出演しなくなったことが朝日新聞で報道される。

 ― 2015年10月 東京・日野市役所が、それまで使っていた古い封筒に印刷されていた「日本国憲法の理念を守ろう」という文言に墨塗り(!)を施す。

 ― 2015年10月 国分寺市教育委員会が反原発を訴える映画『シロウオ』の上映会の後援を不承認とする。同作品は、上映実行委員会によってそれまでに全国34か所で上映会が開かれてきたが、自治体への後援申請が不承認とされたのは初めてとのこと。

 ― 2015年10月 文科省が、16年度から中学校で使う社会科の教科書について、「新しい歴史教科書をつくる会」系の「育鵬社版」が、歴史で2.4ポイント増えて6.3%に、公民で1.5ポイント増えて5.7%になったと公表。

 ― 2015年10月 滋賀県高島市の市立中学校で、自衛隊滋賀地方協力本部から配られた「自衛官募集中」などとデザインされたトイレットペーパーが校内で使われていたことが判明。

― 2015年10月 札幌市・北海道博物館の自衛隊基地問題をめぐる常設展に対して、「自衛隊バッシングだ」などとする抗議があり、同館が資料の一部を撤去して差し替える。

 ― 2015年秋  ピーター・バラカン氏が「№9 NO WAR LOVE PEACE」と書かれたシャツを着ていたというだけ(!)で2人の警察官から職質を受ける。
                ピーター・バラカン


― 2015年11月 「MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店」が「自由と民主主義」をテーマに開催していたブックフェアに対して、ネット上で「偏っている」といった批判が広がり、書店は同フェアを一時中止にして、選書を見直す。同時期、類似のフェアを開こうとしていた書店が企画を下ろす。

― 2015年11月 12月に予定されていた「表現の自由」に関する国連特別報告者の来日調査に、政府が延期を求め、16年秋以降に先送りされる。

 ― 2015年12月 福岡県那珂川町の町立中学校で上演予定だった朗読劇について、スクリーンに映される被爆者の写真が「衝撃が大きい」として、町長の指示によって中止に。



そして今年に入って、高市早苗総務相の停波発言をめぐる攻防が始まります。

 ― 2月8日  高市総務相が衆院予算委員会で「放送局が政治的な公平性を欠く放送を繰り返したと判断した場合、放送法4条違反を理由に、電波停止を命じる可能性がある」と発言。それに対して「威嚇」であり「政権による言論統制だ」などの批判が噴出したが、高市は一切反省せず、同趣旨の発言を執拗に繰り返す。安倍は同委員会で、高市発言について、「自分も同じ考えだ」と強調。



■ ここまで事例を挙げてきてうんざりしてしまいましたが、ただ、安倍政権はますます居丈高になると同時に、いっそう巧妙に「戦争させない・安倍倒せ」の声をつぶそうとしています。そして、その政権の意図を忖度し、さらに先取りするかのように、言論の封殺に走っている連中が少なからずいます。決して、放置、容認できる事態ではありません。

 もちろん、列挙したような言論弾圧に対して個々に抵抗する動きも続いています。いち早く、昨年1月には、それまでに「政治的」などの理由で発表を拒否された芸術作品を集めた「表現の不自由~消されたものたち」という展示会が、実行委員会によって開かれ、各地を巡回しています。

 今回の高市発言に対しては、3月1日に、田原総一朗・岸井成格・大谷昭宏・鳥越俊太郎・青木理・金平茂紀の6氏が記者会見し、「私たちは怒っている」との声明を発表しました。



■ ただ、私としては端的に「停波には停波を!」と主張したいと思います。

1946年10月に、マッカーサーらによる報道(とくに新聞への)統制に対して、新聞労働者が「新聞ゼネスト」に入ると通告しました。それに連帯しようとNHKでは、10月5日から労働者が電波調整室を占拠して、自主管理態勢に入ります。警官隊が突入してきましたが、それを阻止し、押し返して、実に21日間にわたってラジオ放送を停止する「停波ストライキ」を闘い抜いたのです。

 戦争反対の声を圧殺しようとする動き、さらに、戦争翼賛あるいはその手前の戦争準備や改憲翼賛の報道を強制しようとする動きに対しては、個々の論者が抵抗を貫くだけでそれを全体的に打ち砕くことはできません。報道が制作される現場を労働者が「自主管理」することこそが、最も現実的な「報道の自由」の確保につながります。

 すなわち、「停波弾圧に対しては労働者の側からの停波ストライキを」だと考えます。そのようなストライキがあらゆる労働現場に広がるとき、戦争を阻止する道と力がはっきりと見えてくるはずです。
             動労千葉スト
                  



■ 映画ですが、ここのところやたらに忙しく、もちろん金もないしで、映画館に出かけられません。しかし、見たい映画は山ほど公開されているのです。というわけで、今回は<見たいけど見てない映画>の紹介です。

 例えば、2月19日付け朝日新聞夕刊の4面・映画欄には、どれもすぐにでも映画館にむかって走りだしたくなるような見事な(と思える)作品が、ずらりと並んでいます。見たいと思える作品がこれほど一度に紹介されている新聞の映画欄は、これまで目にしたことがありません。そして、そのうちの3本までがドキュメンタリーです。

 撮影機器の発達などで記録映画がかつてなく作りやすくなっていることは明らかですが、しかしやっぱり、時代の激動こそが緊迫感に満ちた優れたドキュメンタリー作品を次々に生み出しているということにちがいありません。



■ 上記の映画欄によれば、まず『大地を受け継ぐ』。3・11後の福島で自死した農民の息子として、農業を営み続けている樽川和也氏を追った記録映画です。数日前の朝日新聞の朝刊に当の樽川氏へのインタビュ―記事が出ていましたが、同氏の怒りと思いの深さ、また率直極まりない言葉の強さに胸を打たれました。見なければならない映画だと思っています。


              大地を受け継ぐ
                 
 そして、『牡蠣工場』は、岡山県の小さな港町にある牡蠣の養殖場を取材した作品。その工場は、最近「安い賃金で雇える中国人労働者を迎える」ことになった、ということですが、評者の森直人は次のように書いています。「映し出されているのは市井の日常生活に過ぎない。だが、まるで数珠つなぎのようにあらゆる『問題』が、連鎖し、凝縮していることに驚かされる。例えばグローバリズムの影響が、ローカルな労働環境に及ぼす一筋縄ではいかない軋みなど」、映画の「問いかけは具体と普遍の両輪駆動だ」とのことです。見る価値大いにあると感じさせられます。

『バナナの逆襲』というスウェーデンの監督が作った映画も紹介されています。監督はまず、貧しい農園労働者のために米大手食品会社ドール・フードと闘うアメリカの弁護士を追った映画を作った、ということです。するとその映画について、ドールが「映画は不正確で中傷的」と上映中止を求め、さらに監督を「名誉棄損」で訴えました。そこで監督は、その両方の裁判闘争の顛末を「2話構成のドキュメンタリー」にまとめたということです。監督は、強大な力を持つ相手に対しては、「権力を監視する自由で独立したメディアを維持すること」、「フェアトレード商品を選ぶなど」消費者から圧力をかけ返すこと、「圧力を受けている人たちに寄り添い、連帯を示すこと」で対抗しようと述べています。一見の価値ありだと思います。



■ 昨年の秋に『シャーリー&ヒンダ ウォール街を出禁になった2人』というドキュメンタリーを見ました。「高齢女性2人がウォール街へと突撃する痛快な映画」、という宣伝文句にひかれたからです。

 2人が相当に激しい闘いを展開するものと期待していました。しかし、さすがに92歳と86歳という「後期高齢者」の2人。闘いはのんびり、かつ、ゆったり、そして、まったり。ウォール街で開かれた資産家たちの総会みたいなところになんとか入り込みますが、「経済発展にどんな意味があるの?」と発言しかけて、あっさりと退出を強いられてしまいます。ラストで大学のキャンパスで語りかけをしているシーンが出てきますが、中心の「闘い」はウォール街のその中途半端な発言だけ。

2人の人柄と友情には心を引かれましたが、あまりに淡白な「突撃」に肩すかしをくらった感じがしました。

 それに比べると、上の3作品には、紹介記事だけによってもずしりとした手ごたえを感じます。



■ 朝日の同じ面で3つのドキュメンタリーと並べて紹介されていた劇映画は『火の山のマリア』です。「日本で初めて劇場で一般公開されるグアテマラ映画」とのことです。グアテマラ高地に暮らす17歳のマヤ人の女性を主人公としています。

「メスティソ(白人との混血)との格差と差別、搾取と貧困、男尊女卑、無教育……。スペイン語を解せないと福祉の恩恵も受けられず、医療関係者を巻き込んだ嬰児の売買も珍しくない」といった状況を、「リアリティーを際立たせる」「作為を感じさせない語り口」で「あぶり出していく」作品とのことです。

見るのに緊張を求められそうですが、上記の3つのドキュメンタリーに匹敵する力を感じます。

その上で実は、もう1本見たくてうずうずしている映画があります。『マネー・ショート 華麗なる大逆転』です。資本主義社会をしっかり批判するストーリーを持ちながら、娯楽性が豊かで、見ていて心が躍るという映画も大好きですので、リーマンショックに至ったでたらめな金融資本を痛快にやっつけるというこの映画、いつかは見なければなりません。
            マネーショート
                 

 以上の作品をすでにご覧になった方がいましたら、ぜひ投稿をお願いします。



■ それにしても、2月29日から3月1日にかけての、京都大学での反戦バリケードストを理由にした、6人の学生の逮捕は絶対に許せません。

 学生が戦争に反対して学内でストライキをうつ、というのは、いま最も求められている闘いであり、いまそのような闘いがなければそれこそおかしいというべき、当たり前の闘いです。

 学生が力いっぱい、いま発するべき声を上げ、いま展開すべき学内ストライキ(それこそが生きた授業そのものです)を行ったから、というまさにそれだけの理由での逮捕は、<不当>の域を越えて、戦争のための露わな治安弾圧という他にありません。そのような弾圧は、必ず、それを強行した権力を一気に崩壊させる広範な怒りと力を生じさせます。

この時代を最も正しく代表している6人の学生を、直ちに取り戻そう!
              

第11号準備進む/『「昭和天皇実録」を読む』を読む/『日本のいちばん長い日』/『終戦のエンペラー』/『ジョン・ラーベ』/『英国王のスピーチ』

■ 『序局』第11号(1月下旬発売予定)の準備が着々と進んでいます。戦争・原発・安倍政権・新自由主義と真正面に対決する『序局』。情勢の底まで届く実践的な理論提起と、闘いの現場から発した生き生きした具体論で11号も充実。お楽しみに!

 

■ 『「昭和天皇実録」を読む』(原武史・岩波新書。以下『実録を読む』)を興味深く読みました。

著者は「序論」で、「昭和天皇実録」(以下「実録」)の「最大の問題は、天皇には戦争責任がないというスタンスで一貫させようとしていることです」と書いています。もうこの決定的な1点で、「実録」が全くの「虚録」(という言葉があるかどうか知りませんが)にすぎないということがはっきりします。

『実録を読む』は、「実録」に添って昭和天皇・ヒロヒトの誕生から死去までを追っています。1901年に生まれたヒロヒトは、20歳の時にローマ法王と会っています。そして、法王から生涯に及ぶ影響を受けたらしいのですが、その影響の核心は「社会主義のような『過激思想』には断固対抗する」ということだった、ということです。うーん、ヒロヒトの強固な反共思想はそんなところからも養われて行ったのか。

だからヒロヒトは、普通選挙法(治安維持法と一体で制定された選挙法)による第1回選挙(1928年)の選挙結果について、えらく関心を寄せ、「(選挙によって)無産政党のごとき党派の代表は当選を阻まれ、彼らをして直接の行動を執らしめる虞れについて御下問にな」(実録)ったというのです。

この点について、『実録を読む』は、天皇は「二大政党、すなわち政友会や民政党のような有産者のための政党ではなく、社会民衆党や日本労農党など、無産者のための政党が(議会において)躍進することは、むしろ天皇にとって望ましいと考えていたようです」と書いています。つまり、ヒロヒトは、「革命につながるような直接的な行動こそを」最も恐れていたために、労働者階級の代表を「合法的に議会に進出させておくほうがかえって安心ではないかと考えた」というのです。

ボナパルティスト(対立する階級の調停者のような顔をして、実は徹底して労働者階級を抑圧する専制的人物)としてのヒロヒトの面目躍如です。

 

■ いうまでもなくヒロヒトが犯した最大の犯罪は、アジアへの侵略戦争において、開戦に導き、戦闘を鼓舞し、激励し、指導し、かつ戦争の終結を遅らせ、膨大な人民を死に至らせ、しかも一切責任をとらなかったことです。それらは周知の事実ですが、『実録を読む』によって、あらためていくつかの点を紹介しておきます。

 ヒロヒトは、中国への侵略戦争の「戦勝」を祈り、「勝利に酔っていた」し、太平洋戦争開戦時には「海に陸に空に射向ふ敵等を速やかに伐(うち)平らげ皇御国(すめらみくに)の御稜威(みいつ)を四表八方に伊照り徹らしめ給ひて無窮に天下を調はしめ給へ」などと、とんでもなく舞い上がった「御告文」を作成しています。

             ヒロヒト(1)
          
 そして、宮中で『マレー戦記・進撃の記録』とか『ハワイ・マレー沖海戦』、その他の数多くの「日本軍が最も調子のよかった時期の映画を観続け」、いくら敗戦色が濃くなろうと「一撃講和論――もう一度敵を叩いてからでなければ講和はできない」に固執します。

 1945年に入っても、ヒロヒトは、「二月十四日、早期終戦を進言した近衛文麿に『今一度戦果を挙げなければ粛軍の実現は困難』と述べています。四月二日には沖縄での『逆上陸』作戦を提案しています。米軍が沖縄本島に上陸する前に日本軍が先手を打って上陸し、迎え撃ってはどうかと提案したのです。戦争を止めようとする気配は感じられません」。

 また6月9日の「帝国議会開院式における勅語でも『正ニ敵国ノ非望ヲ粉砕シテ征戦ノ目的ヲ達成シ以テ国体ノ成果ヲ発揮スベキ秋ナリ』と述べています」。 全ての空襲そして、沖縄・広島・長崎の惨禍についても、<戦争終結を遅らせた天皇が人民を殺した>と言い得る事実が存在するのです。

 

■ それでも、8月に入る頃には、さすがに「この戦争は負けだ」ということを認識し始めます。それで、戦争の終結を目論むようになるのですが、ただその前に、内大臣の木戸幸一から、「(本土決戦なんかやって)万一失敗すれば皇室も国体も護持し得ないため、難を忍んで和を講じることが緊急の要務である」という進言を受けています。木戸はさらに「爰(ここ)に真剣に考へざるべからざるは三種の神器の護持にして、之を全ふし得ざらんか、皇統二千六百有余年の省庁を失ふこととなり、結局皇室も国体も護持し得ざることとなるべし」とも「言上」しています。

ヒロヒトの戦争終結の「聖断」は、結局は、この木戸の進言の線に沿ったものでしかありません。そこには国体・皇室・三種の神器を守り抜くという意志はあっても、「国民の苦しみ」への配慮など全くないのです。ところが「実録」は、木戸の前者の進言は記していますが、後者の三種の神器についての進言は載せていないということです。『実録を読む』は、「この個所だけでなく、『実録』にはなぜか三種の神器の護持に関する記述がありません」と指摘しています。「実録」はヒロヒトが無数の人間の命より訳の分からない3つの道具の方を死守しようとしていたことを隠そうとしているのです。

さらに、ヒロヒトは7月30日・8月1日・8月2日に至っても、それぞれの日に「宇佐神宮、氷川神社、香椎宮に勅使を送って、敵国撃破を祈らせている」のです。

 

■ そして、戦後においても「何か重大な出来事があるたびにアマテラスに奉告するという天皇のスタイルは、見事なまでに一貫しています。この点においては、憲法や皇室典範が改正されようと、戦前と戦後の間に断絶はありません」ということなのです。ヒロヒトは、「現人神であることは否定しても、神の子孫であることまでは否定していない」し、「『万世一系』自体には揺るぎない信念を持っていた」。「天皇の憲法認識は、少なくとも戦後の日本国憲法とは程遠い」のです。

 ところがヒロヒトは、1946年5月31日に「マッカーサーと会った際、『新憲法作成への助力に対する謝意』を表明しています。なぜでしょうか。天皇制がともかくも維持されたことに安堵したからにほかなりません」。

                   ヒロヒト(2)
                     

■ ヒロヒトの共産主義と革命への憎しみと恐れは消えることがありません。1946年のメーデー、続いて5月19日の「食料メーデー」など、皇居前での激しい闘いに直面した彼は、5月24日に「この際にあたって、国民が家族国家のうるはしい伝統に生き、区々の利害をこえて、現在の難局にうちかち、祖国再建の道をふみ進むことを切望し、かつ、これを期待する」などという「第二の玉音放送」を行います。そこには「革命を主張する勢力がすぐ目の前にまで迫って来たことに対する恐怖感があったでしょう」ということです。

 ついでにいえば、現天皇・アキヒトは、1945年11月に、合法化された共産党について、ヒロヒトに向かって「共産党は取り締まらなくてもいいのかと尋ねている」のです。労働者階級の決起に対する懸念と恐怖は、2代にわたって引き継がれています。

 私は、ヒロヒトやアキヒトが人格的に<極悪非道>の人物だとは思いません。しかし、天皇であるという存在から規定されて、2人とも骨の髄まで反労働者と反革命のかたまりになっています。その上でヒロヒトには、戦争責任について問われると「文学的な問題であり答えられない」などとする、これは人格的な、したたかで卑劣極まる自己保身の性情があらわです。

 

■ ヒロヒトが戦後、日米安全保障条約が結ばれるまでの一時期、カトリックに急接近していったことについて、『実録を読む』は、「ローマ法王庁を中心とするカトリックに身をゆだねることで、表向きはアメリカと協調しつつ、その実アメリカに対抗する別のチャンネルを確保しておきたかったのではないでしょうか」と書いています。これには、ちょっと驚かされました。いずれにしろヒロヒトは、非政治的な存在どころではありません。

 52年の「血のメーデー」には「神経をとがらせ」、同年10月の総選挙で「左派」社会党が54議席を得るとたちまち「社会主義の脅威を感じ」とり、翌53年の中央メーデーが平穏に終了するとやっと「安心」し、55年になると、渡米予定の外相・重光葵に対して「日米両国が協力して共産主義に対処していく必要があり、また日本に駐屯する米国軍隊の撤退は好ましくないと思う」と意向を示しています。なんて奴だ!

             ヒロヒト(3)
            
 さらに、60年闘争、70年闘争あるいは、「よど号ハイジャック事件」などについても「侍従にしきりに様子を尋ね」ています。『実録を読む』は、「そこには、潜在的な内乱ないし革命に対する恐怖感があった」としています。「七〇年代になっても依然として過激な左翼活動が頻発しているので、御用邸に行こうがどこにいようが、天皇は心を落ち着けることができなかったに違いありません」ということなのです。

 

■ ここまで読んでくれば、1986年の「天皇在位60年式典」や、90年の「代替わり」行事に対する、数多くの実力闘争や「ゲリラ戦争」の痛快さがあらためてはっきりとしてきます。それらの闘いは、天皇制とそれへの幻想を真正面からふっ飛ばしました。

そして、その闘いは同時に、「国民の融合」を目指して天皇と天皇制を擁護する日本共産党の反革命性をも鮮やかに撃ち抜いたのです。

 

■ なお、『実録を読む』は、その「あとがき」において、現天皇・アキヒトを安倍普三に対置させて評価しようとする<知識人>たちに対して、学者らしい穏やかな表現で次のように批判しています。

 「安倍政権の進める安保法制は憲法違反だと考える人々が、自民党一党優位の政党政治に失望し、自分たちの思いを代弁してくれる天皇の『お言葉』に期待しているとすれば、それこそ憲法違反であり、政党政治を否定して天皇と臣民との一体化を主張した昭和初期の超国家主義に類似する危険すらあることに気づかなければならない」。天皇への期待は、どのような回路をとろうと、結局は、新たな戦前を準備するものでしかありません。

 

■ 私は、7、8年前に、有楽町のマリオン前で「迎賓館・横田裁判の完全無罪をかちとる会」の街頭宣伝に参加していて、アキヒト夫妻を目近に見たことがあります。

 街宣中の私たちの前にいきなり制服の警官が走って来て、道路側に並んで立ち始めました。何事なのかと私はビラまきの手をとめました。するとすぐに、日比谷公園の方角から、白バイに先導された黒い車列が走って来るのが見えました。わりとゆっくりしたスピードでした。

 並んだ警官たちは、車から私たちが見えないようにしたかったのだと思います。しかし、「人権が奪われるとき戦争が始まる」などと書かれた横断幕を引き下ろすことはできません。ゼッケンを付けた私たちを排除することはできません。私たちは、ビラを手にし、ゼッケンを着けたまま警官たちの列に割り込み、道路側の最前列に出て車列を眺めました。すると、車の中のアキヒト夫妻が見えてきました。こちら側に皇后・ミチコが座っています。

 近くに来ると、ミチコの表情まではっきりと読み取れました。彼女は、私たちの前を通過するとき、私たちの左右にいてたまたま天皇夫妻の車列に遭遇して嬉しそうに笑っている人たちの笑顔と、私たちの表情の険しさとのちがいに気付いたようでした。私は一瞬彼女と眼があったような気もしました。彼女が私たちのゼッケンや横断幕の字まで読みとったとは思えません。しかし、それまで微笑して沿道の人たちに会釈していた顔から、ふっと表情が消えました。そして、明らかにいぶかしさと、そしてかすかにではあれ怯えたような顔を、たしかにしたのです。

 車はすぐに行きすぎましたが、私は、やや大げさに言って、天皇(とその家族)の本質の一端に触れたような気がしました。それは、『実録を読む』でもヒロヒトのこととして度々触れられている、常に抱かざるを得ない人民の怒りへの恐怖の思いです。

 

■ ともあれ、天皇制など1ミリも許してはなりません。皇居前広場がほんの一時「人民広場」になったことはありますが、広大な皇居の全体を恒久的な「人民公園」にしないでどうするか、です。

 

■ で、天皇に関わる映画ですが、まず『日本のいちばん長い日』(私が見たのは1967年製作の岡本喜八版)。悪質な作品と言わなければなりません。天皇制や侵略戦争の本質を全く描き出そうとしていません。

 天皇は戦争終結の「聖断」を下した人物として美化され、さらに、最後まで戦争継続を主張した阿南惟幾(あなみこれちか)陸軍大臣まで<日本の将来を思う無私の立派な軍人>として、三船敏郎に演じさせています。 

    日本のいちばん長い日

 結びのナレーションが「今私たちはこのようにおびただしい同胞の血と汗と涙であがなった平和をたしかめ、そして日本と日本人の上に再びこのような日が訪れないことを願うのみである。ただそれだけを」と語りますが、ここで心配されているのは、あくまで「日本」と「同胞」・「日本人」、「ただそれだけ」です。侵略して殺戮した2千万人のアジア人民の命には何の想像力も考慮も働かせようとしていません。

岡本喜八は『日本のいちばん長い日』について自ら反省して、戦争指導者など1人も出てこない『肉弾』を作ったとのことです。そのことによって「反戦映画作者」として再評価されている、といった新聞記事を見たことがあります。しかし、『肉弾』に描かれているのも、岡本と同世代の「同胞」「日本人」の深刻な被害だけです。

戦争による日本人の被害を描き出すことが無意味だとは言いません。しかし、徹頭徹尾帝国主義侵略戦争であり「加害」の戦争であった先の戦争、そしてこれからの戦争に反対するのならば、「同胞」の視点や意識などまっさきに投げ捨てなければなりません。「労働者に祖国はないし、国境はない」――戦争反対の最初の正しい認識はここからしか生まれません。

天皇ヒロヒトの「聖断」は、敗北を知って、あくまで「国体」を護持するためになした判断であり、そこに積極的な意味は全くありません。大体、戦争や天皇を、それまでの全ての経緯を捨象して、1945年8月15日の1日に限定して描き出そうとするのが決定的な誤りです。

敗戦70年にあたってリメイクされた原田眞人の『日本のいちばん長い日』では、本木雅弘が天皇を演じたそうです。ヒロヒトがいっそう美化された、いっそう悪質な映画になっているような気がします。

 

■ アメリカ側から天皇を描いたのが『終戦のエンペラー』(ピーター・ウェーバー監督・2013年)。長いコーンパイプをくわえてやって来たダグラス・マッカーサー(缶コーヒーのCMでおなじみのトミー・リー・ジョーンズが演じています)が、日本専門家のフェラーズ准将に「本当の戦争責任者は誰か探り出せ」と命じるところから映画は始まります。

 マッカーサーは、フェラーズの進言を受けて、次第に「天皇が去れば共産主義者が入り込むから彼を温存しておこう」という方針を固めて行きます。アメリカ本国のさしあたりの意向は「天皇を処断しろ」というものです。マッカーサーは「日本の国民の反乱を抑えるために、天皇の処刑は回避すると同時に、その責任はフェラーズにおしつけて、アメリカで大統領選に立とう」と考えている人物として描かれています。                
 最終的にフェラーズは、「天皇についての戦争責任の有無は分からない。しかし、戦争終結においては重責を果たした。もし、天皇が裁かれれば政府は転覆し日本全土での反乱は避けられない」という報告書をまとめます。マッカーサーは、その報告に具体的な証拠がないことを危惧して「それなら私が直接天皇に会おう」と提案し、例の有名な2人の「会見写真」の状況に至ります。そして、マッカーサーはヒロヒトの人格に感銘も受け、天皇を護持する決意をさらに固めた、という荒筋になっています。 

 マッカーサーとヒロヒトの協力関係(アメリカによる天皇と天皇制の利用)は、まさしく戦後革命の圧殺を目的としていたわけですが、映画はそのことを明確に描くわけでも、弾劾するわけでもありません。そして、ヒロヒトについては、「勇気をもって戦争終結の聖断」を行った傑出した人物としてまとめ上げています。2013年にこのような映画がアメリカで製作されたこと自体にキナ臭さを感じます。

 

■ 2本の映画を紹介していて気分が滅入ってきましたので、ちょっと違う映画を紹介します。『ジョン・ラーベ 南京のシンドラー』です。フロリアン・ガレンベルガー監督、ドイツ・フランス・中国の合作で、2009年の作品。南京虐殺の際に、市内に「国際安全区」を作って、市民を日本軍による殺戮から守ったジョン・ラーベの日記を劇映画に仕立てた作品です。

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 日本では劇場上映を引き受けるところがどこもなくて、労働組合などで組織された「上映委員会」による特別上映会で見ることができました。特に傑作というのではなく、報道などによって大体知られている事実がそのままわかりやすく劇映画にされた、という作品です。私としては見終えて2つのことを感じました。

 1つは、このような映画こそまっさきに日本で広く劇場で公開されなければならない、ということです。映画興行界は一体なにをやってんだろう、です。上映会後の講演で誰かが言っていましたが「別にタブー視しなければならないほどの映画ではない」のです。このような映画の上映が意図的に回避されるとしたら、日本に<表現の自由>などまるでありません。

 もう1つ、俳優・香川照之の勇気に感心しました。香川は映画で、朝香宮鳩彦(やすひこ)中将を実に憎たらしく演じています。朝香宮というのは、皇族の1人で、「朝香大将宮殿下」と呼ばれていたというほど侵略戦争にのめりこんでいた人物です。自ら「南京攻略戦」を率いて功績を上げ、39年8月に陸軍大将に昇進、敗戦直前には「本土決戦」を本気で主張しています。ただ、それでも戦後は、「皇族」ということで戦犯指定を逃れています。              
 香川はこの男を、とにかく「殺すか殺されるかだ」と激しく力説して、市民を含めて皆殺しを命じる悪逆な指揮官として、迫力を込めて演じきっています。ひょっとして香川は、どうせ日本では上映されないだろうと思っていたのかもしれませんが、「明治維新」以降の皇族をこれほど徹底して悪役にした日本の俳優の演技を、私は他に知りません。「反日映画」とみなした作品の上映館の周りを右翼の街宣車が走り回り、脅迫までするといった状況のなかで、やはり勇気が要ったろうと考えます。

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■ イギリス王室の映画として、『英国王のスピーチ』(トム・フーパー監督、2010年)があります。「吃音症」に苦しんでいたジョージ6世(エリザベス女王の父)が、どうやってその症状を克服していったかを描いた映画です。

 作品賞、主演男優賞(コリン・ファース)など4つのアカデミー賞をとって、評判になりました。「王の人間性や、治療者の恐れることのない率直さが見事に描き出されている感動的な作品」などと評されました。しかし、ジョージ6世がどうしても成功させようとしていた「スピーチ」は、他ならぬ、ドイツに対して開戦を宣告するラジオ演説だったのです。映画の中でチャーチルが言っています。「戦争を始めるためには国民が一致して支持できる王が必要だ」

              ヒロヒト(7)

 ラストシーンは、ジョージ6世がマイクに向かって、口ごもることなく、力強く「皆がひとつになって大義のために戦おう」と宣告するという場面です。つまり、この映画は、「人間的な王」が人々を戦争に導くことを完全に肯定的に、人の共感を呼ぶように描いた映画なのです。なにが「心温まるヒューマンな作品」でしょう。映画を評した人で、「英国王のスピーチ」自体が人々を戦争に動員するためのスピーチだったということに触れた評が全く存在しないことにあきれます。ともあれ、イギリス帝国主義はいま、ジョージ6世のような戦争のアジテーターを欲しがっているということかもしれません。

 現代にも生き残っている、天皇や「エンペラー」や王や王子や、皇族やら王族やら、そのような連中は、その存在自体がいつでも戦争の扇動者でしかありません。労働者階級の力で、できるかぎり速やかに地上から消し去るに限ります。

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