2017年05月31日

男子の本懐(ブログ終了にあたり)

基礎学力問題・子ども達の貧困問題・貧困が及ぼす基礎学力低下問題。
学校教育が抱える「負の問題」は、北海道の東の端から顕著に現れやがて全道・全国へと波及して行く。
しかしそれはとりもなおさず、この地の状況を改善できれば、明日の日本の公教育を救う大きな鍵になることを意味する。
だったらそれに挑み続けよう。
仮令玉砕すとも男子の本懐ならずや。


弊ブログ開始にあたって綴ったこの想い、今もって寸分も違えません。
本当に、何もかもがまるでなっていなかった。
失礼。
でも事実です。

当事者の学校からして、勉強・学力などはどこ吹く風。
江戸の仇長崎、まるでその鬱憤を晴らすかの如く、青天井さながらの部活動。
右を見ても左を見ても、手抜き授業のオンパレード。
国が「最低限の学習内容」と示した教科書は、この地においては端折ることが常識。
それでいて、教科書は終わらない。

それなのに、口を開けば「生きる力」とやら。
最低限の学力すら身についていない子を送り出しておきながら、「生きる力」もないだろうに。
もはや尋常ではない学力の子を、そうして笑って見殺しにする。
救いの手は差し伸べられない。

かたや司令塔たる教育行政は、まるでやる気なし。
強く改善を求めるも、まさに糠に釘状態。
司令塔などとは名ばかりで、実態は単なる学校の御用聞き。

おかしい。
何もかもがおかしい…。

仮令玉砕すとも男子の本懐ならずや。

これは、濱口雄幸首相の言葉です。
(首相に就任して)途中で倒れたとしても、もとより男として望んだことである、という意味。

10年間、仕事の傍ら、やれることは「そこそこ」やったと思います。
実際、あれもこれも本当に見違えるほど変わってきました。
実に楽しい、冒険の日々でありました。

学校関係者のみなさんに感謝。
教育行政のみなさんに感謝。
ここから先、どうぞ思う存分、活躍なさってください。
この地の公教育が変われば、それは日本全体を変えられることを意味します。

本日をもって、終了。
弊ブログをご愛顧いただきありがとうございました。


jounetsu_kuukan at 10:17|PermalinkComments(6)TrackBack(0) 教育問題 | 雑感

学力下位層は非通塾組

新聞の折り込みチラシに、某学習塾のものが入っていました。

湖陵・江南・北陽、合格者占有率3分の1以上。

目を引いたのはその先です。
東・商業のそれは、ほんのわずか。

塾業界のピーク時を思い返しました。
記憶によれば、この地では平成4年・5年あたりがピークでした。
私が勤務していた某学習塾では、700名教室、600名教室、500名教室、400名教室。
現在ではありえないことです。

そして、その当時。
どこの高校の受験生も、「まんべんなく」いたものでした。
時は流れ…。

学力上位層は通塾組。
学力下位層は非通塾組。


現在では、そうした構図になってしまいました。
ということはつまり、「学校の授業オンリー」という子が増加していることを意味します。
悲しいかな、学力の低い子ほどその確率は高いものになっている。

親の年収が、子どもの学力(学歴)を左右する。
親の学歴が、子どものそれを左右する。


我々にとっては、そのことは暗黙の常識でありました。
しかし、それを表立って口にすること自体はばかれる。
そうしたことが公に主張されるようになったのは、平成16・17年あたりだったと記憶しています。

学校関係者、教育行政関係者にしかと肝に銘じていただきたいのは、そのことです。
いわゆる通塾率、それは予想に反して低下傾向にあるということです。
学力上位層のそれは変わらないものの、学力下位層は相当に低下しているはず。
となると、より以上に学校における普段の一つ一つの授業が重要なものになっているわけです。

秋田県の通塾率は低い。

予想に反し、秋田県では通塾率はとても低く、しかし子どもの学力は全国一。
なぜそうなのかと言えば、答えは単純明快。
学校の授業が実にしっかりした、まともなものだからです。

この地もまたそうであってほしい。
塾人の私からのお願いであります。



jounetsu_kuukan at 09:45|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 教育問題 | 雑感

2017年05月30日

あと14ヶ所

少し前に、決めたことがあります。

死ぬまでに、事業所を20ヶ所つくる。

現在、6事業所。
残り14事業所です。
来年、1事業所を出すことを決めました。
有言実行、必ず来年は7事業所にします。

事業所数であって、法人数ではありません。
そこはお間違えなく(笑)。
ここから先、自分がやりたいことの一つは、雇用の創造です。
自身の事業展開はもとより、中でも一番やりたいのは、実は「事業承継」です。

後継者がいないがために、廃業を余儀なくされる事業。
その技術を守り、それを承継する。
それをやりたい。

タイムリミットは、あと15年。
満65歳までに。

このブログ、前のブログに注いだ情熱は、3や4の事業所設立エネルギーを上回ったものかも知れません。
いや、冗談ではなく(苦笑)。
その、20の事業所の中で法人化が進み、優秀な経営者が輩出され、将来の地域経済発展、その一助になれば本望です。

目指すは、現代版プチ・渋沢栄一翁。
ただし、私の場合は、(さほど能力がないので)「ゆっくりゆったり」ですが。
時間はかかっても、やれるところまで、やってみようと思います。

やってやれないことはない。
やらずにできるわけがない。

散々偉そうなことを言った手前、有言実行あるのみです。
そして、年老いた自分は、ニコニコ笑いながら、子ども達にこう言うわけです。

実践実践また実践。
挑戦挑戦また挑戦。
修練修練また修練。
やってやれないことはない。
やらずにできるわけがない。
今やらずしていつできる。
わしがやらねばだれがやる。

(平櫛田中さんの言葉)

有言実行。
終了まで、あと1日。


jounetsu_kuukan at 21:27|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 雑感 

2017年05月29日

プライドとバックボーン

他塾で入塾を断られた生徒を指導させてもらい、ずっとそれを続けてきたこと。

塾人としての私のバックボーン&プライドです。今では考えられないことですが、「主要5教科オール3未満は、入会お断わり」というのが、この地の塾業界の慣習でした。内申ランクでいうとオール3はGランクですから、HIJKLMランクは塾に入れてもらえなかった(現在でも一部はそうみたいですが)。

相対評価のころ。通知表で「5」と「1」は7%、「4」と「2」は24%、「3」は38%と決まっていましたから、学力下位層に相当するおよそ3割の生徒は、塾へ通おうとするも門前払いされたことになります。正直、今思い返しても腹が立ちます。なんと無礼千万なことか…。

とあるレストランに立ち寄った。するとその身なりを一瞥しながら、「あなたは当店にふさわしくありませんから、お帰りください」と言われた。そんなシーンがオーバーラップしてしまいます。

その理由です。学力の伸びが期待できないこと。悪しき生活習慣とセットになっている確率が高いこと。平たく言うとこうです。素行不良の子が多い。教えても伸びない可能性が高い。合格実績に寄与しない。だから排除するんですね。経営方針なのでしょうけれど、やはり私には納得できないものでありました。

振り出しに私が勤務した塾では、創業以来「入会制限」なるものはありませんでした。ですから当時は、他塾で入会を断られた生徒が大挙して集まってきたものです。となると、今のまじめな子ども達とは異なり、なかなか壮絶なものがありました。いやぁ、懐かしい(笑)。

隠れてタバコを吸う子。通塾にかこつけて夜遊びをする子。殴り合いの喧嘩を始めたり。たしかに(学力が)下のクラスは、なかなか大変なものがありました。でもね、思うんです。全員は無理でした。しかし何割かの子、そうですね、およそ半数でしょうかね、だいたい半分の子はですね、それでもグンと良くなるものなんですよ。

塾はいいよね。
やる気のある子、できる子が行くんだから。

そういう学校関係者の声を何度も聞きましたが、学力下位層、オール3未満(オール2前後=IJランクが大半)の一斉指導クラスは別世界でしたよ(苦笑)。そもそも集中力が続かない。授業が上手下手とかそれ以前の問題ですね。手綱を絞めっ放しでは授業が成立しません。絞める。緩める。そうして絞める時間を徐々に長くしていく。

あんたに何が分かる?
塾の人間に何が分かる?

学力向上を唱えると反射的に言われたその言葉、そのまま返したくなります。自分が尋常ではない学力にあること。張本人たる生徒本人が自覚しているんですよ。話を聞いていても、まるで分からない、理解できない。その苦痛の時間を、修行さながら何年もやり過ごしてきた。勉強に関してはもはや劣等感しかない。それなのに、救いの手が差し伸べられることはなかったし、現在もそう…。

少しの時間を割いてあげればいい。最初は嫌がるかもしれない。でも、指導者が自分のためにわざわざ時間を割いてくれたことに対し、感謝の気持ちというものを必ず抱くわけですね。その中にあって、「分かる」「できる」を実感できたならば、変わりますよ、子ども達は。全員は無理ですよ。でも少なくとも半数の子は救い出すことが可能です。

こうしたことを言って、大いに共感を抱いて下さるのは今の時代、いわゆる底辺高校の先生方なのではないかと思います。子どもはね、変わるんですよ。大人はなかなか変わらないけれど、子どもはすぐに変わるんです。たかが子どもの勉強に躓いてしまい、たったそれだけのことで自信を失ってしまっている子ども達。今すぐ救出に向かってあげてください。あなたは、そのためにそこに存在している。

おそらくは、学校の先生がその職業人生を通して生涯に受け持つところの児童生徒数。同じく、学力上位層の人数、下位層の人数。いずれもその何倍かを受け持たせていただきました。中でも、学力下位層の子を数多く受け持たせてもらったこと。それが私のプライドとバックボーンでありました。

終了まで、あと2日。


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2017年05月27日

そのことが、子どもの将来のためになるか否か

塾が学校にものを言う。通常、あり得ませんね。でも、私にはストップできませんでした。お許しを(笑)。

見る人が見たならばすぐに分かること。手抜き、端折り、ごまかし。一向に教科書が進まない。ところが、ふと気がつけば終わったことになっている。どれだけ学習指導に手を抜いても、定期試験の難易度を下げてしまえば、それは保護者にも生徒にもばれない。絶対評価なわけだから、通知表に「3」や「4」「5」をつけておけば(人数に制限はないので可能)、まともに学力が身についていなくとも問題は表面化しない。

平成14年度。ゆとり末期の学習指導要領改訂の際、今後きっとそうなって、より一層この地の子ども達の学力が低下してしまうことを予言しておりました、私。(http://www.946jp.com/meiko/archive/voice/voice08.html)で、まさしく予言的中。案の定、その時期を境に、それ以前からあった手抜きの数々が、学習指導要領改訂によって助長し拡散されることになってしまいました。

塾の仕事を通し、かれこれ足掛け28年ほど【定点観測】をし続けてきました。学校の側は、自身の変化に気づかない。でもこちらは手に取るように分かるんです。ええ、変わることなく【定点観測】をしておりますので。異動・入れ替わりがあるわけですから、選手交代が頻繁なんですね。でも、こちらは選手交代はなし。だから、常にお見通しってなわけです。

現在、管理職をなさっている方。それはそれは壮絶な手抜き、ギネス級の手抜きをなさっていた方を存じております。よくもまぁ、あれだけひどい手抜きをしたものだと(苦笑)。ひどい手抜き。見るに見かね、指摘して改善を求めたことも一度や二度ではありませんが、そうしたところ、「塾の講師ごときが、なにを偉そうに」と言われたこともあります。

現在のこの低学力モード。偶然ではなく必然です。結果には必ず原因があるわけですが、数々の手抜きという原因があっての低学力という当然の結果です。もちろん、その地域の地域性だとか民度(この言葉は好きではありませんが)の問題もありますが、それはさほど大きな影響を与えるものではないはずです。なぜなら、全国どこにあっても、やること、やるべきことに差はないからです。

同業にも言いたいことがあります。文句があるなら、勇気をもってそれを伝えろ。自身の学習指導に職業人としてプライドを持っているのならば、おかしな点には注文をつけ、そして正々堂々その是正を求めろ。「学校を敵に回したなら、営業上よろしくない…」そんなだからこの業界、いつまで経ってもダメなんだよ。

世のため人のため、この地の子ども達のため、おかしいことはおかしいと、間違っていることは間違っていると、ビビッていないで是正を求めるべく行動しなさいって。もっとも、学校の定期試験をコピーしては生徒にそれを配ったりしているようでは、永久に学校のコバンザメ状態から脱せられず、ものを言えないだろうけれど…。

ここだけの話、学校にものを言って、(営業上)いいことなんか一つもありませんでしたよ。我ながら、それなのによく言い続けたものであります。まっ、性分ということで(苦笑)。でも、おかげさまで数多くの同志に巡り合えました。そのことが最高の財産です。何よりも驚いたのは、学校の中に少数ながら同志がいて、逆境の中、孤軍奮闘さながら我々と同じように戦っていたということです。

それをやることが、目の前にいる子どもの将来のためになるか否か。
それをやらないことが、目の前にいる子どもの将来のためになるか否か。


同志の価値観は同じです。子どもはやがて大人になります。近い将来、彼ら彼女らが自立した大人になること。公教育・私教育を問わず、およそ人さまの子どもにものを教えることを生業とする者は、そのことに対して常に謙虚であり、そして畏怖の念を抱き続けることが必要。そう考えます。

たくさんの同志に出会うことができ、楽しかったです。そして幸せです。ありがとうございました。


jounetsu_kuukan at 13:06|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 教育問題 | 雑感

一念は岩を粉砕する

中卒、高校中退。しかし、ビジネスではやり手であって、まさに実業家。そうした人を何人も知っています。

彼らに共通すること。そのバイタリティと行動力。人間機関車のような馬力には目を見張るものがあります。そして、勉強家である。オフィスにはずらりと本が並んでいて、「僕は中卒(高校中退)なもので…」などと謙遜するものの、いやいやとんでもない。実にたくさん本を読むんですね。とりわけ経営に関する知識は、貪欲なまでに情報を収集するという勉強家。

正直、そうした人にとっては、学歴などは無縁であった。そう言い切ってしまっていいでしょう。でもそういう人はいったいどれだけいるのか。大半の人には真似できないことでしょう。もちろん私なんかもまたそうであって、やはり「武器」がなければ戦えないクチです。

ほとんどの人は、教育を受け、知識・技能を磨き、そうして自分に応じた「武器」を手に入れることが必要であって、具体的にそれは手に職であったり、資格であったり、専門知識であったり、一定以上の学力であったり、それらを「武器」に就職し、社会人のスタートラインに立つわけですね。その意味、その道は通常ルートと定義してよさそうです。

高校に行こうが行くまいが、大学に行こうが行くまいが、結局は食える大人になること。表現がちょっとアレですが、つまりは「将来の自立」のために教育活動というものがあって、その最大公約数の通常ルートが、学力・学歴・資格・専門知識路線なのだろうと私は解釈しています。換言するとこう。凡人は、だから勉強をしなければならない。

将来、自立した大人になること。

公私を問わず、子どもの教育の真の目的はそこにあるものだと考えています。言わずもがな、日本は先進国であって、世界経済の牽引役です。この先しばらく。そうですね、少なくとも50年とかはそれが変わることはないでしょう。追いつけ追い越せ。他国がどんどん経済力をつけて迫ってきます。そんな中、アドバンテージを保ち続けるのは容易ではありません。

世界はフラットになりつつある。しかし、日本人は実に働かなくなりました。「働きアリ」と揶揄されたのは遠い過去のことであって、年間総労働時間の比較においてはもはやアメリカよりも少ない。事実、現在の新卒者が重視するのは「休日数」であって、社会人として世のため人にために尽くすという「(仕事の)やりがい」を挙げる者は激減しています。

一方、将来の自立のための営みであるはずの教育活動が、いつの間にかおかしくなってしまっている。それはそもそも学校の専売特許ではない。社会総がかりで取り組むべきものであり、世の要請を受ける形で公教育が率先すべきもののはずです。しかし、当の公教育(義務教育)の側が、「そんな、子どもの学力、学力とか言いなさるな…」と、学校教育の根幹たる学力の底上げを放棄。

勉強、勉強と追い立てられ、子ども達がダメになる。
過度な競争を助長し、競争社会へ逆行する。

それが、公教育(義務教育)を預かる者の発言。つい最近までそうした戯言(たわごと)がまかり通っていました。おかしい…。狂っている…。子どもを教え育てるはずの側が、「勉強を教えるな」「それは重要ではない」「そんなことは二の次・三の次のこと」とのスタンス。ならば、どうあってもそこに大きな風穴を開けてやらなければならない。職業人として、あなた方のその考えは完全に間違っているのだから。

10年戦争どころか、20年戦争でありましたが、変われば変わるものです。かつてのマイノリティがマジョリティを駆逐しつつあります(笑)。10年前の釧路。「子ども達の学力が低すぎる。何としてでもそれを底上げしよう」そう言うと、それに真っ先に嚙みついてきたのは学校関係者でしたね。それが現在では、学力向上を是としない学校関係者は皆無に等しい。

おもしろい。実におもしろい。一念は岩をも通す。否、岩をも粉砕するものです。でも、マイノリティがマジョリティになってしまったならば、もうおもしろくない。

終了まで、あと4日。


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2017年05月25日

進度・進捗は改まりましたが…

今後の課題、改善事項。続きです。

あり得ないほどに遅い学習進度。おかがさまで、ほぼ改善されました。実に悲惨だった中学数学ですが、本当に驚くほど改善されましたね。以前は(当該学年中に)教科書が終わったことなどなかったものが、現在では進度的には問題なし。この点、もう20年、いやそれ以前からなので、四半世紀ほど指摘し続けて参りましたが、変われば変わるものです。実に感慨深いです(苦笑)。

さて、進度的には改善されたとはいえ、課題はその中身です。章末のいわゆる応用問題、そこを相も変わらず巻いて端折ってすっ飛ばしているという現実があります。教科書の例題を2題ほど板書し、他の問題には触れずに強制終了(生徒の報告。つい最近のことです)。そうしたケースが相変わらず横行しています。

それら生徒の証言を確認しようと、そのノートを見せてもらったりするわけですが、ところがしかし、ノート(ノートの貼り付けられているプリント)に、「日付」が書かれておらず。これには閉口します。ノートをとるにあたり、まずは日付を記入するという大前提が崩れてしまっているわけですね…。

少なくとも、教科書にある問題はすべて確実に消化すること。それがいまだなされていない状況なんですね。進度的には問題はなし。しかし蓋を開けてみたなら、「簡単なこと(導入部分、計算等の基本事項)にやたらに時間を費やし、いわゆる応用部分は巻いて大きく端折って終了」「章末問題イコール、やらないものとの認識」と、その部分は変わっていないわけです。

いつ、どの単元を、何コマ費やし、どのように学習指導をしたのか。その際、漏れや端折りはないか。教育行政には今後、そこにまで踏み込んで、逐一確認をしていただきたいものであります。進度・進捗は改まった。しかし内容が伴っていない。なので、定期試験は相変わらず平易な出題のオンパレード。それでは学力は上がってきません。そういうことです。

大前提として。(中学校では)ノート作りという概念が欠落してしまっています。まずは日付を書く。そこからしてアウト。板書を書き写したものがノートであるはずが、この地においてはプリントを切った貼ったした集合体がノートらしいですから、さもありなん。まともなノート作りを阻害する、異常なガラパゴス授業。それと同時に改善すべきです。

なんのことはない。ABCD、「あ(A)たりまえのことを、バ(B)カにしないで、ち(C)ゃんと、で(D)きるようにする」、それだけのことです。プリント授業で、巻いて端折って進度を稼ぐ。しかし肝心の内容が伴っていない。言っちゃ悪いですが、現状、ABCDとはかけ離れたことが行われています。そりゃ、学力は上がりませんってば。

結果は火を見るより明らか。学力向上を何年叫び続けても、(中学生の)学力は改善されないまま。やるべきこととの基本を踏み外しているのですから、当然のことですが。「やり方を教え込んだなら、できるようになるだろう」ボタンの掛け違いの最たるものです。習うより慣れよ。義務教育内容の学習指導はそうしたものですから。

終了まで、あと6日。


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2017年05月20日

段取り八分、仕事二分

「段取り八分、仕事二分」と言いますが、子どもの学習指導もまたまったく同じことだと思います。換言するならば、事前に想定の範囲を設定するということになるでしょうか。

こう教える(指導する)。するとこれこれこういった反応になることが予想される。ならばこう切り返す。するとこうくる…。脳内シミュレーションですね。その際、「経験」はあったほうが越したことはありませんが、特に経験がなくとも「想定の範囲内」であるならば、対応は十分に可能なはずです。

段取り八分、仕事二分。

ごめんなさいね。我が釧路市の「教育推進基本計画」ですが、策定前に予言(?)した通り、学力面に関しては目標を達成できないまま終了、ということに相成りそうです。来年の3月末日が同計画の終わりになりますが、重ね重ねごめんなさいね。目標値はことごとく未達成にて終了ということになるでしょう。ええ、それもまた想定の範囲内。

段取りですよ、段取り。長く弊ブログを綴って参りましたが、段取りの悪さをどれだけ指摘させていただいたことか(苦笑)。「教育推進基本計画」のみならず、「学校改善プラン」というやつもまた、実に実に段取りがよろしくない。行き当たりばったり。明確な数値目標なし。そりゃ、学力は上がらないのが普通ですってば。なにせ段取り力はゼロに等しいですから。

企業とは、仕事(業)を企てる(くわだてる)と書く。それなのに、実際にそれをやっている会社などごくわずか。大半は何もやっちゃいない。売ることを、ちゃんと企(くわだ)てなさい!

師匠の受け売りでありますが、子ども達の学力向上、結果をきちんと出そうと本気で決意したならば、世のため人のため、きちんと企(くわだ)てなきゃ、そりゃまともな仕事と言えた代物じゃありません。どの仕事も同じことだと思いますが、きちんと結果を出しているところは、例外なく段取り力に勝っているわけですね。

段取りにこそこだわっていただきたいものです。段取りが万全ならば、仕事は八割程度はできたも同然ですからね。昔の人は、良いことを言ってくれたものです。

終了まで、あと11日。

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2017年05月19日

定期試験の適正難易度を担保せよ

この地の子ども達の基礎学力向上に向け、今後やるべきこと。続きです。

定期試験の適正難易度(出題レベル)を担保せよ。

ご存知のように、ゆとりはとうに終わっています。「学習内容3割削減」と言われた学習指導要領でしたが、その内容は実に薄っぺらなものでした。時は流れ、ゆとりとは完全に決別したはずが、ところがしかし我が釧根の地では、いまだにゆとりが継続している…。

これもまた過去に何度も綴りましたが、道外の公立中学校では(ゆとり時代と比較して)定期試験の出題難易度がグッと上がっているんです。そりゃそうです。教科書を見たなら一目瞭然。現在の学習指導要領の要請ですから、実に当たり前のことです。

見る人が見たなら、それこそ一瞬で分かることですが、定期試験の出題難易度の低いこと低いこと…。ゆとり時代と比べ、学習内容は難しくなりました。正しくはゆとり以前に戻ったわけですが、それなのに定期試験は「易しすぎるまま」なんですね。はっきり言います。あり得ないことです。

数学。文章題など、単元の後半で学習するはずのいわゆる応用問題がとても少ない。計算など、教科書の導入部分で学習する基本問題の出題ばかり。「証明」の問題(三角形の合同など)って、証明の過程をすべて書かせるものではありませんかね。それなのに、もはや「穴埋め」がスタンダードとは…。ゆとり時代に同じです。

英語。単語は書かせるものでありませんかね。それを、選べ(語群選択)とは、おいおい。英作文は並び替えが大半です。「これ、児童英検レベルだな…」と思えるような実に実に簡単なもの。はっきり言って、一夜漬けで誰もが80点以上を得点できるお粗末なもの。もはやそれが主流か。文科省が進める、「中学卒業までに英検3級取得」ですが、無理ですね、こんな状況では。

先に述べた、プリントを多用した、例の切った貼ったの授業と密接な関係があるんです。そもそも授業自体からして、簡単なこと(基本事項)ばかりやっていて、教科書レベルの応用問題にすらほとんど触れない。教科書会社が定めるところの規定コマ数。例えば、一単元に10コマ。「基本に5コマ、応用に5コマを費やすのが正規」」であったとしましょう。

しかし、この地の場合は、「基本に8コマ、応用に2コマ」とか、そうしたことが当たり前のことになってしまっています。学習指導要領の要請を大きく下回っている。そういうことです。切った貼ったのガラパゴス授業(プリント授業)を禁止し、かつ、定期試験の適正難易度を担保する。なんのことはない。当たり前のことを当たり前に、ただ淡々とこなせばいいだけの話です。

やってもやっても、学力が上がってこない。

それ、努力の方向性からして間違えているんですよ。ベーシックで当たり前なこと。それを愚直にこなせばいいだけの話ではありませんか。平均点ありきの出題がなされている。授業において、いわゆる応用問題には触れない。触れてもごくわずか。

授業は独自に進化、いや退化したガラパゴス、切った貼ったのプリント授業。そりゃ、どれだけやっても学力は上がってきませんてば。

終了まで、あと12日。



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2017年05月17日

プリント授業(ガラパゴス授業)を禁止せよ

ガラパゴス。

この地域限定で独自に進化、いや、進化ではないですね、退化です。ともあれ、他の地域ではお目にかからない「悪しき文化」が学校(とりわけ中学校)に存在しています。先日、仕事でお会いしたF木社長が言っていました。「ブログを読んで、まさかと思って子ども(中学2年生)のノートを確認してみたところ、まったくその通りであきれ返った。何なんだ、あれは…」

何かというと、ノートのことです。通常、ノートなるものは「書く」ものですよね。学校の授業で用いるそれならば、学校の先生が授業中に黒板に書いたことを書き写すもの。ところがしかしこの地においては、プリントを切った貼ったした、得体の知れぬものを称してノートとの定義。それがスタンダードと化しています。つまり、こういうことですね。

1.学校の授業はプリントを用いてやるもの。
2.そのプリントをノートに切り貼りさせる。
3.それでできたもの(ブカブカの実にみったくないもの)を称してノート。
4.ノート検査なるものは、そのみったくないものを提出させること。
5.そのみったくないものをテストの前に見直しすることが、テスト対策の勉強。

おかげさまで、ありえない授業進度の遅れはここ数年で改まりました。がしかし、これまたありえないのがこの切った貼ったの不細工な代物づくり。ノートなんかじゃないよ、工作でしょうが、そんなものは。この点、小学校はまだそれほど毒されていませんが、早急に手を打たなければ、時間の問題でしょう。

およそ20年ほど前から、この不細工な代物が目につくようになってきました。教科は社会科、次に数学。中学生のお子さんの保護者のみなさん、ぜひ子どもの(学校の)ノートを確認なさってみてください。スクラップブックさながら、プリントを切り貼りして、ぶかぶかに膨らんでいるはずです。主要5教科のうち、3教科・4教科はもはやそんな状態でしょうか…。

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参考画像です。こうしたものを作成することを強要され、それがイコール、ノートづくり。こうしたものを提出することがイコール、ノート検査。狂っている。そうとしか言いようがありません。ところが、どなたも気づかない模様。おかしい。あまりにおかしい…。

提言。いや、遺言かな(笑)。教育行政が厳命を下し、こうした意味不明なことを禁止すべきです。そもそも。プリント主体の授業、それからしておかしいですよ。「ワークシート」と言うらしいですが、はっきり言いましょう。進度を稼ぐためのツール。それがために濫用されているんですね。理由は単にそうしたことです。

黒板授業だと進度が稼げない。だからプリントを多用するわけです。ご丁寧にカッコ抜きされていて、そこに重要語句を書けばいいだけの形式なんですね。ええ、市販の(難易度の低い)問題集の基本ページと同じですよ。答えのみを書き入れる。そうした形式です。

小学校、最近ではありがたいことにしっかり学習指導するようになってきました。この点、10年ほど前と完全に逆転した感があります。読み書き計算がままならない子が、大量に中学校へ送られる。「××小学校は、いったい何をやっているんだ!」と授業中に怒鳴った数学の先生がいたそうですが、まったくもって同感。そう思っていましたが、現在では状況は異なります。

全国学力テスト調査結果を見ても分かることです。小6生時点では全道平均をクリアしていたのに、その3年後。中3生になると(同じ子ども達)全道平均を下回ってしまう。数字は正直です。3年間で相対的に学力が失われてしまっているということですね。これ、はっきり言いましょう。この、わけのわからないプリント授業の弊害ですよ。

書かせないんですよ。先生が話し説明し、板書する。子ども達はそれをノートに書く写す。その際、話を聞きながら書き写す作業が伴うわけですね。実はそれ、脳を鍛えることとイコールなんですよね。耳で聞きながら、目で追って見ながら、手を動かして書き写すという同時作業をおこなっているわけですから。それを書かせないとなると…。

どうなるかは火を見るよりも明らかですね。手を動かさせない。書かせないから書かなくなる。書かないから思考が整理されない。だから学力が伸びない。伸びないどころか反対に下がってしまう。高校生になってもノートにまとめられない。大人になってもメモを取ることができない。後遺症は甚大です。

黒板を用い板書をして、(子ども達に)ノートに書きとらせる形式、昔ながらの一斉授業。はっきり言いましょう。簡単じゃないんです。難しいんですね、色々な技術が必要になるので。一方、安易なプリント指導。簡単なんですよ、誰にでもできます。がしかし、いつまで経ってもまともな(黒板を用いた)一斉授業ができるようになりません。

一刻も早く、ガラパゴス授業を禁止にしてください。多くの子ども達は中学校で、「書かないこと」を学んでしまっているのですから。書かないし、書かせない。そりゃ学力が上がるはずもありませんね。低学力モードには理由(わけ)がある。だったらそこを一つずつ改善していけばいい。そういうことです。

我が市教委に伝えるも、ここもまた一切改善する気がないみたいです。ならばオフィシャルルートを用いて、「その上」に動いていただき、強制力をもって廃止させるのみ!ですね(笑)。

終了まで、あと13日。

●ありそうな小噺(プリント授業のホンネ)
http://blog.livedoor.jp/jounetsu_kuukan/archives/8569022.html
●教科書不使用&プリント授業の弊害(上位生の枯渇)
http://blog.livedoor.jp/jounetsu_kuukan/archives/8568420.html
●書かない子を量産する北海道
http://blog.livedoor.jp/jounetsu_kuukan/archives/8567810.html
●釧路という異国(ノートをとらせない学校)
http://blog.livedoor.jp/jounetsu_kuukan/archives/8567315.html
●日付が書かれていないノート
http://blog.livedoor.jp/jounetsu_kuukan/archives/8387086.html
●「狂った授業」の生い立ち(釧路はガラパゴス)
http://blog.livedoor.jp/jounetsu_kuukan/archives/8386989.html
●ここから先、この3つをやればいい
http://blog.livedoor.jp/jounetsu_kuukan/archives/8328468.html
●それは「授業」ではない!
http://blog.livedoor.jp/jounetsu_kuukan/archives/8325648.html
●板書をしない、ノートを使わない授業の実際
http://blog.livedoor.jp/jounetsu_kuukan/archives/8304762.html
●プリント授業を中止せよ!(保護者必読!)
http://blog.livedoor.jp/jounetsu_kuukan/archives/8260864.html
●これがノートでしょ!
http://blog.livedoor.jp/jounetsu_kuukan/archives/8252135.html


jounetsu_kuukan at 10:45|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 教育問題 | 雑感

2017年05月12日

屍累々。ごめんなさい。

下がり続ける一方の子ども達の基礎学力。
低学力モードには原因がある。

合格先生と一緒に、それを打開するべく活動を開始(C-PEK/釧路教育活性化会議を設立)したのは、ちょうど10年前、平成19年4月のことでした。それ以前にも活動はしておりましたが、個人ではこの状況を打破できない。ならばオフィシャルな組織をもって切り込もうとの考えからでした。

終わらない教科書。おかげさまで現在では、その問題はほぼ解消されましたが、それはそれはひどいものでした。積み残しにすっ飛ばしのオンパレード。挙句の果てには試験問題の使い回し。そうしたひどい手抜きの数々を指摘して是正を求めたならば、「塾ごときが何を言っているのか」などと…。

言っちゃ悪いですが、しっちゃかめっちゃか…。ゆとりは終わったものの、やっていることといえばゆとり時代そのもの。手抜きの学習指導に対し、青天井さながらの部活動。文武両道などどこ吹く風。学力は下がって当然のこと。そんな状況でしたね。ならば、根底からひっくり返してやる。

ある時、Tさん(鷹揚羆さん)が我々のことを見つけて下さり、ほどなくしてつーさん(月田市議)ともお会いし、そうして自然発生的に集まりが生まれ、それが「釧路の教育を考える会」へと発展しました。根室の巨星、ebisuさんとの出会いにも、ただただ感謝であります。すばらしい出会いの数々、まさに奇跡の出会いでありました。

他方、北海道の教育正常化を目指し、保守系の教職員団体である全日本教職員連盟。そのシンクタンクである「北海道教育文化研究所」(笠井龍司所長)の設立にも漕ぎつけました。(私はその初代理事長でありましたが、昨年、退任しました)

言わずもがな、北海道には北教組が築いた負の文化が強く根付いており、それを払拭するにも、そもそも(教職員団体の)選択肢が存在しない。「左」か「超左」しかないのですから…。ならば反対のものを作ってしまえ!との一念からでした。

10年。いや、正しくは15年とかそれ以上になりますが、あまりに低すぎるところの、この地の子ども達の基礎学力。その向上を訴え続け、ここにきてやっとそれが、学校現場の自浄効果を伴う形で回り始めた。そのことを強く実感しております。

オフィシャル・ルートを複数築けましたので、弊ブログの役割もそろそろ終わりか。ブログ終了はそうした判断によります。以前であれば、言ったり書いたりしたことは学校関係者から大ブーイング。それが現在では、一定程度、「正論」と受け止めていただいているようです。ならばもう、おもしろくない(笑)。

長い長い「闘い」でありました。
屍累々。


多くの犠牲者を出してしまったこと、申し訳なく思っておりますが、他ならぬこの地の子ども達の未来を考えてのこと。この場を借りて、お詫び申し上げます。

大丈夫。
本当に本気で取り組んだならば、山だって動かせるんだ。
「志」と「信念」が、正しく強く本物ならば、誰もその邪魔はできないよ。
必ずや、天が味方をしてくださる。
だから、迷わず突き進め。

大丈夫。
青臭いこと。
「志」と「信念」を携え、いくつになってもそれにこそこだわればいい。
大丈夫。
だから、いつだって大丈夫。

子ども達に、笑ってそう伝えたいものです。
終了まで、あと19日。

jounetsu_kuukan at 11:23|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 雑感 

2017年05月07日

ブログ終了宣言

弊ブログ・情熱空間。

突然ですが、平成29年5月末日をもって終了することにしました。
前のブログと通算すると、およそ9年間。
我ながら、書きに書いたものです。

終了まで、あと24日。 

jounetsu_kuukan at 23:28|PermalinkComments(4)TrackBack(0) 雑感 

2017年04月24日

塾の功罪と地域の意識

業務多忙につき、更新もままならない状況にありました。
あれやこれや、本業が忙しい。
ありがたいことです。
感謝&感謝。

さて、今回は合格先生の記事から。
う~ん、たしかに一理あるなぁ…。
私自身、「入塾基準なし」に生きた塾講師人生でありましたが、その「功罪」というものは、たしかに存在しますね。

同じように、大手一斉指導学習塾の専任講師でありましたが、合格先生は「入塾基準あり」の塾で、私は「入塾基準なし」の塾で、それぞれ仕事をしてきました。
なので結構、考え方の相違というものがあります(笑)。
で、今現在、思うところです。

勉強それ自体より、ずっと大切なこと。
まず、勉強の仕方を教えること。


今はそうしたスタンスに変わりました。

●「塾の功罪」と「地域の意識」
http://www002.upp.so-net.ne.jp/singakukouza/jijimonndai.html#Anchor-10771

《引用開始》
保護者の意識を変えたのは学習塾

 これ、かなり昔の話。以前は、釧路湖陵の理数科というと、帯広から受験した子もいたんだそうです。帯広の高校に行くより、釧路の湖陵の方がいい、という話だったんですね。オホーツク学区では、以前は網走南が丘が地域の一番の高校で、北見の方では、北斗よりも柏陽の方が上だった時期もあって、高校の序列が混沌としていたときもあったわけです。
 ところが、これが逆転するんですよ。今は、帯広の方が上。網走より北見北斗の方が上だったりします。何でこんなことが起きたか、という話です。

 よく、漁師町と農家町では、農家の方が勉強に対してしっかりした意識を持っているなんていう話をする人がいますが、そんなバカげた話はありません。だったら、最初から、帯広や北見の方が学力が高かったはずなんです。この転機はいつか、という話なんですが、実は、帯広・北見は学習塾が出来て、地域の意識が変わったんです。

 どういうことかというと、当時の塾は「入塾制限」がありました。通知表結果が低く集団の授業についていけない子、宿題をきちんとやらない子、授業中の姿勢が悪い子、これ、すべて「お断り」だったんです。結果、親の方の意識として「あんた、これだったら、塾にすら行けないよ」。これが大きかった。すなわち、親の方が「子供の勉強について、再教育させられた」んです。塾に行こうと思ったら、子供がきちんと勉強できる状態でなければならなかったんですね。だから、全体的に「家庭でもきちんとした勉強についての約束などを行っていった」わけです。

 じゃあ、釧路はどうだったか。残念な事に入塾基準のない塾が地域の1位でした。宿題もありませんでした。結果、中学校に入っても満足に勉強せず「入試が近くなったら、塾に行かせればいいや」という感覚の親を育ててしまったんです。子供も子供で、宿題も満足に出ないわけですから、塾に行ってボーっと話を聞いてきて、それでお終い。それが勉強。そういう感覚にしてしまったんです。
 塾としては「誰でも分け隔てなく入塾させます」と言うと、一見、良さそうじゃないですか。ところが「親の再教育」という視点で見ると、これが「悪」だったんです。

 結果、ここから逆転現象が始まります。釧路は帯広にどんどん追い上げられ、蓋を開けてみれば、今年ついに、帯広南商業のボーダーより、北陽のボーダーの方が低くなってしまった。これじゃ、どうしようもないでしょ。北陽に受かっても、帯広で市内に通おうと思ったら、工業か農業に行くしかない、という子供達がいる、ということです。

 まだ札幌や道外では、私立中学受験などがあって、きちんと勉強しなければならない、という意識を持っている人が結構多い。それが釧路ではまだまだ。宿題すら満足にやらない子がたくさんいます。
 ですから、親の「子供の勉強についての再教育」をどのように行っていくか、ということが喫緊の課題なんです。「早寝・早起き・朝ご飯」程度じゃ、解決しないんですよ。
《引用終了》

《追記(2017.04.25)》
どんなにできなくても、ウチはお断りなどしません。
勝負!
勝負!
常に勝負あるのみです。

加えての素行不良。
ウェルカム、上等です(笑)。



jounetsu_kuukan at 11:41|PermalinkComments(15)TrackBack(0) 教育問題 | 雑感

2017年04月08日

塾業界が嫌いです

塾人の私は、塾業界が嫌いです(笑)。

何が嫌いかって、常識のなさです。
あ、言っちゃった。
社会人としての基礎・基本が、まるでなっちゃいない。
そうした人間が多いんです。
だから嫌い。

広告代理店に勤務する後輩が言っていました。
「こんにちは!」と挨拶をして職員室に入るも、こちらを一瞥して挨拶は返ってこない。
そんな連中ばかりの某塾。
「腹立ちますよ!先輩!」と言っていましたが、まさにそんな感じですね。
そんなもん、ダメに決まっているだろーが。
社会人として完全にアウト。
論外ってやつですね。

ちゃんと、自分から挨拶しろってーの。
お客さんがきたなら、お迎えしろってーの。

保護者にはお迎えとお見送り。
塾生に対してもそう。
物理的に手が離せないときがあるのは分かるけれど、だったら声かけだけでもしろってーの。
「俺は先生だから…」といった生意気な態度。
もうもうもう、ハリセンで引っ叩いてやりたくなる(苦笑)。

おまけに、整理整頓も掃除もまるでなっちゃいない。
一般社会の一般常識で見たならば、社会人としての基礎・基本がまるでダメダメ。

塾生が集まらない。
そう嘆く以前、一般社会の一般常識をちゃんと身につけなさい。
そう言いたくなります。

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減る一方の学習塾

年度の切り替えで、忙殺されていました。
なにやらかにやらで忙しい。
ありがたいことです。

さて、今日の話題です。
年度の切り替わり時期にあって、我が釧路において多くの学習塾(教室)が廃業・閉鎖しています。
ここしばらくの間でいくつもの教室が閉じられ、業界の人間として驚いている次第です。
老舗の個人塾は、消滅したかの感があります。

お隣の帯広市と比べると、圧倒的に少ないんです、学習塾の数が。
半分以下ですね。
公文式等も含めたなら、おそらく3分の1といったところでしょう。
アパートの一室で開業できる。
独立起業が容易ということもあり、新規参入組も多い業界ではありますが、廃業率もまた圧倒的に高いんですね。
ここ10年を見渡して、「残った」学習塾は楽に片手で数えられるほど。
15年スパンで見たなら、ほぼ全滅状態…。
企業の体をなしているところは、大手も含め、これまた片手で数えられるだけ。

業界の人間として実に残念です。
通塾が、地域の子ども達の基礎学力を下支えしている。
塾人として確信していることでありますが、地域からその学習塾がどんどんどんどん無くなっていく。
残念でなりません。
石にかじりついてでも、がんばって欲しい。
そう思うのですが…。

他人の心配をしていないで、自分の心配をしなさい。

そう言われそうですが(苦笑)、我が釧根の同業他社には、もっともっとがんばっていただきたいものです。
もちろん、ウチもがんばります。

地域の子ども達の学力を高めること。
学習指導を通じて、子ども達の能力を引き出すこと。


それが使命です。

《追記》
通塾率が低いんです。
その低い通塾率の中、児童生徒数は半減の一途。

ですから、塾で食おうと考えるのは、よほどの変わり者か状況を知らない人。
でも、嫌いじゃないですね、変人は(笑)。



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2017年03月28日

言葉は重要(子ども達は敏感ですよ!)

合格先生と話していて、そりゃダメでしょーが、と強く思ったことがあります。
宿題や課題を出す際のこと。

釧路全体で学力向上に取り組んでいるから。

そう児童・生徒に言う先生が、まだいらっしゃるみたいです。
だから、(仕方なく)出しますよ、と。
それ、ちょっとどうかな、って思いますね。
見方を変えると、こういうことですね。

自分としては、別にやりたくなんかないけれど、上(管理職・教育行政)がそう言うので(仕方なく)出している。

上に言われた。
だから、仕方なくやっているんです。
個人的には、そこまでやる必要はないと思っているけれど…。

そのニュアンス、子どもに敏感に伝わっているって思うんだなぁ。
この先生、本当はやりたくないんだ…。
って。

釧路全体で言われている、学力向上。
先生も、本当に本当に大事なことだと思います。


そう言い続けること。
まずは、そこからだって思いますね。
先生が自分の言葉で、その重要性を児童生徒に語ること。
それをしなければ、そりゃ、子ども達に伝わるはずもありません。

それが、まだイマイチ。
ここ、意外な盲点かも知れませんね。
言葉は重要です。

jounetsu_kuukan at 17:32|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 教育問題 | 雑感

根拠に欠ける「目標値」とやら(釧路市標準学力検査結果から)

例によって「目標値」なるものの意味、根拠がまるで分かりません。なぜどうして、「全国平均」といった数値を用いないのでしょうかね。根拠が不明なものを「目標値」に定めるなどとは、それ自体、意味のないものと私は考えますがね。というわけで、釧路市標準学力検査結果です。

●釧路市教育委員会
平成28年度 釧路市標準学力検査 ~結果と指導改善のポイント~
http://www.city.kushiro.lg.jp/common/000101459.pdf

小学校3年生。
「親切」(しんせつ)を漢字で書く。その目標値45.0%
63÷9(余りなし)の計算。その目標値90.0%
おいおいおい、9×7の逆、つまりは単なる九九でしょうが。90.0%って、おいおい。

小学校4年生。
「笛」(ふえ)を漢字で書く。その目標値75.0%
72÷13(余りあり)の計算。その目標値75.0%
5余り7を導ける子が75.0%って、おいおい。

小学校5年生。
「投票」(とうひょう)を漢字で書く。その目標値35.0%
37.9×2.06の計算。その目標値65.0%
「投票」が35.0%って、なぜどうしてなのさ。

小学校6年生。
「額」(がく)を漢字で書く。その目標値55.0%
4/7×2/5の計算。その目標値90.0%
「額」が55.0%ですか、トホホ。

さて、昨日(2017.03.27)の釧路新聞です。その、根拠に欠ける「目標値」を集計したものですね、結果とやらは。「小学国語目標上回る」って、どうなんでしょうね(苦笑)。ただ、確実に言えるのは、これですね。全国学テの結果が、毎度、如実に語っていますので。

我が釧路の子ども達は、算数・数学ができない。

まずもって、まだ(演習の)量が足らない。より正確に言うと、授業内で消化させるべき量がまだまだ。以前よりはだいぶ改善されたものの、本来、授業で消化するべきものを家庭学習に回している感は、やはり否めませんね。

お次。教科書をトレースするばかっりだと、ダメですよ。算数・数学の教科書って薄いですよね。あれ、なぜ薄いかというと、実はコストの問題なわけですよ。本当はあれに色々な問題を網羅したいものの、コストつまりはページ数の制限があって厚くはできない。

ええ、理科や算数・数学の教科書って、あれはつまりミニマム・スタンダードなわけですね。薄っぺらな教科書をそのまんまトレースしてなぞって授業をやったとて、だからダメなんです。どんどんどんどん広げること、つまりは教科書内容を膨らませて、類問の演習にこそ重きを置かなくては。

国語は頭打ち。
算数・数学は相変わらず低空飛行のまま。


改善策は簡単ですよ。国語。作文に力を注ぎましょう。夏冬休みの読書感想文に絵日記ですが、我が釧路ではもはや絶滅したかの感があります。小学校の宿題なんかだと、絵日記が2~3枚程度。それに加えて「一行日記」なるものが主流みたいですね。普段の授業でもまた、作文・感想文は二の次・三の次。書くこと、まとめること。そりゃ、ダメでしょうよ。

読書量を増やしたなら国語力は上がるはず。間違いじゃないでしょうけれど、我が釧根の子ども達は作文、つまりは文書を綴る力に大きく劣っているのが現実です。書かせないから書かなくなる。書かないから理解が進まない。ごめんなさいね、そういうことだと思っています。

算数・数学。スピードが遅すぎ。だから演習の絶対量が大きく不足してしまい、教える方も教わる方も、教科書に書いてあること「だけ」が学習内容のすべてであって、それ「だけ」ができればいいものだと「勘違い」してしまっている。ゆっくり・ていねいに、分かりやすく、というやつにやられてしまっていて、しかしやられてしまっていることに気づかない。

算数・数学の向上のためには、算数・数学検定の積極受験を、市として奨励する方が手っ取り早いって思いますね。(当該学年の)問題を見て、「あっ、これ、学校の授業だけでは受かんないなぁ…」そう思う子が多いでしょうから。まだまだ道半ば。がんばっていただきたいものです。

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2017年03月23日

変わる受験事情(釧路地区)

昨日(2017.03.22)、公立高校の2次募集状況が発表になりました。

驚きました…。
湖陵・江南・北陽、3校のうち2校は、十中八九は2次募集が発生するかと思いきや、それはなし。
(当然ながら、明輝・東・工業・商業は2次募集なし)

対する釧路高専。
定員割れの2次募集。

こうした傾向、今までになかったことです。
釧路高専は、推薦合格者が確定した後、学力試験での選抜を行います。
そして、合格となるのは定員のおよそ2倍。
合格後の入学の意向を確認し、それを加味して合格者数を決めているらしいですが、そんな中、予想外の定員割れ。

こういうことになります。
公立高校と釧路高専の併願者、その過半数が前者への進学を希望した。
湖陵であれば、当日欠席者と入学辞退者がおよそ何名程度。
そうした「相場」がありましたが、それが見事にひっくり返ってしまったことになります。

関係者と情報交換をしたのですが、どうやら最近の就職事情の影響がありそうです。
ここのところ、売手市場が続いています。
どこの企業も人手不足で、新規高卒生の就職内定率は劇的に改善しています。
その煽りを受ける形で、(合格はしたものの)高専入学の辞退者が増加したのではないか…。

読めなくなってきました。
現在では釧路高専は、学生の半数以上が管外からの進学者で占められています。
(管内進学者よりも、管外進学者の方が、総じて学力は高いものになっています)
この地方の子ども達の基礎学力、とりわけ数学の学力。
それがまるで伸びてこない。
伸びないどころか、反対に下がっている。

そのことと無関係ではないと考えます。
数学(学力試験)で最低でも6割得点できなければ、高専という選択肢は出てくるはずもありませんから…。

jounetsu_kuukan at 10:37|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 教育問題 | 雑感

2017年03月18日

学び続けること(それは義務・責務である)

およそ人様の子どもに、ものを教えさせていただくことを生業にする者。
そうした人間の、義務・責務。

学び続けること。

つくづくそう思います。

おそれ【畏れ】
敬い、かしこまる気持ち。
畏怖(いふ)・畏敬(いけい)の念。

い【畏】
うやまい、かしこまる。

謙虚にして、しかしどこまでも大胆不敵であれ。
再びモード・チェンジ。
ありがとうございます。


jounetsu_kuukan at 21:54|PermalinkComments(4)TrackBack(0) 雑感 

長い長い一日(変わる高校入試事情)

昨日は、公立高校入試合格発表日。
長い長い一日でした。

我が釧路地区。
東、工業、商業は、近年稀に見る激戦区でした。
頑張ったものの、残念ながら届かなかった…。
塾人として。
嬉しい反面、しかし悲しいという、長い長い一日が終わりました。
さて、今年度入試に見られた「傾向」を記しておこうと思います。

当日欠席者が大幅に減っている模様です。
従来、釧路高専との併願者で同校への進学を決めている生徒は、当日欠席となったものです。
同校の面接日と公立高校入試日が重なったためです。
しかし現在では、「完全併願」が可能です。
つまり、公立高校・高専の双方の合格を確認し、その後にどうするかを決められるということ。

もっとも、推薦入試で釧路高専に合格している生徒は当日欠席となるでしょうし、私立高校進学組もまた同様でしょうけれど、それにしても当日欠席者が減っている模様です。
湖陵・江南・北陽の合格者数が、定員とイコールとなっていることでもそれが分かります。
(つまり、当日欠席者が以前に比べて大きく減っているということです)
高専への入学誓約の届出は、公立高校入試合格発表日(昨日)の午後3時まで。
公立高校へのそれも同様。

すなわち、ここ一両日中に(公立高校への)入学辞退者の数が確定し、次に繰上げ合格、そして2次募集人数が決まることになります。

一度落ちて、その後に繰上げ合格。

そのケースが今後、増えていくのだろうと思われます。
来週、3月21日(火)が、追加合格者の発表。
3月22日(水)が、2次募集の発表です。

もう一点。
内申点ですね、内申点、すなわち内申ランク。
今回の不合格者は、内申点によるところが極めて大きい。
倍率が高まったなら、内申点が低い生徒、具体的にはHランク以下はほとんど望み薄(オール3でGランク、オール2でJランクです)。
Iランク、Jランクであれば、悲しいかな、絶望的…。
自己最高点を記録。
しかし、それでも内申ランクが災いして不合格に…。

塾生全員の合格を心から願うも、それは果たせず。
嬉しい反面、実に悲しい。
そんな長い一日が終わりました。
ありがとうございました。

《追記》
不登校で評価ができず、オール1。 
それでも、当日点はそこそこ得点できる。
しかし悲しいかな、そういう子は極めて高い確率で弾かれてしまう…。

この理不尽な現実。
何とかしたいものです。 



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