2017年03月23日

変わる受験事情(釧路地区)

昨日(2017.03.22)、公立高校の2次募集状況が発表になりました。

驚きました…。
湖陵・江南・北陽、3校のうち2校は、十中八九は2次募集が発生するかと思いきや、それはなし。
(当然ながら、明輝・東・工業・商業は2次募集なし)

対する釧路高専。
定員割れの2次募集。

こうした傾向、今までになかったことです。
釧路高専は、推薦合格者が確定した後、学力試験での選抜を行います。
そして、合格となるのは定員のおよそ2倍。
合格後の入学の意向を確認し、それを加味して合格者数を決めているらしいですが、そんな中、予想外の定員割れ。

こういうことになります。
公立高校と釧路高専の併願者、その過半数が前者への進学を希望した。
湖陵であれば、当日欠席者と入学辞退者がおよそ何名程度。
そうした「相場」がありましたが、それが見事にひっくり返ってしまったことになります。

関係者と情報交換をしたのですが、どうやら最近の就職事情の影響がありそうです。
ここのところ、売手市場が続いています。
どこの企業も人手不足で、新規高卒生の就職内定率は劇的に改善しています。
その煽りを受ける形で、(合格はしたものの)高専入学の辞退者が増加したのではないか…。

読めなくなってきました。
現在では釧路高専は、学生の半数以上が管外からの進学者で占められています。
(管内進学者よりも、管外進学者の方が、総じて学力は高いものになっています)
この地方の子ども達の基礎学力、とりわけ数学の学力。
それがまるで伸びてこない。
伸びないどころか、反対に下がっている。

そのことと無関係ではないと考えます。
数学(学力試験)で最低でも6割得点できなければ、高専という選択肢は出てくるはずもありませんから…。

jounetsu_kuukan at 10:37|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 教育問題 | 雑感

2017年03月18日

学び続けること(それは義務・責務である)

およそ人様の子どもに、ものを教えさせていただくことを生業にする者。
そうした人間の、義務・責務。

学び続けること。

つくづくそう思います。

おそれ【畏れ】
敬い、かしこまる気持ち。
畏怖(いふ)・畏敬(いけい)の念。

い【畏】
うやまい、かしこまる。

謙虚にして、しかしどこまでも大胆不敵であれ。
再びモード・チェンジ。
ありがとうございます。


jounetsu_kuukan at 21:54|PermalinkComments(4)TrackBack(0) 雑感 

長い長い一日(変わる高校入試事情)

昨日は、公立高校入試合格発表日。
長い長い一日でした。

我が釧路地区。
東、工業、商業は、近年稀に見る激戦区でした。
頑張ったものの、残念ながら届かなかった…。
塾人として。
嬉しい反面、しかし悲しいという、長い長い一日が終わりました。
さて、今年度入試に見られた「傾向」を記しておこうと思います。

当日欠席者が大幅に減っている模様です。
従来、釧路高専との併願者で同校への進学を決めている生徒は、当日欠席となったものです。
同校の面接日と公立高校入試日が重なったためです。
しかし現在では、「完全併願」が可能です。
つまり、公立高校・高専の双方の合格を確認し、その後にどうするかを決められるということ。

もっとも、推薦入試で釧路高専に合格している生徒は当日欠席となるでしょうし、私立高校進学組もまた同様でしょうけれど、それにしても当日欠席者が減っている模様です。
湖陵・江南・北陽の合格者数が、定員とイコールとなっていることでもそれが分かります。
(つまり、当日欠席者が以前に比べて大きく減っているということです)
高専への入学誓約の届出は、公立高校入試合格発表日(昨日)の午後3時まで。
公立高校へのそれも同様。

すなわち、ここ一両日中に(公立高校への)入学辞退者の数が確定し、次に繰上げ合格、そして2次募集人数が決まることになります。

一度落ちて、その後に繰上げ合格。

そのケースが今後、増えていくのだろうと思われます。
来週、3月21日(火)が、追加合格者の発表。
3月22日(水)が、2次募集の発表です。

もう一点。
内申点ですね、内申点、すなわち内申ランク。
今回の不合格者は、内申点によるところが極めて大きい。
倍率が高まったなら、内申点が低い生徒、具体的にはHランク以下はほとんど望み薄(オール3でGランク、オール2でJランクです)。
Iランク、Jランクであれば、悲しいかな、絶望的…。
自己最高点を記録。
しかし、それでも内申ランクが災いして不合格に…。

塾生全員の合格を心から願うも、それは果たせず。
嬉しい反面、実に悲しい。
そんな長い一日が終わりました。
ありがとうございました。

《追記》
不登校で評価ができず、オール1。 
それでも、当日点はそこそこ得点できる。
しかし悲しいかな、そういう子は極めて高い確率で弾かれてしまう…。

この理不尽な現実。
何とかしたいものです。 



jounetsu_kuukan at 11:18|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 教育問題 | 雑感

2017年03月16日

生活残業36.4%

民間調査会社が「残業に関するアンケート調査」を実施しました(ネットサーチ、20歳~59歳の公務員・会社員1万145人を対象に調査)。

これによると、「残業する要因」の問いでは、「残業費をもらって生活費を増やしたいから」(34.6%)、「担当業務でより多く成果を出したいから」(29.2%)、「上司からの指示」(28.9%)、「自分の能力不足によるもの」(28.9%)というものでした。

また、「残業が多すぎるか」との問いでは、「多すぎる」が77.9%、「残業ゼロで終わるように企業・団体の幹部が仕事のやり方を考えるべきだ」には、72.3%が賛成しました。一方で、「社会人として成長するためには、残業が必要なときもある」にも52.5%が賛成しています。


色々な読み方があるでしょうけれど、私が着目したのは【生活残業36.4%】です。これ、つまりは積極的に残業を求めているということですね。良し悪しは別にして、そうした人が実に3人に1人以上。昨今の時間外労働上限設定(36協定)の議論を見ていて思うのは、こうした一定のニーズが置き去りにされているということでもあります。

私の社会人経験においても、(傍から見る限りにおいて)「する必要のない残業」を、あたかも水飴を水で薄めるかのごとく引き伸ばしてやっている。そういう人をそれなりに目にした(現在もそう)というのが正直なところです。効率追求に程遠い。塾業界なんかはまぁ、その最たるものかも知れません(笑)。

労務管理という観点から見た場合、こうした部分、はっきり言って多くは「企業文化」由来ですね。経営陣が残業を極力させない、そう決めているところは当然ながら残業は少なく、明に暗に昔のモーレツ社員のような社員を求めているようなところは、これまた長時間残業が常態化しています。

社会保険労務士なものですから、時短、残業削減のアドバイザーでもありますが、まずは経営陣からして「残業をしない・させない」と決意することからですね。忙しくて休憩時間を確保することもままならない。残業もまたどうしても生じてしまう。それに引きずられる形で、帰ることができない(帰りにくい)社員も出てくる。

ならば改善。工夫です。休憩時間を輪番制にする。残業もまた同様。個人ではなくチームで仕事を処理する体制を構築する。いざとなったら、例えば午後8時をもって強制消灯とか。いえ、3Kで名高い塾業界の中にも、そうした取り組みをしているところもあったりするんですね。

いずれにせよ、「残業は美徳」といった古い価値観を捨て去ることことからでしょう。とは言うものの、「休みが多くて、残業がなくて、それでいて給料が高いところに就職したい」とか言っている若い人(特に新卒者)を見ると、思わず苦笑してしまうわけですが。所定時間内に、仕事をやってやってやりまくる。それでなんとか残業に食い込まない。定時で終了。そして満足感。それが本来の姿ですよね…。

jounetsu_kuukan at 12:10|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 雑感 

2017年03月14日

残業時間削減もごもっともですが…

法定労働時間の変遷。

・昭和22年 週48時間制
・昭和63年 週46時間制(週40時間を目標化。猶予措置:週48時間制)
・平成 3年 週44時間制(猶予措置:週46時間制。特例措置:6週48時間制)
・平成 6年 週40時間制(猶予措置:週44時間制。特例措置:週46時間制)
・平成 9年 週40時間制全面実施(特例措置:週46時間制)
・平成13年 週40時間制(特例措置:週44時間制)

さて、私が子どもの頃は週48時間制でした。
そして現在は、週40時間制。

1年間は52週ですから、
52÷12×40≒173.33時間
現在、月の所定労働時間を173時間とする企業も多いですが、その根拠です。

さて、昔のように週48時間ならば、
52÷12×48≒207.99時間
四捨五入して208時間ということになります。
月にして35時間、年にして420時間の差になります。

昨今、いわゆる残業時間(法定外労働時間)の上限が議論になっており、今朝の新聞によると月に100時間未満がそれになりそうだとのことです。

1ヶ月に45時間、1年に360時間。
それが時間外労働の限度(36協定)ですが、実は抜け道があり、「特別条項付36協定」というものを締結したならば、事実上は青天井。
そこに歯止めをかけるということですから、これはなかなかの英断だとは思います。

がしかし。
かつての(労基法上の上限)年間所定労働時間を2496時間(208×12)とするならば、現在のそれは2076時間(173×12)。
昔を100としたならば、現在はおよそ83.2といったものです。
単純に16.8%の労働力カット。

暴論と言われるかも知れませんが…。
例えば、法定労働時間を44時間に戻すといったこと、できないものでしょうか。
例によって、中小企業のみそれを導入できるようにすればいい。
44時間ならば、月の所定労働時間は191時間。
最低賃金(北海道/時給)の786円を乗じたならば、150,126円が(月給の)最低賃金。
ならば、155,000円とか160,000円とかで求人をかける企業が増えることでしょう。

日米経済摩擦があり、とりわけアメリカの外圧に屈し、週40時間労働制を導入。
しかし、長時間労働の常態化はなかなか改善されません。
他方、この売り手市場で企業は人を確保できず。
人が集まらない。
だから、長時間の時間外労働がなかなか解消されない。
だから、その捌け口を非正規労働者に頼ろうとする。
その悪循環。

かつて、働き蜂と揶揄された日本人。
しかし現在では年間総労働時間は、アメリカより少ない。
ニュージーランドよりも少ない。
なんとなんと、あの働かないので有名な(笑)イタリアより少ない。

もうそろそろ、労働政策のあり方を根底から見直すべきだと私は思うのですが…。

●厚生労働省
一人当たり平均年間総労働時間
http://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/databook/2015/06/p199-200_t6-1.pdf

jounetsu_kuukan at 15:55|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 雑感 

2017年03月11日

脳内シュミレーション

教える側のセンス。センスというか「常識」ですけれども、それが年を追うごとに劣化している気がしています。ごめんなさいね、特に中学校にそれを強く感じます。

指導する側は、生徒の間違えるパターン、理解できない事項をきちんと把握していなければなりません。ここの部分、これこれこういう風に間違えることが多い。あそこのあの部分は、理解させることがなかなか難しい。教科によりけり、場所によりけりで、例えば漢字の書き間違いなども、教科によってその範疇に含まれるでしょう。で、そうしたことは「あたりまえに学習指導に織り込み済み」、のはず。

敵(笑)の多くは、大体ここができない。なので、ここはこれこれこいうった具合に持っていって、正しく理解させ…。手順ですね、手順。間違えのパターンを知っていて、そこをどう乗り越えさせるか、まぁ、登山のガイドさんみたいなものでしょうかね。想定問答の繰り返し。脳内シュミレーションですよ、すなわち。

結局、教え方が上手な(と生徒が判断する)人って、そうした「引き出し」をちゃんと持っているってことですね。換言するなら、相手の思考パターンをきちんと把握できているということ。そこから組み立てる。つまりは配慮ですね、配慮。子どもにものを教える仕事を、何年やっても、一向に上手くならない人がいます。その場合、超高確率で理由はこう。

相手の立場になってものを考えていない。
伝える手順が、まるでなっていない。
それ以前、配慮がない。
だから、何年やろうが下手なまま。

基本がまるでできていないわけですね。で、それができない理由を、「1クラスの人数が多いからだ」とか、「雑務が多すぎるからだ」といったことにすり替えようとする。「教材研究をする時間がない…」といういい訳もまたその最たるもので、上記、基本が備わっていたならば、教材研究だって最小限の労力で事足りるはずです。

ここはこう教える。

脳内シュミレーションを日々繰り返していたなら、その必勝の方程式が見えてくるはずです。でもしかし、学校ばかりでなく塾もまた「劣化」してきていることではあります。鍛えられなかった者が、人様の子どもを鍛えようとしたならば、まずは自分を鍛えることから。そういうことなのでしょうね…。

奥が深い学習指導を、通り一遍のものと捉えている。インスタントなものと捉えている。アンテナの感度、極めて低し。まるで配慮が足りない。だからいつまで経っても授業が下手なまま。実に嘆かわしい限りです。塾もまた…。合格先生の記事をどうぞ。

●「指導内容の無理解」と「ぬるい教え方」
http://www002.upp.so-net.ne.jp/singakukouza/jijimonndai.html#Anchor-10759



jounetsu_kuukan at 11:02|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 教育問題 

2017年03月10日

高校入試に見る学力上位生枯渇化現象

先ほどの資料、十勝・釧路分を掲載します。

釧路湖陵(普通)のボーダーは、帯広三条を下回っています。
釧路江南のボーダーは、帯広緑陽を下回っています。(帯広南商業と同程度)
釧路北陽のボーダーは、帯広工業と同程度です。


上位生の枯渇が明確に読め取れるでしょう。

この学年。
小6時点では(全国学テ結果)釧路の方が、帯広より平均点が上でした。
入試事情(帯広は釧路より格段に厳しい)が左右していることは理解できます。
通塾率の差もまた、大きなファクターでしょう。

しかし、何をどうしたなら逆転され、そしてここまで差が開いてしまうのでしょう…。

北陽以上の学力がなければ、帯広ならば市内公立高校(全日制)への進学はできない。
江南以上の学力がなければ、帯広ならば市内公立校普通科(全日制)への進学はできない。

数字が示す、心が締めつけられる悲しい現実です。

現在見られる、釧路と帯広の経済力の差。
遠因はここにもある。
いや、これこそが大きい。
そう言い切りましょう。

《追記》
名門、根室高校もまた、ひどいことになっています。
(なぜ裁量問題なのか、理解に苦しみます…)

お気づきの方も多いかと思います。
ここに出てこない、釧路・根室管内の公立高校。
ええ、大幅定員割れのため、全員入学が確定。
そういう理由です。

無題










































無題2



jounetsu_kuukan at 11:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 教育問題 

2017年度公立高校入試 ~道コン事務局予想最低点~

道コン事務局より、ボーダー(予想最低点)が発表になりました。

●北海道学力コンクール
入試予想最低点一覧
http://www.do-con.com/data/pdf/2017saiteiten.pdf

jounetsu_kuukan at 11:31|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 雑感 

2017年03月08日

精度の高い合否ボーダーはこちら

例年、この時期にはアクセスカウンターが跳ね上がります。

受験を終え、ボーダーを調べている際に弊ブログへお越しくださるケースが多い。
みなさん、本当のボーダーを知りたいわけですから。

ところが、道内の各塾が出している合否ボーダー。
あれ、はっきり言って実にテキトーです。
それもそのはず。
その正体。
ざっくりした経験値ですから(苦笑)。

まずもって、昨日(2017.03.07)の入試問題。
例年と比べて、難しいのか易しいのか。
つまりは平均点を(仮にでも)算出しなければ、ボーダー云々ってな話にもなりません。
(理科・社会は例年よりも難しめ。平均点は下がるはずです)
(英語・数学の標準問題もだいぶまともな問題になりました。つまりこちらも平均点が下がります)

というわけで、結論。
こちら、北海道学力コンクール事務局発表の合否ボーダー。
毎年、我々をして唸ります。
はっきり言って、すごく高精度です。

これまたはっきり言っちゃいます。
各塾のものなど、まったくあてになりませんよ。
そりゃそうです。
全塾生の自己採点結果を集計し、それを相関図にプロットしてみなければ何も見えてきませんから。
そのためには、その高校の受験者シェアが自塾で最低3割程度は必要でしょう。
かつて、入試ボーダー予想を担当していた私が言うのですから、間違いありません。

また、高校の偏差値が下がれば下がるほどボーダーは読みにくくなります。
ってか、外しまくりの最たるもの(笑)。
理由は簡単。
下に行けば行くほど、通塾率はどんどん下がるものだから。
だから、サンプルは限られた数になる。

さて、今年は3月10日(金)に同社独自のボーダーが掲載されるとのことです。
道コン参加塾が、一斉に同社に自己採点結果を送るわけです。
もちろん、弊社もおよそ70名分を送信済みです。

ご訪問いただいた方への、私からのささやかなお礼であります。

●北海道学力コンクール
http://www.do-con.com/

jounetsu_kuukan at 15:22|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 教育問題 

「勉強する」ってどんなイメージ?

自分が勉強をしている様子。

ちょっとそのシーンを思い浮かべてください。これ、人によりけりだとは思いますが、おおむねこんな感じではないでしょうか。 ~自宅の自分の机。そこで問題集やらに向かって取り組んでいる。分からない箇所は、参考書なりを引っ張り出して自分で調べている~ とまあ、こんな感じではないでしょうか。

場所は自宅ではないかも知れませんね、職場であったり図書館であったり、はたまた今の時代ならばミスドかも(笑)。我々世代であれば、ほとんどはそういったイメージではないでしょうか。ところが、若い人達や子ども達に尋ねると、「おや?」と思うことがあります。

学校で、授業を受けている様子。
塾で、授業を受けている様子。


そのイメージがイコール、勉強している様子。そう答えるケースが意外に多いんです。これ、ちょっと「危ない」。いや、かなり「危ない」って思うのです。受け身ですね、受け身。依存ですね、依存。自力ではないんですね、他力なんです。

私塾の経営者として、子どものお父さん・お母さんに問いたいのは、「どちらを選択しますか?」という部分であったりします。子どもの勉強を考えた場合、「勉強して欲しい」と願うのは親心でしょうけれど、それ、高い確率で、親が思い描く「勉強をしている様子」と、我が子が思い描くそれとの間に、齟齬があるように感じています。

というわけで、ちょっとばかり宣伝させてください。我が子を塾に通わせようと思う。その際、我が子にどちらであって欲しいと思うのか…。私なら、断然に前者です。人の話・説明を聞き、それを理解すること。それは単に授業や講義を受けているだけであって、勉強とは自分で取り組むもの、自力でおこなうもの。すなわち、まったくの別物。

いえね、けっして安くはない月謝を払い続けてですね、それなのに《勉強の仕方》がカケラも身につかないって、それってものすごく《損》なことだって思うものですから。ただし、前者を重視したならば、トップスピードに関しては後者にやや劣る場合が多いかも知れませんね。後者を重視したならば、トップスピードは叩き出せるけれど、かといって自力がつく保証はない。ないばかりか、つかないことも多い。

プチ宣伝でした(笑)。

でもね、本当に思うんです。たかが中学校の定期テストに全力入魂。まさに瞬間的なドーピング。そのために定期テストの過去問を使い回すという行為。私なら、《自力》と《勉強の仕方》にこそ力点を置きますね。塾のPR宣伝真っ只中の季節、失礼しました。(^∀^)

jounetsu_kuukan at 14:35|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 教育問題 

増やしなさい、授業時間を!

釧路はちょっと変わっています。何がって、塾業界の「慣わし」がです。補習、青天井方式なんですね。

これ、はっきり言って他の地域にはほとんど見られません。平常授業を消化し、概ね定期試験2週間前から対策授業に入る。補習なるものは試験直前の土曜日か日曜に、総仕上げとして、1教科に対して1回程度実施するもの。大体、こんな感じですね。

がしかし、釧路スタンダード。補習の数が平常授業並み!これ、はっきり言って異常です(笑)。でも、ごめんなさい。専任講師時代は、私はその中でも飛びぬけた「補習大魔王」でありました(反省)。当時、私が勤務していた塾では1コマ90分授業でしたが、多い月では40コマとか50コマ、最多は60コマとか補習をしておりました。60コマだと90時間の残業(サービス残業。笑)ということですね。

で、はっきり言っちゃいます。下手な鉄砲撃ちゃ当たる、ってなことです。それだけ時間と労力を費やしたなら、上がらない方がおかしい(苦笑)ってな寸法ですな。でもしかし、今は深く反省しています…。たしかに点数を取らせることはできる。しかし言い換えたなら、それはドーピングです。肝心の「勉強の仕方」を教えてはいないわけですから、学力の伸びは単に一過性のものでしかないからです。

さて、本日の問題提起です。それを差し引いてもなお、やっぱり時数確保でしょう!という主張です。矛盾しているかも知れませんが、低学力層に、まず最初に講じるべき策。それしかありません。すなわち、増コマです。どんなにすばらしい授業をしたとしても無理ですよ。救えるはずもなし。期間にして長くても3ヶ月程度、一定期間、集中的に伴走してあげること。つまりは個別(少人数)補習ですね。それしかありません。

授業レベルを下げ(失礼)、誰にも分かる簡単な内容に始終する。それならば下位層の子も「ついてこられる」だろう。その状態が、まさに現状なんですね。市教委もまた、「分かる授業」をおこなうように強力にプッシュしているし、規定時間の範疇だと、それが最良の手段。とまあ、そういった解釈&運用なのでしょうね、きっと。

ところがしかし、それをやったことによって、ものすごい勢いで上位生が枯渇してきている。そりゃ、そうでしょうよ、内容があまりに易しすぎるんだから。正解はこうなんですよ、誰がどう考えてもね(笑)。そもそも、規定時間の中で対応しようという考えからして、大きな大きな大間違いなんです。普通のレベルで、普通の進度で授業を進めればいいんです。ただ、それだと下位層が「お客さん」になってしまう。

ならば、「お客さん」になってしまった生徒、なりそうな生徒を集めて追加授業(つまりは補習)をやってあげればいいんです。なんのことはない。ただそれだけのことなんですね。「分かりやすい授業」とやらをやればやるほど、ドツボにはまるかのように、どんどん(とりわけ数学)の学力が落ち込むのって、そうしたメカニズムですよ。ちょっと考えたなら、それこそ賢い小学生にだって分かる理屈です。

言われてやるのは真っ平ごめん。それが部外者ならばなおのこと。絶対に絶対にやるもんか!えーい、死んでもやるもんか!とまぁ、そういうことなのかも知れませんけれど、それしかありませんよ。それに、そうして意固地になっていたって、道教委の命令によって、やがてはそうなっちゃうんですからね(爆)。というわけで、ニムオロ塾さんのブログ記事をどうぞ。

なんのことはない。授業時間を増やせばいい。たったそれだけのこと。授業技術云々はその後のことです。

●ニムオロ塾
#3519 数学の授業時間数を増やせ!:B中学校とC中学校2年生学力テストデータ比較 Mar.8, 2017
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2017-03-07

jounetsu_kuukan at 13:56|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 教育問題 

2017年03月06日

合否ボーダーはこちらへ(2017年度北海道公立高校入試)

毎年、同じようなことを書いております(笑)。

公立高校受験終了直後に放送される、どこぞの塾の解答速報とボーダー予想。
あれを見て、顔面蒼白になってコメントをお寄せいただくことが多いのですが、はっきり言っちゃいましょう。

あれ、思いっきりいいかげんですよ。
そもそも、実質定員割れなのにボーダーって話もなかろうに。
全入ですよ、全入。
それにはっきり言って、毎度ボーダーとやらが異常に高すぎる。
よくもまぁ、あれで苦情が殺到しないもんだ(苦笑)。

シェアですよ、シェア。
その高校の受験者における占有率、それが一定値を超えていなければ、数字なんか弾きようもない。
ということはつまり、こういうこと。
ざっくりテキトーな経験値。
特に釧路地区なんか、当たったためしなんかなし(笑)。

はい、毎年同じことを言っておりますが。
ここ、北海道学力コンクール事務局から後日、極めて精度の高い合否ボーダーが発表になります。
それをご覧になるのが、よろしいかと思います。

でもしかし、罪だねぇ、あのボーダー予想は。
だって、ほとんど当たらないんだもん。

●北海道学力コンクール
http://www.do-con.com/

●合否ボーダーはこちらへ(2015年度北海道公立高校入試)
http://blog.livedoor.jp/jounetsu_kuukan/archives/7828247.html

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いよいよ明日は高校入試

受験に失敗しようが、人生は変わらない。
先日、受験生にこんな話しをしました。

20年以上前のこと。当時勤務していた学習塾で教えていた女子生徒、Sさん。志望校は北陽高校。しかし、まったく学力点が足りていない。今より入試事情がずっと厳しく、当時は175点-Gランク(165点-Fランク)が北陽のボーダー。ランクはボーダー上。ところが学力点がまったく足りておらず、それなのに危機感ゼロ。まるで勉強をしないばかりか、はっきり言って態度もまたよろしくない…。

「まず、無理だぞ」と、本気を出して打ち込むか、でなければ志望校変更を強く勧めるも、聞く耳なし。「なに言っているの。私、絶対に受かるから!」とまるで根拠のない自信。そして、案の定、受験に失敗。その後、彼女は当時あったW予備校へ通うことになり、私はテキストを渡して、定期的に添削指導をした。1年後。150点に届かなかった学力点が230点オーバー。そして晴れて合格。笑顔で結果報告に来てくれた彼女は、こう言った。

私、落ちて本当に良かったと今では思っている。
間違ってあのまま合格してしまったなら、相変わらず世の中をなめたままだったと思う。
1年間、本当に貴重な経験をさせてもらった。
これからは心を入れ替えてがんばります。
ありがとう。


3年後。たしか学校推薦で道内の大学か短大へ進学したと記憶しています。高校入試を控えた受験生に対して言うべきことではないのかも知れませんが、受験に失敗しようが、人生は変わらない。それを転じて福となせばいい。そうした想いを込めて語ったつもりです。

さて、いよいよ明日は公立高校入試。1年で一番長い日です。力を出し切り、塾生全員が目標を突破することを切に願うのみです。

jounetsu_kuukan at 12:43|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 雑感 

2017年03月03日

感染性胃腸炎・インフルエンザと学級・学年閉鎖

バレンタインデーを過ぎたあたりから、感染性胃腸炎が猛威を振るっているようです。

胃腸炎と言うと軽く聞こえますね。感染性胃腸炎と言うとちょっと重く聞こえますが、その正体はノロウイルス(ロタウイルス)。老人施設でノロウイルス感染が広がり、死亡者も出た。記憶に新しいところではありますが、一時期、大きく報道されたものです。実は数年前、私も子どもからもらい、罹ったことがあります。その際には一家全滅(苦笑)。ものすごいですね、あの感染力は。

市内・管内では現在、その感染性胃腸炎(ノロウイルス)の流行で学級閉鎖が相次いでいます。そして時期を同じくしてインフルエンザが。どこどこ中学校の何年生が学年(学級)閉鎖になった。そうした情報が連日、生徒・保護者を通じて伝わってきています。毎度、季節のものとはいえ、この時期、とりわけ受験生の罹患が心配です。

さて、感染性胃腸炎とインフルエンザのダブルパンチ。続々と出てくる学級閉鎖・学年閉鎖。心配なのは子ども達の健康面は当然のこととして、学校の授業進度です。折りしも中1・2生は学年末試験の実施期間。はたして、授業進度は大丈夫なのだろうか…。

一昨年、中標津町や別海町では何度も大雪に見舞われ、休校が繰り返されました。そしてその後にインフルエンザ。実にお気の毒でしたが、土曜登校を設けてなんとかやりくりして、それで授業時数を確保して見事に消化していました。

対する釧路。休校もほとんどなかったものの、両町の中学校よりも進度が遅い。大雪やインフルエンザで、突発的な休校、学級・学年閉鎖が連発したならどうするのだろうか…。そう心配になったものでした。で、今年。まさに学級・学年閉鎖が連発状態。

調べてみたところ、学級・学年閉鎖の明確な基準というものはなく、最終的には(学校医の意見を聞いて)学校長が判断するということになっているそうです。なるほどなるほど…。ある情報が伝わってきました。某中学校。1年生と2年生は学年閉鎖。しかしなぜか3年生だけはそれをせず。それもまた校長判断とのことなのでしょう。で、私は毎度こう思うわけです。

そんなもん、1月中の教科書を全終了させておけば、慌てる必要も何もないだろうに、と。「家庭学習を計画的に進めなさい」とか生徒には言っておきながら、いざ学校の側はどうかといえば、毎年必ず流行するインフルエンザ、それによって生じるであろう学級・学年閉鎖、それを見込んでいないかの進度・進捗状況。もうそろそろ、そこもちゃんとしませんか。

明白にして想定の範囲内。分かりきったことなんだからさ。個人ならいざ知らず、チーム・組織による運営ならば、分かりきったリスクのヘッジもまた、あらかじめ計画に織り込むことが当然のこと。そう言いたくなります。

家庭学習を計画的に進めなさい。
計画性をもって勉強をしなさい。


などとは、口が裂けても言えないって、私は思うんだなぁ。感染性胃腸炎の流行。インフルエンザの流行。あたりまえに予見されているわけだから、「織り込み済み」でなければおかしいですね。危機管理の一環でもありましょう。予備時間を含め、日本で一番授業数が確保されているのは、ここ北海道なのですからね。

《追記》
ボンズらが通う学校・幼稚園でも、大変なことになっている模様(本日現在)です。うはー、臨戦態勢だな、こりゃ…。

jounetsu_kuukan at 12:46|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 教育問題 

算数・数学と国力

理数教育を、マクロな視点で考えてみましょう。

数学は、科学技術の礎(いしずえ)です。
そしてそれは、経済力へとつながり、国力へとつながります。
大げさな表現ではなく、事実です。
ゆとりと決別し、ですから国は理数重視路線へと舵取りを変えたわけですね。
ゆとりを続けてしまったなら、礎が崩壊してしまう。
それに気づいたから。

個人個人の、数学が得意だとか不得意だとか、それは関係ないですね(笑)。
国民全体として、理数教育の水準はどうなのか、という問題です。
ところが、こんなことを平気で言う大人が多いですね。

数学なんか分からなくても、足し算引き算ができれば生きていける。
私は文系なので、数学は分かりません。


たしかにそうかも知れませんね。
でも、あなたにはそうであっても、日本全体で見たなら、それはまさに負け(逃げ)の発想。

方程式が解けなくても、財を成した成功者はいくらでもいる。
数学が苦手な幹部社員も、いくらでもいるでしょう。
でも、数学は苦手であっても数字には強い。
それが現実ですね。

ですからどうぞ、子ども達には(数学を)「捨てるな」と言って欲しい。
いえね、捨てちゃってもいいんですよ。
人間、普通はどこかで勉強(学問)を捨てるものですよね。
じゃなければ、全員が全員、学者になっちゃいます(笑)。
だったら、学者ばかりで経済が回らなくなっちゃう。

算数・数学ができなくて、何が悪い!

いえ、いいんですよ、別にそれで。
ちゃんと働いて、ちゃんと食えている。
すばらしいことです。
あなたにとっては、まったくもってノー・プロブレム。

でもね、どんどんと視野を広げ、マクロな視点で日本経済を見渡した場合はどうですかね。
義務教育にある間はですから、算数・数学を捨てないで欲しい。
捨てるんなら、その後に思いっきり、潔く捨ててしまえばいい。
そう思います。

周りがみんなできないんだし、まあ、できなくてもしゃーないか。
算数・数学が苦手でも、まあ、なんとかなるべ。


ええ、なんとかなるでしょうね。
しかしその間、新興国がどんどんどん距離を縮めてきているんですね。
地域の経済もまた、同じことが言える。
私はそう思います。

jounetsu_kuukan at 10:52|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 教育問題 

2017年03月02日

学力上位層を輩出しなければならない理由

道庁幹部職員に、釧路出身者はゼロ。ウチの会長から伺った話です。地元への利益誘導とか、そうした話にもつながって、ネガティブな印象を持たれる向きもあるかと思いますが、ここは人の心情として。

もし、自分がエリート役人や政治家だったならば。そして、自分の地元を愛しているのならば。その場合、なんとか仕事やらを持ち込み、地元を活性化させようとしますよね。賄賂とか癒着とか贈賄とかじゃなくて、純粋に地元への恩返し、地元の発展のために。ここ、解釈にちょっと注意が必要な部分かと思いますけれど、あたりまえと言えばあたりまえのことだと思います。

ということは、釧路出身の道庁幹部や国家公務員幹部をコンスタントに輩出できたなら、それだけ太いパイプができるってことですね。医師不足解消もまた、同じ論法で解決できる可能性が高まるはずです。地域からコンスタントに医学部合格者を輩出できたなら、将来的にその一定数は地元に戻ってくることになるわけですから。

学力上位層の一定数の輩出は、ですからとても重要なこと。換言するならば、放流方式でしょうか。鶴居村なんかは、まさにそうした状態でしょう。高学力の子の輩出を続けている。たしかに村には残らない。高校進学を機に一斉にみな村から出てしまう。でも、長期スパンで考えたなら、そのうちの一定数はやがて村へと帰ってきて、そして村を担うことになる。また、村のためにパイプを築こうとする人、築ける人も多くなる。

その意味、釧路と帯広はまさに明暗くっきりだと思います。帯広の経済が強いのは、基幹産業が農業ベースで忍耐力が強いから。とか、十勝モンローによるもの。などと言われますが、いやいやそれだけじゃありませんよ。人材ですよ人材。人材のパイプが段違い。医者になるのに、べつに札幌や函館の私立へ進学する必要もなく、市内から医学部合格者をコンスタントに輩出し続けています。対する釧路は…。

相対的に学力が高い。そしてまた、学力上位層の割合についても同様。上位高校を目指す子が多く、当然ながら上位大学への進学者も多くなる。少し前までなら、十勝は札幌や函館の私立志向が強い地域でした。しかし、今は違うようです。地元に居て、十分に医学部や上位大学を目指し、そうしてそれを叶える子が増えている。

対する釧路。例えば医者の家庭。言い難いことですが、我が子を医者にするべく、早い時期から釧路から出してしまうケースが非常に多いですね。可能性、確率の話で致し方ないとは思うものの残念でなりません。釧路に残っていたのなら、医学部合格は困難。そう判断されている。残念ですね、実に残念…。

小学校は、子どもを中学校へ送り出してしまえばお終い。中学校は、同じく高校に送り出してしまえばお終い。悲しいかな、だからこうしたマクロなものの見方が分からない。学力向上の必要性の意味が分からず、やらされている感がただ募るばかり(かな?)。学力上位層の枯渇は、ですから将来の地域経済の発展に赤信号を灯しているのと同議。私はそう思います。

上位層の枯渇。それに歯止めをかけることは急務です。

jounetsu_kuukan at 12:30|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 教育問題 | 釧路の教育を考える会

上位生の枯渇と公立高校入試倍率

今日(2017.03.02)の釧路新聞は「余塵」から。

まさにまさに、ご指摘の通り。
ここしばらく弊ブログで指摘を続けている、学力上位生の枯渇。
それと、公立高校入試倍率の因果関係の考察です。

湖陵・江南・北陽の倍率は、軒並み1.1倍。
当日は欠席者(私立・高専進学者)が見込まれ、その後に入学辞退者が出ることになるので、実質は定員割れ、ないしは「ちょんちょん」で、落ちたとしても「片手以内」の人数です。

繰り返します。
湖陵・江南・北陽は、昨年よりもはるかに厳しい受験事情(昨年よりも、市内全体でずっと多くの生徒が落ちることになる)にあって、実質定員割れ状態。
他地域、例えば札幌・旭川・帯広では、まるで正反対。
上位校は毎度、激戦なのですが…。

明輝は思ったほど倍率が上がりませんでしたが、商業・工業・東は打って変わって大激戦。
ルーズソックスさながら、下方に受験者がズルッと移動していることが分かります。

湖陵の実質定員割れ状態は、ここしばらくずっと続いています。
で、とりわけ顕著なこと。
数学ですよ、数学。
数学が、とにかくできない。
数学の力が、上がるどころか、年を追うごとにどんどんどん下がっている…。

何度も何度も繰り返し述べておりますが、その原因です。
照準、つまりは教えるべき学力水準をあまりに下に置きすぎているから。
下位の子を引き上げるべく、「分かりやすい授業」を実施することを旨としていて、それがために中上位層を捨ててしまっている。

やたらに簡単な定期テスト。
その前提の、教科書の基本事項のみをトレースしたかの授業。
そりゃ、入試や学力テストに対応できるはずもありません。

これまた、過去に何度も何度も繰り返し指摘して参りましたが、釧路市教育推進基本計画、その目標設定自体(「分かりやすい授業」のパーセンテージ)が大きな大きな間違いでしたね。

算数・数学の学力の建て直しが急がれます。

CCI20170302_00001










●北海道教育委員会
再出願後の出願状況 釧路
http://www.dokyoi.pref.hokkaido.lg.jp/hk/kki/h29saisyutukusiro.pdf

jounetsu_kuukan at 11:08|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 教育問題 

2017年03月01日

パワハラを考える

パワハラことパワーハラスメント。パワハラ、セクハラ、マタハラ。そうしたハラスメント用語、色々なところで見るようになってきました。で、今回はそれをちょっと考えてみたいと思います。

パワハラ。
上司は部下に対し、付加価値を高め、会社に貢献するように教育をしていかなければならないわけですが、当然ながらその過程の中で、時に厳しく接するわけですね。さて、1.相手(部下)が不快に思うこと、それに加えて、2.社会的相当性がない、3.業務としての範囲を逸脱している。と、以上が認められたならば、これはパワハラとして妥当な判断になるでしょう。

1~3が認められたなら、それはまさに力関係を利用した嫌がらせ。「社会的相当性」と「業務の範囲」がポイントになるでしょう。ところが最近は、パワハラなる言葉が独り歩きしている感が否めません。

本題です。最近では、パワハラの定義自体がなんだかよくわからない(苦笑)。こういうことです。部下を叱ったならパワハラ。部下を注意したならパワハラ。嘘誇張じゃありません。仕事ができない。仕事を覚えようとしない。なので叱る。なので注意する。するとそれをパワハラだと訴える…。多いですね、とっても多い。

考えてみるとその部分、「世代(ジェネレーション)ギャップ」と「受けた教育」によるところが大きいのでしょう。我々世代であれば、叱られて当然という風潮の中、社会人生活を過ごしてきました。もっと上の世代になると、怒鳴られる、机を叩いて叱責される、さらには物が飛んできたりもしたそうですが(笑)、今ならそうした対応、真っ黒のパワハラってことになるでしょうね。

中学高校時代の部活動。先輩が後輩を、こき使ったりしごいたりしていじめる。後輩は先輩になったときにそれを繰り返す。昔はそんなことが普通でしたが、今はだいぶ改まったようです。自分がやられたことを、人にやり返す。その意味での指導・教育は絶対によろしくない。そうした職場の慣行を改めることは今の時代、あたりまえのことですね。

しかし、叱っただけ、注意しただけでパワハラだと訴える状況。ただただ閉口するばかりです。明らかに業務遂行能力が低い。だから注意し、叱る。するとパワハラを受けたなどと言い出す。でも、当の本人にはその自覚がない。思うに、親にも先生にも叱られたことがなかったのでしょう。あまりに打たれ弱く、上司がごく普通に叱責しただけで、追い込まれてメンタルが傷ついたなどとして逆襲を食らう…。

個人的には、権利教育とゆとり教育、それに劣化した親の教育による、負の副産物だとも考えています。叱られることなく、鍛えられることなく、競争にさらされることなく育ち、そこへもってきて権利(好きなことばかりをやっていい)ばかりを教えられてきた。その点、我々世代もまた似たようなもの(日教組による権利教育を施された世代)ではありました、義務はさて置く形で権利だけは教えられてきたように思います。

改善策です。企業がハラスメント対策を講じることは当然のこととして、それと同時並行する形で、子ども達に小さな時期から勤労観を育む教育をより一層、施すべきだと考えます。そして、権利義務に関する教育も。当然ながら、学力面を鍛えることもまた必須。単なる不平不満をパワハラと訴えるケースが増えています。この国の行く末が心配になります…。

jounetsu_kuukan at 12:25|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 教育問題 

2017年02月27日

大バカ者、文科省(「めあて」と「振り返り」)

今回は、学校の先生を思いっきり擁護します。実に実に気の毒です。斬りまくる相手は、ずばり文科省。はっきり言います。文科省よ。バカか、あんたらは?いや、バカそのものです。バカな指示、学校の先生が気の毒でなりません。

「めあて」と「振り返り」というやつです。それを授業冒頭と終わりに、子ども達のノートに必ず書かせよとの指導です。再度繰り返します。ホンマもんのバカか 、文科省のお偉い役人連中は?そんなもん、これが正解なんですよ。

オープニング。
前回の 授業の内容を確認し、今日の学習内容の概要を伝える。こんな感じですね。「前回はこれこれこういうことをやりましたね?今日はその続きとして、これこれこういうことをやります。はい、では始めます」といった感じで、時間にして30秒とかそこら。ええ、前回の授業とのつながりを確認し、今日の授業の概要を示し、その上で授業を進める。ただそれだけ。

クロージング。
「今日はこれこれこうしたことをやりましたね?次回はこの続きを受け、××というものをやります。そのためには、今日の内容をちゃんと理解していることが必要ですから、家に帰ったら必ず復習するようにしましょうね」つまりは、次回の授業とのつながりを示し、そのためには今日の授業が前提になることを示し、終了。ただそれだけ。(無論、単元と内容によりけり)

とまぁ、そんな感じですね。まともな教師や塾の講師ならば、誰もが当たり前 、「ごく普通に出している指示」ですね。がしかし今は、最初と最後にそれをノートに書かせることが厳命にして普通のことらしい。で、そのための所要時間に10分とかを平気で費やすこともあるとか…。この「めあて」と「振り返り」、全国一斉学力テストのアンケート項目にも加えられました。つまり、暗黙の強制力を伴っているということ。

何度でも繰り返しましょう。文科省よ、あんたらはバカか?一体なに考えてんだ、このバカタレが!はっきり言うよ。そのバカなイカれた命令のおかげで、授業時間がより一層、割かれているんだ。ただでさえ足りていない演習時間。それがより一層、削られているってこと。 新学力観の流れ〜問題解決授業の普及で演習時間が削られ、地域間学力差拡大を助長したこと。まだ分からないのか?このバカタレが。

「めあて」と「振り返り」の指示を忘れるな。ならばよろしい。しかし、それを明示してノートに書かせなさいとの指示(というか強制)。それがために、貴重な授業時間の5分も10分もロスを食う…。事実、子どものノート、とりわけ小学生のノートを見れば一目瞭然です。「めあて」「振り返り」が高い確率で書かれています。何度でも何度でも繰り返します。

バカか?文科省よ!
なにをやっているんだ、この大バカ者が!


見てな文科省よ。これもまた、ゆとりと同様、近い将来に必ず、撤廃・方針転換される運命を辿ることになる。猛省せよ、文科省。この大バカ者が! 子ども自身に、今日の授業の「振り返り」を書かせること、それは間違いじゃない。しかしまぁ、文科省よ。どうしていつまで経っても、こうもバカなのか…。北海道の教育現場は今、文科省のこのバカげた厳命にせいで混乱しているんです。

《追記》
お寄せいただいた情報。釧路では早速、その「振り返り」をも宿題に回しているところ(某小学校の一部)が出ているそうです。でも、文科省のエリート官僚には、なぜそうなるのかが分からないんだろうなぁ…。まったく、余計なことをしてくれるものです。

《追記2》
同志の先生から教えていただいた記事です。

●産経ニュース【解答乱麻】
できる、実力ある教師の見分け方 「役人」的思考で劣化する授業
TOSS代表・向山洋一
http://www.sankei.com/life/news/150117/lif1501170024-n1.html

 ところで、最近の教育委員会では信じられない授業をしている。
 授業の最初に、黒板に「目あて」を必ず書きなさいという。
 例えば「今日は、平行四辺形の求め方を考えよう」と書く。
 「授業の目あて」を書かないと給料にひびく所もあるという。
 これは「授業」ということを知らない「役人」のような発想だ。最も大切な授業の導入を、泥まみれにしているのだ。

教育委員会の指導で、日本の教室は「劣化する授業」と化している。授業の実力のない人が、指導しているための悲劇が生まれている。


jounetsu_kuukan at 22:29|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 教育問題 

2017年02月25日

習い事と遊び(忙しすぎる子ども達)

ウチのボンズらの習い事です。週に1回、柔道。週に1回、水泳。月に1回、ボーイスカウト。ボーイスカウトは習い事ではありませんが、まぁいいでしょう(笑)。

柔道と水泳を習わせている理由です。ずばり、死なないためにです。習うのを途中でやめても構いませんが、受け身をとれること。水に落ちても溺れないこと。これだけは父親として絶対に譲らない。とまぁ、そうした理由です。

欲を言えば、高校卒業時点で、「チンピラ3人を相手にして、余裕でぶちのめせる程度の戦闘力」を担保したいところですが、そちらは今後の課題であります。まじめな話、大切な人を守るために、体を張って守ることができる男に育って欲しいですから。

ボーイスカウトは、奉仕の心を養ってもらいたいというのが一番。私自身、大人になってそうした団体に所属して学んだことが大きいからです。加えて、プチ・サバイバルのようなことも身につけてもらえたなら最高であります(笑)。というわけで、今回の話題です。

子ども達、忙しすぎではありませんか?

塾や習い事。そうして塾も引き合いに出されるわけですが、「おいおいおい!それは都会の話であって、釧路なんかだと塾になんか…」と反論を加えたくなりますが、やめておきますね(笑)。で、今の子ども達、忙しすぎではないでしょうか?

私は父親として、子どもらには暇な時間を確保しなければならないと確信しています。ボーっとしていなさいと言いたいわけではありません(笑)。遊びです、遊び。習い事など後回し。まずは、思いっきり遊ぶ時間を確保してあげること。異論反論おありでしょうけれど、私はそう思っています。ボンズらに、中学校での部活動参加は積極的には奨励しません。自分で決めればそれでいい。

情操教育のために…。それも結構なのかも知れませんが、我々が子どもの頃そうであったように、幼少期はまず外で思いっきり遊ばせてあげたい。文武両道が言われるようになったのはありがたいことではありますが、学校へ行き、授業を受け終わったなら今度は部活という、なにやら画一的な文武両道(苦笑)とやらが、どうにも気にかかります。

とはいえ、遊ぶ場所が減ってしまいましたね。ドラえもんに出てくる広場。ジャイアンが上に乗って歌う土管。子どもの頃、あちこちに土管がああして積まれていたものですが、今なら危険だ!と大問題になっちゃうでしょう。それ以前、そもそも広場がなくなった。空き地がない。子どもの数が少ないし、習い事やらなにやらで遊び相手もそうそう見つからない。

ゲームの普及でインドア派の子が増え、外遊びはより一層減っている。加えて交通事故の心配。そしてまた不審者。子どもを外で遊ばせたいものの、やはりそうした不安があるので、どうしても臆病になってしまう。特に女の子ならなおのこと。

我が家の近所に児童館があります。たまに近くを通るのですが、なんだかとても懐かしくなってホッとするんです。公園に隣接しているので、子ども達がキャーキャーワーワー言いながら、全力で外遊びをしているんです。

子どもはすぐに大きくなる。だから早いうちからあれもこれも…。否定はしません。でもやはり私はこう思います。遊びこそが最大の教育なり。遊んで遊んで遊んだ、あの、ゆっくりと流れた時間。懐かしいなぁ。

最近は、手帳を持つ子が増えているように思います。手帳を開き、予定を確認する子(特に女子)が増えています。しっかりしているなぁ、と思う反面、少し寂しくなってしまいます。

遊ぶ時間と遊ぶ場所を、子ども達に返してあげたいものですね。

jounetsu_kuukan at 14:31|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 教育問題