ワタミが高齢者向け配食サービスを東北にも拡大することを発表しました。喜んでいる人もいるでしょうし、必要なことかもしれません。けれども、配食の普及がスーパー流通をつぶし、未加工の食材が手に入りにくい社会をつくります。否応なく外食・中食しか選択肢がない世の中になっていくのです。

■配食の普及でスーパーがなくなる
ワタミ配食 ワタミの高齢者向け配食サービスがいよいよ拡大してきます。
 すでに首都圏、大阪、九州で1日10万食を配荷しており、この記事は2年後に東北へ、そして2013年には全国展開を目指すと書かれています(日本経済新聞9月29日)。

 高齢者の配食ですから、自分は関係ないと思う人も多いでしょう。でも、若い人にとっても、これは近い将来、生活が一変するほどの脅威なのです。
 この国で最も大きな人口のかたまりである団塊の世代がこれから65歳ラインを越えて高齢者となり、人口ピラミッドが不安定な逆三角形になっていきます。
 そのうちの何十パーセントかが配食を受けるとすると、街のスーパーがどんどん売上不振になって閉店していくからです。

 つまり、若い人も未加工の食材を買いにくい社会になっていきます。だんだん自炊がしづらい世の中になり、毎日コンビニ弁当のようなもの、あるいはめん類、パン類といった「加工食」を買って食べるのが当たり前になるでしょう。

 いまでもそういう人は多いのですが、それしか選択肢がなくなることが重大な問題です。外食・中食の比率が一挙に高まり、栄養不足と油脂・添加物汚染にまともにさらされる。これはちょっとした悪夢です。

■イナゴの大群の去った後
 高齢者を悪くは言いたくないのですが、しかし、1955年ころから伝統的な調理習慣を放棄してきた責任は現在の高齢者たちにあります。

 それに続く団塊の世代もその背中を見て育ち、若いころからインスタント食品や加工食品を無見識に受け入れて調理を怠け、いまではメタボの大集団です。
 その集団が高齢化してなすすべもなくコンビニ弁当と同じ仕組みで作られる配食サービスにすがろうとしているわけです。

 さらにその下の世代であるカラスヒコたちは、失われた食習慣を必死で取り戻そうと日夜奮闘してきたのですが、今後は材料である自然食材の供給を断たれそうなのです。
 一気になくなるわけではありませんが、少なくとも、近所のスーパーで仕事帰りに買えばいいという便利さはなくなるでしょう。

 巨大な人口のかたまりは、まるでイナゴの大群のように、後ろに続く世代の食べ物を奪い尽くして去っていくのですよ。どうしてくれるんですか! 文句の一つも言いたくなりますよね。

 これから、その先の生き残り作戦を立てていかなければなりません。ワタミやコンビニを受け入れないという一点で共感できるヤミの生産者、アングラな流通業者を見つけて共闘しなければ。
 しかし、いるかなあ、そんな骨のある変な人たちが。

 ではまた。