みそ汁には癒やしとか、おふくろの味とか、そういう精神的な満足感のレッテルが貼られていますが、それは間違い。もっとフィジカルに、積極的に栄養を取りにいく戦術スープなのです。みそのタンパク、だしのミネラル、具の乾物野菜・海藻の力を見直すべき。ゴボウ汁ならポリフェノールも摂れます。

■みそ汁はミネラル源
 みそ汁など飲まなくても全然平気という若い人は、タンパク源が肉と肉の加工品になっています。一緒に油脂や添加物も気前よく取り込んでいるはず。
 また、みそ汁は毎日の食卓になくてはならないという高齢者も、大半は合成だしに手を染めたり、インスタントのパックみそ汁を愛用しています。

 「しています」と言い切るだけのデータはありませんが、スーパーの売り場の変化を見れば明らか。どの店でも、みそやカツオ節、昆布、煮干しの売り場は年々縮小される一方なのに、カップもの、1杯小袋ものの即席みそ汁には、生みそタイプ、アサリ入りなど、次々にバリエーションが登場し、売場面積も拡大していますから。

 外食チェーンでもみそ汁は、お椀に乾燥ワカメ、乾燥ネギ、麩を入れてズラッと並べておき、「だし入りみそ」を溶かしたお湯を注いで出す店が非常に多くなりました。これもインスタント。しかも、スーパーで売っているN谷園の製品などよりさらに手を抜いた業務用の、安いだけのみそ汁もどきです。

 そういうものに、おふくろの味とか、日本人はやっぱりみそ汁でなくちゃ、などと牧歌的なイメージが被せられて、みそ汁の見た目だけが受け継がれているのが実態でしょう。もはや亡霊。本来のみそ汁は、すでに滅亡したといっても過言ではありません。

 カラスヒコは、家庭食としてのみそ汁を、ロマンや愛国心とは関係なく復活させたいと願っています。目的は、カツオ節や昆布の微量ビタミン、ミネラルを摂ること。化学調味料は、味だけは似ていますが、体に必要な成分ではないからです。仮に調味料(アミノ酸等)が無害だったとしても、体は、本来摂るべき微量栄養素を欠乏させてしまいます。

■皮むき・アク抜き厳禁
 「毎日本物のだしを取るのは大変だから」と高齢者は言います。うちの老母もそう言って、茶色の顆粒や「だし入りみそ」を愛用していますが、それは目先の手軽さと引き換えに、自分の将来の健康を悪魔に売り渡すような愚かな行為。

 私たちは、本物のだしを手軽に取るノウハウを見付けるべきなのです(例えばこんな)。それで私たち自身が健康を回復して、後に続く世代にも引き継いでいかなくては。親世代がいったん放棄した正しい食習慣を、独学して身に付けていきたいのです。

 最近カラスヒコが凝っているゴボウにも同じことが言えます。健康にいいのは分かっていても、毎日ゴボウを食べるのは大変だからと、ささがきにした水煮ゴボウがビニールパックに入って売っています。でも、あれを買って煮付けたり、きんぴらにして食べるのはあまり意味がないでしょう。

 先日ご紹介した『50歳を超えても30代に見える生き方』(南雲吉則著)にも書いてありましたが、ゴボウにはサポニンというポリフェノールの一種や、ムコ多糖類のイヌリンなゴボウ (2)ど貴重な栄養成分が含まれているそうです。自炊でぜひ取り込みたいものです。

 水煮のように皮をむき、アク抜きして真っ白くしてしまっては、それらを全部捨ててしまうことになります。しかも水煮には、見た目のきれいさを追求して漂白剤や、長期保存のために酸味料が添加されているものが大半。うわべの便利さの代償を私たちは体で払わされているのです。

 写真左は泥付きゴボウで、その泥を流水とスポンジで優しく洗い流したのが右側の1本。洗っても、これほど黒く、汚らしいのがゴボウの本当の色なのです。これを皮ごと細く刻んでみそ汁に入れると大変うまい。栄養素を丸ごと頂くのですから、体が喜ぶわけです。

 ゴボウも泥付きのままカットして冷蔵すれば使いやすくなります。忙しいからと化学調味料や加工食品にハマった親世代の轍を踏まず、私たちは本物をスピード加工するノウハウをひたすら積み上げていきましょう。それが「サムライごはん」。

 ではまた。