海と犬と湖と

横浜でヨット生活を送っています。クルーザー歴は3年になりましたが相変わらず貧乏船主です。 クルーはシェルティ(♀)の愚犬リル。 いつも二人で東京湾に浮かんでます。 アーサー・ランサムの影響を多分に受けてます。

さて、旅の疲れも取れてきたのでお約束の話を。

奥出雲の「砂の器」を巡る旅は奥出雲町木次線三成駅を起点とした。
ここからは映画「砂の器」をご覧になった方だけが分かる話なので、テレビや小説しか見ていない方は分からないと思う。
四十余年も前の映画だけに、映画館で見たという世代は私が最後の方かもしれない。

三成とは言え、当時の映画ロケ現場など町の人さえ知らないのが当たり前。50歳より前の人は映画そのものを知らないだろう。
随行したスミノクラ氏がその辺の老人に声を掛けて訊いてくれるが、老人過ぎると昨日の事も覚えてないからねえ。
P6253743

ここ、三成では今西刑事(丹波哲郎)が殺人事件の真相を調べるべく地元の三森(三成)警察署を訪ねるシーンが撮られている。そのロケで使った警察署跡を捜す。
P6253745
        こちらは本物。

スミノクラ氏が町の写真館でその答えを引き出してくれた。
さすがに写真館のご主人は町の歴史を知っておられる。
訊けば、現三成署近くにあった旧イナガキ医院を借りてロケをしたとのこと。
が、現場に行っても、そんな形跡もない。
またスミノクラ氏が現場百回の聞き込み調査をしてくれる。(仕事変えた方がいいんじゃないの)
タクシー会社で教えてもらった旧イナガキ医院は現在駐車場になっていた。
P6253747
それでも記憶の端に残るわずかな町並みの気配は感じることができた。

だから何だ?と思われたら、身も蓋もない。
この映画に感銘を受けたという方、いつか奥出雲に行ってみたいと思われる方のみ、この先に進んで欲しい。

次は雲南市下久野。
三成から北上すること20分。久野川にかかる久野川大橋の袂にあるこの石灯籠。
P6253749
不治の病と言われたライ病(ハンセン氏病)のため故郷を追われ、2年以上の行脚放浪の末、本浦千代吉(加藤嘉)とその一子、秀男(春田和秀)がボロボロになって亀嵩にやってくるその最初のシーンがこの石灯籠。
千代吉は倒れ込むようにこの石灯籠にすがりつく。

P6253748
雲南市大東町下久野にあった石灯籠は、県道の拡幅工事でここに移転されている。
奥出雲の伝統なのか、こうした石灯籠は神社や町境に散見される。

P6253752
久野川。
斐伊川の支流だが、今はバイパス工事で護岸もきちっと整備されている。
映画では本浦千代吉が亀嵩村の隔離病棟に移送されてから、一人になった秀男がここで砂の器を作るシーンが出てくる。

砂の器は、作ってもすぐ崩れてしまう。また、水を注いでも受けとめることができない。
何者も受け入れず、情愛もこぼれ落ち、やがて自ら崩壊していく孤独な人生を表している。
と、私は思っている。
秀男はやがて戦災によって生じた本籍再生を利用し和賀英良(加藤剛)となり、新しい人生を歩み始め、苦学して新進気鋭の音楽家となる。
しかし、退職した亀嵩駐在所の元巡査三木謙一(緒形拳)に正体を知られ、存命している千代吉に会えと強引に迫るがついには殺人に及んでしまう。
音楽家和賀英良としては順風満帆。その集大作、交響曲「宿命」の発表コンサートで大成功を得たように思われたが、ステージ裏には殺人罪の逮捕状を持った今西刑事がいた…

久野川沿いに走るJR木次線は三段スイッチバックとかで有名らしい。
P6253751
鉄道好きのアダチ君には垂涎の的なんだろうが、私はまったく興味がない。

この木次線を横に見て下久野駅を過ぎ、鉄路が南へ曲がる辺りに「亀嵩駐在所」のロケ地がある。
IMG_0900
映画の中では核となる少年期の和賀英良と駐在所巡査三木との出会い、そして父本浦千代吉との別れがこの駐在所を中心に繰り広げられていく。

橋の袂に作った駐在所は当然のことながら撮影後まもなく撤去された。
そのロケ用セットはF原さんの家の敷地内に建てられたものだから、撮影前から当時のご家族とキャスト、スタッフとはご一緒しており、親交を結び、またエキストラとしても映画に出ておられた。
image

私たちが車を橋の袂に止め、ロケ地確認のため周辺をウロウロしていると、一台の軽トラが橋の向こうにある納屋兼駐車場に入ってきた。
IMG_0899

農作業を終えたのか、初老の男性がこちらに歩いてくる。
まずいなあ、無断駐車だからなあと思っていると案の定尋ねられた。
「なにか御用でもありますか?」
「あのう、実は映画の『砂の器』の舞台を廻ってまして…」
「ああ、多分そうだと思いました」

この方がF原氏。
撮影時には二十歳で働きに出ていた為、その現場にはいなかったという。
「なんなら、アルバムでも見ていきますか?」
と、不審人物と通報されても仕方ない私たちをなんの躊躇いもなく母屋に誘って下さった。

映画のDVD版には特典映像として、冬の奥出雲を尋ねる紹介動画が入っている。
私の旅の大半はこの動画を元に事前学習したものだ。
その中には、駐在所が作られた土地の所有者F原氏のお父様が実名でインタビューを受けているシーンもある。
IMG_0903
          駐在所の看板裏面

その先代のご主人が当時の貴重な資料と写真を大事に保管されていて、四十余年経った今も子のF原氏に引き継がれている。
先代は3年前に他界されたが、今でも時々映画「砂の器」の舞台を見に人が訪れるという。
実際、この四十余年の間に訪れた方の名刺などを見させていただいたが、映画監督やプロデューサー、シナリオライターやTV関係者のお歴々が多く、この映画が次代に残したものの大きさをあらためて知ることになった。

この続きは、また明日。

旅の思い出をゆっくり反芻する暇もなく、虫に刺されて腕がかぶれたという母の具合を見にまず実家へ。
家内も抜糸が終わっていないからねえ。
ついでに出雲大社で買った長寿お守りなどの土産を持っていく。
IMG_0965
        久しぶりの車だあ。

ケアマネが言うほど酷くはなく、去年私が同じように虫さされでかぶれた時に皮膚科でもらった塗り薬を置いてきた。
旅の事やスミノクラ氏のことなど、話すことがたくさんあって気がつけばすでに昼前。
リルが痺れを切らしてギャンギャン吠えるものだから、亀嵩蕎麦の作り方をおさらいし、久しぶりにコンビニで弁当を買って帰る。

リルは今までの留守番の苦労を訴えるように、しつこいほどじゃれてくるので、食後に散歩。
IMG_0967
      へへへ、うまくいった。

曇天で、夜から雨という予報だが、できるだけ長く散歩してやる。
同じ港町でも神戸の雰囲気とはまったく違う横浜の風景。
この丘のある景色が妙に馴染んでるんだな。
IMG_0966

九州は今日も豪雨だし、昨夜は震度3ながら地震もあった。
スミノクラ氏は少し休養できたかしれないけれど、ご内儀は大変だろうなあと思いつつ、息が上がってきたリルとトボトボ歩く。
これが日常だよなあ。
IMG_0968
      そうそう、散歩が一番。

戻ってからボランティアの準備。これも頭の整理ができてないからひっちゃかめっちゃか。
遅くなったけど、これから出かけてきます。

って、もう教室にいます。
終わった後の天津タンタン麺が楽しみ~

なんとか家にたどり着いています。
疲労困憊。
でも、取り敢えず旅の簡単な経緯だけ書いておきましょう。
映画「砂の器」をめぐる旅の詳細は、また後日にします。
団塊世代の方には、じゃあ俺もと言う方があるかもしれませんしね。

それでは奥出雲から松江に戻ってからのことです。
旅館はしんじ湖温泉で取りました。旅館に入る前に国宝松江城をスミノクラ氏と訪れました。
土曜ともあってそれはそれはすごい混みようで、中国語が飛び交い、天守閣への入り口には列ができる始末。

明治になって廃城令が出てボロボロになった松江城は、当時の有力者達を中心に金を出し合い当時のお金で180円で買い取られ民間に払い下げられました。日本初のナショナルトラストとも言えるこの城は、戦国の世が終わり告げた関ヶ原以降の築城なので政務中心の平城となります。今でも横に県庁、市庁舎と並びます。
P62537852
漆喰の少ない天守は、むしろ質素な程ですが、かつての城はだいたいこんな感じです。今ではモルタルの城になってしまった多くの城に比べれば、ずっと江戸期の城に近いんじゃないでしょうか。
グルッと回って、今はない戦国時代の松江城の遺構を考えたりしていました。
友人タカハシがはまっている小泉八雲記念館は、改装のため7月2週まで休館でした。

スミノクラ氏は飽きもせず蕎麦ばかり食べているので、温泉宿の料理が唯一の栄養源になっており、ただがむしゃらに風情のない食べ方をしておりました。(お土産にも蕎麦を買ってました)
IMG_0928 (2)

部屋の灯りを全て消し、涼風に身をさらして宍道湖の夜景を見つつ、遠く奥出雲や亀嵩に思いをはせながら、今まで辿ってきた道程を思い返しておりました。
「いやあ、いい旅行をさせてもらったよ」
と言うスミノクラ氏の科白はそっくりそのまま「砂の器」の今西刑事の科白だなあと想いながら、床につきました。

翌日は鳥取の境港に行きます。
漫画家水木しげるはNHK「ゲゲゲの女房」でその作品以上に個人として脚光を浴びましたが、実際その壮絶な人生と破天荒な人柄、またアグレッシブな行動には驚かされます。
残念ながら昨年お亡くなりになったので、一度生まれ故郷の境港を訪れたかったのです。

彼の漫画は多種多様、鬼太郎や悪魔君はアニメにもなりましたし皆さんご存じですからあえて書きませんが、実体験に基づく痛烈な批判を込めた従軍記や戦記物も私は好きです。
P62637912
人生の大半は東京で過ごしたにも拘わらず、ここ境港はどこに行っても水木しげるのキャラクターがいっぱい。
彼の描いた妖怪たちは決して怖くありませんが、そんなキャラクターが町興しとしてこれだけ成功している所は珍しいでしょう。

そんな彼の好奇心を満たしていた境港にも行ってみます。
P6263798
なんか懐かしい船がいました。

境港から海を見ながら神戸に向かいます。
晴天にも恵まれ、海も濃縮された青を湛えて美しく、途中弓ヶ浜に寄ってみます。
P6263805
白い砂浜の向こうには大山もかすかに見えて、夏だけなら日本海も悪くないなあと思いました。
近くのマリーナから出たヨットを見ていると、リルが思い浮かんできます。
寂しい想いをしてるだろうなあ。

夕方神戸のスミノクラ氏の別宅に戻り付くと、彼のお嬢さんが待っていてくれました。今は大阪の某大手企業で働き社寮暮らしをしていますが、つい1年ほど前まではこの別宅から大学院に通っていた才媛です。
私には娘がおりませんので、生まれた時から知っている彼女が、見る度に美しく成長していくのが楽しみでしょうがありません。少なくとも私だけは親戚以上の思い入れを持って彼女を見ていましたが、もう”○○ちゃん”などと言っては失礼なほどきれいになっていてドキッとしました。

彼女はせっかくの休みなのにわざわざ神戸に来てくれて、私たちの為にお好み焼きを作ってくれました。
彼女が社寮に移ってから、別荘化してしまった神戸のマンションですから絶えず糧食があるわけではありません。それでも一生懸命作ってくれたお好み焼きはとても美味しく、それは彼女が私に作ってくれた最初の手料理ですから、とても嬉しく、なによりありがたいもので、この旅の一番の思い出になりました。
rokkou
彼女と短い時間ながら共に過ごせたことも、その夜スミノクラ氏と日付が変わるまで語り合ったことも、私にとっては有意義で楽しい時間でした。

翌朝、神戸を発ち家路を急ぎます。
あとは帰るだけですが、さすがに疲れがピークにさしかかっていました。
横浜までの540kmを運転して行くには好天過ぎ、また単調な高速運転ですから睡魔が襲ってきます。
浜名湖まではなんとか来ましたが、そこで昼食をとったら、もう体を投げ出して寝たくなります。
hamanako)

このままでは事故になりかねないので、”本日の空き室”をネットで探すと、静岡のビジネスホテルに一部屋見つかりました。
ほっぺたを叩き、膝をつねりながら、なんとか静岡までやってきてチェックイン。
もうひたすら寝ます。夕飯も食べたくないくらいです。泥のように寝ました。
IMG_0956

静岡ではホテル近くの駿府城を見て歩いた程度で、チェックアウトも遅めだったのですぐ帰途につきます。
家に帰ったのはそれでも昼過ぎ。
リルが喜んで迎えてくれる思ったのですが…
rilljpg
    アンタ、誰?

いろんな匂いを付けて帰ってきたせいか、悪さをしていたせいか、素っ気ない素振り。
声を掛けて初めて気がつく愚犬ぶりはあいかわらずでしたあ。







この旅のメインは映画「砂の器」の舞台を回ること。
昨日の豪雨はすっかり止み終わり、スミノクラ氏と奥出雲に入る。




















詳しいことは、また家にたどり着いたらブログに上げるが、ある方にとても親切にしていただいた。
お忙しいところを申し訳ないほど時間をとっていただいていろいろ説明してしてくださった。
旅の出会いにスミノクラ氏も私同様いたく感動していた。




















事前に調べた奥出雲ロケ地6箇所すべて巡り得た以上に、人との出会いが嬉しかった。
来てよかった。
スミノクラ氏と道々そんな話をしながら、奥出雲と「砂の器」を堪能した。
今日も天に感謝。

今は宍道湖の畔で温泉に浸かり、舌鼓を打ち、友と語っている。




















湖上を渡る風があまりに涼しく気持ちがいい。

神戸のスミノクラ氏別宅を出た朝は晴れ間さえかすかに見えていたが、神戸北から中国道に入った頃から降り始め、どんどん強くなった。

















奥深い中国山地を走る頃には、バケツをひっくり返したような豪雨に見舞われ、断続的に横なぐりとなり、生きた心地がしなかった私の横でスミノクラ氏は「砂の器」のDVDを見ていた。
時々、話しかけられるものの、こちらに余裕がないものだから、返事も虚ろ。




















それでも宍道湖を右に見て、昼食をとる頃には小止みになって、一安心。
本日の目的地、出雲大社が近づいてくるとまた豪雨。
とうとう神の怒りを買ったか?
お前たちのような不信心者は、この地に入るべからず!
そう言われてるようだった。
が、それでも進軍を止めない我々に呆れかえったか、何も考えていない我々の無我を認めたか、大社大門に着くと小止みになった。




















大社は荘厳で、霊験あらたか。
どことなく神秘的でさえあるのに全てを受け入れる深さをたたえている。 
こんな日には誰も来てないんじゃないかと思ったら大間違い。
団体様がウヨウヨいる。
ムー、さすが大国主。
一回りして、こうべを垂れつつ歩く。
お隣の古代歴史博物館にもよる。
ここは必見だね。 




















スミノクラ氏も痛く感銘を受けたようだ。
私も知的好奇心が満たされたいへん満足。
早めにホテルに入り、グター。
夕食をホテルで取りながら、スミノクラ氏とたくさんお話ししましたあ。
でも、ちょっと疲れたあ。 
明日も早いので、もう寝ます。

朝7時過ぎに出発。リルには知らないふりをして、そっと出る。
 優しい雨だったが東名高速に乗ったとたんに渋滞。
image
 今日は事故と道路工事と土砂降りで終わるのか

少なくとも浜松くらいまでは豪雨となった。
景色もへったくれもない。ひたすらラジオで交通情報と天気予報を聴くばかり。
image
 岡崎手前の美合PAで早めの昼食。

伊勢湾岸道は なぜか15kmの渋滞になっており、関ヶ原経由の大回り。
ここからは気持ち良い晴れ間が出てきて、快適な走り。
草津PAには14時半に着いた。
image

 ここからは京滋道路。
ブログで知り合った関西人のテリトリー。
宇治だの吹田、天王山だのを見るにつけ、皆さんの顔が…っていうかブログが浮かんでくる。
 神戸に入ってガソリン満タン。
熊本からやってきたスミノクラ氏 とは、丁度彼の別宅前で鉢合わせた。
16時到着。
image

 本日不在の娘さんのお部屋でドキドキして寝るところです。

今日もなんとか雨はしのげたが、九州はとんでもない豪雨になっている。
スミノクラ氏と神戸で待ち合わせたが、大丈夫かな?
で、メールを送ってみると、「準備万端」の返事が返ってきたので、私が生きていたら名古屋辺りで連絡すると返信しておいた。
P6213736
明日から出雲をめぐる旅に出ます。全行程車です。
予定では27日の夜に帰る事になっております。
が、帰り神戸から一気に横浜はちょっときついかもしれないので、疲れ具合によってはどこかでもう一泊するかもしれません。
往きはよいよいなんですけどねえ。フネに乗っているせいか寄る年波には勝てません。

「砂の器」の舞台、奥出雲が中心ですけど、始めていく島根県ですので松江城や出雲大社にも回る予定です。
九州の土砂降りが奥出雲に降ったら、生きて帰れないか、救出が必要になるだろうなあと思っておりますが、せめて最期は草深い山中ではなく宍道湖、できたら日本海をみて逝きたいです。
無事に帰れたらお慰みと言うことで…

一番辛いのはリルと離れること。
朝、整骨院へ行き、車のガソリンを満タンにして戻ってから、ずーっと散歩してました。
IMG_0859
    こんなとこまで行ったんだよ。

家内が足を怪我しているので、愚息に私の代役を務めさせますが、適当に済ませそうでリルが不憫でなりません。
きっちり申し渡しておきましょう。家内にも休みを取ってもらいましょう。
親父の遊びに家族が振り回される我が家ですが、まあ今に始まったことではないので、適当にお土産買って誤魔化すことにします。
IMG_0860
       ビッケは?

旅行中、できたら写真の一つもあげたいのですが、余裕が無ければ一週間ほどお休みです。
悪しからず。

朝から雨。いよいよ梅雨本番だあ。
旅行する島根県も毎日傘マークが付いてる。雨男の本領発揮だあ。
でも、今日は涼しい。梅雨はこうじゃなくっちゃ。
リルも外を見て諦めがついたのか、朝寝の臨戦態勢。
まだ旅の用意もしてないが、ヤブ医者へ例月の経過観察。
雨の日は空いてるからいいね。
とにかく薬だけはもらわないと、旅行中に薬切れになる。
が、何故か調剤薬局が混雑。
結局いつもと同じ、昼頃解放。
IMG_0855

昼食のパンと手土産を買って家に帰り、リルと遅めの昼食。家に帰らないとノルマのサクランボが夕飯時に倍になるからねえ。
この2,3日パン食になってるのも、サクランボのせいか?

旅行鞄を取りだして、さあ荷造りでも始めようかと思っていたら、雨が止み、少し薄日が差し始めた。
当然のごとくお昼寝のリルを叩き起こしてマリーナへ。
明日はまた天気悪そうだし、ボランティアもあるからフネには乗れそうにない。
このまま旅行に行くのはちょいと寂しい。
万が一、途中で事故にでもあったら二度と乗れなくなるかもしれないからねえ。
天が与えてくれたわずかな時間に感謝。
P6213715
       ちょっと涼しいね。

当然誰もいないマリーナ。風も微風だが波もない。
機走に決定。
少しでもいいから海に出たい。
死出の旅路となった森の石松だって、草津から三十石舟に乗ってるしな。
P6213717

ほとんど晴れてる。
マリーナを出たのが4時近かっただけに、停泊船以外は誰もいない。
東京湾独占かあ。
P6213720
      気持ちいいよねえ。

バカヤロー!
と一声叫んでやった。(リルは自分の事かと思っていた)

トコトコと波の静かな沖に出て、ちょっと振り返る。
P6213721
こういうキラキラの海は本当に久しぶりな気がする。
だいたい、この時間は帰港してることが多いしね。
ゆっくり福浦沖から根岸まで、ジャムパンをリルと囓りながら潮風を堪能。
むー、これで思い残すことはない。
1時間半ほど、ユラユラ揺れてくる。
機走だろうが帆走だろうが、海はいつも別な顔で迎えてくれるよ。
P6213733
6時近くに帰港。
今日は夏至。まだまだ夕焼けには時間がありそうだ。
それでも夕飯までには帰らないといけないからフネ洗いなし。
10日くらいは来られそうにないから、書棚の下に湿気取りを置いてきた。
効果ないのは分かっているけど、これは本を少しでも大事にしたいというささやかな抵抗。
P6213734

昨日、蓋が半開きになっていた雨水枡を踏んで8針も縫う大怪我をした家内に代わり、夕飯は私が作る。ヤブ医者の帰りに買い物はしてあるから、さっさと作れるのだが、ちょっと長居しすぎたかな?
P6213735
こんな日はマジックアワーを見たくもなるが、そこは我慢して帰宅。

それでも貴重な、貴重な時間でした。
天に感謝。
必ず、出雲大社に詣でる事を天に向かいて約束する。
あー、お腹空いた。
ジャムパン持って来てよかったなあ。



↑このページのトップヘ